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鶴人の恩返し  作者: May
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【第二話】輝煌

「八千さん、お待たせしてすみません!」

「お久しぶりでございます。若旦那様」

「相変わらずお綺麗ですね。今日のお召し物もよくお似合いです」

「あっありがとうございます。こちらは以前、若旦那様に選んで頂いたものでございます」

「そうでしたか。よくお似合いで」


吉右衛門様の後ろから腰を低くして現れたのは息子で次期当主の蒼蜀様。照れたように目を細めながら私を見るお姿に治まりかけた胸の高鳴りがまた主張を始めた。吉右衛門様は昨年ご隠居され家業の呉服屋は一人息子である蒼蜀様が引き継いでいる。

私が着ている着物は、以前上物の反物が入ったからと若旦那様が見繕ってくださったお召し物。淡墨桜の模様が入った着物でとても気に入っている。だからこそ大切なこの日のために仕立てた。


「さっさ、座れ。先月八千殿の母君が他界された。少し早いがこの家に嫁いでもらうこととなった。まぁ前々から話しておったがな」


お母様と吉右衛門様の交わした契りは『鶴人が息子の妻となること』だった。そのために私は幼少期からこの家にやって来ては若旦那様と面会していた。いざこうして夫婦になるのだと告げられると恥ずかしさが残る。若旦那様を見ると目が合いそうになり思わずと逸らしてしまった。


□□□


挨拶を終え若旦那様に改めてお屋敷を案内してもらった。困ったことがあれば女中のお梅さんと言う人が私の身の回りのお世話をしてくれるらしい。自部屋に案内される途中、客間にある欄間に目が止まった。


「どうかしましたか?」

「鶴・・・?」

「あぁあれですか?珍しいでしょう。この家を建てた先代が職人に作らせたらしいです。なんでも昔、鶴を助けたそうで。その恩を返してくれたおかげで家業が繁盛したとか。ハハ妖のおかげだなんておかしな話ですよね」


私が鶴人の妖であることは現当主である吉右衛門様しか知らない。若旦那様が当主になるときに吉右衛門様から明かすことになっている・・・。その時、私と契りを交わす。


「若旦那様は妖についてどうお思いですか」

「僕ですか特になにも。村の中には忌み嫌う者もいますし逆に神ように崇め奉る者もいる。僕はそのどちらでもありませんよ」


若旦那様の返答は私が望んだものではなかった。当たり障りのない常套句だった。私が妖だと知ったときどう思うだろうか・・・。

広い客間にある欄間を見上げた。欄間は物語調に彫られていた。もう少しそれを見ていたかったけれど若旦那様が先を行くので三枚ほどしか見ることができなかった。


「こちらが八千さんのお部屋です。不便なことがあればなんでも言ってください。僕の部屋は隣です」

「隣なのですか?」

「はい。どうかしましたか」

「いえ・・・夫婦になるのでお部屋は若旦那様とご一緒かと思っていました」

「えっあっその・・・まだ祝言を挙げていないので。その辺りは追々と言うことにしましょう。八千さんもまだお若いですし」


私の言葉が予想外だったのか若旦那様は目を泳がせた。照れ隠しからか指で頬をかいている。

通された部屋は南側に位置する部屋だった。日当たりも良さそうだけれど、ここからでは故郷の山は見えそうにない。そう言えば人は寒さより暖かさを好むとお母様が言っていた。この部屋はご配慮頂いたお部屋なんだわ。


「あの・・・本当に良かったんですか?」

「なにがでしょうか」

「その僕なんかで・・・。八千さんはまだお若ししこんなにお綺麗な人だから。僕には父が勝手に盛り上がっているようにしか見えなくて。もし八千さんが嫌なら父をなんとか説得しますから」


若旦那様は昔からお優しい方。いつもお気遣い下さる。最初にお会いしたときもそうだった。今も変わりはらない。若旦那様の両手をそっと握ると少し戸惑ったように身体を強張らせてしまった。私の手はそんなに冷たいかしら。


「八千は幸せにございます。優しい若旦那様と夫婦になれるんですから」

「・・・八千さん。それなら良かったです」

「はい。あっそうだ、これ」


若旦那様に見えるように髪飾りを向けた。少し歪な形をした牡丹の髪飾り。


「牡丹?・・・お似合いですよ。そうだ今度、桜の髪飾りを探しておきます。きっとそちらの方が着物にも似合うと思います」

「蒼蜀そろそろ時間ですよ。早く店に戻りなさい」

「母さんっ」


若旦那様の後ろから一人の女性が現れた。


「そうだった。すみません八千さん。店を抜けて来たもので夕方ごろには戻ります。部屋で待っていて下さい」

「はい。お気をつけて行ってらっしゃいませ」


若旦那様は急ぎ足で向かわれた。蕗子(フキコ)様がその背中を見つめながら小さく息をついた。蕗子様は若旦那様のお母様でもちろん何度もお会いしたことがある。屋敷にいらっしゃったのに先ほどの場には現れなかった。


「全く・・・」

「ご無沙汰しております、蕗子様」

「あら、今日からだったの」

「不束ではありますが何卒よろしくお願い致し…」

「あの人もどこから連れて来たか知らないけどあまり面倒はかけないで頂戴ね」


私の言葉を遮り吊り上げた目で一度だけ見ると直ぐに去って行ってしまった。相変わらず冷たい方。まるで氷のような人だわ。蕗子様が笑った顔を私はまだ見たことがない。

部屋入ると机の上には物書きが出来るように筆と紙なども用意されていた。奥には鏡台もある。そっと扉を開けると自分の姿が映った。やっぱり少しだけ髪飾りの牡丹が傾いている、重なっている花弁を広げて直してみた。これは昔若旦那様に頂いた物。でもあんな昔のことを覚えているわけないわよね・・・。それに若旦那様はお忙しいのだから蕗子様が仰る通り面倒をかけないように努めないと。


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