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Act 24 『土曜日の出来事 Part3』

白虎族の若き拳士、ナイトハルト・アルトティーゲルは未だに己の進むべき道を見つけられず彷徨い続けている。


ただ強き力を追い求めるだけで目的もなく無限に続く戦いの螺旋の上にその身体を置き、ひたすらもがき続ける日々と決別した彼であったが、未だに新しい道をみつけることができずにいた。


それについて旧き付き合いの親友クリスも、新しく付き合うようになった戦友ロスタムも、揃って焦ることはないと言う。


今は自分が納得して進んでいける道を探し出すために、世の中にあるたくさんの道をその自分の二つの目で見つめ確かめることが大事だという。


彼らの言うことはよくわかるし、自分もその通りであると思う。


焦っても仕方ないし、焦る必要はない。


進んで行くべき道は『人』それぞれみな違うもので、はっきりと自分の進むべき道がわかってい進んでいるものもいれば、朧気ながらにしかわかっていないものもいる、また、わからないまま進んでいくものもいるし、進むことによってそれが自分の道となるものもいる。


ついこの間、かけがえのない真友のおかげで自分が処理しきれずにいた過去の様々な厄介事を全て清算した彼は、その後しばらく実家へともどっていた。


一度は死を覚悟して自分なりに別れを告げ二度と足を踏み入れることはないだろうと思っていた実家。


そこに再び足を踏み入れ、尊敬してやまない父や、優しい母、そして、自分を慕い集ってくる弟妹達の姿を見たときには不覚にも涙が零れた。


だが、彼は懐かしくなり親兄弟の顔を見るためだけに実家に帰ってきたわけではない。


本来であれば果たさねばならぬ責務を、年端もいかぬ弟に押し付けなければならなかった彼のこれまでの経緯を全て洗いざらい両親に告白するためにやってきたのだ。


勘当されることは最初から覚悟の上であったが、自分を心配してくれていたであろう両親に説明だけはせねばなるまいと思ってのことである。


激怒され殴られ蹴られ詰られるであろうと予想しつつも、何もかもを包み隠さずに話して聞かせた。


すると話を全て聞き届けた父と母は息子を優しく見つめるだけで、怒ることも詰ることも責めることもしなかった。


ただ、二人から『生きてさえいてくれればそれでよい』という心から自分を想っての言葉を投げかけられた時には、流石にたまらず土下座をして謝った彼だった。


その後、久しぶりに安らいだ気持ちでしばらく実家に逗留し続け、父や母と今まで話たこともなかった今後の自分の進路について話をしたりもした。


父からは、自分の一族の白虎族が行っている事業も見て回りなさいと言われ、今まで興味も持たなかったそれらにも目を向けてみることにする。


そんなこんなで二週間ほどが過ぎ、流石にそろそろ高校に復学しないと留年してしまうと実家をあとにし、再び高校にもどってきた彼であったが・・彼がいない二週間の間に何かがあったことに彼はすぐに気がついた。


彼と共に進むべき新しい道を模索していた親友戦友達に久し振りに会った彼は、彼らが自分よりもはるかに年上になったように見えるほど著しく成長した姿になっていることに気が付き目を剥く。


彼らは自分と同じように悩み苦しみ彷徨っていたはずなのに、いつの間にか新しい道をみつけ歩き始めていたのだ。


自分がいない二週間の間に何があった? と彼らを問い詰めたが、彼らは苦笑して何もありはしないと言うばかり、それどころか・・


『おまえの迷いが深くなったせいでそう見えるだけだ。俺達は何も変わっちゃいない』


とまで言われてしまうのだった。


本当にそうなのだろうか?


