Act 19 『守るべき心、守るべき誓い』
『人造勇神』 『倚天屠龍』タイプ ゼロフォーの『サポートシステム』として生み出されたホムンクルス、瀧川 子狼・・通称『ちょび』は、今途方に暮れて森の小道のど真ん中に立っていた。
ここは城砦都市『嶺斬泊』の東方に位置する大河『黄帝江』の中にある小さな島のうちの一つ、都市の中央庁から『特別保護地域』として認定されている場所で、通常都市から出ている都市営地下鉄を使ってここに来ることができるようになっている場所。
勿論、ちょびもその地下鉄を使ってここにやってきたわけであるが、別にこの自然豊かなこの場所に観光目当てでやってきたわけではない。
ここは現在中央庁によって厳しい監視下におかれており、五月の中旬より八月の中旬まで一般人は入ることが許可されていない。
にも関わらずこの場所にちょびがやってきたのは、とりもなおさずちょびがこの場所に少なからず関係があるからである。
ちょびは現在その稀有な身体的能力を中央庁が指名手配している危険人物に狙われており、その危険から彼の身を保護するために中央庁はこの場所にて現在修行中のある人物にその身を託すことを決定していた。
そして、中央庁はちょびをその人物の元まで無事送り届ける任務をある人物達に任す。
その人物達とは、ちょびを構成している細胞を提供した人物で、彼が兄と慕う合成種族の少年 瀧川 士郎、この『特別保護地域』で中央庁が進めているあるプロジェクトの重要人物である宿難 連夜の妹で、士郎の学友でもあるスカサハ・スクナー、そして、連夜の弟子如月 晴美の三名。
三名は、ちょびを連れてここまでやってきたのではあったが、その件の人物が住んでいる場所に向かう途中、どういうわけか晴美が『狐』の姿に変わってしまいもどれなくなってしまうというハプニングが発生。
パニック状態に陥った晴美は『狐』の姿のまま、森の中へ走って行ってしまい、それを士郎とスカサハも追いかけて行ってしまったため、ちょびは一人ぽつんと取り残されてしまったというわけである。
あまりの急展開についていけず、ぽか~んと事態をただ見守ってしまったことがよくなかった。
こんなことなら一緒についていけばよかったと思ったが、あとの祭りである。
ここで彼らが帰ってくるのを待つのがいいか、それとも自力で目的地に行くのがいいか・・
しばらく考え込んでいたが、動かないで待っていたほうがいいかなあと思ってそこにぽつんと座りこんで士郎達がもどってくるのを待つことにした。
梅雨の季節が間近に近づいていて、空はどんよりと曇ってはいたが、幸いにもまだ雨は降っていないし、大河のほうから吹いてくる風も冷たいということもなく、優しくちょびの頬を触るようにゆっくりと駆け抜けていく。
森の大木の根元に腰かけて周囲を見渡すと、リスや小鳥の姿がちらほらと見え隠れしており、生き物の気配がするため寂しいということもない。
しかし、ここには生まれてから10年近く文字通り寝食を共にしてきた兄弟達はいない。
彼らのことは心配ではあるが、非力な自分にはどうすることもできない。
(俺、これからどうするのが一番ええんかなあ・・)
ぼんやりと空を見上げているが、これと言っていい考えが浮かんでくるわけでもなくちょびは、ただじっとその場にうずくまり続ける。
(まあ、ここにおったからって誰かが助けてくれるわけでもないんやけどな・・自分の力で歩いていかなあかんねん・・)
そう考えると、士郎達を待っているだけの自分はどこか自分ではないような気がしてきた。
ずっと前だけを見て生きてきたではないか、差し伸べられる手はなかったが、それでも一人で生きてきたではないか。
士郎達を信用していないわけではない、しかし、ずっと待ち続けているのはやはり自分ではない気がするのだ。
宛はないし、力はないし、知恵もなければ、お金もない、あらゆるものがないけれど、それでも立って歩くだけの力はある。
そう思うとちょびは立ち上がっていた。
行こうと思うのだ、たった一人で協力してくれるものはいなくても、たとえ勝ち目はなくても、兄弟を捕まえている悪い奴がいるのをこのままにしておくわけにはいかない。
ここにいれば守ってもらえるかもしれない、安全に笑って暮らしていけるかもしれない、でも、捕まった兄弟はそうではない、今も奴の体内で苦しみ続けているに違いない。
行かなくては、自分にしかできないことがあるはずだ、きっときっとあるはずだ。
だったらそのために全力を尽くそう。
そう決意を固めると、ちょびは来た道を戻り始める。
再び戦いの中に身を投じるために。
が・・
決然と歩みだそうとしたちょびの腕を誰かが掴んで止める。
柔らかくて温かい感触。
はっとなって後ろを振り返ると、そこには亜麻色の髪に、そばかすだらけの顔をした自分よりも頭一つ分以上高い身長のエルフ族の少女が温かい笑顔を浮かべて自分をみつめていた。
彼の記憶にはないその少女をしげしげと見つめるちょびは、少女が自分の腕を掴んで止める理由がわからず小首を傾げてみせる。
「な、なんやねん、あんた?」
「ダメよ」
「へ? なにが? なにがダメなん?」
「何かわからないけど、あなたが今しようとしていることは絶対ダメ」
ちょびは、困ったような悲しそうな顔をして自分を見つめてくるエルフ族の少女に益々困惑した表情を浮かべる。
「あ、あの、ごめん、俺、行くところがあるねん。せやからちょっと手を放してくれへん? おねえちゃんに迷惑かけるようなことちゃうねん、頼むわ」
