Act 28 『迎撃作戦』
まるで横殴りの雨のように、なんの前触れもなく上空より物凄い勢いで飛来してきたそれは、無害な水滴ではなく、一つ一つが成人男性の二の腕ほどもありそうな大きな黒い塊。
てらてらと不気味に光る黒い装甲に、そこから伸びた針金のような6本の肢、高速で羽ばたかせている4枚の翅、そして、危険な色を放つ黄色の複眼。
凶悪な肉食殺人雀蜂を模して造り出されたスズメバチ型のゴーレム。
倉庫前で陣取っている士郎達に、無数ともいえる数のそれらは明らかな敵意と害意を持って上空から地上へと急降下していく。
地上に近づいていくにつれてその速度は加速され、弾丸にも似た威力を秘めて標的を射抜くべく一直線に突き進む。
このままいけば間違いなく士郎達に激突し、双方ともにただではすまない。
だが、その黒い雨が士郎達と接触する前に、士郎達の後方から美しい一人の少女の朗々たる声が響き渡る。
それは戦いの始まりを告げる美しくも恐ろしい狩猟を司る女神の咆哮。
「月と森と夜の守護者”大神フェンリル”の名において、吹きぬけろ疾風! 烈風! 旋風! 届け! 蒼穹の彼方まで!! 『飛雪連天射白鹿』ォォォォォォォォォ!! 」
明らかにドワーフ族の名匠の手によるものとわかる煌びやかな装飾が施され、自らの体毛と同じ美しい白銀の鎧を身に纏った凛々しい狼獣人族の少女アルテミスは、身長180cmを越える自分の大柄な体格よりもさらに大きい特大の長弓に、どうやって持っているのか7本もの禍々しい大きな弓矢をセットして限界まで引き絞り、裂帛の気合いと共にそれを解き放つ。
凄まじい衝撃波を生み出しながら突き進む7つの風は、士郎達に到達しようとしていた最初の黒い雨を到達するや否や、木端微塵にそれらを根こそぎ吹き飛ばす。
いや、それで終わりではない。
そこからまるで水を切って飛ぶ飛び石のように次から次へと軌道を変え、7つの風は恐ろしい勢いで降り注ぐ黒い雨を切り裂き蹴散らしながら蒼い蒼い空へと舞い上がって行く。
完全に出鼻をくじかれる形となった襲撃者達は、急降下を諦めてすぐさま散開し7つの風から逃げるようにバラバラに散っていく。
だが、すぐにそれらは上空でいくつもの小さな塊を形成し、それぞれ地上近くまで降り立ったかと思うと、今度は地面すれすれを滑空しながら士郎達へと迫ってくる。
「うちの師匠は非常にお人好しな『人』だからね、多少の嫌がらせを受けても苦笑するだけで許してあげるようなところがある。実際私は師匠のそういうところが嫌いじゃない・・けれど、例えそれを師匠が許したとしても、その師匠の優しさにつけこむようにいらんちょっかいかけてくるような奴はさ・・私が許さない!!」
ざっと、一歩前に踏み出した黒髪の少女は、手にした長大な矛を前に突き出すようにして構えると、弾丸のような勢いで眼前に迫ってくる襲撃者達を睨みつける。
「見切れるかしら、私の光速の連撃が・・」
少女の美しい黒髪から突き出た一本角から電光が走り始め、その光は少女の全身を包んでいく。
燃えるような赤い色のレザーアーマーの上にメタリックブルーのブレストアーマーを身に着けたヘテ族の少女セラは、もう目と鼻の先にまで迫った黒い襲撃者、スズメバチ型のゴーレムの群れの中に自ら飛びこむと、まるで舞い踊るように振り回す。
スズメバチ型のゴーレムはその間を縫うようにしてセラに襲いかかろうとするが、矛の斬撃、突撃の間を完全に抜けたと思わせる動きであったにも関わらず、次々とその胴体を両断、あるいは貫かれて地面へ叩き落とされて行く。
「我が一族に伝わりし戦いの舞い、とくとみよ!! 大漢流竜矛術 戦舞奥義 『白龍花』!!」
黒髪の少女の美しい破壊の舞いが、嵐となって吹き荒れる。
「白き龍が天に還りし際、地上に残せし命の花、咲け咲け、その命を糧に!! 散れ散れ、その命と共に!!」
舞い踊る少女の攻撃は激しさを増していき、倉庫前の戦場は少女に壊されたゴーレムの残骸で埋め尽くされていく。
