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Act 20 『妹』

梅雨がいよいよ本格的に始まり、雨の日が多くなってきた五月の末。


土砂降りの雨が降り続く外の様子を教室の窓からぼんやりと眺めながら、霊狐族の少女、如月(きさらぎ) 晴美(はるみ)は、昨日の出来事を思い出していた。


(あ~~やっぱりショックだなあ・・)


自分の大恩人であり尊敬してやまない師匠であり、そして、密に自分が想いを寄せている大切な『人』の一人である宿難(すくな) 連夜(れんや)


その宿難 連夜が現在滞在している場所、城砦都市『嶺斬泊』のすぐ東方を流れている大河『黄帝江』の上に浮かぶ小さな島々の一つ、中央庁が認定している『特別保護地域』にある目的のために晴美はそこを訪れたわけだが、そこを訪れてしばらく時間がたったあと、はたと自分の姿に気がついたとき、晴美は自分が普段ほとんどなることがない『狐』の姿に変化していることに気がついた。


霊狐族である晴美は、『人』の姿、半分『人』で半分『狐』の『半人半獣』の姿、そして、『狐』そのものの姿という3つに姿に変化することができる。


勿論いずれの姿にも自分の意思で、自由に姿形を変化させることができるわけだが、あの日、あの場所に限ってはそういうわけにはいかなかった。


完全に『狐』の姿に固定されてしまい、着てきた衣服は全部下に落ちてしまい、文字通りの素っ裸の姿。


しかもすぐ側には自分が想いを寄せている大切なもう一人の『人』、瀧川(たきかわ) 士郎(しろう)がいる前でである。


晴美は物凄い羞恥心でわけがわからなくなり、気がついた時には森の中をしっちゃかめっちゃかに走りまわっていた。


どれくらい森の中を走りまわったのかわからないが、はたと我に返ったときには、周囲には一緒にここにやってきていた仲間達の姿はなく、晴美ただ一人がぽつんと森の中にいるばかり。


慌てて元来た道にもどろうと思うが、逆上して走っていたため、どこをどう走ってきたか見当もつかない。


完全に迷子になってしまった晴美は、必死に仲間達に呼びかける。


『士郎さ~ん、スカサハさ~ん、ちょびく~ん!!』


しかし、全く返事はない。


それもそのはずで、『狐』の姿になると声を出すことができなくなり、自分の思念で相手と話すしかないわけであるが、その思念の力は相手が近くにいないと発揮することができない。


例外としては同族や、同族でなくても自分の伴侶、血のつながった親兄弟などの場合で、そういう場合はある程度離れていても思念を届かせることができる。


だが、一緒にここに来た仲間達はいずれにも該当しない面々ばかり。


それでも一縷の望みを託して何度も呼びかけては見るが、やはり全く手応えなし。


流石の晴美も最早思念で呼びかけるのは時間と労力の無駄と諦めて、黙ってそこにうずくまり、仲間達が自分を見つけ出してくれるまでここで待つことにする。


しかし、森の奥底まで来てしまったため、木々が多い茂るこのあたりは太陽の光をほとんどさえぎっていて昼間でも暗く、非常に不安で心細い気分にさせる。


小動物や小鳥の気配はするのだが、自分がいま『狐』の姿をしているためか、ほとんどこちらには近寄ってこない。


晴美はだんだん悲しくなってきて、絶対無駄だとわかっていたが、今ここにはいない自分の頼れる保護者達に呼びかけてみる。


『連夜さ~ん・・玉藻おねえちゃ~ん・・助けてよ~~・・』


『玉藻おねえちゃ~んぢゃないわよ。晴美、あなた何、こんなところで泣いてるのよ』


『え!?』


突然真後ろから自分がよく知る思念が伝わってきて、晴美が吃驚して後ろを振り返ると、全身が雪のように美しい真っ白な毛並みをした自分よりも一回り大きな『狐』の姿が。


伝わってくる気配は明らかに自分がよく知る人物のそれなのだが、姿形が自分が知っているものとかなり違うため、思わずまじまじとその『狐』を見つめて問い返す。


『え! え? た、玉藻おねえちゃん? だよね?』


『見りゃわかるでしょ。私以外の誰がいるっていうのよ、もう。なんでこんなところで泣いているの? あっちで何かあったの?』


呆れたような思念と共に心から心配していると思われる思念も一緒に伝わってきて、その新雪のように美しい白狐はそっと晴美に近寄ってきて慰めるようにその身体を寄せてくる。


