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Act.21 『人造勇者達の宴』

一つ、また一つと自分の肩にかかろうとする死神の手を振り払いながら、二人の少年は荒野を駆け抜け続ける。


前も後ろも、右も左も、東も西も北も南も全て敵。


見渡す限り、敵、敵、敵。


数えることさえバカバカしい程の大群の中にたった二人取り残され、あとは擂り潰されるのを待つばかり。


そんなことは二人はとっくの昔に承知していた。


ここに赴くと決めたその時に、既に己の命はないと覚悟をしている。


敵は全ての人間の・・いや全『人』類の敵、『害獣』。


それも東方地域最後の人間の国『八幡(はちまん)』を滅ぼす為にやってきた大軍勢。


たった二人で防ぎきれるわけはない。


しかし、ほんのわずかな時間でいいのだ、一週間でも、三日でも、いや、一日だって構わない。


少しでもここに足止めすることができれば、この国の人間達が逃げのびるチャンスが増える。


この国の上層部に対して二人は何の感慨も持ってはいない。


さんざん自分達を利用するだけしてきた奴らがどうなろうと知ったことではない、むしろ、『害獣』に淘汰されて真先に食われてしまうがいいのだ。


しかし、自分達に関わった市井の人達は違う。


平和に暮らしていた、あの人々の明るい笑顔を少しでも守ってやりたい。


全てを守ることはかなわないことは十分承知している。


それでも一人でも多く、逃げのびてほしいのだ。


だからこそ、二人は戦い続ける。


絶望的なこの状況にあって尚、二人の闘志は衰えることを知らない。


なぜなら彼ら二人は牙持たぬ人々を守るために生まれてきた鉄壁の盾なのだから。


『人造勇者』という盾なのだから。


その強気想いを刃に乗せて、二人は剣を振るい続ける。


「おおおおおおおおおおおっ!! 俺の心に宿りし勇者の魂よ、炎となって燃え上がりその力を指示せ!! 宿難真源流(すくなしんげんりゅう) 剛柔古武術(ごうじゅうこぶじゅつ) 絶奥義 煉獄核撃斬(れんごくかくげきざん)!!」


白銀の甲冑を身に纏った大柄な少年が、雄叫びとともに大上段に構えた光り輝く太刀をすっと縦一文字に振りおろすと大地に突き刺さった太刀の先から禍々しい光が溢れ出し、それに触れた二足歩行の恐竜型の『害獣』の手が消し済みになって消え去る。


いや、そればかりではない、徐々に大きくなるその光の球に触れた『害獣』達は次々と消し済みとなって消えていき、やがて、とてつもなく大きなドーム型にまで膨れ上がった光は最後爆音と共に弾け、とてつもない巨大なキノコ雲を空へと描く。


白銀の甲冑姿の少年の周囲を取り囲んでいた『害獣』の群れが一瞬にして消え去った。


だが、すぐにその背後に待機していた『害獣』達が、恐れる風もなく少年へと殺到していく。


すると、その白銀の甲冑姿の少年の後ろからかなり小柄な別の少年が飛び出してくる。


真紅の甲冑に身を包んだその少年が、居合抜きのような要領で、円を描くように手にした太刀を横薙ぎに払う。


「はああああああああああっ!! 僕の心に宿りし勇者の魂よ、光となって眩く輝きその力を指示せ!! 宿難真源流(すくなしんげんりゅう) 剛柔古武術(ごうじゅうこぶじゅつ) 滅奥義 瞬獄波動斬(しゅんごくはどうざん)!!」


すーーーーーっ、と、殺到してこようとしていた『害獣』達の身体を水平に何かが通り抜けて行く。


そして、その光の輪の軌跡が全方向へと走りぬけていったその数瞬後、『害獣』達の身体が横にずれたかと思うと、一斉にドミノ倒しのようにバタバタと上半身と下半身を泣き別れさせて大地へとその身を沈めていくのだった。


二人の少年がたった二振りしただけで凄まじい数の『害獣』の群れが骸となって消え去る。


しかし、それだけ驚異的な戦闘力を見せつけても尚、視界全てを埋め尽くす圧倒的な『害獣』の群れ。


倒しても倒してもあとからあとから湧いてくる。


いや、最初からわかっていたことだった。


敵はこの『世界』そのものなのだ。


『世界』そのものが自分達に対して『NO』といっているというのに、なぜ勝つことができるというのだろう。


だが、それでも少年達は戦い続ける。


勝たなくてもいい、勝つことが彼らの目的ではない。


そして、生きて帰ることも最初から放棄している。


だから力をセーブすることもない、最初から全力で眼前に広がる雲霞の如き敵に、自分の全てをぶつけるまで。


真紅の鎧の少年は、赤く光る太刀を握っている左手に力を込めると、ざんっと足を踏みしめて前に出ようとする。


しかし、急にその手を引っ張られて、あやうくバランスを崩すところだった。


真紅の鎧の少年は、訝しげに自分の腕を引っ張った相棒のほうを振り返り、真紅の兜の奥底に隠れたくりくりとしたかわいらしい瞳を向ける。


「な、なに? どうしたのガイ?」


「・・今から俺が道を作る。お前はそこを突破して逃げ延びた人々の護衛に向かえ」


ざっざっと足もとの砂を蹴って前へと踏みだし、真紅の鎧の少年の横を通り抜けた白銀の鎧の少年は、若干『害獣』達の群れの厚みが薄くなった方向に視線を向けて白銀に輝く太刀を構える。


