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~第54話 婚約~

 城砦都市『嶺斬泊』の美しい夜景が一望できる一流レストラン『ライムドータ』の展望ラウンジにて、玉藻はその強大な敵と再び対峙していた。


 忘れもしない数年ぶりに果たした里帰りの日、たった一度だけすれ違った一組のカップル。


 すれ違った瞬間にはこのカップルが何者であったのかわからなかったが、その後にたどり着いた故郷の惨状を見て、その場に居合わせた姉の口から玉藻はこの二人の素性を知った。


 恐ろしいまでの腕前の剣術家であった祖父母と両親をめっためたのぎったぎたのくそみその全殺しにして二度と剣がふるえない身体にした、とてつもなく強大な力を誇る中央庁の役人。


 まさかこんなところで再会することになろうとは。


 どうりで横に立つ恋人が異様に緊張しているわけである。


 最初、ある人に会ってほしいと言われた時は、いったい誰に会わせるつもりなんだろうと見当もつかずにいたものだが、まさかこんな化け物に引き合されることになろうとは思いもよらなかった。


 いったい、自分に何のようだというのだ、晴美のことだろうか? いや、ひょっとすると霊狐の里のことについてかもしれない。


 ともかく大変なことになりそうだと思わず溜息をつく玉藻だったが、横にいる愛しい恋人だけはなんとしても守り抜かねばという固い決意だけはしておくのだった。


 そう思って睨みつけるように先に席に座って待っている二人の男女のほうを見ていた玉藻だったが、美しい銀色のロングヘアーの女性が立ち上がってぶんぶんと手を振るのが見えた。


 そして、物凄く優しい感じでこちらに声をかけてくる。


「レンちゃ〜ん、こっちこっち〜!!」


「いや、あの、そんな大声ださなくても聞こえているから。恥ずかしいからやめてよね・・」


 真っ赤なビジネススーツがやたら似あう超絶美人に声をかけられた年下の恋人は、顔を真っ赤にしながらごにょごにょと女性に向かっていい、その後自分のほうを向いて”すいません、ほんとに申し訳ない、あとできつく言っておきますから”となんかやたら謝ってくる。


 すると、その美人の女性はなによ〜と可愛らしく口を尖らせて恋人のほうを見るのだった。


「ひどい、迷ったら可哀そうだからと思って声をかけてあげたのに、どうしてそんな冷たいこと言うの?」


「いや、子供じゃないんだから、わかるし、そもそもこのレストランに予約いれたの僕なんだけど・・」


「レンちゃんは子供です!! あ〜ん、旦那様、レンちゃんがこんな風に反抗してきます!! 私の育て方が悪かったのね、きっと!!」


「よしよし、そんなことないですよ、連夜くんは物凄くまっすぐに育っているじゃないですか。奥さんの愛情はちゃんと伝わっていますよ」


「旦那様〜〜、もっとよしよしして!! なぜなぜして!!」


 横の誠実そうな黒髪黒眼の青年は、抱きついてきた女性を優しく抱きしめて、よしよしと頭を撫ぜてやるのだったが、そんな二人を見て非常にバツが悪そうに溜息を吐きだす年下の恋人。


「もう、ほんとに勘弁してよ、御客様の目の前なんだよ・・」


 恋人の目の前でやたらいちゃいちゃするカップルの姿を唖然とした様子で見つめる玉藻。


 全然敵意らしきものは感じられないが、いったい全体なんの用なのか、そもそもこの二人は連夜とどういう関係なのか、玉藻はそれがさっぱりわからず困惑を深めていく。


 すると、やがて、女性のほうが玉藻の存在に気がついたようで、しばらくこっちをじっと見つめてくる。

 

