Act 5 『ボク 推参!!』
そんなまさかと思った。
朝あれだけひどい目にあったはずなのに、あいつが再び目の前に現れるなんて、マリー達は予想だにしていなかった。
学校の授業がすべて終わり、マリーは久しぶりに登校してきた宿難 連夜と一緒に帰ろうと思っていたのだが、気がつくと彼の姿は教室から消えていた。
その代り今日転校してきたばかりのレナとレンの二人が一緒に帰ろうと言ってきたので、いつものメンバーであるクロ、サイサリスと共に帰ることに。
マリー、クロ、サイサリスの三人は高校からすぐ近くのサイドテールタウンに住んでいて、レンはそのサイドテールタウンの北にある都市営地下鉄の駅すぐ傍にある中央庁の宿舎に住んでいるという。
レナだけは違い、都市営地下鉄に乗ってひと駅先の『ネームバレー』駅近くのマンションに父親と弟と共に住んでいるということらしいのだが、しかし、帰る方向は同じだったので途中までは一緒に帰ることになった。
五人の話題は転校生の二人に集中し、特に傭兵として一足早く社会人としてつい最近まで『外』区で生活していたレンに質問は集中した。
「レンって傭兵やっていたんだよね? 傭兵の生活ってどんな感じなの? 『外』で暮らすのって怖くないの?」
好奇心丸出しのキラキラした目で迫ってくるマリーを、面白そうに見つめたレンはどう答えたものかと考えながらも口を開く。
「う〜ん、怖い怖くないで言うなら勿論怖いわ、だって、『外』の世界を支配しているのは間違いなく『害獣』達だし、一応『害獣』が支配している場所ははっきりしているから、そこに踏み込みさえしなければとりあえず、『害獣』から襲われることはほとんどないんだけど、『害獣』以外にも恐ろしい化け物のような生き物もいるからね、城砦都市の中みたいに気を抜いていられる場所はほとんどないわね。」
レンの言葉に目を丸くするマリーとサイサリス。
「マリーもサイサリスもひょっとして『外』に行ったことはないの?」
「ないお。だって、怖いんだもん。」
「私は特に出られないわね。種族的に異界の力である精霊力が強いから、下手をするとあっというまに『害獣』に嗅ぎ付けられてしまうもの。」
比喩ではなく本気で震えあがっている二人に、他の三人は笑みを深くする。
「クロくんはあるの?」
「俺は精霊力の低いドワーフ族だからな、結構『外』には出かける。まあ、そうはいっても城砦都市の周囲くらいだけど。」
「レナは?」
「私は異界の力の全くない人間だし、父親の仕事の関係であちこちに行っていたから、ある程度は『外』での生活も経験したわ。・・でも、楽しいものじゃないことは確かね。」
問い掛けてくるレンに、クロとレナは苦笑を浮かべてみせる。
二人とも『外』での生活にあまりいい印象がないため、自然とその笑みも硬くなる。
「そっか、でも、私はそれなりに楽しかったかな。気心の知れた仲間達と一緒に旅をするのは。まあ、確かにそのほとんどが戦いの連続で気の休まる暇って数えるほどしかなかったけど、それでもそこには確かに生きている実感があったもの。」
ひどく疲れたような深い笑みを浮かべてみせるレンの姿を見ていた四人は、レンが自分達の高校に通うことになった事情を思い出し、その心中を察して一様に表情を曇らせた。
レンの所属していた傭兵旅団は、モンスターの襲撃を受けて団長以下の主要メンバーが根こそぎ重傷を負い現役引退を余儀なくされてしまった為に、解散せざるを得なくなってしまったのである。
当然そうなると旅団メンバーのそれぞれは別の道を進まざるを得ず、そのほとんどの仲間達と離れ離れになってしまったレンの心中を考えると、非常に複雑なものがある。
自分を見つめる四人の表情にそれらを感じとったレンは慌てて手を振ってみせると、大丈夫と笑ってみせる。
「いやいや、確かに傭兵旅団は解散になっちゃったけど、これはこれでよかったのかなぁって思っているのよ。私さ、今回のことで自分が方法を間違っていたことに気づいちゃったのよね。」
「なんの方法を間違えていたの?」
「う〜ん、私さ、誰かを守りたくて傭兵の道に進んだんだけど、でもさ、力に頼って力任せに人を守ることばかりが人を守る方法じゃないんだってわかったの。人を守る方法っていくらでもあるじゃない。例えば病院のお医者さんや看護婦さんは病気や怪我から人を守ってる、警察官は犯罪から人を守ってる、消防士さんやレスキュー隊員の人は災害から人を守っているわけじゃない。私、小さい時いじめられっこだったせいか、いじめられている人を守りたい、そのためには力が必要だって思いこんでいたみたいなのよね。でもさ、力尽くで誰かを守ったとしてもそれって一時的なものじゃない。私が求めている力はきっとそういうものじゃないんだと思うんだ。もっとちがう別の何かだとおもうんだよね・・まあ、それがなんなのかまだわからないんだけど。」