なるたけなんでもないという半笑いの表情を作り、少女の手を放させようとするちょびだったが、少女は益々その手に力を入れて放そうとしない。
「ああ、やっぱり引きとめて正解だった。あなたの顔ね、私を助けようとして、自ら囮になって『害獣』の前に飛び出して行った弟が最後に浮かべていた笑顔とそっくりな顔してる」
「え・・」
「何をしようとしているのか、知らないけど、ダメよ。それが正しいことだとしても絶対だめ。行かせられない、もし、このままあなたを行かせたら私は絶対自分を許せないことになるってわかる。だから、手を放せない」
口調はひどく穏やかであるが、その中にとてつもなく大きな激情を無理矢理抑え込んでいるということは、たった十年の人生しか歩んでいないちょびにもわかった。
少女の目には涙がたまって潤んでおり、その表情は心からの悲しみに満ちている。
「あ~、あの、おねえちゃんの言いたいことはわかった。けど・・その、俺が選択できる道って限られているねん。うまく言えへんねんけど、立ち止まっているんやったら、最後まで歩いていたいねん。せやから・・その、手を・・」
「ダメよ。選択する道がないのはきっとあなたが一人だからだわ。とりあえず、そこに私という選択肢がなかっただけ。でも、今はそれがあるはず。無茶苦茶な理屈かもしれないけど、その選択肢は先に私が選択するの。私の選択肢はこうよ。『あなたを自分の家に無理にでも連れて帰る』」
「ええええええ!! ちょ、ちょ、ちょっと待って!? いや、それはあかんやろ!? え、ちょっと!?」
ちょびをこのままにして説得し続けるのは無理と判断したのか、少女はそう一方的に宣言すると、ちょびの腕を取ってずんずんと森の小道を歩き始めた。
勿論、ちょびとしてはこのまま強引にこの少女の手を振り払って全速力で逃げだすという選択肢がないわけではなかったのだが、この少女の腕を振り払うことがどうしてもできなかった。
少女に腕を引っ張られていく途中、何度もそうしようとは思ったのではあるが、どうしてもどうしてもできなかった。
一方的なお節介で大きなお世話と断言できない、何か強くて温かい意志が少女からちょびに向けられているのがはっきりとわかってしまい、それを無碍にする様なことがどうしてもできなかったのだ。
ちょびはとりあえずここは黙って従うしかないと諦めて少し足を速めて少女に追いつくと、上目づかいで少女のほうに視線を向けて口を開く。
「わかった・・わかったから、ねえちゃんの家について行くから、逃げださへんから、ちょっと腕放して」
そう言うと、少女はピタッと歩みを止めてじろりとちょびのほうを見つめていたが、ちょびが本当に逃げだす様子がないことを確認すると、腕を放してくれたが、その代り、ちょび小さくかわいらしい手の平を掴んでしっかりと握りしめる。
「あ、あの、腕は確かに放してもらったけど・・ま、まあ、ええわ」
ちょびは不満そうに口を開きかけたが、少女の怒ったような悲しんでいるような顔を見ると、みるみる顔をしょぼんとさせてしまい抗議することを諦めた。
するとそのちょびの様子を見ていた少女が、今度は済まなさそうな表情を浮かべて口を開く。
「ごめんなさい。どうしてもね、あなたを見ていると私の目の前で死んでしまった弟を思い出しちゃって、手をつないでいないと不安になってしまうの。だから、つないでいてもいい?」
物凄く悲しそうな表情でそんな風にお願いされてしまい、ちょびは拒否する気力を根こそぎ奪われてしまった。
「ええよ、もう。そのかわりそんな悲しそうな顔せんといてぇな。なんや、俺がごっつい悪いことしているみたいやわ」
「うん、わかった・・でも、もうちょっと待ってね。すぐに気持ちの整理できなくて・・」
「あああ、もう、泣かんといてぇな。俺が泣きたくなってくるわ。・・はよ、ねえちゃんの家にいこ。『人』に見られたら俺が泣かしているようにみられるがな」
「うん、じゃあ、いこっか。」
つないでいない手で涙を拭いた少女が、穏やかな笑みを浮かべてちょびを見つめ、再び歩みを進めていく。
ちょびの足に合わせてくれているのか、ちょうどいいくらいの速度で二人は森の木々が両側を立ち並ぶ小道を進んでいく。
穏やかな風が二人の間を通り抜けて行き、そのたびに隣を歩く少女から、石鹸のいい匂いが漂ってくる。
なんとも不思議な気分で隣を歩く少女の顔をぼんやりと見つめていたちょびだったが、そういえば名前をまだ聞いていなかったなあと思いだし、少女に問い掛けてみる。
「なあ、俺、瀧川 子狼いうねんけど・・ねえちゃん名前は?」
そう言うと、少女はびっくりしたような顔を一瞬浮かべてちょびのほうに視線を向けたが、すぐに穏やかな笑顔になって口を開く。
「そう・・じゃあ、あなたが『ちょび』くんだったのね」
「え、俺のこと知ってるのん?」
「ええ、昨日の夜にね、連絡をもらっていたから・・私はアンヌ。アンヌ・ラジャンハージャン。あなたが今日から一緒に暮らすことになる同居人よ。よろしくね」
「あ、そうなんや・・って、ええええええええ!?」
さらっとアンヌの口から衝撃の事実を話されたちょびは、一瞬自分が聞いた内容を理解できずにいたが、それが脳味噌に浸透してくるや否や驚愕の絶叫をしてしまうのであった。
Act 17 『守るべき心、守るべき誓い』
(なんでや・・なんでこんなことになってるんや!?)
