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Act 14 『油断』

順調な時ほど、『人』は気を緩め油断をしてしまう。


それはどれほどの達人、あるいは名人であっても、ほんのわずかな隙間から忍び寄りいつの間にかしてしまうもの。


『人』であるからには逃れられない宿業であり、誰しも起こりうること。


『害獣』との戦いに中学生の頃から参加し、数多くの修羅場、死線を潜り抜け、今や傭兵旅団『剣風刃雷』の副団長とまでなった彼と言えども例外ではない。


今回の『人造勇神』の作戦発動からまだ一週間。


作戦期間を最大三カ月も見越して立案されたこの計画であるが、すでにターゲットとなる『人造勇神』五体のうち、二体までも撃破することに成功し残るはあと三体。


このまま行けば、早期決着も夢ではない。


歴戦の『害獣』ハンターであるとはいえ、まだまだ血気盛んな年頃である彼がそう考えたとしても、それは無理からぬことであった。


『人造勇神』 タイプ ゼロワンとの戦いから二日たった、月曜日の放課後。


彼は他の『人造勇神』の情報を独自に入手すべく、『ルートタウン』の裏通りへと一人足を運んでいた。


『ルートタウン』


城砦都市『嶺斬泊』最大の繁華街である『サードテンプル』と、都市に存在する大企業のオフィスが密集している『ゴッドドア』のちょうど真ん中に位置するもう一つの繁華街で、表通りは都市の二大百貨店の一つである『グレートサークル』や、古の東方にあった大国『シャンファ』に住んでいた『人』達の子孫が作った観光名所『シャンファ街』で賑わう一方で、裏通りは数々の大人向けの飲食店、宿泊施設、そして、風俗店が立ち並ぶ一大歓楽街。


そこは本来なら未成年者である彼が立ち入れる場所ではないはずであったが、『害獣』ハンターの諸先輩方の中にはそういう場所に出入りする抜け道を教えてしまう悪い先輩方もいるわけで、その中でその道もみっちり鍛え上げられた彼は、すでにこの裏通りではすっかり顔なじみになっている存在となってしまっていた。


まだ夜も更けて間もなく、ようやく店がそろそろ開こうとしている裏通りの更に裏道を慣れた足取りで回りながら、忙しく開店準備をしている店員や、明らかに水商売をしていると思われる化粧の濃いお姐様方にそれとなく声をかけて情報を仕入れていく。


今回彼は、情報収集の場所が場所だけに、単独行動で尚且つ仲間達に自分の行き先を告げてはいない。


基本的にそれらの行動は全面的に禁止のはずであったが、狙われているのが自分ではないということと、場所が場所だけに迂闊なことを漏らすといろいろと大変なことになってしまうこと(多分理由としてはこれが一番大きい)、そして何よりも、すでにターゲットである『人造勇神』の五体のうち二体までも撃破していることから、早々出食わすことはないだろうとタカをくくっていたという三つの理由から、彼は定期連絡も入れずに無防備に情報収集活動を進めてしまっていた。


しかし、二度あることは三度あるのである。


彼が自分が尾行されていることに気がついたのは、もう夜も更けて来てそろそろ帰らないと勘のいい母親に感づかれてしまいそうだと感じていた時。


背中に粘りつくような粘着質な視線に気が付いた彼は、その視線の持ち主に気がつかれぬように何気ない風を装って、『気』の質を探る。


ターゲットである『人造勇神』ならば、彼がずっと戦ってきた相手であり、これからも戦い続けることになるであろう全ての『人』類の敵、『害獣』が放つ『気』と同種のものが感じられるはず。


だが、この相手からはその『気』がほとんど感じられない。


いや、感じられないことはないのだが、一昨日戦った『人造勇神』 タイプ ゼロワンの放っていた『気』に比べれば非常に小さく、この手の索敵能力に長けた彼でなければ感知できないほどのもの。


怪訝に思ってはみたものの確証を得ることができず、しばしこれからどうするか考えた彼であったが、やはり相手を確認したいという思いに勝てず、わざと人気のない場所へとその相手を誘導する。