うまく言えなくて、ごめんね、とレンは最後に照れくさそうに付け加えたが、それを聞いても誰も笑いはしなかった。
みな一様にその言葉に大きく頷いて見せたのである。
「私も・・私もそう思うお!! レンにはきっと別の道があると思うお!!」
「そうかな?」
「俺もそう思うぜ。何も『外』で暴れることだけが『人』を守ることじゃない、だいたいレンは俺達と同い歳なんだしよ、それほど焦ることねぇだろ。」
「うんうん、折角こうして高校に通うことになったんだから、この際ゆっくり自分に合う道を探してみたら。」
マリーだけでなく、クロ、サイサリスもおざなりではなく、本気で同意してくれる姿にレンはくすぐったそうに照れていたが、ふと横に視線を移すとレナがさっきから後ろのほうをしきりに気にしている姿が目に映り、怪訝そうに声をかける。
「どうしたの、レナ? なんか後ろにあるの?」
「え、あ、いや、なんでもないのよ。・・ごめん、ちょっと寄り道して帰るから私、ここで別れるわね。」
レンに声を掛けられたレナはあわててなんでもないという風に首を横に振って見せたが、しばし何か考える素振りを見せたあと、申し訳なさそうに他の四人とは別の道で帰ると言ってきた。
「あ、そうなんだ。じゃあ、また明日ね。」
「うん、みんな、また明日からもよろしくね。」
「レナ、ばいば〜い」
「また明日ね、レナ。」
「気をつけて帰れよ〜。」
「ありがと〜、じゃあ、またね。」
と、なんだか急いだ様子で大き目のボストンバッグを抱えて去って行く赤毛の転校生を見送った四人は、再び歩き出す。
四人の帰り道のルートは学校の通学路に指定されている、都市営の団地の中を通って行く道で、団地はドワーフの職人たちが加工しやすく壊れにくい霊亀岩を削りだして作った建物が立ち並ぶ場所で、建物は上が五階建て、横は六列の中々大きな建物になっている。
団地の建物の間にはグラスピクシーの職人が作った花壇や小さな庭園がはめ込まれるように設置してあり、なかなか趣味がよく作ってある。
その中の道を通り抜けていくと、やがて団地の人達が普段憩いの場として使用している大きなフラワーバレー公園へと出るのだが、この公園結構複雑な構造になっており、一番上にあるグラウンドは非常に見通しがよく作られているのであるが、山の斜面に造られているせいか、下にいくほど木々が多い茂っており昼間でも薄暗い空間があちこちに広がっている。
そういう場所であるから、当然そこを利用しようとするものの中には、人に見られたくないことをするために利用しようというものもいるわけで、マリー達はまさにそういうことに使われることを前提にそこで待ち伏せされ狙われることになってしまったわけである。
普通に家路に急いでいたマリー達を、またもや他校の生徒と思わしき学生服の連中が取り囲む。
見たことのあるトロールの学生達に加え、今度は丘巨人族や、熊獣人族の姿も見え、朝のときよりもさらに大型種族の編成になっていた。
「また、おまえらかよ・・宿難にやられて懲りたんじゃねぇのかよ・・」
うんざりした表情で呟くクロだったが、トロールや巨人の間から姿を現した人物の姿を見て、さらにその顔が深くしかめられる。
「今朝はちょっと調子が悪かっただけだ、たまたまだ、偶然だ、あんな人間如きに私がやられるわけがない。」
物凄く気に障る甲高い声で話しかけてくる元クラスメイトの魔族の少年に、事情を知らないレン以外の三人は軽蔑しきった表情を浮かべる。
その様子を見ていたレンがこそっと横に立つドワーフの少年に聞いてくる。
「あれ、誰? 君達の知ってる人?」
「あ〜、一応、元俺達のクラスの副委員長だ。今は転校して別の学校にいってるみたいだけどな。」
「ああ、そうなんだ。ところで、ほんとになんで転校になったの?」
「自分が苛めやってたことがバレテこそこそ逃げ出したんだよ。」
「うっわ最低、かっこわる!!」
極力聞こえないように話しているつもりの二人だったが、距離が近いせいで全部丸聞こえで、朝とほとんど同じような内容のやりとりを再び聞かされることになった魔族の少年ヘイゼルは、またもや簡単に激昂しヒステリックに手下の不良達に指示をする。
「たたきつぶせ、骨の二、三本折っても構わないし、最悪廃人にしてやっても構わん、父の権力で全部なかったことにしてやる!!
