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Act 8 『紅の疾風』

今週の月曜日の放課後、リンは恋人ロスタムと共に二人の共通の親友である宿難(すくな) 連夜(れんや)に『サードテンプル』にある中央庁の庁舎に呼び出された。


恋人ロスタムを呼び出す理由については心当たりがある、つい先日まで恋人が連夜と行動を共にしこの都市と南にある城砦都市『アルカディア』を往復して、ある商品の輸出入を手伝う仕事をしていたからだ。


最初は連夜の個人的な仕事であると思われていたのだが、蓋を開けてみると実際は連夜の両親の絡みもあり、この都市の中央庁からの依頼でもあったことが判明、このことから中央庁の庁舎に呼び出されるのもある程度納得ができる。


だから、その仕事の結果報告か何かであろうと思われたのであるが・・しかし、それならばなぜ自分まで呼ばれるのか? その理由がわからなかった。


ロスタムと自分はセットでと考えられているのだろうか?


いや、それならばそれで嬉しいので構わないのだが、どうもそればかりではないような気がする。


その予想は中央庁の庁舎の一室に入ったときにリンの中で確信に変わった。


部屋の中に、ここに呼び出した張本人である連夜がいることはいい、ロスタムと城砦都市『アルカディア』への旅を共にしたクリス、アルテミスの夫婦がいることも問題なし、あと連夜の妹のスカサハ、そして、連夜の右腕である士郎がいることも別段不自然ではなかった。


しかし、その他にも多数の『人』物の姿が存在していた。


同じクラスメイトで、連夜の幼馴染であるという話を聞いている龍族の少年と、その取り巻きである三人の少女達、明らかに中央庁に勤めている役人と思われるスーツ姿の妙齢の龍族の女性と精悍な顔つきの人間と思われる種族の青年、別の高校の制服を着ているダークエルフ族の少年、そして、なによりも異質だったのは、部屋の片隅で並ぶ一組の姉弟と思われる人間族の少女と少年の姿。


リンは最初その少年と少女の姿を見たときに、いったいなんの冗談かと中学以来の親友でここに呼び出した張本人である連夜に鋭い視線を向けたが、連夜はとりあえず説明するからまず座ってくれと部屋の中にあるパイプ椅子に座ることを促した。


どうやらこの部屋に来たのは自分達が最後であったらしく、自分達が席に座るのを確認した部屋の中の『人』々は一斉に連夜のほうに顔を向け直し、それをさらに確認した連夜は、口を開いて今回のこの会合の理由について説明を開始した。


『人造勇神』無力化計画


この地域一帯の都市群の中央庁からかねてから指名手配を受けている、人間という種族が作り出した危険な『人』型決戦兵器、中央庁からは『人造勇神』と呼ばれている五体が、『勇者の魂』という品を強奪すべくこの都市に潜入したことが判明していて、そいつらをおびき出して捕獲、あるいは話し合いによる保護、あるいは・・力づくで殲滅することにより無力化するという作戦を今回中央庁が立案したわけだが、それに伴って自分の所にその作戦に協力してほしいという依頼があったと連夜はいう。


というのも、その『人造勇神』達が狙っている品というものがかつて連夜自身が保有していたものであり、彼らが真先に狙いを定めるのがまず間違いなく連夜自身であるからなのだそうだったのだが。


自分達に何をさせたいのだろう? とリンが小首をかしげていると、彼女の頼もしい恋人が代弁するかのように連夜に質問をぶつけてくれた。


「つまり俺達におまえの護衛をしろってことか?」


「まさか・・いや、ロムやリンやクリスやアルテミスが弱いって言ってるわけじゃないよ。でも君達はプロじゃないでしょ。まあ、クリスとアルテミスは元プロだけど、もう直大事なイベントも控えていることだし、そういうことじゃないんだよね。」


「じゃあ、俺達は何をそればいいんだ?」


ロムばかりではない、リン自身も、そしてクリスとアルテミスもその疑問の言葉に同意するかのように一斉に連夜を見つめると、連夜は後ろのほうに座っていたあの人間の少女と少年を片手でおいでおいでとして自分の側まで呼び寄せる。


そして、自分の側にやってきた二人をリン達のほうに向かせながら口を開いた。


「この子達の学校でのフォローをしてあげてほしいんだ。」


「学校?」


「うん・・そのことについて説明する前に、一つだけ。さっき僕が話した内容の中に『人造勇神』が狙っている『勇者の魂』て品があって僕が保有していたっていうことが出てきたことを思い出してほしいんだけど・・実はそれ、僕の手元にはもうないんだよね。どこにあるのかと言うと。」