そこは建物と建物の間、以前はラブホテルがあった場所であったが、経営不振の為に営業を停止して廃ビルとなり、今は取り壊されて次のテナントを募集している最中の空き地。


街灯の光がほとんど届かない闇が支配するその場所にやってきて振り返った彼は、まんまとついてきた尾行者がいるとわかっている闇に向かって声をかける。


「ストーカーするのもされるのも好きじゃないんだよな。悪いけど他をあたってくれないか?」


その声を聞いた尾行者が闇の中から姿を現し、その姿を見た彼は珍しいことに目を大きく見開いて相手の姿をまじまじと思わず見詰めてしまっていた。


闇が支配しているその空間にあってそこだけ大輪の華が咲いたように見えるほど、その人物は美しい容姿をしていた。


腰まである長い艶やかな亜麻色のストレートヘアーに、闇の中でも黄金色に輝く瞳、すっととがった形のいい顎、そして濡れ濡れと妖艶に光る真っ赤な唇。


身長は160cmあるかないかだろうか、スレンダーではあるもののスタイルのいい身体に真っ赤なワンピースがよく似合う美しい魔人がそこに立っていた。


「あんた・・『人造勇神』・・じゃあ、なさそうだな? 伝説の『不死王(ノーライフキング)』かなんかか?」


相手が放つ『人』とは明らかに別種の負の気配に、顔をしかめて言葉を紡ぐ彼に対し、尾行者は面白そうに邪気のない笑顔を浮かべて首を横に振る。


「『不死王(ノーライフキング)』なわけないでしょう。もしそうだったら、とっくに『害獣』達の『王』に見つかっているわよ。そもそも不死生物はもう五百年前に全部『害獣』に駆逐されてしまったし、それを操る『死霊使い(ネクロマンサー)』もいないし、いたとしてもそんな自殺行為をしたりしないでしょ。あなたが最初に否定したほうが正解よ。私は『人造勇神』 タイプ ゼロスリー。一応、人間としての名前はシャルル・ハリス。よろしくね」


「あんた、『人造勇神』なのか? ・・にしてもなんだ、その気配は?」


なんといえばいいのだろうか、今まで出会ったどんな生物とも違う気配。


いや、違う、彼はこの気配と同じ気配を持つ物にかつて出会ったことがある、しかし、それを彼の心の奥底にある何かが思いだすことを拒否しているのだ。


いったいこの粘りつくような、それでいて今すぐにこの場所から全速力で逃げ出して全てを忘れてしまいたくなるようなこの得体の知れない悪寒はなんだというのだ。


自分でも気がつかないうちにだらだらと顔面から汗を流しながらも決して自分から目を放そうとしない彼の姿を、なぜか熱っぽい視線で黙って見つめ続ける魔人。


その沈黙に耐えかねて、再び彼が口を開く。


「先に言っておくが、俺はお前達が欲しがっている『勇者の魂』は持ってないぜ。裏をかいて俺が持ってると思いこんでついてきたというのなら、それは大まちが・・」


「いらないわ、そんなもの」


「・・は?」


彼が全てを話し終える前にあっさりとそれを否定して見せる魔人。


そのあまりにもあっさりきっぱり言い切る態度に一瞬唖然として相手を見つめ返す彼であったが、その疑惑の視線を真っ向から受け止めて小揺るぎもしない相手を見て、言っていることが真実であると悟り、ますます困惑の表情を浮かべる彼。


「じゃ、じゃあ、何が目的で俺に近づいた?」


「何ってそんなの決まってるじゃない・・あ・な・た・よ。龍乃宮 剣児くん」


「お、俺!?」


にっこりとほほ笑むシャルルの言葉になぜか、全身の毛が逆立ち、鳥肌が立って行くのを感じる剣児。


どんな強敵が現れたときでも決して恐怖に負けることはなかった自分が、なぜにこれほど敵意のない相手に恐怖を感じなければならないのか、剣児は全く自分が理解できなかった。


