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~第6話 恋人~ おまけつき

 一夜明けて、霊力覚醒による過邪はすっかりよくなっていた。


 まだ陽が昇り切る前に起きることができたあと、朝食の稲荷寿司と味噌汁を食べ終えた玉藻は、流しに食器を置いたあとリビングのソファにぽすんと座った。


「あ〜〜〜〜、誰なのよ〜〜〜〜」


 ソファに置いてあるクッションを拾って抱きしめると、そのまま、3人掛けのソファに横になって倒れ込む。


 抱きしめたクッションから漂ってくる金木犀のいい香りが、玉藻の脳裏に一人の少年の姿を思い浮かばせる。


 どこの誰だかわからない謎の少年。


 自分の記憶を思い出し、知人関係で以前彼に会っていないか必死に脳内の記憶を掘り起こしてみるが、全く覚えがない。


 親戚で、彼に似た人物がいないか探してみるが、そもそも人間という特殊な種族の親戚がいれば忘れるわけがない。


 小学校時代、中学校時代、高校時代、そして、今の大学時代の友人知人を思い出してみてもだめ。


「う〜〜〜〜〜ん・・なんでぇ・・いったい彼と私の接点ってなんなのよぉぉぉぉぉぉ!?」


 心当たりが全く見当たらず、悶える玉藻。


 昨日の出来事が夢ではなかったという事実は本当にうれしかったが、このままだと夢オチとなんら変わらない状況で進展も望めそうになく、気持ちは焦るがどうすることもできない自分が歯がゆくてならない。


 なんで、自分がこんなにも一人の少年に固執してしまうのか、彼の事を考えると胸が苦しくて仕方ないのか。


 もう、自分でも答えはわかっているんだけど、わかりたくないというか、認めたくないというか、でも会いたいというか、もう玉藻の気持はぐちゃぐちゃだった。


「もう〜〜〜〜〜〜〜!!」


 ばんばんと八つ当たり気味にクッションを叩いては、クッションを抱きしめ直してその香りを嗅ぐという行為を繰り返す玉藻。


 それをどれくらい繰り返していただろうか、何回目かのその行為の途中で、隣の部屋の寝室で携帯念話の着信音が聞こえた。


 その音で我に返った玉藻が、ソファからよっこらせと起き上がり、のそのそと寝室に移動。


 蒲団の横で着信音を鳴り響かせているレモンイエローのかわいらしい携帯念話を取り上げて、通話ボタンを押す。


「はい、もしもし」


『遅ぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!』


「あぎゅ・・またか・・」



 聞きなれた声が、耳元で大音量で炸裂し顔を歪ませる玉藻。


「ちょ、ミネルヴァ、何回言ったらわかるのよ、大声出さないでって・・」


『何言ってるのよ!!こっちはずっとかけているのに全く念話に出ないんだから!!』


「悪かったわよ、ちょうど朝食取っていたの」


『あっ、そう。まあ、朝食食べられるくらい回復したってことね・・よかった』


 念話の向こうで安堵の息をもらす親友の声に、そういえば意識を失う前に大学の授業のことをこの親友に頼んでいたことを思い出した。


「ごめん、ひょっとして、心配してくれてた?」


『あったり前でしょ!!玉藻が私のことどう思ってるか知らないけどさ、小学校時代からの親友でしょ?心配するに決まってるじゃない!!』


「ほんとごめん、でももう大丈夫だから」


『そっか、そりゃよかった・・やっぱ、プロに任せてよかったってことねぇ」


「そうねえ、ほんと助かったわ・・え・・ぷろ?」


『そうそう、玉藻、ブエル教授の講義ちゃんとノートに取っておいたわよ。ってか、流石たまちゃんね。あの日の講義さ、前期テストに問題に出るところ書くから覚えとけって、ブエル教授ほとんどの問題と答え書いてくれていたんだよねえ。あれはノート取っておいて大正解だよ』


「そ、そう、ありがと、ところでミネルヴァ、今変なこと言ったよね?」


『そうそう、前期テストでしょ、大変そうよねえ』


「ちがうちがう!!その前!!」


『私が心配するのが変ってこと!?』


「ちょ、あんたわざと間違ってるでしょ!!あんた、私が聞きたいこと知ってて、ごまかしてるわね!!」


『エ、ソレハイッタイナンノコトザマスカ?』


 物凄い変な片言の共用語で返事をしてくる友人の声を聞いて、玉藻は昨日の朝に交わした一連の親友との会話を完璧に思い出していた。


「あんた、たしか、プロのハウスキーパーに様子を見に行かせるって言ってたわよね!?」


『え〜〜言ったかなあ・・そんなこと・・』


「コ、コノヤロー・・」


 白々しく惚けようとする友人の態度に、己の胸のうちにメラメラと燃え上がっていく何かを感じながらも、その怒りのマグマを無理矢理押さえつけてなんとか手に持つ携帯念話を放り投げそうになるのを思いとどまる。