確かに、今自分の目の前に広がっているいくつもの道、いくつもの未来を選択することに自分が迷っていることは間違いない。


それについては納得できる、実家に戻り両親から新しい道を示されたことも手伝って、確かに自分はより深く悩むようになった。


だが、それだけではない、断じてない。


二人の親友達の背中に、何かが背負われていることが今の自分にははっきりと見える。


それについて問い掛けてみると、二人は益々苦笑を深くしナイトを見つめる。


『それこそ何も変わっちゃいないさ。俺達が共通して背負っているものは一つしかないだろうが。おまえだって知っているだろ? むしろおまえは背負っていないのか?』


と、逆に問い掛けられてしまう始末。


そのとき初めてナイトは二人の生きる目的を認識し、同時に自分が必要としているものも朧気ながらに掴めたような気がした。


なんとなく選択すべき道の姿が見えてきたナイトは、とりあえず、今一緒に住んでいる彼女と対等でいられる自分になれる道を探すことにした。


今同居している彼女は日常生活に関して言えば非常に危なっかしい能力しか持っていない問題『人』物であるが、少なくとも自らが選んだ道を迷うことなく突き進んでいる。


彼女のそういうところは尊敬できるし、自分もまずはそうなるべきだと思い、再び自分の道を探し始めることにしたのである。


・・のであるが。


彼女のことはキライではないし、むしろ惹かれているのは間違いない。


別に歳の差がどうこういうつもりもなければ、彼女の強引な性格もまあ甘受できないことはない。


なので一度は別れた彼女に復縁を迫られた彼はそれを受け入れて、彼女と生きていく道を選択したはずだったのだが。


あろうことか彼は、自分の運命の女性を今日、つい先ほどみつけてしまったのである。


別に何か用事があってこの『サードテンプル』にやってきたわけではない。


弟のジークハルトが、『害獣』狩りで使うための武器を新調したいので、優秀なハンターである兄に選んでほしいと言ってきたからである。


そうして久しぶりに弟と一緒にこの街にやってきた彼は、ついいつもの癖で不良に絡まれやすい人気のない路地裏をわざわざ選択して歩いてしまっていたわけであるが(勿論、からんできた不良がいたらサンドバッグにするためである)、何気なく視線を走らせた先にあった駐車場で、一人の少女の姿を目にしてしまう。


まるで満天の星空が広がる穏やかな夜の如く光輝く漆黒のロングヘアーに、一目みただけで吸い込まれそうになる深い慈愛のこもった優しい黒い瞳が黒縁眼鏡の上からでもはっきりとわかり、小さくもなく大きくもない鼻の下には、淡い桃色をした美しい唇、緩やかな曲線を描くその肢体は決して嫌らしさを感じさせるものではなく、思わず抱きしめたくなるような柔らかさを感じさせる。


美形とか麗しいとかいう形容詞はあてはまらないが、かわいらしいという言葉がぴったりあてはまる温かい春の日差しを思わせる家庭的な雰囲気を持つその女性を一目見て、ナイトは一瞬で恋に落ちた。


今の彼の恋人であるティターニアのときにも、昔の恋人であった姫子のときにも感じたことのない強烈な何かが激しく胸を打ったかと思うと、次の瞬間には苦しくて苦しくて死にそうになる。


穏やかで見るからに優しそうなあの横顔をみているだけで苦しくて、もっと側に行きたくて、声が聞きたくて、ナイトはふらふらとその少女に近づきはじめた。


そして、その少女の側まで近寄った彼は、何かに気を取られているその少女のかわいらしい小さな手をそっと自分の手に取ると両手で包みこんで軽く引っ張り自分のほうに振り向かせる。