一瞬、白銀の甲冑の少年の言うことがわからなかった真紅の甲冑の少年はしばし呆気に取られてその後ろ姿を見つめていたが、すぐに追いつくと怒りに満ちた視線を向ける。


「な、なに言ってるのさ、ガイ!? わけわからないこと言わないでよね!! 君一人になっちゃったら時間稼ぎなんてそれほどできないでしょうが!!」


「もう、十分時間は稼いだはずだ。三日・・いや四日か。これだけ時間を稼いだんだ、住人達のほとんどがこの国から脱出していると思う。あいつらの目的はこの地に満ちた『異界の力』の駆除であって、人間自身の駆除は含まれていないはずだから、あえて住人自身を追いかけたりはしないだろう。まあ、上層部のバカどもは自分の身体を改造して『異界の力』をたっぷり取り込んでいるだろうから見逃してはもらえんだろうが・・」


くっくっくと、そう笑って見せた白銀の鎧の少年は、兜の横にあるスイッチを押して面貌を開くと、その整った男らしい顔を真紅の甲冑の少年に向ける。


そこには清々しいくらいに透き通った笑顔があった。


「人間達は守った、次は、俺の掛け替えのない友達を守る番だ」


「ば、馬鹿じゃないの!? 僕は君に守られるほど弱くは・・」


「そうだな・・おまえのほうが俺よりも強い。じゃあ、やっぱりおまえがここを脱出し生き延びた人達を守ってやってくれ」


「意味わからないって、もう!! どうしちゃったのさ、ガイ、変だよ、絶対!! おかしいよ、『人造勇者』の僕達に命令は絶対、『この地に留まり、一分でも一秒でも長く『害獣』を足止めせよ』、それが僕らに下された命令だったでしょ?」


「ほう、おまえ、本当にそんな命令を聞いてここに来たのか?」


面白そうに白銀の甲冑の少年が聞き返すと、真紅の甲冑の少年は拗ねたようにぷいっと顔を背ける。


「あ、当り前じゃない、洗脳されている僕らに拒否権なんてあるわけないんだから」


「本当に洗脳されている奴は、自分で洗脳されているなんて言わないと思うがな」


「う・・」


思わず口ごもってしまう相棒を、しばらく面白そうに見つめていた白銀の甲冑の少年だったが、優しい色をその瞳に宿らせて口を開く。


「おまえ、あの命令を最初から拒否するつもりだっただろ? でも、俺が受けちまったもんだから付き合ってくれたんだよな。誤魔化さなくても知ってるよ。おまえはそういう奴だ。結局最後までおまえに心配かけて割にあわないことさせちまったなあ・・ごめんな、ひどい友人で」


「・・何言ってるのさ、ガイ・・もう、いいってば!!」


「だからさ、このままひどい友人で終わるわけにはいかんだろ。俺がおまえの為の礎になろう・・だから・・おまえは生きてくれ・・」


「ちょっ!! ほ、ほんとにいい加減にしないと、怒るよ!!」


憤然と詰め寄ろうとする真紅の甲冑の少年だったが、それを拒絶するかのように再び面貌を出現させた白銀の甲冑の少年は、真紅の甲冑の少年に背を向け闘志をみなぎらせながら太刀を構えて歩きだそうとする。


「ま、待ってよ、ガイ、僕は納得してないってば!!」


「おまえだけが、最後まで俺の友人だった。ありがとうな。俺が兵器としてでなく人間として死んでいけるのはおまえがいてくれたおかげだ。おまえが隣にいてくれて本当によかった・・あとは、頼むぜ」


完全に遺言と思われる言葉を静かに紡ぎ出した白銀の甲冑の少年は、己の信念を貫くために走りだそうとする。


が、しかし、その寸前で、今度は真紅の甲冑の少年がその腕をつかんで止めさせる。


そして、真紅の甲冑の少年は自分の面貌を開いて顔を出すと、その少女にしか見えないかわいらしい顔を怒りに染め、射ぬくように相棒を睨みつける。


「ガイ・・うん、わかった、僕はここを脱出して生き残った人達を守るよ・・って、言うと思ってるの!? いい加減にしろおおおおおおおっ!! この馬鹿!! 朴念仁!! ええかっこしい!!」


「な、なんだなんだ? どうした、何を怒っている?」

 

「ああ、そう、君は最後まで僕を友人扱いですか・・うっわあ、もうすっげえ頭にきた。なんかもういろいろとふっきれちゃったよ、僕は。やっぱり君と心中することにする。絶対する。そして、地獄でゆっくり話し合うことにしよう。君にはいろいろと聞いてもらわないといけないことがあるからね」