どこかの温泉にある大浴場ほどもありそうな風呂場にぽつんと素っ裸で座るちょびは、自分が置かれている現状をどうしても把握することができず、混乱する頭をなんとか鎮めようとするのだが、それを果たすことができないどころか益々その困惑の度合いを深めていく。
その理由はよくわかっている。
なぜ自分が混乱し続けているのか、その理由についてはよ~くわかっている。
わからないのは、なぜ、こういう状況に自分が追い込まれることになってしまったのかということで、正直、ちょびとしてはとりあえず一刻も早くこの現状から抜け出したかった。
だが、それはかなり難しい問題ではあった。
なぜならば、それを阻む存在が自分のすぐ背後にいるからである。
「ちょびくん、背中痛くない? 痛かったらすぐに言ってね」
敵意や害意などこれっぽっちもないし感じられない、これ以上ないくらい優しい声で問い掛けてくる少女の声がちょびの耳に聞こえてくる。
しかし、今のちょびには、その甘く優しい囁きがどんなピンチの時にも感じたことない強烈なプレッシャーとなって襲いかかってきているかのように感じられてしまう。
(あかん、このまま流されたらあかん!! 完全におこちゃま扱いや!! ここは一つガツンと言うたらなあかん!!)
そう自分の心に叱咤して自分の背後にいる少女に声をかけようと振り向こうしたちょびであったが、振り向きかけて慌てて視線を元にもどす。
ちらっと自分の視線に入ってきた少女の白い素肌が、どこまでも白い素肌のみで、タオルとかそういったものが一切見えなかったからに他ならない。
(なんでや!? 普通タオル巻くやろ!! ってか、巻いてくれ!!)
心の中で絶叫するちょびであったが、勿論そんなちょびの心の葛藤など少女に届くわけがない。
このような状況にちょびが至ってしまった経緯を説明するためにほんの少し前に話は遡る。
『人造勇神』に捕えられた兄弟を救いだすために、城砦都市へ戻ろうとしているところをエルフ族の少女アンヌに間一髪止められて、彼女の家に連れてこられたちょびであったが、家に到着するなり、アンヌに風呂場行きを命じられてしまう。
一応今まで都市内にある川で毎日行水していたし、衣服も洗濯していたことを説明しそんなに汚れていないと言ってはみたのだが、アンヌにそれでは不十分であると戒められてしまう。
勿論勝気なちょびの性格上そんなことないと突っぱねようとしたのではあったが、アンヌの表情を見ているとどうしてもそれを実行することはできなかった。
そして、渋々ながらも風呂場に向かったちょびは、広すぎる浴場に困惑しながらもちまちまと自分の身体を洗っていたのであったが・・そこに自らも素っ裸にタオルを持っただけの姿になったアンヌが乱入してきたのである。
しばし、自分の目の前に起こっている光景が正しく認識することができず固まっていたちょびであったが、一人でゆっくり風呂に浸かりたいからと慌ててアンヌを追い出そうとしたものの、アンヌはちょびは絶対一人ではちゃんと洗わないつもりだろうから、私が手伝うと言って聞かずこんな状態になってしまった。
流石に前は洗わせはしなかったが、背中は洗わせろと言って聞かず、とうとうそれを承諾してしまったちょびはアンヌに背中を洗ってもらってしまっているというわけである。
(仕方ない、ここは説得や、説得しかない!!)
そう決意したちょびは、強い口調で声を荒げようとしたが、それよりも先に背後で自分の背中を洗ってくれている少女が口を開く。
「ねえ、ちょびくん・・」
「・・え、な、なんや、アンヌねえちゃん?」
「士郎から話は聞いたわ、あなたの兄弟が『人造勇神』とか言う奴に捕まっているって話・・あなたそれを助けに行こうとしたんでしょ?」
「・・なんで? 別にねえちゃんには関係ないやん・・」
ちょびがそう言ったあと、ちょびの背中をタオルでごしごしとやっていた少女の手がぴたりと止まった。
それに気がついたちょびが恐る恐る振り返り、なるたけアンヌの身体をみないように、顔だけに視線を集中して確認してみると、物凄く傷ついた表情になったアンヌと視線を合せる結果になってしまった。
(し、しもうたあああああああああ!!)