すると、少女は初めて自分に気が付き物凄く驚いた表情を浮かべて見返してくる。


それはそうだろう、こんなこといきなりされれば誰だって驚く。


自分が行っていることが唐突であることは十分わかっている、わかってはいたが、彼女に自分を見てほしかった。


彼女の美しい黒い瞳に自分の姿を映したかった、そして・・自分の想いを聞いてほしかった。


「ちょ、ちょっと!? なに? なんなの?」


その外見通りにぴったりな、かわいらしい小鳥のさえずりにも似た声で戸惑いを言葉にする少女。


ああ、やっぱりだ、やっぱりこの目の前の少女の全てが自分は好きなんだと改めて思うナイト。


そう考えたとき、彼の口は勝手に彼の中の狂おしいまでに燃え上がっている想いの全てを言葉にして吐きだしていた。


「惚れた・・俺と・・俺と、付き合ってくれ・・いや・・俺と結婚してくれ!!」


彼と少女の周囲の時が一瞬凍りついたように止まったような気がした。


駐車場の離れたところでストリートファイトを行っている少年少女が驚いてこちらをみていることに気がついたが、とりあえず今はそれに構っている余裕はなく、ナイトは目の前の少女に全意識を集中する。


ナイトの一世一代の告白を聞いた目の前の少女は、口をぽか〜んと開けてしばらくの間、ナイトの顔を見つめていたが、やがて疲れたような表情を浮かべて大きくふか〜い溜息を吐きだしてみせる。


そして、すぐにそのかわいらしい顔に少し怒ったような表情を浮かべると、黒い瞳をまっすぐにナイトに向けて口を開き返事を言う・・


「あのねえ・・そんなこと言われても・・って、ひゃあっ!!」


前に、何者かが少女の身体を無理矢理引っ張ってナイトから引き離す。


驚くナイトがそちらに視線を向けると、そこには自分よりも身長が低いものの、自分と同じような姿形の少年がその背中に少女を庇うようにして立っている姿が見えた。


「お・・お前まさか・・」


驚愕の表情を浮かべてその少年を見つめるナイトに、少年は決然と自分の想いを口にする。


「ダメだ・・ダメだよ、兄貴。いくら兄貴といえどもそれはダメだ・・」


「ジ、ジークまさか・・おまえ・・」


「この人と付き合うのは・・いや、結婚するのは、この俺だ!!」


『またかああああああああっ!!』




Act 24 『土曜日の出来事 Part3』




土がむき出しになり、雑草が生え放題生えた空き地のような駐車場の端っこで、二人の拳士が厳しい顔つきで対峙する。


いつかは・・いつかはこんな日が来るのではないかと・・二人はお互いがいずれ決して引くことのできない何かを賭けて拳を交える日が来ることを心のどこかで覚悟していた。


恐らくいま自分の目の前に立ちはだかっている弟の心情は変わることはあるまいとわかってはいたが、それでも一縷の望みをかけて声をかける。


「ジーク、頼む、おまえと争うつもりはない。その『人』を大人しく俺に渡してくれ」


「いや、あのね。二人ともね・・」


「いいや、そうはいかない。いくら尊敬する兄貴といえども、こればっかりは聞くことができない」


「だからね、二人とも『人』の話をね・・」


「頼むジーク!! 俺の中でぼんやりとして形作られることのなかった理想そのものが現実となってはっきりとなって現れたんだ!! それが、その『人』なんだ!!」


「すいません、盛り上がっているところ申し訳ないのですけど・・」


「兄貴の言うことはよくわかるよ。春の日差しのような温かい瞳と穏やかな雰囲気を感じるんだろ? この『人』なら命を賭けて守り続けることができるって思ったんだろ? わかるよ。だって・・俺だって同じ気持ちだからな!! だからこそ、渡せない・・渡すもんか!!」


「お願い、ちょっと僕の話をね・・って、もう、兄弟そろって全然『人』の話を聞こうとしないんだから!!」


「くっ・・これも宿命なのか・・」


ジークの背中に庇われる形になった少女の姿の連夜は、次第にヒートアップしていく白虎族の兄弟の会話の中になんとか入ろうとするのだが、兄弟揃って全く『人』の話を聞く気配がなく不貞腐れたような顔をして二人を睨みつける。


