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Act 1 『僕、見参!!』

待ちに待っていた火曜日がやってきた。


ついに無実の罪を着せられて停学になっていた彼が帰ってくるのだ。


うきうきした気持ちを隠そうともせず、マリーはクラスの中でも特に仲良しで頼れる二人の友達、ドワーフ族のクロと、ドライアード族のサイサリスと一緒に登校してくる途中だった。


一週間前に起こった悪夢のような事件で彼がいなくなり、その間に彼を排斥しようと悪辣な手段を使う副委員長から彼の居場所を守り抜いたマリーは、今やクラスの人気者になりクラスの団結力も強くなりつつある。


そんな順風満帆の状態にマリー達は完全に油断していた。


悪辣な手段を使う悪党ほど執念深く、逆恨みの仕方も半端ではないということを、純真なマリーは知らなかったのだ。


そんなマリー達三人は登校途中で通りかかった人通りの少ない通学路であっというまに他校の生徒達に取り囲まれ、路地裏に連れていかれてしまった。


そして、まず真っ先にドワーフ族のクロが的になり、袋叩きにされてしまう。


クロは決して弱くない、日頃から鍛え上げた体で一対一なら、どんな相手であろうともそんな簡単に負けるようなことはない。


だが、流石に数が違いすぎる、取り囲まれ両腕を押され込まれて左右正面から殴られ続ければ、いくらタフなドワーフ族といえどもひとたまりもない。


しかも相手が力自慢なうえに巨漢ぞろいのトロール族ばかりとあっては尚更だ。


瞬く間に襤褸雑巾のようになっていく大切な友達の様子を見て悲鳴を上げるマリーとサイサリス。


やがてぐったりとなってクロが動かなくなったのを確認したトロール族の不良達は、汚いものでも捨てるかのように、クロの身体を冷たい強化ブロックの上に放り出す。


べしゃりという音と共に倒れて動かなくなったクロに走りよったマリーとサイサリスは、泣きながら友達に呼びかける。


「いや〜〜〜!! クロくんの血が止まらないお〜〜!!」


「クロくん!! しっかりして、クロくん!!」


「・・ち、ちっくしょう・・卑怯だぞ、てめぇら・・」


「うるさいよ下等種族。上位種族の我々に対して不遜な口を利くのはやめたまえ。」


聞きなれた声にマリー達が視線をその声のしたほうに向けると、そこには他校の制服を着た、元クラスの副委員長ヘイゼル・カミオの姿があった。


不良達は、ヘイゼルを守るように立ってこちらを見下ろしている。


それを見て流石のマリー達もようやく気がついた、これが全てヘイゼルの仕返しであることを。


ヘイゼルは下位種族や元奴隷種族などを非常に激しく見下している強烈な差別主義者で、様々ないじめを取り巻き達を使って影から行っていた首謀者であったが、マリー達の活躍によりそれが全て明るみになってしまい、学校にいずらくなって転校してしまっていたのだ。


もう二度と関わることはあるまいと思っていたのに、まさかこんな形で再びあいまみえることになるとは・・


上位魔族の少年は、神経質そうに眼鏡を指先で持ち上げながら、いちいち癇に障る声でマリー達に話かけてくる。


「まったく、下等種族は下等種族らしく、我々上位種族に傅いて地面を這いつくばって生きていけばいいものを、つまらん真似をするからこうなるのだよ。まあ、そこの汚い泥のようなドワーフ族の彼のように、土を存分に食べてみれば考えも変わるだろう。さあ、君達、そこのグラスピクシーのちびと、ドライアードのみどりの草女に教育してあげなさい。下等種族は地面に頭をつけて生活しないとだめなんですよ〜ってね。」


