恋する狐は止まらない そのに
ふふふ・・とうとうやってしまったわ。
私の野望の一つを今日、いま、このとき達成したのよ!!
え、それは何かって?
それは・・
愛する彼と一緒にお風呂に入ることよ!!
そう、今私は愛する彼と一糸まとわぬ姿でお風呂に入っているわ。
って、言っても彼はともかく私は『狐』の姿になってからほぼ毎日素っ裸で過ごしているんだけど・・
一応一人で毎日お風呂に入ってはいたのよ、でも、ほら私いま『狐』のわけじゃない。
流石に身体を洗ったりできなくて、湯船につかるくらいしかできなかったんだけど、うちの旦那様が流石に見かねて一緒に入って身体を流しましょうかって、言ってくれたのよね。
ずいぶん前からそれについては考えてくれていたみたいなんだけど、流石に私の身体を洗うことに抵抗があったみたい。
・・ちょ、いま、『あ〜、そんな『狐』の身体なんかできれば洗いたくないもんな』って言って納得したやつ前にでなさい。
ぶっとばす!!
違うでしょ!! 乙女のやわ肌で包まれたこの美しい身体を洗い廻すことに抵抗があったってことでしょうが!!
・・いま、『え〜〜』とか言ったやつも前にでなさい。
けっとばす!!
あのね、うちの旦那様は『狐』の姿の私とでもその・・あ、愛の営みを行えるって・・断言できちゃう人なのよ。
も、もうほんとに・・しょうがないんだから・・ちょっとだけよ・・
って、ダメダメダメ!!
『人』の姿だったら、ちょっとじゃなくて思いきりいじりまわしてくれていいけど、『狐』の姿はダメ!! ダメったら駄目!!
危ない危ない、あの目で迫られるとなんでも許してしまいそうになる自分が怖いわ。
と、いうか、こんな調子でほんとにわたし三カ月乗り切れるのかしら・・彼の誘惑から逃れられるのかしら・・本気で心配になってきたわ!!
なんか日に日に、もう『狐』でもいいかって気分になってきている気がしてる自分が怖い、怖すぎるわ!!
いや、そんなこと言ってる場合じゃなかった、私には彼の身体を鑑賞するという崇高な目的が。
あ、先に言っておくけど、あなた達が期待しているところについては絶対に触れないから!!
彼のそこは私だけが見てわかっていればいいの!! だいたい、私他の人のって見たことないから大きいのやら小さいのやら形がどうなのやら比べようがないしね。
と、ともかく、そこはいいの!!
それよりも問題は、彼の身体自身なのよね。
ほんと服を着ている時にはほとんど気付かなかったけど、彼ってすごい筋肉質なの、いや、無駄にムキムキと筋肉があるわけじゃなくて、すごい細身なんだけどムチみたいにしなやかな鍛え上げられた筋肉をしていて、腹筋とかもうすんごいわれちゃってるし・・
この人の体脂肪率ってどうなってるのかしら・・
え、自分はどうなんだって?
そ、そんなことどうでもいいでしょ!! 私のことはいいの!! っていうか、女性は男性にはない部分で脂肪がついていたりするから、私の場合は必要な脂肪なの!!
それに彼はその、私の大きい胸が好きって言ってくれているから、やせて迂闊に小さくさせるわけにはいかないし・・
なんでダイエットすると、やせてほしくないところから痩せて行くのかしらねぇ・・もう・・
いやいや、今はそんなこと悩んでいるときじゃなかった。
折角だから私はもっと彼に近づいて彼の身体をじっくり鑑賞させてもらうことにする。
湯船をじゃぶじゃぶかきわけて彼のすぐ側までいってじろじろと見つめてみる。
あ、ちなみに今私達は家のすぐそばにある、野外露天風呂に入っています。
すっごい広いの、泳げるくらい・・もう泳いだけど、イヌかきで。
露天風呂まで用意してくれる中央庁・・どんだけ金がうなってるのよ・・ってかこんな税金の無駄遣いしていいのかしら?
って、思っていたんだけど、彼に聞いたら元々天然の温泉が出ていたところだったらしくて元手はほとんどかかってないみたい。
な〜んだ、びっくりした。
まあ、それはともかく、観察鑑賞。
彼はそんな私の様子にきょとんとした表情を浮かべてみているけど、気にしない気にしない。
だって、彼はここのところ私の生まれたままの姿をずっと見続けているわけだし、今この時くらい私が彼の生まれたままの姿を見せてもらってもいいよね、いいはず!!