 真っ赤なルビーのような美しく紅い瞳はどこかで見たような気がするが、なんだか全てを見とおされているようで居心地が悪くなってくる。


 あまり見ないでくれと口を開こうとしたが、それよりも早く女性が驚いたような声をあげる。


「え、ちょっとまさか、玉藻ちゃん? 玉藻ちゃんなの?」


 その声に、思わず玉藻はこっくりと頷いてしまう。


「あ、は、はい、そうですけど」


 すると、女性は大きく目を見開いてまじまじとこちらをさらに見つめ、そして、物凄く優しい笑顔を浮かべるのだった。


「あらあら、やっぱりそうだったのね、あんまり奇麗になっているからおばさん、びっくりしちゃったわ!! 旦那様、玉藻ちゃんですよ、ほら、み〜ちゃんのお友達の!!」


「え、あの、玉藻ちゃんなのかい!? 小学生のころ、うちによく遊びに来ていた、霊狐族の玉藻ちゃん!?」


「へ? え? あの?」


 女性ばかりか、横にいる男性までもが吃驚仰天した表情を浮かべて自分をまじまじと見つめ、そして、女性同様に優しい笑顔を浮かべる。


「あの小さかった玉藻ちゃんが、こんな奇麗なお嬢さんになっているなんて・・おじさんのこと覚えているかな? よく、遊びにきたときにカップケーキとか作ってあげたんだけど」


「カップ・・ケーキ・・」


 玉藻はその言葉に何かが記憶の奥から浮上してくるのを感じる。


 友達がほとんどいない玉藻にとって友達の家に遊びに行った記憶など数えるほどしかない、しかもそこでカップケーキを御馳走になったという記憶になると一つしか存在しない。


 玉藻はその目を大きく見開いて目の前にいる二人の姿を見て、とぎれとぎれに呟いた。


「み、み、ミネルヴァの、お父さんとお母さん?」


「そうよ、久しぶりね、玉藻ちゃん」


「いや、ほんとに久しぶりだね、ミネルヴァくんからよく君の話は聞いていたけど、中学校になってからは全然君を家に連れてこなくなったから・・確かそれ以降は中学生の夏休みに数回と、高校一年生の時に数回来ていたことはミネルヴァくんから聞いていたけど、そのとき僕達は会えなかったから、結局小学校以来ってことになるよね?・・まさかこんな美人さんになっているとは・・月日が流れるのはほんと早いねえ」


 しみじみと語りかけてくる二人の言葉を茫然として聞いていた玉藻だったが、ふと、視線を横に移して年下の恋人を見つめ、そして、再び目の前の夫婦を見つめ、また恋人をみつめ、また夫婦を見つめ、という作業をしばらく続けていたが、突如腕組みをして考えて呟く。


「あ、あの・・ミネルヴァのご両親ってことですよね?」


「そうよ? どうしたの、玉藻ちゃん?」


「あれ・・ってことは・・お二人は連夜くんの・・」


「そうよ、実の母親と父親よ。」


「ですよね〜〜〜〜・・って、えええええええええええええええっ!!」


 今更ながらにここに自分を連れてきた恋人の真意を理解し、一気に顔から血の気が引き、青いどころか真っ白になってしまう玉藻。


 足は震えて今にも崩れ落ちそうで、そんな玉藻の姿に慌てる連夜。


「た、玉藻さん、大丈夫ですか!?」


「だ、だめ、連夜くん、気絶しそう・・」


「うわ、ちょっと、だめですよ、お願いですから気を確かにもってください!!」


「あ、足も震えて立っていられなくなってきたの・・」


「うわわわわ、お、お父さん、お母さん、ごめん、ちょっと玉藻さん、座らせてあげていいかな!?」


「ああ、いいよ、いいよ、座らせてあげなさい」


「どうしたの、玉藻ちゃん、なんだか突然物凄く調子悪くなったみたいだけど」


 ふらふらと夢遊病患者のようになっている玉藻を、優しく支えてテーブルの奥の窓側にそっと座らせてあげた連夜は、自分もその横に座って背中をさすりながら水の入ったコップを渡してやる。


