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~第7話 デート~ おまけつき

 霊峰『落陽紅』にある大陸屈指の大河『黄帝江』の源流近く、その広大な流れのど真ん中に、島のように突き出た形で存在する陸地に城塞都市『嶺斬泊』はある。


 過去の先人達によって築きあげられた巨大な鉄壁は都市を円形に取り囲み、恐るべき『人』類の天敵である『害獣』から、『人』々の命とささやかな日常と平和を守り続けている。


 だが、その一歩外に踏み出すと、そこは恐るべき『害獣』達が支配する場所。


 霊力、魔力、神通力、理力、呪力といった、あらゆる『異界』の力を食らいそれを『無』かったことにすることができる。


 『異界』の力をちょっとでも持つ者を見つければ、問答無用で襲いかかってくる凶悪無比な生物。

現時点でこの『世界』に存在する生き物の中で最強を誇るモノ、それが『害獣』。


 なのに・・


「な〜〜〜んで、私ここにいるんだろ?」


 霊力遮断の効果があるモスグリーンのマントを羽織り、フードを目深に被った玉藻は、途方に暮れた表情で目の前を流れる悠久の大河『黄帝江』をぼんやりと眺めた。


「如月さん、どうかしましたか?」


 先を歩いていた黒髪の少年がぼんやりしている玉藻に気づいて慌てて戻ってきた。


 その少年は、玉藻と違い東方文字で大きく『魂』と書かれた真っ赤なTシャツの上にGジャン、下はジーパンという至って軽装な姿。


 玉藻は自分を気遣ってくれる少年に一瞬嬉しそうな表情を浮かべるが、すぐに不機嫌そうに頬を膨らませた。


「玉藻」


「え?」


「ちゃんと名前で呼んで」


「あ、ああ。そっか、ごめんなさい、玉藻さん。つい・・」


 てへへ・・と照れ笑いする自分よりも3つ年下の少年の姿をかわいいなあと見つめながらも、不機嫌を装って手を差し出す。


「ほら、私はぐれちゃうといけないから、ちゃんと手をつないでね。おいてっちゃだめよ」


「そうですね、じゃあ」


 少年は尚も照れながらも、玉藻の手をしっかり握ってくる。


 思ったよりもちょっと男を感じさせるような固いしっかりした手だったが、優しさと温かさがにじんでくるような気がして、玉藻の表情が緩む。


 その表情を見た少年は、ほっと一安心という表情を浮かべた。


「じゃあ、行きましょうか。もうすぐそこですし」


「うん」


 少年の言葉に、ゆっくりと歩き始める玉藻。


 城塞都市『嶺斬泊』の城壁を出てから少し歩いて進んだところに、きちんと舗装された道がある。


 普通、『害獣』がいつ出没するかわからない『外区』でこうした道路工事のようなものはされることはない。


 一般的な考え方からすると、それは自殺行為以外の何物でもない。


 しかし、こうして、実際には舗装された道が存在し、玉藻は少年とここまでこの道を通って進んできたのだった。


「ねえ、ここって、ほんとに安全なの?」


「ええ、そうですよ。ここには『害獣』は来ませんし、現れません。まあ、魔力や霊力をわざとがんがん使って挑発しまくれば話は別なんですけどね」


 結構不安の入り混じった表情で聞いてくる玉藻に、安心させるように言う少年。


 少年の口調には、特別気負ったところは感じられない、むしろ普通に当たり前という口調だ。


「一般的に通説となっている『害獣』が侵入してこないといわれる領域は、魔力、霊力といった『異界』の力に染められていない地域と言われています。勿論それは間違いではありません。偉大な先人達によってその説はきちんと裏付けが成され、こうして我々はその説に基づいて建設された城塞都市の安全な世界の中で暮らしているわけですから。しかし、意外と知られていないことですが、正式な裏付けはなされてはいないものの、他にも『害獣』が侵入してこないと思われる領域はいくつかあります。まあ、このあたりはそのいくつかの一つと言えるでしょうか」


 少年は立ち止まり、その一帯を見渡す、そして、其れに釣られるように玉藻も立ち止まって少年が見ている光景を同じように見つめた。


 左手には美しい水の流れを見せる大河『黄帝江』、正面には厳しい山々がそびえたつ霊峰『落陽紅』が見え、その真下には美しい針葉樹林の森が広がっている。


 そして、その手前、森と平野との境目にある緑がいっぱいの丘とも荒野ともいえない場所に自分達が立っているのが確認できる。


 後方に目を移すと、自分達が住む城塞都市『嶺斬泊』がかなり離れたところにあるのが見える。

ふと何かの気配に気がつくと、ワイルドボア(野生の大型猪)と思わしき生き物の親子と思われる大小4匹が、自分達の目の前を横切っていくのが見えた。


 黙って見つめていると彼らは大河の側の、比較的流れの穏やかそうなところまでいき、仲良く水を飲み始めた。


 実に平和で穏やかな光景だった。


 自分が想像していたのは、常に危険な『害獣』達がそこらじゅうを闊歩し、隠れながら進まなければならない死と隣り合わせの世界。


 だが、ここはそんな想像からはまるでかけ離れていた。


 そんな玉藻の様子を見ていた少年が玉藻に声をかける。


「あれが、その答えです」


「え?」


 少年が指さす方向にはワイルドボアの親子の姿。


 呆気に取られてしばらくその様子を見ていた玉藻だったが、そんな玉藻の驚く視線に気がつくこともなく、ワイルドボアの親子はやがて同じような足取りで元来た道を帰って行った。


「『害獣』達は『人』々の天敵として『世界』が生み出したと言われています。僕もその説には異論を唱えるつもりはありません。『世界』そのものからすれば、自分の身体の中に他の『異界』の力を垂れ流していた『人』々は許されざる罪人でしょうからね。でも、しかし、この『世界』に住んでいるのは『人』々だけではない」


