Act 17 『襲撃者、人造勇神』
大好きで大好きでたまらない最愛の兄に作ってもらった可愛らしい青い小鳥のアップリケのついたエプロンを身に着け、小さな新妻を彷彿とさせる可愛らしい姿でありながら、自分が振り分けられた役割にどうしても納得がいかない少女は、折角の美しい顔を台無しにする渋面を作りながら、それでも一生懸命手を動かし続ける。
銀色のボウルの上で同じ銀色の卸し金を構えながら、ガッシガッシと大きく見事な大根を卸していく。
いや、確かに自分は料理の才能が全くない、いや壊滅的にない、それは認めよう。
なんとか邪魔をせずに手伝える限界が大根を卸すことだということも百歩譲って認めてもいい。
しかし・・どうしても、なんとしても、どうやっても甘受できないことが一つだけある。
それは・・
「士郎ちゃ~ん、オレ大根おろすのめんどくさい~」
「じゃあ、食べなくていい」
「やだ~、食べるぅ~」
ぷうすかぷうすか文句を垂れ流しながら、大根おろしを作るために、だらだら手を動かしているゴブリン族のクラスメイト(『オレ』とかいう一人称の上に、物凄く乱暴な口調だが、これでも女の子)のキティアラ・ザナットが、目の前の炊事場で忙しく働いている士郎に抗議の言葉を口にして一蹴される様子を見ながら、同じ作業に従事しているスカサハは呆れ果てた視線をキットに向ける。
ちらっと再び視線を士郎のほうに向けてみると、自分と同じように呆れ果てた表情を向けている姿が見えていたが、キットが真面目にではなくても食べられる程度にはちゃんと大根おろしを作りそうであることを確認すると、これ以上説教するのは時間の無駄とばかりに再び自分の作業に没頭し始めてしまった。
もうちょっと怒ってくれるものと期待していただけにがっかりしたスカサハであったが、そんな自分の内心の葛藤などどこ吹く風で、キットは相変わらずぐだぐだな感じで大根を卸している。
いくらなんでもこのキットと一緒の役割はあんまりではないだろうか?
そういう非難の視線を込めて士郎をじっと見つめてみると、その視線に気がついた士郎が人さし指を動かして自分とスカサハを交互に指し示して見せる。
つまり・・
『じゃあ、調理と、卸しを交代する?』
であって、自分の調理の腕前を悲しいくらいによく理解しているスカサハは、るるる~っと涙を流しながらぶんぶんと首を横に振ってみせるのだった。
今日の家庭科の時間の授業内容はハンバーグ作り。
ドワーフ族の女性教諭の説明に従ってノーマルなハンバーグを各班毎に調理していくわけだが、別にアレンジしてはいけないこともなく、腕に自信のあるものは多少凝ったものを作ってもいいという許可が出ているため、士郎の班は大根おろしと紫蘇を付け合わせにして、ポン酢で食べる東方風ハンバーグにすることにした。
勿論発案者は士郎で、なまじソースを一から作るよりも大根をおろすだけでいいので、こっちのほうが簡単だと説明すると班員の全員が同意したのでこうなったわけである。
ちなみにソースを作る手間が省けたので、その時間を使って紫蘇の混ぜご飯と、大根の味噌汁も作ってしまう。
完成すれば『和風ハンバーグ定食』になるはずである。
「いや、だけど、士郎ちゃんはほんと料理うまいよね~、オレの嫁さんになってくれよ」
手慣れた様子でこねたミンチ肉を取って、ぺたぺたと一人前分のハンバーグの形にしてから片手の上で叩いている士郎の姿を、しみじみと眺めながら横でだらだら大根をおろしているキットが呟くと、そのさらに横で同じようにミンチ肉をぺたぺたとやっているオーク族のクラスメイトのバップ・ボロクと、スカサハが首を横にふって即座に否定する。
「やめといたほうがいいよ、士郎。キットと結婚なんかしたら、えらい目にあわされるから」
「そうですわ、大根卸し一つ満足にできない奥さんはやめといたほうがいいですわ」
しみじみとそう呟く二人の言葉に、顔を真っ赤にしたキットは、大根おろしがまだびっしりとついている卸し金をぶんぶんと振り回して二人を威嚇する。
「なんじゃあ、こらあ、やんのか、バップ、スカサハ!?」
「な~に、この僕様の喧嘩を買おうというのかね? 売ってあげてもいいよ、100サクルで」
「金取るのか!? しかも微妙にせこいっ!!」
「ちょっと、キットやめてくださいませ!! 大根おろしが飛んできますわ!!」
「キット、ほんとに食べたくないのならそう言ってくれればいいのに・・」
「やだやだ~、食べるぅ~、士郎ちゃん、ちゃんと真面目にするから、そんな意地悪言っちゃいや~ん!!」
冷たく言い放つ士郎に、涙目になってぷるぷると首を横に振るキット。
そうこうしている間に、士郎はあらかじめ温めておいたフライパンに形を整えてよく叩いたミンチ肉をのせて焼いて行く。
一個一個作っていたのでは手間がかかって仕方ないので、一気に三つのフライパンを温めて同時に三つを並行して焼いていく。
すでに、紫蘇の混ぜご飯、大根の味噌汁は完成しているし、付け合わせの野菜も皿の上に載せてある。
本当はフライドポテトも作りたかったが、流石に時間がないため断念。
大根おろしも基本的にスカサハが十分な量をすってくれていたし、ぷうぷう言っていた割にはキットのほうもちゃんとおろしてくれていたので、その準備も完了。
ハンバーグさえ焼き上がってしまえば、あとは食べるだけの状態となっていて、ほどなくして記念すべき第一個目が焼き上がる。
