Act 9 『剣風刃雷』
危機一髪のところを駆けつけた剣児は、持っていた大剣を素早く背中の鞘にもどすと、地べたに座り込んでいる少女の身体を横抱きに抱き上げ、すぐ後ろに待機しているダークエルフの少女に声をかける。
「ジャンヌ、『蛸墨』を」
「了解 副隊長」」
剣児の言葉にすぐに頷いたダークエルフの少女ジャンヌは、手に持つ大型の『銃』に『煙幕』と書かれた札のついた拳よりも一回り小さいくらいの弾丸を込めると、剣児の一撃でひっくり返っているムカデもどきに向かって撃ち込む。
弾丸は真っ直ぐに飛んでいきムカデもどきに着弾したあと凄まじい黒い煙を噴出しながら弾け、見る間にあたり一面を覆い隠していく。
「よし、後方に一旦退いて立て直すぞ。」
『了解』
周囲が炎と黒煙とですっかり覆われて視認できなくなったことを確認した剣児は、少し離れたところにある都市営念車の事務所跡と思われる建物の中へと、少女を抱えたまま他の仲間達と移動する。
そして、そこで少女を降ろした剣児は、仲間達が誰一人欠けることなくついてきていることを確認すると、ようやく少し表情を和らげた。
しかし、すぐに表情を引き締めると仲間達をそこに残し建物の壊れた窓の側までいってそこから外を伺う。
黒煙と炎ではっきりとは見えていないが、それでもその巨体の影が蠢いているのははっきり視認できることを確認し、しばし様子を見る。
さっき一撃を食らわしたときに手応えがほとんどなかったことから大してダメージを与えられてはいないとは思ったが、その動きを見ている限りやはり全然堪えてはいないようであった。
とはいえ、そのことについては当初から予想の範囲内でそれほど期待していたわけではない。
元々『害獣』を相手にするために作戦を練っていたわけであるから、予定通りに、そして、いつも通りにターゲットを狩るだけである。
そう思って学校では見せない冷徹な狩人としての表情を浮かべた剣児は、そろそろ狩りを始めようと仲間達のところに戻るべく顔を部屋の中央に向けた。
そのとき。
パシッという何かを叩く乾いた音がして、剣児がそちらに視線を向けると、ハイエルフ族の少女が自分の目の前に立つ黒髪の人間の少女を怒ったように見詰めている姿が見えた。
ハイエルフ族の少女は片手を挙げた状態で、黒髪の少女は片頬に手を添えた状態で止まっている姿から、どうやらハイエルフ族の少女が黒髪の人間の少女の頬を殴ったのだとわかる。
「紗羅、あなたどういうつもり? 勝手に一人で突っ走って、一人でなんとかなるって本気で思っていたわけ?」
「あの、だって、蒼樹も一人で・・」
「ふざけないで!! 常に最悪の状況を考えて行動する、それが基本中の基本だってことはあなただってよくわかってるはずよ!! なのになんでこんな・・」
胸にこみ上げてくるものがあるのか、それ以上言葉を続けることができずに黙り込んでしまうハイエルフ族の少女に対し、俯いたまま唇を噛み締めて何も言い返せない人間の少女。
剣児はハイエルフ族の少女の気持ちが痛いほどわかっていたが、とりあえずそういう場合ではないので、ゆっくりと二人に近寄っていく。
「フレイヤ、悪いが紗羅への説教は後回しだ。ターゲットと接触した以上いつも通り時間がない、すぐに殲滅に入る。いいな、二人とも。」
「了解・・副隊長」
剣児の言葉にハイエルフ族の少女、フレイヤは少し涙を拭くような仕草を見せたがすぐに表情を引き締めて返事を返してみせる。
しかし、黒髪の少女のほうはまだ顔を俯かせたまま返事を返してこない。
剣児はその様子を少し見詰めていたが、わざと少女に背を向けてみせる。
「紗羅はここで待機、五人で始末をつける。」
「え・・ちょ、ちょっと待って剣・・いや、副隊長!! 私もやれる、やるわ!!」
剣児の素っ気無い態度に慌てて顔を上げると、その去って行こうとする背中に追いつき声をかける少女。
その少女の方に振り向いた剣児は、かなり厳しく真剣な視線を向ける。
「本当にやれるのか? 元隊員 宿難 紗羅? 土壇場になってできないと泣き言を入れるくらいなら今申し出ててここから離脱してくれ。恨むつもりも責めるつもりもない。しかし、いざ現場に出てから使い物にならないなんてことになったらチーム全体が危なくなる。言っておくがおまえ一人の為に俺はチームを犠牲にするつもりはない、さっき助けたのもおまえが戦力になると判断したからだ。それを踏まえた上でもう一度よく考えて返事しろ。本当にやれるんだな?」
その剣児の言葉に黒髪の少女・・宿難 紗羅と呼ばれた少女ははっきりと頷いてみせる。