 しばらく少年の言葉を聞いていた玉藻だったが、少年が言わんとしていることを理解すると、吃驚して少年のほうを見つめなおした。


「つまり、こういうこと?『害獣』達は『人』以外の生物の生活環境は侵さないように壊さないようにしてるっていいたいの?」


「正解です」


 少年は正解を導き出した玉藻ににっこりと笑いかけると、再び玉藻の手をそっと引っ張って歩きだした。


「え、でも、裏付けはなされていないのよね?」


「ええ、正式な裏付けはね。ただし、十分な裏付けはなされているので問題ありませんよ」


「どういうこと?」


「ここだけの話ですが、この件についてはもう何十年以上という単位で検証がなされています。ただ、それを行った人物が非常に表舞台に立つことを嫌がる方でして・・公表はされていません。いつかは公表されるかもしれませんが・・できれば違う方がこの説を見つけ出して公表してくれることをその人は願ってると思いますけどね・・」


 その人物を思い出しているのか、非常に困ったような苦笑を浮かべる少年。


 玉藻は短い付き合いではあるものの、この少年が、根拠のないことを言って人を惑わせるようなことを言う人物ではないことはよくわかってるつもりだったので、素直に頷くことにした。


「わかった、つまり私が霊力をこの場所で使ったり、このマントを脱ぎ棄てるような馬鹿な真似をしない限り、全然安全ってことね」


「ご理解いただけて光栄です。さてと、到着いたしました」


 少年が立ち止まり、玉藻に前へ来るように促す。


 玉藻が言われるままに前に進むと、その目の前には大きなクレーターのような穴が開いていた。


 恐る恐る下を覗き込むとそこには、様々な種類の植物が植えられた畑のようなものが広がっている。


 よく見ると、ほとんどが自分の知らない植物ではあったが、中には実家である霊狐の里で栽培している霊草や薬草の畑もあった。


「ここって、ひょっとして稀少な薬草を・・」


「はい、僕が栽培してます」


「すごぉぉぉぉぉい!!」


「さあ、下に降りましょう。こっちに階段がありますから」


 と、案内してくれる少年に連れられながら、玉藻はここに来ることになったそもそもの発端である昨日の別れ際の会話を思い出していた。



〜〜〜第7話 デート〜〜〜



「ミネルヴァの奴が、あなたと思われる人を私の家に行かせるからっていう話だけしか聞いてなかったのよ」


 思い人であった黒髪の少年と、晴れて両想いになれた玉藻。


 しかし、そのことに有頂天になりすぎてあやうく一番肝心なことを聞くのを忘れ去ってしまうという大失態を再び犯すところだったが、直前で思い出し、去りかけていた黒髪の少年を捕まえることに成功した。


 少年は、玉藻の言葉に天を仰いで、そのあと深い深いため息を吐きだした。


「なんか、変だなあっていう気はしていたんですよ。すいません、ほんと申し訳ない。み〜ちゃんったら、昔からそういうところあるから、きっと他にも如月さんにご迷惑をおかけしているんでしょうねえ・・」


 がっくりと肩を落とす少年の姿に、なんだか変な罪悪感がわいてくるが、とりあえずそれは置いといて。


「いや、もうそこのところはあきらめているから・・それよりも、お願い、私の好きな人の名前をちゃんと教えて。でないと、私、好きな人の名前すら知らないままのおまぬけな恋人になっちゃうもん」


 泣き笑いの表情になってきた玉藻の姿に気が付き、慌てて少年は居住まいを正した。


「すいません、じゃあ、改めて、僕、宿難(すくな) 連夜(れんや)です」


「すくな・・れんやくん?」


「はい」


「じゃあ、連夜くんって呼ぶね」


「はい、よろしくお願いします」


 お互いになんだか照れくさくなってきて、てへへと笑い合う二人。


 しかし、玉藻は連夜の苗字に違和感を感じて、小首をかしげた。


「あれ?すくな?って・・たしかミネルヴァのファミリーネームってスクナーだったはずだけど・・

連夜くんて、ミネルヴァの遠い親戚か何か?」


「いえ、あの違います・・」


 もう自分の自己紹介するたびに、こういう反応されるのは慣れていた連夜は、苦笑しながら首を振る。


 なにせあの兄姉妹と自分が全く似ていないことは他でもない自分が一番よくわかっている。


 唯一並んで自己紹介して、自然と血のつながりを認めてもらえるのは父親くらいなものだ。


「え、でも連夜くんて、ミネルヴァの家でハウスキーパーしてるんでしょ?でも、あれ?連夜くんて高校生だよね・・学校に通いながらそういうことってできるもんなの?」


 だんだん混乱してきたのか、困惑の色を深めていく玉藻。


「ハウスキーパーって・・まあ確かに間違ってないけど・・み〜ちゃん、自分の親友に説明の仕方がアバウトすぎるよ・・」


 今更ではあるが、姉の自由奔放さに頭を抱える連夜。


「ちがうの?」


「たしかにそういう仕事してますけど、違います。僕、ミネルヴァの弟です」


「あ、そうなんだ・・弟さんね。うんうん・・え・・お・・・おとうとぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!??」


 玉藻はあまりにも予想外の答えに吃驚仰天。


 西域系の美しいモデルか女優ばりの美貌を持ち、額に特殊感覚器官を持つ『天魔』と思われる種族の親友と、目の前にいる東方系のかわいらしい黒髪の人間種の少年を比べるが、どうしても血のつながりがあるとは思えないし、そんな考えに行きつくのは無理というものだ。


「あ、あの、ごめん気を悪くしたら本気で謝るんだけど・・その実は血がつながっていないとか・・」


「残念ながら、魔伝子レベルでも霊伝子レベルでも人伝子レベルでも完璧に血の繋がりのある姉弟という結果が出ていますので、実の姉弟という事実は覆らないですねえ」


「ほ、ほんとに本気の姉弟なの!?」


「如月さんの驚きはまあ、わからないでもないんですけどね・・両親をみていただければ一番早いんですけど・・兄弟姉妹の中で、僕だけ父親似であとの3人は母親に似てるんです。」


「で、でもちょっと待って・・私、ミネルヴァとは小学校時代からの友達で彼女の家には何度かいったことあるけど、そのときに上の大治郎さんや、下のスカサハちゃんには会ったことあるけど、あなたに会った記憶はないんだけど・・」