そう言って連夜が横に立つ少女と少年に頷いて見せると、二人は頷き返してすっとその左手と右手を挙げて、その手に持つものをみんなに見せるようにする。


そこには黒い木刀と白い木剣が握られていた。


「これ、『そは夜丸(そはやまる)』と『大通連(だいつうれん)』っていうんだけど、今言っていた『勇者の魂』からできているんだよね。そう、僕はもう彼らをはじめとする五人の『人』達に『勇者の魂』を分割して譲渡しちゃっているので一つも手元にはない、まあ、僕自身が囮を買って出てもいいんだけど、ちょっと二つの条件からそれができなくなっちゃってね。理由の一つ目は、僕これから三カ月ある場所で中央庁が進めている別のプロジェクトに参加しなくてはならなくてここに戻ってこれないこと、もう一つは例え僕が囮を買ってでたとしても恐らくすぐに手元にないことがバレちゃって彼らを逃がしてしまう可能性があること。その二点から、囮になる役目を別の人物に任せることになったってわけ。」


その言葉を聞いたリン達は一斉に隣に立つ人間の少女と少年を見た。


囮となる人物が誰であるか聞かなくてもよ〜くわかったからだ。


「・・つまり、そこにいるおまえそっくりの奴が変わりに俺達の学校に転校してくるってわけか?」


「そっくりであっても名前が違ったりしたら怪しまれるでしょ? だから蒼樹・・ああ、ごめん、こっちの僕そっくりの少年の名前ね。宿難(すくな) 蒼樹(そうじゅ)っていうんだけど、彼は僕と入れ替わりで学校に行ってもらうことになる。つまり明日から、蒼樹が宿難 連夜として学校で生活することになるってわけ。」


『はあっ!?』


思わず素っ頓狂な声を上げてしまうリン達に、連夜自身も苦い表情のまま顔をしかめて見せる。


「いや、君達のいいたことわかるよ。もうすっごくよくわかる。二人とも僕とは全然違う性格しているから、本音を言うと正直この作戦には大反対なんだよね。そもそも蒼樹を僕の身代わりにするってこと事態が気に入らないし、馬鹿正直な蒼樹に無理矢理嘘をつかせて高校生活を送らせることになることも気に入らない。」


連夜義兄者(れんやあにじゃ)・・そのことはもう・・」


思わず不満をぶちまけ出した連夜に、慌てて隣の蒼樹がよっていってなだめにかかり、それを見た連夜は溜息を盛大に吐き出しながらなんとか自制する。


「わかってる、わかってるよ、蒼樹。君達の決意が固いことはよ〜くわかってる・・わかってはいるんだけどね・・あ〜、もう、ここまできたらジタバタしても仕方ないんだけど・・とにかく、ロム達に頼みたいのは、高校生活で彼らが困らないようにフォローしてあげてほしいってことなんだ。特に蒼樹は僕の振りをして高校生活を下手すれば三カ月も送らなければならなくなるから、ストレスも相当たまると思う。それで、僕のことをよく知る君達でなんとかうまく支えてあげてもらえないかな、ごめん、無理言っているのは百も承知なんだけど、お願いします。」


そう言って立ち上がり真摯な態度で頭を下げる連夜の姿を見てしまっては、リン達も断ることができない。


結局、極力協力はするが、万が一バレテしまっても責任は取れないという条件でよければということで協力することになってしまい、四人はこれから三カ月の間に起こるであろう騒動を予感して大きく溜息を吐きだすのだったが・・


この後も、この作戦の内容について細かい説明が続いた。


その中にはいろいろと驚愕するような事実もあったわけだが、例えばリン達が通っている御稜高校の教師の中には中央庁のエージェントが何人か紛れ込んでいて、生徒達の安全を見守っていることや、この部屋の中にいる妙齢の龍族の女性が実はリンの友達である姫子の養母、つまりいま姫子が同居している人物であり、しかも、中央庁のとんでもない高官であり、しかもしかもこの作戦の実行リーダーであったりする事実を聞かされたり、その隣に座る人間の男性が連夜の遠い親戚にあたり、少女と少年の父親である人物であったりなどなど・・