だが、そのことは逆に少女の動作に致命的な隙を与えることになる。
自分が壊したゴーレムの残骸のせいで、しっかりした足場が次第になくなってきてしまったのだ。
絶大な破壊の嵐を生み出す彼女の舞いは、しっかりした舞台があってこそ。
不安定な足場に徐々に気を取られた彼女に、やがて致命的な隙が生まれる。
彼女の視界の死角から、何体かのスズメバチが殺到してくる。
セラはそれにすぐに気がついたが、目の前の敵を対処せねばならず、すぐには迎撃できない。
「しまった・・」
次の瞬間に襲い来るであろう衝撃に身体を硬直させるセラだったが、いつまでたってもその衝撃は来ない。
そう・・
ゴーレムもだが、彼女自身もすっかり忘れていたことがある。
彼女は・・一人で戦っているわけではないのだ。
『ヴァルヴァルヴァルヴァルウウウウウウウウウウウウ!!』
セラのすぐ後ろでは別の嵐が吹き荒れていた。
獣の咆哮と共に、セラに襲いかかろうとしていたゴーレム達が木端微塵に消し飛ぶ。
そればかりではない、セラの攻撃をすり抜けていこうとしている他のスズメバチ型ゴーレム達も次々と一匹の獣が生み出す白い暴風に巻き込まれ、ただのゴミくずと化して地面にたたき落とされていく。
呆気に取られてその暴風の中心にいる人物を見つめるセラだったが、その中心にいる人物は己が作り出している暴力の嵐とは全く正反対な優しくも頼もしい笑顔をセラに向ける。
「後ろは気にするな委員長!! 前だけに集中しろ!! 背中は俺が命に代えても守ってやる!! だから、行け!! その美しい舞いを俺に見せてくれ、委員長!!」
胸に染みいるような優しく温かい言葉を口にしながらも、その身体は決して止まらない。
傷だらけのレザーアーマーに身を包み、仲間達を守るためにその力を存分に振るい続けるバグベア族の少年ロスタムの頼もしい姿を、頬を紅潮させ胸を押さえながら、嬉しそうな、しかし、どこか切なそうな表情で見つめていたセラだったが、その頬を紅潮させたまま表情を引き締めると、再び手にした矛に力を込める。
「わかった・・見ててオースティンくん、私の舞いを、私のかっこいい活躍ぶりを!!」
「おう、存分に見せてくれ!! 主役が誰かってことを奴らに見せつけてやってくれ!!」
「うん!!」
ロスタムの言葉に力強く頷いて見せたセラは、猛然とスズメバチの群れの中に突進すると、再びその矛を縦横無尽に振い始める。
スズメバチ型のゴーレム達は突出してきたセラに気が付いて、四方から襲いかかろうとするが、正面以外から襲おうとしたスズメバチ達は目に見えない何かに弾き飛ばされてしまう。
『異界力断絶防護結界』
倉庫の周囲に円状に配置されている白く高い杭が作り出す強力無比な防護結界が見えない砦となってセラ達を守っており、倉庫前から倉庫出入り口までをつなぐ一本道のみ、この結界を通る道となって開いている。
成人男性の身長ほどもある白い杭は、『害獣』、しかも『貴族』クラスの亡骸から採られたもので作成されており、倉庫周囲に打ち込まれたこの無数の杭によって生成される結界が異界の力を完全に無効化してしまう。
当然この結界は異界の力を結集して作られた宝珠を動力としているスズメバチ型ゴーレムには致命的なトラップで、近づいただけで異界の力を吸い取られ、ただの残骸にさせられてしまう。
彼らの目的である倉庫襲撃を達成するためには、わざと開けられた結界の入口、倉庫の正面前を突っ切ってその一直線上にある出入り口までたどり着くしかない。
出入り口直前にはこの倉庫の持ち主である元凄腕『害獣』ハンターのタスクが鋼鉄のごっつい鎧に、両手斧姿の完全武装姿で待ちかまえており、その前にはこの迎撃部隊の戦闘リーダーであるアルテミスが部隊に指示を出しながら得意の剛弓で次々と後方からスズメバチ型ゴーレムを叩き落とし、その横を固めるように大牙とスカサハが回復系の道具の能力を増幅させる『療術』を駆使して前衛を援護。
そして、結界の入口ではセラとロスタムが獅子奮迅の活躍を見せている。