「いや、おまえ、それ朝もおんなじこと言っていただろ。」
本当にうんざりした表情を浮かべたクロだったが、朝と同じように襲いかかってくる不良達をそのままにしておくわけにもいかず迎えうつために持っていたカバンを放り投げてファイティングポーズを取ると、最初に襲いかかってきたトロールのパンチを避けると、下から救いあげるような感じでトロールの腹部にその鉄拳を叩きこむ。
だが、岩を打つような感じがして手応えを感じなかったクロが不審に思って顔をあげると、トロールは全然きいてねぇよと言わんばかりにニヤリと笑って見せて、そのままその拳をクロの顔面に振り下ろす。
しかし、その拳が顔面に到達する寸前に、別の拳が飛んできてその拳を弾き飛ばし、体を回転させながら飛び込んできた小柄な影は、その回転の勢いのままに見事なバックブローをトロールの顔面に叩きつけてひるませる。
「レン!!」
思わず仰け反って膝をつくトロールを横目で見ながらクロの隣に立って同じようにファイティングポーズを取ったレンは、自分たちを取り囲んでくる不良達を油断なく見渡しながらクロに声をかける。
「クロくん、大丈夫?」
「ああ、なんとかな。しかし、こいつらなんかおかしいぜ、さっき力一杯腹を殴ってやったのにほとんど手応えがなかった。」
「え、それってまさか・・」
レンは自分の予測に顔をしかめるが、その予測を肯定するかのように、魔族の少年が得意気に説明する。
「そうだ、こいつらの学ランの下には対打撃用戦闘服を着せてある。今朝やりあった宿難は打撃系の格闘術を得意とするみたいだったのでね。それの対策だよ。」
「てっめぇ、ほんと汚いな・・」
「何を言うのかね、これも私の素晴らしい戦略というものだ。」
優越感に満ち満ちた非常にムカつく表情で勝ち誇るヘイゼルであったが、そのヘイゼルの言葉の中にどうしても無視できない言葉があったことに気がついたレンが横にいるクロに再びこそっと聞いてくる。
「ねえ・・今朝やりあったって、どういうこと? まさか宿難くん、こいつらと喧嘩したの?」
「ああ。危ない所をあいつに救われた。」
「相変わらず正義の味方やってるのねえ。」
絶対絶命の危機であるにも関わらず、小学校時代を思い出して思わず笑みを浮かべてしまうレン。
友達の危機に何度も颯爽と現れて、友達を救っていく彼に、彼の友達が親愛の意味を込めて付けた渾名は『守護神』。
自分の姓と同じ意味を持つその渾名に、レンは特別な想いを抱いていたが・・
とりあえず今は想い出に浸っている場合ではないと首を横に振って目の前の不良の一団に視線を向ける。
まずはこの危機を脱出しないと。
そう思ってクロと目で合図をかわし、まずはヘッドであるヘイゼルを押させてしまおうと一気にそこに向けて突撃しようとした二人だったが、それよりも早く二人の耳にクラスメイトの悲鳴が響き渡る。
「離しなさい!!」
「痛い痛い、そんな馬鹿力でつかまないでお!!」
ヘイゼルに目を取られているうちに、いつの間にかマリーとサイサリスに近寄っていた他の不良達が二人の身柄を拘束する。
「マリーちゃん、さっちゃん!!」
「今度は人質かよ・・もうおまえ最低すぎて反吐もでねえよ・・」
見事なまでの小悪党っぷりに、流石の二人ももう怒りを通り越して、呆れ果てたという表情を浮かべてヘイゼルを見る。
しかし、そんな二人の軽蔑しきった視線もまるで感じていないのか、ヘイゼルは自分の策謀に酔いしれていた。
