第17話 ミージュの話⑨
戦いは数日にわたって続いた。
ある場所を境に、防衛は成功していた。だが相手も諦めてはいないようだった。この戦いをどうにかするには、この国全体がここから離れることが一番だ。
そのために何ができるだろう?
ミージュは負傷者のための薬草を、今日も集めていた。
だがその薬草の数にも限界があった。植物たちも協力的で、普段より多くの薬草があちらこちらに生えてくれたが、その勢いは徐々に弱まってきていた。
全員に焦りと疲弊の色が見え始めていた。
このままここを守りきれるのか?
このままここで終わってしまうのではないか?
そんな不安が、明らかに見られた。
ミージュは神殿へと向かった。神に祈りたい気分だった。人々の無事を、この国の平和を。
神殿に着くと、そう考えた人々がすでに数人、祈りを捧げていた。
白い大きな石が、部屋中を照らしている。
ミージュが部屋の隅っこで手を合わせていると、隣に座る気配があった。目を開けて隣を見てみると、そこにはレモヒラがいた。
「少し話をしてもいいですか?」
レモヒラに言われ、二人は静かな神殿を離れ、外に出た。神殿付近の薄暗いエリアを離れ、陽の光が比較的あたる場所の辺りまできたところで、レモヒラは周囲を見た。人が特にいないのを確認すると、彼は口を開いた。
「この国は、今、危機的状況にあると思うんです」
「うん」
緊張した面持ちのレモヒラを見て、ミージュは短く相槌を打つ。
「それをどうにかするための方法が、一つあるのですが」
レモヒラはそう言うと、じっとミージュの顔を見た。
「そのためには、ミージュの協力が必要なんです」
「植物が必要ってこと?」
「はい」
レモヒラはそこまで言って、躊躇うように間を置いた。
「だけど、君が信じてくれるかわからないですし、リスクもあります。それでも、僕はこれが最善の方法だと思ってます」
レモヒラは悩んでいるようだった。その方法をミージュに話すべきかどうかを。
「とりあえず、その方法を教えてよ」
話を聞かなければ、どうするか考えることもできない。ミージュは急かした。
「……中央木のレアンの木のことなんですが」
中央木のレアンの木とは、この国のメイン動力源と言っても過言ではない、この国を支える根幹の木だ。古い巨木で、発見者レアンの名を取って、レアンの木と呼ばれているこの国のシンボルだ。
「そのレアンの木の枝を、一メートル程度欲しいんです」
「何でまた」
レアンの木に傷をつけることなど、ご法度だ。もしそれで木に何かが起こったら、たとえば傷口から病気になるといったことでもあったら、この国は動かなくなってしまう。
滅びてしまう。
「それはできないよ」
「ですよね」
「でも、その枝で何をしたいの?」
「雨を降らせたいと思ってます」
レアンの木の枝と、雨に何の関係があるのだろう?
「僕ら樹祈禱師の言い伝えでは、レアンの木の枝を燃やし、天に捧げると、雨が降るらしいんです。この危機的状況を打開するには、それしかないと、僕は思ってます」
ミージュはレモヒラの目を真剣に見つめた。
「本当に雨は降る?」
「言い伝えでしかないから、確証は僕にもありません。だけど、何もしないまま、このまま終わるのだけは、どうしても避けたい」
ミージュは悩んだ。
父に相談したら、そんな迷信で大切な木は切れないと、一刀両断されるだろう。それぐらい、レアンの木は重要な木だ。
だからミージュに頼んでいるのだ。
このまま戦況が長引き、雨も降らず、動くこともできないまま水不足に陥れば、国内も争いが起こり、そして世界の終わりに飲み込まれる。
そのことは容易に想像できた。だからこそ、状況を変えることができるなら、何でもしたい。そう思う気持ちは察せられた。
「何故、レアンの木なんだろう?」
「そこまでは僕もよくわからないけれど、他の木ではダメらしいです」
「そう……」
ミージュは悩んだ。自分の腕で、木を傷つけずに対処できるだろうか。道具を駆使すれば、傷口を塞ぐこともできるけれど……。
レモヒラのことは、小さい頃からよく知っていた。いい加減な気持ちで、こんなことを頼むような人ではないことも。きっと調べに調べて、何度も悩んで、それでようやくたどり着いた結論がそれなのだ。
レアンの木を切ることはリスクだ。だけど、このまま何もせず、滅んでしまうのを待つというのか?
樹祈禱師という職業を、ただの胡散臭い人たちだと後ろ指を指す人もいる。だけどレモヒラは、本当に植物と会話ができるようだったし、今までもその様子を何度か見てきた。自分が知っている常識だけで物事を判断していては、解決できない時もある。
ミージュは自分に問いかける。
このまま黙って見ているだけで、本当に良いのかと。
「やってみるよ」
ミージュはそう答えた。
「このままここで、立ち往生していたら、この国は本当に終わってしまう。それを避けるために、できることがあると言うのなら、手を貸すよ」
「ありがとう」
レモヒラは安堵の表情を浮かべた。
そうしてミージュとレモヒラは、レアンの木を目指して進み始めた。
この選択が、ミージュたちの運命を大きく左右することを、彼らはまだ知らない。
<次の話へ続く>
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