Act.16 『真の実力』
梅雨がいよいよ本格的に始まり、雨の日が多くなってきた五月の末。
土砂降りの雨が降り続くなか、学校のグラウンドの中央にて対峙する二人の少年。
二人ともそろって戦闘用のレザーアーマー姿で、お互い利き手に直刃の片手剣を持っている。
一人は大柄で筋肉質な身体を闇そのもののように真っ黒な獣毛で覆った姿に、鋭い眼光と精悍な表情をした狼獣人族の少年 マーメルス・ガシンガルド。
槍術部の元主将で元風紀委員長でもある彼は、全校生の中でも屈指の実力を誇る強者で、片手剣は彼の得意武器ではないが、それでも決して不得手ではない。
もう一人は、身体の各部分がいろいろ様々な種族のもので構成された継ぎ接ぎだらけの身体を持つ合成種族の少年、瀧川 士郎。
二人は静かに礼を交わしたあと、手にした片手剣を構える。
そして、どちらともなく一気に間合いを詰めるとお互いの片手剣を激しくぶつけ合って凄まじい乱打を始めた。
明らかに必殺の意味を込めて放たれる一撃一撃を、お互い弾いては返し、返しては弾く。
片手剣の攻撃ばかりではない、お互いの片手剣を組み合わせながら、隙あらば己の拳や蹴りを容赦なく相手に叩き込み致命傷にはならないまでもダメージを確実に与えていく。
いったいどれほどの時間が過ぎたであろうか、壮絶とも言える接近戦の果てに、土砂降りのせいでできたぬかるみに足を取られた士郎の隙をマーメルスが見逃さず、マーメルスは自身が最も得意としている武器である槍で本来放つはずの必殺の奥義、神速の突き技をその手に持つ片手剣で再現し、深々と士郎の胸に突き込んでいた。
背中まで突き抜けたマーメルスの片手剣を奥歯を噛み締めて見つめながら、ゆっくりと降りしきる雨の中を倒れていく士郎。
その姿をすぐ近くで見ていた体育の男性教諭が、高々と手を上げて、もう片方の手をマーメルスのほうに向ける。
「勝者、マーメルス・ガシンガルド。仕合終了」
そう宣言すると、グラウンドから少し離れたところにある観覧席のほうから『わっ』という歓声と、失望とも落胆ともとれる『あ〜あ』という声が聞こえてくる。
そんな声のするほうに手を振って応えているマーメルスに、ムーンエルフ族の中年の男性教諭ディーン・フォルスティはなんとも呆れた表情を浮かべて口を開く。
「たかが模擬戦で何を勝ち誇っているんだ。おまえそもそも槍術部の主将だろうが、勝って当たり前だろ。早く戻りなさい。次の仕合が始められんだろうが。みろ、もう瀧川はもどっているぞ」
そう言ってディーンが地面を指し示すと、自分が打倒した合成種族の少年の姿はすでに消え去っており、マーメルスはバツの悪そうな顔でディーンに謝ると慌てて印を切って姿を消す。
中学校、高校問わず、今の体育の授業の内容は戦闘技術がメインとなる。
勿論これは全『人』類の敵である『害獣』の影響であることに他ならない。
500年前であれば、異界の力を利用した魔法さえ覚えていれば自らの肉体を利用した戦闘など必要なかったことである。
だが、現在の状況はそうではなく、むしろそういう戦闘は絶対に行うことが許されない。
そんなことをしようものなら、『害獣』達にたちまち嗅ぎつけられてこの都市は下手をすると一瞬で壊滅してしまうであろうからだ。
異界の力を駆逐すべくこの世界に姿を現した『害獣』達は、異界の力を使用せず、尚且つ彼らのテリトリーに侵入さえしなければ比較的害がない相手であることが今ではわかってはいるものの、ある程度大きな異界の力を使用してしまった場合は話は別だ。
世界のどこにいようとも、彼らはやってきて、その異界の力の源を排除しにかかり、そして、そうなった場合、それを止めることは誰にもできない。
ともかく異界の力を利用した魔法を使うことは、今の世の中で使用することはできないのだ。
一応、魔法に似た力で『害獣』に嗅ぎつけられることなくしようできる力はいくつか存在はしている。
しかし、それらは異界の力を利用したものと違い、力を発動させるまでの詠唱時間が非常に長いとか、『道具』と呼ばれる消費型のアイテムをいくつも持っていないといけないとか、力を発現させておくためにはずっと歌っておかなければならないとか、いろいろと大きな手間や暇やリスクが伴ってしまう。
一応上記の力でも使えないことはない、実際それらを器用に使いこなす『道具使い』と呼ばれる者達がいることも確かなのであるが、それにも限界がある。
今のこの世界で何らかの防衛手段を持たないことには生きていくことはできない。
全『人』類の敵である『害獣』から当然身を守る為という目的は絶対条件として存在しているが、そればかりではない。