「も、もういいわ、今日大学に行った時にノートもらうから、そのときに話聞かせなさいよ、いいわね!!」


『いや、それは物理的に無理というものですよ、玉藻さん』


「なんでよ?」


『ちみがいま寝室にいるなら、壁際にカレンダーがありますよね?』


「うん、まあたしかにいま私は寝室にいてカレンダーが側にあるけど・・」


『今日は何日かご存じですか?玉藻さん」


「えっと・・何日だっけ・・」


『今日は五月一日の土曜日です。はい、カレンダー見て確認、確認。』


 携帯念話から聞こえてくる親友の声を聞いて、カレンダーを確認した玉藻は、親友の言葉の意味を知り絶句する。


「ご、ゴールデンウィーク・・」


『そうで〜す、今日から学校は御休みで〜す。したがって、一週間以上会えなくなりま〜す・・さびしいなあ・・くっくっく』


「み、ミネルヴァァァァァァァァァアァ!!」


『そうそう、私今から『外区』でバイトなの。ゴールデンウィーク中はずっと『外』だから携帯念話使えないからね。よろしく』


「ちょ、待て待て待て、あの子誰だったかだけでも、教えなさいよ!!コラ、切るんじゃねぇぇぇぇえ!!」


『絶対教エナイアルヨ。ジャア、タマモサン、マタネ、再見!』


「待たんか、こらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


『ツー・・ツー・・』


「き、切りやがった・・ほんとに切りやがった・・」


 怒りと憎しみと悲しみでぶるぶる震える手で、何度か親友のルーン文字番号にかけてみるが、完全に念源を切っているらしく、いつもの『おかけになった念話番号は、現在、念波の届かないところにいるか、念源が入っていないためかかりません。』というメッセージが聞こえるのみ。


 完全に涙目になってしまった玉藻は携帯念話を握りしめながら、自分の手の届かない遠くにまんまと逃亡してみせた親友に向けて叫ぶのだった。


「ミネルヴァァァァァァァ、あんた、絶対覚えてなさいよぉぉぉぉぉぉぉ!!」



〜〜〜第6話 恋人〜〜〜



 自宅のマンションから、すぐ近くにある児童公園。


 今は散ってしまっているが春には満開になる桜の木がいくつも植えられており、4月には結構人が多かったりするこの公園も、今日は、小学校低学年の子供達が数人、ジャングルジムや滑り台で遊んでいる姿が見えるだけ。


 そんな公園のベンチに腰かけて、玉藻はもう今日何度目かわからない溜息を吐きだした。


「あ〜あ・・結局誰かわからず仕舞かあ・・」


 頭からぴょこんと飛び出した狐の耳と、白いワンピースの腰から伸びた3本の尻尾はそのがっかり感を表すかのように力なく垂れ下がっている。


 そんな玉藻を励ますかのように、暖かい風がゆっくりと流れていく。


 本当は気分を晴らすために、どこかに旅行にいったり、デートしたりするのがいいのかもしれないが、残念なことに、玉藻にはそういう友達もいなければ、彼氏もいない。


 一番そういうのにうってつけの人物は、バイトと称して姿をくらませてしまったし・・始まったばかりのゴールデンウィークを、玉藻は早くももてあまし始めていた。


「・・どうしようかなあ・・思い切ってどこかに旅行に行ってみようか・・」


 なんて口に出してみて、旅行先のことをあれこれと考えてみるが、頭の中をすぐに別のことが駆け巡ってしまい、それどころではなくなってしまう。


 頭の中を占めるのは、黒髪の人懐っこい笑顔をした少年のこと。


「ダメな女だよねえ・・私・・」


『そんなことないと思いますよ』


 空想の中の少年が、ぽろっと呟いた自分への駄目出しの言葉を優しく暖かく否定する姿が浮かぶ。


 不毛だなあってわかってはいるが、こうして一度空想の中に、少年の姿を映し出してみると、止まらなくなってしまう。


 台所で一生懸命に自分のためにクリームシチューを作ってくれている姿や、風呂の湯加減を見に行ってくれている姿や、お風呂上りに冷たい飲み物を差し出してくれる姿や、足の裏を優しくもみほぐしてくれる姿が次々と鮮明に脳裏に映し出される。


