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Act 20 『朝の風景』

闇の中でも決して曇ることのない光がある。


それを自分は教えてもらった、だから、今の自分がある。


自分がその光になることはないだろう、自分は闇の中に生きるものでそこから這い出ることは恐らく一生ない。


だが、闇にあって光り続けるそれを守り続けることはできる。


闇の中にある自分だからこそ、それを行うことができるのだと今ならばわかる。


ならば己の全てを賭けてそれを行うだけのこと。


例えその果てにあるのが破滅であったとしても何を躊躇うことがあろうか、何の意味を持つこともなく生き続けるわけではない、自分が生きる目的と意味がそこにあるのだ。


燃え尽き灰になろうとも一片の悔いもない、振うのだこの拳を、駆けるのだこの足で。


この『人』を守る、それが自分の使命、生きる証!!


そう思って、少年は『馬車』の後部ハッチにある見張り台から飛び降りて、背後から迫りくる『害獣』の前に飛び出して行こうとしたが、少年は自分が守ろうとしたその『人』物に力一杯後頭部を殴られてその動きを止められてしまう。


「バカタレ!! 君は何度言ったらわかるの!? そういうことを勝手に決められて、押し付けられる僕は非常に迷惑です!!」


殴られただけではない、心の底からの怒声を浴びせられて、少年は自分の後頭部をさすりながら後ろを振り向いてその怒声の主に涙でにじんだ目向ける。


「だ、だってだって、連夜さ〜ん」


「だってだってじゃないの!! 君さあ、僕が君にそういう捨てゴマみたいな生き方を望んでいるって、本当に思っているわけ? そういう薄情な人間だと思っているってわけだね」


「ち、違います、そんなこと思ってないです!! で、でも、この状況だと僕がなんとかしないと・・」


「何? 君はいつから僕よりも優秀な『人』材になったわけ? 道具の扱いも、料理の腕も、戦い方も半人前のくせに、生意気だなあ・・ああ、そう、もういい。わかった。君はもう何もしなくていいから、中に引っ込んでいなさい。あとは僕一人でいいよ、君はもう手伝わなくていいです」


「えええええっ!? そ、そんな、連夜さん、嫌です嫌です、出しゃばったこともうしないですから、そんなこと言わないでください!!」


つ〜んとそっぽを向いてしまった黒髪黒眼の年上の少年に泣いてすがりつき、必死に自分の行為を謝るのはつぎはぎだらけの身体を持つ合成種族(キマイラ)の少年。


涙をぼろぼろ流しながら、捨てられる寸前の子犬のような怯えた表情で謝り続ける年下の少年の姿をちらちらと横目で見ていた黒髪黒眼の少年は、小さく嘆息するとさっきとは打って変わって穏やかな、しかし、どこか非常に悲しそうな表情を浮かべて口を開いた。


「いいかい、士郎。僕が君を拾ったのは決して君を自分の盾にするためや、ましてや使い捨ての手ゴマにするためじゃない。僕の右腕になって、将来的には僕の代わりになって動いてくれる『人』になってほしかったからだ。こんなしょうもないところで、しょうもない死に方をしてほしいからじゃない。君はすぐに自分の命を代償になんでも解決しようとするけど、今後一切そういう行為禁止。命を代償にする前に、もっといろいろと考えなさい。自分は無力だと思っているのかもしれないけど、やれることはね、山ほどあるんだよ。そんなものはないって思っているのは、全然君がその可能性について考えておらず、そういう可能性を最初から捨ててかかっているからだ。たとえ1%でも可能性があることと、0%で全く可能性がないってことは全然意味が違う。わかるかい?」