「あ〜、それですか・・その・・玉藻さんが家にいらっしゃるときは、み〜ちゃんが僕に絶対に顔を出しちゃダメって・・」


「な、な、なんで!?」


「その・・あの・・つまり・・」


 連夜はなんだか居た堪れなさそうに、居心地悪そうに視線をふらふらとさまよわせる。


 どうやらあまり自分には聞かせたくない話らしい。


 しかし、玉藻はきっと視線を強くして、連夜の両肩をがしっとつかむとこちらを向かせる。


「いいから、言って。あのアホ垂れなんて言っていたの?」


「その・・『あいつの趣味はいまいちよくわからないけど・・もしかしたら連夜に惚れるかもしれないから危険だ』って・・」


「あ、あの女あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 怒りのあまり、物凄い形相で絶叫する玉藻。


 確かに・・確かに結果だけを見れば、ミネルヴァの先見の明というか、恐るべき女の勘というか、そういうものは正しかったことはわかる。


 理性の部分では、まあ仕方ないかなと思いはするし、わかりはするが、感情の部分では実の親友にそういうことをするか?そこまでするか?という非常に割り切れない部分がふつふつとわいてきて止められなかったりもする。


「と、とりあえず、もういい・・でも、連夜くんは、私の恋人で決定よ、いい?」


「ええ、それは全然問題ないです」


「あいつがどう言おうと絶対別れないから!!」


「ははは・・はぁ・・」


 なんとか自分を落ち着かせて連夜を見つめる玉藻だったが、如何に落ち着いた態度を装っていても、その眼が異様にギラギラと光っていて全然態度伴っていないので、連夜としてはもう笑うしかないような状態ではあった。


 しばし、気まずい雰囲気が流れ、どうにか話の流れを変えたいなあと思っていた連夜は、ふと、ちょっと前にミネルヴァと交わした話のことを思い出した。


「そうだ。ちょっと如月さんにお聞きしたかったことが」


「え、何?」


「如月さんて小学生のころ丸薬作りの修行されていたことがあるって、お聞きしたんですけど・・それって本当ですか?」


 さっきまでのあわわとしていた態度から一変して、真剣な表情にあった目の前の少年の姿に一瞬うっとりしかけた玉藻だったが、少年の口から出たのは自分でも忘れかけていた昔のことに、ちょっと驚きの表情になる。


「え、なんでそんなこと知ってるの?」


「あ、じゃあ、本当なんですね。」


「うん、すっごいいやいややらされていたんだけど・・でもまあ、今大学の専攻で治療術学学んでいるのに結構役に立っているから、まあよかったのかなあ・・」


 丸薬作りの修行の思い出は正直あまりいいものではない。


 実家が丸薬作りの老舗ということもあって、その手の修行については本当にスパルタで厳しかった為、あの頃は毎日のように泣いていたのを思い出す。


 なんせ、両親は勿論、兄弟姉妹、祖父母までから辛く当たられて、家に居所がなかった玉藻は、いつもミネルヴァと一緒に外に遊びに行くと言っては逃げ出していたものだ。


 しかしその修行も、中学校に入る時に全寮制の中学校を選ぶことで、親元から逃げだすことに成功し、ようやく終焉を迎えることができた。


 以来、玉藻は実家には帰っていない。


 高校以降は一人暮らしをはじめ、親元とは手紙でやりとりするくらい。


 たまに両親や兄弟姉妹がこちらに訪ねてくることもあるが、自分から帰ることはないし、正直、その修行時代のトラウマで親兄弟と未だに心を開けずにいる。


 そんな自分を考えると非常に複雑な思いになり、自嘲めいた笑みになってしまうのはどうしようもなかった。


「で、それが、どうかしたの?」


 どうやらその自嘲気味の笑みを敏感に察知した連夜の表情が曇ってきたので、慌てて打ち消すようにわざと明るく尋ねてみる。


「あ、いや、その・・」


「ほらほら、そういう風に心の中に貯めるの禁止。少なくとも私にはやめて。そうやってお互い気を使い続けるようになると駄目になっちゃうよ。遠慮なく言って。それが例え私のいやなことでもいいから。

・・あ、でも、別れ話はだめよ!!絶対禁止!!例え連夜くんが不治の病になって、私に負担かけたくないからっていう理由でも絶対ダメ!!例え連夜くんが犯罪に巻き込まれて私を危ない目にあわせたくないからっていう理由でも絶対禁止!!他の誰かと幸せになってとかいう常套句は絶対に言わないこと!!

幸せとか不幸とかは私が決める!!いい!?」


「あ、は、はい・・だけど・・なんか・・如月さんて・・」


 しゃべっているうちにどんどんヒートアップしてきた玉藻の姿に圧倒されていた連夜だったが、何か思い当たることがあるのか片手の拳を自分の顎に当てて考え込む仕草をみせる。


「え、何?」


「いや・・あの、うちの母によく似てるなあって・・」


「ふぇ!?お、お母様!?」


「はい。父のことをすごい愛している母なんですけど・・なんかいまの如月さんの考え方とよく似たことを日常口にしているから・・」


「そ、そうなんだ・・」


 なんだか物凄い照れくさくなって真っ赤になってしまった玉藻の姿を優しく見つめる連夜。


「如月さんのお気持ちはわかりました。忘れないようにします。」


「うん、絶対よ。忘れないでね。・・で、話の続き・・」


「ああ、その、僕、液状回復薬作りを少々勉強中なんですけど、ちょっと今のレベルから上にステップアップしようと思うと、材料に丸薬が必須になってくるんですよね」


「へぇぇぇぇぇ、連夜くんって『道具作り』できるんだ」


「ええ、まあ、ほんとに門前の小僧程度でお恥ずかしい限りなんですけどね・・で、まあ、あくまでも材料としてしか使いませんし、店で購入してもいいんですけど、簡単な基礎になるような丸薬は自作できるようになっておきたくて」