その一つ目を士郎は、グラスピクシーのクラスメイト、ラッピ・リリペッポの皿に載せてやる。
ラッピ・リリペッポ
濃い緑色の短く刈り込んだ髪に、どんぐり眼、とがった耳、そばかすだらけの顔、そして、グラスピクシー族特有の小さな体。
男の子であるが非常に可愛らしい外見をしている彼は、やんちゃな性格の持ち主ではあるが草花が好きな優しい性格の持ち主。
野菜料理が得意で、士郎の次にこの班で料理が巧い彼は、今回大いに士郎を助けて活躍してくれたのであった。
そんなラッピをねぎらう意味を込めて、一番最初にその皿にハンバーグを載せたのであった。
「じゃあ、ラッピ、記念すべき第一個目を食べてみて」
「え、俺が最初でいいの?」
驚いた表情を浮かべるラッピに士郎はこっくりと頷いて見せる。
「うん、だって、一番手伝ってくれたのラッピだしね。野菜と味噌汁の調理はラッピがやってくれてほんと助かったもの」
「そ、そうかな、えへへへ」
士郎から褒められて、しきりに照れて見せるラッピを横で羨ましそうに見つめるキット。
「いいなあ、ラッピ。次はオレ様だよね?」
「キットは最後から二番目」
「ええええええ、なんでなんで!?」
「だって、キットは大根おろししか作ってないじゃない」
「大変な重労働だったのに・・」
「そんなこと言うなら、もう作ってあげない」
「そんなこと言っちゃやぁだぁあ。」
必死に士郎にすがりつくキットの情けない様子を見た他の班員達から笑い声が上がる。
士郎は料理が特に得意というわけではないが、しかし、必要に迫られて自炊していた経験があったこと、自分がこの世の中で一番尊敬している人物とその父親によって手ほどきを受けたことにより、家庭料理を日々こなしている主婦並にはできる腕前の持ち主になっていたため、家庭科の授業で作る程度の料理なら、苦労することなく楽々と作ることが可能だった。
当然その味も悪いはずがない。
「うまい!! 意外とハンバーグと大根おろしとポン酢ってあうんだね!!」
記念すべき第一個目を早速口にしたラッピが満足げに食べている姿を見て、士郎はにっこりとほほ笑んだ。
「あっさりとしているはずだから、少々量があっても食べられるし、紫蘇の混ぜご飯の酸味で食欲も倍増するはずだから、余計にたくさん食べられるよね」
「うんうん、うまいうまい」
本当においしそうに食べているラッピの姿に、キットが口の中に人差し指を突っ込んで涎を垂らしている。
そんな女の子らしくない姿を士郎はげんなりとして見ていたが、かわいそうになってしょうがなく次に焼き上がったハンバーグをキットの皿に載せてやる。
士郎から最後から二番目と言われていたキットは、びっくりして士郎を見つめ返したが、士郎はわざと知らん顔をする。
「女の子がそんなもの欲しそうな顔しないの。ほんとにお嫁に行けなくなっちゃうよ。・・ほら、さめないうちに食べてね」
「士郎さまぁ~~!! 大好きですぅう!!」
と、無邪気に、そして盛大に喜びを表して、早速ハンバーグをむしゃむしゃ食べ始めるキット。
「うっま~~い!! 和風ハンバーグ最高!! 」
「おまえ、ほんと女の子らしくないよな・・」
「うっさい、黙れ、バップ。しかし、ほんと、おいすいでございます、士郎様。ご飯おかわりください」
『はやっ!!』
あっという間に茶碗の中にあった紫蘇の混ぜご飯を食べてしまったキットが、臆面もなく次のハンバーグを焼いている最中の士郎に茶碗を差し出し、それを見ていた班員達が一斉に驚愕の声をあげる。
士郎はしばし呆気に取られてキットを見つめ、何か言ってやろうと何度か口を開きかけたが、その無邪気で幸せそうな顔を見ているうちにすっかり言う気をなくしてしまい、大きく溜息を一つ吐き出してそれを断念すると、焼き上がったハンバーグを狼獣人族の女の子、サフィーネ・グラシオールの皿に載せてやったあと、キットの茶碗を受け取ってご飯をよそってやる。
「士郎ちゃ~ん、大盛りにして~~ん」
「キット、あんまりご飯ばっかり食べていると太るわよ」
「う、自分がちょっと細いからって、サフィーのいじわる・・」
白いふわふわの美しい毛皮に覆われて、穏やかでみるからに女の子らしい雰囲気をまとったサフィーネに釘を刺されたキットは、流石にちょっと涙目になったが、涙目になりつつも大盛りご飯をばくばく食べることをやめようとはしないのでどれだけ堪えているのか甚だ疑問だったが・・
その横であくまでも御淑やかに食事を取るサフィーネとの対比に女の子といえども様々だよなあ、と、今更ながらの感想を抱きつつ、士郎は次のハンバーグを焼く。
サフィーネ・グラシオール
狼獣人族の少女で、真っ白のフワフワの毛皮に、つぶらな青い目、ピンっとたった狼の耳、口は狼としては若干小さいが、『人』型の種族である士郎から見ても十分に魅力的な容姿をしているとわかる姿をしている。
性格は御淑やかで上品であり、非常に女の子らしく気品もあるため、『獣』型の種族の男子生徒から絶大な人気を誇っている。
獣人族の美的感覚からすると相当な美少女であるらしい彼女は、狼獣人族の次期『巫女』候補として決定している人物としても有名で、近々正式に任命されることになれば狼獣人族の代表としてテレビ出演などもすることにもなるだろう。
が、本人はあまりそういう浮世離れしたところのない普通の性格をしており、差別意識も全くないため士郎とも普通に仲良くしている。
と、いうか、とてつもなく意外なことであるが、対極の位置にいるはずのキットと大親友であるというから世の中はわからない。