その言葉をにやにやと笑いながら聞いていたトロール族の取り巻き達が、ゆっくりと威嚇しながらマリー達に近づいてくる。


「サイサリス、マリーを連れて逃げろ!!」


「でも!!」


「黙れ。」


トロールの一人が容赦なくクロの顔面を蹴り上げて、クロの口から血の混じった唾液が飛び散る。


「ぐふっ・・」


「クロくん!! いやあ、クロくんが、クロくんがああああ!!」


「うるさいちびだなあ、どうせ、おまえもこうなるんだよ。」


にやにや笑いながら近寄ってきたトロール達は、涙交じりで茫然としているマリーに容赦なく拳を振り下ろす。


まるでハンマーのような拳が目の前に近づき、マリーは思わず目をつぶる。


だが、何者かの手がマリーの手を掴むと、小さな体を引っ張って引きよせ、そのすぐ側をトロール達の振り下ろした拳が巻き起こした拳風が通り抜けていった。


「な、て、てめぇ!!」


トロール達の威嚇する声が聞こえ、マリーが目を開けてみると、そこにはマリーが見慣れた、でもその帰還をずっとずっと待っていた優しい友達の姿があった。


彼はいつものような優しい笑顔で自分を見下ろしている。


「大丈夫? 怪我してないかな?」


「う、うん、ありがとう。私は大丈夫。」


「そっか、それはよかった。」


えへへと笑った彼は、すたすたとトロール達のところに歩いていくと、臆することもなくその中心で倒れているクロのところに行き、ポケットの中から何かの薬瓶を取り出して飲ませる。


それを素直に飲み干したクロの身体がみるみる回復していき、あっと言う間に全ての傷や打撲のあとが消えてなくなり、クロは生気に満ちた表情を浮かべて立ち上がるのだった。


「すまん、助かった。」


「ううん、気にしない、気にしない。」


トロール達が呆気に取られて茫然と見つめている中、和やかに会話を進めていく二人の姿に、ぶるぶると身体を震わせていたヘイゼルは、憎悪のこもった表情でドワーフの前に立つ、黒髪黒眼の人間の少年に怒声を張り上げるのだった。


宿難(すくな) 連夜(れんや)〜〜〜〜〜〜!!」



Act1 『僕 見参!!』



呼びかけられた少年は小首をかしげて、お前誰?みたいな表情でヘイゼルを見つめる。


しかし、それに気がつかないままにヘイゼルは、全ての恨みをぶつけるかのようにその憎悪に満ち満ちた言葉を少年に投げかける。


「下等な人間の分際で、裏切りの種族の分際で、大して頭もよくなければ、運動もできなければ、なんの才能もない虫けらの分際で、よくもこの僕を転校に追い込んでくれたな、絶対にただではかえさないぞ!!」


逆恨みここに極まれりのヘイゼルの言葉なのだが、少年はますます困惑の表情を浮かべると、横にいるドワーフの少年にこそこそと話かける。


「あれ、誰? 僕の知ってる人?」


「あ〜、一応、元俺達のクラスの副委員長だ。」


「ああ、そうなんだ。ところで、ほんとに僕のせいで転校になったの?」


「んなわけねえだろ、自分が苛めやってたことがバレテこそこそ逃げ出したんだよ。」


「うっわ、かっこわる!!」


極力聞こえないように話しているつもりの二人だったが、距離が近いせいで全部丸聞こえで、そんな二人の会話を聞いていたヘイゼルの表情が怒りのあまり赤からドス黒く変わっていき、そして、ついに怒りが頂点にきたときに取り巻き達にヒステリックに命令を下すのだった。


「たたきつぶせ、骨の二、三本折っても構わないし、最悪廃人にしてやっても構わん、父の権力で全部なかったことにしてやる!!」


その言葉を聞いたトロール達は、なんの遠慮もなく思う存分に暴力が振るえると悟り、歓喜の表情を浮かべながら人間とドワーフの少年にその拳を殺到させる。


流石に避け切れないとドワーフのクロは防御を固めるが、拳の嵐が吹き荒れようとした瞬間、絶妙なタイミングで人間の少年がとんっとドワーフの少年の身体を押して拳の制空圏から離脱させる。


だが、自分自身はまだその拳の嵐の中に取り残されている。


「宿難!!」


人間の少年のおかげで殴られることを免れたクロは、拳の嵐にさらされ、先程の自分と同じような無惨な姿になってしまうであろう人間の少年の姿を予想して悲鳴にも似た叫び声をあげる。