と、いろいろと聞かされていた途中、ある事実に気がついたリンは、そっとその妙齢の女性・・龍乃宮 詩織の隣に移動して頭に浮かんだ疑問をぶつけてみる。


「あの・・姫子ちゃんここにいませんけど・・このことは?」


「知らないわよ。」


「ええええっ!? それってまずくないですか!?」


「だって、あの娘すぐに顔に出ちゃうでしょ? もう信じられないくらい純粋で正直な娘だから・・自然とバレルまでほっておこうと思って。」


「いやまあ、確かにそうですけど・・わかったとき相当怒ると思いますよ・・」


バレたときに激しく激昂するであろう姫子の姿を想像して大きく溜息を吐きだすリンだったが、このときにはまだその理由を知らないでいた詩織はただきょとんとするばかり。


恐らくその理由についてよく知っているはずの姫子の兄のほうに視線を向けると、ニヤニヤしているばかりで説明しようとしてこないので、明らかに面白がっているようであった。


「もう〜、知らないわよ。私は。」


この後も更に細かく今後のことについての打ち合わせが行われたわけであるが、その中にリンの花嫁修業についての説明が関係するごく少数の人数で行われた。


説明に参加したのは連夜、蒼樹、リン、それに、少年の横に立っていた赤毛でぐるぐる眼鏡の少女の四人。


連夜は三カ月の長期にわたって『嶺斬泊』を留守にするわけであるが、その間父親も一緒に行くことになってしまうので、このままではリンに料理の手ほどきをする人物がいない。


そこで、三カ月の間だけ臨時で別の人物が料理の先生をすることになった。


それが蒼樹と少女で、主に赤毛の少女がそれに相当することになるのだったが、連夜はまだ少女の紹介をしていなかったことを思い出して慌ててリンに彼女の紹介をしてくれた。


学校で使うことになるレナという偽名と、そして、本来の彼女の名前を。


眼鏡を外して見せてくれた彼女の顔を見たとき、リンは、あ〜やっぱりなと思ったが、それは口に出さずに代わりに手を出してよろしくという。


そのリンに屈託のない明るい笑顔で笑ってみせしっかり手を握ってぶんぶんと振り回す彼女は、しゃべってみるとその笑顔同様に非常に明るい性格で、連夜と違い物凄い楽天的な考えの持ち主だな〜と思ったリンであったが、放課後、本来の自分に戻った彼女に料理を教えてもらいながら三日間観察してみたが、本当にそういう性格のようであった。


ともかく明るい。


学校でレナを演じている彼女は理知的でおしとやかな雰囲気を出そうとしているが、一旦学校の外に出てしまうと途端にその化けの皮が剥がれる。


明るく素直であけすけで姉御気質で面倒見がいいところがあるが、ちょっとしたことで落ち込み、かと思うとすぐに立ち直ってまた笑ってる。


本来の彼女は非常に表情が豊かであるのだが、レナという仮面の下にそれを押しこんで今日も暮らしている。


無理をしていることは明白で、この少女に少なからず好感を抱いているリンとしては、早くこの事件が解決して本来の彼女にもどれる日が少しでも早く来ればいいのにと思わずにはいられなかった。


ちなみに、連夜に代って料理を教えてくれている彼女と蒼樹であるが、彼女は北西地方都市群の代表的な料理である『フレンク料理』が、蒼樹は火力を使った炒め物で有名な東方の代表的料理である『シャンファ料理』が得意であり、どちらも料理の腕前はなかなかのものであった。


ただ二人に言わせると、そんな二人でも連夜の域にはまだまだ到達していないらしいのだが・・


ともかくそういう事情により『嶺斬泊』を連夜とその父親が一時的に去ってから、四日目。


その日の放課後、今日料理を教えてくれる予定になっている少女と夕飯の買い物をしているときに事件は起こった。


家の近所のスーパーマーケット『盛況』で、今日作る予定になっているポトフの材料を買いこんで会計を済まし二人で外にでたのであるが、そのときに横にいる赤毛の少女が何かを見つけ厳しい表情でリンに話しかけてきた。


「リン、ごめん。今日は料理教えられなくなっちゃった。私行くわ。」


一瞬きょとんとした表情を浮かべたリンだったが、その赤毛の少女がどこに行こうとしているのか悟って真っ青な顔で止めようとする。


「ちょ、ちょ、ちょっとまって、紗・・いや、レナ。まさか、あなたターゲットを見つけたわけじゃないでしょうね?」


「・・うん、見つけた。見失わないうちに追いかけるから、ごめんだけど、荷物だけお願い!!」


そういって手に持っていた今日の食材の入った二つの買い物袋・・ちなみにその二つとも袋から溢れそうになっているくらいぎっしり入っている・・をリンに押し付けて、今にも駆け出して行きそうになっている赤毛の少女の腕を慌てて掴んで止めるリン。