世の中の不思議をしみじみと噛み締めながら、四枚目、五枚目、六枚目のハンバーグを次々と焼き上げると、バップと、ケットシー(猫獣人)族のナツキ・フォエーンバード、そして、スカサハの皿にそれぞれ載せてやる。
三人は待ってましたとばかりにハンバーグにぱくつき、満足そうな表情を浮かべる。
「「「おいし~い!!」」」
三人揃って絶賛の声をあげ、その三人に士郎はにっこりとほほ笑む。
「そりゃ、よかった。和風はあっさりしてるけど、やっぱりノーマルとは違うから、好き嫌いがあるかなあと思ったけど、みんなに喜んでもらえてよかったよ」
「うんうん、でもほんとにおいしいにょ。士郎が獣人だったら、絶対恋人にするのににゃあ♪」
「そりゃうれしいけど、僕も残念。ナツキの恋人になり損ねた」
「にゃひひひ」
二人ともお互いが恋愛対象になりえないとわかっているだけに、士郎が気楽に恋愛関係の際どい会話を冗談として話すことができる相手、それがナツキであった。
ナツキ・フォエーンバード。
薄紫色のふわふわの毛皮に、ぴんと飛び出た猫の耳と頬から出た猫の鬚、満月のように金色に輝く瞳はいつも好奇心といたずら心いっぱいに溢れ、その激しい感情にあわせて表情はいつもくるくる変わっている。
サフィーネよりも更にほっそりした体格をしており、少しガリガリに見えるところが士郎の心配の種であったが、彼女いわくケットシー族は大概これくらいの体格なので心配はいらないとのこと。
その証拠にキットと同じくらいガツガツとハンバーグを食べている。
ちなみに、この間バップは、先にハンバーグを食べ終えてまだ物足りないという顔をしているキットの手から自分のハンバーグを必死に守りながら食べていて、それを横で見ているスカサハは心底どうしようもないなこの女はという表情を隠そうともせず溜息を吐きだしている。
「キット、みっともないからやめなさい。僕のハンバーグ半分わけてあげるから・・」
「え、ほんと!?」
呆れ果てた表情で士郎がキットにそう言うと、キットは目を輝かせながら士郎の両手を取ってありがとうありがとうとぶんぶんと振り回すが、そこに待ったがかかる。
「ちょっと待つにゃ。それはあちしもほしいにゃ」
「いや、それは僕もほしい」
「待った、俺もほしい」
「あの・・私もちょっとわけてほしいかも・・」
「私はこれで十分ですけど・・」
と、結局士郎とキットとスカサハ以外のメンバー全員が手を挙げ、キットは自分が持つスプーンで戦闘態勢を整えると他のメンバーを威嚇するのだった。
「くっそ~、私の獲物を誰にも渡すものか!! どいつからでもかかってこい、この銀のスプーンで片っぱしからすくってやる!!」
「いや、流石にそれは物理的に無理だからやめなさい。もうちょっと材料あるから、それも焼いてみんなに少しずつわけるから、喧嘩しないの」
と、士郎が仲裁に入ることで、なんとかハンバーグ戦争勃発を未然に防ぐことに成功する。
士郎はげんなりとしながらも、フライパンを二つ用意して温めると、手際よく残ったミンチ肉でハンバーグを作り、それを自分の分と合わせてから五等分すると、若干小さめの一口ハンバーグを作って焼いてやり、みんなの皿に載せてやる。
「あれ? 士郎ちゃんの分は?」
士郎が自分の分までわけてしまったことに気がついたキットが、困惑した表情で士郎を見つめるが、士郎は苦笑しながら首を横に振る。
「ああ、僕の分はいいよ。ここで食べると作ってもらった弁当食べられなくなるからね。どうせキットが二枚以上食べるだろうなと思って最初から想定していなかったんだよね」
「え~~、悪いな、士郎ちゃ~ん」
キットばかりでなく、他の班員達も申し訳なさそうな表情を浮かべて士郎を見つめるが、別に気を使って言っているわけではなく本心からそう言っているので、今度こそ苦笑ではない笑顔を見せて、みんなに遠慮なく食べるようにすすめる。
「いいからいから、みんな気にせず食べてね」
「じゃあ、せっかくの士郎ちゃんの好意だから、いただくね」
「うんうん、どうぞどうぞ」
『いただきま~す』
と、全員が改めて声を揃え、ハンバーグを口に入れようとしたそのとき、異様な音が聞こえた。
ボンッ。
『えっ!?』
明らかに何かの爆発音と思われる不審な物音。
その音が聞こえ班員達が一瞬食べる手を止めて音源を探そうとキョロキョロし始めたときには、すでに士郎はエプロンを取り外し、家庭科室にあらかじめ持ってきていた自分の大きなボストンバッグを持って飛び出していた。
士郎ばかりではない、それはスカサハも同じで、優雅な動作でテーブルから立ち上がると士郎と同じようなボストンバッグを持って飛び出していく。
途中、自分達の行動を呆気に取られて見つめている家庭科教諭に、スカサハはにこやかな笑みを浮かべて『気分が悪いので私と瀧川くんは保健室に行って参ります』と、明らかに無理がありまくる言い訳を残し、それに教師が気が付いて止めようと口を開きかけたそのときにはもう二人の姿は教室から消えてしまっていた。
その様子を茫然と見ていた班員達はお互いの顔を見合せて事情を知る者を探すが誰もいないことを悟ると、期せずして深い大きな溜息を吐きだす。
そして、このまま士郎達を待っていてもしょうがないと諦めてハンバーグを食べようとしたのだが・・
『あ!!』