「そうなんだ!!連夜くんて、ほんと真面目なのねえ・・」


 心から感心した視線で見つめてくる玉藻に、照れくさいやら恥ずかしいやらの連夜。


「それで、玉藻さんさえよかったら、基礎的なところだけでもご教授いただけないかと」


「う〜〜ん、教えるのは構わないんだけど・・」


 連夜の言葉に、複雑な表情で考え込む玉藻。


 いや、勿論連夜に教えたくないわけではない、玉藻とて愛しい恋人に自分の知識を教えてあげることができるのは嬉しいことなのだが・・


「問題があるんですね?」


「うん、ちょっとね・・丸薬作りを教えてあげるのは全然いいのよ。ただね、材料が・・」


「店では購入できませんか?」


「多分無理かなあ・・特に基礎的な丸薬になればなるほど、実は材料がね・・あんまり大きな声で言いたくないんだけど、基礎丸薬を作るために必要ないくつかの薬草の中にはね、うちの実家みたいな老舗しか栽培方法を知らない薬草とかがあるのよ。まあ、そういうのを秘匿することによって、基礎丸薬の販売を独占してるってわけ。いやな世界でしょ?」


 あまり実家にいい思い出がない玉藻は、いやな表情を隠すこともせずに連夜のほうをすまなさそうに見つめる。


 しかし、当の連夜は何やら考えることがあるようで、玉藻の言葉にしばらく考え込んでいたが、やがて、何かを決意したような表情で顔をあげた。


「あの、如月さん、ゴールデンウィークってお時間あいていらっしゃるんですよね」


「う、うん、そうだけど」


「明日、僕に付き合ってもらっていいですか?」


「そりゃ、連夜くんが連れて行ってくれるところならどこにでも行くけど」


 玉藻がそう言うと、なぜか、連夜は必要以上ににっこりと意味深に笑いかけてきた。


「そうですか、どこにでも来て頂けるんですね」


「え、ちょ、いったいどこに行くつもり?なんか、すっごい不安になってきたんだけど」


「うふふ、明日のお楽しみです・・父親と母親以外には誰も連れて行ったことのない場所ですから、ちょっと期待しててもらってもいいかも」


「そ、そうなの!? じゃ、じゃあ期待しておく」


 と、その時点で、次の日の約束をして別れたのだったが。


 次の日、生まれて初めての異性とのデートということで眠れない夜を過ごし、いまかいまかと恋人になったばかりの少年が来るのを待ちわびていた玉藻。


 そんな玉藻のマンションに連夜は、朝の9時頃携帯念話にて10時頃お邪魔するとの連絡をいれ、予告通り10時頃現れた。


 予告通りに律儀に来てくれた恋人を嬉しさと恥ずかしさと緊張とが入り混じった態度で出迎えた玉藻だったが、そんな玉藻に、連夜がに告げた今日のデートの行先は緊張している玉藻を更に仰天させるに十分な場所であった。


「で、今に至るのよねえ・・」


 クレーターの階段をぽてぽてと降りながら、苦笑を浮かべる玉藻に、振り返った連夜がきょとんとした表情で見つめる。


 このかわいらしい外見の年下の恋人に連れられて、城壁まで来るまでは冗談だろうと思っていたのだが、あっさりと霊力遮断マントを着せられて、茫然としているうちにあれよあれよと言う間に『外区』へ続くゲートを潜って、気がついたらもう『外区』の道を二人てくてく歩いていたというわけである。


「玉藻さん、どうかしました?」


「いや、まさか人生初のデートが、『外区』になるとは予想だにしてなかったものだから・・」


「ああああ、すいませんすいません、いや、ほんと気がきかなくてごめんなさい」


「いやいやいや、そんな謝らなくてもいいってば。結構おもしろいし、自分がこんなにも『世界』のこと知らなかったってことも、すごい新鮮な体験だしね」


 慌てて謝ってくる年下の恋人を、柔らかい笑みを浮かべてなだめる玉藻。


 そもそも連夜に言っていることは決して、その場をおさめる為だけに口にしてることではない。


 本当に城塞都市の中での生活しか知らなかった自分にとって、『外』の世界は意外なことだらけであった。


 そういう意味では、思いきって『外』に連れ出してくれた連夜に非常に感謝もしているのである。


 多分、連夜とこういう関係にならなかったら、こんな体験をすることもなかったと思う。


「いや、吃驚したのは本当だけどね。でも、こんな体験できるとは思ってなかったから、感謝してるのよ、これでも」


「そういっていただけると、ちょっと救われます」


「それにね・・」


 いたずらを思い浮かべた子供のような顔で連夜に近づいた玉藻は、自分の腕を連夜に絡ませた。


「二人っきりだしね・・」


「そうですね・・そういえば僕、母や姉妹以外の女性の方と二人っきりって初めてでした」


 そう言ってどちらともなくほほ笑む二人。


 なんとなく顔を近づけた二人は、自然と唇を重ねる。


 しばらく誰も来ない階段の上でそうしていた二人だったが、やがてそっと顔を離した。


 お互いちょっと顔を赤くして、照れ笑いを浮かべたあと、玉藻が何か思い出したような顔をした。


「そういえば連夜くん、昨日『さわやか蜜柑サイダー』飲まなかった?」


「・・飲みました・・それ、わかりました?」


「・・うん、わかった。私の初キスは『さわやか蜜柑サイダー』の味だったわけね・・」


「・・お願いですから、それ絶対、人に言わないでくださいね。僕すっごい子供みたいなので・・」


「え〜〜」


「いや、え〜〜じゃなくて・・ほらもう、行きますよ!!」


 なんだか顔を真っ赤にした連夜に引っ張られるように、玉藻は階段を降りていく。


 そして、下までつくと、上から見たときよりもずっと立派な畑が広がっていることに気がついた。


「これほんとにすごいね」


 あまり本腰をいれて丸薬作りを学ばなかった玉藻ですらわかるくらい、丹念に育てられた畑であることが見て取れた。


「いや、僕はあまり何もしていないんですよ。僕の師匠いわく『人間が手助けするのは一番肝心な時を見逃さないようにして少しでいい、あとは自然に任せて育てるのが一番いい』んだそうで」