「ダメダメダメッ!! 詩織さんからも言われていたでしょ? 単独行動禁止って!! この前、蒼樹はそれでこっぴどく怒られていたじゃない!!」


「大丈夫、蒼樹が一人で倒すことができたくらいだから、私にも余裕だから。ね。」


「いやいやいや、何言ってるの、その根拠が全くわからないんだけど。私、蒼樹が戦っている姿も、あなたが戦っている姿も見たことないけど、ターゲットの一人とは中学校時代に実際に何度かやりあったことがあるわ。そいつは確かに間抜けなやつで、連夜によく出し抜かれていたけど、それでもとんでもない実力を持ってることはよ〜く知ってるわ。はっきり言って、一人でまともにやり合うのは絶対得策じゃない。ここはみんなに連絡して・・て、あれ?」


なんとか説得しようとしたリンだったが、気がつくといつの間にか自分の目の前から赤毛の少女の姿は消えていて、そこには二つの買物袋と一枚の小さな人型に切り抜かれた紙が落ちているだけ。


リンはその落ちている人型の小さな紙を苦々しい表情で拾い上げる。


「や、やられた、分身技術・・『影灯篭』か・・まずいわ、絶対、まずい!!」


そう言って急いでポケットから携帯念話を取り出すと、緊急の場合にかけるよう指示されていたルーン番号を苛立たしげにプッシュする。


するとほどなくして通信がつながり念話口の向こうから目的の人物の声が聞こえてきた。


「あ、詩織さんですか? リンです。大変です、あのバカ娘、ターゲットを見つけて一人で追いかけて行ってしまいました。・・ええ、そうです、多分方向から言って、都市営念車の車庫跡地の方だと思います・・それで・・」


作戦の実行リーダーであり中央庁の高官である龍族の妙齢の女性に事の次第をもどかしげに報告したリンだったが、とりあえず念話口の向こうの女性が頼もしく後は任せてと断言してくれたことに安堵の吐息を吐き出し、通話をきる。


そして、その後、しばらく赤毛の少女が走りさっていってと思われる方向を心配そうに見つめていたが、やがて自分の足元に置かれた二つの買物袋を見て深々とため息を吐き出すのだった。


「もう〜〜、どうするのよ、これ。私一人で持って帰れっていうの?」



Act 8 『紅の疾風』




赤毛の少女が見つけたターゲット・・『人造勇神』が持つ独特の気配、『人』類最大の敵である『害獣』と同じ気配である『死』と『破壊』と『恐怖』を漂わせた四十代半ばと思われる人間の中年男性は、繁華街を抜け、住宅街のはずれにある都市営念車の車庫跡地の中心である広場のど真ん中でその歩みを止めた。


周囲に今は使われていない車庫の建物があちこにに点在しているが、外装がかろうじて存在しているだけのハリボテのような建物ばかり。


赤毛の少女はなんとかそのうちの一つに身を隠し、男の様子を伺う。


尾行を開始したときに、戦闘用の黒いコートと紅い手甲だけはボストンバッグから取り出して持ってきて歩きながらすでに装着しているものの、コートの下は御稜高校の制服であるブレザーとスカートだけで、本来コートとセットになっているレザーアーマーを身に着けていないことが少女の心に一抹の不安を残していた。


しかし、先日別のターゲットと交戦し、それを撃破した弟の証言を元に自分と相手の戦力比を考察してみたが、どう考えても相手が自分を上回っているとは考えられず、少女はいっそこちらから仕掛けてやろうかとさえ思っていた。


とはいえ、まだ見つかっていない他のターゲットと接触する可能性もなきにしもあらずであるため、とりあえずはここに来た目的だけでも探ってからと見定めて、手を出すことをせず物陰から様子を伺うことにしたのであるが・・


赤毛の少女が物陰に隠れ様子を伺おうと車庫の影から顔をのぞかせた瞬間、男が少女の方をくるっと振り向いて、ニヤリと笑みを浮かべて見せた。


「おい、そこに隠れているのはわかっているんだぜ、中央庁のエージェントさんよ。俺を捕まえたくて追いかけてきたんだろ? そんなところに隠れていたら捕まえることはできないんじゃないのかい?」


そう言うと、足元に落ちていた鉄パイプらしきものをひょいと拾い上げると、目にも留まらぬ速さで赤毛の少女が隠れている車庫の建物めがけて投げつけてくる。


反射的に地面にはいつくばった少女の頭上を突風が通り抜けていく。


ギンッ!!