自分達の皿からハンバーグが消えてしまっているのに気が付いて悲鳴にも似た驚愕の声をあげるが、ふと気がつくと一人だけリスのようにパンパンに頬を膨らませて明後日の方向を向きながら『もぎゅもぎゅ』やっている者がいることに気が付き、一斉にみながその人物に視線を向ける。
その人物はしばらくの間、みんなと眼を合わせないようにしていたが、ごっくんと頬の中の物を飲み込むと、わざとらしい悲しみの表情を作ってみんなのほうに顔を向ける。
「いや、あ、あの・・オレ様、みんなのハンバーグとって食べたりしてないよ・・それなのに・・それなのに、オレ様を疑うの!? ひ、ひどいわひどいわ!!」
『まだ、誰も何も言ってない・・』
慌てて自分の所業ではないとアピールしようとするキットだったが、他の班員達から浴びせられるつめた~い視線の攻撃にやがてだらだらと冷や汗を流し始める。
そして、見苦しくあちこちに視線をさまよわせていたが、やがて沈痛な面持ち明後日の方向に意味ありげな視線を向けると、いかにもな口調でつぶやくのだった。
「・・士郎とスカサハ・・危険なことに巻き込まれてなければいいけど・・」
『誤魔化すな!!』
Act 15 『襲撃者、人造勇神』
爆発音が聞こえたのは第二校舎の裏手、そこは小さな林が広がっている場所で滅多に人が寄りつかない場所。
前回のキットの告白騒動の時と違い、今回は明らかに何者かが戦っている気配が伝わってくる。
士郎は走る速度を緩めずにボストンバッグからレザーアーマーを取り出して羽織ると、次いで大きな長方形型の刀・・いやそれはどうみても古の東方の大国で使用されていたといわれるシャンファの包丁と、一枚の仮面を取り出してバッグを道の途中に投げ捨てる。
仮面は顔の中央を境に右側が青、左側が赤に彩色されたまるでピエロのような表情をしており、目の部分だけが空いている。
その仮面をかぶったあと、士郎は包丁を右手に構えて速度を上げて林の中を突き進んで行く。
(この感じには覚えがあるんだけど・・なんだろう、これ?・・物凄くよく知ってるものと、微妙に違うものが・・って、そのまえに!!)
自分の前方、林の奥から感じる気配が自分の記憶にあるものと合致するようなしないような妙な感覚に戸惑いを覚えていたが、それよりもかなり先に対処しなくてはいけない事柄があることに気が付いて顔を横に向ける。
「ちょ、ちょっと、スカサハ!! なんで僕と一緒に走っているのさ!? しかも完全武装って、何をする気なの!?」
相当なスピードで走っているにも関わらず、その自分にぴったりとくっついて涼しい顔で並走を続けている銀髪の少女にかなり焦った表情を向ける士郎であったが、当の本人はにこっと邪気のない眩しい笑顔をこちらに向けてくる。
「あら、勿論、あなたを守るためですわ。私いいましたよね? 今度は私があなたを守るって」
いつのまに着替えたのか学生服の上に真紅のレザーアーマーを装着し、両手にはそれぞれ小剣を構え凛々しい姿を惜しげもなく晒している少女の姿に、一瞬目を奪われてしまう士郎であったが、ぶんぶんと首を横に振って尚も言いつのる。
「あ、危ないんだってば!! そりゃスカサハがそう言ってくれるのは凄く嬉しいけどさ・・でも、君にもし何かあったら連夜さんに何て言えばいいのさ!? お願いだからここは一つ大人しく帰ってくれない?」
「あら? 私のことも心配してくれるの? もう晴美とアンヌさんのことだけで頭がいっぱいで、私のことなんかどうでもいいと思っていると私は思っていたんだけど」
痛烈な皮肉を浴びせてくるスカサハに、心当たりがありすぎる士郎は力いっぱいひるんで速度を落としそうになるが、なんとか踏み止まって速度を落とすことだけはかろうじて避けることができた。
しかし、説得を続けようにも今の件に関してはスカサハにどう言えばいいのかさっぱりわからないため、迂闊に口を開くことができず、そうこうしている間に何者かが激しい戦闘を繰り返している様子が見えてきて、そこに到着するまでにかかる時間はごくわずか。
士郎は溜息を吐きだすと、覚悟を決めてもう一度隣にいるスカサハに目を向ける。
「もう、何も言わないけど、危なくなったら君一人でも逃げて、応援を呼んできてよね」
「危なくなったらね」
心配そうに見つめてくる士郎に、零れるようなかわいらしく美しい笑顔を向けるスカサハ。
士郎は自分の顔が仮面で見えなくて本当によかったと思った。
反則的にかわいらしいスカサハの笑顔を真正面から見てドキドキしないなんて無理な話で、思いきり赤面して狼狽している姿を見られずにすんで心底ほっとしていた。
が、はっきりと現場が視認できる距離まで近づいたのを確認した士郎は一瞬で思考を切り替えて、戦闘モードにシフトすると戦闘を繰り広げている二つの影を確認する。
一つは黒い外骨格の装甲に包まれた自分がよく見知った姿の戦士。
(『人造勇神』・・あれは、『倚天屠龍』型・・いや、若干違うぞ・・)
自分が見知っている『人造勇神』の戦闘モードの姿は、黒いバトルスーツに、黒いフルフェイスのヘルメット姿であったが、今自分の目の前で戦闘を繰り広げているその人物の姿は、確かに全身は黒くはあるものの、遠目からでも生き物の皮膚か鱗のような生々しい外装に包まれており、その関節の隙間からは筋肉のようなものまで見えている。
だが、シルエットだけをみるならば確かに自分がよく知る特撮ヒーローのようでもあり、かなり微妙な姿をしている。
(なんなんだ、これは・・しかし、それよりも!!)
