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Act 13 『心からの笑顔』

早朝の教室、まだほとんどのクラスメイト達が登校していない教室に入ってきた蒼樹は、教室の窓からグラウンドを眺めている黒髪黒目の地妖(スプリガン)族の少女の姿を見つけた。


とりあえず自分の席にカバンを置くと、蒼樹は少女に向かって歩み寄っていき、その隣に立って少女を見る。


「おはよう、レン。昨日はどうもありがとう。」


「・・」


蒼樹は複雑な表情を浮かべながら朝の挨拶と、そして、昨日の出来事に対しての礼を述べる。


昨日の日曜日、蒼樹は繁華街の真っ只中で拉致されてしまうという大失態を犯してしまった。


一応対『人造勇神』のメインメンバーで『害獣』ハンターのプロでもある蒼樹であるので、それなりに腕っ節には自信があったし、またその腕前は誰しもが認めるところであった。


ところが、そんな蒼樹が呆気なく拉致されてしまった。


弟同然の士郎とともに夕食の食材の買出しに繁華街に出てきた蒼樹は、途中士郎と別れ目的の大型店舗に一人で入っていったわけだが、そこで、自分が影武者を勤めている義兄の名前で呼び止められることになった。


相手は天魔族の物凄い美女で、自分のことを明らかに義兄と思い込んでいるようで親しげに話しかけてきて、一瞬怪訝に思いはしたものの、まず、ターゲットである人間族とはなかったことと、全く敵意は感じられず、むしろどこか深い愛情のようなものまで感じられため、てっきり義兄の関係者だと思って油断してしまったのである。


ちょっと人の多いところでは話せないから裏口に来てほしいという女性の望みのままに裏口についていくと、振り向きざまに鳩尾に一撃を食らって昏倒してしまった。


あとはどこをどう連れて行かれたのかわからなかったが、途中物凄い揺れを感じて目を覚ますと、自分が目隠しに猿轡をかまされているうえに、かなりしっかり縛られており脱出できない状態にあることを知って、蒼樹は相当慌てた。


これでは誰にも連絡が取れないし、自力で脱出しようにもこれだけしっかり簀巻きにされてしまってはそれも無理。


仕方なくチャンスを待って大人しくしていようとじっとしていたのだが、やがて、地面の上に降ろされた感じがし、フルフェイスのヘルメットを外されて周囲を見渡すと、そこには幼馴染でクラスメイトのレンが心配そうにこちらをみつめている姿が目に映ったのである。


呆気に取られて見詰めていると、蒼樹を拉致したのは自分ではないからねと一言念を押したあと、レンは蒼樹が連夜とは違う人物であること、『人造勇神』の事件のこと、そして、この事件に関わっている面々についても既に知っていることを蒼樹に話しながら、自分を縛り付けていた縄を解いてくれた。


自分達が今いる場所は、城砦都市『嶺斬泊』の『外区』西出口の『馬車』預かり所であり、レンが言うにはついさっき、蒼樹を連れ去ろうとしていた犯人の『馬車』から蒼樹を奪回してきたばかりだという。


困惑しながらもレンにそれ以上の事情の説明を迫ると、レンは詳しいこれ以上の事情を自分からは説明することはできない、詳しい事情が知りたければ、蒼樹が関わっている作戦を指揮しているリーダーに直接わけを聞いてくれと言って、携帯念話を渡してきた。


何がなんだかわからないまま、リーダーである詩織に連絡を入れてみると、やはりレンと同じく、申し訳ないけれど今は説明できない、ただし、呆気なく拉致されたことに関しては不問にするし、この事件が全て終了したときに包み隠さず事情を説明するから、今はそれで納得しておいてはくれないだろうかといわれてしまった。


詩織の口調から、今回自分が関わっている『人造勇神』の件とは全く無関係であることと、相当複雑な事情がありそうな雰囲気であったので、なんとなく深入りするのはよろしくない予感がして、レンは内心もやもやを抱えながらも納得することにした。


いろいろな方面に心配をかけてしまったことについては想像に難くなかったので、蒼樹はその後自宅や、士郎のところに無事を知らせる念話を入れたのであったが、そちらには既に詩織が手を回して中央庁の別件に秘密裏に狩りだされていたというアリバイ工作がなされており、蒼樹は家族を始めとする関係者一同に若干疑われながらも、なんとか誤魔化すことができたのだった。


