Act 6 『その名は蒼樹』
最近、よく夢を見る。
それはいい夢なのか、それとも悪夢なのか判断が非常につきにくい夢で、わかっていることはその夢を見たくないわけではないということだ。
普通悪夢であれば見たいはずはないのだが、どういうわけか悪夢であったとしても見続けていたい願望を抑えられないのだった。
夢に出てくる登場人物はたった二人しかいない。
自分と、そして、自分の掛け替えのない幼馴染で友達である少女だ。
夢の最初はいつも美しい花畑で二人が遊んでいたり話をしていたりするところから始まる、
少女はいつもにこにこと自分を優しい表情と瞳で見詰め続けていて、自分もしばらくはずっと少女のことを見詰め続けているのだが、だんだんと不安な気持ちになってくるのだ。
あの瞳は今は自分に向けられているけれども、いつ消えてなくなってしまうかわからない。
少女は優しい。
不器用で人付き合いの仕方を知らない自分のことをそれとなくいつも見守ってくれている。
そして、危機になると自分の身を省みることなく助けるために飛び込んできてくれるのだ。
彼女は諦めない、最後の最後まで諦めることなく本当に最後に道がないとわかってもそれでもあがき続ける。
わずかでも光がある限り、その可能性に懸けて力の限り命の限りあがき続けるのだ。
自分はそんな彼女に何度助けられたであろう。
助けられたのは身体や命ばかりではない、その心までも助けられた。
間違いなく彼女は自分の恩人である、そして、その彼女にあるのは借りばかりで貸したことは一度としてない。
自分が彼女に対して何かを要求したり、ましてや何かを強要する権利などこれっぽちもないのだ。
しかし・・
夢の中の自分は、彼女を見詰め続けているうちに抑えきれない怒りに支配されて、決まっていつも怒鳴り始めるのだ。
自分のことを考えろ!!
他人のことなんかどうでもいいじゃないか!!
夢の中の彼女は穏やかに微笑み続けているだけで、別に自分に対して何か悪いことを言ったわけでもしたわけでもない、だけど自分は怒鳴り続ける。
怒鳴り続けて怒鳴り続けて、最後にはすがり付いて子供のように泣き喚きながら懇願するのだ。
頼む、もっと自分を大切にしてくれ!
僕のことはいいんだ、僕なら大丈夫!
すると彼女は物凄く困った顔をして自分を見詰めるのだ。
わかっている、わかってはいるのだ。
優しい彼女が危なっかしい自分のことを放っておくことができるはずなどないということを。
それはよくわかっている、自分が未熟故に彼女をいつまでも心配させてしまう、そんな自分が物凄く嫌だったが、夢の中の自分はそれをやめようとしない。
困り続けている彼女の身体を掴み、力づくでも言うことを聞かせようとする。
しかし、その腕を掴んだ瞬間、彼女の腕が砂のようにぼろりと砕けて壊れる。
自分はそれを呆然として見詰めるが、彼女は優しい笑顔を浮かべて気にしないでというのだ。
そんなことできるわけがない、自分は必死になって花畑の中を這いずりまわり彼女の砕けて散った腕を探してまわる。
探し回って探し回って、ようやくその欠片が見つかったと思ったら、その欠片はさらに小さな砂の粒になって風にのって天へと昇って行く。
呆然とそれを自分は見送っているが、他にもあるかもしれないと諦めずに再び地面に這いつくばって探し始める。
だけど、その途中でふと気がつくと、座ってる彼女の足が一本ないことに気づく。
そればかりではない、足がついていた太ももの途中のそこからもぼろぼろと砂となって崩れていこうとしているではないか。
はっとして顔をあげると、腕がもげた部分も砂になってさらさらと崩れていっている。
自分は今にも崩れそうになっている彼女の体に慌ててかけよると、その小さな体を抱きしめてささえる。
Tシャツと短パンだけの軽装の彼女の素肌が見える部分にはいくつもの切り傷、打撲、火傷のあと、そればかりではない、何かの生き物の爪あとのようなものが見える。
夢の中の自分はそれを見詰めると、その傷跡の一つ一つをその指先でなぞりはじめる。
恐る恐る、自分の強過ぎる力で壊したりしないように。
この傷跡の中には自分のためについてしまったものもある、彼女が自分を庇ったためについたものもあれば、自分自身が傷つけてしまったものもある。
