恋する狐は止まらない そのよん
私の親友・・いや、悪友の一連の大騒動が一応の決着を迎え、再び私はこの『特別保護地域』にある我が家に戻ってきた。
私の名前は如月 玉藻
ううん、違う、『嶺斬泊』とは違うここでの私の名前は宿難 玉藻
私の最愛の夫、宿難 連夜の正式な妻としていることができるこの場所でなら、私は堂々と夫の姓を名乗ることを許されている。
いや、別に何かやましいことがあって、夫の姓を名乗れないわけではない。
単にあと一年待たなければ年齢的に未成年扱いになっている夫と正式に籍を入れることができないので、私達が普段暮らしている城砦都市『嶺斬泊』の中では旧姓に戻らざるを得ないだけ。
でも、夫からも、夫の両親からもすでに夫婦として認められているし、私の実家とはほぼ断絶状態であるので、事実上では夫婦であると断言していい仲である。
私の最愛の夫、宿難 連夜
私よりも三つ年下の十七歳の高校生。
でも、高校に通いながら珍しい薬草や、霊草の栽培作りの仕事をしており、そんな夫に私は養ってもらいながら今は大学に行っているわけである。
元々は断絶状態にあった実家から、ある事情で慰謝料的に大学の授業料などを払ってもらっていたが、それももうもらわなくなった。
夫が私と実家の不仲を重々承知していて、その実家と繋がりをもったままだと何かとあとで困るかもしれないと、私と暮らすようになってからその仕送りを断るようにいい、残りの大学の授業料など諸々のお金を、ズバッと一括で支払ってくれたのである。
そればかりではない。
今まで住んでいたマンションも、いずれ引っ越す予定である。
そのマンションも結局のところ私の実家が用意してくれていたものであったため、夫がそこも引き払ってちゃんとしたところに住もうといってくれたのである。
別に金銭面で釣られたわけではない、それだけは断じてないが、私のことを気遣っていつもいつも細かい配慮をしてくれる我が夫に、私は何度も惚れ直し恋するのだ。
小学生の頃に一度、私は夫からプロポーズされたことがある。
そのときは、まだまだ小さな夫にもっといい男になったら考えてあげるなどと生意気な返事をして断った私だったが、数年後、見違えるほど頼りがいのある『人』物に成長した夫に、今度は私が恋をしてしまった。
夫は、小さい時の私のような生意気な返事で断ったりしなかった。
私の心を全力で受け止めてくれて、今もその優しくて温かい心で包みこんでくれている。
小さくて頼りなげな子供はもうどこにもおらず、身体こそ私よりも若干小柄ではあるが、今の夫は私なんかよりもはるかに大人な性格の頼れる存在となって私の横にいる。
婚約をして、ここで夫婦同然の生活をするようになってから、私は夫の呼び方、そして、その話し方を意識して変えた。
『連夜くん』と年下の恋人として呼んでいた私は、『旦那様』と呼ぶようになり、お姉さんが弟と話すような口調だったのを、敬語に変えて話すようになった。
元々は、仲睦まじい夫のご両親にあやかって、その同じ真似をしてみたのであるが、思った以上にしっくりきてしまい普通にこの口調で話せるようになってしまった。
夫は当初私が気を遣ってそういう口調にしているのではないかと思い、『普通に話してくださればいいですよ。』と言ってくれていたが、なんだか夫のことを『連夜くん』と呼ぶほうが恥ずかしくなってしまい、いまでは元に戻せなくなってしまっている。
まあ、話し方が変わっても中身が変わったりするわけではない、夫はやっぱり夫のままで、私はやっぱり私のままなのだ。
いや、やはり訂正する、夫も私もここに来てからかなり変わったような気がする。
夫はここに来る前よりも更に私を甘やかすようになったし、私はここに来る前よりも更に甘えたさんになってしまっている気がする。
そもそも夫はここに、ある重要技術の習得のために修行をしにやってきたわけであるが、修行をしている間ほったらかしにされた私がその寂しさに耐えられるわけもなく、初日の夜、修行から帰ってきた夫にその寂しさを切々と訴えると、翌日から私を連れていってくれて常に側においてくれるようになった。
ちなみに私は夫の邪魔にならないように賢く聞き分けの良いペットの振りをしておとなしくくっついている。
と、いうか、夫の絶妙な愛撫によって大概夫の膝枕で寝てる。
だって、あんなに優しく撫ぜられたら眠たくなっちゃうんだもん!!
