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第9話 ミージュの話④

 ミージュは思い出していた。

 メルリー王国を襲撃した、「空の民」のことを。

 巨大な鳥に乗って来た侵略者たちを、人々は「空の民」と呼んで恐れた。

 彼らがまたやって来ないか。その襲撃に備えて、見張りをたてることにしたらしい。

 その話を聞いた時、ミージュは疑問に思った。

 もし見張りの人がいて、気づくことができるのなら、「彼女」はとっくに気づいていたのではないかと。

 そう思ったミージュは、屋上のガーデンの端にある「観測室」へと向かった。そこには、ファイランの姉、変わり者の王女メイリアがいる。

 観測室は、この植物の国の進行方向に向かって少し飛び出した造りになっており、辺りを見渡すのに最適な場所だった。メイリアはよく、ここで様々なものを眺め、観察していた。そして周囲の様子を伝えるのだ。

 しばらく雨が降らないとか、この先水のエリアが続くとか、そういうことを事前に教えてくれる。

 案の定、観測室にはメイリアがいた。

 赤く染めた髪に、青い瞳。眠そうなその瞳で、メイリアはミージュを見つめた。

「何か用かい?」

 メイリアはいつものように面倒くさそうに言う。

「ちょっと聞きたいことがあって」

「君もか」

 メイリアに話を聞きに来たのは、ミージュだけではないようだ。

「巨大な鳥は、いつから飛んでいたかわかる?」

 きっと空の民もリサーチをしたはずだ。この国をターゲットにするかどうかを。

 ミージュの言葉に、メイリアはガラスのようなもので覆われた透明な天井を見上げた。

「うーん、どうだろ。私が知る限りでは、彼らが攻めてくる三日前に、大きな鳥だけを見かけたことぐらいかな」

「大きな鳥だけ?」

「うん。人の姿は見えなかった。隠れていたのかもしれないし、鳥だけ偵察に来たのかもしれない」

 その辺りのことははっきりしないらしい。

「鳥だけ来たときは遠くから見ているだけで、まあたまに空を飛ぶ生き物もいるから、そういう類のものなんだと思って、一応報告はしたけど相手にされなかったよ」

 メイリアはそう言って、小さくため息をついた。そして細長い望遠鏡を、くいっとミージュに向けた。

「今回の戦は、私のせいではないかと、君も言うのかい?」

「そんなつもりは」

「だろうね。君がそんなつまらんことを言いに来るとは、私も思っていない」

 メイリアはそう言うと、宙を指さした。

「むしろ戦が起きた原因は、別にあるんじゃないかと思うけどね」

 その言葉に、ミージュはどきっとした。

 あのつる薔薇を切ったことがその一因だと、ミージュは思ったけれど口には出さなかった。

「他にも何か気になることはない?」

 ミージュはそう話を変えた。

「気になること、ね。天気はしばらく晴れが続きそうだということと、当分の間砂漠エリアを走ることになるということかな」

「それって……」

 メイリアの言葉に、ミージュは真剣な顔になった。

「ああ。水が奪われ、少なくなった今、この状況が長く続くことは危険だ。君も植物医として、切ることができる植物や、水分の代わりになる植物を考えておいた方が良い」

「そのこと、他の人は知っているの?」

「いや。父には話しているけれど、みんなが知れば混乱する」

 メイリアの予測が外れて欲しいと、ミージュは思った。けれどその確率は極めて低く、この先水不足の中、過酷な状況を乗り切らなければならない可能性が出てきた。

 そのために、何かを犠牲にしなければならないかもしれない。

 それが何になるかは、容易に想像がついた。

 だからこそ、それが導く結末も、いくつか想像された。回避しなければ、この国は、この植物の国は、進むことができなくなる。それはすなわち、この国が世界の終わりに飲み込まれ、滅びることを意味していた。

 何としてでも防がなければならない。

 その覚悟が必要だった。

 メイリアはミージュを見つめた。

「君に話したのは、君やご家族に、残酷な役割を押し付けることになるかもしれないからだ。最悪植物を切るという選択を、せざるを得ない。それが意味することは、君が一番よくわかっているはずだけど、人命と天秤にかけた時、どうなるか。だからこそ、それを回避する策を考えておいて欲しい」

 そのことの意味を考え、ミージュは心が重くなった。

 植物同士が複雑に絡み合い、共存しているこの国で、切っていい植物など、どれぐらいあるだろう?

 その危険を回避する方法など、この先あるのだろうか。

「私は君に、生きて欲しいと思ってる。だから話した。絶対に死ぬなよ」

 メイリアの、ストレートなその言葉に、ミージュはしっかりと頷いた。


 

<次の話へ続く>



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