「やれる!! もし足手まといになるようだったら遠慮なく切り捨ててもらっていい。」
再び闘志を燃え上がらせるその黒い瞳を見詰めていた剣児だったが、やがてこっくりと頷いて見せた。
「わかった、一時的にチームへの復帰を認める。宿難 紗羅 遊撃手のポジションを頼む。」
「了解、副隊長!!」
そう言って剣児に力強く頷いて見せたあと、紗羅は他のメンバーの方に振り向いてぺこりと頭を下げて見せる。
「ごめん、みんな言いたいことがいっぱいあると思うけど、今だけそれを飲み込んで私をチームに入れてください。お願いします。」
「僕は別に異論はない。紗羅が今まで通り仕事をしてくれるなら、随分と僕の仕事もやりやすくなるし。」
まず白い甲冑姿のバーンが紗羅の参入を認め
「あたしも異議はない。一度失敗したことを紗羅が二度繰り返したことはないしね。あたしは紗羅を信じる。」
次いで自ら持つ『銃』に何かの弾丸を込めていたジャンヌが承諾し
「私も文句はありません。他のタイプであるとはいえ紗羅さんは実際に何度か『人造勇神』と戦っているわけですから、経験者が入ってくれることはむしろプラスではないかと。」
そして、バーンとジャンヌの間に立つ風狸族のメイリンが、静かに了承の意を表し、残りは先程紗羅に対して苦言を呈したフレイヤだけになった。
「フレイヤ、もう一度だけチャンスを頂戴・・だめかな?」
そういって上目遣いで見詰めてくる紗羅をなんともいえない困った表情で見ていたフレイヤだったが、大きく深く溜め息を一つ吐き出すと、苦い表情で頷いて見せた。
「副隊長の決定に従いますわ。」
「ありがとう、フレイヤ。」
「どうせあなたに言っても聞かないのでしょうけど、無茶をしてはだめよ・・」
先程までの怒りは全て、この心配症の少女が心から自分を心配してくれているからこそ発して見せた怒りであることがよくわかっているだけに、紗羅は本当に申し訳なさそうにフレイヤにもう一度頭を下げてみせる。
その様子を見ていた剣児はほんの少しだけ表情を緩めて見せたが、すぐに冷徹な指揮官の表情に戻ると獲物を狙う鋭い猛禽類の視線でメンバーを見渡す。
「フォーメーションは一年前と同じ、忘れている奴はいないと思うが、隊長の代わりに紗羅が入った元々のフォーメーションで行く。メイリン、作戦実行前に『原初の歌』を頼む。」
厳しい声音で指示を出し始めた剣児は、まずパーティ全体強化し、『害獣』に精神的ダメージを与えることができる『原初の歌の歌い手』であるメイリンに声をかける。
メイリンは直接戦闘員でないため他のメンバー同様に武装はしてはいないものの、特殊音響コートという『原初の歌』の効果を増幅させる効果がある薄いピンクのコートを着用している。
よく見るとわかるのだが、そのコートは元々純白の下地をしており、そこにピンクの文字でびっしりとルーン文字が刻まれている。
「了解 副隊長。リクエストは?」
「いつも通り『竜踊鳳舞』。ド派手に頼む。」
「了解了解」
頼もしくにっこり微笑む風狸族の少女に頷き返したあと、剣児は次にパーティの回復係である『療術士』のフレイヤに目を向ける。
フレイヤはライトグリーンのワンピースの上に、ゆったりとした大きめの白いコートを羽織った姿。
その白いコートの裏側にはびっしりと様々な回復用の薬品の入った小瓶が収められたポケットが並んでいる。
この白いコートは『療術師』用に開発された特殊なコートで、直接的な攻撃に対する防御力はほぼ皆無であるが、かなりの薬品を持ち歩かないといけない『療術師』が身軽に動けるように、重力を制御しポケットに入れたものの重さで動けなくなることがないような仕組みとなっている。
「フレイヤ、メイリンの『原初の歌』が始まったら、『巨鎧』と『大盾』を頼む。」
「了解 副隊長。相手は火の属性であることを確認しましたので『火を憎むもの』も発動させます。」
「頼む。それから、もし万が一俺が戦闘不能になった場合は、おまえが指揮を引き継げ。いいな?」
「・・」
剣児の戦闘内容の指示については素直に頷いて見せたフレイヤであったが、万が一のくだりから先の剣児の言葉に物凄く嫌そうな顔をしてみせて返事を返さない。
フレイヤとは長い付き合いで、お互いの腹の内はほぼ筒抜けの間柄であり、当然、フレイヤが何を言いたいのかも重々承知してはいたものの、剣児はわざと厳しい表情と態度を崩さずに冷たい口調で聞き返す。
「フレイヤ。俺はおまえが適任だと思っている。俺の判断に何か異論でもあるのか?」
「・・了解 副隊長」