「へ〜〜・・でも、だからって放置はできないでしょ」


「ええ、まあ小まめにちょっとずつでも見ていたほうがいいですね。でも、僕がいなくても優秀なアシスタント達がいますから」


 そういうと、連夜は畑の土をちょっとだけ掘り起こし、何かを両手ですくって持ち上げ、こちらに見せた。


「僕のアシスタント達です」


「え、どれどれ・・って、きゃああああああああ!!」


 連夜の両手の中を覗き込んだ玉藻の視界に、連夜がすくいあげた土の中をうねうねと動き回る巨大なミミズの姿が。


 生理的な嫌悪から思わず絶叫してしまう玉藻。


 そんな玉藻に苦笑を返しながら、連夜はそのミミズを元の場所に戻す。


「『ファーマーワーム』です。見た目は確かにグロテスクですけど、薬草や霊草の天敵である雑草を片っ端から食べてくれるので、非常に助かっています」


「ねえ、これって、まさかこの畑一帯に無数にいたりするわけ?」


「ええ」


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


 本気でおびえる玉藻。


 流石の霊狐族のエリート女子大生も、こういう感性は一般女性と同じらしい。


「ちょ、いや、その」


「大丈夫ですよ。彼らは日の光が大の苦手なので、普通地上には出てきませんから」


「え、そうなの?」


「はい。それよりもまだ、紹介していないアシスタントが・・あ、来た来た」


「え〜〜〜〜、もうミミズはいやよ〜〜〜」


「違いますって、ほら」


 連夜が指さすほうを、恐る恐る玉藻が見ると、小さな熊のような動物の親子らしいのがのそのそと歩いてくるのが見えた。


 そして、やがて動物達は連夜の前に来て立ち止まる。


 親らしき2頭と子供らしき4頭の計6頭。


 親は四つん這いの状態でも連夜の腰くらいまでありそうな大きさ、子供達は犬くらいの大きさがあった。


 薄めの黒い毛皮に包まれており、熊と違って全体的に丸っこい身体で、かわいらしい感じがする。


「『ワーカーウォンバット』の斉藤さんご家族です。彼らの主食は畑を荒らす害虫でして、しかも、彼らの排泄物は肥料にもなりますから一石二鳥です。斉藤さん、僕の恋人の玉藻さんです」


 連夜に斉藤さんと呼ばれた2匹の親ウォンバットは、玉藻のほうにぽくぽくやってきて、おっかなびっくりでいる玉藻の手をふんふん匂ったあと、興味をなくしたのか子供達を連れてまた畑の奥に帰って行った。


「かなりおとなしい動物なのね」


「ええ、薬草や霊草を食べたりしませんし、彼らにも非常に助けられています。まあ、そういうわけでこの頼もしいアシスタント達によってここの平和は守られているわけです」


「なるほどね・・ところで、ここに私を連れてきた目的をまだ聞いてないんだけど。・・まあ、ある程度予想はしているんだけどね」


「ええ、こちらです」


 連夜の案内で様々な薬草、霊草が植えられた畑の中を横切っていく。


 足もとに小さく花開かせているものから、玉藻の身長よりも大きく茎を伸ばしているものまで、あるいはガラスのような無色になった葉を持つものから、虹のように見る角度によって色を変える実を持つものまで。