自分が言ったことを明らかに理解していないと思われる表情を浮かべている年下の少年をしばらく見つめていた黒髪の少年は、深い溜息を吐きだして説教することを諦める。


「あ〜、もうとりあえず、今はもういいよ。とりあえず、追っかけてくるあの『害獣』をなんとかしよう」


「な、なんとかなるんですか?」


二人が背後にそろって視線を向けると、そこには二足歩行でこちらに疾駆してくる3メートル程の大きさの恐竜のような『害獣』の姿が。


「『騎士』クラスじゃなくて『兵士』クラスの上位種だからなんとかなるよ」


「倒せるんですか?」


「あのね、士郎。君はすぐに斬った張った、殺す殺さないを前提に物を考えているみたいだけど、その考え方はいい加減やめなさい。僕達の今回の目的は『嶺斬泊』近くでは手に入らない薬草、霊草の採取であり、それはもう達成している、あとはこれを持ち帰るだけで、別に『害獣』を殺す必要は全くないわけ。わかる?」


「だ、だけど、倒さないといつまでも追いかけてくるんじゃ・・」


「来ないよ、彼らの目的は彼らのテリトリー内の異界の力の排除であって、テリトリー外のことにはなんの興味もないの」


そう言うと、黒髪の少年は足もとに置いている袋の中から何かの珠をいくつも取り出して構える。


そして、隣にいる合成種族(キマイラ)の少年にはまるで掃除機のようなものを取り出して手渡し、身につけるように言う。


「連夜さん、なんですか、これ?」


「いいから。使い方はわかる? え、わからないの? 掃除機使ったことないのか。まあ、これは掃除機の逆の噴出機なんだけどね。スイッチを押すと吸い込むんじゃなくて、中に貯めているものを吐きだす仕様になっているから、合図したらその筒の口をあいつの顔のほうに向けてスイッチを押して。いい?」


「あ、あの、吐きだすって・・このタンクの中に何が入っているんですか?」


合成種族(キマイラ)の少年は、自分が背負ったずしっと重いタンクのようなものを見ながら隣の年上の少年を見つめると、少年はおもしろくもなさそうに答える。


「いや、別に、ただの細かい砂ととうがらしとこしょうとマスタードの粉末を混ぜ合わせただけのものだよ」


「はあっ!?」


「いいから、もう直カーブに差し掛かるから、タイミングに合わせてスイッチ押してね。できるね? できないなら先に言っておいて、僕が一人で・・」


「やります、やります!! やらせていただきます!! 連夜さんの意地悪!!」


黒髪の少年が掃除機を取り上げるような振りをわざとしてみせると、年下の少年は慌ててそれをわたさないように黒髪の少年の近くから離す。


その様子を見ていた黒髪の少年は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せる。


「なるべく引きつけてからスイッチを押してね。・・頼りにしてるよ相棒」


いろいろな想いを乗せて『相棒』という言葉を口にして自分の投げかけてくれた黒髪の少年に、合成種族(キマイラ)の少年は顔を真っ赤にして物凄い嬉しそうな、そして誇らしげな表情を浮かべると力強く頷いて見せる。


そんな年下の少年に、まるで実の母親が最愛の息子に向けるような慈愛のこもった視線を向けた黒髪の少年であったが、すぐに表情を引き締めて迫りくる『害獣』に視線を向ける。


「来るよ!! 士郎!!」


「任せてください!! 連夜さん!!」


先程まで二人が乗る『馬車』の少し後方を走っていたはずの『害獣』は今やすぐ後ろにまで近づいている。


あと数分もあればこの『馬車』に追いつく、そんな距離まで近づいていることを確認した、合成種族(キマイラ)の少年はすぐにその顔面めがけて手に持っている噴出機のスイッチを押そうとしたが、すぐに思い直し横にいる黒髪の少年のほうに視線を走らせる。


すると、黒髪の少年が視線でもっと引きつけろと指示を出していることを知り、『害獣』がぎりぎりまで近づくのを待つ。


じりじりとした時間が過ぎ、『害獣』の大きな口にズラリと並んだ牙の一本一本まで視認できるような距離までひたすら待ち続けた少年達の目の前、最早自分の攻撃範囲であると悟った『害獣』が二人の少年めがけてその凶悪な口を大きく開けたようとしたその瞬間を、合成種族(キマイラ)の少年は見逃さなかった。