『そんなところで寝ているとお体に障りますよ?』


『湯加減どうでした?熱くなかったですか?』


『これよかったら食べてくださいね』


『ちょっとでも痛いときはすぐに言ってくださいね』


 今まで家族でもここまで優しくて温かくて自分を気にかけてくれる言葉をかけてくれた相手はいないと思う。


 それだけにひかれる。


 引かれて惹かれて魅かれて、胸が苦しくて仕方がない、どこの誰だかわかるなら、今すぐにでも会いに行くのに。


 でも、どこの誰だかわからない今、会うことはできない。


 空想の中でならこうして会うことはできるのに。


「会いたいな・・」


 なんとなく口に出してみると、余計に胸が苦しくなって切なくなってきた。


 また空想が目の前に現れる。


「もう過邪は大丈夫ですか?」


 黒髪の少年が自分を覗きこんでいる。


 昨日と同じ優しい表情で、昨日と同じ温かい言葉で、昨日と同じ自分のことを心配してくれている態度で。


 当たり前だ、昨日自分が見た少年をそのまま空想しているのだから。


 返事をしない玉藻をいぶかしく思ったのか、少年はさらに顔を近づけてきて、その手を玉藻の額にあてた。


「熱はもうないですよね?よかった。ほんとに治ったみたいですね」


 空想の中の少年の顔が目の前にある。


 優しい色を湛えた黒い瞳、柔らかいほんのり赤いほっぺと、それに健康そうな唇。


 空想の少年になら、素直になれそうな自分がいる。


 普段、霊狐の本性である臆病で本当の自分を決して見せないいやな自分ではなく、素のままの自分で。


 相手は空想なのだから。


 玉藻は、空想の少年にそっと手を伸ばしその頬にあてる。


「え?如月さん?」


 空想の少年がちょっと驚いた表情をしたが、構わずに玉藻は顔を近づける。


 そして、自分から少年に唇を合わせた。


「んむっ!?」


 空想なのに、なぜか『さわやか蜜柑サイダー』の味がしたが、そんなことはどうでもよかった。


 しばらく唇を重ねた後、そっと自分の唇を離した玉藻は、目の前で完全に放心してしまっている空想の少年を見つめた。


 せっかくここまでリアルな空想があるんだから、自分の気持ちを整理しようと思った。


 ここで自分の気持ちを吐露したとしても空想だ、結局は練習でしかない。


 どうせ本番ではヘタレてしまって半分も気持ちが伝えられないだろうが、空想相手ならできそうな気がした。


 だから、玉藻は自分の気持ちをすべてぶつけることにした。


「私・・あなたのことが好きになったの・・」


「えええええええ!!」


「驚くよね・・ごめんね。私自身自分に驚いてる。昨日一日しか会ったことない相手に変だよね。変な女でごめんね」


 空想相手にほんとヘタレだなあって思うがしょうがない、これが自分なのだ。


 そう思ったら涙がこぼれてきたが、言えるとこまでがんばって言うことにする。


「でもね、私のこと真剣に心配してくれるあなたのことが、好きになったっていうのは嘘じゃないよ。優しくしてもらったから、好きになったみたいで情けないけど、でも、そういうことだけじゃなくて、あなたがくれた何かがすごい心地よかったの。うまく説明できないけど・・私はそれが好きなの。そういう何かをくれるあなたに側にいてほしいの。ごめん、自分でも何言ってるかわからなくなってきちゃった・・」


「いや、そんなことないです。僕のこと好きって言ってくださる気持はすごい嬉しいです。でも・・僕みたいなのが如月さんの恋人なんて・・僕は、人としてあたり前のことしかしてません。まして、如月さんの恋人にふさわしいような奇麗な人間でもありません。きっと後悔しますよ、僕なんか選んでも・・」


 そうだよねえ、現実の少年もそういいそうだ。


 玉藻は、目の前の空想の少年が現実でもきっとこの通りの高潔な心の持ち主であるに違いないと思っていた。


 だからこそ、欲しい・・そばにいてほしかった。


「私のことが重荷なら、そういってくれて構わないよ。きっと泣いちゃうけど・・でも、ちょっとでもいい、多少でも私と一緒に歩いてあげてもいいって思ってくれてるなら、振り払わないでほしい・・側にいてくれてるだけでいいなんて、虫のいいこといえたらいいけど、私嫉妬深いから、絶対あなたのこと束縛しちゃうだろうけど・・お願い・・側にいて・・」


 空想の少年はしばらく黙って真剣な表情で玉藻を見つめていたが、不意に空を見上げて、また玉藻を見つめなおした。


 そのときには、少年は今までよりももっと優しくて暖かい表情になって玉藻を見つめていた。


「そんなこと言われたら、断れないじゃないですか。もう、はいって答えたいところですけど、でも、一つだけ条件があります」


「なに?」


「玉藻さんもずっと僕の側にいてくれますか?」


「え?」


「僕が生きるだけ生きてもう一歩も歩けなくなるそのときまで一緒についてきてもらってもいいですか?」


 目の前の空想の少年が、自分の想像よりもはるかに上の行動を取ってきて一瞬戸惑ったが、そんな問いかけで最早びびるような段階ではなかった。


「あなたが、本当に疲れて疲れてもう動けなくなるそのときまであなたのすぐ側にいるって約束するわ」


「ありがとう・・如月さん。じゃあ、あの、不束な恋人で至らないところもいっぱいありますけど、これからよろしくお願いいたします」


 感激してるのか、うっすらと涙が見える瞳でほほ笑んだ少年は見事なくらい奇麗な一礼をしてみせた。


 しばらくその姿を見つめていた玉藻だったが、どうせならとことん甘えてしまおうと、少年に声をかける。


「いや、あの、こういうときは抱き合ってキスのほうが嬉しいかな?」


 と、両手を差し出すと、少年はちょっと戸惑いながらもベンチに座る玉藻のほうに近づいてきて、おずおずとでも優しく玉藻の体をそっと抱きしめると今度は自分から唇を重ねてきた。


 やっぱり今度も『さわやか蜜柑サイダー』の味がした。


 しばらくそうしていたあと、どちらともなく唇を離すと、お互い見つめあいなんとなくほわっとした笑みを浮かべて、今度はただ抱き合った。


 空想なのに、少年の体は温かった。


 これが空想でなければよかったのに・・と玉藻はそっと涙をこぼした。


 ふと、誰かの視線を感じて横を見ると、いつの間にかジャングルジムで遊んでいた小学生らしき子供達が集まってきていて、こっちをじっと見つめていることに気づいた。


 黒髪の少年もそれに気づいてそっと身体を離し、子供達のほうに向きなおる。


「え、えっと、みんな何かようかな?」


「おにいちゃんとおねえちゃんって、いまアイのコクハクしてたの?」


「「えっ!!」」


 ぽりぽりと真っ赤になった頬を掻きながら少年が集まってきた子供達に尋ねると、子供達は嬉しそうに無邪気な瞳でど真ん中ストレートの質問をぶつけてきた。


 あまりの直球勝負に絶句して口をぱくぱくさせる二人。


 しかし、玉藻よりも先に立ち直った少年が優しい、しかし、真剣な表情で子供達に向きなおった。


「うん、そうだよ。おにいちゃんはおねえちゃんのことが好きで、おねえちゃんもおにいちゃんのことが好きだよって、言ったんだよ」


「そうなんだ!!」


 童顔でかわいらしい外見とは裏腹に、子供相手でもごまかすことなく真剣に自分の気持ちを漢らしく伝える少年の姿に子供達から素直な感嘆の声が上がる。


 空想とはいえ、ほんとかっこいいなあ・・と思ってうっとりと少年を見ていた玉藻だったが、流石におかしいことに気がついた。


(あれ・・空想なのに、なんで子供達の受け答えしているの?)


