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Act 26 『迎撃部隊集結』

真の闇というほどでもない薄暗い暗闇の中、携帯念話の通話中を示す緑色のランプに照らし出され、一人の少年の顔が闇の中に浮かび上がっている。


携帯の通話口の向こうにいる掛け替えのない戦友と真剣な表情で会話を続けている少年は、女の子のようなさらさらの金髪に、エルフ族の特徴ともいえるとがった長い耳、その性格を表すかのような少しばかりきつい切れ長の目、一見すると美少女にも見間違いかねない美少年であったが、歴戦の猛者であることを示すかのような独特の雰囲気を放ち、彼が外見通りの無害な生物ではないことを示していた。


「つまりタスクさんところの蜜蜂に何者かがゴーレムを使ってちょっかいをかけてきているってわけだな。・・おもしれえから引き受けるぜ。最近はほとんど顔を出してないが、俺もタスクさんの弟子の一人だしな。タスクさんには成功報酬で蜂蜜いただくって言っておいてくれや。うん、そう、わかった。え、士郎とスカサハか? う〜ん、まあ一応借りておく。怪我させないようにはするけどさ。万が一させちまったら勘弁しろよ、って、まあおまえはそこんところよくわかってるか。うん、うん。わかった。じゃあ、明日の朝9時に『ランブルローズ』の駅前の中央交差点に完全武装して集合するようにタスクさんに伝えておいてくれや。そうだな・・俺達は『馬車』で行くからさ、都市営駐車場前で。じゃあな・・うっせえ、子作り子作りいうな!! またな、兄弟(ブロウ)


ベッドの上でうつぶせの状態で話をしていた少年であったが、話の終了とともに通話を切って携帯念話の端末を枕元に置くと、ふ〜〜っとため息を一つ吐き出してごろりと仰向けに寝転がる。


すると、何者かが待ちかねていたかのように少年の上に覆いかぶさってくる。


「話長いぞ、クリス」


拗ねたような口調で寝転がるクリスの上に身体を重ね、その顔を覗きこんでくるのは、銀色の美しい獣毛を持つ狼獣人族の少女。


「連夜からだ。ちっと荒事を頼まれた。おまえも知ってるだろうけどよ、蜂蜜作ってるタスクさんのところにちょっかいかけている馬鹿がいるらしい。そんで居場所を突き止めてシメテやってくれってよ」


上から覗きこんでくる狼そのものを顔をした少女に、ニヤリと笑ってみせるエルフ族の少年クリス。


そんなクリスをしばらく心配そうな表情を浮かべて見つめていた狼獣人族の少女アルテミスだったが、長年の付き合いでどうせ止めても聞かないだろうと悟って、怒ったような口調で宣言しておく。


「私も付いて行くからな」


どうせ、来るなとかなんとか言って自分のことを止めようとすることもわかっていたが、聞くつもりは端からなかったので、その反論を叩き潰してやろうといろいろと反撃の答えを頭の中で用意するアルテミス。


しかし・・


「うん、頼む。最初から、おまえにはついて来てもらうつもりだったから、そう言ってもらえると助かるよ」


アルテミスの予想を大幅に裏切って、アルテミスの身体の真下のクリスはそう言って照れくさそうにほほ笑むとあっさりとアルテミスの宣言を受け入れてしまった。


予想外の展開にしばし呆然としクリスの顔を穴があくほど見つめるアルテミスだったが、そんなアルテミスの視線を感じてますます照れくさそうに顔を赤らめたクリスはちょっと顔を背けてぽりぽりとその頬をかく。


「ずっとさ、いつかお前が一族の巫女になってどこかにいっちまうと思っていたからさ、なるたけ距離を開けておこうと思っていたけど。もう、その話もなくなっちまったし。そう思ったら俺も一人で頑張るのは疲れちゃったんだよな」


そんなクリスの寂しそうな横顔をじ〜っとみつめていたアルテミスは不意に身体を起こしてクリスの身体の上に馬乗りになった状態になると、真下に見えるクリスの全身を見渡す。