それは彼女のものであると同時に自分のものでもあるのだ。
大切な掛け替えのない思い出が詰まった傷跡なのだ。
そう思うとたまらなくなってきて、もっと触ろうとするのだが、彼女の身体がぼろぼろ壊れ始め最早支えることも困難な状態になってくる。
すると、彼女は決まってこういうのだ。
『忘れないでね、そうくん』
いつもの優しい笑顔を自分に向けて。
いや自分にだけ向けてこういうのだ。
『私にはもう明日はないけど、今日を精一杯生きた私のことをわすれないで・・やさしい、そうくん、だいすきだよ・・』
自分の両手から彼女の笑顔がみるみる壊れて消えていく、砂のように流れて消えていく、いかないでくれと泣いて懇願しても風にのって彼女の魂が運ばれていく、天に・・
「うおおおおおおおっ!!」
絶叫し布団を跳ね除けて飛び起きる。
まただ・・
またあの夢だ。
全身汗でびっしょり、荒い息を吐き出し息を整えようとするが、いつのまにか流れ出していた涙が頬を伝っていくつも落ちていき、夢の中で笑っていた彼女の顔が脳裏から離れずやり場のない哀しみと怒りでいつまでたっても気持ちが落ち着かない。
「なぜだっ!! なぜなんだあああああああああっ!!」
布団の上を何度も何度も拳で力一杯叩き続けるが、乾ききった心は今更なにも満たされない。
もう、取り戻すことはできない、前を向いて歩いて行くしかない、あの想い出は過去のものである、そんなことはわかってる。
彼女の最期のときには今日も明日も精一杯生きていくという約束までした、わかってる、ちゃんとわかってる、その約束を守って今日も生きているし、明日も生きていく、わかってる、ちゃんとわかっているのだ、そんなことは。
自分を支えてくれる人達の温かい心を知っているし、彼女と同じ心を持った素晴らしい人にも出会った、その人からは明日を生きるために必要な命までも与えられた。
十分だ、自分は十分にいま幸せだった、これ以上ないくらいの幸せを感じている。
だからこそ、それが強ければ強いほど、それを与えられることなく、自分にそれを託して死んでいった彼女のことを思い出すとたまらなくなってくるのだ。
彼女に今自分が日々感じている喜びや幸せを感じさせてあげたかった。
そんなに自分の願いは大層なものだったのか、もういったい何度目になるかわからない自問自答を繰り返していたが、やがて溜息を一つついて布団から出ると、立ち上がって汗でびしょびしょになったジャージの上下と、Tシャツ、トランクスを脱ぎ棄てる。
そして、洋服箪笥の中から真新しいタオルを取ろうとするが、すぐ側にある全身大鏡に、自分の全裸姿が映し出されるのが視界に入りそちらに思わず目を向ける。
彼女との永遠の別れのときから十年近くがたった、あのときの小さな子供の姿はどこにもない。
引き締まった鋼のような筋肉の鎧で覆われた肉体が映る鏡の中の自分を見て、この力があのときにあればと思わずにはいられない。
決して彼女を見殺しにするような真似はしなかったのにと・・
だが、それはもう取り戻す事ができない過去。
ならば、今度こそこの力を使って大事なものを奪われないように守り抜くのだ。
と、少年が決意を新たに固く心にそのことを刻もうとしたそのとき、ダダダダダダダダダッという何者かが階段を駆け上がってくる足音が聞こえたかと思うと、少年の部屋の扉がバンッと開き、同居している弟想いの姉が木刀を持って飛び込んできた。
「そう!! いまの絶叫はなに!? 泥棒!? ストーカー!? それとも・・って、んっきゃああああああああああっ、あ、あ、あんたなんてかっこうしているのよ、ばかああああああああああっ!!」
っと、一方的に叫んでおいて、少女は手に持っていた木刀を目にも止まらぬ速さで少年の顔面めがけて投げつけ、その木刀をまともに受けることになった少年は、素っ裸のまま悶絶して気絶してしまうのだった。
「・・ひ、ひどい・・」
気絶する寸前、あまりにひどすぎる行為に抗議しながら果てていったわけだが、その言葉を聞いていた少女が、はっとなって自分のしてしまったことに気が付き、慌てて少年に駆け寄る。
「きゃああああああああ、そう、ごめん!! 思わずやっちゃったのよ!! 悪気はなかったのよ、だってあんたが、そんなかっこうで・・って、いやああああああ、黒くて大きくて汚い!!」
ガスッ!!
