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Act 23 『土曜日の出来事 Part2』

強烈ないたずらを仕掛けるだけ仕掛けておいてまんまと逃亡に成功した士郎であったが、被害者であるスカサハが死に物狂いで追いかけてくることは予想済みであり、その魔の手から逃れる方法、逃走ルートなどについてはすでに士郎の頭の中に描き出されている。


これも彼の師匠である宿難(すくな) 連夜(れんや)から学んだ戦わずして相手に勝つ方法、あるいは負けない戦い方の修行なのである。


「ふっふっふ。スカサハ。君には悪いけど、僕の修行に付き合ってもらうよ・・」


不敵な笑みを浮かべて『サードテンプル中央街』の人通りの多いアーケードの中を疾駆していく士郎。


そう、スカサハの顔にとんでもない落書きを施して彼女を挑発してみせたのは、自分自身の修行に彼女を無理矢理巻き込むためであった。


勿論普通に頼んで修行を行うこともできなかったわけではない。


しかし、その場合スカサハが本気を出して自分を追いかけてくるか、追い詰めようとするかと考えると非常に疑問が残ったのである。


世話好きで基本的に人の好いスカサハが、何の理由もなく非情の狩人に徹することはできない・・そう判断した士郎は、スカサハにそういう状態になってもらうべく、敢えて彼女が激怒するようないたずらを仕掛けてみたのだ。


勿論、この修行の終了後は土下座して謝るつもりであるし、殴る蹴るして気が済むなら、甘んじてそれも受けるつもりである。


しかし、この修行には最後まで付き合ってもらうつもりだ。


これから先、残った2体の手強い『人造勇神』と渡り合うためには、どうしても正面からの戦い方だけではリスクが大きすぎる。


これまでの自分であれば、己の命と引き換えにしても相手を倒そうと躍起になったであろうが、今の自分の命にはいくつもの想いが付随してついているため、どう考えても引き換えにするには割に合わないし、それどころかマイナスすぎてむしろ大赤字だ。


となると、是が非でも、どんな方法でも、どんな卑怯な手段を講じても相手に負けないようにしなければならない。


そのための方法については、彼が敬愛してやまない師匠からみっちりと叩き込まれているため、あとは実戦でそれを磨くのみ。


決して正面から戦わず、自分が思いつく限りの方法でスカサハの攻撃をかわし続け、勝つのではなく負けないまま夕暮れまで逃げ続ける。


そのためにはまず相手の動向を知る必要がある。


士郎はすでに携帯念話で家に連絡を取って、家で留守番をしている晴美からスカサハが自分を追いかけてきていることを確認していた。


間違いなくスカサハはここにいる。


士郎はスカサハの目に止まらぬようにパーカーのフードを目深にかぶって自分の目立つ顔や髪を隠し、人ごみの多い所をわざと選んでその中に埋没するように歩きながら目当ての人物を探し続ける。


それほど苦労するはずがない。


あれほどの美少女がそうほいほい歩いているわけがないし、もし、仮にあまりの激怒で落書きをされたまま来ていたとしてもあんな目立つ落書きをした人物がわからないはずがないからだ。


どっちに転んでも派手に目立つあの少女を見逃すわけがなかった。


そして、士郎はほどなくして、目的の『人』物を探し当てる。


「見つけたよ、スカサハ」


気がつかれないようにそっと背後に忍び寄り、様子を伺う。


きっと怒り狂いながら自分を探しているに違いない、そう思い忍び笑いをもらしながらスカサハの表情をそっと確認すると、士郎の予想とは全く違い、物凄く嬉しそう楽しそうで上機嫌な様子のスカサハの姿が。


「あ、あれ? 全然怒ってないよ? なんで?」


思いきり肩すかしを食らってしまったような形になった士郎が尚も様子を伺ってみると、どうやらスカサハは誰かと一緒に歩いているようで、しきりにその隣にいる人物に話かけている。


その様子は本当に本当に心から嬉しそうで、士郎が見たこともないような華やかな笑顔を振りまいており、あまりにもその笑顔が眩しくて彼女とすれ違う『人』々がみな振り返ってスカサハの顔を見直しているほど。


いったいスカサハにそれほどまでの笑顔を浮かばせる『人』物ってどんな奴なんだろうと、俄然興味がわいた士郎は、スカサハに気がつかれないように別の死角に回り込むと、その『人』物の姿を視認する。