「私が巫女になる? 本当にそう思ったの? あなたの身体をこんなにした私が? しかもあなたを置いて?」


暗闇の中でもはっきりと見えるクリスの全身を、アルテミスは愛おしそうに見つめて呟く。


一糸纏わぬ裸体をベッドの上に横たわらせているクリス。


少女と見紛うばかりのその白く美しい肢体のあちこちには、大きさこそ違うものの、同じ獣に噛みつかれたと思われる歯形がいくつも付けられている。


首にも、胸にも、腹にも、太ももにも、腕にも、そして、見えていないが背中にも実はその歯形が刻み込まれていた。


その一つ一つをアルテミスは愛おしそうに指でなぞり、そして、再びクリスの上に覆いかぶさるとその舌を歯型の一つ一つに丁寧に這わせていく。


狼獣人族の愛情表現の一つに、お互いの相手の身体の一部分に噛みついて自分の歯形を残すというものがある。


幼き頃にこれを両親から教えられて知ったアルテミスは、ある日風呂場で嫌がるクリスを押さえつけて思いきり噛みついた。


勿論中途半端にしか知識を得ていないものだから、噛みつかれるほうは事前に痛み止めを飲まないといけないとか、『回復薬』を用意しないといけないとかいったことは全てすっとばし噛みつくことだけを行ったわけだが、クリスは血をだらだら流しながらも悲鳴をあげもせず、被害者であるはずの彼が全ての証拠を隠滅し、薬草を森で拾ってきてそれで自力で治してしまったのだった。


その頃のアルテミスは歯形を残せば残すほど自分の好意が伝わると勝手に思いこみ、噛みつかれる側のクリスの痛みになどまるで気がつくことなく、ことあるごとに噛みつき続けた。


しかし、あるとき父親が久しぶりにクリスと風呂に入ることになった。


クリスはアルテミスを庇おうと、己の身体に刻み込まれたアルテミスの歯形を知られまいと必死に抵抗したが、結局、抵抗空しく事は発覚。


事の次第の全てを知ることになったアルテミスの両親は大激怒し、アルテミスを呼び出し長時間にわたり説教が行われた。


勿論両親の説教も堪えたが、なによりもこのときようやく両親から歯形を残す本当の意味と方法の説明を受け、自分がしてきたことがただクリスを苦しめていただけであったことを知ったアルテミスは流石に壮絶に堪えて落ち込んだ。


これからどうやって接していけばいいのかと本気で思い悩み引きこもりになりそうになっていたアルテミスであったが、クリス本人はあっさりとアルテミスの今までの行為を許してしまった。


あのときのクリスの笑顔にどれだけ救われたことだろう。


自分のしたことを忘れはしないし、その償いは一生かけて行うと固く誓ったアルテミスであったが、ずっと気にかかっていたことがあり、いい機会だからそれを今口にしてみることにした。


「クリス・・なんで、私には噛みつかなかったの? なんで、自分の歯形をつけなかったの?」


本気で不思議に思い口にしてみたのだが、クリスはどこか悲しそうな笑みを浮かべてアルテミスを見返す。


「巫女になるアルテミスの身体に、エルフ族のみっともない歯型なんかつけられるわけないだろ」


その言葉を聞いたアルテミスの表情が一変する。


唸り声を上げて怒りの表情を浮かべたアルテミスはクリスの細く白い首をその大きな掌で捕まえて押さえつける。


「・・そんなものにはならないし、みっともなくもない!!」


激昂するアルテミスに対し、あくまでも優しい笑みを浮かべて崩さないクリスは自分の首にかかっているアルテミスの手に自分の手をそっと重ねる。


「落ち着けよアルテミス。当時はそうは思わなかったってことなんだよ。勿論今はそう思ってない、アルテミスが俺の側にとどまってくれるって信じているさ」


「あなたは・・あなたは私のことで怒らなさすぎる!! なんで? 本当は私よりも強いのに!? 華奢な体をしているように見せているけど本当は私よりも腕力も体力も上だってわかっているのよ!?」