「これで手も足もでまい。いや、言うまでもないことだが、勿論逆らったらそこの二人はかなりおもしろい顔になってもらうことになる。いや、元の顔が不細工なわけだから、かえっていいのかもしれんがな・・ぎゃははははは!!」
「笑っていられるのも今のうちだもん、宿難くんがこれを知ったら、あんたなんかギタンギタンなんだからね!!」
そう言って涙目で精一杯の虚勢を張ってみせるマリーに、ヘイゼルはあからさまに馬鹿にしきった表情を浮かべて見せる。
「ば〜か、ば〜か。宿難はここには来ないんだよ。以前宿難にひどい目にあわされたっていう御稜高校の不良どもに、一つ策を授けて宿難をおびき寄せるように言っておいたからな。今頃宿難はあいつらに袋叩きにされているだろうよ。」
「ひ、ひどいお!! で、でも宿難くんはそんなことで負けたりしないんだから!!」
「ほんと馬鹿だなあ、私が何の策もなく宿難を待ち伏せさせていると思っているのか? 鉄パイプや角材を十分持たせたからな、流石の宿難も武器を持った相手にどこまでやれるかなあ?」
「こいつとことん、最悪だ・・」
自分の策をひけらかし、有頂天にしゃべりまくっていたヘイゼルだったが、自分の優位がどうやっても覆されそうにないと思ったのか、マリーとサイサリスを捕まえている不良達のほうに視線を向ける。
「おい、よく考えたらもう人質いらないわ。顔が変形するくらいしつこく殴ってやれ。」
「てめぇ!!」
「マリーちゃんとさっちゃんを放しなさい!!」
二人を救出しようとするクロとレンだったが、他の不良達が邪魔で助けに行くことができない。
その間に二人をはがいじめにしたトロール達は、にやにや笑いながら二人をサンドバックにしようと拳を振り上げる。
しかし、マリーは決して目をそらすことなく涙目になりながらもトロール達を睨みつけて敢然と言い放つ。
「負けないもん!! 宿難くんの友達になるって決めたんだもん!! 絶対絶対負けないもん!!」
「ば〜か、そんなこと言っても誰も得しないんだよ。」
「得とか損とかじゃないもん!! 自分に恥じることはしたくないだけだもん!! 私は宿難くんの友達として恥じることはしないもん!! そう約束したんだもん!!」
「もう、うるさいから早く始末して。」
そのヘイゼルの言葉に壮絶なリンチが始まる、マリーとサイサリスに次々と襲いかかる拳の嵐、一人一人と拳がマリーとサイサリスの顔面にその岩のような拳が突き込まれていく。
「マリーちゃん!! さっちゃん!!」
悲痛なレンの叫び声が公園内に響きわたる。
が・・
よく見るといつのまにかマリーとサイサリスの周りから不良達の姿が消えており、さらによく見ると二人ともぽかんとした表情を浮かべてはいるものの全くの無傷で立っている姿が確認できた。
レンもまたその様子を呆気に取られて見ていたが、二人の傍にここにはいないはずの人物が立っていることに気がついて吃驚仰天し、思わず口をあんぐりと開けて固まってしまう。
しばし、そのまま固まってしまっていたレンだったがよくよく周りを見渡してみると、自分だけではない、横にいるクロも、周囲の不良達も、人質に取られていた二人もクラスメイトも、そして、ヘイゼルでさえも突然現れたその人物に驚愕の表情を浮かべ固まってしまっていた。
やがて、その人物がヘイゼルのほうを向いて冷たい氷の微笑を浮かべてみせると、小さくつぶやいた。
「宿難影幻流 抜刀柔術 天狗落とし」