『害獣』によって支配されているこの今の世界で、『人』の居住スペースは極端に少なくなり、逆にそれ以外の生物達の居住スペースは大幅に広がった。
そのため、『害獣』とはまた違う、500年前には生息していなかった未知の生物たちがいくつも誕生していて、それらからの脅威も退けなければならない。
一定のテリトリーを持ち、そこからほぼ離れることが皆無である『害獣』と異なり、それら新種の生き物達は基本的に自由にあちこちを行き来する。
そうなると『人』がかろうじて保有している生活圏にも侵入してくることもざらにあるわけで、『害獣』のテリトリーから離れた位置に作られた城砦都市の中に住んでいるからと言っても決して安全とは言えないのである。
都市に住む全ての住『人』達は、なんらかの防衛手段を身に着ける必要性があった。
そして、結局のところ、原始的ではあるものの最も有効的な手段として選択されたのは、自らの肉体を鍛えあげて武器や防具を装着しての接近戦技術であった。
これらの技術の習得は中学校、高校の体育の授業での必須内容となったわけであるが、とはいえ実戦で使えない技術、あるいは経験を積ませても仕方がない。
そこで考え出されたのが、異界の力ではないこの世界に元から存在する力の一つ『錬気』の力で、生徒達の精神体を視覚化、現実世界に投影させ、それらを使って実戦同様の戦闘をさせようというものである。
精神体を使用した戦闘の場合、どれだけ相手を傷つけても死ぬことはない。
そのため、生徒達は実際の仕合では使用できないような致死性の高い大技を遠慮なく相手に使えるし、また、死なないと言ってもダメージを受けると実際に殴られ斬られたのと同様の痛みが走るため、みな本気で戦うことになり、実戦とほぼ同じ状態で仕合を行えるという大きな利点がある。
いや、勿論、相当に大きなダメージを負わせてしまった場合、精神自体が死ぬことになり肉体は生きていても心が死んだ廃『人』となってしまうわけで、精神があまりにも脆弱な者は事前に外されるし、また健全な精神で問題なしと言われた生徒達に対しても、きちんと複数の教師達によって厳しくセーフティネットを管理しているため、一定以上のダメージは与えられないようになっている。
ただし、安全ではあるが、実戦さながらの仕合をするわけであるから全く無傷というわけにはいかない。
一度戦闘を行うと、精神が普通以上に疲れることになるし、ましてや殴られ斬られしたほうはそれ以上の疲労を負わせられることになるからしばらく動けなくなることもままある。
そのため、一度仕合を行った者は、そのまま一時間の休息を許される。
仕合を行うもの達は、個室の体育授業専用仮眠室にあるベッドに横になった状態で自分の精神体を分離して仕合場に移動、そこでの仕合が終了後、そのままベッドの上で仮眠を取ることを許されるというわけである。
体育の授業は通常2時間以上を予定され、最初の一時間を仕合にあて、残り一時間は生徒達の休息にあてられる。
勿論、中にはそれらをものともせず、連戦を繰り返す者もいる。
『害獣』ハンターを目指している者達ならそれは当り前のことで、できるだけ相手の攻撃を食らわず、最小限の攻撃で相手を沈めて次の相手を求めるというのがセオリーだ。
士郎のクラスメイトで特に仲の良い5人の生徒達は、『害獣』ハンターを本業とするかどうかはともかく、それらの資格を取ることをみな目標に定めている剛の者達ばかりなので、すでにそれぞれが一仕合終えているものの、元気な姿で観覧席にもどってきて仕合が特によく見える最前列に陣取っていた。
そこに、士郎との仕合を終えた、マーメルスが戻ってくる。
「いやあ、終わった終わった」
『おつかれ〜』
ほっとした表情で戻ってきた狼獣人族の少年を、笑顔で迎えるクラスメイト達。
マーメルスはそんなクラスメイト達の間を抜けて自分の席に座ると、あらかじめ持ってきておいた清涼飲料水の入った水筒に口をつけてぐびぐびと飲みほし、もう一度ほっとした安堵の息を吐き出すのだった。
「危なかったぜ。思ったよりも強かったし・・しかし、アイツ『害獣』狩りの免許持ってないって本当かよ、どうみても素人に見えないんだが・・」
「マーメルスは士郎を舐めすぎだし、全然わかってないにゃ。士郎に勝ったと思ってる時点でマーメルスは修行が足りてないんだにゃ」
「な、なんだと、ナツキ!? てめえ、俺の勝ちにケチつけるのかよ!?」
「別にケチをつけるわけではないにゃ。あちしもあんたもサフィーも、みんな見事に士郎にしてやられたんだにゃ。それが厳然たる事実なんだにゃ」
すぐ横に座る猫獣人族の少女のバカにしたような口ぶりに思わず立ち上がって激昂しかけるマーメルスだったが、すっと横から伸びてきた白い毛皮の同族の少女に止められて、怒鳴り声をあげるのをやめると、改めて横に座る猫獣人族の少女の顔を覗き込む。