だが、士郎はその『人』物の姿を一目見ただけで目を離せなくなってしまった。


艶やかな漆黒のロングヘアーに、見ただけで深い慈愛のこもっているとわかる優しい黒い瞳は黒縁眼鏡の上からでもはっきりとわかり、小さくもなく大きくもない鼻の下には、血色のいいまるで桜のはなびらをちりばめたような小さな口、スカサハよりも弱冠高い身長であるが、出るところが出てひっこむところが引っ込んでいるなかなかのスタイル。


美しいとか奇麗とかいう形容詞はあてはまらないが、明るくかわいいという言葉がぴったりあてはまる陽だまりに咲く小さな花のような温かい雰囲気を持つ女性だった。


晴美やアンヌを見たときにも感じたことのない、強烈な何かが激しく胸を打ったかと思うと、次の瞬間には苦しくて苦しくて死にそうになる。


隣にいるスカサハに向けているあの笑顔をみているだけで苦しくて、もっと側に行きたくて、声が聞きたくて、士郎は自分が何のために隠れているかも完全に忘れてしまい、ふらふらとその女性に近づきはじめた。


そして、スカサハに気がつかれる危険性も完全に失念してしまった士郎は、その女性の側まで一気に近づくと、その手を無意識に握り締めて止めていた。


女性特有の柔らかい手の感触の中にどこかで自分がこの手を知っているような気がしたが、そんなことよりももっと大事なことがあると士郎は、目の前の女性に意識を集中する。


スカサハの隣を歩いていた女性は突然手を握られてその動きを止められたことに吃驚した表情を浮かべて自分を見つめていたが、士郎はその黒い瞳に魅入られながらも口を開く。


「あ、あ、あの!!」


何かを覚悟したような強い意志の宿る瞳で真っすぐに女性を見つめた士郎が、その決意の言葉を紡ぎだそうとするよりも早く、士郎に気がついたスカサハが声をかける。


「え、し、士郎? あ、あなたこんなところで何やっているんですの!?」


士郎は、自分の行為を邪魔されて苛立たしげにスカサハのほうに視線を向ける。


「ごめん、スカサハ、ちょっと後にしてくれる。今、僕、物凄く大事なところだから」


「は!? いやいやいや、とりあえず、私に何か言うことあるでしょう? 何私を無視しようとしているんですのよ!!」


「だから、その件はあとにしてくれるかな。後で土下座でも、半殺しでも好きなように付き合ってあげるから、とりあえず、黙ってて」


「ちょっ!! あなたね・・」


「黙ってて!!」


「・・はい」


尚も言い募ろうとするスカサハだったが、士郎の妙な鬼気迫るド迫力の一喝に思わずすごすごと引っ込んでしまうのだった。


「え・・え〜〜・・なんで私怒られているんでしょう? おかしいですわ、いたずらされて怒っているのは私のはずなのに・・」


「スカサハ、ほんとうるさい!! ちょっとでいいから、黙ってて!!」


「・・ごめんなさい」


恐ろしいまでの気迫のこもった声と鬼気迫る表情で再びスカサハを一喝して黙らせた士郎は、改めて女性のほうに向きなおる。


そんな士郎に、女性は何か非常に困ったような表情を浮かべて見つめ返してくる。


どこか温かくて優しさのこもった美しい黒い瞳を見つめていると、ますます言葉を失っていきそうになる士郎だったが、全身の勇気をふるい起し自分の想いを口にするのだった。


「あの、あの・・初対面の僕がこんなこと言うのはおかしいかもしれませんけど・・僕と、僕と・・」


一瞬、ほんの一瞬だけ戸惑いを見せ口籠る士郎であったが、その一瞬の間に覚悟を決めてしまう。


このまま言わずに後悔するなら、自分の想いの全てを力一杯吐き出してしまってから後悔しようと。


そして、その想いは土曜日のお昼前、城砦都市『嶺斬泊』の中でも特に賑やかで大きな道のど真ん中、その中心に立ち止まり見つめあっている若い二人の姿をたくさんの『人』々が何事かと見守る中、恥ずかしげもなくついに炸裂してしまう。


「僕と・・僕と付き合ってください・・ううん、僕と結婚してください!!」


その言葉を呆気に取られて聞いていた、女性とスカサハは、同時にお互い顔を見合わせ、そして、目の前の士郎のほうに視線を向け、再び顔を見合わせということを何度も何度も繰り返していたが、やがて魂からの絶叫を放つのだった。


「「えっ! えっ? ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」」




Act 23 『土曜日の出来事 Part2』




だだだだだだだだだだだだっ!!


