恋する狐は止まらない そのいち
二十年というそれほど長くもない人生の中で、私は今最も幸せで最も不幸な生活を強いられている。
『黄帝江』という悠久の大河のど真ん中、そこそこ大きい島の中に閉じ込められ、三ヶ月間というそこそこ長い期間にわたって私は俗世間に戻ることを禁じられてしまった。
無理矢理連れて来られてしまった私であるが、別に無理矢理連れて来られてしまったことに関しては全く怒っていない。
むしろ無理矢理連れて来てくれなかったら大暴れしていたところであるが、私の未来の旦那様はそういうことはちゃんとわかってくれているので、自分が悪者の立場になって私を無理矢理連れてきた・・ということにしてくれたのだ。
もう、大好き!!
訳あって私の名前、及び私の最愛の人の名前を明かすことはできないが、ともかく私は今その最愛の人、つい最近正式に婚約者となった年下の未来の夫と共に現在この島で生活をしている。
私の大切な彼はある有名な薬草、霊草栽培の名人の息子で、自分自身も相当の腕前を持っているのだが、このたびある重要な品種の栽培方法について修行しなくてはならない任務を中央庁から直々に拝命した。
その重要な品種の栽培方法についての情報が他にもれないようにということで、関係者は修行が終了するまでの三か月間、この島に監禁状態にされることになってしまったわけである。
流石にたった一人で監禁というのは忍びないということで、信頼のおける者を一名までなら連れて来てよいという許可が出ていて、彼がどうしても私を必要だから、私がいないとさびしくて死んでしまうから、私のいない場所では生活できないから、と言って懇願するので、彼を愛している私は仕方なくここについてきてあげることにしたのである。
ほ、本当に仕方なくなんだからね!!
二人っきりだ、二人っきりだ、やっほ〜!! なんて、思ってついてきたわけじゃないんだからね!!
・・いや、本当はその通りです、えへへ。
緑豊かで自然の美しいところであるが、無人島であるわけだから自然以外にはな〜んにもない場所である。
娯楽らしい娯楽は何にもないわけだから退屈で死んでしまうのではないかと思っていたのだが、主催者である中央庁から用意してもらった一軒家にはテレビ、霊蔵庫、洗濯機などの文明の利器が取り揃えてあって、家の裏手の倉庫にはレンタル水晶ショップ並に一流二流問わず映画からお笑いからアニメからドラマまであらゆる映像水晶が取り揃えてあり、また、食糧はもちろん、スナック菓子から各種お酒まで揃っていて、まさに至れり尽くせり。
中央庁はふとっぱらじゃのう・・
完全に二人きりというわけではないが、一日の半分は二人きりなのでその点に関しても不満はない。
しかも私は女で妻になる立場にあるが、うちの旦那様は家事のエキスパートであるのでその手は全てやってくれてしまい、私は三食昼寝つきという非常に優雅な生活を送っている。
ちなみにうちの未来の旦那様の料理の腕前はプロ級よ!! めちゃくちゃおいしいのよ!!
うらやましいでしょ、でも絶対あげないけど。
え、それでどこが不幸なのかって?
いいから最後まで私の話を聞きなさいって。
私の旦那様は(未来のを省いたのは、もう事実上間違いなく私の夫であることに間違いないからで、というか、一応所有権を主張しておかないとまだその未来を覆すことができる隙があるように聞こえてしまうのが嫌だから。・・なんか文句ある?)私よりも3つ年下のまだ十七歳の高校生。
私達が普段住んでいる城砦都市『嶺斬泊』の条例で、十八歳未満の未成年は結婚できないことになっているため、彼の十八歳の誕生日がくるまで正式に夫婦になることができない。
できないが・・
少なくとも私は大人で、彼もやはり多感なお年頃なわけで、心のつながりだけでなく、もっと別のところでもつながりたいというか、愛し合いたいというか・・
いや、誤解のないように言っておくけど、私は決して彼を拒んではいない、むしろ逆で彼よりもどちらかといえば私のほうが望んでいる。
私は彼を自分の所有物だと思っている。
傲慢であると思ってもらってかまわない。
誰がなんと言おうと彼は私の物で他の誰かの物ではないし、絶対に誰にも渡さない。
だけど、同時に私は彼の物である。
彼の所有物として扱われたいし、彼の所有物であるという証がほしいのだ。
まあ、彼はめちゃくちゃ私のことを大事にしてくれているので、乱暴に扱うような真似は間違ってもできないわけで、ちょっとでも傷つくようなことがあったらいけないと、相当苦心していろいろと準備してくれたり、あとのことを考えたりしてくれているわけで、もうそれだけでも十分幸せなのであるが、逆にそこまで用意してくれているんだったらもういいじゃない、いけるとこまでいきましょうよ、ともうエンジン全開、覚悟完了でこの島に乗り込んできたのに・・ああ、それなのに・・
そう考えていた私は、自分の考えがミルクチョコレートよりも甘かったことを思い知らされることになった。
この島についたときからなんか妙な力が働いているな〜とは思っていたのよね。
まあ、そのときは別に気にもとめなかったんだけど、彼と一緒にてくてく歩いているうちに、なんかだんだん歩きにくくなってきたな〜って思ってきて、気がついたら私四つん這いで歩いていたのよね。
あれ? と思ったけど、まあ『人』の形態に比べればはるかに早いし、これから三か月住むことになる家に着くまでいいか・・と思って放置していたんだけど、いざ家に到着して『人』にもどろうとしたら、これがもどれないのよ!!