 普通空想って、自分以外の他人には見えないものではないのか?


 しかし、そんな玉藻の心に湧き上がってくる疑念を知るはずもなく、子供達は明らかに目の前にいる少年の姿を認識して、和やかに談笑している。


 まさか・・


 そう思って目の前にいる少年の姿を見直してみると、確かに目の前にいる少年は自分が知る少年に間違いはないものの、明らかに服装が昨日と全く違う。


 昨日は数年前まで自分も通っていた都市立御稜高校の男子生徒の制服姿だったにも関わらず、今日は、白抜きの東方文字で『凪』と大きくプリントされた黒いTシャツの上に、青い服をきて肘のところあたりまで袖をまくりあげており、下は洗いざらしのジーパン、そして、やや大きめのスニーカーという完全な私服姿。


 外面よりも内面を重視していると思われる少年にはよく似合っている・・似合ってはいるが・・見たこともない私服姿を想像できるほど自分が想像力が豊かではないことは悲しいくらいによく知っている。

と、いうことは・・


「困りましたね・・如月さん。・・って、如月さん!?」


 子供達から質問攻めにされて、それを一々律儀に答えていた少年だったが、流石に照れくさくなって横にいる玉藻に助けを求めようと顔を向けてみると、その当の玉藻の表情は、少年の見る前でみるみる赤くなり青くなり白くなり、そしてまた赤くなりを繰り返し、5月のそこそこ温かい日差しではあるものの、暑いという気温では全然ないにも関わらず、物凄い汗を顔から流していた。


 少年は子供達におねえちゃんちょっと調子悪いからあとでね、と言って言い聞かせ、再び遊びに行かせると、再び玉藻のほうに向きなおる。


「だ、大丈夫ですか?やっぱりまだ調子がよくないのでは?」


 物凄い心配そうに自分を覗きこんでくる少年の姿に、恥ずかしいやら、嬉しいやら、逃げだしたいやら、でも、やっぱり行かないでほしいやら、消えてしまいたいやらもうパニック状態の玉藻。


「あは・・あははは・・いや、過邪はもう全然大丈夫なんだけど・・あ、あの、ちょっと聞いていい?いや、ほんといまさら何だけど」


「なんですか?」


「私の目の前にいるあなたは・・夢じゃないよね?」


 なんだか泣きそうな、嬉しそうな、悲しそうな、優しそうな、どこか諦めてるようで諦めきれないみたいな相当複雑な表情で訪ねてくる玉藻の姿を、少年はしばらく見つめていたが、やがて、玉藻が座るベンチに玉藻と並ぶように座り、もう一度玉藻を見つめた。


「夢のほうがよかったですか?僕はできればこのまま夢じゃないほうがいいですけど」


「・・いなくなったりしない?」


「しませんよ」


「本当に?」


「本当です」


「本当に本当に?」


「本当ですよ」


 自分に向けられる優しくて温かくて真剣な眼差しが、目の前にいる人物が空想ではなく紛れもない現実であることを示していた。


 玉藻は空想だと思い込んでいなければ絶対しなかったであろう大胆な行動と口にしてしまった恥ずかしい数々の言葉を思い返し、恥辱の余り死にそうになってはいたが、手に入れることができた大きな大きな何かに嬉しくて踊りだしそうでもあった。


「それにしても、どうしてここへ?ひょっとして私に会いに来てくれたの?」


 嬉しさもあったが、どうにも恥ずかしくなんとなく話題をそらしてみる。


 すると少年は、どことなく気恥ずかしそうに視線を宙に泳がせた。


「ええ。実はその・・今朝、如月さん、み〜ちゃんと念話してましたよね?」


「み〜ちゃん?」


 いったい誰のことか咄嗟に思い浮かばない玉藻。


 怪訝な表情を浮かべる玉藻に気がついて、慌てて補足する少年。


「あ、すいません、ミネルヴァのことです。ミネルヴァ・スクナー。家では"み〜ちゃん"って呼んでるものですからつい・・」


「み、ミネルヴァですって!?」


 迂闊と言えば迂闊なことに、目の前の少年が自分の親友の関係者であることをすっかり忘れていた玉藻。


 そんな玉藻の様子に気がつかぬまま、少年は話を続ける。


「いや、立ち聞きするつもりはなかったんですよ。ほんとに。でも、あのあとみ〜ちゃん、慌てて家を飛び出して行っちゃったので、如月さんのところで何かあったのかなって気になってて」


 どうやら目の前の少年は、ミネルヴァが自分から逃亡するために飛び出していったのを、自分に何かあって飛び出して行ったものと勘違いして、心配してここまできてくれたらしい。