だが、少年の身体が一瞬ブレタように見えたと思った時には、そこに少年の姿はなかった。


クロは勿論だが、拳を振りおろしたトロール達も標的を探してあちこちに視線をさまよわせる。


「何をしている、貴様ら!! 宿難はあのちびのところだ!!」


そう言って地団太を踏んだヘイゼルが指さす方向にトロール達が視線を移すと、人間の少年は制服の上着であるブレザーを脱ぎ、またネクタイも外すと、グラスピクシーの少女に手渡そうとしているところだった。


「汚れちゃうから、預かっててもらってもいい?」


「うん、いいお〜。でも、宿難くん、大丈夫?」


制服を預かりながら心配そうに声をかけてくるマリーに、少年はにっこりと笑いかけると、カッターシャツの首のところからボタンを二つほど外して首元をあけ、奇麗に両腕を肘のところまで腕まくりをすると、カバンから蒼い指抜きの手甲を取り出してはめる。


そして、手をぷらぷらと振ってみせると、マリーとサイサリスのほうに顔を向けた。


「すぐに終わるから、ちょっと待っててね。あ、そうだ。」


くるっと視線を変えてクロのほうを見つめた少年は、手招きでおいでおいでとし、クロは呆気にとられながらもマリー達と少年の側に近寄る。


「なんだ?」


「あいつらって物凄く悪者面で卑怯そうじゃない? この()達が人質に取られないように守ってあげて。」


「ああ、そんなことか。当たり前だ、友達だからな。」


「うんうん、そうだよね。でも、あそこにその当たり前のわからない『バカ』がいるから。」


聞えよがしに少年が『バカ』のところを強調するように大声で言うと、ヘイゼルは激昂して取り巻き達に手をぶんぶん振りながら指示するのだった。


「は、はやく、あの下等生物を始末しろ!!」


その声に我に返ったトロール達がわらわらと少年達にめがけて殺到してくる。


「素人相手に大人げないけど、売られたケンカは全力で買う主義なんだ。悪く思わないでよね。」


ザンッと両手を下に構え、腰を低くする異様な構えを見せたかと思うと、少年の体が再びぶれたように見え一瞬の内に姿が消える。


そして、気がついたときには少年の姿は一番後ろを走っていたトロールの前、つまり、最後尾で指示をだしているヘイゼルとトロールの集団のちょうど間に移動しており、慌てたトロールの一団が引き返そうとする。


少年は一瞬ヘイゼルのほうに目を向ける。


「君は一番最後ね。」


「き、きさまああああああ!!」


少年が余所見をしているうちに、最後尾だったトロールが方向転換の後に少年の位置に追いつき、その丸太のような足を突き出してくる。


だが、少年は全く慌てることなくすいっとその身体を横に流したと見えたが。


「ギ・・ギャアアアアアアアアアア!!」


突きだされていたトロールの足は、少年の膝と肘に挟まれて、見事にへしゃげて折れ曲がっていた。


宿難輝輪流(すくなきりんりゅう) 剣闘剛術(けんとうごうじゅつ) 蹴り足挟み殺し」


少年は冷たく言い放つと、その挟んでいたトロールの足を放してやり、軸足に見事なローキックを入れて地面に転がしてやる。


片足を完全に破壊されて苦悶の果てに気絶してしまったトロールを面白くもなさそうに見つめていた少年だったが、こっちに向かってくるトロールの集団に再び目を向ける。


今度は二人のトロールの走りながらの同時の正拳突き。


しかし、今度も少年は慌てることなく一歩前に踏み出す。


「「グアアアアアアアッ!!」」


少年が突きだした両肘にモロに叩き込んでしまったトロール達の拳が砕け、思わず広げた手の平の五本の指が全てバラバラのありえない方向に折れ曲がっているのを見て、トロール達の動きが一瞬止まる。


そこへ、背中を向けながら跳躍する少年の身体が鞭のようにしなり、気がついたときには凄まじい勢いで回転、突きだされた足のカカトがハンマーのようにトロール達のこめこみにヒットしてなぎ倒し、トロール達は悶絶してしまう。


スローモーションのように倒れていくトロール達の間にシュタッと着地した少年は、今度は自分からトロールの集団へと突っ込んで行く。


「オオオオオオオオオッ!!」


少年に拳を叩きつけるべく拳を振り上げていたトロール達だったが、予想外に自分から飛び込んで来た少年に間合いが狂って拳のやりどころが決められず振り上げた形のまま止まってしまう。


