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Act 21 『戦闘訓練?』

果てしなく続く無明の修羅地獄の中、冥府魔道を歩いて行くことを決めたその日から彼は本物の阿修羅と化した。


文明が崩壊し、各種族の愚かな全面戦争の果てに瓦礫と屍の山が大地を埋め尽くす文字どおりの地獄と化したこの世界で、いまだに彼は戦い続けている。


『舞え舞え、その命尽きるまで!! 【ダンシング イン ザ パルプフィクション】!!』


二つの不気味な紅の月が輝き続けるその空の中、銀色の翼と銀髪銀眼を持つ美しい女性剣士は、涼やかなまるで鈴の音にも似た声を発すると、赤銅色の大地で待ち構えている彼の所に急降下し目にも止まらぬ速さの高速斬撃を放ち始める。


両手にそれぞれ手にした片手剣による死の乱舞、右手で袈裟斬りにしたその勢いのままに身体ごと回転しつつ、今度は左手に持つ剣で裏拳のようなモーションを描いて横殴りの斬撃、そうかと思えば間髪を入れずに右手の片手剣は下から掬いあげるような一撃を繰り出し、それが通り過ぎたと感じたときにはすぐに左手の片手剣が鋭い突きを放つ。


芸術的ともいうべき美しい死の乱舞。


銀色の翼を優雅に羽ばたかせ、大地に降りることなく空中にあって華麗に舞い続けるその姿はまさに死の天女。


その光速の連続攻撃は、彼に一瞬の反撃の隙を与えることもなくその固いガードの上から容赦なく体力を奪い取って行く。


かつては部族の中でも雄々しく立派なことで知られていた彼の頭から生えた二本の角は途中で折れて今はなくなってしまい、畑仕事しかしたことがなく戦いとは無縁だったはずの彼の身体は全身刀傷におおわれてしまっている。


着用している肩から袖が千切れてなくなった白い道着はいまやボロボロで、両手に着けた真っ赤な手甲と、両足に着けた真っ赤なレガースも同じように傷だらけだ。


その元々薄汚れボロボロであった身体が、さらにボロボロになって行こうとしている。


女性剣士の攻撃は留まることを知らず、さらに激しさを増していく。


そればかりではない。


パキンッ!!


乾いた音と共に、防戦一方の彼が使っていた刀が砕けて散った。


女性剣士の攻撃に耐えることができなかったのだ。


彼は自分の手元に柄だけになってしまった愛刀を茫然と見つめる。


その愛刀は、彼と同じ龍族の今は亡き愛しい妻が彼に遺してくれたたった一つの大事な形見。


戦争で思い出の品を全て焼き払われてしまい、たった一つだけ彼の手元に残されたもの。


女性剣士の攻撃が容赦なく続くなか、防御を半ば解いてしまった状態でしばし妻との思い出に浸っていた彼であったが、やがて、彼の命の火が燃え尽きるまであとわずかになったそのとき、彼の心に正真正銘の怒りの炎が燃え上がる。


そんな彼の心の状態がわからない女性剣士は自分の勝利を信じて尚も攻撃を続ける。


相手はもうほとんど体力が残っていない、自分はこのままこの攻撃を続けていれば勝利すると確信していたが、それでも攻撃の手を緩めることなく相手に反撃の隙を許さない。


・・はずだった。


ガシッ!!


