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第13話 姫を守れなかった竜騎士のレイド

 異世界でミージュが空を飛んでいると、ドラゴンが同じ高さで飛んでいるのが見えた。

 それを見たミージュは、この世界にはこんな生き物がいるのかと感心した。

 けれどドラゴンは傷ついていた。それを見たミージュは、時間を越えてみることにした。

 ミージュの胸元にあるネックレスについた白い宝石が、きらりと光る。

 さあ、物語を始めよう。


◆ 姫を守れなかった竜騎士のレイド ◆


 レイドは優秀な竜騎士だった。

 幼い頃からドラゴンに乗ることに憧れ、そのための訓練を積んできた。ハードな練習にも耐え、剣技を磨いた。そうして憧れの竜騎士団に入った時、彼は更なる野望を抱いた。

 俺はもっと上に行く。

 そのために彼は、この国の姫に近づいた。

 第2王女、ミラである。

 ミラは気位が高く、気難しい性格でもあったが、レイドは巧みに彼女に近づいた。ミラはレイドに興味を持つようになり、時折話をした。

 レイドは当初、ミラのことが好きではなかった。ただその立場を利用しようと思っただけだった。

 だが自分でも気づかぬうちに、レイドはミラに惹かれていた。

 ある日、ミラは所用のため、隣町へと向かうことになった。レイドたちもその護衛にあたっていたのだが、その時事件が起こった。

 ミラを乗せた馬車を、魔物の群れが襲ったのだ。

 レイドたち竜騎士は、その魔物たちと戦った。ドラゴンはブレスを放ち、群れを一気にやっつけていく。順調に思えたが、レイドの相棒のドラゴンは、絶好調というわけではないようで、ブレスを放つために深呼吸を何度かした。

「大丈夫か?」

 レイドが相棒のドラゴンに気を取られていたその時、ミラを乗せた馬車に、魔物が迫った。レイドが気づいた時には遅かった。

 迫りくる危機。

 ミラを救ったのは、レイドが密かにライバル視していたアンフィスだった。

「ありがとう、アンフィス」

 それからミラは、アンフィスがお気に入りになった。

 何故アンフィスなのか。

 レイドの心は揺れた。

 アンフィスより自分の方がミラを愛してる。なのに、何故自分よりもアンフィスを見る?

 その感情は徐々に怒りへと変わり始めた。

 それが頂点に達したのは、ミラがアンフィスとの婚約を発表した時だった。

 周囲はアンフィスの出世は間違いないと噂した。

「まあ、アンフィスは剣の腕も良いし、仕方ないよ」

 そんな言葉を聞いて。

 そのポジションは本来、自分のものだったはずと、レイドは怒りに震えた。

 ミラのことも好きだった。出世もしたい。それは自分のものだったはず。なのに。

 そうかと言って、今更ミラに何かを言うのも違った。自分の方を向いてくれと言ったところで、今更だ。

 ある日、竜騎士の仕事が手につかなくなっていたレイドを、騎士団長が呼び出した。

「最近、調子でも悪いのか?」

「いえ、そんなことは」

「少し休暇をやるから、のんびりしてきなさい」

 レイドは休む気などなかったが、騎士団長は強制的に休みを取らせた。仕方なくレイドは、実家のある村へと向かうことにした。

 小さなその村では、王都に行く者など皆無で、それ故レイドは優秀な人材として尊敬を集めた。それもあって、本当は竜騎士を辞めたくなっていたレイドだったが、辞めることができずにいた。もし辞めたら、あの村に帰ることはできなくなるだろう。もう、今回で帰るのは最後になるかもしれない。レイドはそんなことを思った。

 レイドが村に着いた頃には、辺りは真っ暗になっていた。暗い夜道を通り、実家の呼び鈴を鳴らす。

「帰って来たのね。でも、急にどうして?」

 母親は嬉しさと心配が入り混じったような様子を見せた。

「ちょっと休みがもらえたから、顔でも見に行こうかなと思っただけだよ」

「仕事はうまくいっているのよね?」

 その言葉に、レイドの心の中で、何かが折れた気がした。

 仕事がうまくいっている自分でなければ、名誉ある息子でなければ、自分に価値はないということなのだろう。

 もう全部辞めて、どこかに行ってしまおう。レイドはそう決意した。

 翌朝レイドは、辞表を書いて王都へと送った。

 休ませて大丈夫な人間の代わりなど、いくらでもいるってこと。そう思ったら、レイドは悔しくてたまらなくなった。

 憧れていた場所。目指した出世。好きだった女性と、それを奪ったライバル。

 全部忘れて、どこかで一からやり直したかった。

 でもどこまで行っても、きっとそのことは心の中に残ってしまうだろう。たとえ今後誰かを好きになったとしても。届かなかった思いには、きっと敵わない。

 レイドは気の向くまま、旅を続けた。食事もとらず、寝ることもろくに無いままに。

「青い野菜を買いませんか?」

歩いていたレイドに、リヤカーをついた若い男性の商人が妙なことを尋ねた。

「青い野菜? いらないよ」

「やっぱりそうですよね。みんな熟した野菜の方が食べたいですよね」

 それを聞いて、レイドは「一つもらおうか」と答えた。

 商人から買ったまだだいぶ青いトマトは、硬くて食べてもおいしそうではなかった。それでもそのトマトをボールのように手の中で転がしながら、レイドは進んだ。

 青いトマトは硬いし、軽い毒性もある。まるで自分みたいだ。レイドがそう思っていると、トマトは手から離れ、ころころと坂道を転がった。

 その先に、一人の女性が立っていた。彼女はトマトを拾い上げると、レイドを見つめた。

ミラだった。

「竜騎士を辞めたそうね」

 ミラの言葉に、レイドは答えなかった。

「私のせい? 私のこと、恨んでる?」

 レイドはそれが、疲れが見せている幻だと気づいた。レイドは目を閉じ、地面に横になった。もう限界だった。

 けれどそんなレイドに、茂みから音が聞こえた。魔物が来たのかもしれない。レイドは目も開けず、そのまま自身の終わりを思った。

 だけど気配は、レイドに何かすることはなかった。そしてそのまま、隣に寝そべって来た。硬いけれど温かな感触が、レイドに触れた。生き物の気配が、優しくレイドの傍にあった。

 隣にいてくれる何か。それが何か、レイドにはすぐにわかった。

 長らく一緒にいてくれたドラゴン。それがレイドを追いかけて来てくれたのだ。

 首には引きちぎられた鎖と首輪があり、止めようとした誰かの攻撃を受けたのか、皮膚には見慣れない傷があった。

 レイドを探して、必死にここまで来たのだ。

レイドはそれがわかり、ドラゴンを強く抱きしめた。

 諦めた竜騎士の道。

 けれどそこにも、確かにあったのだ。

 彼らの友情、信頼の絆が。


◆ ◆ ◆


 青いトマトをリヤカーに乗せて運ぶ商人は、小さく笑う。

「いずれ赤く変わるんだけどね」

 その胸には、白い宝石がきらりと輝いていた。



<次の話へ続く>



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