改めて身体を密着してみると、そこから伝わってくる温かさや雰囲気は間違いなく自分が大好きな姉のものであるのだが・・


『お、お姉ちゃん、その姿どうしたの?』


『え・・ああ、どうして『狐』になっているのかってこと? あなたそのことについて聞いていたんじゃないの? ああ、わかった。その姿に突然なってしまったものだからパニック起こして迷っちゃったんでしょ? この島はね、ある結界がはられていて、この中に入った霊狐族は強制的に『狐』の姿になってしまうのよ。でも、心配しないで、この島から離れればすぐに元に戻るから』


『そ、そうだったんだ・・って、違う違う。そうじゃなくて・・いや、それも聞きたかったけど、お姉ちゃんのその姿!! お姉ちゃんって確か金毛だったよね?』


『え? ああ、確かに。なんかこの島に来てからだんだんこの色になってきて、今じゃこの色に染まっちゃったのよねえ・・金毛白面じゃなくて、完全に白狐になっちゃったわよ。あっはっは』


物凄く面白そうにバシバシと三本の尻尾を地面に叩きつける白狐を、ぽかんと呆気に取られた表情で見つめる晴美。


クールでどこか幻のような儚げな感じのあった美しい姉・・というのが今までの晴美が抱いていた姉の印象だったわけだが、今の姉は完全に完璧に明らかに様子が変わってしまって見える。


いや、悪い印象ではない、なんだか以前よりもずっとずっと温かい感じがするし、すごく親しみやすくて優しさが比べ物にならないくらい大きく感じる。


『どうしたの? 私の姿が変?』


自分をじっと見つめ続ける妹に、怪訝そうな視線を向ける玉藻であったが、晴美はすぐにぷるぷると首を横に振ってみせる。


『う、ううん、そんなことない、『狐』の姿でもお姉ちゃん奇麗だなあって・・』


『ぷっ・・何言ってるのよ、やあねぇ、晴美ったら。そんな気を使わなくていいのよ。それよりもいつまでもここにいるわけにはいかないでしょ? 送ってあげるからいきましょう・・ほら、はぐれないようについてくるのよ』