高速の斬撃の合間に突如伸ばされた龍族の青年の手が、女性剣士の頭の髪の毛を強引に掴んで引っ張る。


たったそれだけのことで女性剣士の攻撃は止まってしまった。


女性剣士は自分の身体が動かなくなってしまったことに呆然として相手の顔を見つめる。


「え、え、ちょっと、これなんですの?」


『貴様は俺を怒らせた!!』


血の涙を流しながら憤怒の声をあげた彼は、鷲掴みにした髪の毛を強引に振り回したあと女性剣士の身体を凄まじい勢いで地面に叩きつける。


叩きつけられた女性剣士の身体は、岩だらけの地面の上をまるでスーパーボールのような勢いで跳ねて空中に舞い、くるくると不自然な状態で滞空する。


「うそ!? うそ!? 動かないですわ、なんですのこれ!? ちょっっとおおおおっ!!」


『神破の極意、その身体に刻み込む!!』


その彼の力強いセリフが流れるとともに、今まで流れていた女性剣士のBGM『ミラージュサイン』から、龍族の武闘剣士のBGM『修羅になりし復讐の龍』に切り替わる。


そして、くるくると宙を舞い続ける女性剣士の元に一瞬で移動した彼の拳が不自然なほどゆっくりと動いて女性剣士の身体にたたき込まれる。


相当に重い一撃であったはずだが、女性剣士の身体は吹っ飛ばされることなくそこに留まり続け、次に彼の蹴りが再びゆっくりと放たれそれもめり込む。


殴る蹴る。


殴る蹴る殴る殴る。


『オラオラオラオラオラオラオラ〜〜〜〜〜〜!!』


「イヤアアアアアアッ!! ちょっとこれほんとに動かない〜〜〜!!」


殴る蹴る蹴る殴る蹴る蹴る。


殴る殴る殴る蹴る蹴る蹴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。


徐々に速く、徐々に重くなっていくその彼の拳と蹴りの攻撃はやがて目にも止まらぬ速さになって空中に留まり続ける女性剣士の身体に面白いほど叩き込まれていく。


その連撃はやがて竜巻となって女性剣士を捉えて包み、昇龍となって空へと舞い上がって行く。


「えええええええっ!? この攻撃いつまで続くんですのよ!? 長すぎるでしょ!! おかしいですわ!!」


『受けろ、我が魂の真なる奥義を!!』


ざっと、足を引き、拳を腰だめにした彼は己の全意識をその右手に溜めていく。


静かに瞑目した彼の脳裏に亡き妻と過ごした平和な日々がよみがえり、その笑顔が彼の心に更なる力を与える。


『見ていてくれ、我が妻よ(エリー)、俺の魂の一撃を!!』


「いやいやいや、その『我が妻(エリー)』って誰のことですのよ!?」


天へと昇った昇龍は降龍となって地へと戻る。


そこには怒りの拳を構えた龍の武闘剣士の姿が。


「うそでしょ? うそですわよね? まさか、そんなわけないですわよね?」


降龍が地面に激突する寸前、彼の拳がその竜巻の中にゆっくりと叩き込まれる。


そして、その拳が女性剣士の身体に叩き込まれた瞬間、なぜか宙空に巨大な白字のしかも異様に達筆な東方文字が現れる。


神破(しんは) 轟将閃裂牙(ごうしょうせんれつが)!!』


しばしその文字が出ていたあと、十分に引き絞られてからはなたれた弓矢が飛んで行くように宙を一直線に飛ばされた女性剣士の身体は、いつの間にか前方に現れた倒壊した高層ビルに激突し、それを木端微塵に吹き飛ばしていずこかへと消えてしまった。


その後、壊れた高層ビルの向こう側に見える朝日に振り返りながら彼はぽつりと呟くのだった。


『地獄で我が妻(エリー)に謝るがいい』


そのセリフのあと、再び宙空に数字みたいなものがざ〜〜っと流れて行き、最後に『流牙(りゅうが) Win Player Sirou』と出て、地獄のような市街地の情景とその中にたたずむ龍族の武闘剣士の姿が消えていく。


その消えたあとには、先程までの地獄絵図はいったいどこにというほど、のんびりほのぼのした東方庭園で、屋敷の縁側に腰かけて今までの激闘をお茶菓子をぼりぼり食べながら見守っていた晴美達がぱちぱちと拍手を送る。


「いや〜、すごかったですねえ」


ゆかりを抱っこした状態で見ているバステトに横にいる晴美が声をかけると、バステトは非常に微妙な笑みを浮かべて晴美を見返す。


「すごかったけど、最後のあれ、ちょっと卑怯くさくなかった?」


すると晴美はちょっと小首を傾げなんだかよくわからないといった表情をみせながらバステトを見つめる。


「いや、私こういうゲームやったことないからよくわからないんですけど、やっぱり最後に士郎さんの使っていたあのキャラクターの攻撃っておかしかったんですか?」


「うん、ちょっとねえ・・だって、スカサハちゃんの使っていたキャラクターって体力ゲージがほぼ万タンの状態だったのに最後のあの技だけで一気に0まで減っちゃったからねえ・・普通そんな技ないわよ。せいぜい体力半分減らすくらいなものなのに・・あれはやりすぎじゃないかなあ・・」


