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~第8話 休日~ おまけつき

 ゴールデンウィーク2日目となる日曜日。


 昨日と引き続き、雲ひとつない澄み切った蒼空が視界いっぱいに広がり、気持のいい快晴の中、連夜は待ち合わせ場所に向かうべく、乗ってきた市営念車から降りたあと、ちょうど降り口の目の前にあった駅の階段を駆け降りると改札口へと向かう。


 城砦都市『嶺斬泊(りょうざんぱく)』の中でも最も大きな繁華街『サードテンプル』の中央駅は、大型連休の真っただ中ということもあって、人ごみでごった返していた。


 どこかに旅行に行こうとしている家族連れや、カップルの姿はもちろん、連休中も仕事があるのかサラリーマンらしき人々の姿も多数見受けられた。


 そんな中、年上の恋人を待たせてはいけないと思って早めに家を出て、予定通りちょうど30分前に到着することができた連夜は、改札口を出た後、彼氏のエチケットとして恋人を待つべく、待ち合わせ場所に指定していた駅の有名売店『鬼王SUGU』の前の自動販売機コーナーに移動しようとした。


「あれ・・」


 絶対自分の方が先についているだろうなあと思っていた連夜だったが、自動販売機の前に立つ人物をみつけてそっと溜息をついた。


「玉藻さん・・早すぎますよ・・」


 恋人に聞こえないように、そっと愚痴ると、連夜は遠目からでもわかる非常に美人の恋人の姿を見つめた。


 ボタンシャツの上にカジュアルジャケットを羽織り、下はロングスカートと、全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出しており、見るからにきれいなお姉さんという感じ。


(ほんときれいだよなあ・・玉藻さんて・・み〜ちゃんとは正反対で全く違うタイプの美人だよなあ・・なんで僕の恋人なんだろ?)


 折角なので、しばらくその美しさで目の保養をしていた連夜だったが、恋人の様子を見ているうちに、気がついたことがあった。


(あれ?なんだろ・・さっきから玉藻さん、何かを見ているな?)


 美人の恋人の様子を観察していると、さっきから改札口とは反対の方向を凝視して、視線を全く動かしていないことに気がついた。


 よく見ると、なんだか頬はぴくぴくしてるし、見たことのないような氷のように冷たい無表情でその視線もまるで絶対零度のように冷たいものになっている。


(いったい何を見ているんだろ・)


 玉藻に気づかれないように玉藻の死角になっている方向から近づいて、視線の先を追ってみる。


 すると・・


「ちょっと、どういうことですか!? なんでゴールデンウィークまであなた達と一緒しなくてはならないんですか!!」


「それはこっちのセリフだ!! この風船胸!! もう、ほんとにいい加減剣児のことはあきらめろよ!!」


「さ、剣児くん。二人はほっておいて水族館でもいきましょう」


「「だから、抜け駆けすなっつの!!」」


「なんでだ〜〜、なんでおまえら俺の行く先々に先回りできるんだ!?」


「「「愛の力です!!」」」


「うそや〜〜〜〜〜ん!!」


 あまりにも見慣れてしまった光景に、思わず力一杯脱力して、その場に崩れ落ちる連夜。


 まさか、休日のしかも学校の外でまでこれを見る羽目になろうとは、夢にも思っていなかった連夜だった。


「ああああ・・なにやってるんだか・・」


「れ、連夜くん?何してるの?」


 いつのまにか後ろでがっくりと膝をついている連夜に気がついた玉藻が、心配そうにこちらを見つめていた。


「ああ、いえ、なんでもないんです。人生の不条理にちょっと打ちのめされていただけですから、気にしないでください」


「そ、そう、ならいいんだけど。と、いうか、ひょっとしてずっと前に連夜くん、ここにきてた?」


 疲れたように苦笑を浮かべながら立ち上がった連夜に、玉藻はなんだか恥ずかしそうに尋ねてくる。


「ええ、でも到着したのはちょっと前で、そんなに時間たってないですよ」


「いや、ついたらすぐ声かけてよ、なにしてたの!?」


「すっごい美人の彼女に見惚れてました」


 即答する連夜に、絶句してみるみる顔を赤らめていく玉藻。


「と、いうか、あまりにも美人なので、本当に自分の彼女なのかどうかしばらく考えていました」


 真剣に悩む表情を浮かべる連夜に、顔を真っ赤にしてうろたえる玉藻。


「ちょ、な、何言ってるの!? え、もう、からかってる!? それともお世辞!?」


「いや、それができるほど余裕があれば苦労しませんて・・玉藻さんって、客観的にみてもほんときれいですよねえ・・平凡な僕とかなり違うので、いまだに夢じゃないかって思いますよ」


「ちょ、や、やめてよ!! 私、連夜くんのこと外見で好きになったわけじゃないよ!!」


「わかってます。ちょっと自分に自信がなかっただけで、玉藻さんの気持は疑ったことないですし、今更、玉藻さんに『彼氏やめて』って言われてもあきらめきれないですしね」


「もう〜〜〜〜〜、私そんなこと死んでも言わないって!!」


「あはは、ごめんなさい。もう言いませんね」


「うん、まあ、しょうがないから許してあげる」


 と、ちょっと連夜に膨れてみせた玉藻だったが、すぐに機嫌を直して腕をからめてくる。


「さてと、行こうか、連夜くん・・あ、そっちは見ちゃだめよ」


「え?」


 ちょっと幼馴染の騒動が気になって、その方向に視線をやろうとした連夜の目を掌でさえぎる玉藻。


「そっちの方向には、男のクズがいるから見ちゃダメ」


「あ、あははは・・お、男のクズですか・・」


「そう、ああいう男は女の敵よ!!」


 絶対零度の冷たい表情で、吐き捨てるように言う恋人の言葉に、笑うしかない連夜。


(あ〜、これで僕が彼の幼馴染だということがわかったら、僕もこういう視線で射抜かれてしまうのだろうか・・)