 非常にバラエティに富んだ作物の中を進んでいくので、正直、なかなかおもしろかったりする。


 と、周囲を楽しみながら連夜の後ろを歩いていた玉藻に、立ち止まった連夜が手振りで前に来るように示す。


 玉藻はそれに頷きながら前に出て、連夜の指し示す物を見つけると、何とも言い難い複雑な表情を浮かべた。


「いや、ほんと予想はしてたけど、正直、なんで?どうして?っていう気持ちでいっぱいよ」


 溜息を吐きだしながら玉藻は、自分の目の前にある物をしげしげと見つめた。


 小さな白い花を咲かせ、クローバーに似た葉をこれでもかというくらい密集していくつも広げている、


 小さな小さな一見雑草と間違えそうな植物。


「『白面草』・・まさか、ここでこれと再会するとは思いもよらなかったわ」


 そう呟き、苦笑交じりに連夜を見つめる玉藻。


 この植物こそ、玉藻の実家が栽培方法をひた隠しにしている丸薬の基礎材料。


 栽培方法が非常に難しく、素人には絶対栽培できないといわれている植物なのに、まさか、こんなところでそれを独力で栽培している人物に出会うとは。


 しかも、その人物はいまや自分の恋人だというのだから、世界は本当に面白いと言わざるを得ない。


「これで・・基礎丸薬の作り方教えていただけますか?」


「そりゃ、これを出されたら、断れないじゃない。でも一つだけ教えて、これあなたが独力で栽培に成功したのよね?」


「違います」


 予想外にきっぱりとした連夜の言葉に、思わず後ずさる玉藻。


「ちょ、待って・・まさか、盗み出したとか・・」


「まさか、違います違います。僕が独力で栽培に成功したのではなく、父が成功したんですよ。僕はその方法を教えてもらっただけ」


「お父様が?」


「ええ、まあいずれご紹介させていただきますけど、この畑も元々は父のものだったんです」


 そう言った連夜は誇らしげな表情で、後ろに広がる見事な緑に包まれた畑を見渡した。


 釣られるように振り返って畑を見渡す玉藻。


 確かに、これほど見事な畑を作ることができる人物であれば、独力でたどり着くことも不可能ではないという気がする。


「父は僕の目標で憧れの人なんです」


「そうなんだ・・私とは逆だな・・ちょっとうらやましい。」


 自分の父親を尊敬しているという連夜を眩しそうに、そして寂しそうに見つめる玉藻。


 そんな玉藻の表情を察して、そっとそのすぐ横に立つ連夜。


「今僕、無神経なこと言いましたね・・すいません」


「いや、いいの、気にしないで。それよりも、丸薬のことだけど、ちゃんと教えるつもりだけど、私ほんとに基礎しかわからないから、がっかりしないでね」


「そんなことないですよ。基礎を教えていただけるだけでも十分すぎるくらいです」


「じゃあ、早速明日からやりましょうか」


 と、玉藻が苦笑交じりに年下の恋人に優しい視線を向けると、連夜はなぜかちょっとモジモジしながら首を横に振った。


「え、どうして?」


「いや、あの、せっかくのゴールデンウィークですし、よかったら、その・・もうちょっと恋人らしいことがしたいというか・・」


「あ、そ、そっか・・」


 いじらしいことを言う連夜の姿に、ちょっと胸がぐっと来てしまった玉藻は、しばらく照れまくる恋人の様子を眺めていたが、抑えきれずにがばっと抱きついた。


「もう、連夜くん、大好き!!」


「わわわ・・た、玉藻さん!!」


 一つになった影を畑の反対側から、斉藤さん一家が平和そうに眺めていた。


※ここより掲載しているのは本編のメインヒロインである霊狐族の女性 玉藻を主人公とした番外編で、本編の第1話から2年後のお話となります。

特に読み飛ばしてもらっても作品を読んで頂く上で支障は全くございません。

あくまでも『おまけ』ということで一つよろしくお願いいたします。



おまけ劇場


【恋する狐の華麗なる日常】



その8



 ミネルヴァ・スクナー。


 うちの旦那様の実の姉であり、私の幼き頃からの大親友であり、そして、ニケちゃんの母親である人物。


 私とはほんと長い付き合いなの、小学校時代に知り合って、中学、高校、そして、大学と全部一緒、しかも高校までは一度として違うクラスになったことがないという人物・・まあ、流石に大学は専攻が違うからいつも一緒にいるわけじゃないんだけどね。


 恐らく親よりも一緒に過ごしていた時間は多いんじゃないかな、それだけにお互いのことはほとんど全て知ってるし把握している・・いや、別に知りたくないし把握したくもないんだけどね。


 ある一点を除けばほんとに頼りになるし、信用できる人物なんだけどねえ、頭はいいし、武術の腕前もかなりのものだし、物凄い数の人脈も持ってる、いろいろな所に顔がきいて、知識も豊富で性格もとてもいいんだけど。


 私としてはどうしても許容できない巨大な欠点が存在するのよ。


 この『女』・・血のつながった実の『弟』である旦那様のことを本気で愛しているのよね。


 それが『男』としてなのか『弟』としてなのか未だに微妙なところなんだけどさ、ともかく異常なほどに愛しているの。


 その愛が深すぎてこれまでも何度か暴走して旦那様にめちゃくちゃ迷惑をかけてきたんだけど、そのたびに振り回される旦那様って、ほんとかわいそうでかわいそうで、私がこいつをどうしても許せない理由の1つになってるのよね、まあ、言わなくてもわかるだろうけど、優しい旦那様はそういったことはすでに水に流していて許しているみたいなんだけど、それもまた私を苛立たせる要因の1つというか。


 まあ、以前に比べれば大分マシになったのかなあ、以前は力づくでもってところがあったんだけど、それはなくなったからねえ。


 その代りやたら色気を振りまくようになって、見ているこっちは物凄い腹が立つんだけど。


 実家に旦那様が帰るたびにまとわりついて来て、鬱陶しいのなんのって。


 あ、ちなみにニケちゃんというかわいい娘はいますが、こいついまだに独身です、シングルマザーです、ニケちゃんの父親とはたった1度関係もっただけで、『はい、さようなら』ってしちゃったのよねえ、もう、何考えているんだか。


 旦那様はもう私のモノになったんだから、諦めてとっとと嫁に行ってしまえばいいのに!!


 そういった様々な想いを胸のうちに抱えて苦々しい表情を浮かべた私は、更に強烈な憎悪のこもった視線を奴にぶつけたんだけど、こいつったら完全にそれをスルーして横に立つ旦那様のほうに視線を向けたわ。


 しかも、やたら媚を売るような表情でよ!!


「連夜~、お尻痛いの~」


「み~ちゃんが玉藻さんを怒らせるようなことするからでしょ」


「ねえ、お願い、腫れてないかちょっと見てくれない? それでもし腫れていたら薬を塗ってほしいなあ」


「え~~、やだよ。また変なことしようとするんでしょ」


「絶対にしないから、ね、お・ね・が・い。それともなに? 連夜はお姉ちゃんのお尻が割れちゃっててもいいっていうの!?」


「いや、お尻が割れているのは最初からだから」


「もう~~、ああいえばこういうんだから。ちょっとだけだから、ね、ね」


 と、やたら気持ち悪く身をよじらせたミネルヴァは、急いで自分のスカートを下ろしてその尻を旦那様に見せようとする。


 やれやれといった表情を浮かべながらしばらく考え込んでいた旦那様だったけど、あまりにもミネルヴァが痛そうな振りを続けるものだから、かわいそうになったのか様子だけでもみてあげようとミネルヴァに近づこうとする。


 しかし、一瞬早く旦那様に近づいた私はその腕をガッと掴んで止めさせちょっと強めに引き寄せて後ろへと下がらせる、そして、旦那様の代わりにズンズンとミネルヴァ近づいていく。


 てっきり旦那様が来ると思って油断しきってるミネルバの尻めがけて、再び腰の入った強烈なローキックをお見舞いしようとしたが、流石のミネルヴァも寸前でこれに気がついて、慌ててスカートをあげながら後方へととびすさる。


「ちょ、玉ちゃん!? 今、本気だったでしょ!? 手加減なしの蹴りいれようとしたわね!?」


「当たり前でしょ!? どこの世界に自分の旦那様を襲って食べようとしている相手に手加減する妻がいるっていうのよ!?」


 物凄く心外だっていう表情で私に食ってかかってくるミネルヴァだったけど、私は絶対零度の視線を向けたまま絶対に目をそらしたりしない。


「お、襲って食べるだなんて・・私はそんなことしないわよ!!」


「うそつけ、完全にその気だったじゃないのよ!!」


「玉ちゃん・・お願いだからよく聞いて」


「なによ」


 いったいどんな言い訳をする気なんだかと、胡散臭そうな視線を隠そうともせずにミネルヴァを見つめた私だったけど、ミネルヴァの答えは言い訳どころの話ではなかった。


「双方合意だったら、問題なしよ!!」

      

「もう、あんた、コロス」


 全然懲りた様子もなくとんでもないことを口走る目の前の『女』に完全に堪忍袋の緒が切れてしまった私は、怒りの戦闘モードを発動させ、黒髪黒眼から白髪闇目の『白夜の狐』へと変身しファイティングポーズを取って相手を睨みつける。