「ちょ、ちょっと待て、おまえ、なんか物凄く目が据わってるぞ!? おかしいぞ、おまえ!? さっきまで冷静だったのに、いったいなにがどうなった!?」


「冷静でいられなくしたのはガイでしょ!? 僕の気持ちなんか、これっぽっちもわかってないよね、君は!! いいよ、いいよ、いいですよ~だ!!」


そう叫んで見せた真紅の甲冑の少年は、目の前で慌てる白銀の甲冑の少年を怨みのこもった視線で見つめていたが、不意にその身を近づけるとその身体にがっちりとしがみつく。


「な、何をする!? おまえ、これじゃあ、戦えないだろうが!!」


「もう、いいよ。このまま一緒に死のうよ、ガイ。僕だけ生き残っても仕方ないもん」


「はあっ!? なに言ってるんだ、バカなこと言ってないで放せ!! 今からでも遅くない、道を作るからそこを通って、おまえは・・」


身をよじってなんとか真紅の甲冑の少年を引きはがそうとする白銀の甲冑の少年だったが、とんでもない力でしがみつかれて放すことができない。


それどころか真紅の甲冑の少年はがっちりと片手でホールドしたまま器用に片手を伸ばすと、白銀の甲冑の面貌を開き素顔を現させる。


そして、見たこともないような妖艶な笑顔を浮かべてゆっくりとその濡れ濡れと光る赤い唇を近づけていく。


「わかってないなあ・・ねえ、ガイ。僕ね、『友人』としてのガイを助けようと思ってついてきたんじゃないよ」


「ゆ、『友人』じゃないって・・おまえ、さっきからわけのわからないことを!!」


「僕は・・僕はね・・ガイのことを愛し・・」


息がかかるくらいに間近に二人の顔が迫るそのとき、周囲を展開していた『害獣』の群れが一斉に二人に襲いかかる。


白銀の甲冑の少年は真紅の甲冑の少年だけでも守ろうと、その自分よりも小さな身体を強引に自分の内側に収めようとするが、真紅の甲冑の少年はなぜかそれを拒み、妖しくも悲しい笑顔を浮かべたままその身を『害獣』達にさらそうとする。


凄まじい数の『害獣』達が二つの少年の姿を覆い隠し、その無数の爪と牙で跡形もなく消し去る。


・・そのとき。


『ゴッシャアアアアアアアン』


「「え・・え、え、え、・・ひえええええええええ~~~~~~~~~~~~っ!!」」



Act.21 『人造勇者達の宴』




突如、轟音が響き渡ったかと思うと、二人の少年の足元が崩れ去り、襲いかかろうと飛びかかって来ていた数匹の『害獣』と共にぽっかりとあいた穴の中に吸い込まれていく。


光に満ちた場所から一転薄暗い闇の支配する空間に投げ出された、自由に身動きもままならぬまま、それでも二人は離れまいとして互いをしっかりと抱きしめたまま落下していく。


そして、数十秒の落下の後、二人は抱き合ったままの状態で何か柔らかいマットのようなものの上に着地。


ぼよんぼよんと、その白く柔らかい何かの中に埋もれて目を白黒させる二人。


だが、呆気に取られながらもなんとかその柔らかい何かの場所で素早く態勢を整えた二人は、手にした太刀を構えてそこから飛び降りて辺りを見渡す。


すると、自分達の周囲のあちこちで、落下して固い地面にそのまま激突したと思われる『害獣』達が最後の断末魔に身を痙攣させているのが見えた。


どうやら襲いかかってくることができるほど無事だった個体はいないことがわかり顔を見合わせる二人。


「い、いったい何がどうなって?」


「わ、わからん・・どうやら地下洞窟のようだが・・」


周囲を改めて見渡すと、二人がいる場所は巨大な岩肌の見える大きなドーム状になった地下広場のようなところで、地面に転がるあちこちの岩にはヒカリゴケのようなものが群生しており、暗い筈の地下世界を緩く青い光でぼんやりと照らし出している。


自分達の背後には巨大な白い風船のようなものが膨らんでいて、どうやらこれの上に落ちたおかげで二人は無事だったようだ。


「これって、自然にできたものじゃないよね?」


ぽふぽふと、風船のようなものをつつきながら横にいる白銀の甲冑の少年に話しかけた真紅の甲冑の少年だったが、自分の相棒が何か別のところに視線を向けていることに気がついて、自分もそちらに視線を向けてみる。


すると、その視線の先、ぼんやりとした光の中に、一つの人影が立っているのが見えた。


その人影をさらによく見ると、自分達と同じくらいと思われる歳の黒髪黒眼の少年で、何故か青いシャツに青いジーパン、その上にはかわいいにわとりのアップリケのついた白いエプロンという、この場にはおよそ似つかわしくない姿。


突如現れた謎の少年を二人は呆気に取られた表情で見つめ続けたが、謎の少年はそんな二人の様子に気がついた風もなく晴れやかな笑顔を浮かべて見せると、シュタッと片手を挙げて口を開く。


「どうも、通りすがりの専業主夫ジンです」


「「はあっ!?」」


素っ頓狂な声をあげる二人にスタスタと近づいてきた謎の少年ジンは、二人の背後にある風船に両手をかけてごそごそとしばらく何かやっていたが、やがて『ブシュッ』という音が聞こえて風船はあっというまにしぼみ一つの珠へと変化する。


そして、その変化した珠をエプロンのお腹にあるポケットにしまったジンは、にこっと再び二人に人懐っこい笑顔を向ける。


「いや、間に合わないかと思ったけど、なんとか間に合ったみたいですね。二人とも怪我してないですか? 大丈夫ですか?」


「あ、ああ・・なんとか・・と、いうか、地面に穴を空けて俺達を助けてくれたのか!?」


「うん、まあ、自信はなかったんですけどね・・その、ほとんどあなた達のいる場所って勘だけで探り当てたから」


てへへと、可愛らしく笑ってみせながら、とんでもない発言をする謎の少年ジンを二人は唖然として見つめる。


「あ、そろそろ移動しませんか? もう襲ってこないと思うけど、彼らが自分の上にいるのって落ち着かないでしょ」


くいくいと親指を後方へと示し、ジンはそっちに向けて先に歩きだす。


二人は一瞬顔を見合わせたが、すぐに慌ててジンのあとを追いかける。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、ジン!! その、俺達を助けてくれてありがとう。その、俺達はじんぞ・・」