一瞬で自分の失言に後悔したちょびは、慌ててアンヌに謝罪する。
「ご、ごめん、ねえちゃん、言いすぎた。堪忍や、ほんまにごめん。お願いやから、泣かんといて!!」
涙目になり始めているアンヌの姿を見ておろおろとするちょび。
そんなちょびの姿を見てアンヌは表情を和らげると、こくりと頷いた。
「・・うん、私もごめんね。兄弟が捕まっているんだから心配になるのは当然だよね。余計なお節介だってわかってはいるんだ、きっと私もちょびくんの立場だったら同じことしちゃうだろうし。でもね、もし仮にそれでうまくいってちょびくんが捕まった兄弟を首尾よく助けられたとしても、ちょびくんが無事じゃなかったら、その助けられた兄弟の『人』は全然嬉しくないと思うわよ」
そう言って真摯な瞳でちょびのことをアンヌが見つめると、ちょびはぷいっとまた顔を後ろに向けてしまい黙り込む。
そんなちょびの姿を優しい表情で見つめていたアンヌは、またちょびの小さな背中をタオルでこすってやりながら、言葉を続けていく。
「ほんとはわかっているんでしょ? ちょびくんてそういうところちゃんとわかっていそうだもんね」
「・・わからん。俺はあほやから、そんなこと言われても知らんし、わからん」
怒ったような拗ねたような口調で言い切るちょびだったが、振り返って正面からアンヌを見つめて言おうとしない時点で、アンヌの言葉を肯定しているも同然であった。
「だって、もしそれがわからない子だったら、私の気持ちを汲んだりしないでひどい言葉の一つもぶつけて振り切って飛び出して行っちゃっているはずだもん。ちょびくんは決して私の言葉を頭ごなしに否定しようとしなかったでしょ?」
「・・知らんて・・たまたまや。思いつかんかっただけや」
「本当にそうかな?」
アンヌが前に回り込むようにしてちょびの顔を見つめると、ちょびは顔を真っ赤にしてさらに違う方向に顔を背けてしまい、それを見たアンヌはくすくすと楽しそうな声をあげるのだった。
「も、もう、背中洗えたんか? ほんなら、あとは自分で流すからねえちゃんは自分の身体洗ったらええ」
なんだか照れ臭くて仕方なくなってきたちょびが、すす~っとアンヌから離れ湯船から風呂桶で掬いだしたお湯で体を濯ぎはじめるとアンヌが不満そうな声で抗議する。
「ちょっと待って、ちょびくんも私の背中洗ってよ」
「え、えええええええ!! あ、アンヌねえちゃんの背中を俺が洗うんか!?」
「そうよ、こういうのは交代でしょ? はい」
そう言って背中を向けたアンヌが、背中越しにタオルをちょびに差し出してくる。
ちょびはしぶ~い表情を浮かべていたが、どうにも逆らうことができず、そのタオルを受け取ると、彼にしてはかなり慎重にアンヌの背中を洗い始めた。
「俺、こういうのあんまりやったことあらへんから、力加減がよ~わからへんねん」
「え、士郎から聞いた話だと、あなたにもお姉ちゃんがいたんでしょ?」
「百合ねえちゃんのことかいな。あの『人』はちょっと普通とちゃうかったからなあ・・なんせいわゆる超『人』やったから、俺らが全力でタオルでこすっても、『全然力がたりてないよ~、もっと強くこすってよ~』ってさ。どんだけ俺らに力つかわすねんっていうくらい力一杯こすっていたなあ・・」
「あはは、すごいお姉ちゃんだったのね」
「せやから、アンヌねえちゃんみたいに、ちょっと力入れただけで壊れそうな背中はこするのが怖いわ。痛かったらすぐに言うてや」
「大丈夫よ。私はそんな簡単に壊れたり、どこかにいったりしないから」
アンヌのその言葉に一瞬ちょびの手が止まるが、すぐに何事もなかったかのようにアンヌの背中を洗い続ける。
「アンヌねえちゃん・・ひょっとして百合姉ちゃんのこと・・」
「うん、士郎から聞いただけだけどね」
「そっか」
「私だけあなたの兄弟のこと知ってるのはフェアじゃないから・・いずれ弟の話をしてあげるね」
「アンヌねえちゃんが、気が向いたらでええよ。ほんまに気が向いて話す気になったら話して」
「うん、わかった・・だったら、私が気が向いて話す気になるまでは、どこにも行っちゃだめよ」
その言葉に再びぴたっと背中をこすることをやめてしまうちょび。
なんと答えようかと思って複雑な表情を浮かべてアンヌの白い肌を見つめていると、アンヌが振り返ってちょびを見つめる。
その表情は笑顔を作ってはいたが、不安そうな色が見え隠れしているのがちょびにもわかる。
そして、そんな表情を見せられてしまったあとにちょびが返せる答えなど一つしかないのだった。
ちょびは、ふか~い溜息を『はあ~~っ』と吐き出したあと、疲れ果てた表情で口を開く。
「わかったって・・そんな顔でみんといて。どこにも行かへん。行かへんかったらええんやろ? 黙って待ってるがな」
「約束よ」
「え、ちょ、ちょっと待って、約束て!?」
「士郎から聞いたの、ちょびくんは約束したことは決して自分から破ろうとはせず守ろうとするって。だから、約束」