士郎のとんでもない告白からなんとか立ち直った連夜は、真剣な表情で返事を待っている士郎の腕を力任せにつかんで引っ張ると、17年の人生の中でもこれだけ死に物狂いの全速力で走り抜けたことはないというくらいの勢いで野次馬の群れの中を突っ切り、先程スカサハを連れ込んだ人気のない駐車場まで一気にやってきて立ち止まる。


そして、後ろを振り返り、そのあとついでに周囲も見渡して誰もあとをついて来ていないことを確認すると、とてつもない羞恥心と全速力による酸欠で真っ赤になった顔を、隣で呆気に取られている士郎のほうに向けて噛みつくように猛抗議する。


「あ、あ、あのねえ!! 何考えてるの!? あんなところであんなこと言ったりして!! もう、恥ずかしくて死にそうなんだけど!!」


「・・ご、ごめんなさい」


連夜の言葉にしゅ〜〜んと一気に項垂れてしまう士郎。


ちょっとかわいそうな気もしたが、ここではっきり言っておかないと、このおこちゃまは別の場所でも同じことをしかねないので連夜は厳しい表情を緩めもせずに言葉を続ける。


「君のまっすぐな気持ちは嬉しいけどね、ダメなものはダメなの。あのねえ、前にも君に言ったと思うけど、君のお嫁さんにはなれないの!! 何度も言わせないでよ、君は君の・・」


「なんでですか!? なんでダメなんですか!?」


連夜の拒絶の言葉に一気に顔をあげた士郎は涙をぽろぽろと流しながらも、そのまっすぐな視線を連夜に向け必死に問い掛けてくる。


そんな士郎の姿に連夜は片手でこめかみを押さえながら、溜息を大きく吐き出して疲れたようにその問い掛けに答える。


「なんでって、何度も言ってるけど僕は男で君も男でしょ?」


「え・・男なんですか?」


連夜の答えに対し、士郎は理解できませんという表情を浮かべてしばらく連夜のことを見つめていたが、突如その手を連夜の胸に伸ばす。


むにょ


「あ・・ちょ・・なにを・・」


むにょむにょ


「や、やめ・・あんっ・・」


むにょむにょむにょむにょ


「や、やめなさい・・ああっ・・あぁん・・ちょ・・やめなさいってば!!」


いきなり胸を鷲掴みにされた上に激しく揉まれてしまい、力が抜けそうになった連夜であったが、なんとか意識を繋ぎ止めて士郎の手を引き剥がすと、真赤になりながら両手で自分の胸をガードして士郎から離れる。


「い、いきなり、な、な、なにをするの君は!! 僕が女だったらセクハラで訴えられているよ!!」


「お、女だったらって、完全に女じゃないですか!! 男の人にそんな柔らかい胸があるわけないでしょ!!」


「いやだから、これは・・あ、そうか!!」


涙目のまま抗議してくる士郎に、さらに言い募ろうとする連夜であったが、ようやくにして士郎が勘違いしている原因が何かを悟りもう一度大きく溜息を吐きだす。


そして、本当に困り果てた表情を浮かべ士郎のほうに視線を向けると、申し訳なさそうに口を開く。


「士郎、ごめんね、君をからかうとかそういうつもりじゃないってことをよく理解した上で、聞いてね」


「え? なんのことですか? それよりもなんで僕の名前を知っているんですか?」


物凄く困惑した表情を浮かべる弟同然の愛弟子に対し、連夜は自分のしている黒縁眼鏡をはずし、長い髪を後ろで束ねて正面からは短く見えるようにしてみせると、その顔を士郎のほうに向けて見せる。


「これでも、僕がわからないかな?」


「え・・え・・誰かって・・」


なんとも言えない寂しそうな、それでいて悲しそうな表情で見つめてくる目の前の顔をしばらくじっと見つめていた士郎であったが、やがて何かに気が付きだんだんとその表情が引き攣っていく。