何かが壁を貫通していく音が響き、少女が顔を上げてみると、さっきまで自分の顔があった場所あたりに鉄パイプが突き刺さっているのが見えた。


少女は舌打ちをして立ち上がると、隠れて様子をみることを諦めて男の前に姿を現す。


「お久しぶりね、『人造勇神』タイプ ゼロワン。相変わらず元気そうでなによりだわ。」


自分が予想していたよりも遥かに年下の相手であったこともそうだが、物陰から出てきた赤毛のおさげにまん丸眼鏡の田舎臭い少女が自分を知っているかの口調で話しかけてくることに戸惑いの表情を浮かべる男性。


「俺を知っているのか? 誰だおまえ?」


「まあ、この姿じゃわからないわよねえ・・でもまあ、私が誰かなんてあなたにはあまり関係ないんじゃない? 違うかしら?」


小首をかしげ問いかけてくる少女を、男は苦笑を浮かべて見つめ返す。


「いや、違わない。どのみちあの世に行ってもらう相手のことなんかわかったところで目覚めが悪いだけだ。」


「ってことは、『勇者の魂』を諦めて人間として生きるって選択はしない、これからも『人造勇神』の道を選ぶってことでいいかしら?」


「ああ、そういうことだな。」


「わかったわ。残念だけど仕方ないわね。」


そう言ってわざとらしく俯いて溜め息をついてみせた赤毛の少女だったが、すぐその後に顔をあげた表情には不敵な笑みが浮かんでおり、静かに挙げて見せる左手にはいつの間に取り出したのか一本の黒い木刀が逆手に握られていた。


静かに闘志を噴出させる少女の姿を見て獰猛な笑みを浮かべて見せた男性は、自分の両手を目の前で×の字に組み合わせてみせる。


「おまえ結構修羅場を潜り抜けてきているみたいだな、実に楽しみだ。俺はそういう奴とやりあうのが大好きなんだ・・んじゃあ、行くぜ・・『毒身(どくしん)』!!」


腰を低くして逆手に木刀を構えた状態でいつでも飛び出せる姿勢のまま油断なく相手を見詰める赤毛の少女の目の前で、男性の身体が見る見るその姿を変える。


肌が硬質化し、漆黒の外骨格がその身を包んでいくのだが、その外骨格は少女が見ている前でいくつもいくつも重なり合って膨張していくのをやめようとしない。


最初、赤毛の少女は弟の話にあった通り三メートルくらいの大きさになった姿になり襲い掛かってくるものと思っていたのだが、既にその姿は五メートルを優に超えているというのにいまだに巨大化し続けている。


そして、呆気に取られ続けている少女の目の前でしばらく膨張を続けていたその外骨格はやがて全長が十メートル近く、全高が七メートル近くもある超巨大な姿となってようやくその変化を止めた。


「えっと〜〜・・蒼樹の話とかなり違う気がするし、この姿はちょっと気持ち悪いというか、生理的に物凄い受け付けないものがあるんだけど〜・・」


そう言って冷や汗を流しながら乾いた笑いを浮かべる少女の目の前でのっそりと動き始めたそれは、ムカデの身体にサソリのような尻尾と、巨大な二つのハサミを持つ両腕を備えた姿をしていて、胴体部分にあるいったいいくつあるのかわからない触手にも似た無数の足をわしゃわしゃと気持ち悪く動かしながら少女に向かって歩いてくる。


それをまともに見てしまった少女の背中にゾゾーーッと冷たいものが走り抜ける。


「うっわ、気持ちわるっ!! 本気で気色悪いよ〜〜〜!!」


こういう多足型の虫がだいっきらいな少女は、相手の姿を見てぶるぶると身を震わせながらも、戦闘態勢を崩さず、むしろ速攻で決着をつけようと全身に闘気を漲らせて行く。


「行くよ・・真の勇気あるものの魂より作られ、その名の一字を与えられし今は我が魂の一部である汝に問う、汝はなんぞ?」


『我が名は『そは夜丸(そはやまる)』』


「汝は何のために作られ、何のために存在する?」


『我は『人』の希望のために生まれた、この力、この刃はそのためのものだ!!』


「ならば、それを守るために我と共に疾れ『そは・・あれ?」


と、さらに力ある言葉を続けようとした少女だったが、彼女の目の前のムカデもどきが、その尻尾を高く振り上げこちらに向けるのを見て言葉を続けるのをやめる。


ムカデもどきと自分までの距離はまだ十メートル近く離れていたが、非常に嫌な予感がして油断なくその動きをじっと見詰めていると、その尻尾の先端が赤く光り始めたことに気がつき、自分の予感が外れていてくれと思いつつもすぐ様回避行動に移れるような構えを取ってゆっくりと後退し始める。