その後、夜遅くでもあったこともあり、蒼樹はレンと別れて家路についたわけであるが、助けてもらった礼をきちんとしていなかったことを思い出し、今日は早めに家を出て登校してきたというわけなのである。


早朝に登校してきたのは、レンはクラスメイト達の中でもかなり早く教室に入る癖があることを、小学校時代に知っていたため、それに合わせてのことだ。


蒼樹の予想通りレンは早朝の教室にすでに来ていたので、こうして礼を言いにやってきたわけであるが、勿論それだけの為に来たわけではない。


昨日は聞き出すことができなかったが、一体どういう経緯でレンが自分達のことを知ることになったのか、気になっていたのである。


あの拉致事件はともかく、レンが自分達のことを知った経緯については聞いてはならないとは、詩織は言っていなかった。


と、いうことは話せる内容であるはずと断定していたのであるが・・


「ねえ、レン、どうやって、僕達のことを知ったの? いや、というよりも一体誰からそのことを教えられたの?」


「・・」


「よかったら教えてもらえないかな、昨日からどうしても気になっていたんだ。」


「・・」


「その話した人に口止めされているの? ってことは詩織さんか誰かかな?」


「・・」


「レン、もし話すことが駄目なんだったら、駄目だって言ってほしいんだ。僕だって無理を強いるつもりはないよ。」


「・・はぁ。」


「れ、レン?」


何を話しかけても全く反応がないことに流石の蒼樹もようやく気が付いて、窓の外をぼんやりと眺め続ける幼馴染の少女の顔の前に片手をかざしてひらひらとしてみるが、それでも反応はゼロ。


完璧に心あらずの状態のレンの姿に困惑する蒼樹であったが、その姿にふと何か既視感を感じ、そう言えば昔こういう姿の少女を何度も見かけたことがあったなと思いだした。


小学校時代、どういうわけか三年間クラスが常に一緒だった蒼樹は、確かに何度かこういう姿の少女を目撃していたのだが、あの理由はなんだっただろうか・・


両腕を組んでうんうん唸りながらしばらく考えこんでいた蒼樹であったが、ぽ〜んと頭の記憶の棚からそれは飛び出してきて思い出と一致する。


蒼樹はその思い当たった理由が、きっと間違いないと確信しつつも、小学校時代にそうしていたように、物凄い生暖かい視線を幼馴染向けながら彼女を現実世界に無理矢理引き戻す渾身の一撃となる一言を繰り出すのであった。


「レン・・」


「・・」


「今度は誰にふられたの?」


「なあああっ!!」



Act 13 『心からの笑顔』




蒼樹の一言で一瞬にして現実世界にもどってきたレンは、ようやく自分の横に蒼樹がいることに気が付いて身体を向けると、顔を真っ赤にして慌ててしなくてもいい言い訳をし始めた。


「ち、ち、ちがっ!! な、なに言ってるのよ、蒼樹は!? そ、そ、そ、そんなわけないじゃないのよ!! ば、ばっかじゃないの!?」


「ちょ、レン!! やめてよ、『宿難くん』でしょ!?」


あまりにもパニックになり過ぎたせいか、そろそろクラスメイト達が増えてきた教室の中でさらっと自分の本名をばらすレンの口を、蒼樹が慌てて抑えると、レンもそれに気が付いてこくこくと目線で謝ってみせる。


蒼樹は周囲を見渡して誰にも聞かれていなかったことを確認すると、ふ〜〜っとため息を吐き出しながらレンの口から片手をはなすのだった。


「あ、あわわわわ、ご、ごめん、そ、そうだった。」


「もう、振られてショックなのはわかるけどさ、気をつけてよね。」


「うん、ごめん、ちょっと立ち直れなくてさ・・って、ち、違うわよ、バカ!! なに言わせるのよ!! だ、だいたい、なんで私が振られたとかわけのわからんこと言ってるのよ!? 確証もないくせにそういうこと言わないでくれる!? ま、間違っているかもしれないじゃない!!」