「はい、玉藻さん、これ飲んでちょっと落ち着いてください」


「あ、ありがとう、連夜くん」


「話は僕がしますから、玉藻さんは座っててくれるだけでいいですからね」


「うう、連夜くん、ごめん、役立たずで」


「いえいえ、僕が無理言って連れてきたんですから」


 二人のやり取りの真意がいまいちよくわからず、きょとんとして二人を見守り続ける両親であったが、そのうち母親のほうが何かに気づいたようにぽんと片手で掌を叩く。


「あ〜そっか、わかった、晴美ちゃんのことね? それで私達に相談しにきたのね」


「なるほど、そういえば玉藻ちゃんは晴美ちゃんのお姉さんだったんだよね、そうか〜、迂闊だったなあ。ごめんね、そこの配慮は全くしてなかったよ」


 二人はバツが悪そうな顔で玉藻に謝ってくるが、玉藻は手を振りながら慌てて否定する。


「いえいえいえ、そんなことないですよ。みなさんに晴美がよくしていただいていることは、よく存じ上げております。むしろお任せしっぱなしで申し訳ないくらいで」


「あれ? じゃあ、そのことじゃなかったの? じゃあ、何で僕ら呼ばれたのかな?」


 再び困惑の表情を浮かべた両親は、自分達を集めた張本人である息子のほうに顔を向ける。


 すると、息子の連夜は非常に珍しいことに物凄く緊張した様子で深呼吸を繰り返しているではないか。


 いったいそこまで覚悟を決めて何を言うつもりなのか全く見当がつかないでいる両親であったが、急かすことはせずに黙って息子が口を開くのを待つ。


 すると、息子はしばらく両親の顔を見つめ、その後横で泣き出しそうな不安な表情を浮かべている玉藻の方に顔を向けて力強く頷くと、もう一度両親のほうに顔を向けて真摯な表情と真剣な瞳で口を開いた。