噴出機の噴出口から飛び出した極彩色の煙は狙いたがわず『害獣』の顔面に当たり、その瞬間を狙い澄まして黒髪の少年は手にしたいくつもの珠を『害獣』の足目掛けて投げつける。


「勅令『破裂』!!」


『害獣』の足に当たる寸前、少年が投げつけた珠は破裂し、中から妙に透明な液体をぶちまけて『害獣』の足に降り注ぐ。


そして、それがかかった瞬間『害獣』は見事に足を滑らせて前のめりにつんのめると、頭から地面に激突して転びもがき続ける。


そうして『害獣』と『馬車』の距離が再びみるみる開いていく。


離れていく『害獣』がなんとか立ち上がろうともがいている姿が見えるが、そのたびにまるで出来の悪いコントのようにつるっと滑っては転ぶという行為を繰り返し続けているのが見え、すぐには立ち上がれるようになるということはないことが一目瞭然であった。


「連夜さん・・あの珠ってなんだったんですか?」


「ただの、『石鹸珠』。石鹸とか言ってるけど一応中身ローションに変えといた。いやあ、思った以上につるっつるみたいだね。あはははは」


黒髪の少年は愉快そうに笑い続け、それを見つめる合成種族(キマイラ)の少年は、なんともいえない困ったような表情を浮かべるのだった。


「これであいつのテリトリーから出るまでの間くらい余裕で追いつかれずに済むだろうよ。お父さんに報告して終了だ。あとは『嶺斬泊』に戻るまで見張りを怠らないようにすればいいかな」


そう言って、黒髪の少年は『馬車』の中に引っ込んで行こうとするが、合成種族(キマイラ)の少年が、慌ててその後を追いかけて声をかける。


「あの・・連夜さん・・その」


「なに?」


「さっきはすいませんでした。僕、その、連夜さんだけは守らなくちゃって思ってその・・」


モジモジと顔を伏せて上目遣いでご機嫌を伺うように口を開く合成種族(キマイラ)の少年を、何とも言えない困ったような顔で見つめていた黒髪の少年だったが、不意に彼の側に近づくとその自分よりも小さい身体を引き寄せて優しく抱きしめる。


「僕のことを大事に思ってくれるのは嬉しいよ。だけどね、君が傷ついて僕が平気でいられると思っていられるなら、ひどい侮辱だし、そういう考えは是非改めてほしい。君だって僕の家族なんだってことを忘れないでね」


「連夜さん」


よしよしと頭を撫ぜられて優しい言葉をかけられた合成種族(キマイラ)の少年に、今尻尾があったら嬉しさのあまり全力で振っていたことは間違いない。


誰よりも尊敬し、誰よりも敬愛している大事で大切な『人』の腕の中、そのなんともいえない石鹸のいい匂いにうっとりとしていた合成種族(キマイラ)の少年だったが、急に眼の前がぼやけ始めたことに気が付いて慌てだす。


「あれ? 連夜さん? なんですか、これ? ちょっと、待って、今、いいところなのに!? えええええっ!! ちょっとおおお!!」


絶叫する少年の視界はみるみるぼやけていき、まるで海の中から浮上するかのような感覚に襲われて、今見ている光景は泡となって消えていった。




Act 20 『朝の風景』




「れ、連夜さ〜〜ん!! ・・って、あれ?」


絶叫しながら『がばっ』と布団を跳ね除けて上半身を起き上がらせた士郎は、自分が今『馬車』の中ではなく、自分の下宿先の自室の中にいることを知覚してがっくりと肩を落とす。


「ゆ、夢かあ・・そういえば、あんなことあったなあ・・」


「・・どんな?」


「連夜さんと連夜さんのお父さんと一緒に薬草取りに『外区』に出かけたその帰りに『害獣』に追い回されたことだよ。危うく『害獣』にタイマン勝負挑むところで、連夜さんに止められてこっぴどく怒られたんだよねえ。あれはほんとまずかった。自分の命もそうだけど、連夜さんの信頼も失うところだったからなあ・・」