 物凄い固まった笑顔を張り付ける連夜の背中を冷たい何かが流れていく。


「どうしたの、連夜くん? 顔色悪いけど・・」


「いやあ、あはははは、なんでもないです。さあ、いきましょういきましょう。一刻も早くここを離れましょう」


「?」


 と、連夜は軽い困惑の表情を浮かべる美しい恋人を連れて、その場を離れて行った。


 背後で聞きなれた幼馴染の悲鳴を聞きながら。



〜〜〜第8話 休日〜〜〜



 『サードテンプル』市営念車中央駅から南側に向かうと、すぐ側に大きな交差点がある。


 南を向いて正面右には、この都市最大の商店街『サードテンプル中央街』の入口があり、左手には2大百貨店の一つである『S-王号』の13階建ての大型店舗が鎮座している。


 連夜と玉藻は、中央駅の2階へと上り、そこから伸びている歩道橋を渡って、向かいの『S-王号』の建物へとてくてくと歩いて行った。


 二人の目当ては勿論百貨店でのショッピングもあったが、メインは最上階でゴールデンウィーク限定で催されているあるイベントだった。


「『英雄達の遺産』展かあ・・」


「影画とか、動物園とかのほうがよかったですか?」


 『S-王号』の建物に入り、エスカレーターに乗ったところで玉藻が呟いた一言を、連夜が聞きつけて心配そうにのぞきこんでくる。


 その様子に苦笑しながら慌てて首を横に振る玉藻。


「ああ、違う違う。そうじゃなくて、『英雄達の時代』って、『害獣』が出現する前の、『異界』の術が絶頂期だったころじゃない。ってことは、当然そういう代物って魔力、霊力がふんだんに取り入れられてるんじゃないかって・・」


「あ〜・・そういうことですか。確かにそうですね。恐らくどの品も相当なマジックアイテムに間違いないかと思われますが、まあでもそれほど心配することはないかと」


「え、なんで?魔力とか、霊力付加されてるってことは『害獣』の標的になりやすいんじゃないの?」


 不思議そうに聞いてくる玉藻が、こちらに集中しすぎて、エスカレーターの下り口に気がついていないことを察知して、連夜はとりあえずそっとその手をとってつまずかないようにリードする。


 そして、また次のエスカレーターへ。


「確かに標的にはされますが、こういった意志を持たない動かないもの、つまり道具みたいなものを標的とするのは『害獣』の中でも『労働者』といわれる最下級クラスのものです。一般に『人』を襲うとされる『兵士』クラス以上の『害獣』は見向きもしないですね」


「そうなんだ!!」


「勿論、こういうマジックアイテムを『人』が持って発動させれば話は別ですよ。その場合いくらその『人』の魔力、霊力が低くても、そのマジックアイテムに付加された力が強いものであれば、その使用者の力とみなして『兵士』クラス以上の『害獣』がすっ飛んでくるでしょうからね」


「や、やっぱり危ないじゃない!!」


 悲鳴をあげて震える年上の恋人を面白そうに眺めていた連夜は、楽しそうに笑いながら首を横に振ってその言葉を否定した。


「いやいやいや、ところがよくできたものでして、あの時代に作られたマジックアイテムは、完全に個人専用なんですよ」


「え?」


「つまり、展示されているものは、その時代の『英雄』達のみが扱えるように調整された完全カスタム品でして、たとえ盗まれたとしても今の時代の誰も使うことはできないってことなんです」


「な〜〜んだ」


 連夜の言葉に安心したように、ほっと息を吐き出す玉藻。


 そんな玉藻をじっと見つめる連夜。その様子に気がついた玉藻が、不審そうに目の前の年下の恋人を見つめ返す。


「え、なに?」


「いや、玉藻さんで、目の保養してます」


「ば、ばかっ!! もう・・からかってばっかりなんだから!! ほら、ついたわよ!!」


「あ、待って、玉藻さん、引っ張らないでください!!」


 顔を真っ赤にした玉藻は、その顔を恋人から隠すように前に向けると、ぐいぐいと絡めた恋人の腕を引っ張ってエスカレーターを降り、目の前にある入口から最上階の薄暗い展示会の中へと入って行った。


 基本的に暗膜で部屋を完全に暗くし、その中をブルーのライトで照らしだすようにしてある空間となっている展示会の中は、幻想的な雰囲気に包まれていた。


 矢印の書かれた順路の道の両端に並べられたガラスケースの中には、いかにもな武器防具、そして道具が並んでいる。


 それらを飽くことなく眺めている連夜は、なんともいえない溜息を吐きだした。


「驚きました・・それなりにはしてるだろうなぁくらいの期待だったんですけど・・予想以上にちゃんとしてますね」


「そうなんだ」


 連夜ほどアイテムに精通していない玉藻からすれば『思ったよりも奇麗な装飾品』だなあ程度なのだが、横にいる恋人の目にはちゃんと見分けられているらしい。


「たとえば、あの棒状の剣のような武器ですけど・・」


「うん、なんかお巡りさんが使ってる警棒よりもちょっと長いくらいのやつよね。ってか完全に剣じゃなくて握り手のついた棒だよね、あれ」


「あれ間違いなく、『英雄達の時代』前期終盤に活躍した人間の仮面の勇者『牙面(がめん) タイガー スラッシュ ダブルエックス』が使っていたとされる伝説の武器『リボルバー剣』ですね」