剣児の口調の中にいつもの、しかし、いつまでたっても慣れることがない死と向かい合う覚悟を決めた者独特の響きを聞いて渋々ながら頷くフレイヤに、目だけですまんと謝ると、フレイヤもしょうがないわよねと目線だけで寂しそうに返事を返してくる。
その一瞬の間に様々な想いが去来するが、なんとかそれを押し殺して消し去ると、フレイヤの横で複雑そうな表情を浮かべているダークエルフ族の少女に視線を向ける。
ダークエルフのジャンヌの姿は、一見すると大型バイク乗りの『人』が好んでよく着る黒いバトルスーツのそれであるが、腰にいくつものポシェットらしきものを装着している。
そこには『攻術師』専用の武装である『銃』にこめるための様々な種類の『弾丸』や『砲弾』が収められている。
『攻術師』の攻撃は一発一発が強力であるが、弾切れになると何もできなくなってしまうという大きな欠点があるため、無駄撃ちはできない。
「ジャンヌは水系の『弾丸』で援護射撃を頼む、ただし、トドメの時だけは『弾丸』ではなく『砲弾』をぶちかましてくれ。」
「・・『大渦巻き』でいいよね? 副隊長」
この旅団随一の火力を誇る『攻術師』である、ジャンヌは何かを恐れるような口調で剣児に問い掛けてくるが、剣児はあっさりとそれを却下し、ジャンヌが恐れて聞きたくなかった単語を口にする。
「いや、『水瓶座の嘆き』を撃ち込んでくれ。使用許可は実行リーダーからもらっている。」
「ば、バカ言ってんじゃないよ!! どれだけの威力があると思っているのさ!? タイミングを一つ間違えたら、着弾地点のすぐ側にいる『人』まで確実に巻き添え食らうんだよ!?」
流石のジャンヌも、とんでもないことを言い出す剣児に目をむいて抗議するが、剣児は首を横に振ってみせる。
「いつものことだ。いつものようにやってくれれば、いい。俺はお前にいつも通り命を預けるだけだ。」
「いつっ・・いつものことって・・もう!! そうやっていっつもいっつもあたしにばっかり!! あたしにはあんたの命は重いのに!!」
「だが、俺は生きている。」
真っすぐに自分を見つめてくる剣児の瞳を真っ向から見つめ返していたジャンヌだったが、やがてすねたように目を逸らした。
「わかったよ、やるよ。了解、副隊長。」
「頼む。」
「でも・・あたしはきっといつかあんたを殺してしまうんだろうな・・」
「構わんよ。そのときは俺の運が悪かっただけだ。おまえのせいじゃない。」
あっさりと言ってのける剣児に、涙目になって何か言いつのろうとするジャンヌだったが、そっと側によってきたフレイヤとメイリンに肩を抑えられて口を閉ざす。
剣児はその様子を見て見ぬ振りをしながら、白い甲冑姿のバーンに視線を移すと、バーンは剣児が口を開く前に先に声をかけてきた。
「いつも通りに・・だろ? 友よ。」
その明るい表情とは裏腹にその瞳の中は自分と同じく溢れる闘争心に彩られていることを確認した剣児は、最も頼りにしている相棒に片腕を出して見せる。
「いつも通りに。」
「いつも通りに。」
「黒き剣にかけて。」
「白き盾にかけて。」
ガンッっと黒い籠手と白い籠手をぶつけあって、それ以上の指示を出さない、いや、出す必要がない。
文字通りこのチームの剣と盾である二人がやることが変わることなどないのだ。
そして、最後に剣児は今回のスペシャルゲストとも言うべき黒髪の人間の少女に視線を移す。
宿難 紗羅
一年前まで、自分達のチームで一緒に戦っていたチームメイトであり、今回の中央庁が立案した『人造勇神』無力化計画で、『人造勇神』をおびき寄せるために用意されたもう一人の囮。
メインの囮は、彼女の双子の弟である蒼樹であるが、蒼樹に万が一の場合があったときに備えて予備として待機することになったのが彼女であり、その為、予備が存在するということを知られないために、姿、素性を変えて御稜高校に転校するという形でやってくることになったわけであるが・・
同じ中央庁のエージェントである剣児達との接点を気づかれないためになかなか表だって接触を計れないでいたことが、裏目に出て今回のような事態に陥ってしまったと剣児は思っている。
こんなことならバーンの時同様に多少強引でも知りあうきっかけを演出して仲良くなったように見せ、チームの誰かを張りつかせておくべきだったかと、内心で溜息をついてみせる。
完全に戦闘状態に入ると、冷徹な暗殺者としての自我が目覚めて氷のように冷静な判断が下すことができる紗羅なのだが、どうも生来の性格が邪魔をしてそこに至ることがなかなかできずにボロボロとボロを出してしまう癖は一年たった今も変わっていないようであった。