「ちょ、ちょっと、嘘でしょ・・そんなのアニメや漫画じゃないんだから、まさか、レーザーがでるとか・・」


と呟いていたら、尻尾の先端がほんの少し揺れたことに反応し少女は横っ飛びに自分の身体を移動させる。


そして、そのほんの数瞬後ピーーーーッという甲高い音が響き渡って、さっきまで少女がいた場所にムカデもどきの尻尾から発射された赤い光線が着弾、猛烈な爆音と共に地面が弾けて吹っ飛ぶ。


「う、うそ〜〜〜〜ん!! でたよ、レーザー!!」


とんでもない破壊力を見せ付けてくる敵の攻撃に一瞬呆気に取られた少女だったが、すぐ様第二波が来ると察知してくるりとムカデもどきに背中を見せると猛烈な勢いで走り始めた。


「じょ、冗談じゃないっての!! いくらなんでもこんなのありか!?」


涙目になりながらジグザグに必死で走り抜ける少女の横をいくつもの赤い光線が追い抜いていき、そのたびにその先で爆音と爆裂が巻き起こる。


「ちょっとちょっとちょっとおおおお!! か弱い女の子相手にそんなえげつない攻撃あり!?」


あまりにも激しすぎる攻撃に抗議の絶叫を放つ少女であったが、少女の周囲で巻き起こる爆音にかき消され、相手には聞こえない。


やがて、赤い光線の一本が少女のすぐ近くに着弾し、その爆裂した衝撃で少女の身体が木の葉のように吹っ飛び転がっていく。


「きゃああああああああっ」


悲鳴を上げながらもなんとか横に転がって受身を取りほとんどの衝撃を逃がした少女だったが、吹っ飛んだときに眼鏡が外れてどこかへといってしまいその素顔がさらけ出される。


不幸中の幸いというべきか、飛ばされたところが一際大きな車庫の影であったので、急いで身を隠しとりあえずムカデもどきの攻撃斜線上から逃れる。


「げほげほ、無茶苦茶だわ・・無茶苦茶すぎる。ってか、なんか、物凄く差がない? 蒼樹の話の相手ってすれ違い様の一撃で倒すことができたっていうのに、あんなのすれ違い様に斬ったって足を数本斬るのが関の山じゃないのよ!! 不公平だわ、断固やり直しを要求するわ!!」


爆煙のせいで顔も身体も煤だらけになった姿で憤慨する少女だったが、ふと赤い光線が飛んでこなくなったことに気がついて、不審に思い車庫の影から顔を出し、少し離れたところに陣取っているムカデもどきの姿を確認する。


すると、ムカデもどきが身体の向きをあちこちに変えている様子が見てとれ、明らかに自分の姿を見失っていることを確認して、ほっと安堵の溜め息を吐き出す。


「よかった〜・・もうとりあえず、このまま逃げちゃおう。あれは無理だわ。無理無理。私が仮に『勇者』のままだったとしても絶対無理。詩織さんに任せちゃおうっと。」


そう固く誓って撤退を決め込んだ少女は、ムカデもどきの隙を見てこっそりこの場を去ろうと再び顔を出して様子を伺う。


ムカデもどきは少女が様子を伺っている間もしばらく右往左往していたが、やがてピタッと動きを止めて身体を震わせ始めた。


「???」


その不穏な動きの意味がわからず嫌な予感が脳裏をかすめた少女は、そこを離脱するのを一旦中断し、さらに様子を伺うことにする。


すると、少女の見ている前でムカデもどきの背面の外骨格が左右にパカリッと開いたかと思うと、その内部に無数の黒い卵のようなものがびっしりと詰まっているのが遠目からでもはっきりと確認できてしまい少女はぶるぶると思わず身を震わせる。


「いやいやいや、ないないない、それはないって・・まさか、いくらなんでもあれが四方八方に飛んでいくなんてことは・・」


プシュプシュプシュプシュプシュッ!!


