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Act 3 『集いし運命の人々』

思ったよりも早く御稜高校、弐-Aの教室についた少年は、自分が座る場所であると思われる席が異様にぴかぴかに光っているのを見て、思わず一緒に登校してきたクラスメイト達に問い掛けてしまった。


「あの・・この新品みたいな席って、ほんとに僕の席なの?」


その問い掛けに、すぐ側にいたマリーとサイサリスが物凄く誇らしげな表情で頷いて見せる。


「うん、一生懸命拭いたんだお。宿難くんがいつでもすぐに帰ってこれるようにって。」


「そっか・・そうだったのか・・ありがとうね。」


少年は、少女達がどんな思いでこの机を拭いてくれたのかを察して込み上げてくるものを感じ、そっとその磨き上げられた机を触るともう一度二人のほうに視線を向けて深々と頭を下げて見せるのだった。


「本当にありがとう。君達のようなクラスメイトがいてくれて本当にうれしいよ。」


「あ、いや、待って私達だけでやったわけじゃないの・・みんなでやったのよ。机もロッカーも、みんな、あなたに許してほしくて。」


「え?」


そう戸惑ったように問い返す少年だったが、いつのまにか、彼はクラスメイト達から取り囲まれており、吃驚したように見渡すと、彼ら彼女達は一斉に頭を下げて見せる。


『宿難くん、ごめんなさい』


「ええええええっ!!」


ずいぶんな人数から一斉に謝られてしまうことになった少年は、非常に慌てふためいたが、クラスメイト達は真剣な表情で、自分達が間違っていたことを話し、少年に許しを乞うてくる。


少年は非常に困った表情でクラスメイト達を見渡したあと、笑顔で自分がもう気にしていないことを告げるのだった。


「いや、ほんとにみんな気にしないで。みんながこんなによくしてくれるとは思っていなかったから、本当に吃驚したよ。正直、このクラスのアイドルに手をかけたわけだからむしろ、どれだけないがしろにされても仕方ないと思っていたしね。」


えへへと笑ってみせる少年。


だが、その瞳に宿る意志の強さは半端ではなく、恐らくそうなっていたとしてもこの少年は決してへこたりはしなかったであろう。


マリーや、クロ、サイサリスは勿論、他のクラスメイト達も改めて目の前の少年の本当の強さを実感し、自分達の認識を改めることにするのだった。


やがて、じっと見つめられていることに耐えられなくなった少年が、顔を赤らめながらみんなに解散してくれるように頼みこんでようやく一人席に座ることができた。


「やれやれ・・この展開は全く予想外だったなあ・・」


「おや、宿難くんは、この展開じゃなかったらどういう展開を予想していたのかしら? もしかしたら全てのクラスメイトを敵に回して戦うつもりだったのかしら?」


その言葉に横を向くと、いつのまにか来ていた美しい純白の髪の少女がこちらを見て席に座っている姿が目に見えた。


少年はその少女に、今まで見たことがないような男臭い獰猛な笑みを浮かべて見せる。


「必要があればね。素人相手に大人げないかもしれないけど、売られた喧嘩は全力で買う主義なんだ。例えこの身が砕け散ろうとも僕の心に守るべき大切なものがある限り僕は絶対にそれを曲げないし、それを汚させるような真似は絶対に許さない。」


純粋で真っ直ぐな黒い瞳を見つめていた純白の髪の少女リンは、がっくりと肩を落とし少年を見る。


「は〜・・これは心配するわけだわ、あなたちょっと真っすぐで熱血すぎるわよ。もうちょっとクールになりなさいよね。私が言うのもおかしな話だけど、そうでないと余計な争いに巻き込まれるわよ。」


「望むところだよ、人間だからってちょっかいかけてくるなら、この際だから宿難 連夜に手を出すものがどういう目にあうか思い知らせてやるつもりだよ。この拳にかけてね。」