物凄く不自然に言い募るレンに、蒼樹は何を今更という表情を浮かべて見つめ返す。


「いや、でも、間違いなく、振られたよね、レン? 間違ってるの?」


「う、それは・・うっさいうっさい!! あんた、何様のつもりよ!? 人の心の傷をえぐるのがそんなにうれしいわけ?」


「あ〜、やっぱりあたっていたんだ。」


「うぐっ!! くっそ〜、勝ち誇った顔しやがって〜〜・・ムカつくわねえ・・」


完全に観念したのか、とうとう言い返せなくなってしまったレンは、ギリギリと奥歯を噛みしめながら目の前の幼馴染の少年を睨みつける。


しかし、しばらくすると、はあ〜〜っと、物憂げな表情に戻り、また窓の外を眺めるのだった。


「珍しいね、それだけレンが引きづるのって。小学校の時だったら、大概今のやりとりだけで、『あほらしい、もう悩むのやめ、私は次の恋に生きるわ』って復活していたのに・・『不死身の振られクィーン』と呼ばれた君がそこまで立ち直れないでいる相手っていったい・・」


「待て待て待て!! ちょっとあんた何言いたい放題言ってくれちゃってるのよ!! 何か私が片っぱしから振られていたみたいじゃないのよ!!」


「いや、片っぱしから振られていたじゃない。四年生の時だけでも、里中くん、エンデくん、ホーバくん、宗くん、馬場くん、キットリスくん、タダケダーくん・・」


「うわわわわわわわ!! なんであんたそんなこと覚えているのよ!! 忘れなさいよ、そういうことは!! か弱い乙女の悲しくも美しい思い出をべらべらしゃべってるんじゃないわよ、バカッ!!」


「いや、そんだけ振られてもなお、また次に進むことができる君は、全然か弱くないと思うよ。むしろ、この学校で一番精神的にタフなのは間違いなく君だから。」


「ムカつくわ〜〜・・ちょっとあんた、頭だしなさい。一回思いきり頭殴らないと気が済まないから。」


「い、いやだよ、レンって元プロじゃない!! そんな君に殴られたらとんでもないおバカになっちゃうよ!!」


「大丈夫、痛くしないから。それにもうあんたは十分おバカだからいいじゃない。」


「絶対痛いっての!! それにレンよりは頭悪くないもんね!!」


しばらくの間ぎゃ〜すか騒ぎ合っていた二人だったが、やがて同時に疲れた表情で溜息を吐きだすと、二人とも窓によりかかり下に見える朝のグラウンドに目をやる。


グラウンドでは、剣術部の早朝練習が行われていて、激しい打ち合いの練習仕合があちらこちらで行われている。


それらを二人はしばらく眺めていたが、やがてぽつりと蒼樹が口を開く。


「今回の相手は相当に好きだったんだね。」


「しつこいわねえ、あんたも・・まあ、そうなんだけどさ。小学校三年生の卒業式に、お互い家の事情で離れ離れになっちゃった私の初恋の相手でさ、昨日久しぶりに再会したんだけど・・もう、結婚しちゃってたんだ。」


やはり相当ショックがでかいのか、失恋の話をし始めたレンの表情は非常に力なく、声に全く覇気がない。


蒼樹は心配そうな表情を浮かべながらも、今までの彼女との付き合いの上でこういうときはしゃべるだけしゃべらせてしまったほうが回復が早いことを知っていたので、遠慮なく水をかたむけていく。


「あ〜、そうなんだ・・年上の人?」


「ううん、同い年。」


「え、そうなの? でも、この都市の条例では十八歳にならないと結婚できないはずだけど・・」


「来年の誕生日に籍を入れて、式を挙げるんだってさ。今は事実婚の状態なんだって。」


「そういうことか。 でも、そんな状態なんだったらさ、まだレンが割りこめるだけの隙があったんじゃないの?」


「あったのなら、こんなに落ち込まないって・・その人さ、その相手の人と一緒に私に会いに来てくれたんだけど、私その人のこと知っていたんだ。」


「へ〜〜、美人だったの?」


「うん、まあ、昔から美人は美人だったんだけど・・」


「昔から? その相手の人も昔から知ってる人だったの?」


「うん、その人ね、その私の初恋の人がずっとずっと好きだった人だったのよねえ。」


「うあ〜〜、そうだったんだ。それはちょっと流石に・・」


「うん、見ただけで無理ってわかった。私の入り込む余地なんかこれっぽっちもなくてさ・・何よりも私自身が、悔しいっていう気持ちよりも、羨ましい、私もあんな風なカップルに・・ううん、夫婦になりたいって思っちゃったのよね。ほんとにお似合いでさ、お互いのことほんとに必要としてるってわかる、そんな二人だった。」