「いや、単純に力が強くてもしょうがないだろ。それでどうするっていうんだよ?」


「力で跳ね返してもいいし、殴り倒すことだってできるでしょ?」


「できねえよ。俺にそんなことできるわけないだろ。俺の力はそういうことするために鍛えたものじゃねえもん」


結局最後まで自分の手を首から引き剥がそうとしないクリスに嘆息して見せたアルテミスは、自らクリスの首から手を放すと再びクリスの身体に顔をうずめる。


そして、再び自分が残した歯型を舌でなぞるように優しく舐めはじめた。


「優しすぎるよ、クリスは・・ほんと馬鹿なんだから・・でも・・大好き」


アルテミスは初めてクリスに出会ったときからずっとずっと好きだった。


自分達とは違い身体のほとんどに体毛がなく、真っ白でつるつるの肌をもつ美しいこの生き物を一目見てアルテミスは恋に落ちた。


口が悪くて乱暴でいたずら好きで態度も悪い、だけど、心の中は驚くほどに澄んでいて、いつも真っすぐに自分を見つめてくれるこの少年が好きで好きでたまらなかった。


彼も自分のことがずっと好きだったと告白してくれた16歳の誕生日のとき、もう自分を抑えることができず、彼女自身が彼を押し倒して想いを遂げた。


それ以降もどちらかといえばアルテミスがクリスを求めてベッドを共にすることのほうが圧倒的に多い。


勿論今日もそうだったわけだが・・


「こんなに歯型だらけの身体にしちゃってごめんね・・クリスだって私の身体に噛みついてもいいのよ。少なくともあなたは私の身体に同じだけ刻み込む権利があるんだから・・」


息を荒げながら情熱的に愛を自分の身体に刻み込もうとしている恋人の為すがままにされていたクリスだったが、なんともいえない複雑な表情を浮かべて溜息交じりに口を開く。


「もう、わかったってば、アルテミス。そのことについては俺は気にしてないよ。それよりもですね・・もっと切実で気にしてほしい問題が・・」


「なに?」


自分の身体をぺろぺろと舐めながらも、視線だけ動かしてギロリと見つめてくるアルテミスに、若干引きそうになるクリスだったが、それでもくじけることなく言葉を続ける。


「女性と違って男性は回数に限りがあるんでございますよ。いくらその、がんばろうと思ったとしてでもですね、身体が言うことを聞いてくれないというか、その、大変申しあげにくいことではございますが、そろそろ閉店時間というか」


「ええええええっ!! 何それっ!? 私全然満足してないよ!! そもそもまだ22時にもなってないのよ!?」


就寝時間を匂わせるクリスの控え目な提案の言葉を聞いたアルテミスは、がばっと身体を起こすと不満いっぱいという表情を浮かべてクリスのほうを睨みつける。


「いや、そのいくらそういう行為が好きと言ってもですね、流石に1日7回はちょっと体力の限界というか・・明日はそのいろいろと身体を張らないといけないようなこともあることですし、ここは一つ御休みになったほうがいいかな〜なんてね」


「やだ」


「や、やだって、お、俺今日は結構がんばったと思うのですけど、奥さん。できればそのあたりを評価していただいて、今日のところはこのあたりでご勘弁していただけないかと」


半分泣きそうになりながら懇願してくるクリスの姿を見て、ちょっとかわいそうかな〜と思わないでもないアルテミス。


しかし、一度燃え上がってしまった身体をそのままにして眠りたくない、あと1回は愛し合いたいという気持ちが勝ってクリスのお願いを却下することを決定する。


「確かにそれについて評価しないでもないし、念話終わったら寝ようかななんて思っていたけど、クリスの身体の歯型を見ていたら昔を思い出して燃え上がっちゃったというか、この想いを消化しないと眠れないというか・・だから、やだ」


「・・」


と、ぷいっと可愛らしく頬を膨らませて顔を背けてみせるアルテミス。


表情は怒ったような表情を作って見せているが、心の中ではごめんねごめんねと謝りつつ、再びクリスに覆いかぶさろうとするアルテミスであったが、ふと肝心のクリスの反応がないな〜と思ってその顔に視線を向けてみると。


「ちょっ!! クリス、何、先に寝てるのよ!!」


アルテミスが顔を背けていたわずかの間に、最愛の夫は一足先に夢の世界へ旅立とうとしていた。


すぴ〜すぴ〜と規則正しい寝息をたてて可愛らしい寝顔を見せる夫をしばらく見つめていたアルテミスは、おもむろにその肩を掴んでゆっさゆっさとゆすぶり、夫を夢の世界から引き戻そうとする。