その言葉が終るや否や、突如空中からバラバラと何かが落ちてきて、地面に激突し悲鳴を上げながら地面の上をのたうちまわりやがて悶絶して動きを止めた。
よく見るとそれはマリー達を拘束していたトロール達で、信じられないことだが彼らはその件の人物に空中高く放り投げられていたらしい。
それを呆気に取られて見ていたヘイゼルだったが、見る見るその表情に憎悪と憤怒と怨念を浮かび上がらせると、その人物の名を絶叫するのだった。
「宿難 連夜〜〜〜〜〜〜!!」
Act5 『ボク 推参!!』
マリーが視線を横に向けてみると、そこにはマリーが見慣れた、でも心の中で助けに来てくれることをずっとずっと待っていた優しい友達の姿があった。
彼は朝と同じ優しい笑顔で自分を見下ろしている。
「大丈夫? 怪我しなかった?」
「う、うん、ありがとう。私は大丈夫。」
「そう、それはよかった。」
華のような笑顔をマリーとサイサリスに向けたその人物は、すたすたと歩いて不良達に取り囲まれているレンとクロの元に向かい、その途中不良達の輪の外側まで来て立ち止まると永久凍土のような冷たい笑みを浮かべて両手を上に構えて見せる。
「おいでよ、遊んであげるから。」
自分達よりもはるかに小さい上に、最弱と言われている種族である人間からの挑発に、トロール達はもとより、丘巨人族、熊獣人族の不良達もぶちギレて奇声をあげて次々と殺到していく。
自分の倍近くもある巨体の持ち主達から一斉に殴りかかられる瞬間を目にしたマリー達は、掛け替えのない友人の無残な姿を想像して悲鳴をあげるが、しかし、そこでは全く逆のことが起こっていた。
目にも止まらぬ速さで巨人の懐に飛び込み、その伸ばされた腕に自分の腕を添えるようにあて、そのままその腕の勢いをさらに加速させてやる。
するとそのまま面白いようにそこを中心にして風車のように回転した巨人は自分に何が起こったかわからないまま地面に叩きつけられる。
当然予想していなかったわけだから、受け身などとれるはずもなく、肺にためていた空気をすべて吐き出して、背中から走る激痛に耐えきれずに一瞬で悶絶する。
それが一人だけに起こったわけではない、次々と移動を繰り返しながら、トロールを、巨人を、熊獣人を面白いように投げ飛ばし地面に叩きつけていく。
そして、あらかた投げ飛ばし、動く者がほとんどいなくなったところでその人物は再び歩きはじめ、自分達の目の前に広がる光景が信じられずに茫然としているクロとレンの横にやってきた。
「二人とも怪我はない?」
にこっといつも通りの笑顔を浮かべてみせる友人の姿に、二人は思わず顔を見合わせ、そして、驚いた顔をそのままに再び目の前の人物に視線を向ける。
「あ、ああ、大丈夫だけどよ・・お、おまえ、他の不良におびきだされたんじゃ・・」
「へ? ああ、そっちはそっちでちゃんとやってるから大丈夫。」
「はあ? ちゃんとやってるってどういうこと?」
「あ・・いや、あはは、まあ、それはまあその・・そこはどうでもいいじゃない、ね。」
「いや、まあ、おまえがそういうならいいけどさ。」
なんか釈然としないといった表情のクロに、曖昧に笑ってみせるのだったが、隣にいるレンが物凄い不審そうな表情でその人物を見詰めてくる。
「え、えっと何かな、レン?」
「なんか・・宿難くん、すごい声が高い気がするんだけど・・」
「え〜〜〜っと、その、あれだよ、ちょっと喉を痛めていて・・」
「いや、その場合逆に声が低くなるんじゃないの?」