と、相変わらず優しい視線で自分を見つめてくる姉は、まるで本当の母親のように晴美のことを気遣いながら前をゆっくりと歩いて行く。


その姉の姿をしばらくぼ~っと見つめていた晴美であったが、すぐに我に返ると慌ててそのあとを追いかけて横に並ぶ。


しばらく二人・・いや二匹はのんびりと散歩するような感じの足取りで進んでいたが、ふと顔を晴美のほうに向けた玉藻が心配そうな表情を浮かべて思念を送る。


『晴美はここに何しに来たの? 例の『人造勇神』とかいう奴らが起こしている事件の関係?』


『え、お姉ちゃん、そのこと知っているの? というか、なんでお姉ちゃんこの島にいるの? ここって関係者以外立ち入り禁止なんだよね?』


逆に晴美から問い掛けられてしまった玉藻は、その白い顔をみるみる赤くするとなんだか照れたようにもじもじと身体をゆすり、晴美にとって全く予想外の答えを返すのだった。


『いや、その・・私は・・旦那様に一緒に来てって望まれたからここにいるのよ』


『へ? ダンナサマってなに? お姉ちゃんの大学の先生か何か?』


素っ頓狂なことを言い出した妹に一瞬心底びっくりした表情を浮かべる玉藻だったが、すぐにくすくすと笑いだし、優しい表情で妹を見つめる。


『違うわよ。そうじゃなくて、私の夫が『三カ月も一人でいるのは寂しいからついて来て』って、そうお願いされちゃったから私はここにいるって言ったの。』


『な~んだ、そっかそっかぁ・・って、えええええええっ!? お姉ちゃんいつ結婚したの!?』


力一杯吃驚仰天する妹の姿に、玉藻は非常に申し訳ないという思いのこもった思念を送りこむ。


『驚かせちゃってごめんね。実はまだ内縁の妻なの。晴美には言わなきゃいけないって思っていたんだけど、つい言いそびれちゃって。来年の五月にね式を挙げる予定なのよ。もうあちらのご両親にはご挨拶を済ませてあるし、この事件が終わったら新居を探して引越す予定なんだけど』


『え~~!! え~~!? え~~!!! 唐突だよ、いきなりだよ、びっくりだよ、どっきりだよお姉ちゃん!!』


『いや、驚くのはわかるけど、落ち着いて晴美』


驚きのあまり玉藻の周囲をぐるぐると回り出す晴美に、困ったような思念を送る玉藻。


しばらくの間うろうろしているうちに、なんとか落ち着いてきたのか、晴美が再び玉藻の横にやってくる。


『あ~、びっくりした、あ~、びっくりした。今まで生きてきた中で間違いなくベスト3に入るどっきりだよ、お姉ちゃん。それで、いつ種明かしの『人』がでてくるの?』


なんだかわくわくした表情できょろきょろと周囲を探し始める晴美に、呆れ果てた表情を向ける玉藻。


『いや、あなたを驚かすためのテレビ企画じゃないから。本当の話だから』


『本当の話? 本当にあった話を番組でするあれ?』


『違う違う!! もう、テレビから離れなさい。あなた、ちゃんと勉強してる? 修行しなくてよくなってから、テレビばっかり見てるんじゃない?』


『そ、そんなことは・・ない・・と・・思うような思わないような・・』


『どっちよ・・お姉ちゃん本気で心配になってきちゃったわ』


姉に非常に痛いところを突かれた晴美はみるみるしょぼ~んとしてしまい、その姿を見た玉藻は自分の予感が当たっていた感触にこちらもしょぼ~んとしていく。


『もう、だめよ、晴美。ちゃんと勉強はしないと。まあ、別に学校の勉強だけをがんばりなさいって言っているわけじゃないのよ。あなたが将来大きくなったときに役に立つだろうことや、興味のあることをいまのうちにどんどん吸収しておきなさいって言いたいの。多分今が一番いろいろな知識や技術、技能を吸収できる大事な時期だと思うの・・遊ぶことも勿論大事だわ、でも同じくらい勉強もがんばるのよ。いい?』


『は~い・・って、お姉ちゃんなんだかお母さんみたい』


『あら、そう? ごめんね、口うるさくして』


『ううん、なんか久しぶりにお姉ちゃんに会えて嬉しいなあって・・』


そう言うと、晴美は自分の身体を玉藻の身体に擦り寄せて甘えてみる。


すると、玉藻も嬉しそうに晴美の顔の周りをぺろぺろとなめてやり親愛の情を示す。


『そうね、私もあなたに会えて嬉しいわ。ほんと元気そうでよかった。病気とかもしていないみたいだし。そうそう、学校は楽しい?』


『うん、友達も増えてきたし、結構楽しくやってるよ』


『そう? どんなお友達ができたの?』


『えっとね・・』


傍から見ていると姉妹というよりもやはり仲の良い母娘のように見える二匹の『狐』はそんな感じで他愛のない会話をしながら森の中を歩いて行き、やがて、晴美がパニックを起こした小道まで出てきたところで、晴美を捜しまわっていた士郎とスカサハの二人と合流することができた。