だが、中でも特にとんでもない実力を発揮していたのはセラとロスタムからほんの少し離れたところで一人戦っている仮面の闘士の士郎だった。
スズメバチ型ゴーレム達は、自分達が上空に逃れることができるという特性をよく心得ていた。
最初こそ一点突破の突撃で前衛陣を突破しようとしたが、前衛にいるセラとロスタムが思いの他手強いことを悟ると、戦法をヒットアンドウェイに変更。
セラとロスタムの間をからかうように飛び回り、注意を惹きつけておいて、別のゴーレムが死角から襲いかかるといういやらしい攻撃に出る。
その攻撃に一瞬戸惑いを見せる二人だったが、ゴーレム達はそんな戦法も何の役にも立たないことを別の人物からすぐに思い知らされることになった。
セラやロスタム同様、大ぶりのシャンファ包丁で接近戦を行っていた士郎であったが、スズメバチ型ゴーレム達が撹乱戦法に出たことに気づくと、背中に手を回して何かを引っ張り出す。
まるでサーフィンのボードを真っ二つに割ったような巨大な板のようなそれは、士郎が軽く振ってみせると、スライドして重なっていたと思われる部分が飛び出して『く』の字の形になって巨大なブーメランとなって完成する。
それを身体全体を捻じりながら構えた士郎は、雄叫びをあげながら体を勢いよく旋回させ、上空に向けて解き放つ。
「おおおおおおおおおおおっ!! いっけえええええええええ!!」
士郎の手から放れた巨大ブーメランは凄まじいスピードで宙を飛び、撹乱戦法を行っていたゴーレム達を次々と巻きこんで破壊していく。
そればかりではない。
ブーメランを投げ付けたあと、士郎は自分のベルトの周りに巻きつけていたチェーンをじゃらりと取り外して包丁の柄の部分に取り付けると、猛烈な勢いでそれを振り廻しながらスズメバチの群れの中に突っ込む。
ブーメランの一撃で態勢を崩しているスズメバチ達の群れにできた致命的な隙、士郎達にとっては絶好の好機を逃さず、士郎の攻撃がブーメランの一撃から逃れることができたスズメバチ型ゴーレム達に襲いかかり次々と地面へと叩きつけていく。
チェーンの先に取り付けられた包丁は、前衛の攻撃圏内からは外れているはずの空中にて待機中のスズメバチ達をも巻き込み粉砕する。
空中にあるものは、ブーメラン、包丁、そして、後方から飛んでくるアルテミスの剛弓に撃ち落とされ、下に降りればセラとロスタムの攻撃に粉砕される。
戦闘開始から10分。
急造の俄かチームの戦いぶりとはとても思えぬ士郎達の見事な連携攻撃の前に、最初に襲撃してきたときにいたはずのスズメバチの半数以上がすでに物言わぬゴミくずと化して地面に散らばって山を作り、勝敗の趨勢は誰が見ても決定的となっていた。
戦闘指揮官として戦いの様子を冷静に観察していたアルテミスは、思った以上に早く決着がつきそうなことと、このまま無事作戦を終了させることができそうなことに安堵の息をそっと吐き出していたが、ふと何かに気がついて横を見る。
すると、そこには前衛のメンバーを一生懸命に『療術』を発動させて回復させているスカサハの姿が見えた。
アルテミスは、生真面目に自分の役割を全うしているスカサハを温かい目で見つめたあと、不意に視線を前にもどしわざと素気ない口調で話しかける。
「スカサハ、コマンドリーダーとして命じる。前衛として参加して、戦闘終結を早めてこい」
「はい・・って、え?・・いいんですか?」
リーダーの言葉に反射的に頷いてしまったスカサハだったが、その意味を一瞬遅れて悟り思わず聞き返す。
「あの、そうなると回復役が大牙大兄だけに・・」
「もう俺一人で十分だよ。あれだけ数が減ったら、相手の手数も激減しているしな。みんな攻撃ほとんど食らってないから回復も楽なものだ。俺がもっと楽になるようにスカサハにも前衛でがんばってくれ」
「うむ、遠慮なく暴れてこい、スカサハ」
大牙とアルテミス双方から許可をもらったスカサハは、嬉しそうに頷くと腰に差していた二本の小剣を引き抜き、前方をきっと見据える。