にっこりと笑みを浮かべてはいるものの、全然目が笑っておらず真剣な光を宿してこちらを見つめてくるアンヌに、ちょびは困り果てて視線を外す。
「・・し、士郎兄ちゃん、なんでそんないらんことぺらぺらぺらぺら教えるんや・・兄ちゃんってそんな性格やなかったって思うんやけどなあ・・」
「ちょびくん?」
「あ~~、もう、くそったれ!! わかった、約束や!! これでええんか!?」
「うん・・だけど・・ちゃんと守ってね」
「男に二言はない!! それよりももう洗ったからお湯で漱いでおいでや」
わざとぶっきらぼうな口調でそう言うちょびに促され、アンヌはくすくすと笑いながらもちょびの言葉に素直に頷いて湯殿のほうに近づいて行く。
ちょびはそのアンヌの姿をまともに見ないように腕組みをしてわざとあちこちに視線を動かしていたのだったが、ふとアンヌが進む方向のタイルの上に石鹸が落ちているのが見えた。
このままではアンヌがそれをふんづけてひっくり返ることを察したちょびは、慌ててアンヌを止めようと口を開きかけるが、それよりも一瞬早くアンヌは石鹸をふんづけてしまい、見事に後ろ向きにひっくり返る。
「きゃああああああああっ!!」
「あぶない!! アンヌねえちゃん!!」
このままでは後頭部からタイルに落ちて大変なことになると判断したちょびはスライディングの要領でアンヌとタイルの間に飛び込むと、自らがクッションになってアンヌの身体を守る。
むにゅっ
服を着ていると着やせして細く見えるアンヌだが、脱いでみると結構肉付きのよく出ているところが出ているアンヌの身体が間一髪ちょびの上に倒れ込んで来て、アンヌの身体は守られたが、しかし・・
ボキッ!!
「ン・・ギャアアアアアアアッ!!」
「きゃ、きゃあああ、ちょ、ちょびくん、大丈夫!?」
変な具合に飛び込んでしまったために、アンヌの身体を支え切れなかった腕が、鈍い音を立てて妙な具合に折れ曲がってしまう。
広い広い風呂場に、ちょびの絶叫とアンヌの悲鳴が響き渡るのだった。
「ごめんね、ちょびくん、ほんとにほんとにごめんね!!」
「ええて、ねえちゃんのおかげでこうして骨もくっついたし、ねえちゃんも怪我せえへんかったし。めでたしめでたしやん」
家のリビングで平謝りし続けるアンヌに、ちょびは無事なほうの片手をひらひらと振って見せて笑顔でなんでもあらへんよ~と言う。
あの後、風呂場から急いでちょびを連れ出したアンヌは、『療術師』としての腕をふるい『回復薬』を利用してちょびの腕をくっつけて直したのであったが、骨折の回復はいくら『回復薬』を使ったからといってすぐに治るものではなく、完治するまで最低でも一日は安静にしておかなくてはならないため、今はちょびが折れた腕を使わないように簡易ギブスをはめて固定している。
研究室から追い出されたあと、数々の危険を潜り抜けて生きてきたちょびは、当然こんなものでは済まない怪我を何度もしてきたので、本当にこの程度の怪我はなんてことはないと思っている。
しかし、怪我とは全く別のことでちょびが困惑していることが二つあった。
別にそれを気にしなければいいのだが、なんとなくこのままにしておくと非常に何か悪いことが起きる、このままにしておいてはいけない、断じていけない、絶対にいけない!!・・そんな予感がしてちょびは自分の隣に座るアンヌに口を開く。
「あ、あの、アンヌねえちゃん・・骨折のことはええねん、こんな怪我は今までも何回もしとるからな・・そうやのうて、その・・」
「なに? どうしたの?」
「・・な、なんでパジャマがお揃いなん?」
ちょびは自分とアンヌが今着用している大きなひまわりの絵がいくつもプリントされたお揃いのパジャマを指し示し、困惑に満ちた表情を向けるのであったが、アンヌは全然気にした様子もなく、笑顔で答える。
「かわいいでしょ。私のお気に入りなの」
「いや、あの、ねえちゃんのお気に入りなのはわかった。それはそれでええねん。何もねえちゃんの趣味が悪いとかそういうことは言うてへんねん。そうやのうて、なんで俺も一緒のもんを着ないといけないのかってことで・・」
「に、似あってない? 私、もうかわいいもの似合わない?」
「いや、似合ってる似合ってないでいうなら、ねえちゃんはよう似あってる。そこはお~け~、大丈夫、問題なし!! ちゃうねん、そうやないねん、そういうことが言いたいんとちゃうねん。俺がねえちゃんと同じものを着る必要性がないわけやん、別にTシャツでもジャージでも、スウェットでも・・」
「大丈夫、ちょびくんもよく似合ってるから」
「おおきに、ありがとう・・って、ちゃうねん・・そんな言葉が聞きたいわけやないんや・・そういう問題じゃないんやけど・・あ~、もうええわ。なんかもういつまでも平行線のような気がしてきた・・これについてはもういい。わかった、諦める・・」