「へ〜〜、それだけすごい技だったんですねえ・・」


「う〜〜ん、そうなのかなあ・・まあ、それはともかく、今のゲーム機ってすごいのねえ、自分の精神体をゲームのキャラクターに置き換えて疑似戦闘を行えるなんて・・学校の体育の授業でしかできないと思っていたわ。」


バステトがしみじみとそう呟くと、晴美も大きく頷いた。


「ええ、家でも訓練ができるようにってことなんでしょうねえ・・でも、学校の体育の授業だけじゃ足りないという理由でこういうゲームが作られ始めたってことだったら、ちょっと怖いですね・・」


冗談めかして言ってはいるが、結構本気で怖がっている晴美を、バステトはなんともいえない複雑な表情で見つめ深い溜息を吐きだすのだった。




Act 21 『戦闘訓練』




小学校、中学校、高校問わず、今の体育の授業の内容は戦闘技術がメインとなる。


勿論これは全『人』類の敵である『害獣』の影響であることに他ならない。


500年前であれば、異界の力を利用した魔法さえ覚えていれば自らの肉体を利用した戦闘など必要なかったことである。


だが、現在の状況はそうではなく、むしろそういう戦闘は絶対に行うことが許されない。


そんなことをしようものなら、『害獣』達にたちまち嗅ぎつけられてこの都市は下手をすると一瞬で壊滅してしまうであろうからだ。


異界の力を駆逐すべくこの世界に姿を現した『害獣』達は、異界の力を使用せず、尚且つ彼らのテリトリーに侵入さえしなければ比較的害がない相手であることが今ではわかってはいるものの、ある程度大きな異界の力を使用してしまった場合は話は別だ。


世界のどこにいようとも、彼らはやってきて、その異界の力の源を排除しにかかり、そして、そうなった場合、それを止めることは誰にもできない。


ともかく異界の力を利用した魔法を使うことは、今の世の中で使用することはできないのだ。


一応、魔法に似た力で『害獣』に嗅ぎつけられることなくしようできる力はいくつか存在はしている。


しかし、それらは異界の力を利用したものと違い、力を発動させるまでの詠唱時間が非常に長いとか、『道具』と呼ばれる消費型のアイテムをいくつも持っていないといけないとか、力を発現させておくためにはずっと歌っておかなければならないとか、いろいろと大きな手間や暇やリスクが伴ってしまう。


一応上記の力でも使えないことはない、実際それらを器用に使いこなす『道具使い(アイテムマスター)』や、『原初の歌の歌い手(トルバドール)』と呼ばれる者達がいることも確かなのであるが、それにも限界がある。


今のこの世界で何らかの防衛手段を持たないことには生きていくことはできない。


全『人』類の敵である『害獣』から当然身を守る為という目的は絶対条件として存在しているが、そればかりではない。


『害獣』によって支配されているこの今の世界で、『人』の居住スペースは極端に少なくなり、逆にそれ以外の生物達の居住スペースは大幅に広がった。


そのため、『害獣』とはまた違う、500年前には生息していなかった未知の生物たちがいくつも誕生していて、それらからの脅威も退けなければならない。


一定のテリトリーを持ち、そこからほぼ離れることが皆無である『害獣』と異なり、それら新種の生き物達は基本的に自由にあちこちを行き来する。


そうなると『人』がかろうじて保有している生活圏にも侵入してくることもざらにあるわけで、『害獣』のテリトリーから離れた位置に作られた城砦都市の中に住んでいるからと言っても決して安全とは言えないのである。


都市に住む全ての住『人』達は、なんらかの防衛手段を身に着ける必要性があった。


そして、結局のところ、原始的ではあるものの最も有効的な手段として選択されたのは、自らの肉体を鍛えあげて武器や防具を装着しての接近戦技術であった。


これらの技術の習得は中学校、高校の体育の授業での必須内容となったわけであるが、とはいえ実戦で使えない技術、あるいは経験を積ませても仕方がない。


そこで考え出されたのが、異界の力ではないこの世界に元から存在する力の一つ『錬気』の力で、生徒達の精神体(アストラルボディ)を視覚化、現実世界に投影させ、それらを使って実戦同様の戦闘をさせようというものである。


精神体(アストラルボディ)を使用した戦闘の場合、どれだけ相手を傷つけても死ぬことはない。


そのため、生徒達は実際の仕合では使用できないような致死性の高い大技を遠慮なく相手に使えるし、また、死なないと言ってもダメージを受けると実際に殴られ斬られたのと同様の痛みが走るため、みな本気で戦うことになり、実戦とほぼ同じ状態で仕合を行えるという大きな利点がある。