その隙を少年は見逃さない。


流れるように、踊るように、そして、一陣の風のように通り抜けていく少年は次々とトロール達のがら空きの鳩尾に掌底を叩きつけていき、あっという間に五人のトロール達の包囲を突破して向こう側へと躍り出る。


宿難輝輪流(すくなきりんりゅう) 剣闘剛術(けんとうごうじゅつ) 暴れ喧嘩ゴマ」


少年が鋭利な刃のような言葉を吐き出すと同時に、トロールの不良達は次々と腹を押さえて倒れ悶絶する。


「すごいお、すごいお!! 宿難くん、すごいめちゃくちゃ強〜い!!」


あまりにも圧倒的な強さに、マリーは無邪気に飛び跳ねながら歓声をあげ、その横で事態を見つめているクロとサイサリスは茫然と事の次第を見つめ続け、思わず呟くのだった。


「おいおい、ウソだろ、冗談だろ・・相手は全種族の中でもトップクラスの頑丈さで知られるトロールだぜ・・」


「た、確かにあの暴走した龍乃宮さんを実力で止めて見せたことは実際にこの眼で見て知っていたけど・・す、宿難くんって、ここまで強かったんだ・・」


そんなクラスメイトの驚愕を知ってか知らずか、少年はクラスメイト同然に目の前で起きた事態が把握できずに茫然としているヘイゼルのほうにゆっくりと近づいていく。


「お待たせ。それじゃあ、最後、いってみようか。」


優しげな言葉遣いに優しい表情を浮かばせてゆっくりと自分に近づいてくる少年だが、ヘイゼルはその黒い瞳が全く笑っていないことを見てとって、ゾゾッと背筋に冷たいものが走り抜ける。


逃げようかそれとも戦おうかとでずいぶんと迷っていたが、下等種族に背を向けるのはプライドが許さなかったらしく、ヘイゼルは憎悪に満ちて血走った目を少年に向けると、持っていたカバンから特殊警棒のようなものを二本取り出して構える。


近づいてくる人間の少年を威嚇するように突きだして構える独特のフォームで、柄の部分にあるボタンのようなものを押すと棒状になっている部分が伸びて展開し刃になる。


明らかに街中では使用が禁止されている対『害獣』用の違法な双剣であった。


「きひひひ、私を甘く見るなよ。これでも父の所有する傭兵旅団に同伴して何度も『害獣』とやりあってきた経験があるんだ。『害獣』に比べれば貴様など、物の数ではない!!」


ヒステリックに叫んで人間の少年を更に威嚇しようとするヘイゼルだったが、そんなヘイゼルに少年はますます小首をかしげて怪訝そうな表情を浮かべる。


「あのさ・・それ多分、反対だと思うけど・・」


「は? なに言ってるんだ、貴様、頭おかしいのか?」


「いや、だって、それ攻撃用と攻撃を捌く用の一対だと思うけど・・君って左手が利き手なんでしょ? 今君が右手に持ってるのが普通利き手に構える攻撃用なんだけど、それでいいの?」


