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聖戦のアルマティア  作者: 佐伯 木綿季
リッツオルフ編
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第1章 少女と最後の英雄〈4〉


       4


 リッツオルフ王国は、この遊戯の世界・アルマティアの西南部に位置し、背後に魔境へとつながるデフェン山脈を控える、冒険者の国だという。

 国土の四分の一を占める山脈が北から中央にかけて広がり、そこから南下するごとに高原、平地、湖沼(こしょう)地帯から沿岸部へと繋がる、大変多彩な立地を持つ国である。

 主産業は、デフェン山脈から採れる『デフェン鉱石』と呼ばれる武器に最適な鉱石と、高原と平地の地帯で栽培される農作物の二種類である。

 もう一つ特筆するなら、デフェン山脈の中腹にある魔境に対して穿たれた、アルマティアでも最大の(うろ)がある事。そこから湧き出る魔獣などを狩るために、この地には冒険者が多く集まり、ギルドの数ではアルマティア随一であるという。

 糸恩が召喚され、将門が降臨したこの地、王都・ランタフェールにはギルド街と呼ばれる場所もあるらしい。

 ランタフェールは王都らしく栄えた街で、冒険者ギルドの集まるギルド街と、メインストリートとなるランタン通り、数多の職人が(しのぎ)を削る職人市があり、観光も大きな産業の一つであるという。

 特にランタン通りは多くの商店や、屋台、露店が広がり、昼夜問わず賑わっており、西方地域の端とはいえ魔境の入り口として、かなり栄えた国ではあるようだ。

 そしてもう一つ、リッツオルフには特筆すべき点がある。それは選帝侯──王なき時には候王と呼ばれるべき者の不在である。

 リッツオルフはアルマティアで唯一、二家の選帝侯が権利を主張している国である。

 北の山岳地帯と高原の半分を治めるインフェリア大公アーヴェントリア家と、南の湖沼地帯と平地の半分、沿岸部を治めるグロワール大公ヴァイスハイト家の二家が、現在に至るまで優に三十年間も選帝侯の利権を争い続けている。それぞれは別々の都市に居を構え、そちらを選帝侯の都として置いているらしい。

 王城のある王都ランタフェールは、高原と平地の半分を治める事で、なんとか権力の均衡を保ってきたが、それも限界を迎えようとしていたという。

 続けてルシアンは、近々大きな戦いが起こると言った。大鐘楼が鳴ったことで王が召喚された事がアルマティア中に知れ渡った。二家は王の最側近である選帝侯の座を手に入れるべく、早急に相手を潰しにかかるだろう、と。またその座を手に入れた後に聖戦の王をどう担ぐか、も考え始めるはずだと。

 グロワール大公家はまだ温和なものが多く、王の手腕次第では懐柔が可能かもしれない。反対にアーヴェントリア大公家は王がどんな傑物でも、容易く折れるものたちではないという。

 グロワール大公をどうにか説得して王都の軍に取り込み、アーヴェントリアを倒す事が一番王の身も、その後の国の事を考えても最善であると、イグニスも続けた。

 将門としてはできるだけ穏便にことを終わらせたいと思っていた。ルシアンとイグニスの算段にはまだ入っていないだろうが、あの幼い王にすぐさま戦争を叩きつけては、きっと耐えられない。

 王の体の負担を考えるならば、できるだけ穏便に済ませたかった。それが決して叶わないことでも、やってやる気概はあった。

 二人の若さゆえの行動力と無駄な自信と、自身の凝り固まった考えにため息をつく。彼らは若すぎるが、自分は年を取りすぎたらしい。英雄に経年など基本的には関係がないが、心や考え方はどんどん消極的になっていく……気がする。どんな形であれ、歳はとりたくないものである。



   ❁ ❁ ❁


 酷くなる頭痛に耐えながら話を聞き終えると、一旦二人を帰すことにした。

 ルシアンの方は宰相としてこの城に部屋をもらっているらしく、その部屋へ。イグニスは一旦城下の軍宿舎へと戻ると言って、部屋を出て行った。

 興奮が燻ったままのようだが、先程の老人のように駄々を捏ねずに素直に帰ってくれたのも、まだ展望のある若さゆえだろう。


「英雄様、よろしければもうお休みになりますか?お部屋の準備はさせております故」


「ありがとう……でも、王の様子を見にいくよ。一人には、しておけないから」


「承知致しました。陛下は私室でお先にお休みになられていらっしゃるとの事です。ご案内致しましょう」


 二人が帰った後も残っていたエイブラハムが、将門の疲れ切った様子に声を掛ける。確か話を聞いている間に部屋から出て行って、茶を出してくれたりしていたから、侍女たちとも連絡を取り合ってくれていたのだろう。

 どの城でも思う事だが、侍従とは本当に神経をすり減らす職業だ。とてもじゃないが自分にはできそうにないと将門は思う。

 今の自分が神経をすり減らして、出会ったばかりの王のことを考えていることは、一旦棚に置いて。


 エイブラハムに先導され一つ上の階にある、王の私室へと向かった。四階に当たるこのフロアは鏡の間の真下で、王と英雄の私室がある階だという。王の部屋が近いのは安心できるし、ありがたいと将門は独り言ちた。