 ミネルヴァの行動は見事に裏目にでたわけである。


「家に行こうか迷っていたら、公園で如月さん見掛けて、すぐ声をかけようと思ったんですけど・・なんだか元気なさそうに見えましたし」


「・・君が原因だったんだけどね」


「いや、その・・とりあえず、ごめんなさい」


「ううん、謝らないで。来てくれなかったら私もっと落ち込んでいたよ。ありがとうね」


 もう大丈夫という風に、心からの笑顔を向ける玉藻。


 そんな玉藻を嬉しそうに見つめ返してくる少年。


「あ、あのさ・・」


「はい?」


「ゴールデンウィークって高校お休みだよね?」


「はい、今日から一週間ほど休みですね」


「じゃ、じゃあ・・明日も明後日も会ってくれる?」


「家の用事もありますからずっとというわけにはいきませんが、はい、大丈夫です」


 玉藻の言葉にちょっと考えた少年だったが、すぐに答えを出した。


「じゃあ、私の念話番号教えておくから、来る前に念話して」


「はい、じゃあ、そうします。何時くらいにしましょうか」


「できるだけ早く!!」


「あはは・・じゃあ、できるだけ早く来ますね。多分午前中の朝のうちに用事は済ませられると思うので、10時くらいにはなんとか」


「うん、待ってるから・・すっぽかしたり忘れたりしたらいやよ?」


「絶対来ますから・・じゃあ、あの、すいません、僕、家の用事そのまま置いてきちゃったから、そろそろ行きます」


 お互いの念話番号を教えあったあと、少年はすまなさそうに立ち上がった。


 玉藻は正直名残惜しくて寂しくて仕方なかったが、明日も会えると思って我慢する。


「じゃあ、また明日・・」


「また明日・・」


 ベンチから立ち上がった少年が、玉藻に背を向けてたったったと走って去って行く。


 が!!


 は!! と何かを思いついた玉藻は急にベンチを立つと、猛スピードで少年を猛追。


 あっというまに追いついて、少年の腕を『ガシッ!!』とつかんで止める。


「ちょ、ちょ、ちょっと待った!!」


「え! え? えっ、如月さんどうしました!?」


 困惑する少年に、おもいっきり顔を近づける玉藻。


 そして


「私、あなたの名前まだ聞いてないんだけど!!」


「えええっ!?」

※ここより掲載しているのは本編のメインヒロインである霊狐族の女性 玉藻を主人公とした番外編で、本編の第1話から2年後のお話となります。

特に読み飛ばしてもらっても作品を読んで頂く上で支障は全くございません。

あくまでも『おまけ』ということで一つよろしくお願いいたします。



おまけ劇場


【恋する狐の華麗なる日常】



その7



「ぱ・あ・る」


「だぁ、だぁ」


「さ・り・ぃ」


「きゃっ、きゃっ」


 名前を呼び掛けながら、そのぷくぷくしたほっぺをつついてやると、2人の赤ちゃん達はひまわりのような満面の笑みを浮かべかわいい笑い声をあげる。


 かわいい!! かわいすぎる!! なにこの凶悪なかわいさは!? ママはあなた達の笑顔だけでお腹いっぱい幸せいっぱいよ!!


 もうすでに1年以上の付き合いになるし、出会った当初の頃のように赤ちゃん赤ちゃんした顔じゃなくて、大分子供らしい顔つきになってきたパールとサリーだけど、その仕草や反応はまだまだ赤ちゃんのそれ。


 私が変な顔してみせたり、いないいないばぁってしてみせたり、くすぐってみせたりするたびに、赤ちゃん独特のかわいらしい笑い声をあげる。


 その様子がまたかわいいのよ、ほんとに、マジで、嘘じゃなく!!


 え、いい加減しつこいって? もうわかったから話を進めろって?


 わかったわよ、もう、ほんとにうちの子はかわいいのに。


 ともかく私はパールとサリーに夢中になって相手をしていたんだけど、その様子を見ていたお義父様とお義母様が安心したような声で私に話しかけていらしたの。


「じゃあ、玉藻ちゃん、悪いけど、そろそろ行かないとサービスタイム終わっちゃうから、私達は行くわね。あとはよろしくお願いするわ」


「は、はい、わかりました!! 母親としてこの子達は必ず守ります!!」


 振り返ってお義母様に力強く頷いてみせると、その横に立つお義父様が旦那様にそっくりの優しい笑顔を私に向けて口を開いたわ。


「うんうん、玉藻ちゃんほんとに母親らしくなったねえ。そうそう、ミルクはさっきあげたばかりだから、しばらくはあげなくていいよ。あと、おむつも替えておいたし、うんちは車に乗る前にしていたから、多分今日一日はもうないんじゃないかな。一応、ミルクとおむつはベビーカーの後ろにひっかけている青色のカバンの中に入っているからね。喉が渇いているように見えたら、果汁をオレンジ色の水筒に入れているから、それを哺乳瓶に入れて飲ませてあげてね」


「あ、ありがとうございます!!」


 さすが、流石ですわ、お義父様!! 私に預ける前にやるべきことのほとんどやってくださっているんですもの、しかも、私が困らないように必要なものはちゃんと用意してくださっているし、至れり尽くせり。