問題はもう一人のほうだった。
その『人造勇神』と激闘を繰り広げているその人物は、どうみても小学校の高学年かせいぜい中学校の一年生くらいしかないちびっちゃい男の子で、ハリネズミのように逆立った短い髪の毛、くるくるとした愛らしく大きな黒眼、そして、口からのぞく牙のような八重歯。
凄まじい『人造勇神』の攻撃を、決して華麗にはないがちょこちょこと器用に動き回って避けながら、元気に渡り合っている。
(な・・な・・なんで? なんで、彼がここにいるの?)
あまりのショックにしばし呆然としてしまった士郎の前で、尚も『人造勇神』とその少年の激闘は続いて行く。
「いい加減、僕の血肉になりたまえ!! 君達の『メインフレーム』はすでに取り込んであるというのに、『サポートシステム』である君が独立して活動していても意味はあるまい!!」
「あほんだらあ!! 意味があるかどうかは、俺が自分で決めるんじゃい!! おまえにどうこう言われる筋合いはないっちゅ~ねん!!」
「ならば、力づくで取り込むまで、くらえ!! 『骸醜一喰 彗星倚天拳』!!」
黒い外骨格の『人造勇神』の拳が空を裂き、凄まじい衝撃波を巻き起こしながら少年に向かって突き進んで行く。
少年はそれを見越していたのか横っ跳びに飛んでそれを回避すると、今まで少年がいた場所の周囲にある木々や草花を盛大に撒き散らして吹き飛ばしながら強烈なソニックブームが通りすぎていく。
「あ、あほかあああ!! おまえ、もっと加減せえや!! ほんまにおまえ正義の味方か!? 環境破壊しまくっとるやないか!!」
あっというまに無残な様子になってしまった林の様子を見て、少年は『人造勇神』に怒声をあげるが、件の人物は全く反省する様子もなく、むしろ悪はおまえだといわんばかりに少年を指さす。
「黙れ!! 正義を遂行するにあたって尊い犠牲はつきものだ。私が行う正義にきっと、森の木々や草花も許してくれるに違いない。それよりも君が避けていなければこんなことにならなかったのだ。恥を知れ!!」
「おまえ・・ほんま最悪やな・・『害獣』よりも性質が悪いわ・・ああ、もう頭にきた・・やったるわい!! 俺かて一度は正義の味方をやっとたんや・・こんなこと許されてたまるか!! 自然はな・・自然は守らなあかんのじゃあ、ボケがああ!!」
そう叫んだ少年は一瞬で『人造勇神』との間合いを詰めると、その固く握りしめた拳を振り上げる。
だが、それよりも早く繰り出された『人造勇神』の拳が、風を切って唸りを上げて少年の顔面に襲いかかりまともにその拳がめり込んでいやな音を立てる。
「ふはははは、悪は滅すのみ。そんな一直線の攻撃で私がどうこうなると・・むうっ!!」
十分に威力の乗った一撃で少年が吹き飛ぶ様を予想し、余裕シャクシャクで高笑いをしていた『人造勇神』であったが、すぐに自分の予想が外れていたことを思い知る。
顔面に『人造勇神』の拳をモロにくらっていながらも、少年の拳は止まっていなかった。
ゆっくりとさえ見えるその小さな拳は確実に進み続け、『人造勇神』が気がついたときにはまともにその鳩尾にめり込んでいた。
「俺のド根性、みさらせや!! 義基流 爆勝掌握術 『全巨人師匠全力突込拳』!!」
「グボワアアアアアアアアアッ!!」
少年の拳をまともに食らうことになった『人造勇神』の身体が矢のように吹っ飛んでいき、大木に背中から叩きつけられて止まる。
だが、『人造勇神』の攻撃をまともに食らう形となってしまっていた少年も無傷でというわけにはいかず、鼻や口からだらだらと血を流し、がっくりと膝をついてその場にうずくまってしまうのだった。
「あかん・・やっぱ俺如きの攻撃術じゃあ屁でもあらへん・・所詮俺は『サポートシステム』ってことなんやなあ・・」
少年が自嘲気味に笑いながら視線を『人造勇神』のほうに向けると、『人造勇神』はほとんどダメージを受けていないのか、パンパンと身体をわざとらしく払いながら立ち上がると、腰に射したロングソードを引き抜いて構える。
「さて、遊びは終わりだ。そろそろ私の一部になってもらおうか」
「あほか、そんなもんになるくらいやったら死んだほうがましやっちゅ~ねん・・やれるもんやったらやってみいや!!」
「口だけは達者なようだが、どこまで耐えられるかな?」
そう言ってゆっくりと近づいてきた『人造勇神』は手にしたロングソードを構えると、少年の身体になんの迷いもなく突き入れる。
串刺しにされる自分を予想する少年だったが、それでも相手から目を逸らすことはせず、まっすぐに睨みつけたままその剣を最後まで見ていた・・が!!