士郎達の戦いぶりを目の前で見せつけられ、本当は自分もその戦いの輪に加わりたくてずっとうずうずしていたスカサハだったが、生真面目に自分の役割を守ってずっと後衛に徹していたのだった。
しかし、そんなスカサハの心中をよくわかっていたアルテミスは、戦闘の趨勢が覆らないことを確認し、最後くらい思う存分暴れさせてやろうと申し出てくれたのだった。
「スカサハ、出撃します!!」
猛然とダッシュしたスカサハは一気に前衛陣が暴れ回っている中に踊り込むと、士郎のすぐ側に移動してその小剣を振るい始めた。
「士郎、援護しますわ!!」
「おりょ? スカサハ後衛じゃなかったの?」
「アルテミスリーダーが、参戦してトドメを刺して来いって仰ったのですわ」
「なるほど、じゃあ、一気に擂り潰してしまいますか!!」
チェーンを振り回す腕に力を込めて、更にその破壊の渦を大きくする士郎に、その士郎の背後を守るように華麗に舞い続けるスカサハ。
その前方にはセラが手にした矛と共に疾風と化し、その背後には暴風と化したロスタムが続く。
2組が作り出すコンビネーションにより、完全に勝利は揺るぎないものとなった。
空を飛び襲い来るスズメバチ型ゴーレムの数は加速度的に数を減らし、数えられるくらいとなって全滅ももう間近となったそのとき、ふと空を見上げたロスタムの目に紫煙が映る。
倉庫の左後方、少し離れたところにある森の中からもくもくと立ち上がる紫煙に、ロスタムは事態を察すると、自分の周囲のゴーレムを蹴散らしてニヤリと笑みを浮かべた。
「標的を見つけたか、クリス、流石だな。だが、しかし・・」
この場にはいない戦友が、己の役割を果たそうとしていることに気がついて一人呟くロスタムであったが、不意に今朝会った自分の最大の『真友』連夜の顔が脳裏に思い浮かび、妙に胸が騒ぎだすのを感じる。
こういうとき、ロスタムは自分の勘に逆らわないようにしている。
「アルテミス!!」
十分周りを蹴散らした状態で、後方へと少し下がり自分達の指揮官のほうに顔を向け呼びかけるロスタム。
そんなロスタムの様子にすぐに気がついたアルテミスは何事かと怪訝そうな表情を浮かべて見つめ返す
「どうしたロスタム?」
「ここはもういい、あとは俺達でなんとかなる。それよりもクリスの援護に向かってくれ。連夜が奴のサポートアイテムを俺に託したことがどうしても引っかかる。おまえは使いたくないかもしれんが・・」
「いや、わかった。申し訳ないが、行かせてもらう!!」
ロスタムに最後まで言わせず、アルテミスは力強く頷くと自分達が乗ってきた『馬車』のほうへと迷わず走り出した。
「こっちが終わったら士郎とスカサハを連れて俺達も向かう!!」
「委細承知」
離れていくアルテミスの背中にロスタムが大声でそう叫ぶと、アルテミスは振り返りもせぬまま返事を返しその場から姿を消した。
「頼むぞアルテミス・・そして、クリス、頼むから連夜に顔向けできなくなるようなことはしないでくれよ」
この場にはいない戦友にそう一人呟くと、ロスタムは残りの敵を殲滅すべく再び視線を前方に移し、戦いを終わらせるために疾駆するのだった。
Act 28 『迎撃作戦』
非常に簡単な作業のはずだった。
所詮蜂蜜しか作ったことのない素人の作った倉庫から、目的の『虹の蜂蜜』を奪い取って戻るだけの子供でもできるような仕事だったはずだ。
自分が作り上げたスズメバチ型のゴーレムは、農家の住民が設置するような通常の対スズメバチ結界など物ともせずに破壊して踏み込むことができ、あっというまに倉庫を破壊して、一番奥にある女王蜂のところから目的の物を強奪することができたはずなのに・・
昨日はたまたま倉庫前に作業中の従業員がいたことと、用意したゴーレムの数が少なすぎて失敗し、その夜は結界が思ったよりも頑丈に張られていて失敗した。
だが、今日は昨日の轍を踏まないためにもゴーレムを強化し、数もありったけ用意してぶつけた・・はずだったのに!!