しかし、そんな連夜の様子をわかってて無視しているのか、それともお互いしか本当に見えていないのか二人の会話は平行線を描き続け交わることなく進んでいく。


「なあ、教えてくれジーク・・どうしてだ!? おまえにはブリュンヒルデがいるじゃないか!? おまえはあいつを見捨てるつもりなのか!? いや、それよりもおまえが命よりも大事にしていた『ロリコン道』まで捨ててしまうつもりなのか!?」


「いや、ブリュンヒルデは俺にとって妹のようなもので恋人じゃない!! ・・ってか、ちょっと待て、なんだ、その『ロリコン道』っていうのは!? そもそも俺はロリコンじゃない!! あ、そうか!! 最近やたら一族内で『ジーク様に幼い子供を近づけてはいけない』とかいう親が増えているのは兄貴の仕業か!?」


「エ? ソレハイッタイナンノコトデスカ?」


「とぼけてんじゃねえよ!! くっそ〜そういう兄貴だって、『貧乳マニア』なんだから、この『人』みたいに豊満な胸の『人』はキライだろうが!!」


「なあっ!? ち、ちがうぞそれは!! た、たまたまティターニアがパットを入れて誤魔化しているだけで、貧乳が特に好きなわけじゃない!!」


「それだ!! そもそも兄貴にはティターニアさんて『人』がいるじゃねぇかよ!! なんで他の『人』にまで手を出そうとするんだ!? 不純だろそれは!?」


「ふっ・・それだからおまえはいつまでたっても尻が青い小僧のままなんだ」


「なんだと!? じゃあ、兄貴はティターニアさんのことをどうするつもりなんだよ!?」


「いいか、よく聞けジーク!!」


「なんだ?」


「それはそれっ!! これはこれだっ!!」


「な、なんだってえええええっ!!」


兄ナイトの全然根拠のない意味不明の、しかし、やたら自信だけはある言葉を聞いたジークは、まるで雷に打たれたかのような衝撃を受けた表情を浮かべがっくりと地面の上に膝をつく。


「そ、そうだったのか・・とりあえず、そっちの答えは横に置いておけばよかったのかあ・・」


何か悟ったような顔でぶるぶると身体を震しながら呟くジークに、ナイトは重々しく頷いてみせる。


「そうだ・・まずは目の前にあることに全力を尽くし、一旦おいてある問題についてはあとで考えるか、あるいは片づけられない場合はなかったことにして忘却して放置する・・それがベストだ!!」


「そ、そうかあ。そうだったのかあ・・勉強になるなあ・・」


とんでもない理論をさも当然という顔で展開するナイト。


そして、その言葉をいつの間にかスカサハとの死闘を中断してやってきていた士郎が、ポケットから取り出したメモ帳に一生懸命メモしながら物凄い感心した表情を浮かべて頷く。


「いや、ダメだから。全然ダメな理論だから。そんな理論メモするんじゃないの、士郎。もう『人』として最低最悪な考え方だから、いますぐそのメモ破って捨てないと破門するよ」


ものすご〜く軽蔑しきった連夜の視線に気がついた士郎は、破門されると聞いて慌ててメモ帳のメモしたところを破ってしまうと、丸めて遠くに投げ捨てる。


「え!? ええええっ!? そ、そうなんですかっ!? 捨てます捨てます!! ・・危ない・・危なく信じるところだった・・」


「いや、普通わかりますわよ。士郎ってほんと純粋というか洗脳しやすいというか・・」


横に移動してきたスカサハからも軽蔑しきった視線を浴びる士郎だったが、士郎はその視線に気づくことなく、むしろ連夜の前で対峙する白虎族に強烈な敵意をむき出しにして向けられている。


