第11話 ミージュの話⑤
ミージュはメイリアと話をした後、日課の植物観察をすることにした。
弱っている植物がないか、変わった植物がないか、そういうことを確認するためだ。
基本的に植物を抜くことはないが、弱った枝や葉を切ることはあるし、咲き終わった花を摘むこともある。
植物の管理はこの国の命に関わる。
とは言え、これまで大きなトラブルが起こったことはなかった。痛んだ植物が出ても、自浄作用が働き、うまく生態系は回っているように見えた。
この国は、これまで様々な場所を走って来た。
浅い水辺だったり、湿地であったり、少し雪の残る場所の時もあった。少し寒くなった時には、植物たちが寒さで弱らないか心配した。だが幸いにも少し変色した程度で、そのエリアを抜けることができた。
ずっと走って来た。いつも休むことなどなく、昼も夜も関係なく、いつだってこの国は進み続けている。そうでなければ、迫りくる「世界の終わり」に飲み込まれてしまうのだ。
聞いた話では、かつて一度だけ、この国が動きを止め、世界の終わりの闇が近くまで迫ったということがあったそうだ。その時は火事があって、植物たちが大いに弱ったらしい。一人の不始末が全員の命に関わるのだ。
ミージュは剪定鋏で枯れた細い枝を切り落とす。見上げたその木は、葉が少し弱っているようにも見えた。ミージュは木に登り、木の状態を確認することにした。木の表面の様子を見たり、コンコンと叩いて音を聴いたり、葉の状態を確認したり、どこから弱っているのか、何が原因なのかを考えていく。
調べてみると実際に弱っている部分はわずかで、その原因は虫だということがわかった。
植物との共存関係の都合上、虫はある程度いるが、それでも珍しいことではあった。植物、特に根幹を成す木の類に虫がついていると、人々が気づいて連絡をくれる。と言うことは、おそらくこの状態になってそう長くはない。ただ、比較的細い木の皮を齧るというのが気になった。
木の皮を齧る虫なんて、これまでにいただろうか?
植物の記録はかなりあるが、虫があまり好きではないミージュは、虫について詳しくない。
とは言え、状態はさほど悪くないし、原因を取り除けば解決するだろう。
ミージュはしばらく作業にあたった。
「随分高いところにいるんだな!」
ミージュが作業していると、ファイランが下から声をかけた。
「何かあった?」
ミージュは木の上から尋ねる。
「俺もそこに行っても良いか?」
「木を傷めるかもしれないからダメ!」
このままここにいると、ファイランが登ってきそうなので、ミージュは降りることにした。作業はもうほぼ終わっていたので問題はなかった。
「いいよな、ミージュは仕事と称して木に登れて」
木を傷める可能性があるため、暗黙の了解として木登りは禁止されている。
「何か見えたか?」
「木を見ていたから、景色は見ていないよ」
「そうか」
ファイランは残念そうにそう呟くと、ミージュを見た。
「このまましばらく晴れの日が続くみたいだな」
「メイリアに聞いたの?」
「ああ」
「この先の話も?」
「一応な」
ファイランは気まずそうにそう言った。
視線をそらしたその先に、地平線に沈む夕日が見えた。
この先の話を聞いたということは、しばらくの間砂漠エリアが続くこと、水不足が心配されることも聞いたということだろう。
「でも、心配しても仕方ない。そうだろ?」
ファイランは明るくそう言った。
「雨が降ることを願おう。あるいは、水辺のエリアに着くことを」
水辺のエリアに行くことができれば、植物たちが水を吸い上げ、ガーデンに水を溜めてくれる。彼らもそれが自分たちを支える重要なものだとわかっているようだから不思議だ。
この国の植物には意思がある。
根のような部分を自在に動かし進むというのに、意思疎通は人間が察するしかない。それでも様々な方法で、植物たちは主張をしてくれる。
砂漠エリアが続いているせいか、葉は少しばかり減った。水不足に備え、少しでも対策をしているのだろう。
ミージュは迫りくる危機を前に、自分も何かしなければと思った。
もっと知らなければいけない。
この国のこと、植物たちのことを。
「もう暗くなるし、帰ろっか」
もうすぐ辺りは真っ暗になる。火は不用意に使えない。日が沈めば、家で寝るだけだ。
帰ろうとするミージュに、ファイランは言う。
「かつて水不足になった時は、争いが起こったらしい。そうならないよう、最善を尽くすよ」
「ファイラン。心配しても仕方ないって言ったのは君だろ。できることはする。あとは、気にするだけ体に悪いよ」
「そうだな」
そうしてミージュたちはそれぞれの場所へ帰る。
明日が無事過ごせることを願って。
<次の話へ続く>
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