蜂蜜のある目的の倉庫のある場所から少し離れたところにある森の中で、装着した望遠機能のついた特殊メガネで今までの事態をつぶさにみていたその老人は、地団太を踏んで悔しがる。
「なんでだ!? なんでわしのゴーレムがたかだか農民の群れに負けねばならんのだ!?」
老人はゴーレム、ホムンクルス作りの伝説的な名匠だった。
いや、決して戦闘用の名匠ではなく、ある種類に特化したゴーレム、ホムンクルスの製作の名匠なのではあったが、それでも並の戦闘用専門のゴーレム技術者よりは遙かに上の性能の物を生み出すことができる自信があったし、それは紛れもない真実でもあった。
それなのに・・ああ、それなのに、自分が片手間とはいえそれなりに手を加えて作り上げた作品の尽くが灰塵と化して倉庫の前に山となっているではないか。
そこらへんの『害獣』ハンター程度に、易々と倒されるようなゴーレムではなかったというのに。
目の前に広がる現状を受け入れることができずに頭を抱える老人の肩を、誰かが慰めるようにぽんぽんと叩く。
「まあまあ、落ち着けよ、じいさん。長い『人』生そういうときもあるさ」
「うるさいわ!! あのゴーレム全部作るのにいったいどれだけの手間と暇と金がかかったと思っておるのじゃ!? くっそ〜、なんでこんなことになったんじゃ!? 『虹の蜂蜜』を闇市で購入することを考えたら安いものじゃと思っておったのに・・」
自分の肩に置かれた手を乱暴に振り払うと、老人はへなへなとそこに座りこんでしまった。
つるっと禿げあがりぴかぴか光る頭頂部とは逆に側頭部から後頭部にかけては白く長い髪、長い鷲鼻に長い耳、いくつも刻まれた深いしわの数々に、ぎらぎらと不気味に光る大きなダークブラウンの瞳に、歯抜けだらけの大きな口。
小さな体に白衣を身に着け、ゴーレムをコントロールしていたと思われるテレビアンテナのような形をした杖を持ったノーム族の老人。
その老人の横に、すっと近寄ってしゃがみこんだ『人』影は少女と見紛うばかりの小柄なエルフ族の少年。
少年は、苦笑を浮かべながら老人に尚も話しかける。
「折角『不死の森』の研究室でコツコツ作ったのに、残念だったなあ」
「まったくじゃ、どれだけの時間がかかったことか!? それに久しぶりにあそこから出てきたというのに、このザマとは・・」
その老人の言葉に、横で話を聞いているエルフ族の少年クリスの目に鋭い光が宿る。
「やっぱりか。あいつの予想通りだったな。『不死の森』でゴーレムの研究してる老人が、今回の首謀者かもしれないって言っていたが・・あんたがそうだな?」
老人はようやく自分の隣にいる少年が、自分の味方ではないことを悟り慌てて距離を取って飛び退る。
「な、な、なんじゃ、貴様!? ま、まさか中央庁のエージェントか!? と、いうか、なんでわしの場所がわかった!? ここは隠密結界を張って何者にも感知されないようにしてあったというのに!?」
「まあ、当たらず言えども遠からずなんだけど・・それよりもじいさんさあ、ほんとに素人なんだなあ。そういう結界はさ確かに『人』が漏れ出す声とか息遣いとか物音とか匂いとかは隠してくれるけどさ、殺意や敵意とかいうものまでは隠してくれないんだよな。だからよ、『害獣』ハンター達はそういう自分の負の感情を殺して平常心を保つ訓練をするんだよ、一番最初にな。それすら知らないって、じいさん、よっぽど平和なところで生きてきたんだなあ・・俺からすればよ、じいさんが放つ殺気や敵意はわかりやす過ぎてよ、位置を特定するのもちょ〜簡単だったよ。一応、俺、『追跡』専門の仕事してたからさ、こういうの得意なの」
やっと気が付いてくれたかと言わんばかりの呆れ果てた表情を浮かべたクリスは、ぽりぽりと頬を掻きながらも猛禽類のような鋭い視線を老人に向ける。