だが、勿論兄弟は新たな敵意に気がつくことなく、それどころか今お互いに向けている敵意と闘志が最高潮に達しようとしていた。


「さあ、納得したからには、その『人』をこちらに渡してもらおうか」


「いや・・そうはいかないぜ、兄貴」


傲然と弟を見下ろして吐き出されたナイトの言葉に対し、膝をついて敗北に打ちのめされていたようになっていたジークがゆらりと立ち上がる。


その目には再び強い光が宿り、背中からは溢れるばかりの闘志が燃え上がっていくのがはっきりと見える。


復活を果たした弟の姿に動揺を隠せないナイト。


「なぜだ・・俺の言葉に納得したんじゃなかったのか!?」


「いや、納得はした・・兄貴の言葉は確かに俺を納得させるだけのものがあったことは認める・・だがな・・だからこそ言わせてもらうぞ、兄貴!!」


「な、なんだ・・」


決意に満ち満ちた光を宿した弟の視線が兄の姿を射抜き、そして、それは言葉となって放たれる。


「これはこれっ!! それはそれだっ!!」


「な、なにいいいいいいいっ!!」


いましがた発した自分の言葉をそのまま弟に返されて、あまりの衝撃にナイトの身体がゆらりとぐらつく。


「あほでしょ、君達・・」


心底呆れ果てたという表情で連夜が呟くが、勿論渦中の兄弟の耳には届かない。


二人はお互いよく似た半身にする構えを取ると、ジークは二つの拳を目の前にだらりと上げた形で、ナイトは腰だめに右拳をそえ、左の掌底をジークに見せるような形でお互いを見据えて闘気を燃え上がらせていく。


「わかった・・おまえの決意の固さ、しかと見届けた。最早言葉はいるまい」


「ああ、あとは拳で語るのみ」


「手加減はしないぞ、ジーク・・次期総領を引き継いだ今のおまえの力・・俺に見せてみろ」


「いわれなくてもそのつもりさ、兄貴。わが命と魂この拳に込めて・・」


「打ち貫いて見せるさ・・その魂ごとな『銃拳武匠(ガンフィストマスター)』の名に賭けて・・」


「行くぜ、兄貴・・」


「来い、ジーク・・」


二人の少年の頭が白虎のそれに変化し、その身体が一回り大きく膨れ上がる。


そして、二つの影はお互いに向けて疾駆し拳が放たれる・・


と思ったが。


「な、なにいいいっ!!」


ジークの放つ拳を紙一重で避け、その脇をすり抜けたナイトは、そのままジークをその場に残して真っすぐに駆けて行き、先程までジークの背後に庇われていた連夜の側まで移動すると、呆気に取られている連夜の身体を横抱きに持ち上げてそのまま走り去ろうとする。


「ちょ、ちょっと、なっちゃん、何を!?」


「し、しまったあああっ!!」


「はっはっは、まだまだ青いな、ジーク。俺がおまえと本気で手合わせすると思ったのか!? 悪いがこの『人』はいただいて行くぞ!!」


慌てて兄の後を追いかけようとするジークであったが、一族随一の俊足を誇る兄に本気を出されてしまっては追いつくことはできない。


完全に戦略をミスってしまったことを悟り、ジークは歯がみする。


だが・・


「くっそ、待ちやがれ、兄貴!! 卑怯だぞ!!」


「なんとでも言うがいい。最終的に目的を果たした方が勝者なのだ!! はっはっは、は・・げぶぉっ!!」


連夜を抱きしめたまま駐車場の出入り口に向かって疾駆し、振り返って悔しそうな顔を浮かべているジークに嘲笑を向けるナイトであったが、突如として飛び込んできた士郎が見事なドロップキックをナイトの側面にぶちかまし、完全に油断しきっていたナイトの体は一直線に駐車場の壁に向かってすっとんでいき、激突しバウンドして地面の上を転がって行く。