「僕は・・僕はあの・・その・・僕は今、玉藻さんと結婚を前提にお付きあいさせてもらっているんだ」


「ああ、そうなんだ。ふ〜〜〜ん」


「ああ、それはよかったね」


 と、普通に返事を返した両親だったが、そのあとギギギと壊れたゴーレムのように顔を見合わせると・・


「「な、なにいいいいいいいいいいいいい!!」」


 思いきり絶叫したあと、両親は神妙な顔でこちらを見つめている息子のほうに慌てて顔を向け大きく口と目を開けたまま、固まってしまった。



~~~第54話 婚約~~~


 

 連夜は十七年の短い人生の中で本気で驚いた両親を見たことがない。


 子供の時に何度か驚かしてみようとしたことはあったが、大概その驚きは演技で、本気で驚いている状態の両親を見たことなどなかったのだが・・まさか、そんな姿を目撃する日がこようとは。


 しばらく両親は口をぱくぱく動かして、連夜と玉藻を何度も往復して見直していたが、自分達用のコップを掴むと中に入った水を一気にごくごくと飲みほしてしまう。


 そして、また何度か口を開きかけては止め、お互いの顔を見てどうぞどうぞと話しかける役を譲り合おうとするが、結局母親に『お願い、旦那様が聞いてちょうだい』と目で訴えられた父親のほうが話をすることに。


「えっとその・・つまり、連夜くんと玉藻ちゃんは恋人同士ってことなのかな?」


「う、うん・・」


「いつから?」


「数週間前から」


「え、数週間前? それなのにもう結婚前提なの?」


 あ〜、きっと言われるだろうなあと思っていた連夜は苦笑しながらも口を開く。


「付き合いだしたのは数週間前だけど、僕はずっと以前から玉藻さんのことが好きだったんだ。まあ、結婚の約束は無理言って僕がしてもらったんだけど」


「ち、ちがっ!! それは私が望んだからで・・」


 連夜の言葉に慌てて玉藻が話に割って入るが、連夜は優しい表情で首を横に振ってみせる。


「ううん、やっぱり僕が・・」


「いやいや、私が・・」


「あ〜、君達の気持はよ〜くわかったよ。お互いを好きあっているってことは今ので十分わかったから、とりあえず、話進めたいので、ちょっと止まってもらっていいかな?」


 仲の良い二人の様子をほほえましく見守っていた父親の言葉に、二人は真っ赤になって俯いてしまう。


「連夜くん、その、わかっていると思うけど、この都市の条例では十八・・」


「うん、それはわかっているよ、十八歳未満の未成年は結婚することができないってことだよね?」


 父親の言葉をさえぎって連夜はきっぱりと言ってみせ、父親そんな連夜に嘆息し困惑の表情を向ける。


「そうか、じゃあ今すぐ結婚とかそういうことじゃないんだね?」


「うん、そうじゃないんだ。僕だって本当はこんな急に焦るように話したくなかったよ。玉藻さんにだって自分の人生や生活があるし、何よりもひょっとすると途中で僕に飽きてしまうかもしれない。僕はそんな魅力的な男じゃないってことくらいわかってる」


 と、そこまで一気に真摯な瞳で両親に語った連夜だったが、途中で横から伸びてきた手が話をさえぎる。


 驚いて横を見ると、本気で怒っている玉藻の顔が。


「連夜くん、今の話は撤回して、今すぐに。私の人生は誰のものなの? 私の命は誰のものなの? ちゃんと答えて」


 絶対零度の冷たい声音で迫られて、連夜は身を縮めながらおずおずと自分の発言を撤回することにする。


「・・あ〜、ごめん、玉藻さん。お父さん、その今のはナシ、あの、玉藻さんの人生も生活も命も僕のもので、玉藻さんが僕を見限ることはないからそこは問題じゃなくて・・」


 じ〜〜っと、しばらく連夜を見つめていた玉藻だったが、連夜がすぐに自分の言ったことを撤回してみせたので、とりあえず許すことにしたらしく手を離す。


 そんな玉藻をしばらくびくびくして見ていた連夜だったが、ひとつ溜息を吐きだしてもう一度両親のほうに向きなおると、なぜか父親が口を押さえて明後日のほうを向いており、母親がそんな父親を非常に冷たい視線で見つめていた。


「旦那様、連夜くんが待ってますけど」


「ああ、そ、そうだね・・ぷ・・ごめんごめん」


「旦那様、今噴き出しませんでしたか?」


「いやいやいや、気のせいですよ。ただ、誰かさんとそっくりなこというものだから、懐かしくて」


 父親は自分の永遠の伴侶がかつて言い切り、そして、今なお違えることのない誓いの言葉そのままを、奇しくも繰り返す目の前の若いカップル達に思わず在りし日を思い出して噴き出してしまったのだった。