「『人造勇者(じんぞうゆうしゃ) 蒼穹神剣(O-マスター)』の阿號(あごう)吽號(うんごう)? すいません、僕、そういう兵器っぽい名前好きじゃないんですよ。そういう自己紹介だったら結構です。そうじゃなくて、お二人ともちゃんと名前あるでしょ? そっちで名乗ってもらえませんかね」


追いついてきた白銀の甲冑の少年ガイが、横をスタスタと歩いて行くジンに声をかけようとするが、くるっと横に顔を向けたジンがその言葉をさえぎる。


その不機嫌極まりない表情を見て顔を強張らせるガイだったが、同じようにその言葉を聞いていた真紅の甲冑の少年はガイとは逆にくすくすと笑い声をあげる。


「面白いね、君。僕達のこと人間扱いしてくれるんだ」


「人間扱いね・・人間、兵器、勇者、魔王、神、悪魔、魔族、龍族・・あほらしい。みんなただの『人』じゃありませんか? ねえ、赤い鎧の『人』、僕に教えてくださいよ。『害獣』の前で、勇者と人間と兵器と魔王とどう違うわけなんでしょう? 僕からしたらみんなただの『人』でしかないと思うのですが」


そのジンの言葉に今度は真紅の甲冑の少年が、顔を強張らせる。


「あの・・君って人間だよね? ひょっとして君は共和派の人なの?」


人間として生まれ人間の国で育った者達は、多かれ少なかれ他種族に対し、排他的な考え方をするように教育を施される。


従って、他種族の者を自分達と同じ『人』とは決してみない。


ほとんどの人間達は他種族に対して、『化け物』という認識しか持っていない。


しかし、二人の目の前にいるジンという少年は明らかにそうではないということを匂わせることを口にした。


ごくごく少数ではあるが、人間の国を飛び出して他種族の住む場所で暮らす者達もいることはいる。


彼らは人間達の間から『共和派』と呼ばれる人達なのであるが、人間の統治する国にいれば危険思想の持ち主ということで処罰されてしまう為、人間の国の中で彼らの姿を見ることはほとんどない。


また、人間の国のほとんどは鎖国を続けており、同じ人間同士の国との交流はあっても他種族の国とは国交を断絶しているためそう言った人達が入ったりしてくることもない。


国土防衛用『人造勇者』として作り出された二人は、当然のことながら他種族が統治する国に行ったことがなく、またそういった考えの人達に実際に会ったことがなかったため、その考えを平然と口にするジンに驚きを隠せなかったわけであるが、そんな二人に対しジンはあくまでも自然な態度を崩さぬままに言葉を続ける。


「共和派ねえ・・共和派とか人間至上主義とか、そういう考えももうなくなると思いますよ。土地という土地のほとんどはこれから『害獣』達が支配していくだろうし、『国』というもの自体が存在しない幻のものとなっていくでしょう。人間だけで集まって肩をよせあって暮らしていくことはもうできなくなっていくでしょうしね。遅かれ早かれ人間達は他の種族の『人』達と共存していかなくてはならなくなる。まあ、とりあえず、今は生き残ることが先決かな・・あなた達は共和派が気に入らないかもしれないけど、しばらく我慢してついてきてください。この洞窟を抜ければ『八幡』国の生き残りの『人』達が避難して集まっているキャンプ場に出ますから。そこまで送り届ければ僕は姿を消しますよ」


そう言ってジンは二人に肩をすくめてみせる。


「避難してるって・・ひょっとすると君はこの国の人間達も助けてくれたのか?」


「まあ・・成り行きで・・困ってる『人』は助けないといけませんからね・・ああ、そうそう。でも軍部の『人』達が守っていたほうは助けてませんから。あくまでも一般市民の『人』達だけで逃げていた一部の集団の方だけね。だから、全部を助けられたわけじゃないってことは理解しておいてください」


「十分だ・・すまない、本当にありがとう」


白銀の甲冑の少年は、かぶっていた兜を取り去って地面に投げ捨てるとジンに向かってぺこりと頭を下げて見せるのだった。


その姿を見たジンは慌てて少年の頭を上げさせる。


「ちょ、やめてください。『人』としてあたり前のことしかしてません、えっと・・名前は・・」


「ガイだ。ガイ・スクナー。お主はジンだったな。ジン、ありがとう、俺達が命を張って稼いだ時間で、生き残った人達がいてくれていると信じてはいたが、そうやって本当に生き残った人達がいるとわかったことは本当にうれしいことだ。いくら感謝してもしきれない」


「いや、まだ早いですって。感激するのはとりあえずここを生きて脱出して、その目で生き残りの人達を確認してからにしてください。僕が騙しているかもしれませんし」


「幸か不幸か人を騙す奴らには山ほど会ってきていてな。特に俺達の上司達はそういう連中ばかりだったわけだが・・お主がそういう人種でないことくらいはわかるよ」


ニヤリと男臭い笑みを浮かべてみせるガイであったが、ガイの言葉を聞いたジンは、何故か疲れきった表情を浮かべて溜息を吐きだした。


「相変わらず防衛本部は腐った人間のたまり場だったみたいですねえ・・僕がいなくなることでちょっとは変わるかと期待していたんですが・・」


その憂いに満ちたジンの表情を黙って見つめていた真紅の甲冑の少年は、何かに気がついたような表情を浮かべて口を開く。


「君って僕らと同じような気配をしているけど・・ひょっとして『人造勇者』?」


その問い掛けに対し、ジンはいたずらっぽい笑みを浮かべてみせる。


「忘れました。少なくとも今の僕は『人』です。意志持たぬ『兵器』ではない・・君はどうですか?」


そう逆にジンが問い掛け直すと、問い掛けられた真紅の甲冑の少年は困惑した表情を浮かべ、ジンを挟んで反対側を歩いているガイがその顔を見て面白そうに笑い声をあげるのだった。