 王の私室に入ると、先ほど別れたベルナデッタとアンナ、もう一人見覚えのない侍女がいた。


「ベルナデッタとアンナ、と君は?」


「は、はじめまして! 私、侍女のクラリベルと申します。医官としての資格も持っておりましたので、陛下の手当などのお世話をさせて頂きました!」


 クラリベルと名乗った少女は、かなり緊張しているようで将門と目も合わせなかった。蜂蜜色の長い髪をお下げにしていて、それを勢いよく揺らしながら頭を下げ、元気に挨拶をする。

 アンナやベルナデッタ、エイブラハムに比べると、まだ洗練された侍従という様子ではないが、王の方をちらりと見ると天幕の隙間から少ししか見えなかったが、綺麗に手当てされていたので腕は確かなようだ。


「そうかい。クラリベルと、二人もありがとう。私ではできないことだから、助かったよ」


「とんでもございません、これが侍従の勤めです」


「英雄様、それでは王の眠りの妨げになります故、私どもはこれで失礼させていただきます。何かあればこのベルでお知らせ下さい」


 将門の謝辞にベルナデッタが優雅な礼で返す。その言葉に次ぐように、エイブラハムがそう言って、侍女たちを連れて、部屋から去って行った。どうやらあの中ではエイブラハムが一番地位が高い侍従になるらしい。


 静かな暗がりに残ったのは、眠る王と倦み疲れた英雄のみである。のみとは言え、侍従たちはすぐ近くで待機しているのだろうけれど。

 手当をしてもらったおかげで少しは痛みが引いたのか、少女は先ほど気を失った時のぐったりとした様子ではなく、少しばかりだが穏やかな表情で眠っていた。

 その顔は起きていた時の固まった表情よりも、幾分も幼いように見えた。

ベッドサイドに椅子を持ってきて、天幕の合わせを少しだけ開いて、将門は眠る少女の手を取った。

 手首に手を当て、かけていた魔術を解除する。魔力量の多い彼女の身では、他者の魔力を流す魔術も負担になるかもしれない。解除を終えると、紋のちょうど上から隈なく巻かれた真っ白の包帯が見えた。

 意図的にあまり注視してないようにしていたが、やはり全身傷だらけだったようだ。あとでどんな状態か聞き出さなくてはならない。

 魔術を解いてわかったが、あの頭痛も王のものが少し流れ込んでいたようだった。非常時以外には繋がらないようにコントロールしていたつもりだが、王の魔力量を自分は見くびっていたらしい。抑えていたつもりが、抑え込めていなかった痛覚が伝播していたようだ。その証拠に今は随分マシになっている。

 あれが漏れ出たものならばこの子は、今どんな苦痛に襲われているのだろうか。そんな苦痛の中で穏やかな顔で眠れてしまうほどに、彼女の体は壊れてしまっているのだろうか。

 確かめるためには、クラリベルか別の医官から聞かなければならないが、今は王の側を離れたくなかった。

 包帯を巻かれていてもなお、まだ細い手首。食事は今までしっかり摂れていたのだろうか。

 きっとそうでない事は分かっている。

 今まで生きてきた中で、劣悪な状況の者など掃いて捨てるほど見てきた。自分がそうであった事もある。その誰もが絶望に満ちた目をしていた。

 けれど、この子だけは違ったのだ。この子の目はまだ生きた色をしていた。何がそこまでこの子を動かすのかわからないが、前に進もうとしていた。

 それを助けられないようでは、彼女の英雄だなんて名乗れないではないか。少女の生きた目が、将門の戦いに疲弊して倦んだ心を確かに溶かした。

 それが彼女の意識にないことでも、確かに。

 だから、将門はこの少女を救うことを決めた。決して手を離さないことを、彼女が将門の名を呼んだあの時に彼は決めたのだ。

 将門は眠る少女の頬を撫でた。彼女の真白の髪に触れて、頭を撫でる。幼子に庇護者がするそれだった。

 とても綺麗な髪だと思った。いつか今は亡き故郷で見た、真冬の清らかな雪のようだと。

 そう伝えたら、この子は喜ぶだろうか。不思議そうされてしまうだろうか。

 泣く、かもしれない。人は美しいものや珍しいものを排斥するところがある。彼女が虐げられたのが、この稀有な色彩のせいならば、傷つける事にしまう。

 それでも、伝えてみたいと思った。君の持つものは虐げられる理由になるものではなく、誰かの目を奪うほど美しいものなのだと、教えてあげたかった。何か、この王が宝物にできる何かを、与えてあげたかった。

 自分が貰った暖かさの分だけでも、例え僅かでも、この何も持たない少女に与えたかった。

 次に会えた時にでも、伝えてみよう。そして優しく語ってあげよう。些細な事でも、それがとんでもないエゴだとしても、いつか彼女の糧になればいい。

 眠る王を見つめ、将門は微笑む。時間はきっとたくさんある。まずは傷を癒すことだ。


「ゆっくり休んで、早く良くなるんだよ。我が君、そして早く君の名を私に教えておくれ。私はまだ、君の名前も知らないんだ」


 王都ランタフェールの夜が更けていく。

 これから王と英雄を待つ悲劇を飲み込むように、暗く深く、夜は過ぎていった。


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