え、それって『狐』の姿なんだからあたりまえだろって? いいの、そんなこといわないの!!
ともかくもっと近寄って彼の身体をまじまじと見ていて気がついたんだけど・・
『狐』になってる私の表情って、『人』のときと違って見分けにくいって思っていたんだけど、どうも私の旦那様は違うみたい。
結構心の動揺を隠していたつもりだったんだけど、速効で見抜かれちゃった。
「傷だらけ、痣だらけでしょ。でも、もう一通り治っていますから大丈夫ですよ。そんなに心配そうな顔しないでください。」
そう言って優しい笑顔で私の頬を撫ぜてくれる彼。
いったいどれほどの危険を潜り抜ければこれだけの傷や痣を身体に刻まれることになるのか、小さな傷はそれほど無数にあるが、大きいものでは刀傷や、何かに焼かれたものや、何かの動物の爪痕まである。
もう治っているものばかりなんだけど、たまらなくなってきて顔をよせてその傷をぺろぺろなめる。
舐めたからって傷痕が消えるわけじゃないってわかっているわ、でも、そうしないではいられなかったの。
体中のあちこちに傷痕がいっぱいあって、きっとその傷痕と同じくらい心の中も傷だらけなんだと思う、それくらい私にだってわかる。
でも、彼は今日も笑っている、心から幸せそうに笑っている、強い人だと思う。
そう言うと、彼はぷっと噴出した。
え、なに? 私おかしなこと言った?
「僕が幸せそうに見えるとしたら、それは、あなたが側にいるからですよ。」
え・・
「僕を必要としてくれてありがとう。そして、僕が必要としているあなたが側にいてくれることにありがとう。だから、僕は幸せだし、強くなれるんです。」
あ〜・・いや、あの。
わ、私だってそう思ってるわよ!! 本当よ!!
な、なにその笑いは!! 今私がとってつけたみたいに言ったと思っているでしょ!!
「思ってないですよ。だって、あなたはいつもそう言ってくださっているじゃないですか。僕はあなたのもので、あなたは僕のものなんでしょ?」
う、うん、確かに言ってるけどお・・それはその私の独占欲からでたものというかあ・・旦那様が思ってくれているような純粋なものとは違うような気もするんだけどなあ・・
「人の想いってそんな奇麗汚いで区別できるものじゃないと思いますし、純粋不純っていいきれるものでもないと思いますよ。どれだけ黒い気持ちから生まれたものでも、白くかわることがあるし、逆にどれだけ純粋で白い気持ちから生まれたものでも黒く変わってしまうものもある。大事なことは、相手のことを想い考えることができるすごく単純な気持ちだと思うんです。僕はあなたのことがほしかった、ほしくてほしくてたまらなくて、その為に努力をしました、それはそんな純粋な気持ちじゃなくて、きっとおもちゃをほしがる子供のような気持ちだったような気がします。他の子供よりも少しばかりひねくれていた僕は他の子供のように親にねだったりする道を選ばずに、子供でもお金を稼げる道を選び、お金でそれを買おうとした、きっと、そんな感じだったんですよ。でも、ある日そのおもちゃのほうが自分から自分の手に飛び込んできて、手に入れることができた・・ところが、いざそれを使って遊ぼうとしてみたけど、もう子供にとってそのおもちゃはおもちゃじゃなくなっていたんですよね。実際に手に入ってみてから本当の価値に気がついたわけです。それはおもちゃじゃなくて、自分にとってかけがえのないものなんだって。ね、大間抜けな話でしょ?」
って、言って笑ってみせる旦那様。
うちの旦那様は基本的にはうそをつかない人である。
嘘をどうしてもつかなければいけないときは、肝心な部分をわざとはずして話さないようにするとかしてうそをつかないようにする人だ。
まあ、私に余計な心配をさせたくないときとかに嘘を言っちゃうときはあるんだけどね。
まあ、大概口からでる言葉は本心である。
ただし、それはあくまでも旦那様の主観に基づいた本音であり、この人は自己評価が非常に厳しく、自分を過小評価する悪癖の持ち主なのでこの人が自分のことについて語るときはかなり注意が必要であることを、短い付き合いであるが私はよ〜〜くわかっていた。
何が言いたいかというと、今、旦那様が口に出した内容の後半部分は違うということである。
ほんと、なんで自分のことになるとこうも目が見えなくなるんだろうなあ、この人。
まあ、自意識過剰の勘違いやろうに比べたら全然いいんだけどさ。
ねえ、旦那様、ほんとにわたしのことおもちゃだと思っていたの?