「いやいやいや、ボクの場合高くなるときもあるんですよ。」
「え〜〜〜本当かな〜〜〜。」
これ以上ないくらい不審そうな視線でジト目で見つめてくるレンから、思い切り顔をそらして口笛を吹いて誤魔化そうとするのだったが、その顔には冷や汗が滲んで見えた。
怪しい、これ以上ないくらい物凄く怪しい目の前の人物に、さらに容赦ないツッコミを入れようとしたレンだったが、それよりも早く話に割り込んだ人物がいた。
「貴様ら、私を無視して勝手に和んでいるんじゃない!! おい、宿難 連夜、貴様はいつもいつもいいところで正義の味方気取りで現れて私の至高の時間を潰してくれよってからに!! もう許さん!! 手加減はもうおしまいだ!!」
激しく怒り狂ってこちらを指さしてくるヘイゼルに、指さされた人物は呆れた様子を隠そうともせずに肩をすくめてみせる。
「おや、まだいたのかい? もうとっくに逃げ出したと思っていたのに。というか、どのあたりが手加減に入っていたんだか、よくわからないんだけど。」
「きっさま〜〜、いちいちと癇に障るやつめええ・・もういい、バルカス、あのちびを捻り潰してしまえ!!」
ヘイゼルが声をかけると、今までヘイゼルの後ろのただの壁だと思っていたものがのっそりと動きはじめ、そして、それは人の形をとってヘイゼルの前に姿を現した。
「悪く思うなよ、カミオ家には借りがあってな、無視するわけにはいかんのだ。」
一見巨人族かと思えるような身長2メートルを越えるその大男は、短く刈り込んだ茶色い頭髪に、男らしい精悍な顔つきをしていて、しかもその身体から溢れ出る尋常ではない闘気から、今までの不良達と格が違うということがわかる。
大男はグキグキと首を鳴らしながら近づいてくると、レンとクロを庇うようにして立つ御稜高校の男子生徒の制服姿の人物を睨みつけて立ち止まると、腰を低くして半身の構えで片手の拳を突き出し、もう片手は自分の腰のところに構える。
典型的な東方系の打撃系格闘技を習得したものの構えだった。
すると、それを見て一歩前に出た人物も迎え撃つように構えて見せる。
ブレザーの両袖から見える紅い指抜きの手甲を装着した両腕を高く構え、指先は広げてままそこから相手を覗き込むようにして相手を見据える。
「今までの奴らと同じだと思わないほうがいいぞ。」
口を歪め獰猛な肉食獣の笑みを浮かべるバルカスに、対峙する人物は吹きすさぶ雪山のような冷たい視線で相手を見詰めて笑い返す。
「クズは所詮クズでしょ? 何が違うのか、教えてよ。」
「ならどう違うか・・身体で聞いてみろおおおおおおお!!」
そう吠えた瞬間、バルカスの頭部が真っ黒な毛で覆われた虎のそれに変化し、一瞬で間合いを詰めたあと突き出されたその肘が目の前の小さな体に突き込まれる。
絶妙なタイミングで繰り出されたその一撃は、間近で見ていたはずのマリー達には全く見えなかったし、ある程度修羅場を潜り抜けてきたクロにも、また正式な戦闘訓練を受け、つい最近までプロとして『外』区で命を懸けて戦っていたレンですら捉えることができなかった。
それほどまでに技として昇華されたその一撃を避けることは不可能と、見ている誰もが思ったし、それはバルカスを出陣させたヘイゼルですら同じであった。
「ぎゃはははは、バルカスは北方都市高校連合主催の格闘技選手権で第三位になったほどの実力者だぞ!? 一介の高校生如きが勝てるわけが・・あれ?」
ズンッ!!