そう、目の前のシャルルからは敵意が一切感じられない。


闘志らしきものは確かに感じられはするが、敵意とか悪意とか殺意とかいうものは全くこれっぽっちも感じられない。


だが、なんなのだこの負の気配は。


自分が見ているものが実はどこか正しくない姿であると全身が警告していて、そして、それが今まで一度たりとも間違っていたことがないことを剣児はよ〜くわかっていた。


と、すると、ゆっくりと自分に向かって歩みを進めてくる相手は相当に危険な相手であるとみて間違いないはずなのだ。


「・・やだ、剣児くん、怯えているの? 大丈夫、私、あなたを傷つけようなんてこれっぽっちも思ってないわよ」


泣いてぐずる子供をあやすかのように心から優しい口調で話しかけてくる相手に、剣児はますます恐怖の色を深めていく。


「く、来るな・・お、おまえ俺に何をするつもりだ・・」


「もう、本当に信用してないのね。大丈夫、傷つくのは私で、あなたは傷つかないから安心して。・・そもそも、私、もう二度と『人造勇神』になるつもりはないのよ。でもね、ほかになりたいものがあるの、どうしてもなりたいものが。そのためにはあなた達の協力が必要なのよ。あと少し・・あと少しで私の願いは成就するわ・・だからね・・」


じりじりと迫ってくるシャルルに、同じくらいじりじりと下がっていく剣児。


得体の知れないこの恐怖・・いや、この恐怖を自分は一度だけ体験したことがあることを剣児は思い出した。


あれはいつの頃だったか、確か、東方にある城砦都市『刀京』にある一大歓楽街『カブキタウン』に『害獣』ハンターの先輩方に無理矢理連れていかれたときに味わった恐怖とそっくり同じだ。


最初自分は全く気がつかなかった、酒の席ではみんな楽しそうにしていたのだが、いざお楽しみの時間になると先輩方はそそくさと帰ってしまい、自分一人が取り残された。


ぼったくりバーか何かかと思ったが、全然そうではなく、お金はすでに先輩方が払ってくれていて自分は楽しむだけ楽しめばいいようになっていたのだが・・


お気に入りの相手といざホテルへ直行し、そこで一緒に風呂に入ったところで・・


「ちょ、ま、待て、おまえ、まさか・・嘘だろ? 嘘だよな?」


壁際まで追い詰められ、もう完全に涙目になって聞きたくない事実確認をしようとする剣児に、シャルルは、バツが悪そうな笑顔を浮かべる。


「あは。わかっちゃった?」


一瞬の間静寂が流れるが、そのすぐあと、全力で剣児は魂から絶叫する。


「い、いやだあああああああああああああ!!」


「ご、ごめんね。本当にごめん、でも、一生懸命がんばるから許してね」


「がんばらんでいい!! ってか、やめろ、やめてくれ!!」


両手を合わせて拝み倒す剣児の姿をしばし見つめていたシャルルだったが、その剣児ににっこりとほほ笑みを浮かべるのだった。


「ダメ」


「なんでだああああああああ!?」


必死に逃げ道を探そうとする剣児だったが、それよりも早く近づいてきたシャルルが剣児の身体に覆いかぶさる。


「剣児くんてこういうことなれているんでしょ? いつもやってくれてるようにしてくれればいいから、ね♪」


「根本的にいつもと絶対違うだろうが!! ちょ、まて、ズボンを脱がすな!! ぎゃ、ぎゃあああああああああああああああああっ!!」


その日、剣児は男として大事な何かを失った。




Act 14 『油断』




「いやああああああああああああっ!!」


鈴音中学校(りんねちゅうがっこう)の昼休み、女子生徒の悲鳴が第一校舎の裏側に響き渡る。


瓶入りの牛乳をくぴくぴ飲んでいる最中にその悲鳴を聞きつけた士郎は、牛乳瓶を叩きつけるように机の上に置くと、教室から飛び出して悲鳴の聞こえた場所へ一直線にすっ飛んでいく。


このたった一週間の間に、実に様々な事件が勃発した。


『人造勇神』タイプ ゼロファイブ、ゼロワンとの戦い、蒼樹の謎の失踪事件。


そればかりではない、昨日の夜には、単独で『人造勇神』と接触したと思われる中央庁の直轄傭兵旅団『剣風刃雷』の副団長龍乃宮 剣児が、物凄い精神的ショックを受けた状態で保護されるという事件があった。