「ま・・まさか・・いやいやいや、そんなわけないですって・・そんな・・そんな・・」


「ごめん。まさか士郎にまで気づかれないとは思わなかったんだ」


「そんな・・そんなああああああああああ!!」


がっくりと膝を落とし、両手を駐車場の土の上についた士郎は、とうとう堪え切れなくなって号泣し始めた。


「運命の女性にとうとう巡り合えたと思ったのに・・僕の一目ぼれの初恋だったのに・・」


「ごめん、士郎、本当にごめんね」


故意では決してなかったが、結果的にいたいけな青少年の純情を踏みにじってしまったことに少なからぬ罪悪感を抱く連夜は、士郎の横に同じように膝をつきその肩にそっと手を乗せて、慰めようとする。


しかし・・士郎の号泣の理由は、連夜の想像の斜め45℃上を行っていた。


「僕の、僕の初恋の相手が・・よりにもよって、紗羅さんだったなんてえぇぇぇぇぇ!!」


「ごめんね、そう僕が紗羅だったばかりに・・って、はあっ!?」


呆気に取られる連夜の目の前で、士郎のとんでもない告白は続く。


「最悪だ、よりにもよってあの紗羅さんに恋してしまうなんて・・僕はもう終わりだ・・いや、すでに終わってるのかもしれない、あの紗羅さんの胸まで掴んで揉んでしまったよ・・いくらなんでもそれはないと思っていたのに・・ああ、それなのに、紗羅さんだったなんて・・」


「を〜い、もしも〜し、士郎く〜ん。君はいったい何を言ってるのかね?」


「嫌だ、もう嫌だ、おしまいだ。紗羅さんに一目惚れしてしまうようになった僕になんて生きていく価値なんかないんだ。きっとそうなんだ・・死のう」


「待て待て待て〜〜!! いったいどこまで君は紗羅に対して悪印象をもっているんだね!? ってか、そんなこと言っていることが紗羅の耳に入ったら間違いなく殺されちゃうよ!? 違うから、そうじゃないから!! もどってこい士郎!! 僕だよ、僕!! 連夜!!」


「へ!?」

 

その言葉に我に返った士郎は、がばっと顔を上げて隣にいる連夜の顔を穴があくほどジロジロと見つめると、物凄く不安そうな、しかし、一縷の望みを託すような表情を浮かべて口を開く。


「ほ、本当に本当に連夜さんですか? 嘘じゃないんですか? 本当は紗羅さんじゃないんですか? そんで僕が『連夜さんだったんだ〜っ♪』て抱きつこうとしたら、『うっそぴょ〜ん♪』とか言いながら男性の大事なところにコークスクリューブロー入れたりするんじゃないんですか? そんでそれだけひどいことしておきながら、『ぎゃ〜〜、また汚いもの触っちゃった〜』っていいながら悶絶しそうな僕の鳩尾に烈風正拳突き入れてトドメさしたりするんじゃないんですか!?」


「今までどんだけ紗羅にひどいことされていたのよ、士郎。・・違うから、僕は連夜だから」


「ほんとにほんとに本当に連夜さんですか?」


「しつこいなあ、士郎は。本当に僕だってばさ」


うるうると涙を流しながらしつこく聞いてくる士郎を、引き攣った笑みを浮かべて見返す連夜。

 

その連夜の様子をしばらくみつめ、ようやく本人であると悟った士郎は、子供のように涙と鼻水をたらしながら連夜にむしゃぶりついてくる。


「れ、れんやさ〜〜ん!!」


「もう〜〜、なんなのさ、君は」


自分の胸の中でえぐっえぐっと泣き続ける士郎の頭を、仕方ないという風に、しかし、出来の悪い息子を見る母親のような優しい表情を浮かべて撫ぜ続けてやる連夜。


「よかったです。僕の一目惚れの相手が連夜さんで、本当によかった。たとえ勘違いでも紗羅さんじゃなくて本当に本当によかった。一人の『人』として『男』としてダメにならずに済んだよう〜〜、よかったよう〜〜」


「あ〜、そう、それは本当によかったね・・って、いや、そっちのほうがおかしいでしょうが!! 男の僕に一目惚れするほうがおかしいのであって、女性の紗羅に一目惚れするほうが自然な成り行きだと思うよ、士郎!?」


