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聖戦のアルマティア  作者: 佐伯 木綿季
リッツオルフ編
15/20

第4章 湖の都の選帝侯〈1〉


     1


 いつも、どんな時でも思い出す言葉が、グロワール選帝侯 レオンハルト・ヴァイスハイトにはある。

 それは、夜寝る前の寝台の中、朝起きた時のひと時、日課の鍛錬で木刀を振るった一瞬。どんな時でも、片時も離れることなく、頭の中に染み付いて残っている。あの日、あの夕暮れの海岸で、亡き(ひと)が遺した、たった一言の呪いは今でもレオンハルトを蝕んでいる。


『もし貴方が、この先を後悔することがあるのなら……それは(わたくし)の所為ですわ。だから、』


 だから、の続きが、それだけが思い出せない。海岸に吹き付ける風の音と、打ち寄せる波の声が、あの日のその先を永遠に掴ませてくれない。

 この先、いつ戦禍に飲まれ死ぬことがあっても、人生に一つの後悔もない。

 けれど一つだけ心残りがあるとしたら、この言葉の続きを、思い出せないことだけだろう。



   ❁ ❁ ❁



「レオンハルト様?」


「まさか寝てたんですか? 危ないですよ」


 左右から夜の静けさに似つかわしくない、明るい声が聞こえて、レオンハルトは落ちかけていた意識を浮上させた。

 今は王都に向かう馬上で、レオンハルトも勿論騎馬である。騎馬の状態で眠るのは、落馬の危険もあり、言わずもがなに危険な行為だ。それに乗馬の達人だって、眠ったまま乗るなんてできやしないだろう。

 だから、レオンハルトも勿論寝ていたわけではない。意識がちょっと遠くに行っていただけで。


「もうすぐ王都に入りますから、頼みますから落馬だけはやめて下さい。選帝侯がボロボロ血みどろで深夜に入城なんて洒落にならない」


 右側から聞こえたのは、少し気怠げに、けれども心地よく落ち着いた、男性の声音。

 その声の主はレオンハルトの腹心であり、国土最南部のネーバ領の領主代行である、ルティアス・ネーバである。

 ネーバの民は、みんなが勝気でせっかちな気質なので、彼は名前を縮めてルティと呼ばれることが多い。

正式名称で呼ぶのは、本当に式典などがある時くらいだと前に聞いたことがある。

 ルティは木漏れ日のような淡い色の金髪を緩く後ろで束ね、寒そうにマントに顔を埋めている。ネーバ領は年中温暖な気候であるので、この季節の王都付近の山から吹き下ろす夜風は、彼にとっては酷なものでしかない。

 長年の彼の相棒である三叉槍も、夜風に晒されて心なしか主人と同じように寒そうな光を帯びている。


「そうそう。深夜っていうのはどうしようもないけれど、一応格好くらいは、選帝侯らしくしましょうね」


 左から聞こえたのは、朗らかで玲瓏な女性の声。声の主は、ヴァイスハイト家の食客としてグロワール領に居を置いている、北のアーヴェントリア選帝侯の息女である、ライオリア・メルヒェン=アーヴェントリア。

 レオンハルトにとっては旧友であり、現在の政敵となる相手の娘である。金糸の髪や見事な碧玉の瞳は、父ではなく母から受け継いだ色彩。顔立ちも見た目もまるっきり母親似であるが、性格だけは図ったように父親似である。

 レオンハルトが普通なら不都合しかない娘を食客として置いているのには、実はそんなに深い訳は無い。

突然押し掛けてきたライオリアを、政敵とはいえ旧友の娘なので無碍に追い返す訳にもいかず、なし崩しに養うことになっただけ。

 彼女の用兵の腕や、アーヴェントリア由来の槍術は達人級の腕前で、よく忘れているが淑女教育はしっかりと受けているので、書類仕事や社交なんかも卒なくこなす。

 置いてみたら置いてみたでよく働くので、レオンハルトとしてはかなり助かっている。上品な見せかけで、かなり口が悪いのは玉に瑕であるが。


「おっ、見えましたよ!」


 ガラガラと馬の蹄が街道の小石を弾きながら駆ける音に混じり、ライオリアが声を上げた。

 王都 ランタフェールの門が、眼前に見えていた。夜半のこの時間は、王都の門は普段閉じているが、今だけは開いている。

 レオンハルトが手合いの者に先触れを出して、この時間少しの間、馬が通れる隙間だけを開けさせているためだ。南に居を置く選帝侯といえども、こうして門を開けさせて置くことくらいはまだ造作もなくできるようだ。それは北のアーヴェントリア選帝侯 ライネスも同じ事である。

 王都の門から王城までは、そう時間はかからなかった。ランタフェールは入り組んだ水路の街ではあるが、この街で生まれ育ったレオンハルトには慣れ親しんだ道だからである。下手な路地に入らなければ迷う事もない。入り組んだ道を手順通りに走り抜けると、王城はすぐそこだった。

 途中一度だけ、ライオリアが脇の道を見て、何かを気にしていたが、彼女が手綱を緩めることがなかったのでレオンハルトは気にしなかった。

 石畳の道を幾ばくか走ると、すぐにその城は姿をあらわす。白亜に染まる魔術仕掛けの古城、やっと王を迎えたこの国の王城である。


「さて、どうなるか」


 王城の門に吹く風に拐われたレオンハルトのつぶやきは、傍らの二人の臣下の耳にも入ることは無かった。



    ❁ ❁ ❁


 レオンハルト・ヴァイスハイトには忘れられない言葉がある。

 それは今は亡き最愛の義妹(いもうと) エルフェシア・メルヒェン=アーヴェントリアの遺した言葉。


『もし貴方が、この先を後悔することがあるのなら……それは(わたくし)の所為ですわ。だから、』


 自分を遺して、親友を遺して、我が子たちを遺して、逝ってしまった彼女の。

 彼女が遺した、だから、の続きをレオンハルトはずっと探している。



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