(こいつに細かい指示を出してもなあ・・)
内心で頭を抱えている剣児の葛藤に気がつきもせず、紗羅は真剣な表情でチームの副隊長で今回のリーダーである剣児の指示を待っている。
やがて剣児は、諦めたように口を開いた。
「あ~、紗羅は前線であいつの攻撃を撹乱してくれ。まあ、あとはおまえの判断に任せる。」
「了解、副隊長!!」
必要以上に元気に返事をする紗羅の姿をしばらく見つめていた剣児だったが、後方にいる他のメンバー達に、目線だけでこいつ本当にわかっていると思う?と問いかけると、四人は一斉にぷるぷると首を横に振って即座に否定してみせるのだった。
しばし、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて見せた剣児だったが、すぐに表情を引き締めると全員のほうに鋭い視線を向ける。
「よしこれより中央庁直轄傭兵旅団『剣風刃雷』出撃する。各自全力を尽くせ。」
『了解!!』
Act 9 『剣風刃雷』
人間の秘密結社から与えられた超絶的な力は、男の人生を一変させた。
身体的にも脆弱でなんの特殊能力も持たずに生まれてきた上に、種族としても裏切りの種族として他の種族からつまはじきにされ、それまで社会の底辺近くを彷徨い生きてきた男にとって、その力はそれまでの人生を一変させるのに十分すぎるほどの力であった。
今まで、自分を見下してきた他の種族達をその圧倒的な力でねじふせ、蹂躙し、蹴散らす。
そうして各都市の間を好き放題に暴れまわりながら生きてきた男であったが、やがて、自分のその力がとんでもないものから得たものであり、しかもそれを使うことによって自分の身体に仕掛けられた爆弾が発動してしまうことを知る。
この力を使い続ければ自分はいずれ『害獣』になる。
誰かに教えられたわけではない、教えられなくても変わっていく自分の姿を見ていればいやでもわかる。
確かにこの世界は広い。
様々な種族が住むこの世界には、本当に信じられないような姿をした『人』が住んでいる場所もある。
しかし、こんな『死』と『破壊』と、そして『恐怖』を撒き散らして生きる生物はたった一つしかいない。
それに男は感じていた、徐々に自分の自我が失われつつあることを。
日に日に増大していく異界の力への憎しみと恨みに、恐怖さえ覚える。
自分が自分でなくなるのは最早時間の問題であった。
なんとかしなければ・・いや、『害獣』にならずに済む方法ならある、今後一切あの力を使わなければいいのだ。
幸い人間の姿でいるときに、あの自我を食われるような感覚を味わったことは一度としてない、つまり、変身さえしなければ『害獣』になどなることはないのだ。
これから力を使うことなく普通の人間として暮らしていく・・できるわけがない・・そんなことができるわけがなかった、もう一度あの底辺の生活を送るなんてまっぴらごめんである・・と、なると『害獣』になることなくこの力を維持できる方法を探すしかなかった。
しかし、自分を改造した秘密結社は各都市の中央庁から派遣されたエージェント達によってすでに壊滅されており、手がかりとなるものは何もない。
あてもなく様々な場所を渡り歩いて探してみたが、それらしい情報は何所にもなかった。
そして、半ば諦めかけていた男のところに一つの情報が飛び込んでくる。
『害獣』の力を抑え込むことができるある品があるという。
『勇者の魂』
それは自分と同じく改造を施された元『人造勇神』の人物によってもたらされた情報で、罠である可能性は十分に考えられたものの、他に選択肢があるわけでもなく一縷の望みをかけてその品を持つ人物が住む城砦都市『嶺斬泊』にやってきたわけであるが・・
あの少女姿の人物が持つ木刀に近づいたとき、確かに自分の中の『害獣』の意識が抑えられるのを感じた。
間違いない、あれは『勇者の魂』で作られしもの、あれさえあれば自分は『害獣』になることなくこの強大な力を使い続けることができる。
そのためにも何としても手に入れなくてはならない。
ムカデのような姿となりつつも、男はわずかに残った人間としての意識をその妄執だけで繋ぎ止めると、火と煙が支配する都市営念車の車庫跡地を目標の人物を探し求めて彷徨い歩く。
「ヨコセ・・スクナ・レンヤ、ドコダアアアア!? 『勇者ノ魂』ヲ、オレニヨコセエエエエエッ!!・・・ム、ムウウッ!!」
怒りの咆哮を上げつつ少女の姿を探すムカデ姿の『人造勇神』の男は、自分の耳に少女と思わしき歌声が聞こえてくるのを感じる。