「そっか・・」


再び二人は視線をグラウンドの方に向けて、しばらく無言でどこを見つめるというのではなく、ぼんやりと朝練の風景を眺め続ける。


やがて、今度はレンのほうが先に口を開く。


「ねえ、蒼樹。もう時効じゃないかと思うから聞くけどさ、あんた、好きな人いたんでしょ? その人どうなったの?」


「・・なんでそんなこと聞くの?」


蒼樹の声の質が一瞬で固くなるのがわかったが、レンは気がつかない振りをして言葉を続ける。


「小学校の頃にあんた、一度告白されたことがあったじゃない。そのときに、確か好きな人がいるからダメだって答えて断っていたわよね。」


「・・なんでそんなこと覚えているんだよ。忘れてよ、そういうことは。思春期の傷つきやすいナイーブな少年の思い出をボロボロ垂れ流さないでよ。」


「私と似たようなこと言ってるんじゃないわよ!! それよりも答えなさいよ、私だけ話すのってずるくない?」


ジロッとレンが睨みつけると、しばらくその視線を正面から受け止めていた蒼樹だったが、やはりどこかで後ろ暗いところを感じるのか溜息を吐きだしながら話し始めた。


「・・もういないの。」


「え、どこかに引越したの?」


「・・うん。引っ越した、だから会えない。」


「会えないってことはないでしょ、どれだけ遠くに引っ越したのか知らないけどさ、いつかは会えるんじゃない。」


「・・そうだね、いつか僕が死んだらね。」


「死んだらって・・え・・あ・・ご、ごめん・・私そういうつもりじゃ・・」


流石のレンも蒼樹の想い人が今どこにいるのかを悟り、真っ青な顔で蒼樹に慌てて謝罪する。


しかし、蒼樹は首を横に振って気にするなというのだった。


「いつまでも引きずってる僕が悪いんだけどね・・そういう意味ではレンのこと本当に尊敬しているんだよ。これだけ打たれ強い女の子ってレン以外にみたことないし。」


「あんた、私のことバカにしてるでしょ・・」


「いやいやいや、そんなことないって・・一応、これでも僕だって努力はしているんだけどね、彼女との別れの時に自分が死んでも笑って日々を過ごさないとだめだよって釘を刺されちゃったからさ・・だから、僕は約束を守り続けるんだ。」


そう言って彼女がいるであろう空を見上げる蒼樹。


しかし、そんな蒼樹の姿を逆に、物凄く軽蔑したような視線で見つめるレン。


しばらく何かを言おうか言うまいか迷っていたようであるが、やがてきっと表情を引き締めると強い口調で話しかける。


「あんたさあ、女の子との約束をなめてんじゃないの?」


「え・・なんで?」


「全然守ってないじゃない。どこが笑って過ごしているのよ。」


「いや、でも、僕はできるだけ笑顔で・・」


「そんな作り笑いを浮かべれば約束を守ったことになるって思ってるところが、女の子との約束を軽く見てなめてるって言ってるの。」


奇しくもつい先日別の女の子からも同じような指摘をされてしまった蒼樹は、これには流石に青ざめる。


ではいったいどうしろというのだろうか?


「じゃ、じゃあ、どうすればいいんだよ!? わからないよ!!」


「ドアホ!! だからわかるように努力するんでしょうが!! 簡単に果たすことができないからそうなるように努力すべく誓いを果たせるように約束するんじゃないの!? あんたね、考えが砂糖水のように甘いのよ。人からなんでも教えてもらえると思ったら大間違いなの!! 時には自分で答えを見つけないとダメなの!! わかる?」


「い、いや・・あの・・でも、僕には本当にわからないんだ・・」


本当に途方に暮れた表情を浮かべる蒼樹をしばらく見つめていたレンであったが、やがて小さく嘆息すると困ったような口調で話しかける。


「あのさ、あんたのその好きな人がどういう人だったのか全くわからないけど、ちょっと考えてみればわかるでしょ?」


「え、何が?」


「あんたねえ、ちょっとは自分で考えなさいよね。・・まあいいわ、今回だけよ、いい、自分に置き換えて考えてみなさいっての。もし、自分が死ぬとなって大好きな誰かをこの世に置き去りにしなくちゃいけなくなったときに、その相手に笑って日々を暮らせって言い残すとして、その意味を作り笑いでいいから笑えっていう意味として残すと思う? 少なくとも絶対私だったらそんな意味では言わないわよ。心から笑って暮らしてね、幸せになってねって意味で言い残すわ? 蒼樹、あんたはどう思う? あんたはその好きな人を直接知ってるわけだから、私の言ってることが正しいかどうか判断できるでしょ。」