「げふうっ」
とんでもないところに正拳突きを食らわされた少年は、一気に意識が覚醒しあまりの激痛に畳の上を転がりまわる。
まるで狂ったいもむしのような状態で苦しみのたうちまわる少年の姿をしばらく呆然と見つめていた少女だったが、自分がさらにとんでもないことをしてしまったことに気が付いて、転げまわる少年に近づき必死で謝ろうとする。
「ごめんごめん、本当にごめん!! ちょ、ちょっと見慣れないものをみちゃったもんだから、逆上しちゃったのよ、本当に悪気はなかったのよ、本当よ。」
「だ、だからって正拳を直接たたき込むなんて・・」
「ごめん、直接する気は・・え、直接?」
その言葉にしばし、考えこみそのあと自分の握り拳と、少年が両手で押さえている股間を見つめていた少女だったが・・
「い、いやあああああああ!! 直接触っちゃたじゃないのよ、この馬鹿!! スケベ!! 変態!!」
ガスガスガスッ!!
「ギャアアアアアアアッ!!」
更に逆上した少女は、床の上で悶え苦しむ少年の身体を真っ赤な顔で滅多打ちにして、泣きながら部屋を飛び出して行ってしまった。
「うわあああああん、あんなもの触っちゃった!! もう私だめだあああああああっ!!」
「ど、どっちかというと、ぼ、僕がもうだめなんだけど・・」
本気で再起不能になるのではないかと涙目になりながら畳の上でぴくぴくと半死状態になっていると、階段を誰かが上ってくる気配がしたので少年はそちらにのろのろと顔を上げてみる。
しかし、その人物を確認した瞬間少年は固まってしまった。
「まあ、蒼樹くん、大変!! 大丈夫!?」
そう声をかけて駆け寄ってくる人物に、いやいやと無言で首を振って拒否の合図を送るが、その人物は全然気づかないどころか、心配そうな言葉とは裏腹にむしろ嬉しそうな表情でずんずん近づいてきて、素っ裸の状態でうつ伏せで倒れている少年のすぐ横に坐り込む。
「どうしたの? どこを怪我したの?」
「いや、大丈夫ですから、とりあえず、出て行ってください、詩織さん!! ってかなんで詩織さんがうちにいるんですか!? 中央庁に父さんと一緒に行ったはずでしょ!?」
「うん、そのつもりで迎えに来たんだけど、なんか凱さんまだ用意できていなくて準備するからって、待っていたのよ。そしたら凄い悲鳴が聞こえたもんだから気になっちゃって。」
自分の父親と旧知の間柄という龍族の女性に、悲鳴にも似た抗議の声を少年はあげるが女性は意味深に、うふふと笑って全然聞く耳をもたない。
「もう、恥ずかしがり屋さんなんだから、蒼樹くんは。いい、蒼樹くん。この都市にいる間はこの私があなた達の日常生活のお世話をさせてもらうことになっているのよ。いわばあなた達のお母さんみたいなものなの。そのお母さんが息子の一大事を放っておけるわけないじゃない。だからね、ちょっとお母さんに見せてみなさい。」
「いやいやいや、普通のご家庭でもそんなお母さんいないでしょ!? っていうか、そんなお母さんはいやですから!! ちょっとお願いですからやめてくださいってば!!」
「ひ、ひどい・・こんなに心配してあげているのに・・わかった、きっと私の愛情が足りないのね。いいわ、じゃあ、もう勝手にするから。」
「ちょ、ま、や、やめてください!! ひっくり返そうとしないで、うわ、い・・イヤアアアアアアアアアッ!!」
早朝の住宅街に少年の悲鳴が響き渡る。
しかし、それ以外は実に平和な一日の始まりであった。
Act 6 『その名は蒼樹』
姫子は怒っていた。
いや、他の誰かにや他の何かに対してではない。
他でもない自分自身に対して物凄く怒っていた。
怒っているばかりではない。
どうすることもできない自分自身のひどい態度の取りように呆れてもいたし、悲しんでもいた。