凄まじいい轟音が公園内を響き渡り、全員が気がついたときにはバルカスはどうやってかわからないが、投げ飛ばされて地面に叩きつけられてしまっていた。
しかも、頭から落とされたようで、完全に伸びてしまい起き上がってくる気配はない。
「宿難影幻流 抜刀柔術 居合背負い・・ボクの間合いに不用意に入っちゃいけないよって教えてあげようと思ったのに、ほんと男ってせっかちでバカだよね・・」
「な、な、なにいいいいいいいっ!!」
バルカスを投げ飛ばし失神させた人物は、勝ち誇るというよりも呆れ果てた表情を浮かべてそれを見ていたが、驚愕の声を上げるヘイゼルの声を聞きつけてくるりとその身体をそちらに向ける。
「さて・・お仕置きの時間だ。朝十分その身体に教えてあげたはずなんだけど、『僕』のやり方が生温かったみたいだね。でも、安心してね。ボクはそんなに甘くないから、とことんその身体に教え込んであげるから・・」
「ま、待て・・何度も言うが、わ、私の父はこの都市の権力者だぞ!! 私に手を出したらどうなるか、知っているのか!? 本当に本当に大変なことになるんだぞ!?」
全然懲りていないのか、ヘイゼルは小動物のように怯えきっていながらもそれでもまだなんとか自分だけでも助かろうとするが、その言葉を聞いても小柄なその人物は首を横に振ってにこにこしながら歩み寄るのをやめようとせず、冷たく言い放つ。
「知らないし、知りたくもないし、助けてあげるつもりもないよ。ボクのことを詰らない策にかけようとしたこともそうだけどさ、女の子を人質にしてしかも女の命とまで言える大事な顔に男の力でよってたかって傷をつけようとしておいて、自分だけ助かろうっていうのはダメでしょ。」
にこっと悪魔の笑みを浮かべる人間の人物に、ヘイゼルは断末魔の絶叫をあげるのだった。
「くるな、くるなあああああああああああ!!」
全てを終え、マリー達のところに戻ってきた人物は、マリー達の誰も怪我らしい怪我をしてない様子を見て改めてほっとした表情を浮かべる。
「それにしてもみんな無事でよかった。着替えに手間取っちゃって間に合わないかと思ったわ・・」
「は? 着替えって、なんのこと宿難くん?」
ほ〜〜っと安堵の溜息を吐きだしながら言ったその言葉の内容がわからず、きょとんとしてマリーが問い掛けると、助けに来てくれたクラスメイトは慌てて手を振ってみせる。
「え、あ、その、あはははは、なんでもないの。気にしないでマリーちゃん。」
「いや、さっきからなんか、宿難くん、おかしくない? しゃべりかたも妙に柔らかいっていうか・・いやいつも柔らかい口調なんだけど、なんか今日は特に柔らかいっていうか・・なんか女の子みたいなしゃべり方ていうか・・」
「な、何言ってるのさ、そんなわけないでしょ!! や、やだなあ、レンは、あはははは。」
と、めちゃくちゃ挙動不審に慌てて誤魔化そうとする目の前の幼馴染に、レンの視線がどんどん厳しくなっていく。
ここはとことん追求しておかなくてはと思って、レンは口を開こうとしたがそれよりも早く別の人物が先に口を開き幼馴染に話かける。
「あのさ・・宿難くん・・あれ、本気であのままにして帰るつもり?」
物凄くびみょ〜〜〜〜〜な表情になったサイサリスが、指さすのもいやなのか、小さく人差し指でつんつんと示して見せた方向を他のメンバーも一斉に見つめる。
すると、それを見た他のメンバーも、一様にびみょ〜〜〜〜〜な表情になるのだった。
「・・朝も思ったけど・・おまえちょっとひどくねえ?」
「え、そうかな?」
「いや・・あのさ、宿難くんはこのあたりの人じゃないから、知らないかもしれないけど・・ここってほら暗いし人通りも少ないじゃない、だからその・・そういう趣味っていうか、その性的嗜好っていうか、異性に興味がない人がその・・出会いを求めてやってくることで有名な場所なんだけど・・」
「あ〜、うん、そうらしいね。」
「そうらしいねって、宿難くん、知っててあんな格好させたの!? し、しかも、あんな内容のプラカードまで下げさせて!?」
顔を真赤にさせて絶叫したサイサリスは、もう一度、自分が先程示して見せた方向に視線を向ける。
そこには・・とんでもない姿で、とんでもない内容が書かれたプラカードをぶら下げたまま失神しているヘイゼルの姿が・・
あまりにも狼狽しているサイサリスに、かわいく小首を傾げて逆に問いかけてみる。
「あの姿似合っていると思うんだけど・・さっちゃんはどう思う?」
「いや、あの、そんなこと聞かれても・・」