「え?」


少年の言葉に初めて自分が持っている剣の形状が違うことに気がついたらしいヘイゼルは、慌ててその剣を持ち変えて構え直す。


「君さ・・ほんとは自分で戦ったことないんでしょ?」


物凄く呆れ果てた表情で言ってくる人間の少年に、図星だったのか顔を真っ赤にして激昂するヘイゼル。


「うるさいうるさいうるさ〜〜い!! 高貴な私は指揮を執るのが仕事なのだ、血なまぐさくて汗臭い仕事は全て下等種族が引き受ければいいのだ!!」


「ああ、そうね。じゃ、そうするとしよう。下等種族の僕が今から血なまぐさい仕事をするけど、文句ないよね? 返事は聞いてないし答えなくていいけど。」


「だまれえええええええ」


その言葉を引き金にヘイゼルが無茶苦茶に剣を振り回しながら突っ込んでくる。


少年は余裕を持ってそれをかわし続けるが、意外なことにヘイゼルの攻撃は結構的を得て少年の体の急所を狙って繰り出される。


そればかりではない、そのスピードがどんどん上がってきているではないか。


「きひひひひひ、上位の魔族たる私の攻撃を下等種族の中でも特に脆弱な身体の貴様にいつまで避け続けることができるかな?」


ヒステリックな笑い声をあげながら更に剣速は上がっていく。


今までは余裕を持って見ることができていたが、それを少し離れたところで見ていたマリー達の表情に不安の色が広がりつつあった。


「す、宿難くん、大丈夫かな? なんかどんどんやばくなってきている気がするお・・」


「そうね、ヘイゼルの攻撃って無茶苦茶だけど、なんだかだんだんスピードがあがってきているわ。」


そう言って顔を見合わせた二人は、三人の中で一番戦闘経験が豊富な頼れるドワーフの友人の意見が聞きたくてそちらに視線を向けるが、ドワーフの友人は自分たちよりもさらに深刻な表情を浮かべて見守っているではないか。


「く、クロくん、やっぱり宿難くん、ピンチなの?」


「ああ、かなりやべぇ・・俺も今知ったばかりだけどよ、ヘイゼルの奴マジで『爵位』持ちの魔族らしいぜ・・」


「「『爵位』持ち!?」」


クロの言葉にマリーとサイサリスは驚愕の声を上げる。


魔族は『人』というくくりに分類される全種族の中で、特に異質な種族である。


それというのも、魔族と一くくりにされているが実際は魔力を扱うことができる種族の総称であり、実際には様々な種族の集合体であるといっていい。


勿論魔族同士の婚姻による出生率は他種族との異種族との交配に比べれば格段に高いことから、根本である魔伝子はほぼ同じものであることはわかっているが、その姿形、あるいは能力は実に様々でそれ以外の統一性はほとんどない。


ただし、保有魔力量の大小によってはっきりとその能力の優劣に違いがあるため、魔族という種族の内部は階級制度によって区別されている。


大多数の『平民』、『妖兵士』までの下位種族と、そして、『魔騎士』、『爵位』持ちといわれる上位種族にわかれており、中でも『爵位』持ちといわれる一族のものは魔力だけでなく特異な能力を持つ者が数多くいるといわれている。


「恐らく、俺が見るにあのヘイゼルの野郎の能力は『追尾(ホーミング)』だろう。宿難の動きを身体のどこかにある別の特殊感覚で学習し、その動きを追尾して攻撃の精度をあげていっているんだ。」


「え、それが続くとどうなるの?」


「避けても自然と身体がその方向に攻撃を追いかけるから攻撃があたるようになる。つまり、最終的には避けられなくなって斬られちまうってことだ・・」


「えええええっ、宿難くん、斬られちゃうの!?」


クロの不吉な言葉に、マリーとサイサリスは口元を押さえて再び激闘を繰り広げている二人の方に視線を向ける。


するとその言葉を肯定するかのように、ヘイゼルの攻撃は当初とは全く違って素人から見ても恐ろしい正確さで人間の少年の体に襲いかかっていっていることがわかるくらいになっている。


「びゃははははは、泣け、喚け、そして、死ね!! もう土下座しても許さない!! 死んでわびるがいい!!」


自分の攻撃に酔ってとんでもないことを好き勝手叫び続けるヘイゼルに、しかし、目の前の少年はにこにこと笑顔を向ける。


嘲りと憐憫に満ちた笑顔を。


「いやいやいや、悪いけど、まだまだ死ねないんだよね。それにその程度で勝ったって思ってるところが素人さんだなあ・・言っておくの忘れていたけど、僕はか・な・り・強いんだよ。」