二人に晴美を渡した玉藻は、再び悠然と森の中へと戻って行き、そのまま玉藻と別れたのであったが・・




Act 18 『妹』




(そういえば玉藻お姉ちゃんの相手の『人』のこと聞きそびれちゃった。いったいどんな『人』なんだろう・・)


肝心のことを聞きそびれてしまい、晴美はずっとそのことが気になって気になって仕方なく、昨日からず~っとそのことを考え続けていた。


(やっぱり、玉藻お姉ちゃんよりも年上なのかな、それで背も高くてがっしりしてて強そうな感じ。顔はお姉ちゃんがあれだけ美人だから同じくらいハンサムでかっこいいのかも、あ~、ほんとにどんな『人』なのかなあ・・って、ひょっとしたら『人』型の種族じゃなくて、タスクさんみたいに『獣』型の種族の『人』かもしれないしなあ・・う~ん)


晴美の脳裏に同居先の主の姿が思い浮かぶ。


霊狐族同様、一応『人』型にも変化できる『守の熊(もりのくま)』と呼ばれる種族の三十代前半の男性なのだが、普段ずっと『熊』の姿で生活しており、その『熊』の姿用のヨモギ色のツナギを着用して家の中も外もうろうろしている。


以前一度だけ『人』の姿を見せてもらったことがあるが、『熊』の外見からは考えられない穏やかな表情に細身の体のイケメンであったことに衝撃を受けたものであったが・・


「ダメだ、見当もつかない・・ほんとにどんな『人』なんだろうなあ・・」


ふにゃっと机の上に倒れ込み、ブツブツ言っている晴美の前に、ひょこっと小さな女の子の顔が現れる。


「どうしましたの、晴美ちゃん? 何か悩み事ですの?」


柔らかそうな若干ウェーブのかかった蜂蜜色の髪に、大きな目は蒼く、鼻はすっとしているが高すぎず低すぎず、口は若干小さいようだが、唇の色は血色よく桜色をしているそのかわいらしい少女は、心配そうに晴美の顔を覗き込んでくる。


「あ~、ブリュンちゃん、う~ん、悩み事というか、ちょっとショックな出来事があって・・」


てへへと力無く笑ってみせた晴美は、目の前の小さな友人に視線を向ける。


ブリュンヒルデ・ランツェリッター


クラスメイト達の中でも特に晴美が仲良くしている友人の一人で、白虎族の次期総領に最近任命された同じクラスメイトであるジークハルト・フォン・アルトティーゲルのお付き兼世話役の女の子。


大柄な体格の者が多いことで有名な白虎族でありながら、どうみても小学生にしか見えない小柄な体格の持ち主で、お人形のようなかわいらしさを持っている。


本人は物凄くそのことにコンプレックスを持っているのだが、なんせ見た目が異常にかわいらしいので、どうしても大人扱いされにくい傾向にある。


一応世話役という役職を幼い頃からやってきたおかげで、非常に大人びた考え方をみせてはくれるのではあるが、ふとした拍子に子供にもどってしまう部分も・・


ともかく、晴美にとって彼女が大事な友人であることに違いはなく、またそれはブリュンヒルデにとっても同じことであった。


「何かあったんですのね? 何があったんですの?」


「それがね~、昨日久しぶりにお姉ちゃんに会ったんだけど・・来年結婚するんだ、って言われたんだ~」


「え~~!! そうなんですね!! おめでとうございます」


「ありがと~。でも、なんか、ちょっとショックというか・・」


仲良しの友人からの祝福の言葉に一瞬にぱっと笑顔を浮かべる晴美であったが、すぐにまたふにゃっと顔を歪ませると、空気が抜けた風船のようにうなだれてしまう。


「あらら~。ほんとにショックでしたのね。やっぱり、大好きなお姉様が遠くに行ってしまわれるような感覚かしら?」


「大好きなお姉ちゃんというよりも、大好きなお母さんがって感じかなあ・・私にとって玉藻お姉ちゃんってお姉ちゃんっていうよりも、もう一人のお母さんって感じだったから」