ま、まあともかく、今は文字どおり朝おはようから、夜おやすみまで四六時中夫にくっついて生活している私の世話を、夫は甲斐甲斐しくしてくれてしまうので、甘えたい放題甘えているのが現状である。
ご飯食べるときは『狐』の姿では食べづらいだろうからと、いちいち『あ〜ん』ってしてくれるし。
三食だけでなく、おやつまで作ってくれるし・・もちろん、全部『あ〜ん』してくれる。
お昼寝のときは、膝枕してくれて、耳掃除までしてくれるし。
お風呂には一緒に入って身体もきれいに洗って、風呂を出てからはブラッシングまでしてくれてしまうし。
夜寝るときは、抱き締めてよしよししながら寝てくれるし。
え、『ダメ主婦』じゃないかって!?
そ、そうなのよ〜、わかってはいるのよ〜、こんなことじゃダメだってわかってはいるんだけどお〜、一度この生活に味をしめてしまうと麻薬のように止められない止まらないなのよお〜。
いや、決して旦那様が悪いわけじゃないっていうのはわかっているし、いい加減自分でできることは自分でしないとダメだってことくらいわかってるのよ。
でもね、旦那様がね、『これまで玉藻さんはいっぱい苦労を重ねてきたじゃないですか。どれだけ玉藻さんが苦労を重ねてきたか、僕はみ〜ちゃんから聞いて全部しってますよ。誰も玉藻さんを褒めなくても、僕は玉藻さんを褒めます。褒めてご褒美をあげます。だからいっぱい甘えてくれていいんですよ。』って、言ってくれるのよおおおおおおお!!
もう、本当に本当に私の旦那様は世界一の旦那様なの!!
誰が何と言おうと、うちの旦那様は間違いなく世界一の旦那様よ!!
ここに来てからの一週間、幸せすぎて、この幸せが幻か誰かが仕掛けた罠じゃないかって思えるくらいの幸せだったわ!!
・・でも、神様はちゃんとみてるのね。
私がどれだけ怠惰でだらしなくてどうしようもない毎日を送っていたか、よ〜く見ていたみたい。
突如として罰が下ったわ。
「連夜、私、お腹大きくなってスタイル悪くなってない?」
「そんなことないと思うよ。み〜ちゃん、目立たない体質なのかもね。」
「ねえ、連夜、ちょっと触って確かめてみて〜。」
「えええ〜〜、それはちょっと遠慮させていただきます。」
「そんなこと言わないで、ほらほら。」
「ちょ、ちょっとみ〜ちゃん!!」
「ね、やっぱり大きくなってるでしょ?」
「う、う〜ん、そんなに目立つほどじゃないとおも・・え、ちょっとみ〜ちゃん、なんで僕の手を下に持って行こうとしているの!? そこはもうお腹じゃないでしょ!?」
「い、いいから・・ちょ、ちょっと触っていじってくれるだけでいいから、あん・・」
ブチッ!!
完全に堪忍袋の緒が切れた私は、目の前の腕にガブリと噛み付いていた。
「ぎゃあああああああああっ!!」
人の夫の手を使ってとんでもないことをしようとしていた人物は、飛び上がって悲鳴を上げる。
勿論、噛み千切ってしまうのは流石にかわいそうなので、相当手加減してやったが、それでも口を放してやったときには完全に涙目になっており、物凄い非難がましい目つきで噛みついてやった腕を私のほうに見せつけてくる。
「ちょ、ちょっとおおおお、あんた何するのよ!! 歯型がくっきりついちゃってるじゃないのよ!!」
やかましい、人の夫の手でなにしようとしてたのよ、この色情魔!!