燃えるような闘志を噴出させ、拳を突き出して見せる少年の腕をそっと下ろさせて、リンはますます表情を曇らせるのだった。


「やめなさいってば。あ〜なんだか、昔の私を見ているようだわ・・」


そう言って、しばらく頭を抱えていたリンだったが、怒ったような表情を浮かべて目の前の少年を睨みつける。


「いい、お願いだから学校ではできるだけおとなしくしていて頂戴よね。私にとっても私の大事な人にとってもとても大切な人からのたっての頼みごとだからできるだけフォローするけど、自爆するようなことになったら自分でなんとかしなさいよ。そうなって、彼に迷惑をかけるようなことになったら絶対に許さないからね!!」


その言葉を聞いた少年は、みるみる意気消沈してしまい、すねたような瞳でリンを見る。


「わ、わかってるよ。君も知ってるだろ? 僕にとっても大恩人で憧れの人なんだ。その人に迷惑をかけるのだけは僕だって避けたいさ。」


「じゃあ、極力猫をかぶっていてちょうだい。いい?」


流石の少年も神妙な表情でこっくりと頷いてみせ、その真剣な様子を見たリンはようやく安堵の吐息を吐きだす。


そして、顔をあげたリンは、少年の向こう側で何かモジモジしながら話しかけようかやめようか非常に困った表情でいる友人の姿を見出して苦笑すると、先に声をかけ、助け船を出してやることにする。


「おはよう、姫子ちゃん。」


「お、おはよう、リン。その、話は終わったのかな?」


「うん、終わったわよ。宿難くん、姫子ちゃんに挨拶してないでしょ?」


「え? あ、そっか。」


リンに促されて少年は自分の席のリンとは反対側の席に座る方に身体ごと向きなおり、そこにいる少女のほうに視線を向けた。


龍族の少女は、少し逡巡していたがいつも通りに掛け替えのない友人に、少年はクラスの委員長で才女である龍族の少女に朝の挨拶をしようとしてお互いの顔を見て、そのまま固まってしまった。


二人ともお互いの顔を大きく目を見開いて凝視し、口を開けた状態でしばらく声もなくずっとお互いのことを見つめている。


リンはずっと朝一時間目の授業の用意をしている最中だったので、しばらくその二人の異様な様子に気がつかなかったが、筆箱や教科書などをすっかり出してしまってあとは先生を待つばかりとなったところで、そういえばさっきから声が聞こえてこないなと不審に思って視線を横に向けてみる。


すると、そこにはぽかんと口を開けたまま、お互いの顔を上気した顔と潤んだ瞳で見つめあっている二人の姿が。


リンが近寄って二人の間に片手をひらひらさせてみるが、二人とも微動だにしない。


なんだこりゃ、と思ったリンはとりあえず脅かすことになっても問題なさそうな少年の肩に手をかけて揺さぶり声をかける。


「ちょ、宿難くん!! なにやってるの!?」


「ほえっ!? ・・あっ! その、ごめん。」


リンの声にようやく我に返った少年は、顔を真っ赤にして慌ててリンと目の前でまだ固まっている姫子に向かって何度もぺこぺこと頭を下げて見せる。


「いったいどうしたのよ。かなりの時間固まっていたわよ?」


「あ〜、その・・」


リンに不審そうに問い掛けられた少年は、頭を掻きながらえへへと笑って答える。


「いや、姫子ちゃんみたいな奇麗な人って生まれて初めてみたから、びっくりしちゃって・・世の中には吃驚仰天するくらいの美人っているんだねえ。あんまり美人だから僕夢を見ているんじゃないかって思っちゃったよ。」


「きれっ!? びじっ!?」


少年の照れながらも真っ直ぐで嘘偽りのない言葉を聞いた姫子の顔が瞬間湯沸かし器のような勢いで一気に紅潮し、そのままコテッと机に突っ伏してしまう。


「きゃあああああっ!! 姫子ちゃん、しっかりして、姫子ちゃん!! 姫子ちゃん!!」


「れ、れん、連夜が・・わ、わた、わた、わたしのこと・・きれっ・・びじっ・・って・・びっくりするくら・・びじっ」


「ちょ、姫子ちゃん、気をしっかり持って!! お願いだからそんなアホな理由で死なないで!?」


あまりの嬉しさに昇天しそうになっている姫子を必死になって呼び戻すリン。


その必死の呼びかけのおかげでなんとか自分を取り戻した姫子は、まだ心臓がばくばくいっている胸を押さえながら自分を心配そうに見つめている隣の席の掛け替えのない友達の姿を見る。