「と、いってもさ、結局あいつらに戦闘全部押し付けて、あんたを捜し出すのに集中しちゃったんだけどね。まあ、そういうことでさ、とりあえず、じいさん、おとなしく捕まってくれないかな。俺、めんどくさいこと嫌いだし」
そう言ってクリスは肩に担いだ自分の身長よりも長い槍でぽんぽんと自分の肩を叩いてみせる。
そんなクリスに対し、老人は怒りで顔を紅潮させて激昂する。
「ふざけるな、若造!! なんでわしが、わしよりも劣る奴に捕まってやらねばならんのだ!?」
「まあ、実力行使でもいいんだけどよ。じいさん、無理しないほうがいいんじゃないの? 俺結構強いよ?」
わざとらしく『ふ〜〜〜っ』と溜息を吐き出して見せたクリスは、すぐにその表情を引き締めると槍を肩から下しその鋭い視線で老人を射抜くように見つめる。
老人はその視線をまともに受けて一瞬たじろいで見せるが、冷や汗を流しながらもいやらしい笑みを浮かべてクリスを見つめる。
「ふっふっふ、わしがなんの準備もなくここにいると思ったら大間違いじゃぞ、若造。これでもゴーレム、ホムンクルスを作り続けて100年近く生きてきたのじゃ。戦闘用に特化したものを作るのは得意ではないし、本格的なものとなるとお手上げじゃ。しかしな、元々あるものをカスタマイズして使うことなら、わしでもできる・・そう、例えばこんな風に隠密仕様の護衛型戦闘ゴーレムとかのう」
スパッ
何かを切り落とす音が聞こえ、続いて何かが落ちる音が聞こえた。
老人が言葉が終わる前に、クリスは何かの気配を感じて転がりながらそこを離れていた。
にも関わらず、不意を打って現れた敵の斬撃は確実に自分を捉えていた。
先程の自分がいた場所に立つのはカマキリのような姿をした鋼鉄のゴーレム。
そして、その足元には自分の愛用の槍と、それを握る肘から先の自分の腕が転がっている。
クリスは一瞬、ほんの一瞬だけその光景を唖然と見つめていたが、すぐに立ち直って事態を悟ると老人のほうに視線を向ける。
すると老人は邪悪な笑みを得意げに浮かべてクリスを見返して口を開く。
「古代の名のある『魔王』が作った物らしくてな、気配を完全に遮断する能力があるし、その能力もまた折り紙つきじゃ。そういえばお主敵意や殺意があれば反応できると言っておったのう。なるほど、無機物であるゴーレムはそんな感情ないからのう、気がつけなかったということか」
くっくっくといやらしく笑って見せる老人に、クリスは嫌そうな顔を向けるが切り落とされた自分の右手に視線を向け、大きく溜息を一つ吐き出して見せる。
「やれやれ、高かったんだけどなあ・・まあ、この前の『アルカディア』で稼いだ金があるし、そろそろ作り変えようと思っていたからいいか」
残った片手でぽりぽりと頭をかくクリスの異様な落ち着きぶりにようやく気がついた老人は、一瞬小首を傾げるが、すぐに気を取り直しその手に持つ杖を振りかざしゴーレムをけしかける。
「行け、そやつを切り刻んでしまえ!!」
主の命令を無言で聞きとったカマキリ型の巨大ゴーレムは、外見からは想像もできないような素早い動きでクリスに近づくと、その右手に装備された禍々しい鎌を振う。
クリスはその動きを見切って横に飛んでかわすと、老人に背を向けて猛然と走り出す。
「逃がすな、追うのじゃ!!」
老人を左手に装備したマジックアームで掴んで背中に乗せると、その頭部に搭載されたカメラ部分で走り去るクリスの後ろ姿をロックし、胴体から出た六本の肢を気持ち悪く動かしながら、老人の命じるままにクリスを追い始めるカマキリ型ゴーレム。
木々が生い茂り通り道がかなり狭い森の中を、器用に大きな身体を左右に振ってスピードを緩めることなくクリスを追い続ける。