「あっはっは。『人造勇者』は意志持たぬ『兵器』か・・そういう意味では俺もおまえももう『人造勇者』とはいえんな。ジンも、俺も、おまえも・・等しく同じ『人』・・ってことかな」


「『人』ねえ・・」


納得していないというよりも戸惑いを隠せないという表情を浮かべる真紅の甲冑の少年。


そんな少年の姿をしばらく優しい瞳で見つめていたジンだったが、口を開きかけて何かに気づき、困ったように隣を歩くガイのほうに視線を向ける。


「あの・・ガイさんの名前は聞きましたけど・・こちらの方はなんとお呼びすればいいんですかね? 」


「ああ、そう言えばそうだったな。そいつの名前はゴ・・ 「シャルル!!」 ・・って、え?」


ガイが真紅の甲冑の少年の名前を告げようとすると、物凄い慌てた口調で真紅の甲冑の少年の声が割って入る。


自分の全く予想していなかった単語が飛び出したことにガイはしばし呆気に取られて真紅の甲冑の少年を見つめるが、真紅の甲冑の少年は顔をゆでだこのように真っ赤にさせてガイを睨みつける。


「お、おま、何を・・」


「僕の名前はシャルル!! シャ・ル・ルったら、シャ・ル・ルなの!!」


「ぜ、全然一文字もあってな・・ぐっはあ!!」


神速のスピードで繰り出された真紅の甲冑の少年の地獄突きが容赦なくガイの喉を貫いて黙らせる。


そして、二人のやり取りを茫然としながら見つめているジンに満開に咲いた桜のようなかわいらしくも美しい笑みを浮かべて見せた真紅の甲冑の少年は、もう一度改めて自己紹介する。


「僕の名前はシャルル。シャルル・ハリス。シャルルって、呼んでね」


「あ、ああ、うん・・じゃ、じゃあ、シャルル、よろしくね」


顔はにっこり笑っているものの、なんだか有無を言わせぬ強烈なプレッシャーを放ってくる『シャルル』の言葉に、顔を引き攣らせながらもこくこくと頷いてみせるジン。


しかし、地獄突きから回復したガイが納得いかないという表情を浮かべて口を開くが・・


「しゃ、『シャルル』って、おまえ、どう聞いても東方地域の名前じゃないだろ、そもそもおまえの本名はゴン・・」


「黙れ!!」


「ぐっほお!!」


ガイが自分の主張を言い終わる前に再び地獄突きを食らわせて黙らせたシャルルは、自分の兜を取って地面に投げ捨てる。


すると、その下に現れたのは長い艶やかな亜麻色のストレートヘアーにすっととがった顎、黄金色に輝く美しい瞳をまっすぐにジンに見つめ、シャルルと名乗った人物はとてつもなく美しい笑顔を浮かべてみせる。


「こちらこそよろしくね、ジンちゃん」


「あ、あれ? シャルルって女の子なの? それとも男の子?」


「うふふ・・どっちだと思う?」


混乱した表情を浮かべて聞いてくるジンに、シャルルは可愛らしい笑顔を振りまいてみせる。


しかし、再び地獄突きから復活したガイが割りこんできて、シャルルの秘密を漏らそうとするが・・


「どっちもくそもそいつの股には俺よりもでかい・・「黙れと言ってる!!」・・ぐっはああああああああっ!!」


音もなくガイに近づいたシャルルは、とんでもないスピードでガイの足を踏みぬくと、腹に容赦ない拳の一撃を加える。


「ちょ、や、やめ!! そもそもおまえ、そんな恩人を騙すような真似を・・」


「うっさいうっさい!! ガイは、どうしていつもそうなのさ!! 人のコンプレックスの塊を指さして大きい大きいって!!」


「それがどうしていかんのだ!? むしろ誇るべき・・ぎゃばあああああっ!!」


「もう、バカッ!! バカバカバカッ!! ガイのバカーーーーーーーッ!!」


顔を真っ赤にしながらも、全く手を緩める様子を見せずにガイを滅多打ちにするシャルル。


「な、仲がいいんだね・・二人とも」


「え、あ・・そ、そんなことはあるけど・・も、もうあんまり詮索しないでよね」


二人のやり取りを生暖かい視線で見守っていたジンがそう呟くと、シャルルは『いや~ん』とかいいながら体をくねくねとくねらせる。


ジンはしばらくそんなシャルルを面白そうに見詰めていたが、ふとその視線をガイのほうに移してみると、首と片手を横にぶんぶんと力一杯ふってみせている姿が。


「あ~、いろいろと違うんですね」


「うん、いろいろと違う」


ジンとガイはそうお互いの認識を合わせると、うんうんと妙にわかったように頷き合う。


そんな二人の様子を見たシャルルは、物凄く不審そうな視線を向ける。


「何わかりあってるの、二人とも?」


「いや、なんでもないですよ。それよりも急ぎましょう。この地下洞窟を抜けたところに森がありまして、そこの広場に『八幡』国から脱出した『人』達を待たせているんです。申し訳ないですが、僕達はあの『人』達を護衛することはできません。行かなくてはいけない場所があるので・・だから、あなた達お二人にお任せしたいんです」