「・・好き?」


「あったり前じゃん!! 僕の命よりも大事な『人』なのに・・って、やばい、こんなこと言ったのがバレたらまた怒られる。あの『人』の前で命を粗末にするような発言をするのは厳禁だからねえ、気をつけないと」


「・・愛?」


「う〜〜ん、難しい質問だなあ・・広い意味では愛かも。連夜さんは僕にとって大切な『お母さん』なのかなあ、そういう意味では間違いなく僕は連夜さんを愛してるね」


「・・結婚?」


「いや、それは断られた・・僕にふさわしい『人』を探しなさいって。だから、僕は連夜さん以外で結婚相手を探さないといけないんだよねえ」


「・・ハルねえね?」


「う〜〜ん、そこなんだよね、それが非常に重要な問題なんだよ。晴美のことも僕は好きなんだけど・・っていうか、かなり好きなんだけど、それが愛なのかどうかという・・え・・」


そこまで言って、ようやく自分が誰かと問答していることに気がついた士郎は、さっきから声のしていたほうにギギギと壊れたロボットのほうに顔を向ける。


すると、自分が身体を起こしている布団の横に、自分がよく知る霊狐族の少女とその正座した膝の上にちょ〜んとかわいらしく座った自分の妹の姿が。


よく見ると妹は無表情ながらも非常に興味津々といった色をにじませて自分を見つめているし、その妹を抱っこしている霊狐族の少女に至っては顔面が真っ赤っかになって俯いてしまっている。


士郎は冷や汗をだらだらと流しながら、二人に問い掛ける。


「え、えっと・・全部聞いていたのかな?」


「・・あい」


士郎の問いに、すかさずかわいらしい仕草でこっくり頷いて見せる妹のゆかり、それに対してゆかりを抱っこしている霊狐族の少女、晴美は非常にあうあうと慌てながらなかなか言葉にすることができずにいる。


「あの、その、あ、朝ごはんできたから呼びに来たんですけど・・その、ゆかりちゃんが、一緒に暮らしていたときはお兄ちゃんは自分が起こしていたからって、その・・と、止めたんですけど、部屋の中にずんずん入っていって、その・・あ、あ、ぬ、盗み聞きするつもりとか、そういうつもりじゃなくて、その・・」


と、言ったきり、黙りこくってしまう晴美。


しばし何とも言えない重い空気が部屋の中を支配するが、その空気を読んでいないのか、あるいはわざと読まないつもりなのか、ゆかりが更なる爆弾を投下する。


「・・愛?」


「そ、それはその・・つまり・・晴美のことは好きだし、嫌いでは絶対ないんだけど、愛かどうかといわれると、その、なんというか、愛のようなそうでないような・・」


ゆかりの鋭い問い掛けに、咄嗟に答えることができずあわわわと慌てふためく士郎。


そんな士郎の様子を小首をかしげて見ていたゆかりだったが、今度は自分を抱っこしている晴美のほうに顔を向けて小首を傾げて問いかける。


「・・愛?」


「うひゃうっ!! あ、あ、愛っていうか、その、つまり、し、士郎さんのことはキライじゃないですし、むしろ、そのどちらかといえば、す、す、す・・きかなあ・・」


これ以上はもう赤くならないだろうというくらい顔を真っ赤にして、しどろもどろに要領を得ない答えを返す晴美。


そんな二人の様子をしばらくじ〜〜っと見つめていたゆかりは、唐突に晴美の膝の上から立ち上がると、妙な使命感を持った視線を二人に向けて決然と決意を口にするのだった。


「・・他の『人』・・確認」


「「ダメダメダメダメダメ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」」


布団から飛び出した士郎と、布団の横から慌てて立ち上がった晴美の二人は、ゆかりが部屋から出て行こうとする前にかろうじて間に合って止めることができ、なんとかそのことについて誰にも話さないように口止めしておいてから、三人は改めてリビングへと向かう。