「宿難くんって、ほんとエッチだね・・」
「まさかあんたにああいう趣味があったとは意外だわ・・」
「え、みんな結構そういうの嫌いじゃないと思ったんだけど・・」
「「「・・嫌いではないけど〜」」」
女性陣が一様に顔を真っ赤にして反らしてしまうのを見て、今度は逆にクロがドン引きしてしまう。
「おまえら男をどういう目で見ているんだ・・言っておくが、俺はああいうのは絶対いやだぞ・・」
「大丈夫、クロくんにはそういうの全く期待してないから。」
「なんかそれはそれで失礼な気もするが・・」
「まあまあ、いいじゃない、それよりも暗くなってきたし、帰ろう。明日も学校あるんだしね。」
そう言ってみると、マリー達もそれもそうかと苦笑しながら納得し、公園をあとにすることにする。
沈もうとしている真っ赤な夕陽が、公園内のあちこちに横たわって悶絶している不良達の姿を照らし出しているのを、少し振り返ってみていたマリーだったが、すぐに友達から名前を呼ばれて気がつくとたたたっと小走りに走って大好きな仲間達の元へと向かっていった。
どれくらい気を失っていただろうか・・魔族の貴族にして誇り高き上位種族の末席に位置するヘイゼル・カミオは、自分の唇に柔らかい何かが押し付けられているのを感じて意識を覚醒させる。
ぼんやりとして周囲がまだはっきり見えない中、身体を動かしてみようとするが両手両足を何かで縛られているらしく身動きがとれないし、やたら肌寒い。
いったい何が自分に起こったのかわからないが、視線をさまよわせると、自分の顔の目の前になんかやたら美青年なエルフ族のお兄さんの顔があって、物凄い潤んだ瞳でこちらを見つめているのが見えた。
「やあ、やっと気がついたんだね、僕の運命の人・・」
「な、なんだ貴様は・・」
「そんな姿で挑発して・・いけないこだな、君は・・」
「は!? 何いっとるんだ、貴様は!?」
青年がわけのわからないことを言い出すのでヘイゼルは驚愕と怒りの入り混じった声を張り上げて、青年を一発殴ってやろうとじたばたともがくが、それに気がついた青年は慌ててヘイゼルの身体を抱き寄せる。
「ダメだよ、そんなに暴れたら・・縄が食い込んで君の手足に取り返しのつかない傷がついてしまう。」
「ちょ、待て、貴様、放せ、放さないか!!」
「いや、だめだ、もう僕は絶対君を放さないよ・・」
「はあっ!? 何をいって・・とりあえず、放せ!!」
「ダメだ・・僕がこの身体を放したら他の奴らに君の素晴らしい姿が見えてしまう!! この姿は僕だけのものだ!!」
「だから、さっきから何を・・ん、私の姿だと・・ま、まさか・・うぎゃああああああ!! なんじゃあこりゃああああああ!!」
青年の言葉に嫌な予感を感じたヘイゼルだったが、確認しないわけにはいかず恐る恐る自分の身体を見てみると、自分がいまとんでもない姿をしていることに気が付いて悲鳴をあげる。
上半身すっ裸に、首には大きな赤いリボン、下半身には黒い膝上までの網タイツに、むちゃくちゃ短い赤いミニスカートをはかされており、一応下は下着をはかされているが、かなりびみょうな姿であるこことは間違いなかった。
しかも、そればかりではない、またもや自分の首からプラカードがかけられていて、暗闇で最初文字がよく見えなかったが、なんとか身体をずらしたりしてみてみると
『優しい男性の恋人募集中 僕のことを好きにしてください へいぜる・かみお」
と、書かれているではないか
その言葉の意味を頭の中で理解したヘイゼルは真っ青になりながら、いま自分が絶対絶命のピンチに陥っていることを悟ったが打開策が見つからずだらだらと冷や汗を流し始める。
しかし、そんなヘイゼルの様子を別の意味にとった青年は、気持ち悪いくらいに優しい表情を浮かべてヘイゼルに言うのだった。
「大丈夫だよ、ちゃんと痛くないようにするから。」
「何をだ!? いや、言うな、答えなくていいから!! っていうか、お願いだから答えないでください!!」
「うん、そうだね、それは身体で答えればいいものね。」
「の〜〜〜〜〜!! それもしなくていいから、いますぐ縄をほどけ〜〜〜〜!!」
「ふふふ、恥ずかしがっちゃって・・さあ、行こう僕らの愛の巣へ。」
と、青年はその華奢な姿からは考えられないような力で軽々とヘイゼルを担ぎあげると、悠々とその場を立ち去っていくのだった。
「お、覚えていろよ〜〜〜〜、す、すくなあああああ、れんやああああああああああああ!! っていうか、誰かたぁあすけぇてぇ くりえええぇぇっぇぇぇぇ!!!」