さっきから横に座る少年が、何度も自分に話しかけようとしているのに、自分は無視を決め込んで返事どころか、顔すら向けようとしない。
何度も何度も少年が謝ってくるのを耳にした。
もういい、怒ってない、怒ってないよと素直に言えば済む話なのに、自分自身ときたら全ての不幸を背負ったような顔をして、全ての不幸の元凶がおまえだと無言で少年に訴える。
自分のとっている態度がどれだけ最悪で、最低なもので、隣にいる少年をどれだけ傷つけているのかってことくらいよ〜くわかっている、わかっているのにそれをなおすことができないのだ。
あの衝撃の出来事があってから、自分はすっかり物わかりの悪い『人』になってしまった。
昨日の放課後、『果たし状』を突きつけられた隣に座る少年がこっそりと教室を抜け出し、その指定された場所に向かっていくのをこっそりと姫子は尾行した。
尾行の仕方は自分の武術の師匠からみっしりと教え込まれていたので、バレることがなく尾行することができ、その指定の場所までついて行くことができた。
おかげで少年が本格的に呼び出した不良達に絡まれる前に乱入することができ、不良達を蹴散らしていったのだが・・
当初、自分は隣に座る少年が自分のよく知る幼馴染であると思っていた。
自分がよく知る幼馴染の少年は、それなりに荒事をこなすことはできるものの武術の腕はからっきしで、ほかの技術技能で補う戦い方をしているのだが、身体的には非常に脆弱にできており、もし万が一殴られたり蹴られたりすれば致命傷になりかねない危うさをもっている。
その点、自分は全種族の中でもトップクラスの頑健さで知られる龍族の王族、武術の腕前にも多少自信があるし、そこらへんの不良如きが何人こようとも敵ではないとタカをくくって飛び込んでいったのであるが、不良達を順調に叩きのめしている最中に突如として現れた異形の姿の怪物に自分は恐怖を感じて動けなくなってしまった。
あとで隣に座る少年から教えられたのであるが、あのとき出現した二足歩行型の恐竜のような怪物は、人間がある能力の使い過ぎによる暴走によって変化した『害獣』であったらしい。
この世界に君臨する『害獣』の中でも『騎士』と呼ばれるクラス以上のものになると、目撃しただけでその『人』の心に恐怖を植えつけることができる能力があるという。
上位の『害獣』ハンター達は、それを克服することができた者達で、それは訓練では身につけることができず、実際に何度も『害獣』と戦うことによって身につけることができるわけであるが、姫子は今までの人生でそういう『害獣』と戦ったことがなかった。
従ってそんな経験をすることもなく、それを初めてまともに見てしまうことになった姫子は見事に心に恐怖を植え付けられてしまい、動けなくなってしまったのだ。
そんな状態になってしまった姫子は、戦うことも逃げることもできず、ただ茫然と突っ立って自分に振り下ろされる『害獣』の死の剛腕を見つめているしかできず、最早生を諦めようとしていたのだったが。
隣に座る少年が間一髪のところで自分を救いだし、そして、見事『害獣』を倒してくれたのであった。
だが、そのときにその『害獣』と少年の会話を聞いていた姫子は、少年が自分がよく知る幼馴染の少年ではなかったことを知ってしまう。
宿難 蒼樹
それが少年の本当の名前だった。
姫子は自分の幼馴染である宿難 連夜と同じ姓、そして、何よりもそっくりな顔を持つこの少年にいったいこれはどういうことなのかと事情の説明を迫った。
少年はしばらく困った顔をして自分のことを見詰めていたが、やがて諦めたようにことの次第を語ってくれたのだ。