「違います、連夜さんに一目惚れするのは仕方ないけど、紗羅さんに一目惚れは『人』として『男』として絶対してはいけない行為なのです」


士郎は、連夜の小さくない胸の谷間にうっとりと自分の顔を埋めながらきっぱりと断言してみせ、そんな士郎に連夜は非常に複雑な表情を浮かべて見返すのだった。


「男の僕よりも敬遠されてしまう紗羅って・・しばらくちゃんと会ってなかったし、一回あの子ときちんと会わないといけないなあ。心配になってきちゃったよ」


自分と同じ顔を持つ義妹のことを思い、大きく深い溜息を吐き出した連夜であったが、ふと視線を下に向けてみると自分の胸の谷間に顔を埋めている士郎が、目をキラキラさせながらこちらを見つめていることに気がついた。


「な、なに?」


「連夜さんって、やっぱり石鹸のいい匂いがするう。お母さんの匂いだ」


「はあ〜、まあ家事をすることが多いからね、どうしても匂いがついてしまうんだ。男が石鹸の匂いぷんぷんさせていても気持ち悪いだけでしょ?」


士郎の言葉に自嘲気味な笑みを浮かべて見せる連夜であったが、それを聞いた士郎はなんだか怒ったような口調で反論してくる。


「連夜さんは気持ち悪くなんかないです!! 連夜さんだったら、僕は・・僕は・・」


「いや、気持ちだけは嬉しいけどね、この姿は借り物だから、そろそろ正気にかえってね」


予想以上にヒートアップしている士郎に、苦笑を浮かべる連夜はさりげなくそっとその身体を離して立ち上がろうとするが、士郎はなぜか連夜の身体にがっちりと抱きついたまま離れようとしない。


「借り物・・そっか、薬か何かで女性に変化しているんですね?」


「そそ、あと8時間ほどで元に戻るんだけどね・・って、ちょっとそろそろ離してくれないかな、士郎。苦しいんだけど」


「8時間・・8時間は連夜さんは女性のままなんだ・・」


「士郎? 僕の話を聞いてる? そろそろ離してほしいんだけど、ねえ、ちょっともしも〜し」


話を聞いてないばかりか、なんだか士郎の目に怪しい光が宿り始めていることに気がついた連夜は、必死にその手を放させようとするが士郎はまるで瞬間接着剤で固めてあるかのように離れようとせず、むしろどんどん密着してこようとする。


「ちょ、ちょっと士郎? はなしてって・・」


「連夜さん!!」


「は、はいっ!! な、なに? 大声出して」


必死に士郎の身体を放そうとジタバタしてる最中、急に大声で名前を呼ばれたことに吃驚しながら胸の中の士郎の顔をみると、なんだか顔を真っ赤にしながらも真剣な表情で自分を見つめていることに気づき、連夜は戸惑った表情を浮かべた。