それは非常に不快な響きを持ち、ムカデもどきの精神をかき乱すのだった。
「ヤ、ヤメ・・ヤメロ!! ソノ歌ヲヤメロオオオ!!」
『Dragon Dance Phoenix Rave ~♪ Dragon Dance Phoenix Rave ~♪
自らの意思でその戦場に集い、自らの意思でその戦場を行く、果てなき闘志燃やし続け、諦めることなく駆け続ける眩い魂
空で輝く太陽のように、闇に輝く月のように、熱く静かに輝き続ける
夢の扉を開く選ばれし竜よ、希望の門を開く選ばれし鳳よ、限りなき可能性をその胸に抱いたまま
己を信じて、集いし仲間達を信じて
竜鳳は天を駆け昇り、明日への道を行くだけ~♪』
朗々と響くメイリンの歌声が炎の海に木霊し、それを聞いた旅団メンバーにみるみる力が湧いて行く。
『原初の歌』の一つ、『竜踊鳳舞』。
歌が聞こえている範囲内のメンバー全員の身体能力を数倍に底上げに、『道具使い』達の精神の負担を軽減し、しかも、これを聞いた『害獣』の意識も撹乱することができる驚異の歌。
しかし、あまりにも難易度が高く、下手に歌うと逆効果になるため実戦でこれを使う歌い手は非常に少ない。
なんせ一度歌ってしまうと、歌いきるまでの四分近くも効果が持続したままの状態になってしまうので、失敗を恐れる未熟な歌い手の場合は絶対に歌わない歌であるのだが、剣児は歌い手としてのメイリンに絶大な信頼を寄せているので、この歌以外を歌わせることは滅多にない。
メイリンもそれがわかっているので、全力で剣児の信頼に応える。
涼しげな表情で歌い続けるメイリンの姿を確認し、このままいけると判断した剣児は、その横に立つハイエルフの少女に頷いてみせる。
するとフレイヤはメンバーの中心に来るように立つと、自らが持つ翼のレリーフが先端についた杖をスライドして二つに折って見せると、その空洞となっている部分に三本の薬瓶をセットして再び杖の形状に戻し、自らの前に掲げて見せる。
「我が信頼する仲間達に、大いなる護りの祝福を与える、勅令 巨鎧 発動!! 勅令 大盾 発動!! 勅令 火を憎むもの 発動!!」
フレイヤの力ある言葉に反応し、メンバーの身体を、青、緑、そして、うすい水色の光のベールが次々と包み込む。
青は直接物理攻撃に対する守護結界、緑は様々な属性攻撃に対する守護結界、そしてうすい水色のベールは特に火属性の攻撃から身を守ることに特化した氷属性の守護結界である。
それらが自分にかけられたことを確認したメンバーの中で、まず白い甲冑姿のバーンが前に進みでる。
「副隊長、準備完了?」
バーンが白いフルフェイスの兜の面頬を下ろしながら振り返ると、同じく黒いフルフェイスの兜の面頬を下ろした剣児が人差し指と中指をまっすぐ揃えて前に突き出して合図を送る。
「承認、突撃開始」
「了解、バーン・バルトロメウス・バーナード・ヨツンヘイム、出撃」
気合いのこもった掛声とともに、ロケットのように地を這ってムカデもどきに向かっていくバーン。
白い甲冑のブーツに仕込まれた念気を動力とする小型高速走行装置により、短距離短時間であるが凄まじい勢いで猛ダッシュすることが可能となっているのだ。
これは旅団の盾である彼が、あらゆる場所にいる友軍をすかさず援護カバーすることを可能にするために、あるドワーフの名匠に頼み込んで作らせた逸品であるのだが、なんせ使い方が非常に難しく、バーン以外の誰にも使うことができないため一般的に普及はしていない。
いや、この高速ブーツだけではない、バーンの全身の装備には実に様々なギミックが仕掛けられていた。
原初の歌のせいで混乱し、もがき苦しんでいるムカデもどきの正面にあっという間に辿りついたバーンは、勢いをそのままに挨拶代わりに鼻面めがけて鉄球を叩きつける。
ガンッという金属を叩いた音を響かせてムカデもどきは仰け反り、自分の正面に白い甲冑姿の襲撃者を確認すると、その両手の大きなハサミを振り回して叩きつけようとする、
しかし、これこそがバーンの狙いであった。
ハサミの片方を軽く流しておいて、もう一方のハサミが自分の側に振り下ろされるのを確認すると、それに近寄って左手に持った盾をハサミの上に垂直に振り下ろす。
すると、盾の内側に内蔵された巨大な杭打ちがハサミを貫通して地面に縫いつけ、ムカデもどきの動きを封じ込める。
ムカデもどきは必死になって自らのハサミを抜き取ろうとするが、バーンはそうはさせないと、右手の鉄球で盾の上部を叩いてさらに杭を地面にめり込ませてしまう。