「な、なにって・・そんなの恥ずかしくて言えないわよ・・もう、やらしいんだから。」
やらしいのは、おまえだ!! ってか、人に言えないようなやらしいことを人の夫にやらせようとすなっ!!
「い、いいじゃない、減るものじゃないし。」
減る!! 目一杯減る!! ってか、私の大事な旦那様が汚れてしまうわ!!
そもそも、あんた、なんでここにいるのよ!? ここは私と旦那様のスィートホームなのよ!! 二人だけの愛の巣なのよ!!
「姉が愛しい弟に会いに来ちゃいけないっていうの? そもそもここは連夜の家でもあるわけだから、姉である私が訪ねて来ても別になんの不思議もないでしょうが。」
うがあああああああ!!
もう我慢ならん、この口の減らないバカ女にはやはり実力でわからせるしかないのかもしれない。
一触即発の状態で睨みあう私とミネルヴァ。
なぜ、現在部外者以外立ち入り禁止となっているこの『特別保護地域』に明らかに関係者ではないミネルヴァが入り込んでいるかというと、その最大の理由は彼女のその膨らんでいることがほとんどわからないお腹の中にある。
昨日、このお騒がせ極まりないバカ女で、実に遺憾なことながら私の親友で、さらに納得できないことであるが私の夫の実の姉である、ミネルヴァ・スクナーが巻き起こした『連夜拉致結婚未遂事件』をなんとか穏便に済ませる・・いや、穏便にではなかった、実際には約一名、もうありえないくらい心も体もぼろぼろに傷ついた人がいて、その人の活躍によりこの馬鹿女の経歴に傷がつくことなく事態を穏便にすませることができたわけであるが・・ともかく、事態がなんとか一件落着しそうなときに新たに浮上した問題があった。
なんと、この女、妊娠三カ月だったのである。
なぜそれが発覚したかというと、本人ですら気づいていなかったその衝撃の事実を、どうも我が夫だけが看破していたようなのである。
あまりにもそれが不思議であったので、私は夫にそれについてしつこく問い質してみた、なぜ、そんなことがわかったのかと。
夫は物凄くしゃべりたがらなかったが、あらゆる手段を使い頼み倒してとうとう私は口を割らせることに成功した。
どうやってその事実を知ったかについてだけは口を割らなかったが、夫はミネルヴァが交際していた相手と一度だけ一線を越えていた事実をずいぶん前から知っていたらしい。
で、その後、ミネルヴァの身体の線がなんだか丸くなってきたことに違和感を感じ、もしやという思いを強めていたらしいのであるが、昨日、ミネルヴァの暴走を取り押さえたときに、妊娠検査シートを口に突っ込んで調べてみた結果、陽性であることが判明し、決定的になったというわけである。
その事実を知った時の、夫のご両親の驚愕ぶりは私と夫の婚約発表の時の比ではなかった。
なんせ、まだ自分達が生んだ四人の子供達の中で正式に結婚しているものは一人としていないというのに、いきなり孫ができると言われれば、誰だって驚くというものである。
しかも、このままでは生まれてくる子供は父親のいない子供として生まれてくることになってしまう。
ご両親は、なんとかミネルヴァを説得し、子供の父親である男性ともう一度縁りを戻すか、それが無理でも一度話をするように説得したのであるが、この馬鹿女は頑として聞き入れようとせず、一人で産み育てるとか言いだした。
しかし、一人で産み育てるとか言ってもこの女、家事一切の能力が完全に欠落してしまっているのである。
当然であるが、ご両親は『あなたには絶対無理だから』と断言したものの、この女一人前に傷ついて泣きながら、またもや飛び出して行こうとしたため、慌ててご両親が取り押さえ、とりあえず出産するまでの間は親元で面倒見るしかないということになってしまった。
恐らく出産の後もご両親が育てることになってしまうのではないかと、私は見ているのであるが。