そして、なんだか非常に嫌な予感を感じながら恐る恐る愛弟子に問い掛けてみる連夜。


「ど、どうしたの? 真剣な顔して?」


「あ、あの・・」


「う、うん」


「『ちゅ〜』してもいいですか?」


「へ?」


士郎の言葉の意味がわからず、しばしぽか〜んと物凄く間抜けな表情を浮かべて士郎の顔を見返す連夜。


だが、士郎は辛抱強く再び連夜に同じことを問い掛けてくる。


「『ちゅ〜』してもいいですか?」


「えっと、それはキスしてもいいかってこと?」


「はい」


「誰と?」


「連夜さんと」


きっぱりはっきり何の迷いもなく速攻で断言してみせる士郎に、連夜は片手をこめかみにあててこれ以上ないくらい苦り切って困りきった表情を浮かべて嘆息する。


「あのねえ、士郎。そんなことできるわけないでしょう?」


「なんでですか?」


「男同士でそれはないでしょ? 僕、一応ノーマルだし」


「ええ、でも、今は女性ですよね?」


「今はね。だけどあと8時間で男にもどる偽物女性だよ」


「構いません。僕、今だけでもいいから女性の連夜さんと『ちゅ〜』したいです」


完全に据わり切った目でじ〜〜っと見つめてくる士郎のその瞳には、明らかにはっきりきっぱり『本気』と書かれている。


流石の連夜もその決意の深さを感じ取り、冷や汗がだらだらと流れ始めていた。


「し、士郎、だ、だめだからね、絶対絶対ダメだからね」


「いやです、絶対絶対『ちゅ〜』します」


「いやいやいやいや、だめだったら、ダメ〜〜!! ちょっと、士郎、顔近い!! やめなさい!! こらっ、ちょっと!!」


「連夜さん、ちゅ〜〜〜〜っ!!」


「うわわわわわわっ!!」


万力のような馬鹿力でジリジリと連夜の身体を引き寄せてくる士郎から、連夜は必死に顔を背け続けるがこのままでは唇を奪われるのは時間の問題。


こうなったらかわいそうではあるが頭突きを食らわして逃げるしかないと、頭を仰け反らせた瞬間、別のところから救いの手が差し伸べられる。


ビシッ


という乾いた音が鳴り響いたかと思うと、自分を拘束していた士郎の腕が離れ、その士郎自身が横なぎに吹っ飛ばされて駐車場の壁際めがけて吹っ飛んでいく。


弓弦から解き放たれた弓矢のように一直線に飛んで行って駐車場の壁に激突した士郎は、つぶれたヒキガエルのようになって地面に倒れ落ちてしまう。


「ぐっ・・ぐおおおおおおお」


「た、助かったあ」


間一髪のところで難を逃れた連夜が先程音のした場所に視線を向けると、そこには心配そうな表情を浮かべてこちらを覗きこんでくる頼れるかわいい妹の姿があった。


「お兄様、遅くなって申し訳ありません。もう、野次馬の数が多くて多くて、振り切ってここまでくるのに手間取ってしまいましたわ」


「いや、ナイスタイミングだったよ。本当にいいところで駆けつけてくれたね。ありがとう、スカサハ」


「お兄様の貞操は私が守りますわ!!」


そう頼もしく言い切ってみせたスカサハは、座りこむ兄に手を貸して立たせてやりその兄を背後にかばって守るように前に立ってみせると、厳しい表情を浮かべ自分が吹っ飛ばした相手へと視線を向け直す。


するとそこには、まるで幽鬼のような無気味なオーラを放ちながらゆらりと立ち上がる士郎の姿が。


「どいてくれないか、スカサハ。あと8時間だけ・・あと8時間だけでいいから、連夜さんを渡してくれ」


「勿論お断りしますわ・・けど、一応聞いておきましょうか。その8時間で何をするつもりなんですの?」


なんともいえない哀愁漂う表情で真剣に懇願してくる士郎の言葉を、きっぱりと断って見せるスカサハであったが、なんとなく気になって士郎にその内容について問い掛けてみる。


すると士郎は顔を真っ赤にして俯きながら両手の指をちょんちょんとかわいらしくつつかせてとんでもないことを言い出し始める。


「えっと、とりあえず、二人きりになれるところに移動して、青少年的には不健全なんだけど、なんというか、そのお互い生まれたままの姿にな・・」


「ダメダメダメダメ!! 絶対ダメですわ!! ってか、あ、あ、あなた、中学生のくせになんてことを!! しかも、お兄様は8時間過ぎたら男性に戻るんですのよ!? 一体全体何を考えていらっしゃるんですの!?」


「あの、その、とりあえず目の前の女性になった連夜さんのことだけ、考えています、てへへ」


「あ〜、なるほど、そうですか、それなら仕方ないですわね・・って、そんなことあるかああああ!! てへへじゃないでしょ、てへへじゃあ!!」


何を妄想しているのか、しきりに照れながら、嬉しそうに頬をぽりぽりと掻いて見せる士郎に、スカサハの容赦ないツッコミが入れられるが、士郎は全く堪えた様子もなく顔を顰めてみせると、今まで見たこともないような真剣な表情を浮かべ闘志を燃え上がらせ始める。


「どうしても僕の邪魔をすると言うんだね、スカサハ・・僕の連夜さんに対する愛を阻むというんだね」


「当たり前ですわ。そんな一方的な愛を押し付けられてもお兄様は迷惑なだけですわ」


「女の子を傷つけるのは忍びないけれど・・愛の為に僕は戦う・・君を倒して、僕は連夜さんと結ばれる!!」


「そうはいきませんわ!! そんなことは私がさせない!! お兄様を禁断の同性愛の世界に行かせはしない!!」


次第に燃え上がっていく二人の闘志。


そして、二つの熱き魂の炎の勢いが頂点に達しようとしたそのとき、ついに激突の時を迎える!!