そのレンの言葉をしばし呆然として聞いていた蒼樹だったが、すぐに反論しようと思ったのか何度か怒ったような表情で口を開きレンに食ってかかろうとした。


だが、口から出そうとしてはそれは違う、これも違うと、自分の中で生き続ける少女がもし生きていて自分が言おうとしていることを肯定するだろうかと考えたとき、自分の中で今まで固執していた考え方全てを、レンが言う通り否定するであろうと悟ってがっくりと肩を落とした。


「なんで・・なんでなんだ・・悲しみを口にしたって、苦しみを口にしたって誰も救われない、だから作り笑いでもいいから笑って生きていくものだと、彼女はそういうつもりで言っていたんだって思っていたのに・・」


「う〜ん、私だったら、自分が知らない誰かのことなんかどうでもいいけどなあ・・大好きな人が、少々の悲しみにも負けないくらい、少々の苦しみにも負けないくらい、それ以上に毎日が幸せでいっぱいであるように努力してね、心から笑って生きて行ってね、いう気持ちで口にするだろうけどなあ。」


蒼樹にしてみれば、レンの言葉はまさに目から鱗がボロボロ零れ落ちるような内容で、彼女が自分の目の前からいなくなって、七年も経ってからようやくその真意に辿りつけたような気がしていた。


いや、ようなではない、恐らくきっとそうなのだ。


蒼樹は、本当に心からの驚きと尊敬の表情を浮かべて目の前にいる幼馴染の少女を見つめた。


「レンはすごいなあ・・僕が七年かかっても結局勘違いしたままだったことを、わかっちゃうなんてさ・・」


「いや、あってるかどうかわからないわよ。私は実際にその人にあったことないもの。でも、あんたの話をちょっと聞いただけでも、その人があんたのことを心配していたことがわかるから、きっとそうなんじゃないかって思っただけ。あんたってさ、小学校の頃から人の為にがむしゃらに正義の味方やっていたけど、人のことばっかりで自分のことなんにも考えてなくて、苦しいくせに作り笑いで誤魔化してばっかりだったもんねえ。」


「え、その頃からもう、ひょっとしてバレてたの!?」


「わかるわよ、そんなもん。あんたの笑顔は苦しいのや悲しいのを誤魔化しているから、笑っているように一見見えるけど、その実見ているこっちが痛々しくなってくるのよね。ほんとにその癖は直したほうがいいわよ。でないと、あんたの周囲の誰も救われないんじゃない?」


「あう〜〜・・そうかあ・・でも、どうやったらいいんだ・・今更、心から笑えって言われても、それこそどうやったらいいかわからないよ。レン、お願いだからついでにそれも教えてよ。」


すがりつくようにレンの顔を見つめる蒼樹であったが、レンはその表情をしばらく見つめ返していたあと、不意に傲然と言い放つ。


「知らん!!」


「ええええええええええ!? ちょ、せっかくここまでアドバイスしてくれたんだから、最後まで面倒見てよ!!」


ここにきてまさか突き放されるとは思っていなかったため、盛大に悲鳴を上げる蒼樹であったが、そんなもん知るかといわんばかりに嫌そうな表情を浮かべたレンが口を開く。


「いやよ、そもそも、失恋のショックで私のほうが笑い方を忘れそうな状況で、なんであんたの面倒までみないといけないのよ。あ、そうだ・・あんたこのまま私よりも不幸のままでいてよ。そうすれば、世の中には私よりも不幸な人がいるんだなあって、ちょっと気持ちが安らぐから。」


「ひど!! っていうか、どんだけネガティブな発想よ!? 折角レンのこと物凄い尊敬していたのに、今ので全部台無しだよ!!」


「あんたに尊敬されたって、一文の得にもなりゃしないもの、そんなものはドブに捨てちゃうわよ。むしろ、私のこの傷心をどうにかするほうが先決なのよ・・ねえねえ、あんた今から誰かにコクって物凄い面白い振られ方してきて、そしたら、心から笑える方法を教えてあ・げ・る。」


