【第三話】不倶戴天
人里は怖いところだと森の妖たちは口々に言っていた。私たち妖を良く思っていない人間が非道な行いをしていると。遠く離れた妖の森では統括していた主の一族が虐殺されたと噂もあった。それなのに人の里に下りるなんてと陰口を言われたことを薄々知っていた。
それでも里に下りて人間たちの豊かな生活や賑やかな通りを歩くと憧れを抱いていた。そういった族は極一部に過ぎないと見て見ぬふりをしていた。
あれは里に帰る途中だった。お母様が神社にお供え物をするからと通りで待っていた。その日は若旦那様とのお顔合わせで気持ちが弾んでいた。外れの方でなにやら人だかりができていた。ざわざわと集まる人の群れが気になった。紙芝居か人形劇のような見世物が始まったのかもしれない。私は軽い気持ちでその群れに入って行った。
「ねぇなにこの匂い」
「ちょっとやだ。なによあんなの吊り下げてどうするつもり」
「それにしても臭いわね。獣臭い」
人々は大きなクスノキを見上げていた。近づいてみると強烈な異臭が辺りに漂っている。人の間から見えたのは焼け焦げ炭のように真黒になった妖のような物体。熱く湿った蒸気が風で漂い異臭を広げていた。
「長者が見せしめにってやったらしいよ。畑を荒らしに来たって。惨い(ムゴイ)ことするね」
「仲間が来るかもしれないからってなにもあんなところに吊るさなくてもねぇ。臭うわよ」
胸から逆流してくる異物感に思わず口を押えた。目の前の残虐を周囲は日常の一部として受け止めていた。それは急な雨に乾きかけた洗濯物が濡れてしまったというくらいの軽薄な憂鬱さだった。これが一部の人間の仕業にせよそれを傍観する人も同じではないだろうか。初めて人に嫁ぐことが恐くなった。後退りをしかけた足。今なら見なかったことにできるかもしれない。けれど私は姿形は人間に寄せていても紛れもなく妖。吊るされた妖を放っておいていいわけがない。でも私も同じようにされはしないがろうか・・・。震える身体に力を入れたときだった。背後から人を掻き分け誰かが間にやってくる気配がした。
「おっおいちょっとアンタ!なにやってるんだ」
「ちょっとどこの人・・・」
「そんなことをしたら長者様に大目玉くらうよ」
現れたのは一人の青年だった。華奢な身体に漆黒の着物を着ている。その細い腕には刀が握られていた。村人の静止を押し切り無残な妖の下にやってくると吊るされた縄を断ち斬った。
「こんなことしてただじゃすまないぞ!」
「オレたちゃ関係ねーからな!」
「好きにしろ。こんなことをする外道なんざ生い先長くはねぇだろうからな」
青年の鋭い眼光が村人を射抜くと口を閉じた。耳元には赤い総の飾りが揺れている。クスノキの下に横たわる二体の妖の姿を私は今でも忘れられない。その後直ぐにお母様がきて私を連れ出した。あの方は誰だったのか、なぜ助けてくれたのかさえ分からないまま。お母様に手をひかれながら振り返ると一度だけ目が合った気がした。