ともかく、そういうわけでミネルヴァはご両親の側にいることが決定した・・ものの、そう、今、宿難家の家事一切を担当する我が夫と、その師匠であるお義父様はこの『特別保護地域』に出張缶詰状態。
どうしようかと家族会議を開いた末に、大学に休学届を提出してお義父様と一緒にこの『特別保護地域』で暮らすことになってしまったというわけ。
ほんとにどこまで迷惑な女なのか
まあ、それについてはいい、お義父様が住んでいる場所はこの私達のいる家のちょうど反対側に位置している。
これは、私と夫が水いらずで過ごせるようにとわざとご両親がそういう配置の家を選んでくださったからで、おかげで私達は本当に二人きりの静かで幸せな生活を送ることができていたわけであるが、当然、遠く離れているし、そうそう顔を合わせることもないだろう・・そう思っていた私の考えはジャンボチョコレートパフェよりも甘かった。
昨日の一連の大騒動により、自らの手で最愛の夫を完膚なきまでに傷つけることになってしまったこの馬鹿女は、一応心の底から反省し夫の姉として生きる道を選択した・・かに見えたのであるが・・
流石にあれだけのひどいことをしてしまった相手の家にすぐさま顔を出すような恥知らずなことはしないだろうと思っていた私であったが、なんとこの女、あっさりと私達の家に遊びにやってきて、当り前のようにあがりこんできたのである。
どこまで神経太いのかと思っていたら、そればかりか昨日の一件を謝りつつもべたべたと夫に纏わりつき始めたのである、しかも、この私を押しのけて!!
全然懲りてないじゃないのよ!!
全身の毛を逆立てて威嚇する私をしばらく見つめていたミネルヴァだったけど、突然両手を広げて上にあげると降参のポーズをとってみせる。
え、いったいなんのつもりよ?
「私、殴り合いの喧嘩するつもりはないから。玉藻がどうしても私の身体を傷つけたいっていうなら、しょうがない、昨日のこともあるし甘んじてそれを受けるわ。さあ、どうぞ。いくらでも噛みついていいわよ。」
と、言ってずんずんと私のほうに近づいてくる。
いつものミネルヴァであれば、容赦なく体中に噛みついてやるのだが、今のミネルヴァをそうするわけにはいかない。
くっそ〜、自分のお腹の子供を人質にするなんて、汚いわよ!!
歯がみして手出しできないでいる私を横目で見ながらすっと通り抜けたミネルヴァは、呆れた表情で私達の喧嘩を眺めつつ洗濯物を畳んでいる夫の背後にまわると、私にみせつけるようにがばっと抱きついてみせる。
ちょ、ちょっとおおおおおおおおっ!!
「重いってば、み〜ちゃん、降りてよね。」
背中にミネルヴァを背負うことになった夫が迷惑そうに顔をしかめるが、ミネルヴァは甘えた口調でその胸を夫の背中に押し付ける。
「いいじゃない、昔はいっつもこうしていたでしょ。」
と、尚もしつこく迫り続けるミネルヴァ。
どうにかしたいけど、どうにもできない歯痒さに涙目になってきたとき、夫がすっと身体を横にずらしてミネルヴァの身体を持ち上げると、すとんと身体から放して横にそっとおろした。
「ダメだよ。僕の背中は今は玉藻さんのものだからね。昔とは違うの。素直に諦めてくれると嬉しいけど、どうしても諦めきれないならまず、僕の所有者である玉藻さんの許可を得てください。そうでないなら、ベタベタくっついてくるのは禁止。」
と、にっこりと、しかし、その目は真剣そのものの光を宿して実の姉に最後通告を行う。
流石、旦那様!!
ミネルヴァの様子を見ると、なんだかその答えを予想していたのか、苦笑を浮かべながらも夫に無理に迫ろうとしなかったが、なんとも諦めの悪い表情でこちらに顔を向けてきた。
「たまちゃ〜ん、たまにちょっとだけでいいからかして〜。ダメ?」
ダメ。
絶対ダメ。
もし、あんただったらどうする? 他の女に貸し出すことができる?