 そんな父親の心中を知っている母親が、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして父親に詰め寄る。


「だ、旦那様ったら、もう!!」


「僕は忘れませんよ。そして、それは僕も同じです。僕はあなたのもので、あなたは僕のものだ」


「ば、バカ・・もう」


 なんだか非常に微妙な空気になっているのが気になったが、とりあえず、それどころではないので、連夜は言葉を続けることにする。


「あの、とにかく、本当はもっと玉藻さんと過ごす時間を大事にしたかったし、お互いもっとゆっくりと距離を縮めたかったけど・・お父さんならわかるでしょ? 僕は・・僕は玉藻さんを連れて行きたいんだ。いや、玉藻さんを連れていけないなら、僕は行かない。離れたくないとかそういうことじゃなくて、うまく言えないけど僕の場所は玉藻さんの側にあって、玉藻さんの場所は僕の側にしかないんだ。だから・・一緒にいるために、ううん、玉藻さんに側にずっといてほしいから婚約を認めてほしいんだ」


 挑むような真剣な視線を向けてくる息子をじっと眺めていた父親だったが、その姿にかつての自分を重ねてなんとも言えない表情になる。


 敵対する立場にあった女性を妻に迎えたときに、この女性を自分の唯一無二の伴侶と定めたとき、自分もずっとこの女性の側を離れないと誓った。


 自分のいるべき場所はここにあると教えてくれたのは今自分のすぐ横にいる女性であり、その彼女にずっと君のいるべき場所でいつづけると誓ったのは自分だった。


 ふと横を見ると、永遠に自分の恋人である妻は、困ったような笑顔を浮かべて自分をみつめ、テーブルの下にある自分の手をぎゅっと握ってくる。


 反対の声を出そうにも自分達が通ってきた道であるだけにそれもかなわず、父親は横にいる妻と目線で確認すると、苦笑を浮かべてゆっくりと息子に頷いて見せる。


「なんというか・・君はやっぱり僕の息子なんだねぇ・・わかったよ、君達の婚約を認める。だけど、玉藻ちゃんはいいのかい?」


 不意に声を父親にかけられた玉藻は自分が声を掛けられていることに気がつかず、ただ黙って隣に座る連夜の横顔を見つめていた。


 愛しい恋人が男らしく自分達の婚約を認めてほしい、自分が絶対必要なのだと断言してくれた姿を見て、嬉しくて嬉しくて気絶しそうになりながら涙を流して歓喜の余韻に浸っていたのだった。


 すると玉藻の様子に気がついた連夜がバツが悪そうに父親のほうを見る。


「いや、実は玉藻さんにはまだ詳しい話までは・・二人っきりで暮らすことになることだけしか言ってなくて。それでもついてきてくれるってことは確約してもらっているんだけど・・玉藻さん、玉藻さん、ちょっとこっちに帰ってきてくださいってば」


 と、連夜が玉藻の肩を掴んで優しくゆすると、玉藻ははっとした表情で目の前の恋人の方を見つめる。


 連夜はふうっとため息をひとつ吐き出すと、灰色のスーツのポケットからハンカチを取り出してその涙と鼻水を優しく拭いてやるのだった。


「あのね、玉藻さん、ちょっと聞いてもらえますか?」


「あ、ああ、うん、ごめん、ちょっと嬉しくて気絶しかかってた。ちゃんと聞きます。どうぞ」


 と、ぎくしゃくと背筋を伸ばす玉藻の姿を心配そうに見つめていた連夜だったが、なんとかまともに話を聞いてくれそうな状態になっていることを確認すると、再び真摯な表情を浮かべて玉藻を見つめて口を開く。


「実は僕、明後日から『神秘薬』と『特効薬』の材料になっている南方の特産品である『イドウィンのリンゴ』の栽培方法と『神酒』の製造方法の修行に入ることになっているんです。で、三か月ほど『嶺斬泊』から離れて『黄帝江』に浮かぶ『特別保護地域』に指定されている島に籠ることになっていて、その間こっちには帰ってこれません」


「えええっ!?・・い、いや!! そんなの絶対だめ!!」


 連夜の言葉にすぐに悲鳴を上げる玉藻、今度は別の意味での涙があふれてくるが、そんな玉藻を連夜は優しくなだめ、力強く頷いて見せる。


「ええ、わかってますって。僕だって嫌ですから、でもね、一応救済措置がありまして、自分以外でたった一人だけなら連れていっていいことになっているんですよ。親兄弟や、伴侶、あるいは中央庁に登録してある師弟関係にあるもの・・それに、親公認の婚約者」


「!!」


 連夜の言葉で、連夜が急いで婚約を取りつけた理由がわかった玉藻はまたもや口を両手で押さえて歓喜の表情を浮かべる。