「そうなんですのね・・晴美ちゃんってほんとお姉様のことが好きなんですねえ」


そう言ってひまわりのようなかわいらしい笑顔を浮かべるブリュンヒルデの顔を、ほんとにブリュンちゃんはかわいいなあ、こんな妹いたらいいだろうなあと、全然関係ないことを考えてうっとり見つめていた晴美だったが、はっと気が付いて誤魔化し笑いを浮かべて見せる。


「えへへ。まあ。家族の中で唯一私のこと心から心配してくれて気にかけてくれていたのはお姉ちゃんだけだったからね。あ~、でも・・」


「ひょっとして晴美ちゃんはお姉様が結婚されるのに反対なんですの?」


今一嬉しそうではない晴美の表情を見ていたブリュンヒルデが、怪訝そうな表情を浮かべて晴美のほうを見つめると、晴美はあははと笑いながら首を横に振ってみせる。


「ううん、そうじゃなくて、私、お姉ちゃんが結婚する相手のことまだ紹介してもらってないから・・」


「そうなんですの? じゃあ、どんな『人』が相手かってことは?」


「わからないし、知らないの。全く、全然」


「なんとまあ」


「いや、ちょっとそのときいろいろ立て込んでてね、結婚するって事実だけ教えてもらって、その後別の話になっちゃって。あ~、こんなことなら結婚の話してもらったときにすぐに聞けばよかったなあ・・」


再びがっくりと肩を落として項垂れる晴美に、不思議そうな表情を浮かべてブリュンヒルデは問い掛ける。


「そんなに気になるなら、携帯念話でお聞きになられたらいいのでは?」


「いや、それがね、今お姉ちゃん、ちょっと特殊な所にいて携帯が通じないの。それに直接会いに行こうとしても、関係者以外立ち入り禁止でそうそう入れる場所でもないし」


「ずいぶんな場所にいらっしゃるんですね。どこか余所の城砦都市か『外区』のどこかですの?」


「ごめんね、ブリュンちゃん、それは言えないのよ。中央庁に関わることなの」


「中央庁の!?・・あの、まさか」


晴美の言葉の何かに気がついたのか、ブリュンヒルデが周囲に素早く目線を走らせて誰もこちらに注意を向けてないことを確認すると両手で口の周りに衝立を作り、晴美にだけ聞こえるような声でささやく。


「ひょっとして、晴美ちゃんのお姉様がいらっしゃるのって、『特別保護地域』の特殊技能修行場ですの?」


「え!? な、なんでブリュンちゃん、そのこと知ってるの!?」


吃驚仰天する晴美の姿を見てやっぱりという顔をしたブリュンヒルデはぺったんこの胸をえっへんと反らして見せる。


「白虎一族が行っている事業の中に清酒造りも入っているんですのよ。それも結構昔からやってて、それなりに名前も知れているんですけど・・今回中央庁から技術習得の資格ありと選抜された者の中にうちのお兄様が入っているのです!!」


「え~~~!! ブリュンちゃんのお兄ちゃん、あそこに行ってるの!?」


「そうなのですわ、今回の極秘技能のうちの一つ『神酒』造りの習得者に選ばれたのです!!」


「ぶ、ブリュンちゃん、ちょっと声が大きいよ」


「あ、あわわわわ」


晴美とブリュンヒルデは慌てて周囲を見渡すが、幸いクラスの中の生徒達はみな他のことに気を取られていてこちらに注意を向けているものはいなかった。


ほ~~っと、安堵の吐息を吐きだしたあと、晴美は改めて小さなかわいらしい友人に視線を向ける。


「それにしても清酒造りかあ・・白虎族の『人』達って、武術家ってイメージが強いから、みんな『害獣』ハンターとか武装交通旅団とかの仕事に就いているのかと思ってたわ」


「うんうん、確かにそれも主要な事業には違いないんですけどね、武術に向いていない『人』も大勢いるから、いくつか武術には全く関係していない事業も行っているんですの。その中の一つが清酒造りで、私のお兄様は幼い頃からず~っと清酒造りに関わっていらして・・本当は武術の腕も相当におありになって、現総領様からも武術系のお仕事をしないかって勧められたのですけどね、自分はそういう荒事には向かないからって、中学卒業してすぐに清酒造りの仕事に本格的に従事されるようになったんですのよ。以来、十年清酒造り一筋でがんばっていらして、その努力がついに報われる日がきたのですわ!!」