いや、勿論、相当に大きなダメージを負わせてしまった場合、精神自体が死ぬことになり肉体は生きていても心が死んだ廃『人』となってしまうわけで、精神があまりにも脆弱な者は事前に外されるし、また健全な精神で問題なしと言われた生徒達に対しても、きちんと複数の教師達によって厳しくセーフティネットを管理しているため、一定以上のダメージは与えられないようになっている。


ただし、安全ではあるが、実戦さながらの仕合をするわけであるから全く無傷というわけにはいかない。


一度戦闘を行うと、精神が普通以上に疲れることになるし、ましてや殴られ斬られしたほうはそれ以上の疲労を負わせられることになるからしばらく動けなくなることもままある。


そのため、一度仕合を行った者は、そのまま一時間の休息を許される。


仕合を行うもの達は、個室の体育授業専用仮眠室にあるベッドに横になった状態で自分の精神体を分離して仕合場に移動、そこでの仕合が終了後、そのままベッドの上で仮眠を取ることを許されるというわけである。


体育の授業は通常2時間以上を予定され、最初の一時間を仕合にあて、残り一時間は生徒達の休息にあてられる。


勿論、中にはそれらをものともせず、連戦を繰り返す者もいる。


『害獣』ハンターを目指している者達ならそれは当り前のことで、できるだけ相手の攻撃を食らわず、最小限の攻撃で相手を沈めて次の相手を求めるというのがセオリーだ。


が、しかし、こういう方法ではやはりどうしても数をこなすことができない。


そこで、各都市の中央庁は不足しがちな『害獣』ハンターのなり手を少しでも増やすための政策として、子供達の間で流行っている疑似体験型のゲーム機に目をつけ、各メーカーに体育の授業でやっているような精神体を使った仕合形式の対戦型ゲームの開発を依頼。


その後、各メーカーが試行錯誤を重ね開発を続けた結果、体育の授業でやっているような本格的なものではないが、自分の精神体の約1/5以下のものをゲーム機にあらかじめ用意されたサンプルキャラクターに憑依させることで、擬似的な戦闘を体験できる対戦型ゲームが生み出された。


これならば、ある程度実戦に近い状態を体験することができるし、体育の授業と違って猛烈に疲れ果てることもないし、よっぽどのことがない限り廃『人』になってしまうこともなく安全(ゲーム機のほうで一定量以下の精神エネルギーを感知するとゲームがストップする仕組みになっている)であるし、尚且つ学校の授業では一部の猛者しかできない連戦も行うことができる。


しかも、サンプルキャラクターを使用することによって、実際の自分では使うことができない大技を多用することができるため、発売されると子供達はもちろん、学生や社会人の間でも大流行することになった。


今では多数の会社がこの種類のゲームを開発し発売しているし、最近では格闘型以外にも何人かで強力して擬似的に『害獣』狩りを行うことができるアクションRPG型のゲームも発売されるようになっている。


今まで晴美達が目撃していたのはそういうゲームソフトの中の一つ、対戦型格闘ゲーム『エンド・オブ・ワールド』だった。


今朝、スカサハに剣術訓練の相手をするように言われた士郎であったが、どう考えてもお互い怪我をすることなく終われそうにないと判断し、せめてゲームを使った訓練に変更してくれとスカサハに拝み倒した結果、このゲームをすることになったのであった。


スカサハとしてはそんな精神体を使ったぬるい訓練ではなく、実体を使った本気の訓練をしたかったのであるが、士郎から『訓練をするときはこのゲームソフトを使いなさい』と連夜に言われているという一言を聞いて諦めることにした。


大好きな兄の言葉であるということならば仕方ない。


士郎が苦し紛れに兄が言ったということにしたのかもと、一瞬だけ思わないでもなかったが、自分と同じくらい、いや下手をするとそれ以上の熱烈な兄の信者である士郎が兄の言葉を語ることはありえないとすぐさまその考えを振り払う。


そして、早速そのゲームを使って訓練を行うことにしたのであるが・・


このゲームは子供達の間で大流行している二大ゲーム機の一つ、『ホビーベース サード』用のソフトで、ゲームの内容が盛り込まれた『人』の掌サイズの水晶宝珠を本体の錬気式水晶起動体にセット、ゲームを起動させたあとその本体とセットになっているワイヤレスティアラを頭にセットして畳の上に横になり半睡眠状態で精神体を本体と同調させてゲームにあらかじめ用意されたキャラクターを選択する。