ナツキ・フォエーンバード。
薄紫色のふわふわの毛皮に、ぴんと飛び出た猫の耳と頬から出た猫の鬚、満月のように金色に輝く瞳はいつも好奇心といたずら心いっぱいに溢れ、その激しい感情にあわせて表情はいつもくるくる変わっている。
一見その身体は細身に見えるのだが、その中身は鍛え上げられ鞭のようにしなやかな筋肉に覆われている。
突剣術部の元部長で、その実力はなかなかのもの、つい先程士郎と仕合を行い見事な剣捌きで勝利を収めていたのだが・・仕合終了後に戻ってきた彼女のその表情は全然冴えないものであった。
そのときマーメルスは全然気がついていなかったのであるが、改めてその表情を確認しなおしてみると、どうやら彼女は本気で自分が勝ったとは思っていないらしくマーメルスのほうに視線を向けようともせずに、ぶすっとした表情で仕合が行われている運動場に視線を向け続けている。
マーメルスは、どういうことかと説明を求めようとしたが、彼女が非常に気難しい性格であることを思い出し、彼は横にいる同族の従姉妹のほうに視線を向け直す。
すると白い毛皮の彼女は肩を竦めながら首を横に振ってみせる。
「朧気ながらわかる気がしますけど、はっきりとした確証がないからなんとも言えませんわ」
サフィーネ・グラシオール
狼獣人族の少女で、真っ白のフワフワの毛皮に、つぶらな青い目、ピンっとたった狼の耳、口は狼としては若干小さいが、『人』型の種族の男子生徒達から見ても十分に魅力的な容姿をしているとわかる姿をしている。
性格は御淑やかで上品であり、非常に女の子らしく気品もあるため、『獣』型の種族の男子生徒から絶大な人気を誇っている。
獣人族の美的感覚からすると相当な美少女である彼女は、狼獣人族の次期『巫女』候補として決定している人物としても有名で、近々正式に任命されることになれば狼獣人族の代表としてテレビ出演などもすることにもなるだろう。
鈴音中学校内の『獣』系種族の女子の中でもほぼ頂点に君臨していると言っても過言ではない美少女の彼女であるが、かわいいだけでは勿論ない。
マーメルス自慢の従姉妹殿は、女子薙刀術部の元部長でもありマーメルス以上の戦闘力の持ち主でもある。
実はナツキの前に士郎と一戦交え、激戦の末に士郎を撃破していたのであったが・・
「サフィーも自分の勝利を疑ってるのか?」
マーメルスが不信感いっぱいの表情で美しい従姉妹に問いかけると、彼女はその問いにはっきりと頷いてみせるのだった。
「理由はわからないですけどね。でも、明らかに士郎は全力を出していなかったですわ」
「そうか? しかし、俺にはかなり気迫のある様子に見えたのだが・・」
「ごめんなさい、言い方が悪かったですわ。なんというのか、その、私達が目指す勝利とは違う何かの為に、別の方向に全力を出していたというか・・」
なんとか言葉で表現しようとするサフィーであったが、それをうまく説明することができず、もどかしいという表情を浮かべ困惑しきり結局黙りこんでしまう。
マーメルスは何とも言えない複雑な表情を浮かべていたが、やがて一つ大きく嘆息してみせると、同じように不景気な表情をしているナツキとサフィーに口を開く。
「わかったよ、ともかく、内容では瀧川に俺達は負けたってことだな。しかし、俺達自身に得るところが全くなかったわけではないし、それはそれでいいんじゃないのか?」
「「・・まあね」」
しぶしぶ頷くナツキとサフィーの姿を見て、マーメルスは面倒臭いなあと内心盛大に溜息を吐き出したが、それをおくびにも出さずに自分の席に座り直すと、スポーツドリンクが入った水筒を取り出してぐびぐびと飲む。
「そういえば瀧川の奴は中央庁のエージェント候補みたいだって話を聞いたことがあるが・・本当のことなのか?」
「・・本当にことだにゃ。うちのおネエが言っていたにゃ」
「ナツキの? あの中央庁の御偉いさんの秘書してるっていうお姉さんの情報か?」
「そうだにゃ。フユカおネエが言っていたにゃ。なんでも士郎はその御偉いさんの息子さんの一番弟子なんだそうで、『害獣』狩りの免許は持ってないアマチュアだけど、腕は確かだって言っていたにゃ」
「そうだったのか・・そうなると奴の本当の腕前が見てみたいもんだがなあ」
そうマーメルスが呟くと、ナツキとサフィーは顔を合わせこそしなかったが、その声に深く頷いて見せる。
彼らは今日全員士郎と仕合をしており、全員が僅差で士郎に勝利していた。