 そんな玉藻を見ながら連夜は、なんとも言えない困ったような表情で口を開くのだった。


「あの・・だから・・ついて来てください。いや、だめと言われても連れていきますけど・・」


 そう言って連夜が手を差し出すと、玉藻は涙を隠そうともせずにだらだらと流しながらその手を掴む。


「は・・はい、喜んで、どこへでも、どこまでも連れていって。ついて行くから・・一生懸命ついていくから・・ダメと言われてもついていくから・・」


 そのまま号泣してしまった玉藻を優しく抱きよせながら、父親のほうに顔を向けた連夜は穏やかな表情を向けて口を開いた。


「ちょっと話が前後しちゃったけど、本人の了承も得たし、いいでしょ、お父さん?」


「本来なら玉藻ちゃんのご両親のほうにも話を通すべきだろうけど、あのご両親はねえ・・まあ、僕らだけでいいと思うよ。でも、連夜くん、君はわかっているとは思うけど、ちゃんと責任を取って玉藻ちゃんを幸せにするんだよ、いいね」


 優しい中にも真剣で厳しい表情になって言い渡す父親に、連夜はこっくりと頷いて見せる。


「あと修行場にはカダ老師や、アンヌくんや、僕もいるからね、二人っきりってわけじゃないから、何かあったらすぐ相談してね。いや、まあ二人が住む場所はちゃんと二人っきりにさせてあげるけどね」


 その言葉に若い二人は嬉しそうにお互いの顔を見合せて微笑みあう。


 連夜は自分の子供達の中でも特にしっかりした息子であるから、まあそれほど心配しているわけではなかったが、それでも子供が巣立って行く姿を見るのはいつみても特別な想いがあり、父親は自分とその想いを共有しているはずの隣の永遠のパートナーに顔を向ける。


「これで、いいよね、奥さん・・って、何ですか、その顔は?」


 きっと立派に成長した息子の姿に涙ぐんでいるだろうと思っていたら、横にいる最愛の奥さんは、物凄く冷たい視線で自分を見つめている。


「え、ひょっとして奥さんは二人の婚約に反対なの?」


 と、慌てて聞き直すと、ふるふると首を横に振って見せる。


 どうやらそうではないらしいとわかりちょっとほっとする父親であったが、相変わらず冷たい視線を向けてくる奥さんの心情が全くわからず戸惑った声をあげる。


「じ、じゃあ、何? ごめん、本当にわからないんだけど・・」


「旦那様が修行で三か月いなくなるってこと聞いてないんですけど・・わたし・・」


「へ!?」


 半泣き状態で恨めしそうに呟く奥さんに、父親は慌てた様子で口を開く。


「ちょ、待った待った!! そんなことないですよ、僕ちゃんと奥さんの耳に入るように伝言頼みましたもの」


「伝言? いったい誰にですか?」


「龍乃宮くんに」


 父親からその名前を聞いた途端、母親は懐から携帯念話を取り出し、物凄い勢いでルーン文字を打ち込んで通信ボタンを押すと、いらいらと携帯念話を耳にあてる。


 そして、数回のコール音のあとに相手が出ると、普段の優しい声音からは考えられない怒声を張り上げるのだった。


『はいは〜い、しおりちゃんで〜す』


「し〜〜お〜〜〜り〜〜〜〜!!」


『やばい・・この念話のルーン文字は現在使用されておりません。ルーン文字をよくお確かめの・』


「何、ふざけたこといっとるんじゃ、きさまああああ!! うちの旦那様が三カ月も『嶺斬泊』を留守にするってどういうことよ!? それが俺様の耳に入ってないっていうのは、さらにどういうことなんじゃああ!?」


『もう、ちょっとしたお茶目じゃないですか、おこりんぼさんなんだから。長官は』


「てっめえええ、いい度胸してるじゃねぇか・・よ〜し、わかった、もういい、俺様もついていく。あとのことはおまえらで勝手にしろ。いいな」


『ダメです。長官は残ってくださいね。書類山ほど残っているんですから。だいたい、そういうこと長官が言い出すだろうって思ったから言わなかったんじゃないですか』


「いやじゃあああああ、旦那様が側にいないと、俺様死ぬ、絶対死んでしまう!! 旦那様の吐き出す息を吸ってないと死んでしまうのにいいいい!!」


『どんなおもしろ生物ですか。心配しなくても長官くらい丈夫な『人』はいませんから、大丈夫ですよ。安心して政務に励んでくださいね』


「暴れる、暴れてやるからなあああああ!!」


 大人げなく携帯念話に向かってぶんぶん腕を振り回して怒り声をあげ、涙ぼろぼろ流し続ける母親の姿を、深い溜息を吐きだしながら見つめる連夜と父親。