今日は土曜日で中学校、高校共に休み。


大きく伸びをしながら晴美、ゆかりとともにリビングに入って行くと、先に起きていたスカサハが、テーブルの前で3人が来るのを待ちわびていた。


ちなみにタスクはすでに自分の仕事場である養蜂場に出かけてしまっているし、バステトは一足先にテレビを見ながら朝食を取り始めている。


「お寝坊さんですね、士郎。そんなことではお兄様の右腕にはなれませんわよ」


にっこりといつも通り大輪の華のような美しい笑顔を浮かべてこちらを見つめてくるスカサハの今日の髪型は、珍しくポニーテールになっていて、服装もいつもの休日に着ている女の子らしいワンピースや、ブラウスにロングスカートという姿ではなく、男っぽい青いシャツを腕まくりし、蒼いミニスカートの下は黒いスパッツとかなり活動的な姿をしている。


「珍しいね、スカサハがそんな髪型にそんな服装って・・」


士郎がスカサハの対面に腰をおろしながらそう声をかけると、スカサハは更に笑みを深くして士郎を見つめる。


「あら、たまには剣術の訓練に付き合ってもらおうかと思って」


「え、誰に?」


「勿論、士郎にですわ」


「のうぇえええええ!? ぼ、僕!?」


台所からご飯の入った茶碗や味噌汁の入ったお椀をお盆の上に載せてもどってきた晴美から、ちょうどお椀を受け取ろうとしていた士郎は、スカサハの予想外の言葉にあやうく熱々の味噌汁が入ったお椀を取り落とすところだった。


間一髪でバランスを取り戻し、自分の前のテーブルの上にお椀を置いた士郎は、改めて目の前のスカサハに視線を向ける。


「なんでまた、急に訓練を?」


自身も晴美から味噌汁を受け取ったスカサハは、そのお椀に早速口をつけてずず〜っと一口すすってから士郎のほうに目を向ける。


「正直自分達のほうに『人造勇神』が襲撃してくる可能性はほとんどないって思っていたんですけど・・この前のちょびくんの一件で、自分達に直接関係なくても関わり合いになる可能性はゼロじゃないってことがわかりましたからね。気を緩めていたわけではありませんが、張り詰めていたわけでもありませんでしたしね。少し気を引き締め直そうかと思ったのですわ」


「あ〜、なるほどね、理由はわかった。でも、僕の剣術は無茶苦茶だから、スカサハの役に立つとは思えないんだけどなあ・・」


そう言ってご飯の茶碗を左手に持った士郎は、テーブルの真ん中に置かれたサバの塩焼きの切り身を盛った皿から一切れ取って茶碗のご飯の上に乗せると、もしゃもしゃと食べ始める。


「よくもまあ、そんなことを言いますわね。『人造勇神』タイプゼロツーとの戦いで見せたあれはなんですの?」


黄色い沢庵を一切れ口の中に放り込みポリポリと噛み砕きながら、スカサハは士郎をジト目で睨みつける。


「あ〜、あれはたまたま。偶然ってやつっすよ、スカサハさん。ギリギリの戦いの中で太古の戦士の魂が僕の身体に乗り移って・・」


「どこの少年漫画の設定ですか!? そんなのあるわけないでしょ!! もう、バカばっかり言ってないで、諦めてちゃんと私の相手をするように、いいですわね!?」


スカサハは怒ったような呆れたような表情を浮かべて士郎を見つめて言うと、士郎はその視線をわざとみないように自分の小皿に入ったほうれん草のおひたしに手をつけながらテレビのほうに視線を向ける。


ちょうど天気予報をやっていたので、内心大雨でも降ってくれないかなあと思って見つめる。


訓練を行うことになるであろう外が大雨となれば流石のスカサハも諦めるだろうなあと思ったからだ。


「・・今日は快晴らしいですわよ、士郎。大雨は振りませんから」


「え、エスパーですか!?」


サバの塩焼きを小皿に取ってつつきながらスカサハが面白くもなさそうに士郎に言い放つと、流石の士郎も慄いてスカサハのほうに視線を向け、何とも言えない表情で唸り声をあげたあとがっくりと肩を落とす。