剣児の体には何かしらの戦闘を行ったという形跡は残ってはいなかったそうなのだが、しきりに意味不明のうわ言を繰り返すばかりでいったい何が起こったのか未だに解明できてはいないらしい。


ともかく、今、何が起こっても不思議ではない状態にあることは確かであると断言できる。


この作戦におけるターゲットである『人造勇神』達が狙っているのは、士郎の大恩人である宿難(すくな) 連夜(れんや)その人であるが、この学校には彼の肉親の一人である妹のスカサハが通っている。


奴らが彼女を人質に取ることも十分に考えられる可能性の一つであるため、士郎はここのところ常に気を張りこの学校内に異変が起こらないか注意していたのであるが。


同じクラスメイトでもあるスカサハは、幸いにも悲鳴が聞こえたときには教室内にいて、その無事を確認している。


だとすると今の悲鳴は他の人物ということになるが・・


(まさか、晴美か!? くっそ、間に合ってくれよ!!)


もう一人の護衛対象である人物を思い浮かべ、焦りながらも必死に廊下を駆け抜けていく士郎。


霊狐族の少女で、連夜が実の妹も同然と言っている如月(きさらぎ) 晴美(はるみ)は、士郎にとって守るべき大切な人の一人だ。


城砦都市『アルカディア』への旅を通して、今、士郎にははっきりと自分が守りたいという思いを自覚している人物が二人存在している。


そのうちの一人は、今、彼の恩師であり上司でもある連夜と共に、安全な場所にて修行中であるため問題はない。


だが、もう一人は違う。


自分と同じこの鈴音中学校に通っている彼女は自分よりも二つ年下の中学一年生。


自分と同じ人に助けられた過去を持ち、自分と同じ高みを目指してがんばっている彼女は、自分のことを実の兄のように、いや、それ以上の存在として頼り慕ってくれている。


そんな彼女のことを悪く思えるわけはなく、士郎もまた彼女に好意を抱いてはいるのだが、あまりにも他人と接することがない生活を送ってきたため、自分のその感情がいったいなんなのか、今だに整理がついていない。


家族なのか、妹なのか、あるいはそれ以上なのか、以下なのか。


それはもう一人自分が気にしている人物に対しても同じで、二人の少女達のことが物凄く気には掛かっているのだが、いったい何がどう違うのかがわからない。


師匠である連夜に相談してみると、『いい機会だから大いに迷いなさい。どんな結果になるにしても、それは必ずいい経験となって残るはずだから。ただし、自分の心に無理矢理嘘をつかないといけないようなことにだけはならないように注意してね。』と、珍しいことに突き放されることになった。


士郎が尊敬してやまない師匠の連夜は、大概の場合答えか、あるいはそれに近いものをいつも自分に示してくれる。


そして、それが間違っていたことはほとんどないので、今回もそれを期待していたわけだが、まさか突き放されるとは思っていなかったのでショックがちょっと大きかった。


だが、それでもこの経験が間違いなく自分のプラスになると師匠が断言するということは、自力で成し遂げなければならないことなのだろう。


だから、最近二人のことを真正面から一生懸命考えるようになった。


・・のだが。


考えれば考えるほど、悩みは深く大きくなっていく・・母のように姉のように優しく自分を包みこんでくれて、幼い自分を受け入れてくれる一人の少女と、実の妹のように慕ってくれて、自分の気持ちを理解してくれる同志のようにいつも寄り添って見守ってくれているもう一人の少女と、いったい自分はどちらが大切なのか。


今ははっきりわからないが、それでもどちらも今は大切な存在であることに間違いはない。


特に実の妹のように思っているもう一人の少女、晴美は、自分の手の届くすぐ側にいる、なんとしても守らなければならない。


いつもなら、昼休みはグラウンドの片隅で一緒に弁当を食べているはずだったのだが、今日はたまたま彼女の友達の付き合いがあらかじめ予定に入っていたため一緒にいなかったのであるが、まさか、その隙を狙われることになろうとは。


油断だ、学校の中だから安全だと思っていた自分の油断が招いた失策だ。


士郎は自分の心の緩みに壮絶に舌打ちしながら校舎の中を駆け抜けて一足飛びに一階まで駆け降りると、廊下の開いている窓を飛び越えて外へと飛び出し、悲鳴の聞こえた校舎裏の木蔭へと走っていく。


(間に合ってくれ!!)