「ぐああああああっ!!」


ナイトの腕を離れ宙を舞う連夜の身体は、スカサハが伸ばした頭の蛇達によって絡め取られて無事地面におろされる。


「やれやれ、またまたありがとうスカサハ。また助けられちゃったね」


「いいえ、こんなことくらいなんてことありませんわ。でも、お兄様が無事でよかったですわ」


自分を助けてくれたスカサハににっこりとほほ笑んで連夜がお礼を言うと、スカサハはちょっと頬を赤く染めながらも嬉しそうに連夜に駆け寄って抱きつく。


その様子を横で見ていた士郎が、物凄く不満そうに片手の指を口にいれながら呟く。


「え〜〜、僕も活躍したのに、僕には何も言ってくれないんですかあ?」


「確かに君のおかげで助かったけど、元はと言えば君のせいでこうなったんでしょ? それに君はさっきから僕の言うこと全然聞こうとしないからダメ」


「そうですわそうですわ!!」


「ちょ、ちょっとくらいは・・それもダメですか?」


しゅ〜んと項垂れながらも上目づかいで見つめてくる士郎の姿に、しょうがないなあという表情を作る連夜。


「変なことしない?」


「しないです、しないです」


「じゃあ、ほら、こっちおいで」


連夜の言葉に先程までの沈んでいた表情はどこへやら、満面の笑みを浮かべて近寄ってきた士郎を、スカサハを抱いている右腕とは反対の左腕で引きよせて抱きしめてやると、よしよしとその頭を撫ぜてやる。


「よく僕を助けてくれたね、士郎。ありがとうね」


「やった、ほめられた」


恐らく尻尾があったなら全力で振り続けていたであろう士郎の嬉しそうな姿を、連夜は優しい表情で見つめていたが、不意に真剣な瞳を宿らせて士郎を見つめると、一旦その身体をそっと自分から離して距離を開ける。


「士郎、よく聞きなさい。僕はね君のお父さんやお母さんやお兄ちゃんやお姉ちゃんにはなれるかもしれないけど、決して恋人や奥さんにはなれない。僕は多少『人』よりも家事ができるけど、結局はそれだけだ。君が本当に必要としていることを僕はしてあげることはできないんだ。だからね、何度でも言うけど、君は君だけを見つめてくれる大事で大切な『人』を見つけなさい。いい? 僕との約束を守ることができる?」


連夜がそう言うと、またもや士郎はしゅ〜んとなってしまい、上目づかいでもう一度連夜を見つめる。


だが、今度ばかりは連夜は甘い顔をしなかった。


優しい慈愛に溢れた表情をしてはいたが、同時に何か突き放す雰囲気も纏って士郎を見つめる。


それはまるで親離れすることを子供に諭す母親の姿のそれであった。


「やっぱりダメなんですか?」


「ダメ・・でもね、君が僕の求めているものが『お父さん』や『お母さん』であるならいいよ。僕はいつでもそれを受け入れてあげる」


「そっか・・やっぱりダメなんだ・・完全に失恋したんですね、僕」


がっくりと肩を落として果てしなく落ち込んでいく士郎を、苦笑しながら見つめる連夜。


「そういう捉え方はどうかと思うけどね。で、どうなの?」


連夜が決断を迫るような口調で問い掛けると、しばらく考え込んでいた士郎だったが、やがて顔をあげるとなんともいえない切ない表情を浮かべ涙のたまった瞳で連夜を見つめ自分の想いを口にする。


「じゃあ、『お母さん』でお願いします・・それなら側にいてもいいですか?」


「いいよ。それなら側にいてあげる。ほら、おいで手のかかる息子」


おどけたような、しかし、いつも以上に優しいまるで本当の母親のような口調で言葉を投げかけられた士郎は、顔をくしゃくしゃにして涙と鼻水を流しながら連夜の腕の中に飛び込んでいく。


「お、おがあさ〜〜ん!!」


「やれやれ。ほんとに士郎は手がかかるなあ・・ちゃんと僕の右腕に育ってくださいよ、息子さん」


自分の腕の中で号泣する士郎の頭を優しく撫ぜながら、抱きしめていた連夜だったが、ふと横に視線を移すとスカサハが不満そうに口を尖らせている姿が目に映る。


「どうしたの? スカサハ?」


小首をかしげて自分の実妹に連夜が視線を向けると、スカサハは両手を後ろの腰のところで組んで、おもしろくなさそうに足先で小石を蹴りながら上目づかいで連夜を見返す。


「士郎ばっかりズルイですわ・・私だって・・私だって、よしよしって・・もうすぐ高校生なんだからってわかってはいるんですのよ。でも、それとこれとは別というか・・久しぶりに会えたお兄様に私も・・」