「だ、大丈夫、姫子ちゃん。僕、なんか変なこと言っちゃった?」


「う、ううん、そんなことない、ごめん、わら・・ううん、わたしのほうこそ、ごめんね、吃驚させちゃって。」


「いやいや、いいんだ、そんなこと。それよりもおはよう、姫子ちゃん、また今日からよろしくね。」


「おはよう連夜。わたしのほうこそよろしくお願いします。もう、あんなことは二度と起こさない。誓うわ。この命にかけて。」


「そのことはわかってるよ。それに大丈夫、今度は姫子ちゃんも、僕自身もどちらも守ってみせるから。」


なんだか嬉しそうな、でもどこか寂しげな表情で声をかけてくる少年に、自分自身も挨拶を返す姫子。


しかし、さっきのあれはなんだったんだろう。


振り返った少年の姿を見た時、見慣れた掛け替えのない幼馴染で友達である彼が、まるで別人のように見えた。


姫子は見た、少年を包む美しくも気高い真っ赤な太陽のような炎と、そして、その瞳には同じ炎を。


そして、少年自身を燃やしつくそうかとすら見える炎に、負けないほど純粋で真っすぐで汚れない心が強い意志とともにそこにあり、そんな魂が自分の心を掴むのを感じたらもう目を離すことができなくなってしまったのだ。


今までこんな彼を見たことはない。


自分が知っている彼は、いつも穏やかで、むしろ炎とは正反対の海のように深く穏やかな心とその名の通り夜のように優しく自分の身内を包み込む包容力のある人物だったはずだ。


それなのに、今日の彼の印象は全く違う。


確かに彼をいつ見てもなんだか胸がざわざわする感じはした、しかし、今日のように激しくどきどきさせられるようなことはなかった。


それにいつもなら、横にいるだけでもう安心してしまい、その気配を感じるだけで満足している自分がいたのに、今日は、横にいることで逆にどきどきしてしまって止まらない。


いったいこの数日の間に彼に何があったというのか?


表面上はいつもどおりに穏やかで優しい笑みを浮かべているが、『人』が纏う『気』の色が見える龍族の姫子にはわかる。


根っこの部分、友を大事にし、それを助けるためにならば命すら懸けることができるというところは同じなのに、それを構成しているものが全く違う。


それになんだろう、この平穏な空間にあって彼が放つ強烈な闘志と決意と覚悟は。


それは自分達に向けられたものではない、むしろ自分達を守ろうとするかのように外から来る何かに向かって放たれている。


強く気高いそれは、しかし、見ているとなんだか無性に切なくなってくる。


まるで、それさえすめば消えていなくなってしまうかのように、この気高い炎の持ち主がどこかへと行ってしまうようで、姫子は知らず知らずのうちに思わず少年の腕を掴んでいた。


少年はその姫子の行動に驚いた顔をしたが、なんとも言えない優しい表情を浮かべると、ぽんぽんと自分の腕を軽く叩いて見せる。


「ごめんね、でも大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」


そういうと、少年は姫子の腕を優しくはがして机にもどし、姫子が気がつくとあれほどはっきり見えていた闘志が霧散して消えてしまっていた。


だが、姫子は騙されなかった。


これから決してこの少年から目を離さない。


この少年が何をしようとしているのかわからないが、できるだけ側に居続けてやると心に誓う。


そういう決意を固め、ギラギラと隣の少年を睨みつけるように見ている姫子と、なんだか嬉しそうな、でもどこかいずれ訪れる自分の運命に寂しさを隠しきれないでいる少年を見比べたリンは、なんとも言えない表情で溜息を吐きだすのだった。