にこにこと優しさに溢れた笑顔のアンヌの表情を見ていると、これ以上何を言っても無駄であるという気がしてきたちょびは、どうしようもない敗北感とともにがっくりと肩を落とす。
そんなちょびを不思議そうに見つめていたアンヌであったが、ちょびの質問タイムが終わったと認識し、ある行動を再開する。
「じゃあ、もうお話は終りね。はい、それじゃあ、お口開けて、あ~ん」
「あ~ん・・もぐもぐ・・おお、この卵焼き美味いな!! ねえちゃん、料理すごいうまいやん!!」
「えへへ、ありがとう、はい、次はごはんね、あ~ん・・」
「あ~ん・・もぐもぐ・・ふっくらしててこれもおいしいよ」
「よかった、がんばって作った甲斐があったわ」
「いや、その・・おいしいねんけど・・おいしいねんけどな、ねえちゃん。お願いやから、フォークとスプーン貸してくれへん? 俺、左手だけでも食べれるから。そんな、いちいち食べさしてくれんでもええから」
引きつるような笑顔を無理矢理作り、目の前で給仕してくれる少女の優しい気遣いを無碍にしないように傷つけないように今置かれている自分の状況の変更を控えめに提案してみるが、目の前の少女は笑顔のままぶんぶんと首を横にふる。
「ダメよ、私のせいでちょびくんは腕を怪我しちゃったんだもの。骨折が完治する明日の夕食までは私がちゃんと面倒みてあげるから。ちょびくんは何も心配しなくていいのよ」
「いや、心配するとかそういう問題じゃのうて・・」
きっぱりと宣言するアンヌに、ちょびは困惑の度合いをますます深めていく。
そう、現在ちょびは骨折して腕が不自由になっていることを理由に、夕食をアンヌに食べさせてもらっていた。
いや、確かにこれはこれで楽ちんではある、勝手にいろいろと食べさせてもらえるわけだし、アンヌと食事を取るのがいやというわけではない。
だが、明らかにおこちゃま扱いされ続けているこの現状を受け入れ続けるのはちょびのプライドがどうしても許さない。
これでも自分は世間の荒波を乗り越えてきたのだ、もうおこちゃま扱いされる歳ではないはずだ。
そう思って喉から口まできつい言葉が出かかるのだが、正面の優しい笑顔の持ち主を見ていると、怒気がみるみる急降下して口から出るまでにきつい言葉はごにょごにょした意味不明の独り言に変わってしまう。
(あかん、こんなことでは絶対あかん!! 俺はもうおこちゃまではないはずや!! ガツンと、一言いうんや!! ガツンと!!)
と、何度もそう思っては口に出そうとするが、器用に箸を使ってせっせと食べ物を自分の口に運んでくれるアンヌにキツイ言葉を吐き出すどころか、アンヌの機嫌を取るかのように料理をほめたたえる言葉ばかりが出てきて、自分で自分が情けなくなっていくちょび。
(ダメや、俺はほんまにダメなやつや・・こんなことでどうするねん・・きっと神様はこんな俺を見逃したりせえへんはずや、なんや恐ろしい罰があたってしまうに違いない)
笑顔を作りながらも心の中では情けない自分の姿に涙を流すちょび。
そんなちょびの心中を知るはずもなく、アンヌは死んだ弟によく似たかわいらしい目の前の少年の給仕を嬉々として続ける。
「はい、次はハンバーグですよ~、あ~ん」
「あ~ん・・もぐもぐ・・って、ねえちゃん、俺のこと完全にガキ扱いしてるよね・・」
「そんなことないわよ・・あの、私鬱陶しい?・・迷惑?」
「いやいやいや、そんなことあらへんよ!! いやあ、このハンバーグうまいなあ!!」
「よかった。じゃあ、次ね、あ~ん」
「あ~ん・・って、ダメやん、俺・・めっさ、ダメ人間やん・・」
アンヌにわからないように、笑顔を作ったまま落ち込むというなかなか器用なことをしてみせるちょび。
もうこうなったらできるだけ早く食べ終えるしかない、どうせ明日には片手は元に戻り一人で食べれるようになるんだし、そう開き直ったちょびは大口を開けてアンヌがすでに箸でつまんでいる大ぶりのハンバーグの塊が入ってくるのを待つ。
そのとき・・
この家の玄関が勢いよく開けられて何人かの『人』影が家の中に飛び込んできた。
「あ、アンヌさん、失礼します!! 大変、大変なんです!! 今日ここに連れてくる予定だった僕の弟がはぐれて行方不明になってしまったんです!! あちこち探し回ったんですけど、みつからなくて、とりあえずアンヌさんに報告だけはしておかないとと思って・・きた・・んですけど・・そこでなにやってるの? ちょび」
確かに・・確かに家の中に飛び込んできたときには心の底から心配そうな顔をしていたはずの士郎の表情が、リビングに座って仲良く食事を取っているアンヌとちょびの姿を見た途端に冷たい永久凍土のような無表情に変化する。
そればかりではない、アンヌの温かい家庭的な雰囲気で家の中全体が温かい感じに包まれていたというのに、なぜか士郎のほうから流れてくる冷たい空気のせいで一気に温度が下がったように感じられるのはちょびの気のせいなのだろうか?
