第16話 ミージュの話⑧
メルリー王国は、危機を迎えていた。
落とし穴のようなものに落ち、動けなくなっていた。このままでは、この国は滅んでしまう。
しかし穴から出ようにも、砂の足場は不安定で、進もうとしても動くことができなかった。
雨が降れば、どうにかなるかもしれない。
けれどこの砂漠地帯で、雨が降ることは奇跡に近い。
足場を固めるためにガーデンの水を使うことなどできないし、そもそもそれで足りるとも思えなかった。
国中が混乱していた。
ガーデンに多くの人が押し寄せ、現状を尋ねていた。ファイランはその渦中にいるだろう。ミージュはそんなことを思いながら、自分に何ができるかを考えていた。
雨を降らすことができれば。
けれどそんなことができるだろうか?
それか人力でこの国を引っ張り上げるとか? 大きさ的にそれは不可能だろう。
ミージュは唸った。
この国の誰もが、今そんなことを考えているのだろう。
ミージュは植物を見て回りながら、彼らも不安を感じているのが伝わって来た。これは、毎日見ているミージュだからわかる、何となくの感覚で。気のせいと言われたらそうかもしれないような、わずかな感覚だった。
ミージュは周囲に人がいないのを見て、木に声をかける。
「大丈夫。必ずどうにかするから」
自分に言い聞かせるようにそう言って、ミージュは空を見上げた。
だけど。
翌朝、鋭い鐘の音が響いた。緊急事態を知らせるその音に、ミージュたちは飛び起きた。
敵の襲来だった。
皆それぞれに武器を取り、ガーデンへと急ぐ。
果たしてどれぐらいの人数が、戦うことができるだろう。まだ、空の民との交戦の傷も完全には癒えてはいないというのに。
「敵は恐らく、この国を狙うにあたって根を上り、階段を上がって来る。だからそこを狙う」
宰相のゼインが、ガーデンに集まった人々に、そう指示をする。その後ろには、国王やファイランの姿もあった。ミージュは配られた武器、ミージュの場合は弓だったが、それを引っ下げて、各自配置についた。
ミージュはガーデンでの待機組だった。
ファイランたちと共に、様子を見守る。宰相のゼインは直接交渉が可能であれば交渉すると言っていた。
交渉が成立すると、ミージュには思えなかった。
相手の狙いは何だろう? この国の物資? 人? それかこの植物の国そのものかもしれない。それもわからないし、言葉も通じるかわからない中で、交渉など不可能だ。
案の定、戦いは始まってしまった。
戦いを告げる鐘の音が響き、男たちの声が聞こえた。ミージュのいるガーデンからはよくわからないが、敵が上がって来ないよう、上から弓など攻撃を続けているのだろう。
時折国王のもとに、戦況を告げるために数人が出入りし、それに合わせて必要なものを届けるよう、物資を運ぶ動きも見られた。
この国は、勝てるのだろうか。
ミージュは祈る思いで、空を見上げた。
空は今日も青く澄んでいる。
戦況は芳しくなかった。
「俺も行かせて欲しい」
人々が戦い続ける中、自分だけ安全地帯で待っていられなくなったファイランは、そう志願した。
国王はファイランに戦場へと向かう指示を出した。
「ミージュはここで待て」
ファイランと共に戦場へ行こうとしたミージュに、ファイランはそう言い放った。こういう時の彼の指示は絶対なので、ミージュは共に戦場に行くことはできなかった。
戦いが長引けば長引くほど、この国は不利になる。
なるべく早く、決着をつける必要があった。数日で世界の終わりが迫ることはないはずだが、その焦燥感もどこかにはあった。もちろん、それに関しては敵も一緒だが。
ミージュは植物を心配していた。
戦いに伴い、この国の足とも言える特殊な根が傷つけられる可能性がある。一般的な植物とは異なり、根から水分を取ることはあまりない。他の部分、上部からも水分を取ることができるため、人々が定期的に水を撒くようにしていた。しかしそれにも制限がある。水に関しては、まだ何とか大丈夫そうではあったが、この砂漠地帯に長くいることは何としても避けたい。
国王たちは、そのことについても考えているようだった。
ミージュは観測室へと向かった。
そこではメイリアが、数人の部下と共に辺りの様子を記録していた。
「雨は降りそう?」
「期待できない」
メイリアは忙しそうで、ミージュと話をする雰囲気ではなかった。ミージュは観察室を離れ、ガーデンの植物を見て回った。
いつもと違う環境や、受けているダメージの影響か、葉が少しだけ弱っているようにも感じられた。もちろん、この程度なら気温の変化などの条件でも現れるレベルなので、まだ問題はないはずだ。
そう思っていたところに、負傷した人たちが、ガーデンへと運び込まれてきた。
上がってこないよう、防衛戦を行っていたはずだったが、それを突破されてしまったのかもしれない。
傷に効く薬草を集めながら、ミージュは祈った。
みんなの無事を、この国の明日を。
<次の話へ続く>
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