「起きなさい!! 起きなさいってば、クリス!! もどってきなさい、卑怯者!!」


「あう・・あう・・アルテミス、お願い・・もう無理っす。寝かせてください・・」


「バカバカ!! こんないい女が求めているのにその期待に応えない気なの!? あ、ちょっと、寝るな!! 起きろ、起きなさい!!」


「・・おやすみ〜」


「ああああああっ!! くぅ〜〜りぃ〜〜すぅ〜〜〜〜〜〜〜!!」


アルテミスの必死の呼びかけも空しく、目の前で完全に意識を手放してしまったクリスは今度こそ深い眠りの世界へと入っていってしまった。


そんなクリスの寝顔を心から悔しそうな顔で見つめていたアルテミスだったが、仕方ないという顔を浮かべて嘆息すると、その小さな体をそっとベッドの上に下す。


そして、足下に畳んで置いてあったベッドの掛け布団を広げてくると、クリスの身体にかけておいて自分もその中に潜り込み、その後、自分よりも小さなクリスの身体を抱きよせてしっかりしがみつくようにして丸まる。


アルテミスはクリスの寝顔をじっと見つめ、その顔を愛おしそうにぺろぺろと優しく舐めてから目を閉じ、自分自身も眠りの世界に入っていった。


「無理ばっかり言ってごめんね・・でも、ずっと側にいるからね・・愛してるわ、クリス・・おやすみなさい」


「・・うん、俺も愛してる、おやすみ、アルテミス」


申し訳なさそうに、しかし、心から愛情のこもった声で呟くアルテミスに、クリスがしっかりと想いを乗せて答えを返し、その答えを聞いたアルテミスは満足そうな表情を浮かべながら眠りの世界に入って行こうとした。


・・が


「って、寝てないじゃないの、クリス!! 狸寝入りしてるんじゃないわよ!! コラッ!!」


「・・し、しまった、つい・・ぐ、ぐ〜〜〜」


「もう騙されないんだから、こうなったら絶対寝かさない!! とことん相手してもらうんだからぁっ!! 」


「ひ〜〜〜!! 本当に勘弁してくりぇええええええ!!」




Act 26 『迎撃部隊集結』




この世界には実に様々な『人』種が暮らしているわけであるが、中には城砦都市の中で暮らすことに適していない種族の者達も存在している。


その代表的な種族の一つと言えるのが植物系の種族の『人』達で、彼らは自然に恵まれた場所で生活するような身体の構造になっているため、工場や住宅街、あるいは道路などによって構成され、自然というものがほとんどない都市内部に長時間いることはあまり身体によろしくない。


城砦都市『ゴールデンハーベスト』のように大森林をベースに作り出され、都市の住宅のほとんどが大木を利用したものなどで構成されている場所ならばいざ知らず、近代的な様式を取っている城砦都市『嶺斬泊』の場合、都市内部と違うところに住居スペースを作りだされることになった。


それが植物系種族の一大居住区画『ランブルローズ』である。


都市のすぐ側を流れる大河『黄帝江』に浮かぶ島の中で最も面積が広く自然豊かな島の一つ。


中央庁から『特別保護地域』に認定され、城砦都市『嶺斬泊』がすぐそこに見えているこの場所は、城砦都市『嶺斬泊』の市民権を持つ植物系市民のほとんどが移り住んでいて、都市内部への移動は都市営地下鉄か、地下鉄と並走して作りだされている地下道路を通っての『馬車』での移動が利用されている。


その二つの交通機関のうちの一つである都市営地下鉄の『ランブルローズ』の駅にたった今到着したばかりの普通念車から、3つの人影が降り立った。


いつもは仕事や学校に行く『人』達でごった返す駅構内であるが、日曜ということもあって人影は彼らしかない。


たまたまプラットホームで掃除中だった緑の髪の大樹妖精(トレント)族の駅員は、何気なく彼らの姿を見てぎょっとする。


種族は実に様々であるわけだからその姿形にぎょっとしたわけではない。


まあ、3人とも珍しい種族であったことは間違いない。


中年の灰色熊の男性に、中学生くらいの美しい銀髪をした中学生の上位魔族の少女、そして、少女と同じくらいの年齢と思われる継ぎはぎだらけの身体をした合成種族(キマイラ)の少年。