『本当は連夜義兄者の口から語ってもらったほうがいいんだろうけど、しょうがないよね・・ちょっと長い話になるけど我慢して聞いてね。さっきも聞いていたと思うけど、僕の本当の名前は宿難 蒼樹。連夜義兄者のお父さん、宿難 仁さんと同じ一族になる宿難 凱の息子で、連夜義兄者とは遠い親戚ってことになる。顔がこれだけ似ているのは恐らく偶然だと思うけど・・ともかく、本当の兄弟ってわけじゃない。僕が十歳のときに義兄弟の契りを交わして以来弟分としてかわいがってもらっているんだけどね。さて、これからが本題なんだけど、姫子ちゃんが知りたがっているのは、どうして僕が連夜義兄者の真似をして学校に通っているかってことだと思うけど、それを語るためにまず、僕らが最初所属していた人間の秘密結社について語らなくてはならない・・』
そう言って蒼樹が語った事の真相は姫子の想像をはるかに越えて大きいものであった。
秘密結社『FEDA』
人間達が己の種族を世界の最上位種族とすることを目的とし、他種族や『外』をうろつく怪物、あるいはこの世界の事実上の支配者たる『害獣』までも倒すことができる力を持った改造人間を次々と生み出して世に放っていた最悪の犯罪結社。
その改造人間達は、かつて『害獣』達が世に出現する前に猛威をふるっていた人間が作り出した最初の改造人間である『人造勇者』を元に生み出されており、複製品としてでも十分に脅威であるというのに、さらにそこにあろうことか『害獣』の能力までも埋め込んでいるため、とんでもない力を発揮することができるようになっていたという。
『人造勇神』
新しく生み出されたそのタイプの改造人間達はそう呼ばれていたが、彼らには致命的な欠点が存在した。
変身して力を使うたびに『害獣』としての能力が増加し、やがてそれは暴走して本物の『害獣』となってしまうのである。
蒼樹の父 凱は、『人造勇者』の末裔として、あるはるか遠くの城砦都市でひっそりと暮らしていたのだが、この秘密結社に騙されて連れてこられその能力や魔伝子、霊伝子、人伝子を提供することで『人造勇神』のモデルとしてまんまと利用されることになってしまった。
そればかりではない、自分自身も改造を施され、あやうく『害獣』になるところであったのだ。
寸でのところでそれに気がついた父親の手によって、研究所は破壊されたのだが、その際に凱自身が『害獣』化して暴走を開始。
一緒にいた蒼樹も父の手にかけられて殺されそうになったときに、飛び込んできた連夜親子に助けられ『害獣』となりかけていた父親も人間に戻されたのであったが、ある問題が発覚した。
それは『人造勇者』としての凱をモデルに生み出された十体の『人造勇神』が研究所から解き放たれていたという事実である。
当然であるが、彼らは改造人間として不完全な存在であり、いつ『害獣』になるかわからない恐ろしい威力を秘めた時限爆弾であった。
なんとしても彼らを捜し出して『害獣』になる前にどうにかしなければならなかった。
幸い、十体逃げ出した『人造勇者』のうち五体まではなんとか見つけ出し、話に応じる者は保護し、そうでないものには・・
残るはあと五体。
しかし、その五体はかなり警戒心が強く、なかなか姿を現そうとしなかったため、捕まえることが何年もできなかったわけだが、ここに来てある計画を実行することが決定した。
奴らが喉から手がでるほど欲しがっているものの情報をわざと流し、おびき寄せるというもので、それが・・
『勇者の魂』
であった。
この計画を立案し実行に移している組織については蒼樹は語ることができない。
ただ、言えることは非合法な組織ではないということである。
『嶺斬泊』や『アルカディア』を中心とするこの地域一帯の城砦都市連合の中央庁によって運営されている公的な組織であるということだけ。