「デタ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!! 小学校時代にお馴染みだった、レンの無茶ぶり攻撃!! なんで、そんな無茶な要求ばっかり思いつくの!? 『ミミズの踊り食いして見せて』とか、『クラスの女の子のパンツ全部確認しようとして袋叩きにされてきて』とか、『熱湯風呂にいますぐ入って』とか、明らかに自分が面白いと思ってること口にしてるだけだよね!?」


「もう〜、相変わらず細かいことばっかり気にしているんだから。」


「全然細かくないわっ!!  そんな性格だから『不死身の振られクィーン』の称号を贈られちゃうんだよ!! でもまあ、レンの振られ方も相当にありえないものばっかりだったよね。里中くんのときは告白の最中に、めちゃくちゃでかいおならぶっぱなしてしまったからだし、エンデくんのときは、緊張しすぎて前のめりに倒れたときにエンデくんの半ズボン掴んで思いきり全部下におろしてしまったからだし、ホーバくんのときは自分のスカートめくれ上がっててるのに気がつかずに、毛糸のパンツ丸見えだったからだし・・」


「ぎゃあああああああああああああっ!! ちょっとまてえええええええい!! あんた、何、人の恥ずかしい過去をさらっと暴露してるのよ!! やめなさいよ、卑怯者!!」


「え〜、だってほんとのことじゃな〜い。」


「あ〜、そう、じゃあ、わかったわよ。あんた、自分だけが幼馴染の弱みを握ってると思ったら、大間違いよ。あんたさあ、昔から方向オンチで、いろいろなところに行っていたわよね。小学校四年生の遠足のときは隣町にいっていたし、五年生のときの社会見学でこの『嶺斬泊』のカワラザキ重工にいったときは、なぜか『ルートタウン』の水商売のお姉さんたちに・・」


「うわわわわわわわわ〜〜〜〜!! ちょ、ちょっと、やめてよ!! 何、人の触れられたくない過去をさらっと暴露してるんだよ!? ひどいよ、レン!!」


「え〜、だってほんとにあったことじゃな〜い。」


と、二人してしばらく自分達の恥ずかしい過去を暴露しあって睨みあっていた二人だったが、不意に表情を和らげ同時に噴き出してしまう。


「ぶはっ!! あはははははは・・あんた、ほんと小学校の時のまんま、全然成長してないね・・あははははは。」


「ぶほっ!! あはははははは・・レンだって、人のこと言えないじゃん、小学生のまま大きくなってるみたいだ・・あはははははは。」


そろそろ朝のHRが始まる時間が迫り、クラスメイトのほとんどが登校してきている教室の中で、クラスメイト達から向けられる奇異の目も気にせずに笑い続ける二人。


「あはははは、や、やばい、止まらなくなってきた。あははは。」


「あはははは、ほんとだ、そろそろやめないと変な人にみられる、あはははは。」


と、二人ともしばらくしてもお腹を抱えたまま笑い続けていたが、朝のHR五分前になってようやく落ち着きを取り戻し、まだ笑いすぎて涙の滲んだ目をこすりながら大きく息を吐きだした。


「あ〜、久しぶりに思いきり笑った。ツボに入るとやばいね。」


「そうね、僕も何年振りかわからないけど、思いきり笑ったわ。なんか腹筋がすっごい痛い。それだけじゃなくて、涙は滲むし、喉は痛いし、全部レンのせいだね。変なこというから。」