そのことに怒り狂ったムカデもどきはハサミを抜き取ることをいったん中断し、目の前の白い甲冑姿の襲撃者を排除することにし、残った片方のハサミと尻尾から繰り出す赤い光線を、次々と繰り出して叩き潰そうとする。
だが、バーンは慌てることなく鉄球を自在に操ってハサミを弾き飛ばし続け、赤い光線は極力盾の影に隠れるようにして避け続ける。
勿論、嵐のように繰り出され続ける攻撃を完全に防ぐことはできない、ハサミの攻撃も、赤い光線の攻撃もバーンの身体にいくつかヒットし、そのたびにバーンの身体にダメージを与えてはいた。
ところが、それを片っ端から後方にいるフレイヤが回復していくので、バーンはすぐ様回復してムカデもどきを引きつけ、他のメンバーに行かせることはしない。
チームの中で優秀な盾は非常に貴重な存在である。
盾が敵の攻撃を一身に受けることにより、他のメンバーに類が及ばないことは言うまでもないことだが、なによりも他のメンバーがフリーで動けるということと、回復しなくてはならない相手が盾一人で済み、回復係の負担が激減するという大きなアドバンテージを得ることができるのは何よりも大きい。
はっきり言えば、バーンは非常に優秀な盾であるということであった。
と、いうことは必然的に他のメンバーは攻撃に専念できるということを意味し、ムカデもどきは今着実にその身体にダメージを蓄積しつつあった。
バーンに気を取られている間に、紗羅が横合いからムカデの胴体にあるその無数の足を斬り飛ばしていき、後方からはジャンヌが弱点と思われる水属性の『弾丸』を連射して装甲を劣化させていく、そして、漆黒の大剣を縦横無尽に振い続ける剣児の重い一撃一撃は、ムカデの身体に深刻なダメージとなって刻まれていっていた。
一分の隙もない完璧な連携攻撃。
見る人が見れば、このチームが高位の『害獣』相手に相当な実戦を積んできたチームであることを見て取ることができたであろう。
『兵士』クラスや実力の薄い『騎士』クラスの『害獣』ならばともかく、実力のある『騎士』クラス以上の『害獣』を相手にした場合、少しでも隙ができて、誰か一人でも欠けるようなことがあれば、一瞬でチームは崩壊し食われてしまう。
そうであるから、高位の『害獣』と戦う時には、流れ作業のように淡々と戦いを進める必要性がある。
派手に大技を繰り出して短時間で攻めるような真似をするのではなく、一枚一枚時間をかけてその体力を削っていくのである。
トドメとなるのは一番最後・・いや、それの見極めも実は非常に難しい。
ある程度まで体力を削るのは容易ではないが、経験のあるチームであれば難しくはない、しかし、ある程度を越えた時が非常に危険な瞬間でもある。
どんな『害獣』でもそうであるが、自らの『死』を予感するほどの『危険』を本能で察するととんでもない能力を発揮する場合があるのである。
そうなるといくら熟練のハンターや、あるいはチームであっても止めることは難しく、撤退を余儀なくされることも珍しくはない。
ではどうすればいいのか。
答え自身は簡単である、その『害獣』が火事場の馬鹿力を発揮するであろうギリギリまで体力を削ったあと、大技を仕掛けて一気に殲滅してしまうのである。
火事場の馬鹿力を発揮させる前ならば、その能力は当然並のままであるし、例え仕留め損なったとしても相手は本当の意味で瀕死であるからなんとかなる。
こう言ってみると実に簡単なように見えるが、実はこれが非常に難しく、なんといっても最大の問題はその残った体力を一気に削り倒せるだけの火力がそのチームにあるかどうかである。
はっきり言って生半可な攻撃では体力を削り取ることはできない。
当然、個人技で削り取るなんてことは普通は無理である。
まあ、ある条件がそろっていれば、それを可能にする人物がいないわけではないが、普通は三人以上の高火力アタッカーによって生み出される爆発的な威力を以て行うのがセオリーだ。
そして、この旅団もそこについてはその他と同じ。
リーダーである剣児は、戦闘開始から四分が経過したことを確認し、目の前のムカデもどきの傷だらけの姿と動きを見て判断を下す。
「最終連携攻撃、用意!!」
『了解!!』
気合いの入った副隊長の絶叫に、メンバー全員が表情を引き締めて声を返す。
その声の後一瞬戦場を静寂が支配する。
ムカデもどきは自分を苦しめていた歌が終わったことを知り、混乱して使えなかった卵爆弾が使えるようになるとほくそえんだが、それは一瞬のことでしかなかった。
すぐに別の歌が響きわたる。
『夜の闇を切り裂いて、疾れ太陽の刃、悪を斬り裂け!! Day Blade!!