ギンッ
という金属が弾かれる耳障りな音が響き、気がつくと少年の目の前に銀髪の少女が背を向けて立っているのが見えた。
どうやら、『人造勇神』の一撃から自分を守ってくれたらしいとわかり、その人物に視線を向ける。
後ろ姿だけしか見えていないが、流れるような銀色のロングヘアーに、真紅のレザーアーマー、そして、両手にそれぞれ構えた意匠のこらされた二本の小剣。
ほんの少しの立ち居振る舞いを見ただけでもわかるその動作は、あきらかに武術の心得を感じさせ只者ではないとわかる。
それは対峙している『人造勇神』のほうも同じようで、明らかに動揺した口調でその人物に問い掛ける。
「き、貴様何者だ!?」
そう問い掛けられた当の人物はしばらく馬鹿にしたような視線で『人造勇神』のことを見つめていたが、ざっざっと足もとの土を払って自分の足場を確認したあとゆっくりと二本の小剣を油断なく構えて見せるとようやく口を開いた。
「ごめんなさい、あなたのような独善者と違って自分から名乗る主義は持ってないのよ。ましてや、こんな小さな子供相手に暴力を振う相手に素直に自分の素姓を明かすと思う? あ、言っておきますけどね、小さい子供が相手でなければ暴力を振ってもいいという意味ではないんですのよ。こんな小さい子供にまでっていう意味ですからね、そこのところは間違えないでくださいませ」
「な、な、なんだとおお・・私の崇高な正義の意思を独善と抜かすのかあ!!」
「あら、独善でなければなんですの? ただの身勝手かしら?」
「お、おんなあああああっ!!」
二人の間でみるみる膨れ上がっていく闘志の炎。
しかし、その闘志の炎は別の人物の乱入によって一時中断させられてしまう。
二人の会話をじっと後ろで聞いていた少年が、すくっと立ち上がるとずんずんと目の前の少女のほうに近づいていき、その肩をガシッと掴んで自分のほうに振りかえらせる。
そして、呆気に取られている自分よりも頭一つ分高いところにある少女の顔に、物凄い怒りの表情を向けながら口を開く。
「ちょっと待てやアア、ネエチャン!! さっきから聞いていたらちびっちゃいちびっちゃいいいやがって!! 俺は全然ちびっちゃくないわ!! むしろデカイくてビッグでグレートやっちゅ~ねん!!」
「え・・え・・でも、あなた私よりも身長が低いし歳もその・・」
思いもかけぬ少年の激昂にびっくりした少女がしどろもどろで言い訳するが、それを見た少年は自分のズボンのベルトをがちゃがちゃと外し始めると、そのズボンに手をかけて気合いのこもった視線を少女にぶつける。
「なんやとお!? 男の価値は年齢や身長やないってことを証明したらああ!! 見さらせええ、これが俺の男の証明やあああ!!」
「みせんでええっちゅ~ねん!!」
スパーン!!
スカサハの目の前で思いきりズボンをずり下してとんでもないものを見せつけようとしていた少年の後頭部を、間一髪で士郎が張り倒し、少年はあまりの痛みにごろごろと地面を転がって行く。
「いたたたたたた・・なんや、この懐かしい攻撃術は!? こんな見事な攻撃術を操れるのは・・そうや!! 昔隣に住んでいた斉藤さんや!!」
「なんでやねん!!」
スパーン!!
再び防御術をかます少年の後頭部を思いきりどつきたおす士郎。
「な、なにするんや、さっきから!? あんた誰や!!」
「誰やちゃうっちゅ~ねん!! 僕や僕!!」
自分に容赦なく攻撃術を入れてくる相手に、後頭部を押さえながらも視線を向けた少年は、そこに士郎の姿を見つけて驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。
「あ・・あんたは!!・・誰やったっけ!?」
「どないやねん!!」
バシッっと手の平の甲を見事な裏拳並に胸に叩きつけられた少年は、胸を押さえて悶絶しそうになるがかろうじて耐えて、もう一度その人物に視線を向ける。
今度こそ少年は懐かしさでいっぱいの想いを乗せてその人物を見て、嬉しそうに呼びかけるのだった。
「くう・・間違いない、この見事で華麗で容赦ない攻撃術は、士郎にいちゃん!!」
「君さあ・・もういい加減、こういう方法で『人』を識別しようとするのはやめようよ。付き合うこっちも疲れるんだけど、果てしなく・・」
がっくりと肩を落とし、げんなりとした表情で少年を見つめる士郎だったが、少年はむしろ心外だと言わんばかりの不満そうな表情で士郎を見つめ返す。
「ええ~~っ!! 『通転核』では常識やん!! 防御術と攻撃術ができへんとあの都市では生きていかれへんのに・・常に笑いをとれるような状態でおらなあかんやん!!」
「いや、それ間違いなく偏見だから。『通転核』に住むすべての『人』がそうじゃないから」
「そんなあほな!? 笑いを取れる『人』こそが天下を取れる器なんやって、シン・シマダ師匠も、トシ・マツモト師匠も言っておられたで!? ヨシ・ニシカワ師匠は『小さなことからコツコツと』って、普段の小さい笑いですらも忘れたらあかんって名言を残してはるやん!!」
「それそういう意味じゃないから・・いい加減君もそのなんでもかんでもお笑いにつなげて生きていこうとするのやめなさい。付き合うこっちは大変なんだからね・・」