「絶対無理。むしろそんなことを堂々と言う相手をぶっ殺す。」
わかってんじゃないのよ、しっかり、じゃあ、そんな無理なこと聞かないでよね。
「わかってはいたんだけどさ〜、ちょっとでも隙があるんじゃないかなあって・・一縷の望みを託してきたんだけど、やっぱり無理だったかあ。」
当たり前でしょ、居場所がなかったあんたなら尚更わかってるはずよ、この人が与えてくれる場所がどれだけ温かいか。
それを手放すわけないじゃない、ってか、今でも消えてなくなってしまうんじゃないかって毎日おびえながら生活してるのに、誰が他の女に貸し出したりするもんですか。
「だよね〜・・はぁ・・いつかこうなるんじゃないかって、思っていたのよねえ。だから、あんたにだけは会わせたくなかったのに、結局持って行っちゃたのね。」
それについてはいろいろと言いたいことがあるんだけど、なんで、私と旦那様がいつかこうなるって思ったの?
「あんたは知らないだろうけど、連夜は心底あんたに惚れていたのよね、一目惚れとかそういうレベルじゃなく、『女』として欲したのは後にも先にもあんただけなんじゃないかな。」
え、うそ!?
ミネルヴァの言葉が信じられなくて横を見ると、夫が物凄いバツの悪そうな恥ずかしそうな真っ赤な顔を背けている姿が見えた。
「だって、この子の部屋にエロ本やその手の動画は一切ないのに、あんたの写真だけはやたら隠して持っていたのよね。」
「み、み、み〜ちゃん、知っていたの!? なんで!? 絶対わからないように隠していたのに!?」
「あんた、私をなめているでしょ。あんたのことはぜ〜んぶ把握しているのよ、中学校から高校に至るまで、あんたが告白されて断った女の子達の名前、住所、念話番号はもちろん、告白を断念した女の子達のことも把握してるし、今、あんたを狙っている子達のことまで把握しているんだからね。」
「ええええええええええっ!? ちょ、な、なんで? なんでそんな・・いや、嘘だ、そんなわけないでしょ、はったりだよ!!」
「最初の告白は中学校一年生の春、同じクラスのエルフ族の加藤 真由美ちゃん、続いて、その同じ年の夏休み前、ドワーフ族のリェナ・ドゥハリンちゃん、そして、夏休み中の・・」
「ぎゃあああああああああっ!! な、な、なんでえええ!? だ、だって、み〜ちゃんそのころ『通転核』じゃなくて、こっちにいたはずでしょ!? どうして『通転核』にいる僕のことが・・」
自分のプライバシーをことごとく把握している恐ろしい姉の情報収集力が信じられず、パニック状態になっている夫であったが、私にはこの親友の情報収集力に心当たりがあった。
こいつにはファンクラブという恐ろしいシンパ達が存在しているのである。
小学校の頃から男女問わずモテモテだったこの親友は、男女問わず告白されまくったわけだが、すべて一つの例外もなくいいお友達でいましょうで断っている。
しかし、あまりにも凄まじいたらしっぷりであるがゆえに、断っても断っても彼らは一ファンとして残り続け、やがて忠実なシンパとして暗躍するようになるのである。
恐らくその中に、当時の夫が通っていた中学校の中にも・・
「まあ、流石の私も学校の中のことしか把握していないんだけど、多分もれてはいないはず。」
「こ、怖いよ、み〜ちゃん、やりすぎだよ・・」
「連夜ってほんとしつこいくらい玉藻のこと追いかけていたもんね。私達が高校生の時なんて三年間の水泳大会全部学校さぼって見に来ていたもの。最初、私の水着姿を見に来てくれていたと思って大喜びしていたのに、連夜の視線は全部玉藻のほうに向いていたし!!」
ほ、本当ですか、旦那様?
「す、すいません・・あの頃の僕、本当にストーカーそのものでしたからねえ・・軽蔑するでしょ。」
いや、あの・・言ってくれたらよかったのに・・きっと、もうそのころの旦那様だったら、私またあんな生意気な返事で断ったりしなかったと思う・・
「そのころはみ〜ちゃんの監視が物凄かったんですよ。とても近づける状態じゃなかったし・・」
あ〜、そう言えばそういうこと言ってましたね。
あの、旦那様、帰ったら水着でもなんでも着ますから、思いきりかわいがってくださいね。
「あ、あの・・はい。」
今、『人』にもどれるなら、すぐにでももどって着て来るのに!!