「・・絶対ややこしいことになってる。これから三か月ももつのかしら・・」



Act 3 『集いし運命の人々』



クラス担任のティターニア・アルフヘイムからその言葉を聞いたクラスメイト達は一斉に驚愕の表情を浮かべる。


「転校生三人て・・この前シャーウッドが来たばかりなのに・・」


一番前の席で呻くように呟くドワーフの少年、クロの言葉にティターニアはこめかみを押さえながら溜息を吐きだす。


「水池さん、東雲さん、カミオくんと三人も抜けちゃったからね、他のクラスに振り分けられずに、人数が減った内に全員来ることになっちゃったのよ。戸惑ってるとは思うけど、みんななら受け入れて仲良くしてあげられると先生は信じていますよ。じゃあ、みんなに紹介するわね。入っていらっしゃい。」


そう言って先生が廊下で待機していた三人の転校生達に合図すると、二人の女子生徒と、一人の男子生徒が入ってきた。


一人は明らかに人間族と思われる赤毛の少女で、見るからにださい三つ編みのお下げに、物凄いでかい丸眼鏡、温和な表情でみるからにおとなしそうな少女、二人目は、黒髪黒眼で小柄であるが、なかなか可愛らしい顔をしているものの、なんだかすごく気の強そうな表情をした地妖族(スプリガン)の少女、そして、最後は明るい茶髪に非常に整った甘いマスク、背の高いイケメンのダークエルフ族の少年だった。


三人はそれぞれ自己紹介をする。


「皆さん始めまして、城砦都市『ストーンタワー』から来ました。(ヤン)・レナ・(クス)です。田舎者で都会は初めてなので戸惑っていますが、どうぞ仲良くしてやってください。」


「おはようございます、レヴェリエントリエス・ホーリーヘイムダルと申します。名前が長いのでレンと呼んでください。実は最近まで『害獣』ハンターをやっていたのですが、事情があり所属している旅団が解散になってここにお世話になることになりました。初めての高校生活で全く右も左もわかりませんが、よろしくお願いいたします。」


女子生徒二人は、それぞれぺこりとお辞儀をしてみせ、なかなか礼儀正しく好印象を与えてくれる人物であったが、最後の一人が問題だった。


「城砦都市『ゴールデンハーベスト』から来ました、バーン・バルトロメウス・バーナード・ヨツンヘイムです。男は嫌いですが、女性は大好きです。女性のみなさん、仲良くしてください。そして、私と付き合ってください。」


大真面目でとんでもないことを言うダークエルフの少年の自己紹介に、呆気に取られるクラスメイト達。


だが、そんな彼に食ってかかる一人の人物の姿があった。


「馬鹿野郎!! このクラスにてめえになびくような尻の軽い女は一人としていねぇぜ!! 女を探したいなら余所を当たりな!!」

 

敢然を立ち上がって吠えるのは、姫子の異母兄 剣児だった。


だが、そんな剣児を見下すように見たダークエルフの少年バーンは余裕の笑みを浮かべて見せる。


「尻の軽い女性がいないことなど最初からわかっているさ、見たところみなさん身持ちの硬そうなお嬢さんばかりだ。だが、だからこそ、そんな女性を落とすことに意義があるのだ!! 誰とでも付き合うようなそんな女性との間に君は愛が芽生えると思っているのか!? 君の周りはそんな女性ばかりなのか!?」


「い、いや、勿論そんなことはない・・」


「そういう女性の心を一人でも多く掴むことこそが、男として生まれたものの宿命とは思わないかね!? そういう女性を一人でも多く幸せにすることこそが、男として生まれたものの仕事だとは思わないかね!?」


「おおお、た、確かに!!」


熱弁を振うバーンの言葉にいつの間にか物凄い感化されて感動の涙すら浮かべて聞き入ってしまっている剣児。


そんな二人の姿を呆れ果てた表情を浮かべ痛むこめかみを押さえるようにして見学していた姫子だったが、ふと横を見ると隣の少年は驚愕の表情を浮かべたまま、ある一点を見つめて固まってしまっている。