「ちっとやべえな・・まさかこうなるとは思ってなかったぜ。これなら最初からあれをつけて来ていたんだけどなあ、どうすっかな・・」
そう呟いてう~んと考え込みかけたクリスだったが、ふと風に流れて自分がよく知る声が聞こえてくることを感じる。
それは紛れもなく誰かに何かを知らせる狼の遠吠え、そして、クリスにはそれが誰に対してなのか、何を知らせているのかがはっきりとわかった。
「うっわ、うちの奥さんほんとに最高。いや、それともロムの指示かな? 何にせよナイスなタイミングだぜ!!」
その気配を感じたクリスは自分の居場所を知らせるべく残った左手を口に当てて口笛を吹く。
甲高い音が森の中を走りぬけ、カマキリの背中にいる老人は何か起こると悟って周囲を警戒するが、しばらく待っても何も起こらないことを確認すると、残虐な笑みを浮かべてカマキリ型ゴーレムを急がせる。
「まったく驚かしおって。伏兵でも現れるのかと思えば、ただの虚仮脅しか。よし、とりあえず、あいつの足を切り落とせ」
クリスの背中をとらえたカマキリ型ゴーレムに老人が命じると、ゴーレムはそれを忠実に実行。
それに気がついたクリスがまたもや横に飛んでそれを避けようとするが、一瞬早くゴーレムの鎌がクリスの足に届き、膝から下を斬り飛ばしてしまう。
「うひゃひゃひゃ、最早逃げられんぞ、若造、観念するがいいわ!!」
左足を失ったまま地面を転がっていくクリスを嬉しげに見つける老人は、ゴーレムにトドメを刺すように命じる。
だが、肝心のクリスは相変わらずの薄笑いを浮かべたまま下から老人を見上げており、そこに絶望や恐怖は全く映っていない。
怪訝そうな表情を浮かべてクリスを見つめていた老人だったが、ふと先程から感じていた違和感に唐突に気が付いて驚きの表情を浮かべる。
「ま、待てよ・・腕と足を切り落とされたというのに・・なんで、お主一滴も血を流しておらん!?」
「あ、バレタ?」
驚愕の声をあげる老人に向かって可愛らしく舌を出してみせるクリス。
そんなクリスにゴーレムがトドメの一撃を加えようとするが、それよりも一瞬早く飛んできた弓矢がゴーレムの頭部にあたって小さな爆発を起こす。
「う、うわああ、なんじゃあああっ!?」
爆発の余波をもろに食らった老人が悲鳴を上げてゴーレムの背中から転げ落ちる。
老人はしたたかに腰を打ちながらもなんとか立ち上がって弓矢が飛んできたほうに視線を向けると、大牙犬狼に跨り、長弓を構えた白銀の鎧姿の狼獣人族の少女が、並走させて連れて来ていたもう一匹の大牙犬狼を地面に倒れているクリスの元に向かわせているのが見えた。
クリスは自分の元にやってきた大牙犬狼を嬉しそうに迎えると、その背中に繰りつけられた黒い頭陀袋を下ろして紐をとき逆さにして中身をそこにぶちまける。
老人はその地面にぶちまけられたものに視線を向け、それを確認するや顔をしかめる。
それは真っ黒な両手両足。
「ぎ、義腕と、義足・・き、貴様最初から・・」
「おうよ、つい最近まで『害獣』ハンターなんてヤクザな商売やっていたからよ、とうの昔に自分の手足なんて食いちぎられてなくなっちまってるってばよ」
老人の言葉にそう言って答えたクリスは、切断された自分の腕の肘から上の部分に手をかけて手慣れた様子でなにか操作していたかと思うと、がちゃりという音を立ててそれを外し、代わりに地面に落ちている黒い腕をつかんではめ込む。
装着された黒い腕はすぐにクリスの意思に反応して自在に動き始め、クリスはそれを満足そうに確認すると、他の手足も取り外して黒い手足と交換していく。