「ちょ、『人』のせいにすんな!! あんただって変なこというから・・そもそも水商売のお姉さんたちに・・」


「うわわわわわ、レ、レンだって、告白の時に化粧失敗して歌舞伎役者みたいな顔していくから・・」


と、再び不毛な言い争いから笑いの発作が再発しようとして、慌ててそれを飲み込み、二人は無言で休戦条約を結ぶことにする。


「や、やめよう、これ以上は危険だわ。ほんとに止まらなくなる。」


「そ、そうだね、これ以上は本気でやばいね。」


そうして二人もう一度大きく息を吐き出して深呼吸した後、目線を交わして窓から離れ、自分達の席にもどることにする。


「あ〜あ、でもわからないなあ・・」


「何がよ。」


両手を後頭部に回して組んで歩きながら、一人呟く蒼樹のほうを怪訝そうに見つめるレン。


「いや、どうやったら心から笑えるのかなあ・・って」


「何言ってるのよ。相変わらず馬鹿ね、あんた。」


呆れ果てたといわんばかりの表情を浮かべるレンの顔をきょとんとした顔で見返す蒼樹。


「へ? なんでさ?」


「さっき、あんた心から笑っていたじゃない。」


「え・・あ・・」


その言葉に、ようやく自分がさっき顔をわざと作ることもなく、自然と心のままに笑っていたことに気がつく蒼樹。


そういえば、今はいない彼の想い人が横にいたときには、ずっと同じように笑っていたことを、今更ながらに思い出していた。


(ああ、そうか、こういうことかあ・・)


なんとなく、彼を残して天に帰っていった彼女がいいたかったことが、ようやくぼんやりとだがわかった気がして、それを教えてくれた幼馴染のほうに改めて蒼樹は感謝のこもった視線を送る。


「ありがとうね、レン。なんか、やっといろいろとわかった気がするよ・・レンのおかげだよ、あのままだったら、僕自身が彼女を冒涜したままだった気がする、教えてくれて本当にありがとう。」


「あ、そ、そう? いや、それはいいんだけどさ・・あのさ・・」


素直に心から礼を言う蒼樹に、一瞬戸惑ったような照れくさそうな表情を浮かべるレンだったが、すぐに視線が蒼樹からそれてその背後に移される。


そして、言いにくそうにしていたが、やがて、物凄く気まずいような困惑するような表情を浮かべて蒼樹に口を開く。


「さっきから、あんたの後ろで委員長が何か言いたそうにしているんだけど。」


「え、姫子ちゃんが?」


その言葉に蒼樹が振り返ると、そこには確かにレンの言う通りこのクラスの委員長で、ついこの間なんとか仲直りを果たしたばかりの姫子の姿があったが、なんだか見るからに泣きそうな表情でこちらを物凄く睨みつけている。


また自分は何かしたのだろうかと思ったが、そのままにもしておけないので、思いきって声をかける。


「お、おはよう、姫子ちゃん。あ、あの、ひょっとして僕、また何かした?」


「・・わ・・私には・・あんな風に・・笑ってみせない・・くせに・・作り・・わらい・・ばっかり・・だったくせ・・に・・そ・・そう・・そうじゅ・・の」


「え? ちょ、姫子ちゃん、なんて言ったの?」


蒼樹に何かを言いかけて姫子は下を向いて俯いてしまう。


いったいなんだと思って近づこうとした蒼樹だったが、一歩踏みだそうとした瞬間、きっと顔をあげた姫子は、涙でぐしゃぐしゃになった顔を蒼樹に向けて絶叫しつつ、目にも止まらぬスピードで手に持っていたカバンを投げ付けた。


「蒼樹のばかあああああああああああああああああっ!!」


「おごぺっ!!」


完全に油断していた蒼樹は顔面でカバンを・・しかもカバンの固い角を力いっぱい受け止めることになってしまい、一瞬で意識を手放し後ろに倒れ込む。


たまたま後ろにいたレンが受け止めてくれたために後頭部を強打することは免れたが、それでも盛大に鼻血をぶちまけて失神してしまっていた。


「きゃあああああ、そ、そうじ・・いや、宿難くん、しっかりして!!」


姫子はそんな蒼樹の姿を確かめもせずに背を向けて教室を飛び出すと、物凄いスピードでいずこかへ走りさっていってしまった。


しばし、教室の中を静寂が支配するが、誰よりも早くその呪縛から抜け出したリンが、慌てて姫子の後を追いかける。


「ちょ、姫子ちゃん!! 待ちなさい!! 姫子ちゃ〜〜ん!!」


その声をきっかけにクラスメイト達が失神している蒼樹の周りに心配そうに集まりはじめ、教室は大騒ぎの状態に。


そんな中、さっきの姫子の言葉が気になっていたマリーが、たまたま隣にいたレナに話かける。


「ねえねえ、レナ、『そうじゅ』って誰のことか知ってる?」


「さ、さああああ・・私にはさっぱり・・あは、あははは、誰のことだろうね。」


きょとんと頭の上に疑問符を浮かべ続けるグラスピクシーのかわいらしいクラスメイトに、レナは困りきった表情に乾いた笑みを浮かべ続けるのだった。


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