太古より連綿と受け継がれし気高き魂を、封じ込めたその剣の中
迷いさまよう『人』のささやかな夢と希望を守るため、牙持たぬ『人』のささやかな平和を守ため、己の想いこの刃にのせる!!
叫べ、はるか蒼空の果てにある天に届くように、宿命を斬り棄て進め戦士!!
鎧袖一触 立ちはだかる全ての悪を跳ね除け、突き進め守りたい者のために!!
闇に蠢く悪を切り裂く太陽の刃、舞い踊れ、Day Balde!!』
メイリンが歌うはこの旅団の最終攻撃の際のお決まりの歌『DayBlade』。
太古の昔、太陽の力持つ狼獣人の戦士が、夜の闇より襲来した異界の化け物相手に戦った物語を歌にしたもので、歌を聞いたものの攻撃力をその『人』が今出せる肉体能力の最大まで高めることができるという効果があるのだが、反面『竜踊鳳舞』のように全能力対象ではないため、他の能力は軒並み並へと落ちしまう。
だが、リーダーである剣児はそれでいいという。
トドメを刺すことに全力を尽くし、あとのことを考えるなと。
だからメイリンは剣児を信じ、仲間達を信じてひたすら歌い続ける。
そして、仲間達もまたそれに応えるかのようにラストスパートをかける。
自分を取り囲む襲撃者達の雰囲気が変わったことを感じとったムカデもどきは、状況を打破しようとハサミを器用に振り回すと、バーンの鉄球の鎖の部分にハサミを巻きつけて力任せに引っ張るとそれを奪い取ろうとする。
だが、それすらもバーンの予想内のことであった。
バーンは自らが持つ鉄球がハサミに巻きついたことを確認すると、鉄球につながっている手に持った鎖を素早く地面に突き立てている盾に巻きつけて縛りつける。
「バカメ!! ソレデハ貴様ノ武器ハナニモナイデハナイカ!! コチラニハマダコレガアルガナアアアア!!」
と、尻尾を振り回して丸腰となったバーンへ突き立てようとする。
だが、盾に手を伸ばしたバーンは、その内側に収納されていたもう一つの武器である白い刃の片手剣を抜き放つ。
「連携開始!! 『ヘキサグラムサイン』!!」
尻尾を搔い潜ってムカデの懐に飛び込んだバーンの手に持つ白い刃の片手剣が、ムカデの顔の部分に六角形の軌跡を描いて繰り出され、その中心に刃が突きたてられる。
「ギギギ、キサマアアアアアア!!」
「紗羅!!」
「承知!!」
顔面に刃を突きたてられた状態で激しく暴れまわるムカデから転がるように間合いを広げたバーンと入れ替わるように、紗羅が疾風のようなスピードでそこに飛び込んでいく。
「真の勇気あるものの魂より作られ、その名の一字を与えられし今は我が魂の一部である汝に問う、汝はなんぞ?」
『我が名は『そは夜丸』』
「汝は何のために作られ、何のために存在する?」
『我は『人』の希望のために生まれた、この力、この刃はそのためのものだ!!』
「ならば、それを守るために我と共に疾れ『そは夜丸』!!」
『御意!!』
その言葉と共に紗羅が持つ木刀の刀身が光り輝きはじめ、その光は木刀そのものを起点とする巨大な刃となって収束する。
そして、その刃を持つ少女の身体が一瞬五つに分かれたかと思うと、そのうちの四人が次々とその光の刃を四方からムカデの身体に突き刺して動きを止める。
「グオオオオオオオ!!」
更にのたうって身体を持ち上げたムカデの眼前に、宙を舞う少女の姿が。
少女は、先ほどバーンが突き立てた片手剣を狙い撃ちするかのように光の刃を一閃して、後方へと宙返りして着地する。
すると、その着地と同時にムカデの顔面に突き立てられていた片手剣がはじけて飛び、『闇』そのものとでも言うべき漆黒の空間がムカデの顔面に出現する。
「宿難影幻流 抜刀柔術 虚空刃」
バーンが最初に見せた片手剣の技『ヘキサグラムサイン』によって一時的に空間を凍結され非常に不安定になった状態のムカデの顔面を、空間そのものに一時的に傷跡をつける紗羅の片手刀の技『虚空刃』が襲うことにより、ムカデの顔面部分は一気に空間のバランスを崩しその場所に虚無と言うべき『闇』が現出する。