「きっと、そうだと思いますよ、我がままな子供でしたし。」
そんな我がままな子供が、八つ当たりでカカト落とししようとしている奴の前に飛び出してきたりするのかしらねえ・・
「えっと、まあ、きっとそれはパンツが見たかったから・・」
パッ!?
そ、その話はいいの!! そうじゃなくて!!
も、もうほんと人の話誤魔化すのだけはうまいんだから!!
もういいや、いくら旦那様がそんなこと言っても私はわかってるもの、どれだけそのおもちゃを手に入れるまでの間、そのおもちゃのことを大事に大事に想っていたか。
そのおもちゃの将来のために命がけで封鎖されている交易路通るなんて博打にでて、あやうく四腕黒色熊に殺されそうになったりするくらいですものねえ。
「なあっ!? な、なんで、そのこと知っているんですか!? ・・あっ!!」
しまったあああっていう顔をして、口を押さえるとくるっと湯船の中で背中を向ける旦那様。
をいをいをい、油断したなあ、私がすっかり忘れていると思ったのだろう?
女はそういうことは決して忘れない生き物なのだよ。
前足でつんつんとその背中をつついて、こっちを向けと指示をする。
旦那様が行った『アルカディア』往復旅の話はすっかりお義父様からお聞きして知っているんですのよ?
ずいぶんとお活躍だったようで。
「こ、こわいですから、そんなにすごまないでくださいってば・・」
あらあら、私が怒っていることはわかっていらっしゃるんですね、じゃあ、とりあえず、何かすることがあるんじゃありませんこと?
「ごめんなさい。・・いや、あの、本当にあれはイレギュラーだったんですってば!! 『金色の王獣』がもう戻ってこないっていう確証はありましたし、ゴーレムも『金色の王獣』に破壊されて今度こそ危険はないって思っていたんですよ。その証拠に行きは全然問題なかったんですから。」
ふ〜ん、でも幼馴染の女の子は助けにいっちゃうんだ。
「うああっ!! お、お父さん余計なことを!!」
そうよねえ・・こんな年上のおばさんよりも若いぴちぴちした幼馴染のほうがいいわよねえ・・いまなんか『狐』だし。
「そんなことないですってば!! どっちが大事かと言えばあなたのほうが大事に決まってるじゃないですか!!」
でもその大事な奥さんを未亡人にする危険性もあったのに、幼馴染を助けに行ったくせに・・
「いや、まあ、それについては否定しません。ですが、あの娘には借りがあったんです。信じてもらえないかもしれないですけど、ほんとにそれだけなんです。愛しているのはあなただけです、本当です!!」
まあ、旦那様が私のことを愛してくれているのは別に疑っているわけじゃないのよ。
でも、もうちょっと優先順位とかいろいろと考慮すべき問題があるんじゃないかって思えて引っかかっているのよねえ・・
「・・わかりました、どうすれば許してもらえるんですか? なんでもしますよ。」
う〜〜ん、そういうことじゃないんだけどなあ・・いや、わかっているのよ、本当は。
意地悪なこと言っちゃったけど、旦那様がそういう人だっていうことはわかっているの。
そういうところに惹かれているところもあるから、しょうがないか〜って思う自分がいるのも確かなんだけど、きっとこれはあれだと思うのよねえ・・その場に自分がいなかったことが悔しくて仕方ないんだわ。
よし、じゃあ、こうしよう
誓ってください。
「何をですか?」
旦那様が友達想いなのはもうよくわかったから、もしまた誰かを助けに行かないといけなくなったときは私を必ず連れて行くこと、私を連れていけないときは絶対に行かないこと。
「えっと、何か頼みごとがしたくてそっちを分担でお願いしたりするときも?」
ダメ。
そういうのが一番危険だから。
私のことを信頼して任せてくれるのは嬉しいわ、あなただけにしかできないって言われたらそりゃあ嬉しいしすぐ引き受けちゃいそうになるけど、やっぱりダメ。
はっきり言ってこれ私自身の誓いでもあるわ。
確かにお互いを縛って行動範囲を狭めることになるけど、私片一方が無事であるために何かをするくらいなら、潔く二人で傷つくことを選びたいの。
それに私の知らないところで旦那様が傷つくのなんて耐えられない、旦那様は友達を助けるのに全力を尽くせばいい、その代り私は旦那様を守ることに全力を尽くす。
もしそれで力及ぶことなく旦那様を守り切れなかったら私も潔く我が身を砕く。
逆に私だけが身を砕かれることになって地獄に落ちることになったらあなたも引きづり込むわ、私あなたが思っているような奇麗な女じゃないから。
言っておくけど狐の怨念を甘くみないでね、たとえ身を砕かれていても、今わの際に一人くらい冥府に引きづり込むことは十分できるのよ。
二人ともに無事であるか、二人とも地獄に落ちるか。
まあ、一瞬でやられちゃったら、あなたを引きづり込むことなんてできないだろうけどね。
「それなら誓います。」
だからね、あなたも覚悟して誓いを・・って、もう、誓ったの!?