あ〜、そんなに、そんなに旦那様が私のことを・・もう、ストーカーでもなんでもいい、それだけ想ってくれていたという事実がわかって本当にうれしい!!
「はああ・・だから、近づけたくなかったんだってばさ・・やっぱりあれか、あのこの前の過邪の時に看病に行かせたのが最大の敗因なわけ?」
うん・・間違いなくあれ。
「でも、どうしても納得できないのよ。なんでそうなっちゃったの? あのとき、私、連夜に完全にトドメを刺していたのよ。連夜の性格からして、玉藻の幸せをぶち壊してまで自分のものには絶対できなかったはずなのに・・」
え、ちょっと待って、それどういうことよ。
意味がわからないんだけど・・
「あのとき、玉藻さんの看病に行く前に、み〜ちゃんにはっきり言われたんです。玉藻には婚約者がいて、もうすぐ結婚することになるから、変なことしたら絶対許さないって。」
な、な、なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?
そんなもんいるかああああっ!! だいたい、あんたが私にいいよってくる男全部追い払っていただろうが!!
「いや、流石の僕も完全にそれを信じて諦めがついたんです。でも、せめて最後くらい、ちょっとは成長した姿は見せたいなあって、散り際くらいかっこよくしたくて・・でも、目の前に玉藻さんがいるのに、何もしようとしない自分も情けなくて・・辛くて逃げるように帰りましたね、あの日は・・」
え、じゃあ、待って・・もしあの翌日に私と会うことがなかったら・・
「もう二度と玉藻さんの前に姿を現すつもりはありませんでした。」
ええええええええ〜〜〜〜、やだあああ、そんなのやだよおおおおおっ!!
「ちょっと待って翌日も会いに行ったの? なんで? 確か看病はうまくいって、過邪は治ったっていっていたんじゃないの?」
「いや、み〜ちゃんと玉藻さんがその翌日の朝、念話で話しているのが偶然目に止まったんだよ、なんか話の内容はよくわからなかったけど、み〜ちゃん大騒ぎしてるし、これは玉藻さんに何かあったんだなって思って、真っ青になって会いに行ってみたわけ。本当はもう行かないつもりだったんだけど、流石に僕の看病でどうにかなっちゃたんだったら責任取らないといけないし、これはどうしても行かなきゃって。」
「え、でも、行ったとしても、連夜の性格からいって、玉藻にどうこうしようとは絶対思わなかったでしょ? 私、それについては絶対読み違えてないと思うんだけど・・」
当たり、旦那様は何もしなかったわよ。
私がしたの、私が旦那様に私の物になってくれって頼んだの。
「えええええええええっ!? 嘘でしょ!? だって、あんたってコクられることはあっても自分からコクったことって一度もないよね!?」
うん、ないわ、旦那様が最初で最後ね。
ってか、あんただってそうでしょうが!!