「う〜ん、本当に剣術は苦手なんだけどなあ・・」


「何度も言いますけど、じゃあ、あの『人造勇神』で見せたあれはなんですの?」


「え、だからそれは、僕の身体に乗り移った太古の戦士の・・」


「士郎・・連夜お兄様にないことないこといっぱい報告しますわよ」


「い、いやああああ〜〜〜!! そ、それだけはおやめくださいませ、スカサハ様!! 精一杯お相手させていただきますです!!」


流石の士郎も、今のスカサハの言葉だけは無視することができず、持っていた箸と茶碗をテーブルに置くと、飛ぶような勢いでスカサハの横にやってきて、その腕にすがりつきながら涙目でいやいやと首を振る。


その士郎の態度を見たスカサハは一瞬満足そうな表情を浮かべはしたものの、すぐに表情を曇らせて士郎のことを見る。


「自分でふっておいてなんですけど、士郎、あなたいい加減連夜お兄様からちょっと距離をおかないとだめですわよ、でないと、その、いろいろと誤解が・・」


「え、なんで? いやだよ、距離を置くなんて」


お互い違う意味からであるが、物凄い嫌そうな表情を浮かべて見つめあう。


「いやいやいや、あのね、士郎。一応確認しておきたいのですけど、あなたがお兄様を慕っているのって、上司としてとか師匠としてとかですわよね? 何度確認しても、なんだかあなたのその態度を見ていると、非常に不安になってくるのよ」


「あったりまえじゃない、それもあるに決まってるでしょ!!」


「そうですか、な〜んだよか・・って、待て待て待て!! 今なんておっしゃいました? あなた今『それも(、、、)』あるって仰いました? 『()』ってどういうことですの!? 他にもまだ別の理由があってお兄様を慕っているということですの!? いや、待って、やっぱり言わなくていいですわ。これ以上聞いてはいけないような気がしますわ、すっごいしますわ、これ以上ないくらいしますわ!!」


そう言ってなんだか真っ青になったスカサハが士郎から、距離を取ってまるで異世界の生物を見るような眼で士郎のことを見つめるが、士郎は全くそれに気がついた様子もなく、なんだかうっとりした表情でブツブツ言っている。


「連夜さんの身体って、石鹸のいい匂いがするんだよねえ・・あの『人』に抱きしめられてよしよしって頭を撫ぜられているとなんだか物凄く落ち着くというか・・」


「ちょ、し、士郎? もしも〜し、お願いだから、こっちに帰ってきてくださいませ〜!!」


スカサハの呼びかけにも応える様子もなく、だらしない顔でえへへへへ〜としまりのない顔で笑い続ける士郎を、少し離れたところで食事を取りながら観察していたバステトがぽつりとつぶやく。


「あれは・・愛ね」


すると、晴美の膝の上で晴美がむしってくれたサバの塩焼きをはむはむと食べていたゆかりがバステトのほうに視線を向ける。


「・・愛?」


「愛だわ・・そっか、士郎くんと連夜くんってそういう関係だったのねえ・・ああ〜、少年同士の儚くも美しい禁断の『愛』!! こんな身近にあったなんて!! 素敵、素敵だわ!! 獣人じゃないのが、非常に残念なんだけどなあ」


うっとりと頬を紅潮させるバステトを晴美が引きつった笑みを浮かべて見つめる。


「ば、バステトさんって、そういう趣味の『人』だったんですか?」


「うふ〜ん、だって、女の子ってそういうの大好きじゃない? 晴美ちゃんはキライ? 私の学生時代って、『神鎧士 スターアロー』の同人誌とかすっごい流行ったんだけど。こう傷つけあい、ぶつかり合った少年達がやがてお互いを認め合って最終的には性別の垣根を越えてうふふな関係になっていくところがたまらないのよねえ・・」