「こいつはよ、ある『害獣』とやるために俺の戦友が特別に作ってくれた一品でさ、俺にとっても想い出深いものなんだけどな。戦いに明け暮れていた辛い時期の象徴でもあるから封印していたんだよなあ・・でも、俺の戦友はこいつが今日必要になるって見越していたみたいでさ、封印を解いて持ってきてくれていたんだよなあ・・ほんと友達って大切だよなあ」
そう言って全ての手足を装着し終えてすくっと立ち上がったクリスは、首を動かして横に向ける。
そこには自分を守るように大牙犬狼の上から長弓を油断なく構えて老人達を睨みつけている白銀の鎧甲冑姿の狼獣人族の少女の姿があり、クリスはその少女に優しい笑みを浮かべて声をかける。
「アルテミス、ごめんな。リーダーを押し付けちまった上に、結局おまえに援護までさせちまってよ」
「馬鹿を言うな、私はおまえの妻だ。妻として夫を守るのは当然の務め、むしろこの大事な役を他の誰かに任せるつもりだったのなら、本気で怒るぞ」
ゴーレムから厳しい視線を外そうとせず、怒ったような強い口調でクリスに話かける狼獣人族の少女アルテミス。
そんな少女にぽりぽりと頭をかいて苦笑を浮かべて見せるクリスだったが、ゆっくりと首を横に振ってみせる。
「とりあえず、ありがとうアルテミス、でも、ここからは俺に任せて離れていてくれ。嫁入り前のおまえに万一怪我でもさせたとあっちゃあ、父さん達に申し訳がたたねえしさ。それに知ってるだろ、この義肢の危険性はさ。だから頼むからさ、な。俺の言う事聞いてくれよ」
その言葉に物凄く不満そうな顔をして見せる少女だったが、深く大きな溜息を吐きだすと、連れて来ていたもう一匹の狼を連れてそこをゆっくりと離れていく。
「わかった、ここから離れてみてる。・・だけどちょっとでも危なくなったら」
「うん、そのときは助けに来てくれ、あのときと同じように」
「任せろ!!」
そう言って万感の思いを込めて深く頷いて見せたアルテミスは、老人のほうを一度ギッと睨みつけたが、2頭の大牙犬狼を引連れて離れて行った。
離れていく少女の後ろ姿をなんとも言えない温かい表情で見送ったクリスだったが、すぐに振り替えると老人とカマキリ型ゴーレムに不敵な笑みを浮かべて見せる。
「さて、待たせちまったな、じいさん。それじゃあ、第2ラウンドを始めるとするか」
「ぎ、義腕と義足を付け替えたからどうじゃというんじゃ!? やれ、切り刻んでやれ!!」
老人の言葉に再び反応したゴーレムが、凄まじいスピードで右手の鎌を振う。
だが、今度はクリスはそれを避けなかった。
そこに立ったまま死神の鎌が横薙ぎに襲い来るのを待つクリス、老人はクリスが輪切りにされるのを確信し残虐な笑みを浮かべていたが、すぐにそれは驚愕にかわるのだった。
「な、なんじゃとおおおおっ!!」
ギンッ!!
という、金属音が鳴り響いたかと思うと、ゴーレムの巨大な鎌が途中から折れてくるくると宙を舞っているのが見えた。
呆気に取られたまま視線をゆっくりとクリスのほうに向けた老人は、そこでとんでもないものを目撃し身体を硬直させる。
身体はエルフ族のそれそのままだが、装着していたときには間違いなく『人』の手足の形をしていたそれは、両足は細く長く伸びた金属の足へと変化し、左手は自分の胴体ほどもありそうな巨大な腕と拳、そして、右手には左腕と同じくらい巨大なドリルが。
驚愕の表情を張りつかせたまま呆然としている老人に、猛禽類にも似た鋭い視線とかわいい顔に全く似合っていない男臭い笑みを浮かべて見せると、クリスは自ら戦いのゴングを鳴らす。
「それじゃあ、今度こそ本気でいってみようか。可変型戦闘義肢システム『Zマシン』、俺の戦友が文字どおり自分の魂を込めて作ってくれたこの最高傑作『Z−Air II』の恐ろしさ、おまえに味あわせてやる・・いくぜ、古代ゴーレム!!」