スカサハは基本性能、通常必殺技ともにトップクラスの双剣使いで、今は絶滅してしまったと思われる幻の天士(エンジェル)族の女性剣士 ラフィール・ディバインウイングを選択、士郎はゲーム中最弱と言われるほど、基本性能、通常必殺技とも威力が最低ランクである刀使いで、復讐に燃える龍族の武闘剣士 尾上(おがみ) 流牙(りゅうが)を選択。


一応ゲームをスタートする前に、士郎はスカサハにこのゲームの設定資料はざっとみておいたほうがいいよと忠告していたのであったが、スカサハは必殺技の発動条件さえわかっていれば問題なしと自信満々でそれを一蹴。


実はスカサハ、この手の格闘型ゲームは得意中の得意であった。


生徒会にいる時に、メンバーの中にこの手のゲームが大好きな人物がいて休み時間になるたびにしょっちゅうこの手のゲームで遊んでいたスカサハは(実戦訓練につながるため、学校でも休み時間などにこのゲームをすることは推奨されて認められている)相当な腕前を持っていたのだ。


なので、このゲームソフトは初めてではあったが、他の格闘ゲームとルールはほぼ同じであったし、技の発動条件も今までスカサハがやってきた他の格闘ゲームに比べれば簡単なほうでそれほど注意することもなかったため、キャラの設定資料などに興味がわかなかったのだ。


それよりも一刻も早く訓練を行いたかったスカサハは、早速ゲームの開始を士郎に要求、それを士郎が受けたため、ゲームは開始された。


縁側にセットされた本体の水晶起動体から放出された光線が東方庭園にゲーム世界を映し出し、縁側に座って観戦している晴美達の眼前で大迫力の格闘戦が繰り広げられていく。


当初はスカサハの目論見通りに、一方的に士郎の操るキャラクターを蹂躙していき、このまま士郎のキャラがいいところが全くないまま終わるのかと思われていたが・・


その猛攻の途中、スカサハのキャラが士郎のキャラが持つ刀を叩き折り、その体力ゲージを1/5のところまで減らしたところで状況が一変する。


士郎のキャラの体力ゲージが真っ赤に点灯したあと、金色の光を放ちあとは立場が逆転。


スカサハのキャラを完全にとらえた士郎のキャラのとんでもない必殺技の果てにスカサハのキャラはあっという間に体力ゲージを0まで減らされて負けてしまったのであった。


「いやあ、危ないところだった。もう少しで負けるところだったよ」


晴美達の背後の居間で寝転がっていた士郎がむくりと起き上がってワイヤレスティアラを取り外すと、如何にもピンチだったぜみたいな顔をしてわざとらしく額の汗を(勿論全然かいていない)拭ってみせる。


「え〜〜、そうかしらあ・・なんか、いいようにスカサハちゃんをハメ殺していたような気がするけど・・」


「やだなあ、そんなわけないじゃないですか、もう、バステトさんったら」


「だいたいあの必殺技なによ。体力ゲージ満タンから一気に0まで減らすって反則じゃないの?」


「違いますよ、そもそも僕の使っていた『流牙(りゅうが)』は基本性能も通常必殺技も異様に威力が低く設定されているですよ。その代りに隠し超必殺技が用意されているんですけど、これだって発動条件がかなり厳しいんですからね。彼の亡き妻の形見である刀を折られた状態でなおかつ、体力が1/5まで減った状態でないと発動させられないんですから」


「でも、一回決まったらあれ、逃げられないんでしょ? スカサハちゃんに設定資料読んでおきなよ~って言ったあと、スカサハちゃんが読まないって言うのを聞いた瞬間、士郎くん、明らかに『チャンス!!』って顔をしてたよね? 多分だけど、設定資料の中にこの技を匂わせるようなことが書いてあったのに、それをスカサハちゃんが確認しなかったものだから、この技でいける!!ハメてやろうって思ったんでしょ?」


「え~~、なんのことかわからないな~僕・・あっはっは」


物凄い疑いの眼差しを向けるバステトから、つつ〜っと視線を外してあっはっはと笑って見せた士郎は、自分の隣で横になったまま動けないでいるスカサハのほうに視線を向ける。