「・・禁断?」


「ゆ、ゆかりちゃん、ダメよ。今からそういう知識を頭に入れちゃダメ!! そういうのは頭からぽいっしちゃいなさい!! ぽいっ!!」


「・・あい」


頬を紅潮させてうっとりととんでもなく偏った知識を披露し始めるバステトを、さらにひきつった顔で見つめていた晴美だったが、膝の上のゆかりが聞き耳を立てていることに気が付いて、あわててその小さな耳を塞いで聞こえないようにする。


しかし、バステトの妄想は留まるところをしらず、その熱弁はとんでもないところにまで差し掛かろうとしてきたため、流石の晴美もこのままではマズイと判断しなんとか話題を変えなくてはと必死に思い悩んだ末に昨日のことを振ってその話の腰を無理矢理折ることにする。


「・・だけどね、やっぱり男同士だと、あのときそんなに気持ちいいとは・・」


「あ、あ、あのバステトさん!! そういえば、昨日のタスクさんとのお話はどうなったんですか?」


「ふえっ!? あ、あ〜、あれね・・うん、まあ、その・・」


晴美からの突然の問い掛けにかなり吃驚したバステトだったが、今までとは別の意味で頬を紅潮させて顔を俯かせる。


「ま、まあ・・その・・今は『アルカディア』との交易路が封鎖されているから駄目だけど・・封鎖が解除されたら私の戸籍上の夫のところに話をつけに行ってやるって・・」


「え〜〜、じゃあ、じゃあ!!」


「うん、まあ、まだどうなるかわからないんだけどね・・とりあえず、そういう方向で話が進むことになったわ。いろいろと格好悪いところ見せちゃった上に心配までかけちゃってごめんね」


なんともいえない幸せそうな表情を浮かべるバステトを見て、晴美は心底嬉しそうな表情を浮かべて見せる。


「よかった、バステトさん、本当におめでとうございます」


「まだ決まったわけじゃないから、それは本決まりになってからにしてね」


「でも、タスクさんもバステトさんも、相手の方がどういう対応をしようとも諦めるつもりはないんでしょ?」


「当然でしょ。タスクはともかく、私はそのために十年近く待ったんだもん。ここまで来て諦めたら女がすたるってものよ!!」


「バステトさん、かっこいいです!!」


「えへへ、ありがと」


そう言ってしきりに照れていたバステトだったが、不意にその視線を晴美の膝の上のゆかりの小さな体のほうに移し、その身体を持ち上げると自分の膝の上に移動させ自分のほうを向くようにして座らせる。


「多分だけど、タスクがず〜っと揺れていた心を私と結婚するほうに傾かせた最後のひと押しって、この子の存在だと思うの。あの『人』ほんとに情が深いうえに子供好きだからね。私がこの子の親になりたいって言いだしたことで、覚悟を決めたんじゃないかなあ・・だから、ゆかりちゃんは私達の大恩人でもあるのよ・ありがとうね」


「・・あい」


「これからいろいろあるだろうと思う、私とゆかりちゃんは血もつながっていなければ、種族も違うし、生きてきた道もちがう・・だけど、折角こうして出会うことができたんだから一緒にがんばって行こうね」


「・・あい」


どこまでわかっているのかわからないが、ゆかりは真剣な表情でバステトの言葉に頷き続ける。


いや、こんなちっちゃな頭ではあるが、きっときっと全部わかっているに違いない、わかった上で頷いているのだと晴美はなんとなくそういう確信めいたものを持ちながら二人の姿を見つめ続ける。


二人が二人でいることで今よりも少しでも幸せになればいいのになとぼんやりと思いながら。


「・・だから、連夜さんに『君のお嫁さんにはなれないんだ』って言われた時にはすっごいショックだったというか・・」


「士郎!! ほんと、いい加減こっちにもどっていらっしゃいってば!! ちょっと、士郎!!」


すぐ横でそんな自分の感慨を台無しにするような光景が繰り広げられていたが、勿論晴美はそれを自分の意識から完全シャットアウトしておいた。


今日もいい一日になりそうだった。


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