「それ、すごいの?」


「ほとんどの歴史書には彼の使っていた剣は、今でも両刃の剣と間違って記載されているままなんです。実際そういう歴史書を見た人達が違う剣を彼の使ってた剣とかいって博物館とかに展示してたりするんですけど。実際は目の前にあるあれなんですよね。近年になって発見された一つの歴史書があるんですけど、それに『英雄達の時代』に活躍した『英雄』達のことが事細かに記載されていまして、そこにこの剣のことも書かれていたんです」


「その歴史書って信憑性高いの?」


 恋人を疑うわけではないが、そういうものには結構懐疑的な玉藻が、なんとも言えない表情で連夜を見つめると、連夜は苦笑を浮かべて口を開いた。


「ええ、なんせ世界有数の歴史学者10人中9人がその信憑性が確かだと太鼓判押してますからねえ・・中でも三大歴史学者といわれる、アザゼル教授、オモイカネ教授、それに、なによりも歴史学の最高権威であるラプラス教授が認めていますからほぼ間違いないかと」


「あ〜、そうなんだ・・ってことは、連夜くん、ひょっとすると今の『リボルバー剣』以外にもみつけたわけ?」


「鋭いですね、ええ、そうです」


 玉藻の言葉に、頷く連夜。


「僕が確認しただけでは他に3つほどありました。中央地域の『天魔』達を掌握していたといわれる『空帝』インドラの『稲妻の独鈷杵』に、西域北部の『巨人』達の首領であったという『怪神』ロキの『大神縛りの鎖』、それに東方の『獣人』達の守護者であったといわれる『猿王』斉天大聖の『封鎖の金の鉢がね』はほぼ間違いなく本物だと思います」


「すごいねえ・・」


「ええ、ほんとこの展示会はすごいです」


「いや、そうじゃなくて・・」


「え?」


 自分のことをじっと見つめている年上の恋人の視線を、困惑しながら見つめ返す連夜。


 そんな年下の恋人の姿を、苦笑交じりに、らしいなあと思いつつ、ぎゅっとその腕を抱きしめる。


「そういう鑑定眼がある連夜くんが凄いなあって言ったの」


「えええ!? 僕ですか?」


「そそ、私なんか、そういうの全然だめだからね」


「いやいやいや、それは多分に贔屓の引き倒しってやつですよ」


「おや、じゃあ、さっきから私を美人だって褒めてくれるのも贔屓の引き倒しだったわけ?」


 意地悪くそう聞いてみると、連夜は目に見えてあわわわと慌てる。


「そ、そんなわけないじゃないですか!!」


「でしょ、私だって同じよ。本心で思ってないことは口にしないことにしてるからね」


 と、にっこり笑いかけてくる年上の恋人に、降参のポーズを取る連夜。


「じゃあ、素直に喜んでおきます」


「そうしなさい、そうしなさい。・・あ、ねえ、連夜くん」


「はい、なんですか?」


「あれは、本物かな?」


「あれ?」


 玉藻が指さしたのは、展示会場の一番隅っこ、非常に薄暗いところに置いてある二つのガラスケースだった。


 それは他の物よりはかなり大きいもので、対のように並んでいる。


 霊狐族である玉藻には暗闇でも見える目があるため、ガラスケースの中がはっきり見えているようだが、普通の人間でしかない連夜にはとても今いるところからは見えない。


 とりあえず見えるところまで近づいてみると、ガラスケースの中には、成人男性くらいの大きさの人形が入っており、一つはまるで王のような装備一式が、もう一つには騎士か戦士のような装備一式が着せられて飾り付けられていた。


 連夜は自分の記憶を探りそれらを見たことがないという結論をだしていたが、なぜか、自分の感性の部分がどことなく懐かしいと感じているのに気がついて、首をかしげた。


 しばらく連夜はその感じについて、何か昔に体験したことが原因ではないかと、さらに記憶を探ってみるが、何もでてこず、ますます困惑を深めていく。


 そのとき、非常に複雑な表情でそれらを見ている連夜の様子には気付かず、玉藻はガラスケースの横にある説明書きに目を向けた。


「説明書きには『白蛇魔王』と『人造勇者』の装備って書いてあるね。って、私そんな名前の魔王も勇者も聞いたことないんだけど?世界史の授業は中学、高校、大学と結構好きで聞いていたけど、でもそんな『人』聞いたことないし、記憶に残ってないんだけどなあ・・ほんとに実在した人なの? あれ? 連夜くんどうしたの?」