なんだかわからないが、自分に向けられている殺人鬼のような凄まじい殺意のこもった視線にひるみながらもちょびは当たり障りのないことを言って場を和ませようとしてみる。
「あ、ああ、士郎兄ちゃん・・晴美姉ちゃんはみつかったんか?」
「うん、見つかった。後ろにいる・・それよりも、これいったいどういうことかな、ちょび」
「え、その、どういうことかなって言われても・・その、ちゃうねん、いろいろとこれには事情があるねん!!」
誤魔化し切れない、というか、絶対に誤魔化させはしないという強烈なプレッシャーを放ってくる士郎の姿に、これはなんとか言い訳しないと自分の命に関わると直感したちょびは、混乱する頭の中で何かうまいいいわけを思いつかないかと必死に脳みそをフル稼働させてみるが、それよりも早くちょびの運命は隣にいる人物の手で決定されてしまう。
「あら、士郎ったら、今頃来たの? あなたがちょびくんを道の真ん中にほったらかしにしたままだったから私が連れてきたのよ。もう一緒にお風呂にも入ってちょびくんの身体はきれいにしたし、ご飯もそろそろ終わるからあとは一緒に寝るだけだったのよ」
「!!!!!(憤怒)」
「え、ちょお、待って、アンヌねえちゃん・・今、なんか物凄い誤解というか、後戻りできへんなんかえらいことになった気がするんやけど・・」
アンヌの何気ない言葉のあと、一気に部屋の中の空気が凍ったことを感じたちょびは、自分の全身から冷や汗が流れ出すのを感じていた。
ちょびは見たくなかった、見たくなかったが、自分の前方でとんでもない瘴気と憎悪と怒りと怨念を噴出させている人の形をした何かに目を向ける。
するとそこには血の涙を流して、不気味な、いや不気味すぎる能面のような笑顔を張りつかせた士郎の姿が・・
「そ・・そうなんだ・・一緒にお風呂とか・・一緒に寝たりとか・・も、もしかするとその態勢は『食べさせてあげるね、あ~ん』とかやっていたりするのかな?」
「うん、私のせいでちょびくん腕を怪我しちゃってね、腕が使えないから私が食べさせてあげていたんだ。ごめんね、ちょびくん」
「!!!!!(激怒)」
士郎の問い掛けに心から申し訳ないという表情を浮かべたアンヌは、そっとちょびに近づいてその小さな体をきゅっと抱きしめる。
だが、その様子をみた士郎の体からは目に見えるほどの負のオーラが噴き出し、それを見たちょびの表情から一気に血の気が引いて行き、真っ青から真っ白に変化する。
士郎はそんな二人の様子を感情のこもらない冷たい視線でしばらく見つめていたが、ゆらりと幽鬼のように身体を動かして背中に両手をまわし何かを取り出す。
よく見ると、右手には大きなシャンファ包丁、左手には赤と青に彩られた仮面が握られている。
士郎はゆっくりとその仮面を着けると、包丁をだらりと構えた状態でずりずりとちょびに向かって歩き始めた。
「ごめん、ちょび、ちょっと僕感情を整理できないから、さくっと一撃くらってもらってもいいかな? 大丈夫、痛くしないから」
「あかんあかんあかんあかんあかん!! 絶対それはあかんて、士郎兄ちゃん!! それ食らったら絶対死ぬから!! それ以前に痛くないわけないやろ、あほ~~!!」
「馬鹿だな、ちょびは。僕の腕をもってすれば痛みを感じる前に君の首は胴体からはなれて・・」
「殺す気満々やああああああああ!!」
完全に正気を失った目をギラギラと光らせながら近づいてくる狂気の殺人鬼から逃げようとするちょびだったが、事態を飲み込んでいないアンヌにがっちりとホールドされて動くことができない。
「ア、アンヌねえちゃん、放して!! 逃げないと危ないから、放してって!!」
「ダ~メ。そんなこと言ってまた飛び出していく気なんでしょ? ダメよ、絶対放さないんだから」
「ちゃうちゃうちゃう!! それとは全く別問題やから!! ほら、見て、あっち見てって!! お願いやから!!」
「もう~、ちょびくんったら。あれでしょ、私がそっちに目をやったら『や~い、引っかかった』って言う気なんでしょ? もう、お姉ちゃんそんなのに引っかかったりしないんだからね。うふふ」
「うふふや、あらへんねん!! ちょお、ほんまにやばい!! マジでやばい!! マジヤバ!! 『真剣』と書いてマジって読むくらいやばいって!!」
「あ~、ちょびくんってなんかそういうところもほんと弟にそっくり。ほっぺもぷにぷにだし」
「ほっぺくっつけとらんと、俺の話聞いて!!」
なんとかアンヌの拘束から逃れてこの場から少しでも離れたいちょびだったが、アンヌの拘束はどんどんきつくなるばかり。
しかも、そんなことをやっているうちに二人の目の前まで迫ってきた士郎がゆっくりとその包丁を振りあげる姿がちょびの目に映る。
(あかん、死ぬ!! にしてもこんなあほな死に方いややああああ!!)