ゲームとは言え、精神体を使用しているため体育の授業ほどではないが、負けたほうは約3分ほどの間、ゲーム内で受けたダメージによる精神疲労のため体が動かなくなってしまうのだ。


士郎はそんな動けないでいるスカサハの美しい寝顔をうっとりと見つめ、話かける。


「ごめんよ、スカサハ。こんな結果になってしまって・・君の美しい笑顔を汚してしまうのは僕としても本意ではないんだけど・・仕方ないよね、これも約束だもんね」


と、口調こそ物凄く悲しそうにしゃべってはいるが、その顔はまるで悪魔のような微笑みに彩られた士郎。


そんな士郎の姿を、晴美達は非常に軽蔑しきった視線で見つめるが、士郎はそんな視線に怯むことなく右手に油性マジックペンを装着すると、スカサハの顔に容赦なく振り下した。


きゅぽっ!!


キュッ、キュッ、キュキュッ!!


物凄く手なれた様子でマジックペンを走らせた士郎は、自分がスカサハの顔に描き上げた芸術作品をしばらくうっとりと見つめて呟く。


「できた・・完璧だ・・完璧すぎる・・」


不気味な笑みを張りつかせて低く笑い続ける士郎の姿を、何とも言えない困った表情を浮かべて見つめ続ける晴美達。


「もう〜、知りませんよ、士郎さんったら、そんなことして・・」


「いったい、スカサハちゃんの顔にどんな落書きしたのよ。ほんと悪趣味ねえ」


「・・悪」


三者三様に責められた士郎は、非常に遺憾だといわんばかりの不満そうな表情をして三人を見つめ返す。


「え〜〜、だって、言いだしたのはスカサハのほうなんだよ? 『私が負けるわけありませんわ、もし負けたら私がペナルティで起き上がれないでいる3分間、あなたの好きになさってよろしくてよ。まあ、そんなことはありえないですけど』って。みんなだって聞いていたでしょ?」


「まあ、そうなんだけどさあ・・それにしたって、女の命ともいえる顔に落書きするなんて・・」


「うんうん、ちょっとひどすぎます。まあ、どんな落書きしたのかここからは見えないんですけど」


「・・にいに・・鬼」


「芸術作品なのにな〜・・」


そう言ってもう一度スカサハの顔を見つめたあと、腕時計を確認した士郎はすくっと立ち上がる。


「あと30秒か・・僕ちょっと出かけてきます。スカサハには僕のことは探さないでくださいって言っておいてください」


『ええええええええ〜〜〜!?』


「あっはっは、じゃあ、そういうことで・・いってきま〜す♪」


と、爽やかな笑顔を残し、士郎は物凄い勢いで走って行ってしまった。


しばしその様子を呆気に取られて見ていた3人だったが、その後顔を見合わせると期せずして同時に深々と溜息を吐きだして見せる。


すると、その直後、少女の悩ましげなうめき声が聞こえたかと思うと、目を覚ましたらしいスカサハが晴美達に背を向けた状態でゆっくりと起き上がり、ワイヤレスティアラを気だるげに外す。


「もう〜〜〜、完全にやられましたわ・・まさか士郎の使ってるキャラにあんなえげつない隠し必殺技があったなんて。体力ゲージを満タンから一気に0まで持っていく必殺技なんて反則ですわ・・」