「いやや・・そんな都会の考え方に染まってしまった士郎兄ちゃんなんか、士郎兄ちゃんじゃない!! 『士郎おにい』や!!」
「一緒やっちゅ~ねん!!」
思わずビシッと、再び手の平の甲で少年の胸を叩く士郎であったが、自分が反射的に行ってしまった行動に『あああああ・・』とがっくりと膝を落とし、叩かれた少年のほうは胸を押さえながらも満足げな顔で士郎を見つめるのだった。
「いややいやや言うても、身体は正直やなあ、士郎兄ちゃん・・その生来の攻撃術体質からはもう逃れられへんねん!!」
「なんか、久しぶりにへこむわあ・・なんだろ、この敗北感は・・もういいや、それよりももっと重要な問題が・・」
そう言って立ち上がった士郎は、パンパンと膝についた土をはらって立ち上がると、闘志を燃え上がらせて『人造勇神』のほうに身体を向ける。
「さて、どんな理由があるかしらないけど、どうせロクな理由じゃないことはわかってる。だとすれば僕の行うべき行動は一つしかない・・おまえを・・倒す!!・・って、お~い、ちょっと聞いてる?」
物凄くかっこをつけて右手に持つ包丁を構えて見せ啖呵を切る士郎であったが、よくよく見ると自分の前に立つ『人造勇神』とスカサハは、呆気に取られたような感じでこちらを見つめぼ~っと突っ立ってる。
お~い、もしも~しと、何度か呼びかけているうちに、ようやく先に気がついた『人造勇神』が首を横に何度か振って意識をはっきりさせるようなジェスチャーを行ったかと思うと、改めて手にしたロングソードを構え士郎を見据えるのだった。
「あ、危ない危ない・・あまりにもアホでアホすぎるドツキ漫才に意識を持っていかれてしまうところだった。まさかここまでアホだったとは・・おまえを少々見くびらず過ぎたようだ・・久しぶりだな、プロトタイプ ゼロフォー!! いや『人造勇神』のできそこない、『人造勇者』 『天竜八部』!!」
自分以上にビシッと無意味にポージングを決める『人造勇神』を物凄く嫌そうに見つめながら、士郎は今度こそ油断なく包丁を構えて見せる。
「見くびらず過ぎたって、どんな言葉よ・・それとその呼び方やめてくれない? 君達と違って僕はそういう特撮ヒーローみたいな名前が大嫌いなのよ」
「ふん、我々の崇高な使命を忘れ、ただ暴れ回っていただけのおまえらしいな。正義を忘れた貴様がその名を名乗らないというのはある意味自然な流れなのかもしれんな」
「君のいう『正義』なんて一秒たりとも覚えていたくないんだよね。とりあえずさ、僕のかわいい弟をいじめてくれたお礼だけはさせてもらうね・・」
そう言った士郎の姿がぶれたように見えたと思うと、一瞬で『人造勇神』の前に姿を現し、無造作にその包丁をふるって見せる。
「うおっ!!」
『人造勇神』はほんの少し反応が遅れはしたものの、バックステップで士郎から離れるとロングソードの切っ先を士郎のほうに向けようとしてその動きを止める。
「な、なにいいっ!!」
人間の科学の粋を集めて作り上げた合成金属によって作り出されたロングソードは、柄のところからかろうじて数センチだけ刃を残した状態となっており、そこから上はいつのまに折られたのか先程自分がいた場所に落ちて突き刺さっていた。
「刀匠ラヴレス・備前正宗・アイアンスミスが『貴族』クラスの『害獣』の鱗より鍛えし鬼斬り包丁。たかが『人』が生み出した金属より作られた剣が抗うことなどできようはずもない、そして、それが『人』の頂点に立つ『勇者』であってもね・・」
静かに淡々と語る士郎はその仮面の奥に不気味に光る瞳を『人造勇神』のほうに向ける。
底冷えのする無明の闇が映る夜のようなその瞳を正面から見てしまった『人造勇神』は、一瞬ひるむ様子を見せるが、すぐに柄だけになったロングソードを投げ捨てて両腕を前に出して構えると、そこから逆手に刃が飛び出して生える。
「ならば、私も『害獣』の身体より作られた刃でお相手しよう・・他でもない『害獣』の特性を持つ私の身体が生み出した刃でな!!」
凄まじい勢いで飛び出した『人造勇神』、そして、それを迎え撃つように同じように飛び出した士郎はお互いが持つ刃を叩きつけ合う。
太陽の光を集めたような眩く輝く二本の刃を光速で繰り出す『人造勇神』の無慈悲な刃、夜の闇を現すかのように黒金の軌跡をいくつも描いてそれを全て弾き飛ばす士郎の力強い包丁。
どちらも一歩も引くことなくお互いがお互いを飲み込もうとする双頭の蛇のように、うねり唸り咆哮し鋼の火花を散らす。
勿論お互いが無傷ではない、すでに両者の体にはいくつもの斬撃の後が刻み込まれ、レザーアーマー姿の士郎はすでに満身創痍、しかし、外骨格に守られているはずの『人造勇神』も無事ではない、刀匠ラヴレスが作り上げた銘刀はその装甲を切り裂いてその中の人物の肌を傷つけ、そこからは赤い血が噴き出して流れている。
それでも二人は戦うことをやめない、刃をふるうをことをやめない、まるでそれこそが己が生きる証であるかのように、お互いがお互いを滅ぼすことに全力を尽し、その二人が描く螺旋は徐々に破滅へ向かって加速していく。