 説明書きを読んだあと玉藻が隣にいる恋人を見ると、目をまん丸に見開き、口を大きく開けて、明らかに驚愕している顔でこちらを見ているのが見えた。


「ちょ、れ、連夜くん、大丈夫!?」


 慌てて連夜の肩を数回ゆするとようやく連夜は、はっと気がついた。


「あ、ああ、いえ、そのすいません」


「どうしたの?この『白蛇魔王』と『人造勇者』のこと何か知ってる?」


「あ〜、いえ、その・・知りません」


 物凄い挙動不審バリバリで白を切る恋人を、じ〜〜〜〜っと見詰める玉藻。


「知ってるのね・・連夜くん・・」


 きっぱり断定してくる年上の恋人の厳しい追及に、顔を背けながらダラダラと冷や汗を流し黙秘権を行使する連夜。


 その後、ガラスケースの前で、しばし恋人同士の無言の戦いが続いた。


 結局戦局の不利を悟った年下の恋人は戦略的撤退に移ることにする。


「すいません、ほんとこれに関しては許してください。ど〜しても今は話せる内容じゃないんです・・」


「今は?」


「今は・・」


 本当に申し訳なさそうに話す連夜の姿に、この話は本当に話せない類のことなのだと悟った玉藻は、溜息を一つついて追及を諦めることにする。


「わかった・・じゃあ、今は聞かないでいてあげる」


「ありがとうございます」


 玉藻の言葉に安堵の息をつく連夜だったが、その顔を覗き込んだ玉藻はいたずらっぽい表情でぬかりなく釘をさす。


「だけど、いつか話してもらうわよ?」


「そうですね・・話せる日が来るのを僕も切に願います」


 なんとも言えない表情でつぶやいた連夜だったが、もう一度このガラスケースの中の二つの装備をじっと見つめる。


 そして、何かを振り切るように玉藻の腕を取って、自分の腕に絡ませるとその場を後にした。


 その後、御昼過ぎまで展示場を見て回り十分楽しんだあと、二人は遅い昼食を取るために『S-王号』の屋上展望台にあるレストランへと向かった。


 流石にピーク時間を過ぎていたためか、ある程度人は入ってはいたものの待たされるということはなく、すぐに見晴らしのいい席につくことができた。


 そして、それぞれが思い思いの料理を注文し、二人してガラスの向こうに見える城塞都市の風景を眺める。


「それにしても・・連夜くんが知ってる500年前の『人』達の秘密って、なんだろうな、すっごい気になる」


「ぶっ・・全然諦めてないじゃないですか!!」


 風景のことでも話すのだろうとタカをくくっていた連夜は、あまりにもストレートな玉藻の話題に思わずずっこける。


 そんな年下の恋人を大人の余裕めいた笑みで見つめる玉藻。


「うふふ、冗談よ、冗談」


「まったくもう」


「でもさ・・500年前では考えられなかったでしょうね・・世の中がこんな風に変わってしまったなんて・・」


 玉藻の視線ははるか遠くに見える、城塞都市の高い高い外壁へと注がれていた。


「昔は自由にあちこちを旅することができたんでしょうね・・そう考えると今の『人』は、籠の鳥みたいなものだわ・・」


「そうですね・・『害獣』ハンター達のおかげで大分街道が整備されて、近くの城塞都市への旅はできるようになってきましたけど・・それでも圧倒的に行くことができない場所のほうが多い」


「いつか、自由に『外』を歩くことができるようになるのかしら・・」


 悲嘆的な表情で城塞都市の風景を見つめて呟く玉藻。


 眼下に広がる城砦都市の風景は、近代化を象徴するように高層化されたビルが立ち並び、その間を縫うように高速道路や線路が続いているが、所詮それはこの城塞都市という箱庭だけのこと。


 一歩外壁の外に出れば、『害獣』が闊歩する危険な未開の土地が広がっているのだ。


 それに、この外壁とて完璧とはとても言えない。


 もしも、ここに原初の『竜』クラスの『害獣』が現れて襲いかかってきたらどうなるのか?