そう願いつつ爆走する士郎の目に、その悲鳴の主と思わしき人物が一人のダークエルフ族の少年にしがみついている姿が確認できた。


(あれか!!)


走りながら戦闘態勢を整えようとする士郎の耳に二人の会話が飛び込んでくる。


「いやああああああああ、なんで!? なんで、オレじゃダメなのおおおおおおっ!?」


「だって、俺、ガサツで乱暴な女は興味ないから。悪いけど、そういうことで付き合えないから」


「そんなああああああああ!!」


悲鳴をあげながらもしがみついてくる少女に『ていっ』とあっさりと見事な腰払いを決めて地面に転がしたダークエルフ族の少年はすたすたと第二校舎へと戻っていってしまい、それを見た士郎は脱力しながらスライディングで『ズザザザァァァァ〜〜』と地面をすべりぬけていく。


「だああああああああ・・なんだ、キットがいつもどおりにイケメンに告白して振られただけかあああああ」


いつもどおりの一連の会話と、いつもどおりの光景を見て、すべてを察した士郎は、『あ〜あ、急いできて損しちゃった』みたいな態度をありありと見せながら立ち上がると、パンパンと身体についた土を払ってその場を立ち去ろうとする。


しかし、その士郎の学生服を何者かがガシッと物凄い力で掴んで引きとめる。


「し、士郎ちゃ〜〜ん・・また、ふられぢゃっだよおおおおおおおおおおおおお〜〜〜〜〜!!」


士郎が嫌そうな態度を隠そうともせずに振り返ると、そこには涙と鼻水と涎を滝のように流しながら泣き声をあげるクラスメイトの女の子の姿があった。


キティアラ・ザナット。


通称キット


ゴブリン族の女の子で、バシバシに跳ねあがった剣山のような茶色い髪の毛に、物凄い太い熱血眉毛、ギラギラと光る大きなブラウンの瞳、ぺちゃんこの鼻、そして、鋭い牙がズラリとならんだ大きな口、スポーツ万能ではあるものの、筋肉質で肩幅が広い上に小柄な体は出るべきところが全然出ていない真っ平ら。


かわいいところがないわけではないのだが、一人称が『オレ』な上に、がさつ極まりなく熱血漢で男前な性格のため、男には全くモテナイ、しかし、同性にはやたら人気のある悲劇の少女、それがキットという少女であった。


中学三年生になって士郎に初めてできた友達が彼女だったわけで、それなりに士郎も彼女と親しくしているわけだが、最近はあまりにも懐かれ過ぎて、少々鬱陶しくなってきている。


『人造勇神』の襲撃じゃなかったとわかった以上、とっとと教室に帰って飲みかけの牛乳を飲みたい士郎は、なんとかしがみついてくるキットを突き放して立ち去りたいのだが、彼女は一向に手を放そうとしないばかりか、余計にしがみついてきてあまつさえ自分の学生服でその涙やら鼻水やら、涎やらを拭こうとさえしているではないか。


「ちょ、キット、やめてよ!! 涙とか、鼻水とか、涎は自分のハンカチで拭いてってば!!」


「いやだ、友達だったらその胸の中で泣かせろよ!! 女に優しくしない男は最低なんだぞ!!」


「安心して、キット。キットは僕の中できっぱりと女性の中に入っていないから」


「・・拭いてやる・・オレの怒りの涙と鼻水と涎をくれてやるわ!! このこの!!」


「うわわわわわっ!! やめてってば!!」


すったもんだの格闘の末にようやくキットの身体を離したときには、さんざんキットの顔面を流れおちた様々な体液をねしつけられたあとで士郎の学生服は見るも無残な姿と成り果てていた。