どちらかのではない、このまま向かうは二人ともに落ちる地獄への一本道、冥府魔道の無明へと続く地獄門が開こうとしているのを感じた少年が、身を震わせる。
「あかん、あかんて、士郎兄ちゃん、そっちに行ったらあかん!!」
「大丈夫・・士郎をそんなところに行かせやしないから」
「え!?」
背後から涼やかでまるで音楽のような声が聞こえ、その声のしたほうに反射的に振りむこうとしたする少年の横をすり抜けて、白銀の疾風が通り過ぎて行く。
そして、光と闇の化身のような二つの影が繰り広げている激闘の中に割って入ったその疾風は、両手に突き出した何かを『人造勇神』の身体に叩き付ける。
「くそ、なんだとお!?」
突然突き出されたその何かは、目の前の仮面の少年の斬撃に対応するだけで手一杯の『人造勇神』の分厚い外骨格の装甲を切り裂いて中の腹の肉を深々と切り裂く。
流石の『人造勇神』もその攻撃にはたまらず、両手の刃を威嚇するように大ぶりに振り抜いて士郎とスカサハを下がらせると、自分自身も後ろに一旦引いて距離を取る。
そして傷ついた腹を押さえながら、自分に無視できないダメージを与えた銀髪の美少女、スカサハのほうを睨みつける。
そこには、両手の人差し指と中指を突き出した奇妙な構えの先で、まるで扇風機のように高速で回転を続ける小剣を操っている少女がこちらを涼やかな笑みを浮かべて見つめている姿が見えた。
「き、貴様それは・・」
「女王真剣 参の舞 『舞姫扇風剣』。言っておきますけど、ラヴレスさんの作った剣を使っているのは士郎だけじゃありませんことよ。あなたの自慢の装甲が役に立つと思っていらっしゃるなら、大きな間違いですわ」
馬鹿にしたように呟くスカサハの言葉に歯噛みする『人造勇神』であったが、流石にそれが挑発であることはよくわかっている。
今のままでも勝てないことはない、奥の手がないわけではない、しかし、何よりも時間がない。
『人造勇神』は腹部を抑えたまま、もう片手で何かの印を切る。
士郎はその意味を悟って『人造勇神』に駆け寄ろうとするが、先回りしたスカサハが士郎の行く手を阻む。
「スカサハ、どいてくれ!! 奴が逃げる!!」
「ダメよ、士郎!! どかないわ!!」
「なんで!? わかるでしょ? 今なら奴をやれる!!」
「ダメ、絶対、ダメよ!! あなただってわかってるでしょ? あいつはあれが全力じゃない、このままやり続ければ絶対どちらかが・・ううん、きっとどちらも地獄行きよ!!」
両手を広げて必死に士郎を行かせまいとするスカサハに阻まれているうちに、『人造勇神』はその身体から黒い煙幕のようなものを噴出させすると、その闇の中に身を潜めて気配を消しそのまま姿をくらましてしまった。
士郎は尚もしつこくその気配を探ろうとするが、スカサハがそんな士郎の肩に手を置いて自分のほうに顔を向かせる。
「士郎、お願いだからやめて頂戴。何を焦っているのか、私にはわからないけど、わかってる? 今のあなたはいつものあなたじゃないわよ」
「だけど・・このまま奴を逃がしたら!!」
「そして、追いかけて奴と相討ちになって・・そしたら誰が晴美を守るの?」
「!!」
スカサハの言葉にはっとしてしばらく考え込んでいた士郎であったが、がっくりと肩を落とし仮面の奥底に光っていた不気味な闇の色を消す。
そして、スカサハのほうに顔を向けると、仮面を外しいつもの気弱な少年の顔に苦笑を浮かべた表情を見せるのだった。
「ありがとう、完全に頭に血が昇っていたよ・・でも、スカサハって大人だね・・」
「生徒会長なんてやっていたものだから、嫌でも気をまわす癖がついちゃってるのよ・・ほんと損な役回りだわ」
「でも改めて君の実力が武術の腕だけじゃないってわかった。連夜さんが君のことをいつも自分よりもはるかに優秀な人材だって褒めている理由がよくわかった」
「や、やめて頂戴。連夜お兄様に比べたら私なんてまだまだだわ」
そう言って顔を顰めて肩をすくめて見せるスカサハを面白そうに見つめる士郎。
そんな士郎の姿を見返していたスカサハは、士郎がすっかり元の士郎に戻ったことを確認してほっと息を吐き出すと、背後に視線を向ける。
すると、そこには地面に座り込んでいる少年の姿があった。
スカサハは横にいる士郎と顔を見合わせると、その少年のほうに近づいて行きその顔を覗き込む。
「あなた大丈夫? 顔色が悪いけど・・」
「あかん、もう限界や・・」
「あいつにどこかやられたのかい?」
心配そうな表情を浮かべるスカサハと士郎の目の前でゆっくりと少年は地面に横たわり、二人は慌てて少年を抱き起こす。
「おい、しっかりしなよ!!」
「士郎、とりあえず、病院へ運びましょう!! 中央庁の直轄のメディカルセンターがいいわ!!」
「あ~、ちゃうねん、ちゃうねん、そういうことじゃないねん・・」
慌てふためく二人に、少年はひらひらと手を振って見せると、自分の腹を指で指し示す。
そのジェスチャーを怪訝そうに見つめる二人の目の前で、少年のお腹が物凄い音を立てる。
ぐ~~~~~~~~~
呆気に取られる二人に、少年は今にも死にそうな声で訴えるのだった。
「めっさ、腹減ってるねん・・なんか食べさして・・」
「「な~~んやそれ!!」」