「わかったわかった」


そう言うと、連夜は空いている腕を伸ばしてスカサハの身体を引き寄せると士郎と同じように抱きしめて頭をよしよしと撫ぜてやる。


スカサハは最初ちょっと抵抗する素振りをみせたが、すぐに連夜の身体に腕を回して抱きつくと気持ちよさそうに目を細めるのだった。


「えへへ、やっぱりお兄様の腕の中は温かいですわ」


「二人ともこんなに甘えん坊さんでどうするの。今はいいけど、いつまでも子供でいてもらっちゃ困りますよ〜」


「「今だけです!!」」


「はいはい」


ひしっとしがみついて離れようとしない二人の姿に、なんともいえない困ったような表情を浮かべる連夜だったが、すぐに優しい表情になって二人の頭を撫ぜてやろうとする。


だが、横合いから突如伸びてきた二つの腕が、連夜の右手と左手をそれぞれ掴んで引っ張る。


「え、なになに!?」


連夜が左右に視線を走らせると、連夜の右手をジークが、連夜の左手をナイトが必死の形相で掴んで引っ張っている姿が。


実は連夜達が話しこんでいる間も二人は激闘を繰り広げていたのであるが、いつまでも決着がつかないため、こうなったら連夜の身体を確保してさっさと逃げ出そうとした結果こんなことになってしまったのである。


「ちょ、痛い!! 痛いってば、二人ともやめて!!」


「ジーク、その『人』が痛がっている、放さないか!!」


「兄貴こそその手を放せ!! 女性に対してなんてひどいことをするんだ!!」


「ちょっと、ジークくん、やめてください!! お母さんの腕がもげてしまいます!!」


「ナイトハルトさん、なんてことするんですの!? その手を放してくださいませっ!!」


悲鳴をあげる連夜に気が付いて、士郎はジークに、スカサハがナイトに向かっていき、その手を放させようとする。


だが、一瞬で状況を把握した二人の兄弟は互いに目配せをし合うと、とりあえず自分達以外の邪魔者を排除すべくこのときだけ結束することを決定する。


自分達の腕に手を伸ばそうとした士郎とスカサハに、白虎族の兄弟はタイミングを合わせて連夜を掴んでいた手を同時に放して自分達を結ぶ直線上から連夜を離脱させると、見事に呼吸を合わせて二人を挟み込むタックルを敢行する。


「ぐえっ!!」


「きゃああっ!!」


流石の二人もお互いの身体が邪魔になって避けることができず、白虎族の大柄な肉体が繰り出す猛烈なタックルをモロに食らうことになって悶絶する。


邪魔者を見事に排除することに成功した二人は獰猛な肉食獣の笑みを浮かべるが、連夜を挟みこむようにして再び対峙して睨みあう。


そんな二人を呆れたように見つめていた連夜であったが、二人を無視して気絶している士郎とスカサハの元に向かうとその身体を持ちあげて安全な所に運んで行く。


二人は連夜が逃げ出すのではないかと思って警戒を強めたが、どうやらそうではないらしいと悟り再びお互いに敵意を向ける。


だが、そんな二人に連夜は意外な言葉を投げかける。


「あ〜あ、僕し〜らないっと。君達が僕の話を聞いてくれていたらどうにかできたんだけど・・もう手遅れだね。すっごいお怒りだもん」


士郎とスカサハを駐車場のはしっこまで運び終えた連夜は一緒にそこに座り込み、怪訝な表情を浮かべてこちらを見つめてくる兄弟に、ある一点を指さして見せる。


二人がその指さす方向、駐車場の出入り口のほうに目を向けると、そこには漆黒のロングヘアーと真っ白な三本の尻尾を溢れ出る闘気でなびかせて、怒りに震える瞳でこちらを凝視している一人の霊狐族の女性の姿が。