このあたりでは滅多に見かけない種族ばかり、確かにそれにも目を見張るものがあったが、それ以上に彼らの身に纏っているものを見て驚いたのである。


3人の客達は皆、『害獣』狩りに行くかの如き完全武装姿をしていた。


それぞれが物々しいレザーアーマーや甲冑を身に着け、腰や背中に剣を佩き大斧を背負っている。


いったい何事かと呆然とする駅員の横を3人は何事もないかのように、普通に日常会話をしながら通り過ぎていってしまった。


そんな駅員の仰天ぶりを知ってか知らずか、3人は駅の階段をあがって改札をでると、約束の集合場所である地上にある駅前の中央交差点に向かうために階段を上っていく。


「ふあ〜あ」


『ランブルローズ』の地下鉄駅前、改札口からすぐにある地上へ続く階段を上りきったところで、眩しい旭を浴びながら大きく一つ伸びをし、美少女らしからぬ大口をあけての盛大なあくびをするスカサハの姿を横で目撃していた士郎は、なんともいえない溜息を吐きだして口を開いた。


「スカサハ、折角の美少女が台無しだよ。伸びはいいけどあくびはやめようよ。鈴音中学校のスカサハファンクラブの『人』達がそんな姿を見たらがっくりしちゃうよ」


その士郎の言葉を聞いたスカサハはあらなんて言いながら振り向くと、満更でもないように士郎の顔を見つめる。


「やだわ、士郎ったら、美少女なんて。ほんとにそう思ってる?」


「思ってるよ。スカサハくらい奇麗な女の子なんて片手の指ほども見たことないもの」


きっぱり言いきってみせる士郎にますます笑みを深めるスカサハだったが、急に眉を潜めると悲しげな表情をわざと作って顔を伏せてみせるとちらちらと横眼で士郎のほうに視線を向ける。