「ひ、ひどいよ、キット・・」


「ふん、女心を理解しない奴には当然の天罰じゃ」


がっくりと膝をついて項垂れる士郎の姿を傲然と見下ろしながら、キットはない胸を張って言い放つのだった。


そんなキットに物凄く白い目を向ける士郎。


「そんなんだから毎回毎回振られちゃうんだよ。僕が知るだけでもすでに二十人を越えたよね? おめでとう。このペースでいけば、卒業までに全男子生徒制覇も夢じゃないね」


「いやああああああっ!! そ、そんな不吉な予言しちゃらめぇぇぇぇ!!」


士郎の言葉に悶え苦しむキット。


そんなキットに近づいた士郎は優しくその肩に手を置いて慰める振りをしながらトドメを刺しにかかる。


「うん、ごめんね、キット、言いすぎたよ、僕。きっといつかみつかるよ、キットの運命の人が。だから、どんな困難があってもあきらめちゃだめだよ。きっと、この広い広い世界のどこか、まだ僕らが知らない大地の果て、『害獣』ですらいない未開の地の果てにきっといるはずなんだ・・最悪の場合ゴリラで我慢するという選択もあるけど」


「うん、そうだね、オレ様達がまだ認知していない世界のきっとどこかに運命の人が・・って、どこまで探さなあかんねん!? しかもゴリラで我慢しろってどういうこっちゃねん、士郎ちゃん!?」


「もう、キットったら・・わかってる・く・せ・に♪」


「うんうん、そうだよね〜、オレ様も勿論わかってる・・って、そんなわけあるか〜い!! かわいく言ってもあかんわい!! ってか、士郎ちゃん、最近俺様に冷たくない? なんか異様に厳しい気が・・あ、まさか、そういうことだったの!?」


突然何かを思いついたらしいキットが両手で口元を押さえ、キラキラと無駄に瞳を光らせながら自分を見つめてくるのに気が付いて、士郎はキットが何か言う前に先手をうって口を開く。


「あ〜、僕、ガサツで乱暴な女は興味ないから。悪いけど、そういうことで付き合えないから」


「ぎゃふっ!! さっき振られたばかりのセリフそのままじゃん!! ひどいよ、士郎ちゃん!! オレ様マジで士郎ちゃんでもいいのに!! ってか、士郎ちゃん、とりあえず補欠としてオレ様の恋人ストックに入ってよ、お願いだから!!」


「絶対やだ。ってか、なんでわざわざ本命もゲットできない人の補欠になってあげないといけないのよ」


「え〜、いまなら、オレ様のファーストちっすがついてくるのに」


「うわ〜、死ぬほどいらね〜・・ってか、死んでもいらね〜・・」


顔を赤らめてくねくねと気持ち悪く身体をくねらせるキットから、ドン引きしていく士郎。


その様子をお互い見つめあっていた二人だったが、はっと何かに気が付いて次第に二人の間に緊張感が高まっていく。


「ふっふっふ・・そうか、そういう方法もあったか・・既成事実を作ってしまえばいいんだ」


「ひえ〜、なんという短絡的な考え・・流石、キットというべきか・・でも、いらないので謹んでご辞退申し上げます」


「いえいえ、そう仰らずにここは一つオレの熱い気持のこもったベーゼを・・」


「いやいや、それはないから、絶対ないから、絶対いらないから」


対峙する二人の間に緊張感が高まっていく。


そして、その緊張感が頂点に達したとき、二人は同時に動いていた。


「士郎ちゃ〜〜ん、いただきま〜す!!」


恐るべき反射神経と猛ダッシュによって完璧に士郎の前へ飛び込むことに成功したキットの突き出された唇が、士郎のそれに狙いたがわず襲いかかる。


流石の士郎もこれをかわすことは不可能、そう思われたが、しかし、士郎には必勝の必殺技が残されていた。


「見よ、我が師匠宿難(すくな) 連夜(れんや)直伝の超奥義!! 『豚獣人絶対防壁(バップシールド)!!』」


「え?」


ちょうど二人の近くを通りかかっていたオーク(豚獣人)族の少年で、クラスメイトのバップ・ボロクをガシッと掴んだ士郎は、何が起こったわからず呆気に取られている彼の身体をそのまま盾にするようにキットの前に突き出した。