 すると、やがて携帯念話の向こうの人物がぽつりと呟く。


『もう〜〜、長官いい加減にしてくださいよ。そもそも、修行を受ける人や関係者以外ならともかく、責任者の一人である長官は修行場への出入り自由なんですから、いつでも会えるでしょうが』


「あ・・」


 気まずい沈黙が流れ、やがて携帯念話の向こうから溜息交じりの声が聞こえてくる。


『いま娘と楽しく夕御飯食べている最中なんで切りますね』


「ちょ、ちょっと待て〜い!! おまえそれがわかってるならなんで先に言わないんだ!?」


『だって・・長官の反応が面白いんですもの・・ぷ」


 ぐしゃり・・母親の手の中で携帯念話が握りつぶされた。


 連夜は念話の向こうの相手のことをよ〜く知っていたので、相当おちょくられたんだろうなあとわかっていたが、下手に慰めようとするとこっちにとばっちりが来るので、こういうときは専門家に任せることにする。


「はいはい、奥さん、座りましょうね。もうすぐお料理きますからね、それまでおとなしくしていましょうね」


「だ、旦那様〜〜・・し、詩織が・・詩織がいぢめる〜〜〜・・」


「よしよし、僕が直接伝えたらよかったのに、ごめんね。これからはちゃんと大事なことは直接伝えるからね」


「うあ〜〜ん」


 と、しばらく父親に慰められていた母親はしばらくぐずぐず言っていたが、やがて料理が運ばれてくるといつものテンションに戻り、連夜と父親はやれやれと肩の荷を下ろすのだった。


 無事、玉藻のお披露目と婚約の話も決定したことで、四人はリラックスして食事を取ることができ、話はやはり連夜と玉藻の付き合いの話へと移っていく。


「やっぱり告白はレンちゃんからだったの?」


「うん、最初は僕、見事ふられたけど」


「ちょ、ま、れ、連夜くん!? そ、それはノーカウントでしょ!!」


 小学校時代の自分の恥ずかしい過去を暴露されそうになって、慌てて話に割って入る玉藻だったが、連夜自身は涼しい顔。


「え〜、そうだったんだ、それなのに、付き合うことができたの?」


「うん。僕、玉藻さんから告白されたから、即OKしたんだ」


「ひ〜〜〜!! れ、連夜くん、お願い、それ以上ばらさないで〜〜〜!!・・ひゃう!!」


 さらに自分の恥ずかしい告白イベントまでばらされそうになって、慌てて連夜の口を片手でふさぐ玉藻だったが、連夜にその掌をぺろぺろ舐められて変な声を出して引っ込めてしまうのだった。


 そんな二人のカップルコントを面白そうに見つめている両親だったが、話の内容はいまいち掴めず、夫婦揃って同時に小首を傾げるのだった。


「結局どっちが先なの?」


「う〜ん、微妙なところだけど、好きになったのは僕が先かな」


「そう、そう言えば、私達も旦那様が先に好きになってくれたのだったわねえ」


「懐かしいなあ。昔から奥さんは奇麗だったからねえ。まさかほんとに僕の奥さんになってくれるとは思わなかったけど。やっぱり、連夜くんも玉藻ちゃんが奇麗だったから好きになったのかい?」


「うん、昔から玉藻さんは奇麗だったからね、いつも寂しそうだったのが気になっていたけど」


「・・連夜くん」


 昔から気にしてくれていたということは知っていたが、こうして改めてやっぱり昔から気にしていてくれていたことがわかると嬉しくて連夜の温かい手に自分の手を重ねる。


 すると、連夜はぎゅっとその手を握ってくれるのだった。


「でも、み〜ちゃんに『玉藻がうちに来ても会っちゃだめだからね!!』って言われて会えなくなってからは辛かったなあ」


「え、ひょっとして玉藻ちゃんをうちにあまり連れてこなくなったのって、ミネルヴァくんが意識してやっていたことなのかい?」


「うん、僕が玉藻さんの事を好きになったことをみ〜ちゃんに知られてから、異様に玉藻さんに会うことだけは神経質になっちゃったんだよねえ・・最近やっと緩和されたんだけど」


 その連夜の言葉に、両親は非常に深刻な表情で顔を見合わせ、玉藻は物凄く嫌そうな顔をする。


 しばらく、両親は何やら目線で会話していたようだが、やがて母親のほうが微妙な笑顔を作って連夜のほうを見る。


「ね、ねえ。レンちゃん、最近、み〜ちゃんとの間で何かなかった? なんか、妙にスキンシップが多くなったなあとか、一緒にお風呂入ろうって言ってきたり、一緒のお布団で寝ようって言ってきたりとか・・」


 その言葉に、連夜はびくっと身体を一瞬震わせたが、なんとか笑顔を作り両親のほうを見つめる。