「う・・まあ、確かにそうだけど・・」
「びっくりしたよ、ほんと。でも、玉藻さんの目を見たときにはっきり真剣だってわかって、み〜ちゃんの言ってた婚約者うんぬんが真っ赤なウソだったってことも気がついたよ。」
危なかったわ、あれで告白していなかったらと思うとほんとぞっとするわ。
でも、おかげで旦那様は私の側に一生いてくれることを約束してくれたし、他の女には目をくれないって約束もしてくれたしね。
「まあ、どちらかといえば、それについては僕が玉藻さんを縛りつけるために一方的に押し付けたんですけどね。」
そうお? 全然不自由してませんよ、私。
「そうかあ・・結局私の見通しが甘かったんだなあ。まさか玉藻が連夜を気にいるとは・・いや、そんなことないか。だって、あんたと私の趣味って結局、根っ子の部分は同じだもんねえ。私が惹かれたところに、あんたも惹かれたんでしょ? 連夜ってさ、側にいてくれるとさ、温かくなるよね・・心が。」
そうねえ、それはほんとにそう思うわ。
「あ〜あ、最後の最後で私としたことが大失敗だったなあ・・それさえなければ連夜は私のものになっていたのに・・」
そうかしら? それだけはないと思うわよ。
「え、なんで?」
あんた気が付いてないのね、あんたにとって最大の敗因は、そこじゃないのよ。
あんたにとっての最大の敗因は、旦那様の心の中の『大好きなお姉ちゃん』って指定席に真先に座ってしまったことだわ。
自分では気が付いてないのかもしれないけど、あんた女である前に、旦那様の『大好きなお姉ちゃん』であることを無意識に選んでしまっているの。
多分だけど、もし仮に・・まあ絶対ないと思うけど・・まあ、ありえない話ではあるけど・・夢物語として、旦那様があんたを女として抱こうとしたとして、多分、あんたは女として抱かれたりしないと思う。
かわいそうな弟の気持ちを傷つけないために姉として抱かれてしまうんじゃないかな。
うちの旦那様はそういうのを見抜くのがめちゃくちゃ得意だから、もう最初っから除外されていたんだと思うわよ。
ね、旦那様。
「玉藻さんは、最初っから僕の中では『女』でしたけどね。『女』として抱くし、『女』として扱います。非常に下品な言い方になりますけど、僕にとって唯一無二の『メス』です。でも、み〜ちゃんは違います、『姉』であって、『女』ではない、他の誰かの『女』ではあるかもしれないけど、僕にとっての『女』ではないんです。あくまでも『姉』です。」
ってことなのよ。
そういう意味ではあんたは間違いなくうちの旦那様から愛されている、でも、『女』としてではない。
多分それは一生変わらないわ。
「もう人が直視したくないことを、二人揃ってよくもまあ、突き付けてくれたわね。一生恨んでやるから・・玉藻を。」
ちょっと!! なんで私だけなのよ!?
「決まってるじゃない、連夜を恨むなんて絶対私にはできないもん。姉としてかもしれないけど、それでも心から愛しているんだもん。」
あ〜、そうだろうけど、やっぱ腹が立つなあ、目の前で堂々と愛しているとか言うなよなあ、人の夫に。
「いいじゃん、それくらい。でもまあ、とりあえずしょうがないから、いやいやだけど、本心は絶対祝福なんかしてないけど、連夜がかわいそうだし、あくまでも連夜の顔を立てて、あんたに譲ってあげるわよ。あ、返品はいつでも受け付けるから、すぐに言ってね。」
誰が、返品なんかするかああっ!!
ちゃんと一生大事にするわいっ!! ってか、あんたもうそろそろ帰れ!! いつまでも未練たらしく鬱陶しい!!
「ひどい・・うん、でも、ほんと、いろいろと迷惑かけちゃったね。玉藻、私の弟のことよろしくお願いします。連夜、私のこと選ばなかったんだから、ちゃんと幸せになりなさいね。二人とも邪魔してごめん、それにありがとう。・・もう来ないから。じゃあね・・」
全く・・やっと帰ったか。
あ〜、清々した、ほんとに馬鹿なんだから、やっと、最後の最後で納得しおって、遅いっての。
む、なんですか、旦那様、その『無理しなくてもいいのに・・』みたいな顔は。
べ、別に無理してませんよ!! ま、まあ、最後にミネルヴァの奴がちょ〜っと、しおらしくてらしくないかなぁ、なんて思いましたけど、別に、そんな、ぜんぜん、心配なんて・・
「玉藻さん。」
ん? なんですか?
「僕、み〜ちゃんに渡すものあったんですが、うっかり渡すの忘れていたので、持って行ってあげてもらってもいいですか?」
む、なんですか、その袋は・・だ、だいたい、なんで私がミネルヴァの為に、わざわざ持っていってあげなければ・・
「お願いします。だって、ほら、僕が行ったらまた連れていかれちゃうかもしれないし、やっぱり頼りになるのは玉藻さんだけですから。」
し、しょうがないですね〜、そ、そこまで言われたら行かないわけないにはいかないかぁ。
け、けどミネルヴァが心配で追いかけるわけじゃないですからね!! 旦那様に行かせるととんでもないめにあいつにあわせられるかもしれないからいくんですからね!!