その少年の態度が気になった姫子がその視線を追いかけると、そこには壇上に立つ転校生の一人で地妖族(スプリガン)の少女の姿が。


よく見ると、その少女もまた少年のことをじっと見つめている。


少年はやがて、その壇上の少女の視線に気がつくと、はっと我に返って視線を慌ててそらし、今度は目を合わせないようにし始めた。


明らかに何かを警戒している態度が、物凄く気になって少年に直接問いただそうとする姫子だったが、それよりも先に別の人物が少年に声をかける。


「なあ、そう思うだろう、宿難!!」


「へ? え? 何?」


突然声をかけられた少年が、声のしたほうに視線を向けると、そこにはあのダークエルフの少年の姿が。


姫子の隣に座る少年は、おどおどしながらダークエルフの少年にバツが悪そうに答える。


「いや、あの、ごめん、聞いてなかった。なんていったの?」


「いやだから、君も看護婦さんとか秘書さんとかセーラー服の姿のほうがいいだろうし、萌えるよね?」


「は!?」


意味不明のバーンの言葉に、口を大きく開けたまま固まる少年に、バーンはやれやれと肩をすくめてみせる。


「ふ〜、あれほどいろいろこのまえ持って行って見せてやったというのに、相変わらず情緒の開花しないやつだな、君は。わかった、今度は裸エプロンかスクール水着にするとしよう。それなら流石に君でも感じるところがあるだろう。大丈夫、美顔、巨乳、美乳、美尻取り揃えていくから。」


「ちょ、ま!!」


だんだんバーンの話の内容が飲み込めてきた少年は、物凄い慌てた表情になってわたわたと手を振って慌て始めたが、それよりも早く横で話を聞いていた剣児が乱入してくる。


「ちょっとまってくれ、それなら俺、このまえ『爆乳教師 悶絶四P責め』とか、『いけないリカちゃん スクール水着乱交パーティ編』とかこいつの家に持って行って見せたぜ。」


「え、それは、ちが!!」


さらに追い打ちを掛けられて真っ青になる少年に構わず、バーンは物凄く重大な何かを聞いてしまったかのような表情で剣児に問いかける。


「なんだって!? あの有名な金剛石映像の幻の水晶か!! それで、それを見た宿難の反応は!?」


「う〜ん、いまいちだった。あれだけバインバイン揺れているし、水の中でもガンガン見えているのに、ちらちらとしか見やしねえし。」


「なんてこった、いったい、宿難はどういう女性なら反応するというのだ。」


「うむ、友達としても頭の痛いところだ。」


「うわ〜〜、なんてこと言ってるのさ!? みんな、そんな生ゴミを見るような眼で僕を見ないで!! 誤解だから、きっぱり事実無根だから!!」


二人の会話を聞いていたクラスメイト達が非常に生暖かい視線で自分のほうを見てくるのに気が付いて、涙目になって抗議する少年。


するとそんな少年をバーンと剣児が妙に温かい心のこもった言葉で励ますのだった。


「大丈夫、心配するな宿難。私は男は嫌いだが、友人は大事にする男だ。君が立派に女性に反応するようになるまで、とことん付き合ってあげよう。勿論、女性の好みさえわかれば、君が大人の階段を登れるようにそっちの手配もしてあげるから、任せておきたまえ。」


「いやいや、待て待て、それは長年の友人である俺が世話すべき問題であってだな、ここはひとつ俺に・・」


「いやいや、幼馴染の私が爆乳の彼女を・・」


「いやいやいや、俺だって幼馴染だし、俺が美尻の女性を・・」


と、わけのわからないことで張り合っている二人をいつのまにか姫子を中心としたクラスの女生徒達が憤怒の表情で取り囲む。


そして・・


「貴様ら・・二人まとめて地獄に落ちろオオオオオオオオ!!」


「「ンギャアアアアアアアアアアッ!!」」


壮絶なリンチの様子を男性陣達は見て見ぬふりし、いつの間にか自分も一緒になってその輪に加わり折檻を食らわしていたティターニアがいい頃合いを見計らってパンパンと手を打ってやめさせる。


「はいはい、みなさん、このあたりにしましょうね。誰か、龍乃宮くんと、ヨツンヘイムくんを席に捨てて・・いや、運んであげてください。ヨツンヘイムくんの席はカミオくんが座っていた席にしましょうね。じゃあ、楊さんは龍乃宮委員長の後ろの席、ホーリーヘイムダルさんは宿難くんの後ろの席でいいかしらね。」