 ってか、私がお義父様の域に達するのはいったいいつのことになるんだろう・・はぁ、精進あるのみよねえ。


 そんな私の気持ちをご存知なのかそうでないのか、いつもと変わらぬ優しい笑顔で私に近づいてきたお義父様は私を励ますようにぽんぽんと軽く肩を2、3度叩く。


 そして、私のすぐ横に立つ旦那様と畑仕事のことについて少々話したあと、早く行きましょうと急かすお義母様に強引に腕を取られてレストランがある方向に去って行かれたわ。


 私と旦那様はパールとサリーとそれぞれ抱っこしながら去りゆくお似合いのお2人を見送ったわけなんだけど、ほんとあのお2人にはかなわないなあ。


 私がもっとしっかりしてもっとできる母親だったら、こんなにお手を煩わせるようなこともないんだろうけどねえ、大学に行きながら子供達の世話ができれば一番いいんだろうけど、現実はそんなに甘くない、多分、今の私がそんなことしようものなら、確実にどちらかがダメになるわね。


 勉学がおろそかになるか、それとも子供達の世話が満足にできないか。


 でも、ありがたいことに・・本当に本当にありがたいことなんだけど、お義母様とお義父様のご厚意のおかげで私は勉学もおろそかにすることなく、子供達の世話がいきとどかないという最悪の事態にも陥らずにすんでいるわ。


 特にお義父様には頭下がりっぱなしよ、パールとサリーがこうして元気で笑顔でいられるのも、お義父様が毎日この子達に愛情を注いでくださってるからだもの、いや、勿論、お義母様や、旦那様の妹のスカサハちゃんをはじめとする宿難家の『人』々がパールやサリーの面倒を見てくださっていることにも感謝してるのよ。


 それにいつもいつも影になり日向になり私を支えてくれる旦那様にもね。 


 あ~あ、私が一番役にたってないなあ・・まあ、しょうがないっちゃあ、しょうがないんだけど、私が母親なんだからしっかりしないとなあ、なんてちょっぴりへこんじゃってどよ~んとしそうになっていると、私の腕の中のパールが、3つの瞳を大きく見開いて慰めるようにぺしぺしと私の腕を叩いた。


 言葉がしゃべれるわけではないし、きっと自分の境遇なんてこれっぽちもわかってないはずなんだけど、なんだか物凄く励まされちゃって、私は腕の中の小さなパールのほっぺに自分のほっぺをくっつけてその優しくて柔らかい感触からエネルギーを充填するわ。


「そうね、落ち込んでいられないわよね。ママ、がんばるからね!!」


「だぁ、だぁ」


「ぱぁるぅ、すきすき~~!!」


「だぁ、だぁ、だぁ」


 もう、ほんとにかわいいんだから!!


 赤ちゃんって、ほんとにすごいわ、抱っこしてその幸せそうな笑顔を見ているだけで、勇気とか力とかなんかポジティブな力がモリモリ湧いてくるもの。


 と、自分の中の愛があふれちゃって止まらないでいた私だったんだけど、そこに横から声がかかる。


「ほらほら、パールばっかりじゃかわいそうでしょ、サリーにもちゃんと『すきすき』してあげて!!」


「あ、そ、そっか。それはそうね、ごめんね、サリー」


 横合いからサリーを突きだされた私は、慌ててパールを右腕に抱き直し、落とさないように左腕にサリーを受け取ってしっかりと抱くと、自分のほっぺをサリーの小さなほっぺにくつける。


「ごめんね、サリー。サリーのこともママはちゃんと愛しているのよ。本当よ。好き好きなのよ!!」


「きゃっ、きゃっ」


 パールと同じようで若干違う笑顔を浮かべて笑い声をあげるサリー。


 どっちかというとパールの笑い方に比べ、サリーのほうが豪快に笑ってる気がする。


 もうちょっと大きくなれば、もっとはっきり個性って出てくるんだろうけどなあ・・って、2人ともまだ1歳だもんね。


 それにどういう個性を持っていようとも、私は2人とも大好きよ、愛しているわ・・あ、勿論1番は旦那様なんだけどね、それでもこの子達は私の大事な家族、私の力の及ぶ限り守り抜くわよ、絶対に!!


 そう思って私は2人の身体をぎゅっと抱きしめる。


 いや、強くじゃないのよ、思いは強いけど、力は弱くね、私が本気で抱きしめたら潰れちゃうわ、本気で抱き締めるのは旦那様と愛し合うときだけよ。


 あ~、それにしても幸せだわ、とろけるくらいにかわいい娘達と、優しくて頼りになってしかも私を心から愛してくださっている旦那様、私こんなに幸せでいいのかしら?


 とけてなくなってしまいそうなほどの甘い幸福感にしばしの間身を委ねていた私だったけど、そこにまたもや横から声がかかる。


「もう、本当に幸せそうね、じゃあ、せっかくだからもう一個おまけで幸せをつけちゃうわよ。はい、ニケもあげる」


「ありがとう、いや~、嬉しいわぁ、赤ちゃんが3人だぁ・・って、ちょっとまてえええい!!」


 横合いから伸びてきた手には、さらに新しい赤ちゃんの姿が。


 すでに私の両腕はパールとサリーでふさがっているというのに、そのわずかな隙間に強引に新しい赤ちゃんがすぽっと入れられる。


 私はその3人目の赤ちゃんを落としてしまわないように、慌てて態勢を整えたのだけど、改めてその赤ちゃんを見つめ何者であるかを確認すると驚愕の声をあげたわ。


「え! え? ちょ、に、ニケちゃん!? なんでニケちゃんがここに!?」


「ばぶぅ」


 パールとサリーの間に挟まれるようにして私に抱かれている赤ちゃんが、私の顔を見て無邪気な笑顔を浮かべる。


 パールやサリーよりもすでに髪の毛はしっかりと生え揃っていてその色は濃い金髪、パールやサリーと同じようなブルーの瞳なんだけど、パールとサリーのそれが空の蒼なら、この子の瞳は海の碧、肌の色はやっぱりきめ細かい白で、額には天魔族の証ともいえる特殊感覚器官『天光眼(ヘヴンズサイト)』が光っている。