あまりにも凄まじい闘気ゆえか、その身体から放電するようにあふれ出ているオーラが物理的な破壊力を生み出し、彼女が一歩前に進むごとに地面を抉って弾き飛ばす。


そればかりではない、二人に近づいてくるにしたがって、その黒い髪はみるみるうちに尻尾同じく純白の色へと変化していき、怒りに合わせて光の粒子をあたりに放出し始める。


その幻想的な雰囲気と相まってこの世のものとは思えぬほど美しくも恐ろしい姿のその女性は、月明かりすらない深い闇夜にも似た黒い瞳で二人を睨み付け、相手に恐怖を刻み込まずにはいられないような声で二人に語りかける。


「あんたたち、『人』のものに手を出しておいてただで帰れると思っているんじゃないでしょうね?」


バキバキと両拳を鳴らしながら近づいてくるその人物の『武』の気配は尋常ではない。


二人は思わずお互いに向けていた拳をその女性に向け直して構えるが、二人の身体はその女性が放つ強烈なプレシャーに負けてぶるぶると震え続ける。


「な、な、なんだおまえは!?」


「ま、まさかおまえは『問答無用白面狐てんちおそれぬすごいやつ  如月(きさらぎ) 玉藻(たまも)か!? いや、違う・・あのときとは全く気配が違う!! なんだその桁違いの『武』は!? いったい貴様何者だ!?」


恐怖にうわずった声で二人が問いかけると、女性はその口をくぱあっと開き言霊を込めて言い放つ。


「我は我が伴侶たる『夜』を守るもの・・我は・・我は『白夜の狐』なり!!」




そろそろお昼をまわったころ、本格的に人通りの多くなってきた『サードテンプル』のアーケードの大通りの中を二人の女性が歩いて行く。


よく見るとその背中にはそれぞれ少年と少女が一人ずつ背負われていた。


「だから言ったじゃないですか。厄介なことになりますよって」


銀髪の少女、スカサハを背負って歩く霊狐族の黒髪の美しい女性、如月(きさらぎ) 玉藻(たまも)が、横を歩く最愛の『人』に不満気に呟くと、その横を合成種族(キマイラ)の少年、士郎を背負って歩いている連夜が申し訳なさそうに見返して口を開く。


「いや〜、まさかここまでとは思いませんでしたよ。あはは。でも玉藻さんが必ず助けに来てくれるって信じていましたし」


「もう、こんなときばっかり。やっぱり離れて行動するのはダメですね。旦那様がなんと言おうと今度からはぴったりくっついていきますからね!!」


「ええ、そうですね・・というか、女の姿はもうこりごりですよ。ロクなことがありませんでした」


はふ〜っと悩ましげな溜息を吐きだす連夜の姿を嫌そうに見つめていた玉藻だったが、やがて苦笑を浮かべて口を開く。


「やっぱり旦那様は男性の姿が一番いいですね」


「ですねえ・・僕もそう思います」


しみじみと顔を合わせて呟く二人。


しばらくの間難しい顔をして見つめあっていた二人だったが、その後同時に噴き出して邪気のない表情で一しきり笑い合う。


そして、その後屈託のない笑顔を浮かべて頷きあうと『サードテンプル』の駅に向かって仲良く歩いて行くのだった。


余談ではあるが、謎の霊狐族の女性によって半殺しにされてしまった白虎族の兄弟は、この後なんとかそれぞれの家にたどり着くことができたが、何故か今日の一連の出来事が全て自分達のパートナーの耳に入ってしまっており、帰る早々、待ちかまえていた彼女達の手によって再び半殺しにされてしまったという。


まさに『天網恢恢疎にして漏らさず』とはこのことであった。


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