「はい。」


「わかりました。」


そう言って二人はそれぞれの席に歩いて行って席につく。


姫子は、とりあえず二人のほうに振りかえって挨拶をしておくことにする。


「このクラスの委員長の龍乃宮 姫子だ・・いや、姫子よ。姫子と呼んでほしい。なんせ、もう一人このクラスには龍乃宮がいて、そいつとできれば一緒にしてほしくないからね。何か困ったことがあったら遠慮せずに言ってね。」


「ありがとう、姫子さん。私のこともレナって呼んでね。ところでもう一人の龍乃宮さんってさっきの彼よね? え、親戚かなにか?」


大きなぐるぐる眼鏡のレナの問いかけに、姫子は非常に嫌そうな顔をして答える。


「腹違いの兄よ・・」


「あ、そうなんだ・・なんだか大変そうね・・」


「うん、大変なのよ・・」


と、なんだか妙にしみじみした妙な空間ができあがってしまっている姫子達とは別に、その隣でも妙な空間ができあがりつつあった。


レンが席についたあと、ひたすら前を向いて後ろを向いて挨拶しようとしない少年に、業を煮やしたレンはうしろから鉛筆で少年の背中を突きさす。


「痛いっ!! ちょ、なにするのさ、レン!!」


流石の少年も見過ごすことができず、思わず振り返って後ろの席の転校生の少女に抗議の声をあげる。


しかし、そんな少年にレンはにやりと不敵な笑みを浮かべて見せるのだった。


「やっとこっちを向いてくれたね、宿難くん。」


「う・・な、何かな・・」


レンの意味深な笑みを見た少年は、ある嫌な予感に表情を強張らせ、レンはその少年の心中を肯定するかのように言葉を紡ぎ出すのだった。


「やっと思い出したのよ、私、あなたのこと。」


「えええっ!?」


「まさか、あなただったなんてね・・そうでしょ、『守護神』の宿難くん。」


「うぐ・・やっぱり覚えていたのか・・」


少年はレンの言葉を聞いてがっくりと肩を落とした。


そう、レンは少年のことをはっきりと思いだしたのだ、それもついさっき、教室に入ってきたときに。


今まで思いだせなかったのが不思議なくらいで、さっき教室に入ってきて壇上から席に座っている少年の姿を見たときにはっきりと思いだしたのだ。


小学校時代のたった三年間しか一緒にいなかった友人であるが、レンははっきりと覚えている。


炎のような激しい気性、どこまでも真っ直ぐで純真な心の持ち主で、弱きものを守り、一度友と定めたものの為ならばその身を顧みることなく危険の中にも飛び込んで行く。


転校したばかりの自分とすぐに友達になってくれた彼に自分は何度助けられたであろうか。


しかし、なぜ自分がこの幼馴染を思い出せなかったのか、さっぱりわからない。


というか、この前会った時と全然雰囲気が違うような気がするのだが、この違和感はなんであろうか?


そもそも今彼の苗字である『宿難』という呼び方で呼んでいるのがいいのかもしれない。


当時は名前を知らなくて苗字で呼んでいたわけだが、この前会った時には名前で呼んでくれといわんばかりに名前を先に言ってきて名前で呼んでいたが、それだと物凄く変な気がする。


この少年はやはり自分の中では『宿難くん』であり、『連夜』ではないのだ。


ようやく自分の中で何かが合致したような気がして、レンは改めて目の前の幼馴染の少年に目を向ける。


そんな万感の想いをこめて自分を見つめてくるレンに、物凄く居心地悪そうな視線を向けた少年だったが、顔を寄せて誰にも聞こえないよう二人だけに聞こえるような小声で話しかける。


(どうしてレンがここにいるの? たしか中学校卒業したあとに、地元の傭兵旅団に入ったって聞いたけど・・)


(何いってるのさ。この前助けてもらったあのあと病院で団長と副団長診てもらったんだけど、もう復帰は絶望的って言われてさ、旅団は自然解散になっちゃったんだ。それでこれからどうしようかって途方に暮れていたんだけど、私達の世話をしてくれていた中央庁の担当の龍族のお姉さんが、『じゃあ、息子が通ってる高校にでも行ってみる?』って言ってくれてさ。私は学生として、ファルナス姐さんは『療術師』としての腕を買われて保険医として赴任させてもらえることになったんだ。)