シャルルが向けてくるジト目に、あははと誤魔化すように笑ってみせたジンだったが、すぐにその笑みを消して真剣な表情を浮かべて見せる。


真っすぐな視線を向けたまま言葉を紡ぐジンを、二人は黙って見つめていたが、やがて期せずして同時にこっくりと頷いてみせるのだった。


「わかった。そもそもそれは俺達が成さねばならぬ仕事。そこまでたどり着くことができたなら、あとは引き受ける」


「そうだね。流石にここまで助けてもらった上に後の事まで全部任せっきりっていうわけにもいかないし・・ところで、待たせているって言っていたけど、大丈夫なの? こうしている間にも『害獣』達に襲われたりしているんじゃ・・」


ガイの言葉にいちいち頷いてみせるシャルルだったが、ふと自分の脳裏に浮かんだ最悪の事態の予想に顔を歪めてみせる。


しかし、そんなシャルルに対し、ジンは苦笑を浮かべながらも首を横に振ってみせる。


「大丈夫。向こうで脱出したみなさんを守っている『人』は僕らなんかよりもよっぽど強い『人』ですから。ここよりも全然安全ですよ・・むしろ、派手に暴れていないかそっちのほうが心配というか・・」


力強い笑みを浮かべて大丈夫と断言してみせるジンだったが、なぜか最後のほうだけ呟きとなり物凄い心配気な表情を二人に見せないように背を向ける。


その様子に気がついたシャルルがジンを覗き込むようにして話しかける。


「え? ジンちゃん、それいったいなんのこと?」


「いえいえいえいえ、なんでもないです。さあさあ、急ぎましょう!!」


「う、うん、そうね・・あ、ちょ、ちょっと待ってってば!!」


シャルルの問い掛けに対し、慌てて首を振り引き攣った誤魔化し笑いを浮かべてみせるジンだったが、それ以上問答をさせないようにするように二人を促すと、地下洞窟の道を走りだしていく。


シャルルとガイはお互い顔を見合せて肩をすくめて見せたが、すぐにジンの後を追いかけて走りだす。


ジンは二人が追い付いて来た事を確認すると、見る見るスピードを上げていく。


二人もまたジンから離されまいと同じようにスピードを上げる。


三人は地下洞窟を吹き抜ける一陣の突風と化して走り抜けていく。


二人が最初に落ちてきたドーム状の広場の端っこの壁際にあった小さなトンネルの入口を潜り抜けた三人は、それほど広くないトンネルの中を突き進んでいく。


途中、巨大ミミズ(ジャイアントワーム)や、巨大肉食兵隊蟻(ジャイアントアント)に出くわしたりもしたが、ほとんど無視で通り抜けひたすらに先を急ぐ。


恐ろしいまでの肉体能力を持つ三人は、一般人であれば三日以上かかるであろう道程をたった数時間足らずで駆け抜けた。


目の前に迫る眩しい光が支配する出口に安堵の表情を浮かべる三人。


しかし、そこを通り抜け、しばらくして光になれてきた三人が眼にした外の世界・・その眼前に広がる光景に三人は息をのむ。


若干小高い丘の上にある出口がある場所のすぐ前には森が広がっているのだが、その森の向こうに広がる荒野には、大地が見えないくらいに埋め尽くされた『害獣』の大軍勢。


丘から下を見下ろすと森の木々がまばらになった広場状になった場所に、脱出してきたと思われる多くの人間達の姿が。


明らかにそちらに向かって進軍を続けていると思われる『害獣』の群れを見て、思わず駆け出そうとするシャルルとガイ。


しかし、そんな二人の腕をジンは黙って掴んで止める。


「は、放してくれ、ジン!! 行かなくては!! このままでは彼らは『害獣』の群れに呑みこまれてしまう!!」


「そうだよ!! 僕達の命を助けてくれたことに関しては感謝する。でも、彼らを助けられなかったら・・」


必死にジンの腕を引き剝がそうとする二人だったが、そんな二人にジンはなんとも言えない笑顔を浮かべて見せると、呆気に取られている二人にある一点を指さして見せる。


二人はそんなジンの様子を怪訝そうに見つめていたが、すぐにその指先に視線を動かして見る。


すると、その指先の指す方向、森と荒野の境目に、一人の女性らしき人影が『害獣』の群れを睨みつけて立ちはだかっているのが見えた。


『人造勇者』の能力をフル稼働させ、『超視覚』『超聴覚』の能力ではるか遠くにある女性の姿をより鮮明にとらえる二人。


美しく長い銀色の髪をたなびかせ、燃え盛る炎のような、それでいて色あせることのない紅玉のような紅の瞳に強い意志を秘め、豊満な胸をそらし、くびれた腰に手をあてて、長くすらっとした細い足で大地を踏みしめて立つ。


美しい・・いや、美しいという言葉では全然言い足りないくらい美しすぎる美しさを誇るその女性は、自分の方向に向かって突撃してくる『害獣』の群れにビシッとその指を先を突きつけて吠える。


「悪いけど、ここから先は一歩も通さない!! あなた達のやっていることはこの世界にとっての『正義』かもしれない・・でもね、だからってそのために小さな幸せ、小さな命を奪っていいわけじゃないわ!! だから、私は戦う・・小さな幸せを守るため、小さな命を守るため・・そして、なによりも、あたしと旦那様のらぶらぶな生活を守るために!!」