いやいやと少女が首を横に振っているのを知ってか知らずか、ムカデもどきの背面の卵のようなものが乾いた音ともに四方八方に飛び出して飛んで行く。


「ないって言ってるのにいいいいいいいいい!!」


涙目になって絶叫した少女は、懐から人型をした紙を四枚取り出すと、素早くこの世界に元からあってその力を発動させる力ある言葉を唱える。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・前・行!! 勅令!! 『影灯篭』」


次の瞬間、少女の身体がぶれたようになり、まるで屈折したプリズム越しに見ているかのように五人くらいの姿が重なって見えるようになる。


己の身代わりとなる幻影の分身を生み出す『道具』で、人型の紙の形態をしている『式紙』を『能術師』の技能によって増幅し本来一体しか出現させることができない幻影を四体まで出現させる技術、それが『影灯篭』。


本来であれば『道具使い』の中の一つ『能術師』のみが使える技能であるが、前衛職の一つ、『東方野伏(ニンジャ)』は例外的に使用することが可能である。


少女は、その幻影を纏った姿のまま車庫の影から飛び出すと、再び全速力で逃走を開始する。


「もうもうもうっ!! ありえないわ、絶対ありえない!! きゃああっ!!」


四方八方に飛び散った卵状の何かは、地面に着弾すると凄まじい炎を撒き散らして、着弾地点を中心とした円形の範囲を炎の海に変える。


先程の赤い光線と違って爆発的な威力はないが、次々と一面を火の海に変えていくので、だんだんと少女の逃げ場がなくなってくる。


それに対してムカデもどきは火が全く効かないのか、平然と炎の海中を渡って少女を追いかけてきているので、次第に距離が縮まってきて、今度は再び赤い光線の攻撃へと切り替わり、少女を狙い撃ちしてくるのだった。


まんまと焙りだされた形になった少女だったが、これと言って反撃する手だてもなく、逃げるだけで精一杯というのが現状、それどころかさっきの炎を生み出す卵のせいで、少女の行く先々は炎の海になってきており、逃げ道が次第になくなってきている。


「やばいやばいやばい!! かなりやばい、本気でやばい、絶対やばい!!」


といいながらもなんとか逃げ続ける少女であったが、やがて、火の海の中から飛び出した火の粉が少女のお下げに燃え移り、焦げ臭い匂いを発しながら燃え始める。


しばらくそれに気がつかなかった少女であったが、流石に自分のほっぺのあたりまで火が髪の毛を燃やして昇ってきていることに気が付いて、慌てて自分の赤毛を頭頂部からむんずと掴むと、なんとそれをむしり取って地面に叩きつけるのだった。


「あつっ!! あつっ!! 燃えてしまうわあああああ!!」


なんとか火のついた赤毛のかつらを取り去ることによって、自分の顔面と本来の自分の髪である黒髪に燃え移ることを阻止できたことにほっと一安心して、思わず立ち止まってしまう少女。


しかし、その背後から音もなく近づいてきていたムカデもどきは、少女の本来の姿を見て、愕然とした声を上げるのだった。


「オ、オマエ・・スクナ・レンヤ・・ダッタノカ!!」


「え・・し、しまったあああああああああ!!」


ムカデもどきの驚愕の声にしばし、呆気に取られた表情を浮かべた少女だったが、すでに自分が眼鏡をつけておらず、しかも変装用の赤毛のかつらまで取り去ってしまった今、自分の姿がどうなっているかを認識し痛恨の絶叫を上げる。


「マサカ、女装シテイタトハ・・スルト、今、貴様ガモッテイルソノ妙ナチカラヲ発現サセテイル木刀ガ、『勇者ノ魂』カ。』


「ちょ、待て待て、女装はおかしいでしょうが!! どうみても私女の子でしょ? 胸も小さくないし、声だって男の声じゃないでしょうが!! 撤回しなさいよ、この多足害虫!!」


「ドッチデモイイ、トモカク、ソノ木刀ヲ、ヨコセエエエエエエエ!!」


ムカデもどきに向かって左手に持つ木刀をぶんぶん振り回し猛烈に抗議のアピールをする少女だったが、その抗議をあっさりと無視したムカデもどきは、その両手の巨大なハサミを少女めがけて振り下ろす。


しかし、流石にその大振りの攻撃は読めていたのか、少女は華麗に後方宙返りして避けて見せる・・そこまではよかったのであったが。


「げ!!!」


その宙を飛んで後方に着地したその瞬間、少女の目にムカデもどきの尻尾の先端が赤く不気味に光りこちらに向かって光を放つのが見えた。


回避が間に合わない!!