なんで、どうして!?
そう思って横にいる彼に助けを求めたら、慌てる私を見て何かを思いだした表情になったの。
「そういえば、お母さんから、何か変わったことがあってパニックになりそうになったら、この手紙を読みなさいって渡されていたんだっけ。」
と、持て来ていたボストンバッグから一通の封筒を取り出して私に差し出してきたんだけど、今の姿の私が封筒の中の手紙を出すことは至難の技なのでかわりに読んでもらうことに。
『この手紙を読んでいるということは、きっと『人』にもどれない状態になっているからだと思いますが、それは病気でも霊力の暴走でもありません・・私のせいで〜す、ごめんね、てへっ。いや、あなたのことを信用してないわけじゃないのよ。でもね、仮にも修行中にあっはんとかうっふんとかはちょっとどうかなとお母さんは思うわけです。しかもその結果、私達に孫ができちゃったりなんかしちゃったりするのは、それはそれで嬉しいけど、生まれてくるかわいい赤ちゃんに籍が用意できないような無責任なことはダメよ〜。って、ことで、申し訳ないですが、そこで過ごす三か月間は『狐』の姿で過ごしてください。決して意地悪でしているわけじゃないのよ。これも親心とわかってちょうだいね。じゃあ、二人とも力を合わせて三か月間を乗りきってください。大丈夫、愛の力があればなんとかなるから。 追伸:『狐』の姿で固定される結界はこの島だけのものです、島から出たら元に戻れるから安心してね。』
・・き、『狐』の姿で三か月・・
お・・お義母様のいぢわるうううううううううううう!!
たしかに・・たしかに、お義母様の仰る通りでございます。
修行中にあっはんとかうっふんとか、あなたそんなところはあんだめよとか、もっともっと激しくとか、え、そんなことまでとかは確かによくないとは思うけど、私達も若いわけでそれなりにそういう情緒も発達しているわけだから、若さゆえの暴走がなきにしもあらずんばずんばずびずばなのに・・
はあ〜〜〜〜〜
もうがっかりしたわよ、がっくりきたわよ、私のこの燃え上がる情念をどう昇華すればいいのよ・・
でも・・
うちの旦那様はちょっと違っていたのよね・・私に対する愛情はこの人って底なしなのね・・
『狐』の姿じゃちょっと無理よね〜、あははは〜って、言ったらあの人・・
「いや、僕は全然平気ですよ。」
・・・
え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
「『人』の姿であっても、『狐』の姿であっても、僕は死ぬまで愛し続けることができます。お疑いなら今晩試してみますか?」
いや、あの・・そんなあっさりと言われてもその・・
う、うれしいけど、その・・ほんとにめちゃくちゃうれしいけど
葛藤したわ、人生で一番葛藤したわ・・だけど・・ああ、だけど、無理!!
初めての経験が『狐』の姿でした、てへ・・なんて、絶対に無理!!
彼が望むなら裸エプロンだろうが、看護婦さんだろうが、スクール水着だろうが、セーラー服だろうが、ちょっと危ない方面だろうがどんとこいよ、なんでもやってやるわよ・・でも『狐』のままは無理無理!!
それじゃあ、ほんまもんの『獣』じゃない!!
ああ、確かにどうせ彼の腕の中で自由にされるんだから、『人』だろうと『狐』だろうと一緒だろうと思うかもしれないけど、私だって人並に女の子なのよ、大好きな彼にささげるといってもいくらなんでもこれはないでしょ!!
こうして私の野望は初日から破れさってしまったわ・・ぐすん。
もう立ち直れない・・私は世界一不幸な女だわ・・
「いいじゃないですか。僕は一日中一緒にいることができるだけで幸せですよ。僕だけをみてくれる人が側にいるのですから。僕について来てくださって本当にありがとう・・愛していますよ。」
・・・
ふっか〜〜っつ!!
うんうん、まあ三カ月お預けになったのは確かだけど、三ヶ月後にはできるわけだし、それに彼と二人きりの時間はたっぷりあるわけだしね。
この際だから彼に甘えられるだけ甘えることにしよう。
よ〜し、何からしてもらおうかなあ・・
「そろそろ夕御飯ですよ〜?」
あ、考え付いたらまた教えてあげるから、今日はここまで。
旦那様まって〜、すぐ行くから〜ん。