元々は好奇心旺盛なナツキが普段ごく一部の男子生徒としか仕合をしない士郎の実力が見てみたくて、士郎に相手をしてくれと言い出したことから始まったことなのだが・・士郎が合成種族という滅多に会うことができない稀少種族ということもあり、ナツキの言葉を聞いたクラスの腕自慢の猛者達が、それだったら是非とも自分ともやろうと言いだして、士郎との対戦権でクラス内にて大もめにもめた。
なんせ、勝つにしろ負けるにしろ一回の仕合で相当消耗することになるであろうから、勝ち方負け方によっては最初の一仕合で終了ということも十分ありえる。
それだけに最初の仕合の相手は絶対自分とだと、ナツキをはじめとする猛者達は主張しあって譲らなかったわけであるが、当事者の士郎がのんびりとそれを否定。
合成種族である自分は他の種族と違って精神体の構造が違うため、5人以内ならかなりのダメージを受けてもすぐ回復できる、できれば全員順番にやろうと言い出して結局くじ引きをした結果、くじであたりを引いた5人が順番で士郎と対戦することになった。
当初その士郎の言葉に懐疑的な彼らであったが、すぐに士郎が言っていたことが本当であったことを認識させられることになる。
一番手は女子生徒であり女子剣術部のエースであったブライス・フォッグで、自分達が士郎に舐められていると感じたブライスはしょっぱなから全開で士郎に攻撃を仕掛ける。
士郎は防御に長けておりブライスの攻撃の嵐の合間の隙を縫って的確に攻撃を仕掛けてはくる・・だが。
誰が見てもかなりえげつない攻撃を士郎の防御をかいくぐって繰り返し、士郎の精神体のあらゆる箇所に相当なダメージを叩き込んだあと、最後は彼女の得意技で、すれ違いざまの斬撃で喉を掻き切って勝負あり。
流石にこれだけ痛めつけられては次の仕合は無理だろうと思っていたのだが、士郎の精神体はあっさりと降りしきる雨の中の仕合場に再び姿を現し、次の仕合相手を待っている。
その姿を見たナツキやサフィー、マーメルスの残った猛者4人の面々は、士郎の言葉が真実であることを悟り全員闘志を漲らせて仕合に臨んだ。
結果、みな相当苦戦し、仕合後はかなりの疲労でなんとかこの観覧席にもどってくるだけの体力が残っている状態ではあるものの、全員無事勝利することで終了することができた。
おかげでここに座りこんでいる猛者達にはいつもの覇気はなく、勝利を勝ち取ったとはいえその表情には疲労の色がありありと浮かびあがっていたわけだが・・
とりあえず面目は保ったわけであるから、残り仕合が終了するまでのわずかな時間観覧したあと、仮眠室にもどって爆睡すればいいだけの話で気楽なものであるはずのこの状況、しかし、猛者達はみな一様に何か納得できない何かを感じて、素直に控室に戻れずにいた。
そんな感じで士郎を仕合を行った5人の猛者達は覇気のない表情でグラウンドで行われている仕合を見つめていたのだが、ふとマーメルスがあることに気が付いて観覧席にいるクラスメイト達に問い掛ける。
「そういえば、我らが元生徒会長様は?」
すると、クラスメイト達は苦笑を浮かべながらマーメルスを見つめ返し、サフィーがその問い掛けに代表して答える。
「今日は私達が士郎の相手しちゃいましたからね。対戦相手がいないということで、最後に先生とやることになるんじゃないかしら」
サフィーの言葉にマーメルスもまた苦笑を返す。
「強すぎるというのも考えものだよなあ・・」
この学校始まって以来最高と噂されている元生徒会長スカサハという少女は、勉強の成績、容姿の美しさ、スポーツ万能ぶりだけでなく、武術の腕でも群を抜いている学校随一の実力者として知られており、クラスきっての猛者達が全力で戦っても五分の戦いができるかどうかというほどで、通常の生徒達では全く歯が立たないばかりか、下手をすると始めの合図とともに終わってしまうこともざらであるため、今では彼女との対戦をしようという気概のある生徒は、クラス内どころかこの学校中を探してみても10人いるかいないかである。
今日はその数少ない使い手であるナツキ、サフィーという双壁が士郎の相手をすることになってしまったため、必然的にスカサハの相手がいなくなってしまったのである。
ちなみに流石のマーメルスもスカサハとだけは仕合をしない、なんとか勝てる可能性のある相手ではあるものの、負ける可能性のほうが圧倒的に大きく、また負けた場合あまりにも格好悪くて仕方ないからだ。
ナツキかサフィーのどちらか一人だけでも士郎との対戦を断ってスカサハと仕合するべきだったんじゃないかとクラスメイト達は思いはしたが、体育教諭とスカサハの対戦は彼らとしてはかなり興味深いカードであったため、これを見ることができる機会に恵まれたと思えばこれはこれでよかったかと思い直し、グラウンドのほうに注意を向ける。
すると、やがて彼らの元生徒会長殿の精神体が姿を現し、対戦相手の到着を待つ姿が見えた。