期せずして同時にお互いに向けて飛び出した二つの影は、その中間地点でぶつかり合い火花を散らす。


「せいっ!!」


「りゃあっ!!」


走りながら放たれる右と左の拳、それを双方首をわずかに逸らすだけで交わしてみせると、外側に拳を走らせたスカサハが士郎の腕をからみ取ってへし折ろうとするが、それよりも早く身体を横に自ら倒して転がる士郎は、スカサハに腕をからみ取られる前に自分の腕を抜き取ってかわす。


そして、横転しながも身体を回転させての地面すれすれの回転蹴りを放ち、スカサハの足を刈り取ろうとするが、その動きを読んでいたスカサハは士郎の回し蹴りに自らのカカトを合わせて止めると、そのまま後方に一旦バックステップして距離をあける。


回転蹴りを止められた士郎は片手で地面を叩いて、その反動で立ち上がるとその勢いのままに身体を回転させて、今度は中段蹴りをスカサハに叩き込もうとする。


スカサハはそれを待っていましたといわんばかりに中段蹴りの位置に合わせて肘と膝で挟みこみにかかる。


だが、完全に蹴り足が入ったと思った瞬間、士郎の足が上に向けて跳ね上がり、スカサハの側頭部めがけて襲いかかる。


掛け蹴りといわれるフェイントの蹴りで、蹴りの軌道を途中で急激に変更するかなり高度な技である。


防御は間に合わない、決まったと思った士郎であったが、スカサハの頭の髪の毛が蛇へと変化して鞭のようにしなり、士郎の蹴りを跳ね除けた上に、絡みついて力任せに引っ張りバランスを崩させる。


流石の士郎もこれはすっかり失念しており、見事なまでに空中に巻き上げられて地面に叩きつけられる。


「ぐ、ぐおっ!!」


背中から落ちてなんとか受け身を取ったものの、完全にダメージを防ぎきれずに肺にたまった空気を全部吐き出してしまう。


しかも、足に絡みついたスカサハの頭の蛇はいまだに離れず、再び士郎の身体を持ち上げようとする。


だが、士郎は咄嗟に地面の土を掴むと、それを複数の蛇の頭にあたるように投げつける。


豪力を誇る蛇達であるが、流石に目潰しは効いたらしく、たまらず足を放してしまい自由を取り戻した士郎はすかさずスカサハに向かって突進、強烈な踏み込みとともに背中からの体当たりをぶつけスカサハを吹っ飛ばす。


「きゃああああっ!!」


たまらず吹っ飛ばされて、先程の士郎同様に駐車場の壁に激突しようとするスカサハであったが、その激突する寸前、スカサハの頭の蛇達が物凄い勢いで巨大化しスカサハの身体を呑み込んでしまうと、複数の巨大な蛇でできたボールのような姿になって激突の衝撃を和らげる。


そして、そのままボールのように跳ねながら戻ってきたそれは再び小さくなっていき、元のスカサハの姿に戻る。


「やるわね、士郎。流石にお兄様の右腕を名乗るだけのことはある」


「いや、それはこっちのセリフだよ。まさか、君にこれだけの戦闘力があるとは思わなかった」


スカサハが不敵な笑みを浮かべて士郎に敬意を表すると、士郎もまたスカサハの思いもよらなかった実力を認めて静かに闘志を燃やして見せる。


再び二人の間に闘志が燃え上がっていく。


お互いにとって大事で大切なかけがえのない『人』である連夜をめぐって始めた戦いであったが、いつのまにかお互いの戦闘力に魅せられて純粋に二人の腕試しの仕合になろうとしていた。


が・・


「ちょ、ちょっと!? な、なに? なんなの?」


そんな二人の耳に、聞き逃すことのできない悲鳴にも似た連夜の声が聞こえ、二人は思わずそちらに視線を向ける。


二人が対峙している場所から少し離れたところに、いつの間にやってきていたのか褐色の肌に亜麻色の髪の長身の少年が立っていて、しっかりと連夜の両手を握りしめている姿が二人の目に映る。


「「なあっ!?」」


いったい何事かと眼を剥いて見せる二人に気がついた様子もないその少年は、連夜のほうを真剣で真摯な眼差しで見つめ続ける。


そして、困惑する連夜に熱い視線を向けると、少年は三人を驚愕させるとんでもない一言を言い放つのだった。


「惚れた・・俺と・・俺と、付き合ってくれ・・いや・・俺と結婚してくれ!!」


『な、なんですとおおおおっ!?』


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