「ほざけ、負け惜しみを言うなあ!!」


「あ、そう? じゃあ、もうそろそろおしまいにしようか。初日から僕も遅刻したくないしね。」


激しい剣撃の嵐の中を涼しい顔して避け続けていた少年の身体が不意に止まり、そこを目がけてヘイゼルが好機とばかりに二本の剣を叩きこむ。


「死ねや、下等種族!!」


「「いやああああああ!!」」


「宿難ぁぁぁ!!」


ヘイゼルは生意気な下等種族の最期を歓喜から、マリーとサイサリスとクロはクラスメイトに振りかかろうとしている悲劇を予想して悲痛な気持ちで絶叫の声をあげる。


だが・・


「な、なにいいいいい!!」


二本の剣先は、しっかりと少年の両手の指先にそれぞれしっかりと挟まれていて、少年は目の前で驚愕の表情を浮かべるヘイゼルに不敵な笑みを浮かべてみせる。


「それだけ正確な動きだとね、かえって読みやすくて助かるよ。なんせ僕が思ったところに正確についてきてくれるんだからね。捕まえるのは簡単なものさ。」


そう言って、その華奢な体からは考えられない力強い動きで素早くヘイゼルの剣を奪って後ろに放り投げると、少年は両手の指をボキボキと派手に鳴らして壮絶な笑みを浮かべてヘイゼルを見つめる。


「じゃあ、僕の番だね。殺されそうになったわけだから、正当防衛は成立しそうだし、ちょっとくらい力加減を間違えても仕方ないよね?」


「ま、待て・・わ、私の父はこの都市の権力者だぞ!! 私に手を出したらどうなるか、わかっているのか!?」


ヘイゼルは小動物のように怯えきっていながらもそれでもまだなんとか自分だけでも助かろうとするが、その言葉を聞いても少年は首を横に振ってにこにこしながら歩み寄るのをやめようとせず、冷たく言い放つ。


「わからないし、わかりたくないし、やめるつもりもないよ。たった一人を袋叩きにして、しかも女の子にまで手を出そうとしておいて、自分だけ助かろうっていうのはダメでしょ。」


にこっと死神の笑みを浮かべる人間の少年に、ヘイゼルは断末魔の絶叫をあげるのだった。


「くるな、くるなあああああああああああ!!」




全てを終え、マリー達のところに戻ってきた少年は、マリーから上着やネクタイを受け取って着替えなおし、カバンの中に着けていた蒼い手甲をしまいこむ。


「預かってくれてありがとうね。えっと・・エストレンジスさん・・でいいのかな?」


自分の荷物を預かってくれていたグラスピクシーの少女に、にこっと笑いかけながらもどこか恐る恐る聞いてくる少年。


そんな少年に、マリーは物凄く辛そうな表情を浮かべてみる。


「いつも通りマリーでいいお・・っていうか、もうマリーでいい。私、別に宿難くんと友達って見られて差別されたっても構わない。それでいじめられてももう絶対負けない。今までごめんね、宿難くん・・ひどいことした私達を許せないかもしれないけど・・本当にごめんなさい。それにさっきは助けてくれてありがとう。」


涙目になりながらぺこりと頭を下げてくる少女に、少年は本気で慌て出す。


「いやいやいや、ちょっと待って待って。いきなり謝られても・・困ったなあ。いや、ほんとにもういいよ。わかった、じゃあ、マリーちゃん、気にしてないから頭を上げよう、ね。・・って、ちょっと待って、なんで君達まで頭さげてるの!?」


と、ふと横を見た少年はマリーの横で同じように頭を下げているドワーフとドライアードの少女の姿を見て仰天する。


「マリーだけじゃねぇよ、俺たちだって同罪だ。すまなかった、俺達がもっとしっかりしていればおまえを停学になんかさせずにすんだのに・・」


「ごめんなさい、宿難くん。私達、ヘイゼルからいじめられるのが怖かったの・・だから、何もしなかった。何もせずに静観し続けたわ、自分に災難が降りかからないようにって・・それなのにそんな私達を助けてくれて本当に本当にありがとう、宿難くん。」


心から謝罪してくる二人に、更に困惑の色を深める少年。


「いや、そんなそこまで気にしなくてもいいよ。まいったな、とにかくみんなお願いだから頭をあげてよ。とりあえず、みんなの誠意はわかったし、ちゃんと受け取った。だからもうこの話はなし。ね。」


そう言って、三人に頭を上げさせると少年はにこっと屈託なく笑いかけ、そのいつもと変わらぬ笑顔を見て三人もようやく表情を和らげる。


「それにしてもおまえ、本当はあんなに強かったんだな。なんでその強さを隠していたんだ?」


先程の少年の見事な戦いぶりを思いだしたクロが尋ねると、少年はすぐに口を開こうとしたが、口を閉ざして背後に視線を向ける。


クロ達からは少年の表情は見えなかったが、その表情は真剣なものに変わっており、まるで獲物を探す猛禽類のような鋭い視線でしばらく周囲を見渡し続けていたが、不意ににやりと不敵な笑みを浮かべると、再び先程までの温和な笑顔を浮かべてクロ達のほうに向きなおる。