感動にうち震えながら演説するブリュンヒルデに、ぱちぱちと拍手を送る晴美。


「ほんと、一流の職人さんてどんな職種の『人』でも尊敬できる『人』多いよね。私もそういう何か手に職をつけたいんだけどなあ・・」


「あら、晴美ちゃんは丸薬作りを続けるんじゃありませんの?」


「う~ん、確かに薬草とか霊草を扱う職業にはつきたいんだけど、丸薬だけがそういう仕事じゃないと思うし、もっといろいろな道を見てからにしようかな・・っていうか、そうしなさいって、お姉ちゃんと連夜さんにそう言われたの。てへ」


照れくさそうにぽりぽりと頬をかく晴美に、ブリュンヒルデはうんうんと頷いてみせる。


「そうでしたわね。私もそう連夜様から言われましたけど・・でも、私の就職先はもう決まっていますから」


そう言って頬を紅潮させたブリュンヒルデは、ある一点に向けて非常に熱く妖しい視線を送る。


ブリュンヒルデが向ける方向に釣られるように視線を向けた晴美は、そこにもう一人の親しい友人の姿を発見し、たははと苦笑を浮かべるのだった。


そこには数人の体育会系の男子生徒達に何やら真剣な表情で指示をしている白虎族の一人の少年の姿があった。


そろそろ暑くなってきた季節にあわせているのか、肩のところでばっさりと袖を落とした長ランに、下には東方文字で『一意専心』と書かれた白いTシャツ、両腕には指抜きになっている白い籠手。下半身はスラックスであるが、なぜかその上には白いレガース。


亜麻色の短髪、金色の瞳、小麦色をしているその両頬には、何かの生き物の爪痕と思われる三本の傷が走っている。


身長は同じ学年にしてはそこそこあり、見えている二の腕を見ただけでも相当に鍛え込んでいるとわかる筋肉質な肉体。


この学校の一年生女子が選ぶ彼氏にしたい男子生徒一年生の部ぶっちぎりのナンバー1の座に輝く少年。


ジークハルト・フォン・アルトティーゲル


ブリュンヒルデが仕える主である白虎族の次期総領にして、ブリュンヒルデが女として心から愛する少年。


「ブリュンちゃんは、ジークくんのところに永久就職するつもりなのねえ・・」


「はい!! 誠心誠意努めあげる所存ですわ・・ああん、ジークさまぁ~ん、今日も素敵ですわぁ~ん」


教室の入り口にいるジークをくねくねとかわいらしく身をよじらせて熱い視線で見つめるブリュンヒルデであったが、


その視線に気がついたジークがこちらを確認すると、急いで視線を外してみなかったことにしようとする。


「あ、目をそらした・・」


「じ、ジークさまああああ!?」


ジークの冷たいリアクションにショックを受けたブリュンヒルデは、悲痛の叫びをあげたあと、涙目になってずんずんとジークハルトのところに突き進んで行く。


そして、何か二人の間でやりとりがあったあと、ブリュンヒルデが大袈裟に子供のように泣き出し、ジークハルトがおろおろと慌て出す。


見慣れたいつもの光景で、クラスメイト達は、『あ~またいつもの夫婦喧嘩かあ』という生暖かい視線をそちらに向けていたが、やがて晴美のほうに何かを期待する意味を込めて一斉に視線を移す。


(もう~、結局こうなるのねえ・・)