いつ見ても凛々しい彼女の姿をクラスメイト達はうっとりと見つめるが、よく見ると自分達が対戦相手になるであろうと思っていた体育教諭の姿はまだグラウンドにあり、明らかに審判役として残り続けている。
そのことを不審に思って見つめていると、ほどなくしてスカサハの対戦相手が姿を現し、クラスメイト達はその人物を確認すると期せずしてそろって驚愕の声をあげるのであった。
『た、瀧川 士郎だとおおっ!?』
Act 17 『真の実力』
自分達を観覧しているクラスメイト達が驚愕の声をあげていることなど勿論知らない士郎は、いつもと同じ飄々とした笑顔を浮かべて目の前に立つ銀髪の美少女に真っすぐな視線を向ける。
「ありがとう、スカサハ、対戦を受けてくれて。いつもだと、ナツキかサフィーのどちらかが相手になっているから相手してもらえないもんね。いや、一度スカサハとやってみたかったんだよ」
屈託のないその言葉に、スカサハは少し照れたような表情を浮かべたが、すぐに心配そうな顔になって目の前のつぎはぎだらけの身体をした少年に視線を向ける。
「いや、それはこちらこそなのですけど・・大丈夫ですの? あなた、あの5人とすでに対戦しているんでしょ? 相当な疲労がたまっているはずだけど、そんな状態でまともに戦えるの?」
しかし、そんな心配げなスカサハの言葉もどこ吹く風、士郎はにこやかに笑って剣をもっていない左手をひらひらと振って見せると無問題とふざけたように言ってみせる。
「合成種族の僕は普通の『人』に比べればかなり鈍感にできているから、あとでぶっ倒れるかもしれないけど、今は全然平気。いや、こういうときは鈍感なのも役に立つものだねえ」
あっはっはと笑ってみせる士郎の姿を複雑そうに見つめていたスカサハであったが、首を横に振って肩をすくめてみせると、心配そうだった表情を笑みに変えて士郎を見詰める。
「では、遠慮なく行かせていただきますわよ」
「どうぞどうぞ。あ、先生始めちゃってください」
お気楽に言ってみせる士郎の姿をじっと見つめていた体育教諭のディーンであったが、呆れるくらいタフな士郎に深い溜息を吐きだしてみせると、きっと表情を引き締めて声を張り上げる。
「スカサハ・スクナー 対 瀧川 士郎。 仕合開始!!」
その声と同時に先に動いたのはスカサハであった。
流れるような自然の動きでスタートを切った彼女の体は風となってぬぼ〜っと立つ士郎に接近すると、すれ違いざまに左手に持つ片手剣で一閃。
一瞬で勝負は決まった。
ギンッという金属の耳障りな音がしたかと思うと、宙をくるくると片手剣が舞って飛び、地面に突き刺さる。
片手剣は精神体でも掴むことができる霊媒金属のデミオリハルコンで作られたもので、実体がある。
そのため、弾かれると飛ばされてしまうわけだが・・自分の手から飛ばされたほうはそれが信じられず、飛ばしたほうはおもしろくもなさそうにそれを見つめていたが、片手剣を飛ばしたほうの勝利を確定しようとディーンが片手を上げて宣言しようとするのに気が付いて慌てて止めにかかる。
「待ってください、先生、これはナシです」
「え、しかし、おまえ」
「いいんです、彼女は本気でかかってきたわけじゃありませんから。ね、スカサハ。・・ところで、早く片手剣拾ってよね。まさか、こんなもんじゃないでしょ?」
自分の一撃をいとも簡単に弾き返した士郎の姿を茫然と見つめていたスカサハであったが、その士郎の顔に嘲笑とも怒りともとれるものが浮かんでいることを確認すると、すぐに表情を引き締めなおして飛ばされた片手剣を拾うと、ぺこっと士郎に頭を下げて見せる。
「ごめんなさい、あなたの思ってる通り、侮っていたわ。今度はちゃんと本気でやる」
スカサハが真摯な気持ちで謝っていることを察した士郎は、表情を一瞬表情を緩めたが、すぐに引き締め直してスカサハのほうを見つめる。
「そう、それでいい。本気でやってもらわないと仕合をする意味がないからね」
スカサハはその士郎の言葉にこくりと頷いて片手剣を構え直すと、今度は先程とは比べ物にならないほどの踏み込みで士郎へと肉薄する。
そして、再びその左手の片手剣を同じように一閃させるが、今度は先程の一撃とは全く違うもので、士郎はそれを手に持つ片手剣で咄嗟にさばこうとせず、身体毎地面を転がって避けて見せる。
士郎は、そのスカサハが繰り出す独特な剣法を初めて見て、驚愕に目を見張る。
左手の人差し指と中指を突き出して中心軸として、そこを基点にまるで風車というか扇風機のように片手剣を高速回転させて操るその奇怪な剣法は、迂闊に自分の片手剣を合わせれば今度は自分の剣を飛ばされてしまうであろう。