「実はさ、僕のお父さんが『勇者』の末裔なんだけど、その力の源である『勇者の魂』をこの前継承したんだよね。だから、上位種族よりも強くなれたんだよね。」


と、まるで誰かに聞かせるかのように大声で話す少年の言葉に、三人は吃驚仰天する。


「ゆ、『勇者』!? あの、人間の中にごく稀に生まれることがあるっていう突然変異種族の!?」


「そうか、だから突然強くなったのか・・」


『勇者』


この世界に住む『人』々にとって、『魔王』や『神』に匹敵する超『人』の一人。


脆弱極まりない人間という種族が、その種を他種族に滅ぼされないようにするために生み出す突然変異の恐るべき『無差別大量殺人鬼』


『魔王』や『神』の天敵で、その能力は個々で様々に違うが、過去に出現した勇者のいずれもがとんでもない能力の持ち主ばかりで、何『人』もの『魔王』や『神』がその餌食となって果てて逝ったという。


しかし、『害獣』の出現からこっち、『勇者』が現れたという話は聞いたことがなかったが・・


「・・おまえ、その力を使って俺達のことを・・」


クロがありありと恐怖に満ちた表情で少年のことを見る。


少年はわざと禍々しい邪悪な笑みを作ってクロ、サイサリス、そしてマリーをゆっくりと見渡してみせる。


クロとサイサリスはいまや有名な伝説として語り継がれている『勇者』の数々の悪行から身を震わせるが、マリーだけが反応が違った。


きょとんとした表情で少年を見つめている。


少年はそんなマリーに戸惑ったような表情を浮かべ口を開く。


「あれ? マリーちゃんは僕が怖くないの?」


「なんで? 宿難くんって、そんな人じゃないもん。そうでなかったら、自分を傷つけた友達を庇ってまで、黙って停学になったりしないでしょ?」


不思議そうに問いかけてくるマリーの言葉に、少年は最初吃驚したような顔を浮かべていたが、すぐに心底うれしそうな表情を浮かべるのだった。


「だよね〜。僕もそう思った。」


「何それ? 自分のことなのに、宿難くんって変なの。」


「えへへへ。ごめんごめん。」


更に不思議そうに聞いてくるマリーに頭をかいて、てへへと笑ってみせた少年は今度こそ屈託のない笑顔を向けてクロとサイサリスを見つめる。


「あ〜、紛らわしいこと言ってごめん、ほんとは『勇者』っていうのはウソ。」


ぺろっとかわいらしく舌を出してあっさりと謝罪する少年に、クロとサイサリスは呆気に取られた表情になる。


「だいたいさ、そんなくっだらない力は僕、興味ないしあっても欲しくないもんね。今まで喧嘩できることを隠していたのは、余計な揉め事に巻き込まれたくなかったからなんだ。まあでも、結局隠してもこうなっちゃったからね、もう隠すのやめようかなと。」


腕組みをしてわざとらしく神妙な顔でうんうんと頷いてみせる。


その様子を見ていた二人は少年がどうやら嘘を言ってるわけではなさそうだと判断して、ふ〜〜っと肩の力を抜いて疲れた笑顔を浮かばせる。


「おいおい、あんまり人を脅かすなよな。」


「ほんと、さっきの宿難くんみてるから冗談に聞こえなかったわよ。」


「ごめんごめん、ほんとにごめんね。二人がそんなに怖がるって思わなかったからさ。君達のことを絶対自分から傷つけるような真似はしないって約束するよ。だから許して。」


「そんなこと約束しなくても、わたしは知ってるよ、宿難くんがそんなこと絶対しないって。」


今度は少年がぺこりと頭を下げると、マリーが下からその少年の顔を覗き込み、太陽のような眩しい邪気のない笑顔で言い切る。


すると、少年は頭をあげてまたさらにその笑みを深くするのだった。


「だよね〜、絶対そんなことしないよね。僕もそう思った。」


「いや、だから何それ? 自分のことなのに、人ごとみたい。」


「えへへ、ごめんごめん。」


その二人のやりとりを見ていたクロとサイサリスは期せずして顔を見合わせ、ぷっと吹き出してしまい、それをしばしきょとんとして見ていた少年とマリーもやがて釣られるように笑いだしてしまうのだった。