自分達に背を向けているため表情はわからないが、非常に悔しげに呟いてみせるスカサハに、晴美達が声をかける。


「スカサハさん大丈夫ですか?」


「ええ、なんとかね・・」


「まあ、あんな逆転必殺技があるなんて普通思わないから、あまり気にしないほうがいいんじゃない?」


「・・スゥねえね・・がんば」


「ありがとう・・でも、負けは負けですからね・・でも、次は負けませんわ、ちょっと休憩したら続けて二回戦いきますわよ、士郎!!」


そう言って隣に視線を移したスカサハだったが、そこが無人であることに改めて気が付き部屋の中をきょろきょろと見渡しはじめる。


「士郎? 士郎、どこですの?」


「あ〜、士郎くんなら、出かけちゃったわよ」


バステトが言いにくそうにそうスカサハに声をかけると、スカサハは物凄い勢いで晴美達の方に振り向いた。


「な、なんですってええええっ!?」


その瞬間・・


『ぶ、ぶうううううううっ!!』


振り向いたスカサハの顔をまともに正面から見ることになった3人は、思わず盛大に噴き出してしまいそのまま身体をくの字に折り曲げて苦しみ悶え始めた。


そんな3人の異変に何事!?と困惑してみせるスカサハ。


「な、なんですの!? いったい何事ですの!?」


「ちょ、スカサハちゃん・・ぶふふ・・その顔を近づけないで・・ぶひひ・・」


そう言って3人に近づいて行くスカサハだったが、晴美やバステトが、ジェスチャーでこっちに来ないでと訴え、苦しそうに口を開く。


「ダメ・・私もうだめです・・『肉』・・あはは・・『ぉ肉』って・・うふふ・・」


「や、やめてよ、晴美ちゃん・・ぶはは・・『人』がこらえているのに・・ぎゃはは・・そんなこと改めて言われたら・・あははは・・堪え切れないじゃない・・」


「スゥ・・ねえね・・まゆげ・・ふとい・・」


「「あはははは・・やめて、言わないでゆかりちゃん!!・・あはは、あはははは・・」」


とうとう堪え切れずに盛大に笑い転げ出した3人の姿を茫然と見つめていたスカサハだったが、床に転がるキャップに外れた油性マジックペンが視界に入った時、猛烈に嫌な予感が走って急いで居間に置いてある手鏡を取りに行く。


そして、その手鏡の中を恐る恐る覗き込んだスカサハは、その中に映る人物の顔を見て心からの悲鳴をあげるのだった。


「な、な、な、なんじゃあああこりゃああああああああああっ!!」


細く美しい形をしていたはずの銀色の眉毛は、黒く塗りつぶされて味付けのりでも張りつけたような無茶苦茶極太の熱血ゲジゲジ眉毛に変貌し、小さく赤い唇の周りはゴマ塩のような髭が大量に描かれていてまるで土建屋のおやぢのように、そして額には非常に達筆な東方文字ででかでか『肉』と書かれているうえに、その『肉』の文字の上の方には小さく『お』という文字までご丁寧に追加されていた。


そんな変わり果てた自分の顔を呆然としばらく見つめていたスカサハであったが、やがてその身体を小刻みにぶるぶると震えださせる。


その後、ゆっくりと振り向いたスカサハは、パキンッという乾いた音を立てて手の中の手鏡を握りつぶし、怒りに燃え盛る瞳を晴美達のほうに向けて口を開く。


「し、士郎は・・どこに行ったのかしら?」


地獄から聞こえてくるような怨念に満ち満ちたおどろおどろしい声で呟くスカサハに、本気で怯える晴美だったが、なんとか勇気を振り絞って返答する。


「わ、わからないです・・ただ、その・・」


「ただ・・なに?」


「『探さないでください』って伝えてくれと」


「うっふっふ・・そう、探さないでくださいね・・」


その晴美の言葉を聞いた後しばし俯いていたスカサハだったが、やがて地獄の閻魔大王のような恐ろしい表情を浮かべて顔をあげると普段の御淑やかで気品に満ちた涼やかな声からは考えられないような怒りと憎悪に満ちた声をあげるのだった。


「あのくそガキャアアア!! わしゃあ、完全にブチキレてしもうたでのう・・捕まえてぼてくりまわしてやるがのう、おおぅ!! 士郎!! 待っとれやああ、おんどれのタマ(命)とったるわあぁ!! わしの種族特性から逃れられるとおもうとったら、大間違いじゃからのぅ!!」


怨嗟に満ちた絶叫と共に部屋の中に立てかけていた二本の木剣を掴んだスカサハは、先程の士郎同様に鉄砲玉のように部屋を飛び出して行ってしまった。


その姿を呆気に取られて見つめていた晴美達だったが、やがて顔を見合わせて苦笑を浮かべあう。


「行っちゃったわね・・士郎くん、スカサハちゃんに殺されなければいいけど」


「・・自業自得」


「まあ、そうなんだけどね・・あれ? 晴美ちゃんどうしたの?」


やれやれといった風にゆかりを自分の膝の上からいったん縁側におろしたバステトは、お茶を淹れ直してこようと3人分の湯呑茶碗をお盆の上に乗せようとするが、何気なく向けた視線の先にいた晴美が、ずっと士郎とスカサハが消えた玄関のほうを向いたままなのに気が付いて声をかける。