「その割には私のことどうとも思ってないじゃない・・士郎は私のこと好きじゃないの?」


「何を言ってるんだよ、君が僕のことを好きだと思っているのと同じくらいに好きに決まっているじゃないか!! 馬鹿なことを聞かないでよ!!」


如何にも悲しそうな表情で訴えかけてくるスカサハに、士郎は真剣そのものの表情を浮かべてきっぱりと断言してみせる。


そんな士郎の言葉を聞いたスカサハの表情が、いま空に輝いている太陽よりも輝きを増し満面の笑みとなって士郎に向けられる。


「嬉しい、士郎がそんなに私のことを想ってくれていたなんて・・」


感激の言葉を投げかけてくるスカサハに対し、士郎は当然のことじゃないかと言わんばかりに頷きを返し生暖かい笑みを返すのだった。


「いやいやいや、それくらい当然のことですよ。と、いうかそんなに感激されるほどのことでもない気がするんだけどね」


「何を言ってるんですの、感激しますわよ。だって、私が士郎のことを好きだと思っているのと同じくらい士郎も私のことが・・って、あれ?」


もう感動で涙がこぼれそうになっていたスカサハだったが、士郎の言葉に何か引っかかるものを感じてその表情が困惑のそれにかわる。


そんなスカサハの困惑ぶりをしばらく眺めていた士郎だったが、急に何かに気が付いて左手の掌にぽんと右拳を軽く叩きつける。


「あのね、スカサハ。スカサハの一番好きな人は連夜さん?」


「当然ですわ、お兄様は一番大事な人ですわ」


士郎の問い掛けに、さも当然といわんばかりに胸を張って答えるスカサハ。


そのスカサハの答えに士郎もうんうんと頷きながらも、次々と質問をぶつけていく。


「じゃあ、スカサハのお父さんで、僕の一般技能全般の師匠の仁さんは?」


「二番目に大事な人ですわ」


「じゃあ、スカサハのお母さんで、僕の武術の師匠でもあるドナさんは?」


「三番目に大事な人ですわ。まあ、お父様といつもいちゃいちゃしているのが少々鼻につきますが、基本的に尊敬できる人ですわ」


「お兄さんの大治郎さんや、僕がまだお会いしたことないお姉さんは?」


「まあ、嫌いではないですわね。一応上位のほうかしら?」


「ところで僕は何番目?」


「それは勿論!! ・・もちろん・・モチロン、ソノネ・・あの〜・・えっと〜・・」


最後の質問で完全に答えられなくなってしまったスカサハに、士郎はうんうんと頷いて見せると、生暖かい笑みを浮かべてスカサハの肩をぽんと一つ叩いてみせる。


「うん、だからね、僕もそれと同じくらい君のことが好きだから。・・じゃあ、そういうことで」


「おめえら、早くこないと置いて行くぞ!!」


「はい、すぐ行きま〜す!!」


かなり先に行ってしまった灰色熊姿のタスクが、年少者二人が付いてきていないことに気が付いて大声で二人を呼ぶ。


その声にすぐに答えた士郎は、その場にスカサハを置いたまま慌ててタスクの元に走っていってしまうのだった。


そんな士郎の後ろ姿を先程とは全く違う意味の涙を浮かべて悔しそうに見つめていたスカサハは、う〜〜〜っとしばらく唸っていたがやけくそ気味に叫んで二人を追いかける。


「ほんと〜に、士郎は意地悪なんだからああっ!! お待ちなさいよ、士郎!! どうしてお兄様からそういう『人』を煙に巻く技術ばかり身につけようとするのあなたは!! ちょっと、聞きなさいってば!!」


慌てて追いついてきたスカサハを迎え入れ、3人はどこを見ても色取り取りの花が咲き乱れている美しい光景の中を進んで行く。


花畑と花畑の間を縫うようにして続いている赤いレンガ造りの歩道をしばらく進むと、やがて前方に『馬車』が通るための大きな道路が見えてくる。


島のちょうど中心にある地下鉄『ランブルローズ』駅からちょっと離れたところを走っているこの道路は『馬車』用ということもあってかなり広く作られている。


ここを交差点として島の四方へと伸びているこの道路は島の大動脈として平日は多くの『馬車』の姿が見られるのだが、今日は日曜ということもあってここを通っている『馬車』の姿はあまりない。


3人はこの広い道路のすぐ横に作られている歩道をてくてくと歩いて進んでいき、交差点のすぐ側にある『馬車』用の都市営駐車場の出入り口前へと向かっていった。


この駐車場が今日の集合指定場所だったわけであるが、3人が近づいていくとそこにはまだ予定の時間には間があるというのにすでに集まっていたと思われる3つの人影があった。


その中の一つがタスク達に気が付いて声をかけてくる。


「師匠、お早うございます」


傷だらけのレザーアーマーの上に、グレーの防刃コートを羽織ったその人物は、精悍そうな顔をタスクに向けると、軽く頭を下げて重々しい口調で挨拶を行い、声をかけられたタスクは嬉しそうな表情を浮かべて挨拶を返す。


「おはよう、ロスタム。すまんな、弟子にして間もないおまえにまで来てもらっちまってよ」


「いえ、気にしないでください。自分はまだ養蜂の仕事でほとんどお役に立てませんから、こんなときくらいお役に立たないと俺がいる意味がないです」


開いているのか開いていないのかわからない細い眼を、まっすぐにタスクに向けて話す大柄なバグベア族の少年の言葉からは、誠実さと謙虚さがにじみ出ておりそれを聞いたタスクの表情がますます緩む。


「まあ、一つ頼むわ。連夜からおまえの腕が相当立つことも聞いているしな」


「師匠のご期待にお応えできるかどうかわかりませんが、全力を尽くしましょう」


タスクの言葉にこっくりと頷いてみせるロスタム。


そんなロスタムの横にすっとよってきた小柄な人影が、こんこんとロスタムの分厚い胸板を軽く叩いてタスクのほうに視線を向ける。


「お早うございます、師匠。オースティンくんに期待をよせる師匠のお気持ちはわからないでもないですが、兄姉弟子の私達が弟弟子に遅れを取るわけにはいきません。勝手を言って申し訳ないですが、とりあえず私達がメイン、オースティンくんは予備前衛とさせていただきますね」


