第10話 治らぬ病のアルシェ
異世界で、ミージュは考えていた。この白い不思議な宝石に、みんなの「愛」を集めることで生まれるアイテムのこと、そしてメルリー王国の神殿にあったあの光る石のことを。
ファイランは話していなかったけれど、きっとこの石は神殿と何か関係がある。
世界の終わりの闇に対抗できる力を持つとされる「何か」。
それが完成すれば、進むことができなくなったあの国でも、何とかみんなが生き延びることができるのかもしれない。
そう考え、ミージュは今日も、空を飛ぶ。
◆ 治らぬ病のアルシェ ◆
アルシェは若く、好奇心旺盛だったが、ある病を患っていた。
それは、この国では名前のない病だった。
何かをしようとすると、その気持ちが自律神経や様々な調子を乱し、不調をもたらしてしまうのだ。その不調具合はその時によって様々で、彼女が何かをしようとするたびにそれは現れた。
ぜんそくのような発作であったり、発疹として出たり、高熱であったり、不眠であったり、頭痛の発作となって現れることもあった。何かを全力で行おうと思うと、いつもそれは現れた。
まるでアルシェが何かしようとするのを止めるみたいに。
アルシェは悩み、その解決方法を模索していたが、医師は「考え過ぎでしょう」と言うばかりで、解決しなかった。
治らぬ病に、アルシェはますます悩みを深めた。
自分が何かをしたいと強く思えば思うほど、体調はどんどん悪くなる。
一方でどうでもいいことは、それなりにうまくできた。だから周囲には、アルシェがそのような不調で悩んでいることを知らない人も多くいた。アルシェも彼らに説明しようとは思わなかった。
そんなアルシェだったが、将来お店を開きたいと思っていた。
ポーションのお店である。
病に悩んできたアルシェは、様々な回復薬を学んできた。それ故、その知識を活かしたお店を作りたいと思っていたのだ。
けれどお店を開くには、様々な準備とプレッシャーがかかる。
アルシェはそれに耐えられると思えなかった。
そのためアルシェはお店を開く夢を持ちながらも、近所の雑貨店でアルバイトをしていた。そこでたまに扱うポーションの仕入れが、今後の役に立てばと思う程度だった。
いつまでこうやって生きていくのだろう。
本当にやりたいことを避けて、心に負荷をかけずに生きて、何になる?
アルシェは思い詰めていた。
何かを全力でやろうとして、いつもうまくいかない自分が嫌いだった。
「ちょっと届けてもらいたいものがあるのですが」
店長に頼まれ、アルシェは病院の売店に品物を運ぶことになった。
売店に品物を届け終えると、売店に勤めるおばさんが、「わざわざありがとうね。これでも飲んでいって」と、アルシェにお茶の入ったボトルをいくつか渡した。
アルシェはそれを病院の中庭で飲むことにした。
すると、無表情でじっと芝生を見つめるおばあさんを見かけた。アルシェはベンチがそこしかないのもあって、隣に座った。おばあさんはびくとも動かずじっと芝生を見つめたままだった。
「あの」
アルシェが話しかけると、ようやくそのおばあさんは動き、アルシェを見た。
「良ければこれ、飲みませんか? 一人で飲むには多くて」
おばあさんは不思議そうにアルシェを見た。
「あ、無理にとは言わないんですけど」
アルシェがそう言うと、おばあさんは首を振り、「ありがとう。でもいいよ」とだけ言った。
警戒されているのかもしれないし、体調的に飲めないこともあるのかもしれないと、アルシェは思った。
そしてそのおばあさんは、またじっと芝生を見つめていた。
アルシェは仕事に戻るため、その場を後にした。
それから少し経って、またアルシェは病院に品物を届けることになった。
同じようにまた中庭に来たアルシェは、また同じおばあさんが芝生を見つめているのを見かけ、声をかけた。
「先日はどうも」
「ああ、先日の」
おばあさんは愛想なく答えた。
「あの。芝生に何かあるんでしょうか?」
アルシェは不思議に思って尋ねた。
「何もないよ。すべてのものはそこにある。良いとか悪いとか、いちいち意味なんてない」
おばあさんは特に顔を動かすこともなく、そのまま芝生を見ていた。
「どうしたら意味がないと、割り切れますか?」
アルシェはちょっとしたことに右往左往する自分を思い、そう尋ねた。
「あんたは、どっか悪いんか?」
病院の患者だと思ったのだろう。アルシェは答える。
「ここの患者ではないのですが、生きるのに不便な病を患っています」
「そうか」
おばあさんはそれ以上何か言うわけでもなく、アルシェの隣にいた。
それ以上話すわけではないけれど、不思議と居心地は悪くなく、アルシェはそれからも、仕事で病院に来ては、中庭でおばあさんの隣に座った。
いつ来てもおばあさんはそこにいて、アルシェは隣で少しばかり話をした。
「いつか自分のお店を開きたいんです。この病が治れば、それもできるかもしれないけれど、一生治らないかもしれません」
アルシェが真剣に話をしたとき、おばあさんは相変わらず何も言わず、芝生をじっと見つめていた。
それでもアルシェは、聞いてもらえるだけで良い気がした。こんなネガティブ話を、他の人は聞いてくれないと思っていたから。
そんなことが続いたある日。
おばあさんが中庭にいない日があった。
いつも同じ場所にいたので不思議に思いながら、アルシェが一人ベンチに座っていると、看護師の女性がやって来て、アルシェに話しかけた。
「いつもここに座っている、高齢の女性をご存じですか?」
「あ、はい」
「実は先日亡くなられて」
アルシェは言葉が出なかった。いつも通り会えると思っていた。なのに。
「そう……ですか」
「それで、多分あなたへのメッセージだと思うんですけど」
看護師は、最期におばあさんが言っていたことを語り始めた。
いつも中庭に一人でいた。意味なんかない。それでいいと思っていた。
だけどあの子が来た。あの子は、生きるのに不便な病を患っているという。最期に、あの子の苦しみを、全部向こうに持っていってやりたいと思う。あの子が少しでも、生きやすくなるよう願って。
そのことを、その思いを聞いて。
アルシェの目に、涙が溢れた。
それまで抱えていた悲しみが、全部出ていくような思いがした。
ただ隣に座っていた、それだけの間柄だと思っていた。だけど違った。ずっと深い思いで、自分のことを思ってくれていたのだ。
あの病はなくなった。
もうなくなったんだ。
きっともう、大丈夫。
アルシェが見上げたその空は、どこまでも高く澄んでいた。
◆
売店で、お茶のボトルを片手に女性は笑顔を浮かべる。
その胸には、白い宝石がきらりと輝いていた。
<次の話へ続く>
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