「な、ないよ、そんなこと」


 明らかに誰かを庇おうとしているのが丸わかりだったが、裏切り者がその努力を水の泡にする。


「連夜くんを寝室に連れ込んでこの前一線を越えようとしていました」


「た、玉藻さん!!」


 絶対零度の視線で密告する玉藻に連夜は焦って抗議の声をかけるが、玉藻はどこ吹く風。


 だが、その玉藻の言葉を聞いても両親はそれほど驚いた様子もなく、むしろどこか納得したような顔を浮かべて顔を見合わせる。


「こうなってみると、玉藻ちゃんと連夜くんがこういう関係になって、『特別保護地域』に隔離されて暮らすことになったのは本当にタイミングよかったのかもしれませんねえ」


「そうですね、旦那様。来週あたり危なかったですね」


 二人は意味深に同時に溜息を吐きだす。


 連夜には全く意味がわからなかったが、玉藻はその言葉に何か心当たりがあるらしく、両親に声をかける。


「あの、ひょっとしてお二人とも、ミネルヴァが『ゴールデンハーベスト』の市民権を取得したことをご存知なのでは?」


「玉藻ちゃんひょっとして、何か聞いているの?」


「ええ、それが・・」


 父親の言葉に玉藻は口を開きかけたが、隣にいる連夜を見てバツが悪そうな表情を浮かべ一旦開きかけた口を閉ざしてしまう。


 その様子を見て両親は何かを悟り、言葉を選んで玉藻に聞き始めた。


「何か手伝いを頼まれた?」


「はい・・」


「つまり、荷物を運ぶような手伝い?」


「はい・・」


「いつ手伝ってほしいとか言ってた?」


「来週の日曜日にと」


 荷物のところでなぜか連夜のほうをちらっと見る父親に、玉藻は力強く頷いてみせる。


 それで全てを察した両親は頭を抱えるのだった。


「なんで、こうなっちゃったのかなあ・・」


「とりあえず、レンちゃんはしばらく家にいないからいいとして、三か月後に帰ってきたときのことを考えないといけないですね、旦那様」


「最悪の場合連夜くんの新居を用意しないとまずいね。それと、まだしばらくは玉藻ちゃんと連夜くんの関係については悟られないようにしよう。玉藻ちゃん、それは大丈夫かな?」


「はい、本人はいまのところ気が付いてないみたいです。でも、お二人ともご存知だったんですね、私以外誰も知らないと思っていました」


 そう言って目を丸くする玉藻に、母親は非常に苦々しい笑顔を作って視線を向ける。


「これでも母親ですもの、娘が何考えているかくらいわかるわよ。それも家族に向けている視線か、異性に向けている視線かなんて一目瞭然なのに、そこに、『ゴールデンハーベスト』の市民権を獲得するためにがむしゃらに『害獣』狩っているなんて話が耳に入ってきたらもう、目的なんてはっきり断言しているのと同じよ」


 はふ〜と三人は同時に溜息を吐きだし、一人なんの話かさっぱりわからない連夜だけが取り残されてぽか〜んとしている。


「あの、僕だけなんの話かわかってないんだけど・・」


「「「わからなくていいの」」」


「え〜〜〜」


 不満の声を上げる連夜をよそに、両親と玉藻の秘密会議は続いていく。


 完全に取り残された形になった連夜だったが、自分の両親と親睦を深めている玉藻の姿を見ているとまあいいかと思い直し、ガラスの向こうに広がる『嶺斬泊』の夜景に目を向ける。


 玉藻と恋人同士になってからまだ数週間しか経ってないというのに、なんだかもうずいぶん時間が経ってしまった気がする。


 それだけ濃密な時間を過ごしているということなのだろうし、これからもまだまだ何かありそうで、それを考えた連夜はそっと溜息を吐きだす。


 しかし、それはそれでいいと思うのだ。


 これからも一緒にその日常を過ごしていく掛け替えのない伴侶がすぐ横にいるのだから。


 そう思って玉藻の横顔を見ていると、玉藻がそれに気が付いて怪訝そうに連夜のほうに顔を向ける。


 連夜はその美しい横顔を見つめながら万感の思いを込めて呟くのだった。


「ずっと側にいてくださいね」


 その言葉を聞いた玉藻はちょっと顔を赤らめて、愛しい恋人に精一杯の笑顔を向ける。


「ずっと側にいるわ。あなたがどこに行こうとずっとついて行って離れないから」


「約束ですよ」


「約束よ」


 そして、二人はテーブルの下でその両手を握りあう。


 いまこのときに交わした約束を忘れないように、大事に心に刻みながら。

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