 ニケ・スクナー。


 パールとサリーと同じ、今年1歳になったばかりの女の子。


 ファミリーネームを見てもらえばわかってもらえると思うけど、彼女は宿難一族に連なる者、しかも、パールやサリーと違って、正真正銘『宿難』の血を受け継いでいるわ。


 え? 私の産んだ子供かって?


 ち、違う違う!! た、確かにニケちゃんはパールやサリーに負けず劣らずかわいいし、私自身も自分の子供同然と思って世話しているけど私の身体から生まれてきた子じゃないわ。


 ってか、私も早く旦那様の子供が欲しいなあ・・いや、パールやサリーがかわいくないわけじゃないのよ、勿論2人は2人でかわいいし、間違いなく私の子供なんだけど、それはそれとして自分でも産みたいのよ、子供いっぱい欲しいのよ、賑やかな大家族って憧れるのよ!! 自分がね、そういう温かい家庭に恵まれなかったから余計に自分の子供達はそういう風にしたくない、自分の家庭は絶対温かいものにしたいっていう思いがあるの。


 まあ、うちには温かい家庭のエキスパート、家族を守ることに関しては絶対無敵最強不敗のスーパーヒーローである旦那様がいらっしゃるからそれほど心配はしていないんだけどね。


 あとは私ががんばって子供を作りさえすれば・・旦那様、もうちょっと待っててね、必ず我が家に新しい命を迎えてみせるから!!

 

 はっ!! いかんいかん、話が思いきりそれてた。


 そうじゃなくて、ニケちゃんの話よね、え、旦那様の隠し子かって?


 なに言ってるのよ、んなわけないでしょうが!!


 旦那様の女性経験って私しかないっていうのに、なんでそうなるのよ!!


 旦那様はね、私と男女の関係になってからすでに2年近くになるっていうのに、未だにそういう行為に対して物凄く照れがある『人』なのよ! 私がいろいろなとこを攻めると恥ずかしそうに、でもかわいらしく喘ぐ姿がたまらんというか、初々しさを失わないというか、萌えてしまってさらにエスカレートしてしまうというか、だから毎日毎日寝床に引き摺りこんでしまうというか・・って、何言わすのよ!!


 と、ともかく、旦那様は浮気なんかしてないの!! 


 え? なんでわかるんだって? 仕事に行ってるふりして愛人のところにいってるかもしれないって? そんなことないの、だって毎日確認してるもの、霊狐族に伝わる浮気したら即わかる呪いを初めての時にかけてある・・あわわわわ!!


 ち、違うから!! そ、そんなことしてないから、いまのナシだから!! 


 つ、妻として旦那様のことを信じているから、それ以上のことは必要ないのよ、本当よ!!


 携帯念話の通話記録をいちいち調べたり、女性っぽい名前にわざと念話をかけてみたり、服の内ポケット探ったり、ズボンのポケット探ったり、車の中に色の違う毛が落ちてないか調べたりなんて1回もしたことないわよ!!


 ほ、ほんとなんだからね!! だ、旦那様を他の女に取られたりしないか心配したりなんかしてないんだからね!!


 うそです・・めっちゃめちゃ心配してます。


 いや、あの、ごめんなさい、いいわけさせてください!! 


 旦那様がふらふらと浮気したリするとか、そういうことは絶対ないってそれは信じているのよ、本当よ、うちの旦那様ってほんとにほんとに私だけを見つめてくれているのよ、私だけにその心を開いて丸ごと渡してくれているの、だからそれについてはほんとに心配してないし、心から信じてる。


 だけどね、いくら旦那様が私だけを愛している、他の女は愛さないって言ってもそれは全然全くこれっぽっちも理解しようとせず、絶対に諦めようとしない奴らがいるのよ。


 旦那様ってね、ともかくモテルの。


 自分では全然モテナイって言ってるし、確かに普通の『女』からはそうでもないの、外見は男っぽくなくてやたらかわいらしい外見だし、種族的にも不利だしね、見かけで判断するような『女』が声をかけることはまずないわ。


 でもね、ちょっとでも『男』を見る目のある『女』にはやたらモテルのよね。


 私と付き合う以前からもそうだったようだし、私と付き合うようになってからもそうらしいんだけど、愛の告白ってやつをかなりされているのよね。


 全部その場できっぱり断って2度と会わないくらいのことを旦那様は言ってくれているんだけど・・中にはね、それでも諦めようとしない奴がいるの。


 それどころか力づくてどうこうしようとさえする奴もいるのよ!!