「勿論、わかってますよ。じゃあ、お願いしますね。」
も、もう、しょうがないな〜・・
え、どんだけ素直じゃないんだって?
うっさいうっさい!! いいの!! 旦那様はちゃんとわかってくださってるから、別にそんなこと口に出さなくてもいいのよ、もう!!
お〜い、ミネルヴァ、待ちなさいってばさ〜
我がスィートホームを出て、森の小道を走って行くと、数分ですぐに肩を落としてとぼとぼと歩いて帰る途中の我が親友の背中に追いついた。
辺りはもうすっかり暗くなってしまい、月明かりが照らしだす中を帰って行く親友は、私の声に振り向いた。
うっわ、こいつ号泣してるじゃん。
「ぐすっ・・ぐすっ・・何よ、玉藻・・私のこと笑いに来たの? ・・ぐすっ・・もういいでしょ? あんた達のこともう邪魔したりしないわよ。・・そっとしておいてよ・・」
別にわざわざそんなことしにくるほどこっちは暇じゃないのよ。
旦那様が、あんたになんか渡すものあったのに忘れていたから届けてくれって。
ほら、受け取りなさいよ。
「何これ?」
知らないわよ、家に帰ってから開けてみなさいよ。・・え、なによ、その目は? 言っておくけど、私、『人』の物の中身を確認するような悪趣味な性格してないからね。ほんとに中身知らないから。
あ、ちょっと、何ここで開けているのよ!!
「だって、玉藻すっごい中身見たそうにしてるから・・」
いや、確かにめっちゃくちゃ気になるけど、それとこれとは話が違うというか・・
あ、これ・・あんたが物凄く欲しがっていた超高級ブランドのスーツ!!
確かこれ、城砦都市『アルカディア』にある本店にしか売ってないんだったよね?
「・・連夜・・覚えていてくれたんだ・・」
そっか、そういえばあんた、旦那様が『アルカディア』から帰ってきてから一度もまともに顔を突き合わせて話とかしていなかったんだったけ。
多分そのときのおみやげだったのね・・
「もう〜〜・・こういうことするから余計忘れられなくなるんじゃない・・連夜のばか〜!!」
確かにねえ・・でもさあ、無理に忘れなくてもいいんじゃない。
「え?」
べ、別にあんたが『姉』として遊びに来る分には、なんも文句言わないわよ。
あんたは私の旦那様の大事な『お姉ちゃん』なわけだし・・まあ、私の数少ない友達でもあるわけだしね。
何よりも、最後にあんたが私との友情に負けて旦那様を私のところに送り出してくれなかったら、こういう風にもなれなかったわけだから、結構恩義も感じてはいるのよ。
そもそも、これぐらいのことであんたがへこむ姿なんて見たくないのよ、傲岸不遜で唯我独尊のくせして、なに一人前にへこんでいるんだか。
「・・で、でもいいの? 私が会いにいったら玉藻気分が悪いんじゃない?」
旦那様の心が揺らぐことはないってことは今回のことではっきりしたし、あとはあんたがきちんと分別付けれるようになったら、別にいいわよ。
それにね〜、言いたくないけど、あんたのお腹の中の子供のこと、旦那様相当心配しているみたいなのよね。
私に気を使っているのかそういう風には見せないようにしているみたいだけど、わかっちゃうのよねえ・・だからまあ、あんたはともかくその子供が順調に育っている様子は見せに来なさいって。
「た、玉藻、ありがとう〜〜〜〜〜!! うわあああああん」
うっわ、抱きつくな、こら!!
もう〜、ほんとに世話が焼けるったら・・結局私、こいつの面倒ずっとみていかなきゃいけないのかしら・・ほんとつくづくお人好しよねえ、私も。
ん?・・あ、ちょっと、人の毛皮で涙と鼻水拭いているんじゃないわよ!!
せ、せっかく旦那様に毎日お手入れしてもらって艶々になった毛皮があああああ!!
はなせ、はなしやがれ、こんちくしょ〜〜〜〜!!