すると、晴美はなんとも寂しそうな笑顔を浮かべてバステトのほうに視線を移す。


「いえ・・なんだか羨ましかったから・・」


「何が? 晴美ちゃんも士郎くんに落書きされたかったの?」


「いえ、そうじゃなくて・・士郎さんとスカサハさんって、ほんと仲がいいから」


寂しそうな悔しそうな表情で俯いてしまう晴美に、バステトはあらあらと困ったような笑顔を浮かべて視線を向ける。


「じゃれあってるだけじゃないの?」


「そうかもしれません・・でも、士郎さん、私にはそんなこと絶対しないから・・というか、他のお友達にも士郎さんが自分からいたずらを仕掛けるなんてところみたことないんです、私。 士郎さんがそれをするのは今のところスカサハさんだけで・・だから、スカサハさんは士郎さんと対等の立場にいるんだろうなって」


「あ〜〜、そういうことかあ・・」


なんとなく晴美の言いたいことを察したバステトは、青春してるなあなんて呑気なことを考えていたが、このまま晴美を放置するのもかわいそうだったのでちょっとフォローしてやることにする。


「でもさあ、それって友達としてとか、親友としてとかスカサハちゃんのことを見てるのかもしれないけど、逆に女の子としては見てないのかもよ」


「そ、そうでしょうか?」


「まあ、いつそれが女の子に対するものに変わってもおかしくないけど、少なくとも今はそうなんじゃない? 私はそう見てるけどね」


「そうなのかなあ・・」


「だから〜、晴美ちゃんは晴美ちゃんなりの方法でがんばればいいじゃない。士郎くんて晴美ちゃんのこと一応恋愛対象としてみてるってことはわかってるんでしょ?」


「ええ、まあ・・って、あ、あわわわわ、な、なんでそれを!?」


「ゆかりちゃんからさっき聞いた」


「ゆ、ゆかりちゃん!! しゃべっちゃダメって言ったでしょ!!」


「・・んなさい」


晴美の言葉にしゅ〜んとなるゆかり。


そんなゆかりの頭をバステトがよしよしと撫ぜて慰める。


「ゆかりちゃんを責めないであげて、これでも大好きなお兄ちゃんやお姉ちゃんのことをゆかりちゃんなりに心配しているのよ、ね、ゆかりちゃん」


「・・あい」


「もう〜〜」


そんな風に言われてしまったら怒れないので、晴美は大きく溜息をひとつ吐き出して困った表情を浮かべて見せる。


「焦らないでゆっくり自分らしくいけばいいんじゃない? ほら、私結局10年かかったけど、初志貫徹できそうだもん」


「バステトさん、かっこいいです!!」


「・・かっこいい」


「ありがと。晴美ちゃんのいいところは士郎くんすでに知っているわけだから、そこをずっとアピールし続けていればいいんじゃないかな?」


「・・ハルねえね・・がんば!!」


バステトとゆかりの励ましの言葉に、ようやく本当の笑顔を見せた晴美は自分も立ち上がってお茶菓子の後片付けを始めだす。


「じゃあ、私の長所を伸ばすために昼ごはんは私が作ろうかな・・ゆかりちゃん何が食べたい?」


「・・ざるそば」


「て、手間のままらない簡単なものね・・気を使ってくれてる? でもまあ、いいか。バステトさんいいですか?」


「いいわよん。あっさりした昼ごはんでいいじゃない。一応。士郎くん達の分も作ってあげておけば? 意外と早く帰ってくるかもよ」


なんだか預言者のように神秘的な笑顔を浮かべて見せるバステトに、晴美とゆかりは同じように小首をかしげてみせる。


「そうなんですか?」


「・・ですか?」


「そうなのかもよ」


「う〜〜ん、じゃあ、そうします。・・そうだ、ゆかりちゃん手伝ってくれる?」


「・・あい!!」


「じゃあ、いこっか」


ゆかりの小さな手をつないで台所に向かっていく晴美の姿を優しい表情で見送ったバステトは、湯呑茶碗を乗せたお盆を持つと自分自身も台所へと消えていった。


・・が、慌てて戻ってきたバステトは居間のある部分に目を向けて奥にいる晴美に声をかける。


「いかんいかん、スカサハちゃんが割った鏡の後片付けしないと・・を〜い、晴美ちゃ〜ん、念動掃除機持ってきて〜〜!!」


「は〜い」


「あの二人帰ってきたらお説教ね」


と、畳の上に散らばるガラスの破片を憂鬱そうに見つめると大きな溜息を吐きだすのだった。

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