「久々に見たな、元生徒会長殿の『舞姫扇風剣』、相変わらずおっかねえ技だぜ。俺だったらあれを出される前に勝負をつけにかかるがな」
離れたところにある観覧席からその様子を見ていたマーメルスが緊張した面持ちで呟くと、ナツキとサフィーが揃って頷きを返す。
「なんせ、高速回転する刃に下手に合わせると自分の武器を持って行かれてしまうし、防がないと切り刻まれる、しかも、どうやって操っているのかわからないが、まるでスカサハの手に固定されているように自由自在に動くから、やりにくいったら・・」
「そうですわね・・しかし、あの技をスカサハに使わせることを決断させた士郎の腕前はやはり、かなりのものと思っていいでしょう。私やナツキの場合、あの技を出されたら終わりですから、始まってすぐに勝負がつくということがほとんどですもの」
「出されたらあちし達じゃあ、防げないしにゃあ。でも、士郎は今、わざとあの技をスカサハが出すのを待っていたみたいだし、何か対策があるのかもしれにゃいけど」
「いやスカサハの負けはないと思うぜ・・それよりも瀧川がどれだけ耐えられるかが問題だ」
最後に呟いたマーメルスの言葉に、クラスメイト達は改めてグラウンドで繰り広げられている死闘に視線を戻す。
そう、文字通り死闘であった。
最初の一発目こそ避けて見せた士郎であったが、二発目以降はなんとその攻撃を仁王立ちでさばいて受けていた。
回転する刃に切り刻まれることを全く恐れるようすも見せずにその刃の風を次々と逆手に持った片手剣と、何ももっていない左手でさばき、隙を見ては拳や蹴りをスカサハの身体に叩き込む。
勿論、そんなことをしてただですむはずがない、士郎の身体はあっというまに裂傷だらけ刃傷だらけ、精神体であるから血は流れてはいないものの、相当なダメージを受けているのは遠目から見ても明らかでいつ倒れてもおかしくない状態。
いや、並の生徒であったらすでに昏倒してドクターストップになっている状態である。
ところが士郎は全然平気な顔でスカサハと殴り合っている。
一方士郎に相当なダメージを与えているはずのスカサハも無傷というわけにはいかなかった。
激しい刃風の中をものともせずに繰り出されてくる士郎の打撃に、次第に追い詰められていく。
このままではスタミナ勝負となり、下手をすると追い詰めている筈のスカサハのほうがスタミナ切れでギブアップになりかねない。
スカサハは勝負に出ることにする。
身体を大きく回転させて後方に大きくとびすさり一旦士郎との間合いを取ると、片手剣の回転を止めてもう一度順手で構え直し地面すれすれまで腰を低くして蛇のように地面から士郎の姿を睨みつける。
「でるぞ、スカサハの必殺奥義 『失楽園』だ。」
マーメルスの言葉に、クラスメイト達は元生徒会長殿が繰り出そうとしている技と、その直後に訪れるであろう勝利の瞬間を見逃すまいと目を凝らす。
グラウンド上で睨み合って対峙するスカサハと士郎。
自分の持つ最大奥義を士郎に叩き込むための隙を見つけ出そうとしているスカサハであったが、士郎はそれを警戒して隙をなかなか見せようとしない。
しかし、どれほどの時間が経ったであろうか、士郎の目に一際大きな雨粒が降りかかり一瞬だが視界が塞がれる。
その瞬間をスカサハは見逃さなかった。
地面を蹴った彼女の身体が矢のように一直線に士郎に突き進んでいく。
呆気に取られて反応が遅れた士郎が防御の態勢を整えたときにはすでにスカサハの姿は目の前に迫っており、かろうじて傷だらけの左手を掲げてみせる士郎であったが、もうそのときには時すでに遅し。
スカサハの恐るべき必殺剣が発動していた。
スカサハの剣が士郎の身体に突き刺さると思った瞬間、スカサハの身体は士郎の脇を通り抜け、かわりに剣を持たぬ手が士郎の首に引っかかる。
そして、飛び出したスピードを乗せたまま士郎の首を基点にして回転を始め、腕から両足で首を挟みこむと、そのまま回転を速めてとてつもない遠心力を生み出してその力が頂点に達した時に絶妙なタイミングで頭上に向けて両足を離して投げ飛ばす。
凄まじい回転の力をそのままに、木の葉のようにくるくると回って宙を舞う士郎の身体をすぐさま追いかけたスカサハの剣が、いくつもの軌跡を描いて宙にある士郎の身体に突き込まれる。
合計で七発もの刺突撃を受けた士郎の身体は最早動くことができず、地面を何度かバウンドして転がって行き完全に動かなくなった。
それを見ていた審判のディーンが片手を高々とスカサハの方に挙げて見せ、勝利を宣言する。
「勝者 スカサハ・スクナー。 仕合終了」
その宣言を聞いてようやくほっとした表情を浮かべたスカサハが自分が打倒した相手のほうに視線を向けると、すでにその姿はそこにはなく、彼が使っていたデミオリハルコンの片手剣だけが取り残されていた。