 恐らく一晩ももたないと玉藻は考えている。


 今の世の中で『人』に与えられた自由は、本当に瑣末なものにすぎないのではないかという気さえしてくる玉藻だった。


「なると思いますよ。そう遠くない未来に・・」


 何の気負いもなく、まるで当然の事実というように言い放つ連夜に、一瞬戸惑う視線を投げかける玉藻。


 しかし、自分の贔屓なのか、それとも心からなのかわからないが、連夜の言葉にそうかもとうなずいてしまう自分を感じる玉藻。


「そうかな・・」


「ええ」


「なんか、自信満々ね」


「玉藻さん、一ついいことを教えてあげましょうか?」


 そう玉藻に言う連夜の表情はいたずらっこそのもので、玉藻はそんな年下の恋人をちょっと戸惑って見つめ返した。


「世の中には普通では想像もつかないような出来事がある日突然起こるものなんですよ。誰も予想することもできずにね」


「・・ほ、ほほ〜、まるで、そういうことがあったみたいね」


「ありましたよ。少なくとも僕には」


「え、どんなことが?」


 身を乗り出して聞いてくる年上の恋人に、連夜はにっこりと極上の笑みを浮かべた。


「17年間、恋人の『こ』の字もなく、義理チョコですらもらったことのない僕に、ある日突然、物凄い美人の年上の恋人ができましたから」


「・・あ・・う・・」


 連夜の言葉に真っ赤になって絶句する玉藻。


 そんな玉藻を連夜は優しく見つめると、テーブルの上に置いてある玉藻の白い手に自分のそれをそっと重ねた。


 そして、重ねられた連夜の手をぎゅっと握り返す玉藻。


 しばし二人だけの静かな時間が流れる。


 ・・はずだった。


「ちょっと、なんで、あなたが剣児くんの隣に座ろうとするんですか!!」


「剣児の隣はあたしがふさわしいに決まってるだろ!!」


「剣児くん、見てください、奇麗な景色ですねえ」


「「って、勝手に座るな!!」」


「申し訳ございませんがお客様、よそのお客様にご迷惑になりますので、もう少しお静かにしていただけませんか?」


「すいません、すいません・・って、なんで俺が謝らなきゃいけないんだ!!」


 もう聞こえてくるだけでどういう状況かわかってしまう連夜は、耳を両手で塞ぎ、ひたすら声の聞こえてくるほうから顔を背けて気がつかれないようにする。


「ねえ・・連夜くん・・ひょっとしてあの連中って・・」


「見えません、聞こえません、知りません。僕とは全く無関係です」


 レストラン中央の騒ぎの元凶を指さした玉藻が、しきりに連夜に聞いてくるが、連夜は終始一貫して他人を強調。


 結局、騒ぎの元凶達に気づかれないようにすることに必死で、玉藻とのせっかくの昼食も楽しめないまま、足早にレストランを逃げ出したのだった。


※ここより掲載しているのは本編のメインヒロインである霊狐族の女性 玉藻を主人公とした番外編で、本編の第1話から2年後のお話となります。

特に読み飛ばしてもらっても作品を読んで頂く上で支障は全くございません。

あくまでも『おまけ』ということで一つよろしくお願いいたします。



おまけ劇場


【恋する狐の華麗なる日常】



その9



 みなさんは思いもかけぬ時、思いもかけぬ場所で、思いもかけぬ『人』に会うことってないかしら?


 まあついさっきがそうで、今日は会うことはないと思っていたお義父様やお義母様、ミネルヴァ達と会ってしまったこともそうだったんだけど、もっと思いもかけぬ『人』に会うことになったのよねえ。


 紆余曲折いろいろとあって、ようやく本日の目的地である『シックスアーマーハーブ園』に入場した私達。


 建物の中に入るとすぐにレモンやオレンジに似た柑橘類のようなあまずっぱい匂いが漂ってきて、周囲を見渡すと腰の高さまである展示台の上に作られた大小様々な大型の花壇に色とりどりのハーブが所狭しとズラリと並んでいる様が目に飛び込んでくる。


 っていうか、いったいどれだけ種類あるのよ、ハーブ。


 美しい花を咲かせているものから、そこらへんに生えている雑草にしか見えないようなもの、どうみても毒よねこれっていう物凄い極彩色をしたものまで実にいろいろ様々。


 私はパールとサリーが眠るベビーカーをゆっくりと押して進みながらその一つ一つを都会に出てきたばかりの田舎者のように物珍しげに観察していったわ。


 丁寧に等間隔に植えられて栽培されているハーブの花壇には、ちゃんとそのハーブの特性について書かれた立札が差し込んであって、非常にわかりやすくてね、ついつい一つ一つ立ち止まって読んでは次へ、立ち止まって読んでは次へってやってるものだからなかなか進まない。


 いや、私って『回復術』専攻してるじゃない、だからやっぱり『回復薬』の原料にもなるハーブってなんだかんだ言っても興味深いのよ。


 元々私の実家が丸薬を作っていたっていうこともあるし、一応その生業を継ぐべく修行していたっていう過去もあるのよね・・あまりにもスパルタで途中で挫折して逃げ出したけど。


 ともかく、改めてこうしていろいろなハーブの特性を説明してもらうと本当に勉強になって、時間がたつのを忘れちゃうわ。 


 え? そんなちんたらちんたら歩いていたら付き合わされる旦那様が怒りだしたりするんじゃないかって?


 うちの旦那様はできたもので、私がちんたらちんたら歩いていても一向に怒ったりしないわ。


 うんうん、流石旦那様よね、ちゃんと妻である私に合わせてくれるんだから。


 ・・な~んて、思っていたんだけど、さにあらず。


 いや、確かに怒ったりはしないんだけどさあ。


「ふ~む、この土は南方の赤銅腐葉土かな・・ミネラルを多く含んでいるあれかな」


「このミミズ、『ファーマーウォーム』じゃないな、『サンドウォーム』の一種かな、西域の一地方に食べた砂を土に変える特性があるミミズがいるって聞いたことあるけど」


「そうか、この『レモンハートグラス』と共生させることで病気を防いでいるんだな・・そっかあ、だから僕の畑は失敗したのかあ」


 ハーブそのものよりもその栽培環境に目をつけてめちゃくちゃ触りまくってる旦那様。


「ちょいちょいちょいちょいちょ~~い!! 旦那様ダメじゃないですか、あちこちに『触らないでください!!』って書いてあるでしょ!!」


 私はあわてて旦那様に忠告したんだけど、旦那様はきょとんとした顔で私を見つめ返したあと、これ以上ないっていうくらい爽やかな笑みを浮かべて全然理解していないと思われる言葉を私に返すのだった。


「え、ハーブそのものには触ってないですよ。やだなあ、玉藻さん、いくら僕でもそれくらいわかってますってば・・おお、この土、『労働者』クラスのいもむし型『害獣』の死骸から作ったっていう最新型の肥料だ!! 噂では聞いていたけど、これがそうかあ・・すごい!! 水を吸ってないはずなのにすっごい瑞々しい、なにこの肥料!? 市場にはほとんど出てないのに、どこから仕入れているんだろ、ほしいなあ、ここで売ってないかなあ!!」


「いやいやいやいやいや、何か違う、何か違いますよ、旦那様。そういうことではないかと・・ねえ、ちょっと私の話聞いてます?」


 新しいおもちゃをみつけた子供のように目をキラキラ光らせて、花壇の土を夢中でいじりまくる旦那様、かと思うとおもむろにポケットからメモ帳を取り出して忙しく何かを書きこんでいるし。


 ちょっとお、『デート』っていう主旨はどこに行っちゃったのよお!!