そう思って少女は咄嗟に木刀の刃を光に向かってかざし、防御の態勢を取る。


数瞬の後にその少女の姿を赤い光線が貫いていく・・かに見えたが、さっき纏っておいた幻影が自身の身代わりとなって消えてくれたおかげで少女は無傷で切り抜けることができた。


ほっとする間もなく続いてムカデもどきの背中から無数の卵が、そして、尻尾からは再び赤い光線が一斉射撃される。


いくらなんでもこの至近距離ではどうすることもできず、ゆっくりとスローモーションのように近付いてくる確実に自分に『死』をもたらすであろう攻撃をの数々を見つめる少女。


「蒼樹、お父さんごめん、しくじったわ、私・・」


まだ幻影は三体残っていたが、いくらなんでもこの数の攻撃全てに対して身代りになることはできない。


妙に現状を冷静に把握した少女はこれから自分の訪れるであろう『死』を覚悟し、自分の大切な家族である双子の弟と父親にそっと別れを告げる言葉を口にする。


だが・・


「うおおおおおおおっ!! 『鉄球防御陣ハンマーサンクチュアリ!!』


少女の目の前に一人の白い甲冑姿の何者かが飛び込んで来て、その左手に持つ大盾で赤い光線を防ぎ、次いで右手に持った長大な鎖についたとげとげの鉄球を目にも止まらぬ速さで振り回すと、飛んでくる卵を一切寄せ付けぬ迎撃防御陣を作り出す。


その鉄球が空中に生み出す円形の迎撃防御陣に弾かれて空中で次々と卵は爆発を繰り返し、呆気に取られ見ている少女の目の前で、全ての攻撃は少女を守るようにして立つその白い甲冑姿の人物によって防がれていた。


そればかりではない、突然現れた白い甲冑の人物に完全に意識を奪われていたムカデもどきに、横合いから巨大な水の塊が飛んできてぶつかる。


「グアアアアアアアッ!!」


たまらず悲鳴を上げて吹っ飛ぶムカデもどきに、更に追いかけるように黒い甲冑姿の何者かが疾風の如く迫り、背中に背負っていた長大な大剣を抜き打ち様に一閃する。


「ぬんっ!!」


その黒い甲冑姿の人物の気合いの入った一撃はムカデもどきの足を数本斬り飛ばし、ムカデもどきはバランスを崩して今度こそ倒れていく。


この一連の連携攻撃を茫然とした様子で少女が見ていると、黒い甲冑姿の人物がムカデもどきがしばし動けないことを確認し、その後こっちに向かって走ってくる姿が見えた。


紗羅(さら)!! 宿難(すくな) 紗羅(さら)!! しっかりしろ、俺の言うことが聞こえているか?」


自分に向かって走ってきた人物が、自分の本名を言っていることにしばらく気が付かなかったが、黒い籠手をはめた手で肩を揺すられてようやく気が付きこくこくと壊れた人形のように頷いてみせる。


横からそんな少女の様子を見ていた白い甲冑姿の人物は、フルフェイスの兜の面頬を上にあげて顔を出すと、紗羅と呼ばれた黒髪の少女に優しい笑顔を向ける。


「間に合ってよかった。流石の私も肝が冷えたぞ、宿難(すくな) 紗羅(さら)」 


「バーン。」


紗羅が見慣れたダークエルフの少年の名前を呼ぶと、白い甲冑で完全武装したバーンは優しく頷いて見せる。


「再会を喜びあうのは後だ、とりあえず一旦後方に後退して態勢を立て直す。」


そう言って、黒い甲冑姿の人物は髑髏の顔が書かれた凶々しい面頬を上にあげて素顔を見せると厳しい顔つきで紗羅と、バーンに視線を送る。


「剣児・・わたし・・」


「死んでさえいなければ、失敗してもやり直すことができる。謝る暇があったら、その分を取り戻して見せろ。」


「・・うん。」


学校では決して見せない精悍で厳しい表情を浮かべる黒い甲冑姿の龍族の少年に謝ろうとする紗羅だったが、剣児はその先を言わせずに首を横に振ってみせる。


「傭兵旅団『剣風刃雷(けんぷうじんらい)』の名にかけて、奴を討ち取るぞ。」


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