(そうだったのか・・)


幼馴染の少女を襲った悲劇に、少年は憐憫の眼差しを向けていたが、やがて懐かしさを隠そうともせずに穏やかな笑みを浮かべて少女を見つめるのだった。


(本当に久しぶりだね、レン。元気そうでなによりだ。事情はともかくとしてまた会えたことは素直にうれしいよ。)


(何言ってるのよ。このまえ会ったばかりじゃない・・って言っても私が結局気がつかなかったわけだから、やっぱり改めて久しぶりなのかな、ごめん、助けてもらったのに思いだせなくて。本当に久しぶりよね。『アルカディア』のエスメラルダ小学校の卒業以来だから四年ぶりかな? 宿難くん、すっかり雰囲気変わっちゃったからさ、わからなかったよ。)


(うん、そうだね、僕もいろいろあったからねえ・・って、ちょっと待って! その話はここでは絶対しないでね!!)


(え、なんで?)


突然慌てだした少年の態度に眉をひそめるレンであったが、少年は更に顔を近づけて険しい表情で言葉を紡ぐ。


(と、とにかく、僕、いまこの学校で猫かぶっておとなしくて温和な性格の人物ってことで通しているの。その時代のことは知られたくないのよ。)


(あ〜、そうか、あの頃の宿難くんって、暴れん坊だったもんねえ。人間なのに小学校では負け知らずの有名人だったし・・)


(あわわわ、そ、その話は絶対だめだよ。お願いだからやめてよね。)


本気で慌てる少年を面白そうに見つめていたレンだったが、やがて真剣な表情になってこっくりと頷いて見せる。


(わかった、大恩人の宿難くんに迷惑をかけるような真似はしない。約束する。)


(ありがとう。レンならそう言ってくれると思ったよ。)


そう言って二人は、小学校時代に戻ったような屈託のない笑顔を交わしあったのだが、不意に少年は身体を引っ張られてしまい、バランスを崩しながらも前を向くことになる。


何事だと思って自分を引っ張った人物のほうに目を向けると、そこには物凄く美しい顔を物凄く悲しそうに歪ませてこちらを見ている姫子の姿が。


見ているだけで罪悪感でいっぱいになりそうなあまりにも悲しげな表情だったが、そんな顔をさせてしまうようなどんな悪いことを自分がしてしまったのかわからず、困惑の表情を姫子に向ける。


「あ、あの、姫子ちゃん? 僕何か姫子ちゃんに悪いことしたかな?」


「し、してない・・してないけど・・いやなの。」


「え、何が?」


「・・いやなの。」


「だから、何がいやなの? 姫子ちゃん」


「他の子に・・やさしい・・か・・お・・しちゃ・・い・・や・・だ。」


「え、何? なんなの?・・って、え!? なんで泣いてるの!?」


突然ぽろぽろと涙を流して泣きだした姫子をどうしたらいいかわからず、少年はおろおろし始めるが、他のクラスメイト達もまた同じように困惑しており誰も助けようとしない。


すると、そこに授業を始めるために教室に入ってきた数学教師の魔族の中年男性教師が、泣いている姫子とそれを必死になだめている少年の姿を見つけ、最初びっくりしたような顔を浮かべて眺めていたが、やがてにやりと笑って呟いた。


「おい、宿難、停学解けて帰ってきたと思ったらいきなり女泣かしているのか? 朴念仁だと思っていたが、停学中にそっちのほうは成長したみたいだな。」


「ち、違います!!」


その少年の必死の否定の言葉に、教室中がどっと笑いに包まれ、少年の横にいる純白の髪の少女と、斜め後ろにいる赤毛の少女は溜息を吐きだし、そして、真後ろにいる黒髪の少女は異様に怒ったような表情を浮かべて正面の少年を睨みつけるのだった。


「もう・・なんだか予想外のことが多すぎるんだけどなあ・・」


半泣きになる少年であったが、彼の困難はまだまだ続いていくのであった。


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