「大体ね、ここまで露骨に展示品に触りまくる恥ずかしい『人』は私達以外にいませんのよ、ほら、よく見てくださいよ旦那様、みんな静かに見ているで・・」


 そう言って周囲に目を向けさせて旦那様の暴走を止めようとした私だったんだけど、旦那様と私がふと横に視線を走らせると・・


「おお、すごい、この花壇『ヴェルフ杉』でできてる!! この木で作った花壇だと保温性がすごくて外気にほとんど気を使わなくていいんだよな。でも、北方の一定地域でしか取れないはずだけど・・どこの輸入業者から取り寄せているんだろ? 一個くらい持って帰っちゃだめかな・・おおお、よく見ると中に入ってる土は青銅腐葉土だ!! これどれだけ低温でも凍ったりしないんだよなあ、ほしいなあ、ここで売ってないかな・・それかこれも持って帰れないかな」


「あなた、お願いだからやめてください、そんなことしてる『人』他にいませんよ!!」

  

「え~~、ちょっとくらいならいいんじゃないかな、絶対持って帰ってもわからないと思うんだけど」


「わかりますし、バレますから絶対にダメです!! 子供ですか、もう!!」


 展示用の花壇に子供のようにしがみついて離れない鬼族の男性を、ベビーカーを押している魔族の女性が必死になって引きはがそうとしている姿が。


 をいをいをいをい・・ここにおったで、おんなじようなことしてる『人』が。


 しかもこの夫婦、私も旦那様もよ~く知ってる『人』達だったから二重の意味で吃驚仰天なのよね。


 しばらくの間、私は呆れ果ててその夫婦喧嘩を見ていたんだけど、私の横に立って同じようにその光景を見ていた旦那様が突然スタスタと歩きだしてその2人のほうに歩み寄っていってしまったの。


 あまりにも突然だったものだから止めることができなくて呆気に取られて私は見ているだけだったんだけど、旦那様は未練がましく花壇を見つめている鬼族の男性に近づいておもむろに声をかけたわ。


「らっさん、らっさん」


「へ・・はい、そうだけど、誰・・って、あ、ああああ!? わ、若っ!?」


 旦那様に声を掛けられた鬼族の男性は、一瞬声をかけてきた自分の横に立つ少年が誰だかわからなかったみたいだけど、すぐにそれが自分の知己の人物だとわかって驚愕の声をあげる。


 ラスカリス・茨木・・通称『らっさん』


 短髪の黒髪に、額からは二本の角が生えており、顔は精悍でありながらどこか優しさを感じる整った顔立ち、身長は180cm前後だろうか、ゆったりしたシャツの上からでもがっちりした筋肉質の体であることがわかる。


 今年29歳になる青年で、お義父様お抱えの農業特殊技術集団『茨木組』の頭領 ガレオン・茨木氏の息子さん、勿論『茨木組』の次期後継者でもあるわ。


 実はこの『人』ほんの1年前までお義母様の下で働いていらっしゃった方なのよね、つまり中央庁に務めていらっしゃったのよ、でもまあ、いろいろと・・それはもう本当にいろいろと紆余曲折があって一度は離れたお父様のところにもどり農業を継ぐことに。


 元々お父様であるガレオンさんに幼い頃からみっちりと農業のイロハを叩きこまれていたラスカリスさんだったんだけど、スーツ姿で働くことに憧れてお父さんの後を継ぐ道を進まずに中央庁のお役人さんになっちゃったの、で、どういう経緯かわからないけどお義母様の直属の部下として働くようになり、それなりに出世していたんだけど・・

 

 2年前かな、うちの旦那様がある事件に巻き込まれて城砦都市『アルカディア』に所属している傭兵旅団を助けたことがあったのよ。


 旦那様の活躍で旅団のメンバー全員命には別条なかったんだけど、そのほとんどが精神的な大ダメージを受けて戦線に復帰できなくなっちゃってね、結局旅団は解散、残されたメンバーは職を失って路頭に迷うことになったんだけど、そのときにうちの旦那様がお義父様やお義母様にかけあって、彼らが次の職場や進むべき場所を見つけるための援助を中央庁からしてもらえるように便宜を図ってもらえるようにしたの。


 そのときにその担当を任されたのがお義母様直属の腹心であった詩織さんとラスカリスさんで、旅団メンバーに親身になってその進むべき先を探してあげてね、みんなそれぞれ進むべき道をみつけて旅立っていったんだけど。


 そのときにラスカリスさん、その中の1人に親身になりすぎちゃったのよねえ・・つまり、簡単に言うと手をつけちゃったのよ。


 いや、当時ね、ラスカリスさんプロポーズして承諾までもらっていた婚約者に振られたばかりでさ、物凄い精神的に落ち込んでいた時期だったわけ。


 そんなわけで、ラスカリスさんはぽっかりと心に巨大な穴があいた状態で精神的にふらふらだったわけだけど、そんなときに担当することになった女性が、もうすっごいおとなしくて優しくて気立てのいい女性でさ、自分が世話されないといけない立場なのにふらふらのラスカリスさんを気遣っていろいろと優しくしてあげたみたいなのよ。