きつい眼差しで牽制するように言ってくるその人影に、タスクは苦笑を浮かべて口を開く。


「お早う、セラ。・・あのよ、養蜂の仕事ならともかく、荒事に兄弟子も、姉弟子も、弟弟子もねえだろ。多分、戦闘の経験ならロスタムのほうがおまえ達よりも豊富だ。まあ、指揮をとるのは俺じゃねえが、恐らくおまえの提案は却下されると思うぜ」


「しかし!!」


ぽりぽりと頬をかきながら困ったようにさとすタスクに、尚もその人影は食い下がろうとするが、その肩を背後のロスタムがそっと掴んでやめさせる。


「ありがとう、委員長。俺のことを気遣って言ってくれているのはわかる。生真面目な委員長のことだから、自分が盾にならなければって思ってくれているんだろ? でも、『人』にはそれぞれ役目がある。俺は兵隊、委員長はそのリーダーだ。兵隊は前に、リーダーは後ろに。だろ?」


ロスタムが優しい表情を浮かべてその人影の顔を覗き込むと、人影はしばらく頬を赤らめてロスタムの顔をぼ〜〜っと見つめていたが、ぷいっと照れたように顔を背ける。


「べ、別にその・・気遣うとかそういうことじゃなくて・・いや、気遣うつもりがないわけじゃないんだけど・・その、あの・・」


もごもごと口の中で何か言っている目の前の人影を、ロスタムは優しい視線で見つめ続ける。


(ハン) 世良(セラ)


御稜高校でロスタムのクラスの委員長をつとめているヘテ族(麒麟種の派生種族の一つ)の少女。


ショートカットにした黒髪に、頭からは真っすぐに伸びた美しい一本角、きつい切れ長の瞳は黒に近い深い青で、すっと通った鼻に小さな口、全体的に顔は小さい。


出るところの出た健康的なスタイルの持ち主で、美少女とまではいかないが、それなりに奇麗な容姿をしている。


非常な熱血漢で世話好きな性格からクラスの委員長に抜擢された彼女であるが、その性格からか、下位種族のさらに下、元奴隷の種族のバグベア族であるが為にクラスから孤立しがちなロスタムを常にフォローし続けてくれていたので、ロスタムは自然と彼女と仲良くなりすぐに友達になった。


生来の性格なのか、『人』に仕事を押し付けることをよしとせず、自分で率先してなんでもやる彼女を密かに尊敬しているロスタムであるが、実はたった一度だけロスタムは彼女から仕事を押し付けられたことがある。


他でもないこの養蜂の仕事を初めて見学に来た時だ。


当時、まだこの少女がここの弟子として働いていることを知らなかった彼は、見学に行った時に初めてそれを知って大いに驚いたものであるが、見学を終えて帰る段になったときに、急に彼女がこう切り出してきたのだ。


『学校では私が便宜をはかって上げているんだから、たまにでもいいから手伝いにきなさいよ』


そんなこと学校では一言も言ったことのない彼女にそう言われて吃驚仰天したロスタムだったが、確かに借りっぱなしはよくないと思い直し養蜂の仕事場にしばらく通ってみることになったわけである。


当初は本当に手伝い程度のつもりで来ていたロスタムだったが、通ってタスクの指導を受け続けてみると、思った以上に自分がこの仕事にあっていることを感じることになり、それほど時間を要することもなく弟子入りを決意。


タスクからも気に入られ弟子入りを認められた今、結構充実した日々を送っているロスタムは、そのきっかけを作ってくれたという意味でもセラに深い感謝の念をよせている。


そんなロスタムの心中を知るよしもないセラはいまだにロスタムのコートの端っこを掴んだまま赤い顔を俯かせてぶつぶつと呟き続けているのだった。


「同じクラスメイトなんだし、今更兄弟子も弟弟子もないと思うがな・・師匠、ご挨拶が遅れてすいません、おはようございます」


野太い声がロスタムとセラの頭の上から聞こえたかと思うと、その横をすり抜けてタスクと同じくらい大きな人影が前に出る。


そして、タスクのほうに顔を向けると、右拳を左の掌底で止める独特のポーズを取って頭を下げて見せるのだった。


「おはよう、大牙。サポート全般は多分、おまえに任せることになると思う。しっかり頼むぜ」


「委細承知」


(シュ) 大牙(ダーヤー)