 私の本気を感じ取ったミネルバは、それに応じるように額の『天光眼(ヘヴンズサイト)』を解放し、自らも戦闘モードである『戦天女』へと変身する。


 額の『天光眼(ヘヴンズサイト)』が大きく開きそこから美しい顔の全体に赤い線がみるみるうちに広がっていく。


 そして、それらが広がりきると、そこにはくまどり模様の歌舞伎役者のような顔になったミネルヴァの姿。


 幼き頃からあまたの強敵に対し背中合わせでお互いを守り、戦ってきた掛け替えのない相棒、しかし、今目の前にいるのはどうしても倒さなくてはならない最強の宿敵。


 いつか・・いつかはこんな日が来ると思っていたわ。


 私とミネルヴァは互いを静かに見つめあう、きっとミネルヴァも同じことを感じているのね、同じ『人』を愛してしまった私達、私はその『人』を得て、ミネルヴァはその『人』を失った、そして、私はその『人』を奪われないために、ミネルヴァはその『人』を再び取り戻すために戦う。


 この戦いに引き分けはない、勝者と敗者が必ず生まれる。


 馬鹿な戦いだと思う、だけど、引くことはできない、そして、それは目の前のミネルヴァも同じはず。


 憎しみや恨みや嫉妬もあるけれど、それと同じくらい『ごめんね、旦那様を奪ってしまってごめんね』っていう想いもあって複雑極まりないけど、でも、今はただ、私は駆け抜けるわ、戦いの果てにある掛け替えのないものを守るために!!


 私とミネルヴァは複雑な想いを抱えたまま、それでも迷うことなく同時に互いに向かって疾駆した、私はその蹴りに全てをかけて、ミネルヴァはその拳に想いをのせて。


 そして、激突の時!!


「「あっ・・」」


 私のハイキックがミネルヴァの後頭部に巻きつくように入る瞬間、ミネルヴァのアッパーが私の顎に直撃する瞬間、私達は同時に動きを止めた。


 激突の寸前で私とミネルヴァが双方を思いやって動きを止めたわけではないし、最初から寸止めするつもりでもなかった、この瞬間まで間違いなく私達は互いを滅ぼすための一撃を放ったはずだったんだけど・・私達の怒りや憎しみや嫉妬をはるかに凌駕するとてつもなく大きな黒いプレッシャーが、私達の心を押しつぶしたのよ。


 こ、この負のプレッシャー・・確かに、確かに私はこれに覚えがあるわ!!


 視線を向けたくはなかったけれど、真っ向から向かい合って早急にどうにかしないと私の『人』生が大変なことになってしまう!! 私の本能がけたたましい警告音を鳴り響かせ、最大級の危険を知らせる、こ、この破滅的なプレッシャーは!!


 私とミネルヴァはゴーレムのようにギギギと首を横に向けてそのプレッシャーを私達に与え続けているものへと視線を向けた。


 すると、そこには・・


「パール、サリー、ニケ。僕と一緒に眩しくないところにいこうか。この日差しの強い中を君達をほったらかしにして喧嘩しているママ達なんかほっといて、ハーブのいい匂いのするところに行こうね、そうしようそうしよう」


「だぁ、だぁ」


「きゃっ、きゃっ」


「あぶぅ」


 喜びの声をあげる子供達を乗せたベビーカーを押しながら、楽しげな雰囲気でこの場を立ち去ろうとしている旦那様の後ろ姿。

 

 しかし、その背中からは以前私が一度だけ見た、あの恐ろしい怒りのオーラが凄まじい勢いで立ち上っていた。


 あまりの事態に私は一瞬意識が遠のいていくのを感じたけど、気絶している場合ではないと必死に意識をつなぎ留め、たった今行っていた高速戦闘なんか全然目じゃないくらいの勢いでダッシュすると、遠ざかって行こうとした旦那様の背中に抱きついてすかさず引きとめる。


 そのわずか数瞬あと、すかさず追いついてきたミネルヴァが旦那様の腰に抱きついて引きとめようとする。


「ごめんなさい、ごめんなさい、本当に、ごめんなさい、許してください、許してください、もうしません、もうしません、絶対にもうしませんからぁ!!」


「連夜ごめん、連夜ごめん、本当にごめん、許してごめん、悪かったからごめん、心からごめん、だから、ちょっと止まって話をきいてえええええええ!!」


 あのときと同じように・・そう、2年前のあの日、話し合いをするといって出かけておいてその相手と力一杯殴り合いのマジ喧嘩した私に腹を立ててしまったあのときの旦那様と全く同じ!! 私とミネルヴァを引きずったままの状態でズンズンと歩みを進めていく旦那様。


 いったいどこにこんな力があるのか、というか、恐らくそれだけ旦那様の怒りが深く大きいということなのか!?


「いいんですよ、玉藻さんもみ~ちゃんも。楽しく遊んでいてくださって。僕らはハーブ園に行ってますから、好きなだけやっててくださいね」


「怒ってるぅ!! めちゃくちゃ、怒ってるぅ!! 旦那様、私ほんとに反省しています、見捨てないで!! お願いだから、見捨てたりしちゃいやぁあ!!」


「連夜、本当にごめん、調子に乗ってた私が悪かったわ!! だから、許して!! お願いだから、そんな怖い顔しないで!!」


 口調は非常に優しげに聞こえるけど、その内心は烈火のようになっていることは、もうすでに十分わかっている私とミネルヴァ、こうなってしまったら、ひたすら謝るしかない!! 


 すでに顔面は完全に涙&鼻水垂れ流し状態になっている私達だったけど、そんなこと構っていられないほど事態は切迫していたので、ともかく全力で謝った、しかし、旦那様は私達に物凄く優しい、だけど、明らかに氷点下の冷たさを内包した笑顔を向けて普段なら絶対に言わないとんでもない猛毒を吐きだしたのよ。


「怒ってませんよ、全然。でもね、かわいい娘達をほったらかしにして放置するような『妻』も『姉』も僕は持った覚えはないんですよねえ。うちの『妻』は非常に娘思いのよくできた『妻』ですし、うちの『姉』は娘を放置して『男』にうつつを抜かすようなそんな無責任な『姉』じゃないんですよ。あれ? ひょっとして、お2人は偽物ですか?」


「「ひ、ひいいいいいいいいっ!!」」


 旦那様の猛毒にあてられて震え上がる私とミネルヴァ。  


 あああああ、怒ってる、本気で怒ってるわ!!