正直それだけではわからない、もっと詳しく話せと蒼樹に姫子は迫ったが、蒼樹自身もそれほどよく知っているわけではないので、勘弁してくれとこのことについてだけは頑として口を割らなかった。
かなりの不満があったが、このままでは話が進まないので仕方なく納得し、『勇者の魂』についての説明を促す。
蒼樹はかなり済まなさそうな表情を浮かべていたが、どこかほっとした様子もうかがわせながら説明を続けた。
『勇者の魂』は、『人造勇者』、あるいは自然発生によって生まれてきた勇者としての素質を持った人間が、勇者として生きることをやめ、人間として生きる道を選んだ時に、その力の全てを体内から取り出した際に生み出される力の結晶で、この世界に元からある異界の力ではない純粋なエネルギーと、『人』としての心の無限のエネルギーとをその小さな結晶の中に宿しており、持つ者に凄まじい力と奇跡を起こす力を与えるといわれている。
それを身につけることができれば、不完全な『人造勇神』は暴走して『害獣』になることから免れて完全な存在へと変化することができる。
今、『人造勇神』達が間違いなく喉から手が出るほど欲しいもので、どれだけ危険であったとしても取りに出てこずにはいられないはずなのだ。
なぜなら、『人造勇神』達はの制御コントロールユニットの寿命があと三カ月と迫っているからで、これからの人生において一度も変身せず力を使うことなく生きていくというのなら問題はないのだが、もしこれから先も力を行使しようと思っているのなら、どうしても必要なはずだ。
そして、そのために必ずそれを奪うために出てくる。
そう断言する蒼樹に姫子は不審感を隠そうともせずに聞く。
『勇者の魂』とやらと、彼女の大事な友人である連夜とはどういう関係があるのかと。
物凄く不吉な予感が脳裏をよぎる姫子だったが、蒼樹はその考えを肯定するかのように頷いてみせるのだった。
『そうだよ、その『勇者の魂』は連夜義兄者の物なんだ。元々義兄者は、作られたわけではなく、正真正銘の勇者として生まれてきたんだ。だけど五歳のときに勇者であることを自分からやめてしまった。その理由については笑って答えてくれないけど、ともかく、本来であれば全ての種族の頂点に君臨するだけの力を持つ勇者という突然変異種族であった義兄者は、すべての種族の中で一番脆弱な種族であるただの人間として生きていく道を選び、そのときに自分の力を『勇者の魂』という宝珠として取り出したんだ。そのことを僕らは奴らに情報として流した。そして、その結果、のこのこと姿を現したのが、さっきのあいつってわけなんだ。」
あまりにもあっさりと蒼樹はそのことを姫子に話したが、姫子にしてみれば衝撃的な事実であり、混乱する頭を整理することができなかった。
とりあえず、わかっていることは、このままだと残り四体の『人造勇神』をどうにかしない限り、連夜は狙われ続けてしまうということだった
姫子が真っ青になってその事実について指摘すると、蒼樹は苦笑を浮かべながらその点は大丈夫と答えるのだった。
『連夜義兄者なら大丈夫。だって、いま『嶺斬泊』にはいないからね。安全なところで三カ月身を隠しているはずだし、それにあそこには無茶苦茶強い人達が始終張りついて義兄者のことを守っているから、まあ心配はないよ。』
だから、今狙われることになるのは自分なのだと、連夜と同じ姿をした自分なのだと蒼樹は言うのだ。
そして、姫子にこの事件が解決するまでの間、クラスのみんなにはこのことをしゃべらずに黙っていてほしい、その間だけでいいから連夜として扱ってほしいと頼み込んできたのだった。