真剣な表情、真剣な口調で断言してみせる女性を言葉を黙って聞いていた三人だったが、うち二人が最後の下りのところで小首をかしげ、うち一人が恥ずかしそうに頭を抱える。


「え、今、最後のところでなんかおかしなこと言わなかった、あの人?」


「な、なんか、物凄く個人的な目的で戦おうとしているような気がしてきたんだが・・」


「も、もう・・エキドナさんったら・・」


そんな三人の思惑なんかどこ吹く風、『害獣』の群れの前に立ちはだかる美女は、ビシッと両手をクロスするように前に突き出して構えると、天に轟くような声で雄叫びをあげる。


「いっくわよおおおおっ!! 『天』、『魔』、『仁』、『勇』、『宙』・・『頂上変身(オーバーブースト)』!!」


その言葉に導かれるように、空より光が、大地より闇が噴き出して集まり、それは女性の身体へと吸い込まれていく。


光と闇の力が女性を包み込み、それは一つのバトルスーツとなって収束する。


白と黒に輝くメタリックボディ、目の部分だけを隠すようなデザインになったマスク、そして、一瞬白と黒の翼の幻を背中に作り出したそれは、長大な二枚のマフラーとなって風にたなびく。


武装を完了した女性は、ビシッとポージングを決めてみせる。




『愛する夫の魂受けて、生まれ変わった無敵の鋼体(からだ)!!


群がる敵をまとめて砕く、天上天下に無双の力!!


勇魔頂皇(オーバーカイザー) フロイラヴァン】 ただいま参上!!』




気迫のこもった口上を決めて見せる謎のスーパー変身ヒロインの姿を唖然として見つめるシャルルとガイ。


勇魔頂皇(オーバーカイザー)!?」


「フ、フロイラヴァン!? ・・て、そんな『人造勇者』聞いたことないよ!? 何あれ?」


「し、しかし、姿形は明らかに『人造勇者』のもののような気がするが・・」


困惑しきった表情を互いに見合せるシャルルとガイであったが、その後方でますます身体を小さくしていくジンの姿が。


「え、エキドナさん、やり過ぎです・・いくらなんでも、やり過ぎですってば!!」


そんなジンの苦悩など知らぬ顔。


件のスーパー変身ヒロインは、拳を腰だめにためると、明らかに必殺技を繰り出そうとしていると思われるモーションを取り始める。


『本当だったら、パンチとかキックとか使って戦闘員(ざこ)と戦う見せ場を作らないといけないところだけど、今日は時間がないから巻いていっちゃうわ!!


よいこのちびっこのみんな、ごめんね。


我が心愛に満ち溢れ、されど我が拳は怒髪天を突く!!


いくわよ、『害獣』ども!!


あたしの心が真っ赤に燃えるぅ!! 旦那を愛せと轟さけぶぅ!!


二人の愛を邪魔する者は・・どこか遠くで幸せになれ!!


ひぃぃぃぃっさぁぁぁぁっつ!!


古今東西(スーパー)天上天下(うるとら)絶対無敵(アルティメット)究極無双(わんだふりゃー)完全無欠(デラックス)常勝不敗(ちょうごうきん)宇宙最強虚空柱真拳マズィンガーふぃんがー』!!』


『とりゃあっ』という可愛らしい声と共に放たれた女性の両拳から、とてつもない巨大な・・いや、巨大という言葉でも到底追いつかないほどの大きすぎる手の平が宙空に出現。


その巨大すぎるほど巨大な両手はよっこいしょと群がる『害獣』達を全て残らずその掌にすくいあげると、目の前に広がる山脈の向こう側に運び去ってしまい、一瞬にして『害獣』達の群れは目の前から姿を消してしまった。


あまりにも信じられない光景にしばし呆気に取られて見つめていた二人の『人造勇者』は、我に返ると盛大に悲鳴をあげる。


「「ええええええええええええええええっ!! う、うそおおおおおおおおおおっ!!」」


慌てて振り返りジンのほうに視線を向けると、そこには両手で頭を抱えて座り込むジンの姿が。


「ちょ、じ、ジンちゃん、あ、あれ何? どういうこと? あの『人』って『勇者』なの? ってか、あんな無茶苦茶な力持ってる『勇者』なんて聞いたことがないんだけど・・」


シャルルが困惑しきった声で問いかけると、ジンはしばらく目を泳がせてどう答えたものかと考え込んでいたが、やがて観念したように口を開く。


「あ、あの・・その、あれについては、み、見なかったことにしてくれませんかね?」


あはははは~・・と、引き攣った笑いを浮かべ涙目になって二人を見つめるジン。


二人は咄嗟にどう返したものかと顔を見合わせ、三人の間に微妙な空気が流れる。


そのとき、その空気を打ち破るかのように何かを切り裂くような音が響いたかと思うと、空中から突如として白と黒の戦闘服姿の人物が舞い降りてくる。


その人物は、大地に降り立つと、ちょっとの間きょろきょろと周囲を見渡して自分の目的の人物を捜し出すと、戦闘モードを解いて元のスーツ姿へと戻り、艶やかな笑みを浮かべて見せる。


そして、そのままその走り出し。


「旦那様~~!! おかえりなさ~い!!」


そう言って物凄い勢いで駆け寄ってきたその人物は、顔を引き攣らせているジンの身体を情熱的に抱き寄せると、ちゅばっちゅばっと音を立てて唇を重ねる。


「見ててくれました? 見ててくれました? あたしの大活躍!!」


「あ、ああ、ええ、見てました・・けど・・」


「どうでした、かっこよかったですか!? かっこよかったでしょ!? ね! ね!」


「あ、うん・・その・・か、かっこよかったです・・よ」


立場上『やりすぎです』とか『もっと周囲の目を考えてください』とか言わなくてはならなかったはずなのであったが、目をきらきらさせながら期待に満ち満ちて問い掛けてくる最愛の妻にそんな厳しいことが言えるわけもなく、ジンはついつい甘い言葉を口にしてしまうのだった。