 だ、ダメだ、こうなってしまってはもう手がつけられない、私達ではもうどうすることもできない、こうなったら最後の手段よ、これでダメならあきらめるわ!!


 私は怒れる旦那様(だいまじん)を鎮める最終手段に訴えることにしたわ、旦那様の背中から手を離した私はすかさず旦那様の前に躍り出ると、ベビーカーの中で無邪気に指をしゃぶっているパールとサリーを抱きあげて連れ出した。


 そして・・


「ごめん、ごめんね、パール、サリー!! ママが悪かったわ!! 本当にごめんなさい、もう二度とあなた達をないがしろにしたりしない、どんな事情があっても・・あ、旦那様のことは別だけど・・それ以外はまずあなた達のことを優先する!! 絶対絶対約束する、だから許して!!」


 そう言って2人の赤ん坊にぺこりと頭を下げて見せた。


 するとパールとサリーはきょとんとしてしばらく私の顔を見つめていたけど、次第に顔を歪めて大きな声で泣きだした。


 あああ、ほんとにごめん、悪いママで本当にごめんねえ!!


 私はたまらなくなって2人の身体をぎゅっと抱きしめると、私自身も一緒に泣いてしまったわ。


 それからどれくらいそうしていたかしら、やがて、私が気がつくと2人の赤ちゃんは泣き疲れて眠ってしまっていた。 

 

 ほんと、私ってダメねえ、子供達を不安にさせちゃうようじゃあ、ほんとにダメだわ、ごめんね、パール、サリー。


 そう思って私はもう一度心の中で謝ったんだけど、どうやらその声は別の『人』に届いていたみたい。


 すっかり怒りが解けた旦那様が私に近づいてきて、そっと私の腕の中の2人の赤ちゃんを取り出すと、横に倒したベビーカーの中にそっとその身体を横たえてタオルケットをかけてあげる。


 そして、いつもの優しい表情、優しい瞳で私を見つめてこう言った。


「ちゃんとママしてあげてくださいね。この子達を幸せにするのも、不幸せにするのも玉藻さんご自身次第だってことを忘れないように」


「は・・はい。ごめんなさい」


 そうよね、本当にそう、旦那様のお言葉通り、私がしっかりしなくちゃ。


 私はベビーカーの中ですやすやと眠るパールとサリーの姿をなんともいえない気持ちでしばらく見つめたあと、旦那様のほうに視線を移してしっかりと頷いて見せた。


 旦那様も私の決意と反省をわかってくださったのか、優しく頷き返してくださる。


 あ~、もうもうほんとにやんなっちゃうなあ、元はと言えばミネルヴァが・・あれ? そういえば。


「旦那様、ミネルヴァの奴とニケちゃんは?」


 さっきまですぐ側にいたお騒がせ女がいないことに気がついた私が旦那様に問いかけると、旦那様は面白そうな表情を浮かべて右手の指先をある一点に示して見せた。


 その指先の方向に私が視線を向けてみると。


「お姉さま、いい加減にしてくださいまし!! ぐずぐずしていたらお昼のサービスタイム終わってしまうんですからね!! ほら、さっさと行きますわよ!!」


「ちょ、スカサハ引っ張らないでよ、私行きたくないの!! 私は連夜といるのよおおおお!!」


「我がままも大概にしてくださいませ、大体なんで私と十四夜(としや)が2人そろっていい歳こいたミネルヴァ姉さまを迎えにこないといけないんですの!? 不条理ですわ!! って、なんですか、十四夜(としや)? ニケがどうかしたんですの?」


「スゥ、ミネルヴァさん、大変だよ、ニケちゃん、うんちしてる!!」


「え、えええええっ!? お、おむつは!?」


「大丈夫、おむつもお尻拭きもボクのリュックに入れてきた。でも、ここじゃ替えられないから早くレストランに行こう。確かレストランのトイレに赤ちゃん用のベビーベッドが用意してあったはずだから、そこで替えるよ」


「ごめんね、十四夜(としや)、いつもいつも赤ちゃん達の世話を押し付けちゃって」


「いや、いいんだ。こんなボクでもスゥや、仁師匠のお役に立てるのは嬉しいことだからね」


「うん、ありがと、本当にいつも感謝していますわ。というか、あなたが役立たずだったことなんて一度も見たことありませんことよ。・・ほらっ、お姉さま、行きますわよ、だいたい誰の赤ちゃんだと思っているんですか、まったくもう!! 十四夜(としや)にばっかり世話を押し付けて、世話が満足にできないならせめてちゃっちゃと動いてくださいませ、ほらぐずぐずしないっ!!」

  

「うあ~~ん、自分だって満足に赤ちゃんの世話できないくせにいいい!! 連夜~~!! 食事が終わったらもどってくるからね~~、それまで帰っちゃだめよおおおおおおおお!!」


「うわ、まずい、ニケちゃんおしっこもしてるよ、そろそろおむつの吸収量が限界だ!!」


「ぬああああああ、い、急ぎますわよ、ほら、走って走って!!」


 賑やか過ぎる声をあげながら遠ざかって行く宿難家の3人を見送りながら、私と旦那様は顔を見合せて苦笑を浮かべた。


 しかし、スカサハちゃんも大変よねえ、あんなくそめんどくさい姉の面倒みなくちゃいけないんだから。


 まあでもスカサハちゃんのすぐ側にいる彼氏がしっかりしてるから大丈夫かな、血はつながってないっていっていたけど旦那様に本当によく似てる子よね、あの子。


 さて、それじゃあ、改めて行きましょうか。


 ね、旦那様。


「そうですね、ちょっとごたついてしまいましたけど、『シックスアーマーハーブ園』に行きましょう」


「はい」


 ってことで、今日はこれまで。


 んじゃ、またね。 


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