内容についてはわかるし、今日の実力を見ても蒼樹が相当に強いこともわかった、連夜の安全のためにもここは素直に頷くのが一番いいことだと頭ではちゃんとわかっていた。
なのに・・それなのに。
『みんなを騙すのか? クラスのみんなを騙し続けるのか?』
気がついたら自分の口は勝手にそんなことをしゃべっていた。
その言葉を聞いた蒼樹の表情がみるみる強張り、悲痛に歪む。
きっと誰よりもそのことをわかっていて、ずっと気にしているはずなのだ、それなのに、自分はなんでそんな風に蒼樹の心の傷をえぐるようなことを言ってしまうのか。
今のは違う、ごめんといわなくてはならなかった、なのに、自分の口をついて出た言葉は自分でも信じられらないような全く違うことだった。
『連夜とは違うくせに、友達になった振りでそうして笑ってごまかし続けるつもりなんだな、卑怯者め。』
ちがう!! そんなこと言いたくない!! 心の中ではそう叫んでいるのに、実際の自分は正反対のことを口にし、蔑むような目で蒼樹を見下ろしている。
そんな自分の言葉に、蒼樹は力なくうなだれて、そうだね、姫子ちゃんの言う通りだ、と頷いている。
ちがうちがう!! 蒼樹がそんなことをしたくてしているわけじゃないってことはわかる!! 今日会っただけでもそんなことわかってる!! そうでなかったら命がけで自分を助けてくれたりしないってわかってるのに!!
結局その日はそのまま和解することなく別れ、姫子は帰ってから自分が言ってしまった内容に猛烈に落ち込んでしまったわけであるが、翌日になっても自分の態度は変わらなかった。
あれほど前の晩に蒼樹に会ったら真先に謝るって決心したのに。
今日登校してきて、蒼樹は力ない感じではあったものの笑顔を浮かべ、それでも姫子に朝の挨拶をしてくれた。
しかし、自分はそれに答えず顔を背け、聞こえないふりをしてしまったのだ。
そればかりではない
「私に話しかけてくるな、卑怯者。」
「あ・・ごめん・・ごめんね、姫子ちゃん。」
そうじゃない!! なんで? なんでそんなことを言ってしまうんだ!?
誰よりも傷ついているはずなのに、きっとここに来るまでにいろいろなことがあったはずなのに、無理して笑っているはずなのに、そんな蒼樹になんでこんなことを言ってしまうのか。
姫子は自分自身がわからない、心の中では蒼樹に物凄く謝りたくて仕方ないのに、口から出る言葉は蒼樹を傷つけてしまう言葉ばかり。
助けてくれてありがとう、もう苦しまなくていい、私は絶対誰にも言わないし、クラスのみんなだってわかってくれる、そんな悲しい顔で笑わないで!!
それだけのことなのに、たったそれだけのことを言うことができない。
隣にいる蒼樹を横目で見てみると今も彼は笑っている。
心の中できっと傷ついて泣き叫んでいるのに笑っている。
それを見ていると苦しくなってくる、イライラしてくる、なんで無理して笑わなければならないのか、泣きたいときは泣けばいいし、嫌なときは嫌だといえばいいのに。
それを押し隠していることが自分にはわかる、強がって自分に虚勢を張ってずっとずっと生き続けてきた自分にはわかる。
優等生を演じ続けて本当の自分を殺して生き続けてきた自分には、今連夜を演じ続けようとしている蒼樹がどれほどの苦痛を背負っているかがよくわかる。
もういい、連夜じゃなくていい、せめて自分達の前でまで連夜を演じ続けないでほしい、本当の蒼樹が見たい、連夜をまねて作った笑顔じゃなく本当の蒼樹の笑顔がみたいのに。
この日、姫子はついに蒼樹に謝ることができなかった。
この次の日も、そして、その次の日も謝ることができなかった。
そして、その次の日から、ついに隣に座る少年は姫子に学校で話しかけてくることをやめてしまった。