 うちの旦那様ってね、自分に向けられる敵意とか悪意とか害意とかには無茶苦茶鋭いし敏感だし、好意にだって疑惑の目を向けて決して油断しようとはしないわ、そうね、完全に好意を好意として無条件で旦那様が受け取るのは、私が知る限りで私を含めて4人だけかな。


 最愛の『妻』である私は当然として、中学時代からつきあいのある『真友』の2人、そして、旦那様が背中を預けることができるって明言しているただ1人の『戦友』の4人だけ。


 それ以外のメンツに対しては完全には気を許さない、それが旦那様。


 だけどねえ、そうはいっても身内にはほんとに甘いのよね、さっきも言ったけど完全には気を許さないけれど、裏を返せば身内って一度定めてしまった『人』にはちょっとは許しちゃうってことなのよね。


 そのせいで誘拐されそうになったり、押し倒されそうになったりしたことが何度かあったわ。 


 まあ、全部私が叩き潰してやったけど・・それができたのも、日頃から私が旦那様の動向をチェックしているからなの、つまり、チェックしていないと危ないのよ、マジで!!


 旦那様ってそういうところとことん甘いからなあ、いや、それは旦那様のいいところでもあるんだけどね、どれだけ冷徹な仮面をかぶってみせても、根底にはめちゃくちゃ優しい心が流れているの、非情に徹しないといけない場合も表面は完全に氷を装っているし手を抜いたりはしないんだけど、心の中では物凄く泣いているのよ・・だからさ、そういうところは私が守ってあげないと。


 で、話は戻って、ニケちゃんの親が誰なのかってことなんだけど・・困ったことにその諦めの悪い奴の1人が親なのよねえ。


 え? そんな奴とは縁を切ればいいって?


 簡単にそれができればねえ、苦労はしないんだけど、そいつはね、旦那様の身内中の身内なのよ。


 そして、私の長年の親友であり、ある一点を除けば絶大な信頼を置いているし、私の背中を任せることができると思っている唯一の人物でもあるわ。


 あれ? そういえば、さっきから私に話しかけてきていた声・・あれは・・


 ふとあることに気がついた私が慌てて周囲を見渡すと、いつのまにか旦那様の横に1人の『女』が立っていて、やたら馴れ馴れしい様子で旦那様の腕に自分の腕をからめているのが見えた。


 美しい金髪をショートカットにした、海のように碧い色をした碧眼の女性。


 やや細身ではあるが女性にしては長身で、モデルのようなスタイル、そして、額には大きな特殊感覚器官である『天光眼(ヘヴンズサイト)』が輝いている。


 十人中十人が振り返るであろう美人であるが、美しいお姫様というよりは麗しい王子様というほうがしっくりくるようなところがあるのは、その漢前な性格のせいであることを私はよ~く知っているんだけど。


 やっぱりこいつだったのかあ!!


「ベビーシッターさんに子供達は預けたし、お父さんやお母さんが食事を済ませてくるまでの間、夫婦水入らずでデートしていましょう。ね、『あ・な・た』」


「いや、あのね、玉藻さんはベビーシッターじゃないし・・そもそも『あなた』じゃないでしょうが、何いってるんだか?」


 『女』の言葉を聞いて、心から疲れたような表情を浮かべた旦那様は、ぐったりしてうんざりして呆れ果てたという様子を隠そうともせずに首を横に振って見せたけど、『女』は全然堪えた様子もなく嬉しそうにきゃっきゃと笑い声をあげると、強引に旦那様を引っ張ってもう目の前に見えている『シックスアーマーハーブ園』の入口に向かおうとする。


 私は無言で腕の中にいる子供達を双子用のベビーカーの中に素早く下ろすと、凄まじい勢いで地面を蹴り天駆ける雷光となって疾駆する。


 旦那様を引き摺って行こうとしている『女』の背後に一瞬で到達した私は、軸足となる左足をガッと地面へとめり込ませて安定した足場を確保すると、疾駆してきたその勢いのままに振りあげた右足を電光石火に解き放つ。


 次の瞬間右足の甲が的確に『女』の尻をしたたかに強打し、『女』はたまらず旦那様から腕を離して顔から地面へとダイブするのだった。


「ぎゃああああああっ!! いったああああああい!! ちょ、た、玉ちゃん、いきなり何するのさ!?」


 私のほとんど手加減なしで放ったミドルキックをまともに食らった『女』は、尻を押さえながら涙目になって振り返り、恨めしそうな声をあげて私を睨みつける。


 しかし、そんな目で睨みつけられたところで私がひるんだりするわけはない、むしろ私のほうが恨みつらみのこもった視線で『女』を睨みつける。


「何するのさじゃないわ、このクサレ馬鹿女!! 何が『あなた』だ!? どさくさまぎれに何いっちゃってくれてんのよ!? しかも私の旦那様をまた誘拐する気なの!?」


「ち、ちがうわよぉ、ちょっと新婚さん気分を味わいたかっただけじゃない。ここのところ連夜とスキンシップ取れていなかったし、ちょっとくらい私にも連夜を貸してよ、玉ちゃんのイケズ!!」


「やかましいわ!! 何が新婚さん気分よ? あんた、血のつながった実の『姉』でしょうが!!」


「うう、そ、それを言わないで・・心はいつも連夜の恋人なの」


 私の言葉に『女』は生意気にもいっちょ前に傷ついた表情を浮かべて、よよよと泣き崩れる。


 ミネルヴァ・スクナー。


 こいつこそ私の人生最大の宿敵!!


 いよいよ決着の時がきたのかしら・・


 




 ってところだけど、続きはまた次回。


 それじゃあ、またね!! 

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