そんなジンの言葉を受けた女性は、てへへと可愛らしい笑顔を浮かべながらしきりに照れる。


「やった~、旦那様に褒められちった」


そう言いながら、さらにジンを抱きしめる腕に力を込め『好き好き大好き~♪』と口づけを続ける女性。


ジンはそんな女性にしばらくされるがままにされていたが、やがて、自分達を見つめている二人の視線に気がつき、ちょっと女性の身体を離して二人のほうに視線を向ける。


「お二人が見ていた通り、しばらくこのあたりに『害獣』は来ないはずです。今のうちに脱出してきた『人』達を安全な場所に避難させてあげてください。ここから南にしばらく行った場所に『異界の力』に侵食されていない森があります。そこまで行けばひとまずは安心のはず」


その言葉にシャルルとガイはとりあえず頷いて見せたが、すぐに不安そうな表情を浮かべてジンを見つめ返す。


「それはわかったが・・ジン、お主は一緒に来てはくれないのか?」


「ジンちゃんに頼りっぱなしで申し訳ないとは思うけど・・来てくれると助かるんだけどなあ・・」


しかし、そんな二人にジンはきっぱりと首を横に振ってみせる。


「僕にはまだ行かないといけない場所がいろいろとありますから、ご同行はできませんよ」


「そうか、残念だ・・いろいろと聞きたいこともあったんだが・・」


がっくりと肩を落とすガイに、ジンはにっこりとほほ笑みかける。


「生きている限りまた会えますよ。それに・・なんとなくですが、お二人とはこれから長い付き合いになりそうな気がするんですよねえ・・」


そのジンの言葉に、ガイは困惑したような表情を浮かべてみせるが、シャルルは逆に面白そうな表情になる。


「ふふ、僕もなんとなくそんな気がしてた・・てことはまた、会えるってことだよね?」


「ええ、きっとまた会えますよ」


そう言ってもう一度二人にほほ笑んで見せるジンであったが、ふと視線を感じて横を見ると、脹れっ面をした女性の姿が。


「え、あの、どうしました?」


「なんか、旦那様楽しそう・・あたしといるより二人といるほうが楽しいってこと?」


「そんなわけないでしょ。そもそも僕とエキドナさんは一心同体なんだから、わかっているでしょうに・・」


疲れたようにジンが呟くと、銀髪の美女エキドナは妖艶な笑みを浮かべてジンを見つめ返す。


「うふふ、わかってるわ、ジンは永久にあたしのものだものね」


「おや、久しぶりに名前で呼ばれましたね」


「うん、久しぶりに呼んでみたくなっちゃった。でも、やっぱり旦那様は旦那様かな」


と、言うと、またも『好き好き大好き~、愛してるダーリン♪』などと言いながらジンを抱きしめたエキドナはぶちゅぶちゅと唇を重ねていたが、その態勢のまま背中から黒と白の翼をはためかせ、呆気にとられているシャルルとガイの眼前で宙へと舞い上がる。


そのことに気がついたジンは、慌ててエキドナから顔を少し離すと、下にいる二人に声をかける。


「すいません、うちの奥さん気が急いているみたいなので、僕はこれにて失礼します・・お二人ともお元気で!! ・・って、エキドナさん、苦しいです!! 力入れ過ぎ!! ちょ、ちょっと、僕の話聞いていますか!?」


若干悲鳴じみた声をあげるジンをいたずらっぽく見つめていたエキドナだったが、すっと視線を下にいる二人に向け、ニヤリと笑ってみせる。


邪悪な悪魔達の女王のような、それでいてどこかいたずらな運命の女神のようなそんな魅力的な笑みで。


しかし、再びその視線を目の前の少年に移したそのときには、またもや表情は変わっている。


そこにあるのは慈愛と安らぎに満ちた優しい妻の表情。


今度は先程と違い、そっと少年の身体を抱きしめたエキドナは、その身体を抱えたまますっと上空へと舞い上がっていき蒼穹の彼方へと飛び去っていってしまった。


そんなジンとエキドナが消えた青い青い空を見続けていたシャルルとガイだったが、ふいにガイが口を開く。


「歴代『魔王』の中でも最も美しいと言われた『白蛇魔王』と、歴代『人造勇者』の中でも最強と言われた『人造勇者 独孤求敗(D-セイバー)』か・・」


「なにそれ?」


「いや、少し前に聞いた噂だが・・数年前に魔族の国に侵攻した『人造勇者』の一体がかの地で行方不明になったらしいのだが・・そのときにかの国を治めていた『魔王』と駆け落ちしたという噂があってな・・そんなバカな話があるわけないと、上層部の誰も信じてはいなかったのだが・・」


「ああ・・そうね。多分それって・・」


二人は無言で見つめあうと、もう一度その視線を上空へと向ける。


そして、しばらくそれぞれの想い込めて雲と太陽しか見えなくなった空から視線をもどしふっと肩の力を抜くと、苦笑を浮かべて顔を見合わせるのだった。


「まあ、また会った時に聞いてみればいいか」


「そうだな、いずれまた会うこともあるだろう。とりあえず、俺達も行くか」


「うん」


そう言って頷きあった二人は、生き残った同胞達がいる森に向かって歩き始めた。





このあとも、二人の『人造勇者』には様々な冒険が待ち受けていて、ジンやエキドナの二人とも深く関わっていくことになったわけであるが・・


それはまた別の物語。


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