そう心の底で絶叫するちょびの声が天に届いたのか、間一髪で救いの手が差し伸べられる。
恐怖で硬直するちょびの前で、突如伸びてきたいくつもの長い何かが士郎の身体にからみつき、あっというまにぐるぐる巻きにして簀巻きにしてしまう。
よく見ると、そのロープのように見える物は生きている銀色の蛇の群れで、玄関のほうから伸びてきている。
士郎はしばらくの間は立った状態で耐えていたが、やがて耐えきれなくなってぽてんと横倒しになってしまい、悲痛な叫び声をあげる。
「す、スカサハ、お願いだからこれ解いて!!」
「ダメに決まってるでしょ。ほんとにもう、大人げないんだから。」
そう言って声のしたほうにちょびが視線を向けると、そこには頭に無数の蛇の群れを生やした世にも恐ろしく、そしてなんとも言えない神秘的な美しさを持つ一人の少女の姿が。
よく見るとそれは昨日自分を助けてくれたスカサハで、その呆れ果てた視線は床にいもむし状態で転がる士郎に向けられている。
「ちょびくんがアンヌさんのところに無事到着したんだから、私達の役目は終わりですわ。とっとと『嶺斬泊』に帰りますわよ。ここに張られている結界のせいで晴美は『狐』のままもどれないらしいですし、早く『人』の姿にもどしてあげないとかわいそうでしょ」
「いや、それはわかったけど、一撃だけやらせて!! この僕の憤怒と憎悪と怨念と悔恨と悲しみの全てを込めた一撃を!!・・って、ああっ!! 引っ張らないで!! ってか引きづらないで!!」
「はいはい、帰りますわよ。・・アンヌさん、すいません、そういうことでちょびくんのことよろしくお願いします。」
ずりずりといもむし状態の士郎を引きづって行こうとしたスカサハだったが、途中で顔をアンヌの方に向けると奇麗なお辞儀をしてみせる。
「ええ、わかってるわ、スカサハちゃん。大丈夫、ちゃんとちょびくんのことは任されたから。その代わり、詩織さん達に伝えて、ちょびくんの兄弟達を助けてあげてねって」
「勿論ですわ。宿難一族に連なるものの名にかけて。じゃあね、ちょびくん。御機嫌よう。・・さあ、士郎、行きますわよ、ほんとにもう手がかかるんだから・・」
アンヌとスカサハはそれぞれの想いを込めて頷き合う。
その後ちょびのほうに視線を向けて華のような笑顔を向けて挨拶をしたスカサハは、足もとに転がる士郎を一瞥したあと背を向けてどこにそんな力があるのか、軽やかな足取りでいもむし状態の士郎を引きづりながら家から出て行った。
「・・スカサハ、ちょっと、ほんとに痛い!! 細かい石が体に微妙に刺さる!! くっそ~~、ちょび、覚えていろ~~!! 絶対このままじゃすまさないからなあああああ!!」
「・・負け犬の遠吠えですわね・・」
遠ざかっていく『人』の気配を感じながら、ほ~~っと安堵の息を吐きだしたちょびであったが、士郎の怒りの原因をなんとなく悟り、自分を抱きしめたままのエルフ族の少女のほうになんともいえない視線を向ける。
「え? なに、ちょびくん?」
ちょびの視線に気が付いてきょとんと小首を傾げるアンヌを見て、絶対士郎の気持ちに気が付いてないよなこの『人』と看破したちょびは先程吐き出した安堵とは違う意味の溜息を吐きだす。
「アンヌねえちゃんって・・モテル女やねんな」
「ふぇええっ!! い、いきなり何!?」
ちょびの言葉に真っ赤な顔で慌てるアンヌ。
そんなアンヌの姿を見ていると自分達の姉のことが思い出される。
(そういえば、百合姉ちゃんもこんな感じだったよなあ・・蒼樹兄ちゃん以外にも何人か姉ちゃんのこと好きですっごいモーションかけとったみたいやけど・・結局蒼樹兄ちゃん以外誰も気付かれておらへんかったなあ)
そんなことを思い出しながらじ~~っとアンヌを見つめていたちょびはぽつりとつぶやくのだった。
「ねえちゃん・・あんま罪作りなことしたらあかんで」
「つ、つみって!? も、もうっ!! 年上をからかって!! 私そんなにモテないわよ!!」
「きっと、気が付いておらんだけなんやろうと思うけどなあ・・まあ、ええわ。もう俺疲れたから寝る」
「ちょ、こんなところで寝ないでよ!! 布団しくから!!」
「ええよ・・転がしといてくれたら・・あ~、久しぶりに畳の上で寝ると気持ちええなあ・・」
そう言ってアンヌが止める間もなく畳の上に子犬のように丸まったちょびは、すぐにそのまま動かなくなるとく~く~と寝息を立てて眠ってしまった。
その様子をしばらく呆れたように見つめていたアンヌだったが、何かを思いついたようにいそいそと大きな掛け布団を持ってくると、ちょびの身体を抱きしめるとようにして自身も横になって布団をかぶる。
「後片付けは明日でもいいよね。ちょびくん、おやすみ」
そう言うと、何とも言えない優しく穏やかな表情でしばらく自分のすぐ目の前にあるちょびの寝顔を見つめていたが、自身も深い眠りの中に落ちて行った。
この日、ちょびは久しぶりに自分以外の誰かと一緒に寝た。