御稜高校のロスタムのクラスメイトの一人であり、タスクの一番弟子でもある開明獣族の少年。


2メートルを越えるであろう大きな身体は縦も横もあり、がっちりしてはいるものの力士のような姿をしていて、一見すると太っているだけのようにも見える。


ばさばさで短く刈り込んだ茶色の髪に、大きくて穏やかそうな瞳、大きな耳、大きな鼻、そして、大きな口で、顔自体も『人』より大きいが、身体そのものが大きいため逆に顔が小さくさえ見えてしまう。


顔は『人』と変わらないが、白い大きな防刃コートから出ているその手は獣人のような体毛に覆われていて、ゴリラのようにごつくてでかい。


都市でも有名なシャンファ料理店の次男坊なのだが、なぜかシャンファ料理ではなくお菓子作りに興味を持ってしまった彼は幼い頃から近くの洋菓子店にせっせと通ってその腕を磨き続けていた。


ある日、ホットケーキを作るにあたって自分が納得のいく蜂蜜を探し求めていた彼は、タスクが作った極上の蜂蜜に出会う。


一口食べてその味に惚れこんでしまった彼は、どうしてもその蜂蜜を自作してみたくなりタスクの元を訪れ、必死に頼みこんで弟子入りしたのだった。


以来、お菓子作りの修行を一旦中断しタスクのもとで修行に励む毎日を送っている。


お菓子作りのことや養蜂のことに関してはかなり細かいところを見せたりもするが、基本的には外見通りのおおらかで細かいことを気にしない性格であるため、ロスタムとも仲はいい。


「士郎も、おはよう。休みなのに駆り出されてしまったのか」


タスクの側に立つ小さな士郎に気が付いて大牙が声をかけると、士郎は嬉しそうに挨拶を返す。


「おはようございます、大牙大兄。連夜さんの直々のご命令ですからね、来ないわけにはいきません」


「おお、今回の作戦指揮官は連夜か!? なら、安心だな、こういうとき連夜ほど頼れる『人』物を俺は知らない」


「いや、それがその・・連夜さんはちょっと事情があってこれないんですよね・・」


士郎の口からでた連夜の名前に反応して、大牙は喜色満面の笑みを作てみせるが、それに対し士郎は申し訳なさそうに首を横に振ってみせる。


「違うのか? てっきり俺はそうだと思っていたんだが」


「ええ、僕も最初に話を聞いた時はそうだと思って喜んだんですけど、どうも今回は作戦の立案だけで、参加はされないそうです」


「そうか〜、残念だ・・じゃあ、誰が指揮を執るんだ? 師匠か?」


「いえ、そうじゃないんですが・・あ、いらっしゃったみたいです」


士郎の言葉に大牙だけでなく全員が反応して視線を向けると、駐車場の出入り口のやや前方に一台の『馬車』がやってきてその動きを止める。


その『馬車』は大牙犬狼(ダイアウルフ)達に牽引されたもので、士郎やスカサハ、それにロスタムはその『馬車』にはっきりと見覚えがあった。


「あれって、もしかすると私達がアルカディアに行く時に乗っていた・・」


「うん、そうだね・・ってことは乗っているのは多分」


スカサハがそう呟くのに士郎が答えを返し運転席のほうに視線を向けていると、運転席の窓からひょことっとエルフ族の少年が顔を覗かせて士郎達に声をかけてきた。


「うぃ〜〜っす。作戦指揮官クリスと作戦参謀アルテミス、定刻通りにただいま到着。さ、みんな乗ってくれ。盗人をちゃっちゃと片付けて師匠の美味しい蜂蜜を御馳走になるんだからよ」


いたずらっこそのものといった表情で語りかけてくるクリスの言葉に応じるかのように『馬車』の側面ハッチが開く。


士郎達はお互い顔を見合わせたが、期せずして全員同時に肩をすくめて見せると、なんともいえない複雑な笑みを浮かべてハッチへと向かっていった。


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