 それで一発でその女性に惚れてしまったラスカリスさんは・・手を出しちゃったのよねえ。


 そのあとすぐ、ラスカリスさんとその女性がそういう関係になってからそんなに時間たってないっていうのに、どこからもれたのかその手の話ってもれるのが早いのよねえ、すぐに中央庁の御偉いさん連中に知られることになっちゃったの。


 いや、別に中央庁で特に社内恋愛が御法度ってわけじゃなかったんだけど、いくらなんでも仕事相手に手を出すのはマズイでしょってことになりまして・・しかも、その女性妊娠までしちゃってたものだから余計にまずいじゃんってことになっちゃったのよ。


 お義母様にしてみれば優秀な部下を失うのは痛いし、恋愛は自由なんだからイイじゃんって感じでかなりゴネて免職されそうだったラスカリスさんを庇ったみたいなんだけど、ラスカリスさん自体があっさりと免職を受け入れてやめちゃったのよね。


 最近その女性から当時のことについて直接聞いたんだけど、彼女が泣いて頼んだんだって『いい機会だから、中央庁やめてほしい』って。


 いや、ラスカリスさんの仕事が結構外に行く機会も多くて『害獣』と戦ったりすることが少なくないってわかってから、彼女ずっと不安だったらしいのよ、ほら、『外』の恐ろしさについては彼女自身が身をもって知ってしまったわけじゃない、それでその恐怖がすっかり彼女の中でトラウマになってしまってるみたいでね。


『貧乏でもいい、私も働くから危険な仕事はしないで、側にいて』


 って泣きながら彼女に言われて、ラスカリスさんはあっさり『うん、わかった』って頷いて、なんの未練もなくその日のうちに中央庁やめちゃったらしいわ。    


 あんまりにもあっさりと受け入れられたものだから、彼女自身ラスカリスさんの心中がわからずに相当戸惑ったらしいんだけど、なんかラスカリスさん自身はこんなこと彼女に言っていたらしいわ。


『中央庁に出てきてそれなりに仕事になれて、仕事できるようになってきたけどさ・・やっぱり俺、親父の背中を追いかけたくなっていたんだ。で、ずるずるとやめようか続けようかって悩み続けてここまできちゃったんだけどさ。君の一言でふっきれちゃったよ。やっぱ今からでも親父の背中を追いかけてみようって』


 で、勘当同然だったんだけど、ラスカリスさんはその女性を連れて実家に頭を下げにいったわけ。


 ラスカリスさんはお父さんに何度か追い返されるだろうなあって思っていたらしいけど、連れて帰った女性を一目見てお父さんはラスカリスさんをあっさり許したんだって。


『おまえにしては上出来な手土産だ。許す』


 だって。


 いやあ、ほんとよかったわよねえ、それでそのあとすぐにその女性とラスカリスさんは結婚して、うちのすぐ側に新居を移して暮らすようになったの、以来家族ぐるみで付き合いのある私達。


 で、まあラスカリスさんはお父さんのところに晴れて復帰・・するはずだったんだけど、そうはいってもかなり長い時期を農業から離れていたわけじゃない、だからお父様のいる『茨木組』にすぐに戻るんじゃなくて数年間別の場所で修行し直しすることになったの。


 それがどこかってことは・・もうわかるでしょ?


 そう、うちの旦那様のところで修行することになったのよ。    


 現在旦那様の右腕として大活躍中よ。


 え? 右腕は他にいるだろって?


 ああ、ひょっとして『あれ』のこと? 『あれ』は現在高校生やってて忙しいのよ、なんか生意気にも生徒会やら部活動やらやってるらしくてね、あまり旦那様を手伝いにこれないみたい。


 旦那様にとっては自慢の一番弟子だから来てくれないのが結構痛いみたいだけど、私としてはちょっと安心というか・・まあ、私と『あれ』はあまり仲がよくないからね。


 まあ、ともかく手伝いにこれない『あれ』に代ってラスカリスさんが頑張ってくれているみたい、『あれ』ほどじゃないけど、旦那様は結構高くラスカリスさんの能力を買ってるみたいで、世間話で仕事の話をされるときにたびたびその話題を口にされるわ。


 でもさあ、ほんとによかったわあ、こうなって一番ほっとしているのは他でもない私なのよねえ。


 実はね・・ラスカリスさんが途中で『人』生の路線を変更することになったそもそもの発端を作ったのって他でもない私なのよ。


 私には中学時代にすっごくお世話になった先輩がいるのよ、今高校で先生やってるんだけど、ティターニア・アルフヘイムって『人』なんだけどね、高校時代の旦那様のクラス担任だったこともある『人』なんだけどさ、誰あろうこの『人』がラスカリスさんをふった元婚約者なの。


 で、ふることになった原因を作ったのが私。


 いや、詳しい話については勘弁してね、いろいろと込み入ってるのよ。


 ともかくティターニア先輩とラスカリスさんを破局させた張本人としては、かなり複雑な心境があるのよねえ、まあ、ラスカリスさんはまさか私がティターニア先輩との婚約話を破壊した張本人とは知らないでいるわけなんだけどさ。


 今のところは優しくて気立てのいい奥さんと、かわいい息子さんができて幸せなんじゃないかしらね、まあ、ラスカリスさん本人に感想を聞いたわけじゃないからわからないんだけど、傍から見てるとそうとしか見えないから破局させた張本人としては救いであるというか、自己満足にすぎないんだろうけどすぐに別のいい道を見つけてくれてよかったなあなんてね。