久しぶりに全力で戦うことができたことに爽快な気持ちに満たされていたスカサハとしては、一言お礼が言いたかったのだが、流石にあれだけのダメージを与えたわけであるからドクターストップで強制的に精神体を回収されるのは当然であることを思い出して表情を曇らせると、あとで後遺症などがでてないか確認に行こうと心に強く決める。
しかし、ちょうどそのころ・・その当人がいる仮眠室では・・
「よっこいしょっと」
たった今凄まじいダメージを受けた筈の士郎が比較的元気そうな様子でベッドから起き上がろうとしていた。
上半身を起き上がらせた状態でしばらく目をつぶる瞑想をしていた士郎であったが、マインドコントロールで平常心を取り戻すとベッドから起きてレザーアーマーを脱ぎ、いつものYシャツとスラックスに着替えをしはじめる。
「いやあ、流石、スカサハ、最後の技はなかなかの威力だった。やっぱ、今の僕だとあれくらいの技を食らわないと修行にならないよねえ」
Yシャツのボタンを留めながら何度も頷いて呟いた士郎は、今日の修行の成果に満足げな表情を浮かべて見せる。
そう、士郎は今日の仕合の全てを、わざと負けていた、しかも、自分自身がかなり傷つくような負け方で。
これこそは、彼が敬愛してやまない師匠、宿難 連夜から伝授された秘伝の精神鍛練方法。
師匠である連夜は全種族中、最も脆弱な身体を持つ種族『人間』であり、日々その脆弱極まりない肉体で他種族のものに負けることなく生き残る方法様々な分野から探究し続けているわけであるが、その中で、彼が気がついたことの一つに精神の強さというものがある。
肉体的には圧倒的に優劣がつく『人』の種族であるが、精神体にはほぼどの種族も優劣が存在しないことに気がついた連夜は、この精神体を鍛え上げることに興味を抱いた。
そして、あるとき、この学校の授業で使用されている精神体分離による仕合で受けた傷を克服することを繰り返すことで、通常であれば抽象的な方法(例えば長時間の座禅を繰り返すことで平常心を養う、あるいは危険、修羅場を潜り抜けることで度胸を付けるなど)でしか鍛えられない精神体を短期間で強靭にすることができることに気がつく。
連夜は自分が侮られやすい人間という種族であることを利用して、わざと学校での授業では負け続ける。
最初はちょっとずつ受ける傷を作っていたが、慣れてくると徐々に受ける傷を大きくしていく。
すると、ちょっとの傷では全く疲れなくなり、連戦することが可能となり、やがて大きな傷を受けてもそのダメージに耐えられるようになり、しかもすぐに平常心を取り戻して回復することができるようになってきたのである。
これの変化は実際の肉体のほうにもすぐに現れた。
強烈な打撃をくらっても気絶することがなくなり、相当な痛みにも耐えることができるようになり、最終的には、骨折してもある程度平気で動き回れるようにすらなっていったのである。
目には見えていないが、連夜の精神体は間違いなくとてつもなく鍛え上げられていたのだ。
通常、精神体の仕合を行う生徒達は殴られたり切られたりするのを嫌うため、ちょっとでもひどいダメージを負うと仮眠室で休憩に入ってしまうのがセオリーで、そんな風に精神を鍛えあげるために利用しようとするものなどいない。
まさにその盲点をついた修行術であった。
これを連夜から教えられて修行を開始した当初は、士郎もすぐには起き上がることはできなかったものだが、今では、中学生程度の攻撃で受けた傷など屁でもなくなってしまうほどにまで強靭な精神体に成長している。
勿論、この修行方法については連夜から他言することを厳しく止められており、連夜自身、この修行方法を語って聞かせたのは今までたったの4人しかいないという。
連夜の家族にもこの方法を明かしてはいないという・・つまりスカサハはこの方法を全く知らないということだ。
士郎が知る限りでは3人。
士郎は当然であるが、あとの2人は連夜の大親友であるロスタムとリンであることを聞かされている。
ちらっと聞いた話によると、武術の心得が全くない二人が武術の達人であるナイトハルトと姫子を破ることができたのは、この修行を繰り返し欠かさず行って連夜と同じかそれ以上の精神体を作り上げているからに他ならないらしい。
あとの一人については連夜が口を濁してしゃべらなかったので判明してはいない。
まさかこんな修行方法があったとは、目から鱗の士郎であったが、ともかく体育の授業のたびにサボることなくこれを繰り返している士郎であった。