ひとしきり四人が笑い合ったあと、少年がふと何かに気づいたように三人に問いかける。


「ところでさ、さっきから気になっていたんだけど、ひょっとして学校にいるときに僕にちょっかいかけていた張本人ってあそこのあれ?」


そう言って少年は、さっきさんざんぶちのめした魔族の少年を指さして見せると、三人は一斉に頷いて見せた。


すると、少年はなにやら考え込んでいたが、三人から離れて再びその魔族の少年の側に近寄り、坐り込むと何やらごそごそやり始めた。


しばらく少年がやっていることを見ていた三人だったが、少年がしていることに気がついた少女二人は顔を真っ赤にして背中を向けてしまう。


「ちょ、ちょっと宿難くん、何やってるのよ!?」


「す、宿難くんの、エッチ!!」


「お、おまえなあ・・それは流石にひどいだろ・・」


その三人の非難もどこ吹く風、少年はすっかり用意ができてしまうと気絶している魔族の少年をずりずりと引っ張って、まだ人通りが少ない朝の大通りのほうに連れていってしまった。


そのときに何やらカバンから取り出した厚紙にマジックで文字を書いていたようだが・・


やがて、大通りから戻ってきた少年は晴れ晴れとした表情で三人にこういった。


「さあ、久しぶりの学校に行こうか。」



 

どれくらい気を失っていただろうか・・魔族の貴族にして誇り高き上位種族の末席に位置するヘイゼル・カミオは、自分の股間に鋭い痛みを感じて意識を覚醒させる。


ぼんやりとして周囲がまだはっきり見えない中、身体を動かしてみようとするが両手両足を何かで縛られているらしく身動きがとれないし、やたら肌寒い。


いったい何が自分に起こったのかわからないが、視線をさまよわせると、目の前に鼻水をたらした幼稚園児らしき子供が木の枝を持った状態で座り込んでこちらをじっと見つめている姿が見えた。


「あ、起きた。」


「な、なんだ、貴様は!?」


「お母さん、変態さん、起きたよ〜」


「へ、変態だとお!?」


子供がとんでもないことを言い出すのでヘイゼルは驚愕と怒りの入り混じった声を張り上げて、子供を張り倒してやろうとじたばたともがくが、それに気がついた子供の母親らしきダークエルフ族の若い女性が駆け寄ってきて子供を引っ張っていく。


「ちょ、かっちゃん、そんなの見ちゃいけません。」


「え〜、お母さん、あの変態さん、おもしろいのに。お母さんもみてみて、すっぱだかでネクタイと白い靴下しかはいてないよ。」


「そ、そんなこと言わなくていいです!!」


「なあっ!!」


子供の言葉に視線を下に向けて自分の身体を確認したヘイゼルは子供の言う通りの姿になっていることに気が付いて愕然とする。


しかも、厚紙で作ったプレートのようなものが首からひもでかけられていて、動けない身体で態勢をずらしてその内容を読んでみると。


『おむつを恵んでください。 へいぜる・かみお』


と書かれているではないか。


あまりの恥辱にぷるぷると震えていると、さらに追い打ちをかけるようにあの幼稚園児の声が聞こえてきた。


「ねね、お母さん、さっきの変態さんの見た? あの変態さん、僕のよりもちっちゃかったねえ。お父さんの半分のもう半分もなかったよね。」


「かっちゃん!! そんなこと大きな声で言っちゃだめ!! それにお父さんのはもっともっと大きい・・って何いわせるの!? もう、早く幼稚園にいきますよ!!」


「は〜い、変態さん、ばいば〜い。大きくなったら、大きくなるといいね。」


「かっちゃん!!」


もう怒りとか屈辱とかそういうものをはるかに通り越し、凄まじい怨念を噴き出しながら、ヘイゼルは朝の大通りで魂から絶叫するのだった。


「す〜〜く〜〜なあ れんやああああああああああああああ!!」


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