 と、こうやって私がいろいろと内心複雑な葛藤を抱えつつ長々と状況を説明している間、その当人はというと。


「青銅腐葉土を使えば、『雪裂草』とか年中作れるんじゃないですかね?」


「いやあ、確かに環境的にはいいかもしれないですけど、よすぎる環境って逆に悪影響を及ぼさないですかね。ある程度厳しい環境にさらしてやるのも大事なんじゃないかと・・」


「ああ、確かに水や肥料をギリギリまで減らして作物そのものの生命力を活発化させる農法もありますからねえ、一慨にいい肥料イコールいい作物とは限らないか、だとすると逆転の発想で赤銅腐葉土を使ってですね・・」


「いやいや、それなら共生用の植物に注目して・・」


 うちの旦那様とめっさ白熱して畑仕事の話していたりする。


 いや、仕事に熱中するデキル男の姿って嫌いじゃないのよ、むしろ普段なら見ててうっとりするんだけど今は家族サービス目的で来ているわけじゃない。


 できればもっと私や娘達をかまってほしいんだけどなあ・・


 なんて溜息をつきながらふと視線を横に向けると、私と同じように溜息をついている魔族の女性の姿が。


 私は苦笑を浮かべながらその女性に声をかける。


「ファーさんところも大変ねえ」


「いやいや、タマさんところも同じでしょ」


 私達は顔を見合せて『あははは』と乾いた笑いをあげたあと『ふ~~っ』とやるせない溜息を吐きだすのだった。


 ファナリス・茨木・・通称『ファーさん』 

 

 説明するまでもないと思うけど、ラスカリスさんの奥さんで近所に住む私の主婦友達(井戸端会議友達ともいう)の1人。


 羊のような巻貝みたいにぐるぐるした角が頭からでているけど、全体的に彼女が醸し出す雰囲気がそうさせるのか、悪魔的なイメージが一切ない非常に温和な感じのする魔族の女性。


 見るからに優しそうなタレ目だけは一際大きいんだけど、他のパーツは全部小さいのよね、小さい耳小さい鼻小さい口、去年男の子を出産してお母さんになったんだけど童顔なうえに小柄な体格のせいかまだ高校生にしか見えない。


 全体的におっとりした感じの性格の持ち主であまり細かいことにはこだわらないの、結構大ざっぱなところも多いんだけど、私はそんな彼女の性格を気に入っているわ。


「タマさん、あの『人』達の話長くなりそうだから、そこの休憩コーナーで座ってませんか?」


「そうね、そうしよっか」


 いつ果てるともしれない畑技術談義に花を咲かせまくっている夫2人を、呆れきった表情で見つめた私達2人は、ベビーカーを押してハーブ園の角にある休憩コーナーへ。


 途中自動販売機で各々飲み物を買い、やれやれという感じで椅子に腰かけた私達は、なんとはなしにベビーカーの中で眠っているお互いの子供達の様子を見つめた。


「よく眠ってるわね、パールちゃんとサリーちゃん。相変わらず聞きわけがよさそうで羨ましいわ」


「あら、ケインくんもよく眠ってるじゃない」


「うちのはさっきようやく寝かしつけたところなのよ。ミルクやってもそのあと私のおっぱい含ませないといつまでもぐずって寝ないから、大変なのよ」


 そう言いつつも、ベビーカーの中で眠る一人息子のケインくんの頭を愛おしそうに優しく撫ぜてやるファーさん。


 口ではいろいろと文句言うこと多いけど、態度とか表情見れば真逆のこと考えているのは丸わかりなのよね、ファーさんて。 


 そうそう、ケイン・茨木くんのことね。


 言うまでもなくラスカリスさんとファーさんの一人息子で、鬼族の象徴たる額に2本の角を持って生まれてきた赤ちゃん。


 髪はどうやら黒いみたいなんだけどパールやサリー同様にまだ全然生えそろってなくて若ハゲみたいな状態、顔もまだ赤ちゃん赤ちゃんしててようやく猿から『人』って感じになってきたかな。


 でもラスカリスさんもファーさんも子供好きな性格なので物凄くかわいがって大事に育てているわ。


 パールやサリーとは同学年になるはずだけど去年の暮れに生まれているからまだ生まれてようやく半年ってところかしら。 


「横に転がるようになってきたから、そろそろケインもハイハイし始めるのかしら」


「あ~、動けるようになったら注意してあげないとだめよ。床の上にうっかり何か置いておくとなんでもかんでも口にいれようとするからね。パールとサリーの時も大変だったのよ、うっかりファンデーション下においていたら拾って舐めようとしていたし」


「え~~、そうなの!? 私基本的に化粧品は下には置いたりしないけど・・不味いわ、たまにあの『人』灰皿したに置いていたりするのよ」


「げ、それはダメよ、下手したら死んじゃうからほんとに注意してあげてね。ってか、旦那さんに煙草やめてもらったら?」


「う~~ん、流石にそれはかわいそうかなあ。ギャンブルとか女とかには興味示さないし、せめて煙草とお酒くらいは認めてあげないとかわいそうじゃない?」


「いや、そこらへんはしっかり今からしつけておいたほうが・・」


 あ、ごめん、本格的に私達も井戸端会議始ってしまった。


 ってことで今日はこの辺で。


 んじゃあ、またね。


 

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