現出した『闇』は空間を修復しようとする世界そのものによってすぐに消えてしまうが、現出している間、『闇』に属する属性を持つ攻撃はとんでもない破壊力を生み出すことになる。
そして、その瞬間を見逃すような者はこの旅団には存在しない。
「剣児・・信じているからね・・いけえええ!!」
いつの間にか組み立てていた両手で構えるライフル型の砲身の『銃』を構えたジャンヌが、『闇』に狙いを定めてその引き金を引くと銃口から一つの『砲弾』がまっすぐにそこめがけて飛び込んでいく。
そして、『闇』が消えさる直前にそこに飛び込んだ『砲弾』は一瞬の後中で破裂し『闇』をゆっくりとだが確実に膨張させていく。
『闇』の中に撃ち込まれたのは『闇』に属する属性の一つである『水』の属性を持ち、その中でも一際強力な威力を誇る『砲弾』の一つ『水瓶座の嘆き』。
誰もがいずれそこが激しく破裂することを見てとり、その後大爆発を起こすことを予想する。
側にいることは間違いなく死につながる行為であるはずだが、一人だけ凄まじい勢いでそこに飛び込んでいく姿がある。
剣児はこの戦い決着をつけるべく、自らの持てる力の全てを注ぎ込む。
腰のポーチから五本の注射器を取り出した剣児は、それを自分の左脇にある小さな丸い穴に突き刺し、次々と己の身体に注入していく。
左脇・・そこには彼の弱点でもある逆鱗が存在しており剣児はそこに直接己の身体能力を一時的に暴走させて飛躍的に跳ねあげる薬を注入しているのだった。
効果時間はたったの三十秒、しかし、その三十秒間、剣児は無敵の龍神へと姿を変える。
薬が回り始めたことを示すかのように、その瞳は爬虫類の龍眼へと変わり、全身に真っ黒い鱗が浮かび上がっていく。
フルフェイスの兜から伸びた角からは放電が走り、その口にはびっしりと牙がのぞく。
もはや『人』とは言えぬ姿となりながらも、剣児は漆黒の大剣を振りかざして突進していく、死と隣り合わせの生と死の挟間へ。
「行けっ、剣児!!」
「副隊長!!」
「剣児!!」「剣児くん!!」「いっけええええ!!」
『『龍星十文字斬り』だああああああっ!!』
メンバー全員の絶叫の中、漆黒の龍神が死を運ぶ剣風となり、刃雷となって迅る。
「VUWOOOOOOOOOO!!」
吠え猛る龍神の咆哮が響きわたり、ムカデの顔面を覆う『闇』が先程ジャンヌが撃ち放った水属性最大の『砲弾』である『水瓶座の嘆き』の威力で爆裂し、爆発する寸前、その刃が『闇』を斬り裂き中の威力そのものを纏ったままの状態でムカデを唐竹割にしていく。
そして、一気に地面まで到達した瞬間、剣児の振るう大剣は力任せに横なぎに振われ、剣身に纏った『水瓶座の嘆き』の威力そのものを押しだして刃とし、縦に割れたムカデの身体をそのまま今度は真横一文字に切り裂きながら弾き飛ばしていく。
「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!」
断末魔の叫びをあげながらはるか遠くに飛ばされたムカデの身体を今度こそ『闇』の中に内包されていた水属性最大の『砲弾』である『水瓶座の嘆き』の威力が爆裂し、包み込む。
四方八方に飛び散った大量の水しぶきの大爆発は、ムカデの巨体を跡形もなく吹き飛ばし、そして、都市営念車の車庫跡地を覆っていた火の海そのものも消し去るのだった。
その光景をなんとも言えない表情で見つめていた剣児だったが、やがて、荒い息をつきながらも自ら持つ大剣を背中に収納して心配そうに自分を見つめるメンバー達のほうに振り返ると、髑髏の書かれた面頬を持ち上げて素顔を見せる。
そして、少しだけ和らげた表情で戦いの終わりを告げるのであった。
「任務完了。後始末は中央庁の情報封鎖処理部隊に任せて、俺達は帰還する。・・全員、よくやった。」