心の中で溜息をついた晴美は、やれやれといった表情で席から立ち上がり、いつものようにブリュンヒルデを慰めるために二人の元に歩いて行く。


すでにこの一連のイベントはこのクラスでは恒例となっており、最後に晴美が二人を仲裁して終わりを迎えることがお約束になっていた。


(なんか、だんだんめんどくさくなってきたなあ、いい加減二人の間で解決してほしいんだけどなあ)


などと思いながら二人に近づいて行く晴美だったが、今日は少しばかり様子が違っていた。


自分ではない誰かが、ブリュンヒルデを慰めているのだ。


その人物はブリュンヒルデと同じくらいの身長に、おなじくらいの歳格好・・ということは小学生くらいの女の子で、奇麗な茶色の髪は腰まであるロングヘアーで、細い目、小さな鼻、小さな口をしていて、ほとんど表情を動かさないまま、泣きじゃくっているブリュンヒルデの頭をよしよしと撫ぜてやっている。


ブリュンヒルデはともかく、なんでこんな小さな女の子が中学校に?


その晴美の疑問が表情に出ていたのか、ジークハルトが晴美が口に出すまでもなく説明してくれる。


「校内をうろうろしていたんで、保護したんだが、なにやら誰かを探しているようでな。いったい誰を探しているのか聞き出そうとしたのだが、無口なのかそれともしゃべれないのかともかく何も話してくれないので、どうしようかと思っていたところなのだ。すでに先生にこのことを報告させに行かせてはいるのだがな」


「流石、新風紀委員長殿。やることにそつがない」


「ちゃかすな。それよりもどうしたものか」


晴美がにぱっと笑ってジークを見ると、ジークは顔を少し赤らめながら誤魔化すように少女のほうに視線を向け、晴美もそれにならって少女のほうに再び視線を向け直す。


恐らくジークがさんざんしゃべりかけたあとであろうから、自分が話しかけてもどうこうなるとは思えなかったが、それでもなんとなく話しかけたくなり、少女に近づいてしゃがみ込み、目線を少女にあわせてみる晴美だったが、そのとき少女の服装を改めて見て顔をしかめる。


簡素な黄色のTシャツの上にライトグリーンのブラウス、ジーンズのスカートを着用しているその少女は全身物凄く汚れていた。


日焼けした肌なのかと思っていたが、明らかに汚れて肌がくすんでいるのだ。


それに体のあちこちにいくつもの擦り傷や切り傷がいっぱいあるし、体臭もすごい。


いったいどれくらい風呂に入っていないのか、というか、親は子供をこんな姿のまま放置しておいていったい何をしているのか。


晴美の心に物凄い怨念にも似た憤怒が湧き上がってくるが、目の前の少女に罪はない。


つとめて怖い顔にならないように気をつけ、できるだけ優しい笑顔になるように、姉の優しい笑顔を思い出しながら表情を作って少女に視線を向けると、柔らかい口調で尋ねてみる。


「あの・・私、如月(きさらぎ) 晴美(はるみ)っていうんだけど・・誰か捜しているのかな? もしそうなら一緒に捜してあげるから、教えてくれない?」


「・・お兄ちゃん」


晴美の言葉にしばらく考え込んでいた少女だったが、やがて思いだしたかのようにぽつりと呟いた。


その言葉を聞いた晴美は、笑顔を崩さないように小首をかしげると尚も少女に話しかける。


「え? お兄ちゃんを捜しているのかな?」


そう聞くと、少女はこっくりと頷いて見せる。


「そっか、じゃあ、捜してあげるから、あなたのお名前教えてもらってもいい?」


「・・たきかわ しろう」


「え!?」


少女が口にした名前に、晴美だけでなく、横で聞いていたジーク、ブリュンヒルデもそろってぎょっとした表情を浮かべる。


しかし、そんな晴美達の驚愕に気がつかない少女ははっきりともう一度自分の名前を名乗るのだった。


「・・私・・瀧川(たきかわ) 紫朧(しろう)。・・お兄ちゃん・・瀧川 士郎」


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