そして、重なる一組の男女。


『ぶっちゅうううううううううううううううううううううううう・・ちゅるるる・・じゅるん』


異様な音がしばらく続き、自分達に何が起こったかを悟った二人は同時に離れて地面に両手両膝をつくと・・


「「お、おええええええええええええええ」」


そんな二人の様子を見て、さも自分の力で切り抜けたみたいな顔をしながら額の汗をぬぐう士郎。


「危なかった・・もう少し技の発動が遅かったら僕はキットの初キッスの相手として記録されてしまうところだった・・ありがとう、バップ。君の尊い犠牲を僕は忘れない」


「ちょ、ちょっと待て〜〜い!! 君は助かったかもしれんが、僕がこの万年振られ女の初キッスの相手に記録されてしまったじゃないか!! この心の傷をどうしてくれるんだよ!!」


「大丈夫、きっと時間が解決してくれるから」


「解決するわけあるかあああ!! あああ、ぼ、僕の初キッスが・・」


がっくりと項垂れる多感なオーク族の少年バップ。


バップ・ボロク


キットと同じ時期に友達になったオーク族のクラスメイトで、キットの幼馴染でもある。


キットとは幼馴染というよりは仲の良い喧嘩友達のような関係で、いつも冗談交じりの口喧嘩を繰り広げている仲である。


身長はキットと同じくらいだが、やせ気味のキットと対照的に小太りでずんぐりむっくりな体型、茶色の眼鏡の向こうには開いているのか閉じているのかわからないほど細い目、オーク族特有の上を向いた鼻。


ハンサムではないが、愛嬌のある顔の持ち主であった。


士郎とは結構仲が良いのであるが、流石のバップもこの士郎の所業には少々ご立腹で、士郎はこれはまずかったと思ったのかすぐさま彼の機嫌を取ることにする。


「ごめん、バップ。確かに僕が悪かった、いくら口で謝っても許してはもらえないと思うけど、とにかくごめん」


「当たり前だ、すぐに許されると思ったら大間違いだぞ。少なくとも誠意を見せてもらわないとだな・・」


「『菓子の樹』期間限定『ヨーグルトレモンチーズケーキ』でいかがだろうか?」


「しょうがないなあ、今回だけだぞ」


いかにも許さない的な態度を取っていたくせに、士郎の懐柔策にまんまと乗せられてあっさりと許すことにするバップ。


三度の飯よりもチーズケーキをこよなく愛するバップの性格を見抜いた上でのしたたかな士郎の作戦であった。


自分の目の前でがっちりと友情の握手を交わす男二人を見ながら、恨めしそうな視線を送るキット。


「お、オレの大事な初キッスがチーズケーキ一個で売られていく・・しくしくしく・・」


がっくりと肩を落とすキットの姿にわざと気がつかない振りをしながら、わざとらしく腕時計を確認する士郎。


「あ、もう昼休み終わっちゃうよ、バップ。急いで教室にもどろう」


「うん、そうだな」


「チーズケーキは明日持ってくるから」


「ああ、楽しみにしてるよ。あそこの期間限定シリーズはなかなか買えないからなあ・・今から楽しみだなあ」


と、笑いながら去っていく二人の少年をじっと横目で見つめていたキットだったが、全然こっちを無視したまま振り返ろうともしないことに気が付いて慌てて二人を追いかける。


「ちょ、ちょっと待てよ、二人とも!! 本気でひどいよ、か弱い乙女を置いていくなよおおおお!!」


半泣きで追いかけてくるキットの姿にようやく振り返った二人は、何かキットに話しかけて楽しそうにその場を立ち去っていった。


そして・・


その三人が立ち去ったあとの木陰から、一つの影が染み出るように姿を現す。


その人影は、立ち去っていく少年の姿に万感の思いを込めた視線を向けながら、感情を抑えきれずに声に出して呟いてしまう。


「士郎・・こんなところにいたのか・・大きくなって・・僕は・・ううん、私は・・いや、僕は・・君を・・」


男性とも女性ともつかぬ声で呟いたその人影はしばらくそこに立って校舎の中に消えていく少年の姿を見送っていたが、やがて寂しげに首を横に振ると静かにまた影の中へと姿を消していった。


御稜高校周辺で起こっていた異変は士郎のすぐ側まで迫っていた。


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