いつもなら、武術の心得はないものの、怪力と底なしのスタミナが自慢の豚獣人族の少年バップに付き合ってもらって長時間粘りダメージを受け続ける修行をしている士郎だったが、今日は運良く6人もの強者と戦い、その打撃に耐えてまた一つ精神体を鍛えることができたため、ほくほくしている士郎であった。
まだ一時間以上仮眠の為の時間が残っていたが、思った以上に疲労の回復が早く、しかも予想以上にいい修行ができて精神的に高揚していたため、士郎は仮眠を取ることをやめて仕合後の楽しみである冷たい牛乳を飲みに行こうと仮眠室をウキウキしながら出て行く。
すると、ちょうど仮眠室に入ろうとしていたクラスメイト達やスカサハ本人に鉢合わせすることになった。
士郎は自分に素晴らしい修行の時間を与えてくれた6人に感謝の意味を込めて爽やかな笑顔を向ける。
「みんな、お疲れ様、今日は仕合をしてくれてありがとうね。疲れをださないようにゆっくりやすんでね〜」
疲れきった表情で仮眠室に入ろうとしていたクラスメイト達は、スキップするような軽やかな足取りで仮眠室からでてきた上に、疲れを全く感じさせない顔をしている士郎の姿を唖然とした表情を浮かべて見る。
そんなクラスメイト達の表情を見て、士郎は何か居心地悪そうに顔をしかめて見せる。
「え、なに? 僕の顔になんかついてる?」
「お、おまえ疲れてないの? あんだけめったくそにやられたのに?」
驚きを隠せないままに言葉を紡ぐマーメルスに、士郎はあっはっはと笑ってみせる。
「うん、鈍感だからね、平気なの。いじめられっこはタフでないと生きていけないのよ。技術武術はからっきしだから、せめてこれくらいの特技はないとねえ」
などといい加減なことを言ってけらけら笑ってみせていた士郎であったが、遠くから自分の名前を呼ぶ声を聞きつけてそちらに目を向けると、そこにはキット達の姿があった。
授業の最初のほうで仕合を終わってしまっていた彼女達はマーメルス達とは違い、仕合を観覧することなく仮眠室にさっさと入っていたため、十分仮眠を取ることができ、ちょうど同じ時間に仮眠室からでてきたようなのだ。
「ごめん、キット達が呼んでいるから僕は行くね。じゃあ、みんなまたあとで」
そう言って、片手の掌を立てて謝って見せると士郎はたたたたと廊下の向こうで待っているキット達の元へと走っていってしまった。
「元気だなあ・・あいつ。あれも合成種族族の特性ってやつなのか?」
「どうかにゃあ、それとはまた別のような気がするんだけどにゃあ」
マーメルスの言葉に小首を傾げてみせるナツキであったが、結局、疲労には勝てず各々仮眠室へと向かっていく。
しかし、途中ふとサフィーが気がつくと、スカサハが立ち止まっているのに気がついた。
よく見ると、スカサハはなんとも言えない複雑な表情で、楽しそうな会話をしながら立ち去っていく士郎達の姿を見送っている。
「スカサハ、彼に話があるのかもしれないけど、とりあえず休んだほうがいいと思いますわよ。あなた相当士郎との激闘で疲れているはずでしょ?」
自分を気遣って声をかけてくるサフィーのほうに、視線を向けたスカサハは、しばし、困ったような表情を浮かべて見つめていたが、やがてふっと肩の力を抜いて疲れた笑顔を見せる。
「そうね、とりあえず、ちょっと眠ったあとにするわ。ありがとう、サフィー」
「いいえ、大したことじゃありませんわ」
そうして、それぞれの仮眠室に入って行く二人であったが、スカサハは入室する直前にもう一度立ち止まり廊下の角を曲がって見えなくなるまで士郎を見送ったのだが、部屋に入る前にその姿を見たサフィーは、なんともいえない微妙な笑みを浮かべると、スカサハにだけ聞こえる声で言葉を紡ぐ。
「どうしても納得できないなら、もう一度勝負をしてみたらどうかしら? あなた今、士郎と一緒の下宿先にいるんでしょ?」
「え・・」
「そのわくわくした顔。いい遊び相手が見つかってよかったわね、スカサハ」
「な、はぁっ!?」
「それとも喧嘩友達かしら? 士郎と関わるようになってから、スカサハって、みんなにお人形さんではない素顔を見せてくれるようになったわよね、いいことだわ」
「サ、サフィー!?」
そう言ってくすくすと笑うサフィーに、スカサハは真っ赤に怒鳴り声をあげようとするが、サフィーは『怖い、怖い』と笑いながら仮眠室へと入っていってしまった。
スカサハはそんなサフィーが消えた仮眠室の扉の前をしばし脹れっ面で睨みつけていたが、すぐに視線を士郎が姿を消した廊下のほうへと向け直す。
そこには最高の喧嘩相手をみつけたガキ大将のような笑みが自然と浮かんでいたのだった。
「もうひと勝負か・・うん、いいかもしれない」
そう呟いたスカサハはウキウキとした表情で仮眠室へと消えていったのだった。