「僕も寂しがり屋なんです。誰かに側にいてもらわないと、寂しくて。あなたがいなくなった世界で独りぼっちなんていやですよ。」
そ、そう? なんか、あっさりしすぎてて拍子ぬけするけど・・
「あなたは凄い女ですね。僕がほしい言葉をあっさりとそうやって口にしてくれるんですね・・。」
いや、なんかそんな風に痛い女の言葉で幸せになられて笑われてもなあ・・
この人もいろいろな意味で壊れているのかも。
あ〜、でもその壊れた部分を補完するために私がいるのかな・・まあ、いいか難しいことはわからないけど、こうして誓ったからにはこの人は絶対この誓いを破らないだろうしね。
そういうところ生真面目だからなあ、この人。
それに・・
「何笑っているんですか?」
おもちゃのいいなりになる子供って、珍しいから。
「む〜〜〜〜、なんか言い返したいけど、言い返す言葉がないです・・」
うふふ、まあ思いついたら言ってみて、思いつくまでいくらでも待っててあげるから。
「・・まあ、いいんですけどね、あなたがそうして笑って僕を見ていてくれれば・・僕はそれで・・」
・・
あああああああああ、なんで、今、わたし、『狐』なの!?
普通、ここで、もう完全にらぶし〜ん全開で、あっは〜んとかうっふ〜んな展開じゃないの!?
私のこと全力で愛してあなたとか言いながら、もう風呂場で文字どおり濡れ場じゃないの、ここ!?
おかしくない!? お風呂入っておしまいって!?
何、この無駄に、いい雰囲気!?
「ど、どうしたんですか? 突然、物凄くご機嫌悪くなっちゃったみたいですけど・・僕何か悪いこといいました?」
ううう、言ってない、言ってないけど、このやり場のない怒りと哀しみをどこに持って行けばいいのか・・
「と、とりあえず、あがって身体洗ってしまいましょう。ね。」
う、うん・・優しくしてね。
って、お風呂上がって身体を旦那様に洗ってもらっているんだけど・・
うまっ!!
すんごい身体洗うの巧いんだけど、うちの旦那様。
なんか、すごい力入れてガシガシ洗っているように見えて、全然痛くないのよ!! しかも耳に水が入らないようにすごい器用にお湯をかけてくれるし、顔なんかもほとんど水がかからないのよね。
どこから持ってきたのかわからないんだけど、専用のシャンプーとかリンスとかトリートメントとかボディソープとか、次々と使い分けて洗ってくれるんだけど、みるみる体毛がつやっつやになっていくのがわかる。
なにこのさらさらヘアーになることで有名な化粧品の宣伝で出てくるモデルの女性さんの髪の毛みたいにさらっさらでキラキラ光ってる体毛は。
すごい、すごすぎる、いったいどこで、こんな技術を身に着けたのかしら、うちの旦那様。
「あ〜、師匠の一人が狼獣人の人で、そこの師匠の奥さんと娘さんの手入れをずっとさせられていたんですよねえ・・おかげですっかりこんな技術がみについちゃって。」
なるほど〜、そうだったんだ。
ん?
奥さんと娘さん?
「・・あっ!!」
・・ちょっとあとでゆっくりお話しましょうか、旦那様。