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~第50話 黒機士~

 昨日もピンチだった、今日もピンチだ、そして、明日もピンチであろう。


 敵は二十人、味方は自分を含めたった三人。


 この地域一帯に覇を成す、一つ目巨人族(サイクロプス)のヘッドに率いられた不良の一団に取り囲まれていながら、彼は全く絶望していなかった。


 こんなことは日常茶飯事だ。


 城砦都市『通転核』の中心にある繁華街のゲームセンターで遊んでいたら、友達の白い髪の少年が見るからに不良そうな同じ中学生と思われる魔族の少年に絡まれた。


 話し合いで解決しようとする前に、白い髪の少年はいきなり先制パンチで相手の顔面を叩きつぶし、もう一人の友達であるバグベアの少年に頼んで白い髪の少年を抱えて逃げ出したのだが、いつのまにか追いかけてくる人数が半端ないことになっていて、どぶ川の横の河川敷まで逃げてきたらそのときにはもう二十人ほどになっていたというわけだ。


 それにしてもたった三人をそれだけの人数で追いまわさないと捕まえられないこいつらって・・


 まあいい、こいつらから見れば自分達は小さな取るに足らないネズミかもしれない。


 しかし、そのネズミがどのくらい恐ろしい猛毒を持っているか、見せてやろうじゃないか。


「おう、おまえら、こんだけなめたマネしといて無事に帰れるおもっとるんじゃないわのう?」


 ぶっさいくな面をしたスキンヘッドの一つ目巨人(サイクロプス)がなかなか面白いことを言う。


 おもむろにポケットに手を突っ込み、目にも止まらぬ早業でポケットから取り出した小さな珠を親指で弾いて飛ばし奴の口の中に投げ込む。


「な、う、」


「【勅令 弾けろ】」


「ぎゃふ!!」


 その言葉で一つ目巨人(サイクロプス)の口の中で珠が弾けて割れて中身が口の中にぶちまけられる。


「げ、げええええええええ・・」


 一つ目巨人(サイクロプス)の口の中でぶちまけられたそれは、とんでもない味と悪臭を解き放ち、巨人はたまらず嘔吐して地面を転げまわる。


「おい、連夜、いったい何を御馳走してやったんだ?」


 横にいる白い髪に眼鏡の小柄な少年が、皮肉たっぷりの笑みを浮かべながら聞いてくる。


「別に、ただ、うん○味のカレーパンを御馳走しただけ」


「ぷ、そいつは、いいや」


 肩をすくめて見せると、白髪の少年は噴き出して笑いだし、それに釣られて一緒にげらげら笑いだす。


 それを見ていた巨人は、殺意のこもった強烈な視線を二人に向け、嘔吐おさまらぬままに突進してくる。


「死ねや、ちびぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 巨大な拳が迫るが、焦る必要はない。


 余裕を持ってそれを見ていると、横合いから伸びてきたたくましい腕がその巨人の拳を軽々と受け止める。


「この二人に手を出すなら、まず俺を倒してからいけ」


 頼もしい言葉とともに巨人の腕を捻り挙げるのはもう一人の味方、バグベア族の少年。


「て、てっめええええ。」


 なんかまだうるさく吠えているので、素早く近づいてその目に黄色い液体をぶちまけてやる。


「ぎゃ、ぎゃああああああああああああっ!!」


 バグベア族の少年が手を離してやると、一つ目巨人(サイクロプス)は一つしかない目を押さえて地面を再び転げ回る。


 その様子を見ていたバグベア族の少年が振り返って呆れた表情で聞いてくる。


「おい、今度はなんだ?」


「いや、ただの徳用ねりからし」


「ぶはっ、からしか」


 黄色い家庭用のチューブを見せてやると、バグベア族の少年はたまらず噴き出し、横にいる白い髪の少年もついで笑いだし、最後には自分も一緒になってげらげら笑いだす。


 その様子を見ることはできなかったが、その嘲るような笑い声はしっかり聞こえていた一つ目巨人(サイクロプス)が、呆気に取られて動かないでいる自らの手下どもにむかって喚き散らすように指示する。


「て、てめえら、みてねえで、やっちまうんだよ!! 一人残らずぶっ殺せ!!」


 リーダーの声にはっとなった手下達が我に返り、一斉に自分達めがけて突っ込んでくる。


(あほか、誰がまともに相手するもんか)


 そう一人呟いて、ポケットから取り出したいくつもの珠を地面に転がし、そして、力ある言葉を唱えて珠の中に封じられし力を発動させる。


「【勅令 溶解】」


 突如として、突っ込んできた手下達の足元の石畳が溶けて抜けおち、手下達の大半が下半身まで埋まってしまう。


 そこに、畳み掛けるように別の珠を投げ込み間髪入れずに発動させる。


「【勅令 硬化】」


 今度は軟化していた石畳が再び固い石へと戻り、手下達の下半身が埋まったままの状態で固まってしまう。


「な、なにいい」「う、うごけねえ」「おい、早く助けろ!!」


 完璧に埋められてしまった手下達が運良く落とし穴にはまらずにすんだ仲間達に助けを求めるが、そのときには疾風の如き速さで近づいた白い悪魔が目の前にいる。


「ば〜か、モグラたたきよりもおまえらなんか簡単だっつ〜の」


 埋まって動けないでいる手下達を情け容赦なく手にした角材で滅多打ちにしていく白い髪の少年。


 あまりにも凄絶で凄惨な一方的リンチの光景にたまらず仲間達を助けるべく、助かった連中が白い髪の少年に殺到していくが、そこに割って入るようにバグベア族の少年が飛び込んできて、次々と不良達を薙ぎ倒していく。


 まるで殴りかかってくる不良達の動きを読んでいるかのように、その攻撃のことごとくをかわし、逆に強烈な攻撃を食らわして不良達を悶絶させていく。


 三人のリーダーである中学生の少年宿難(すくな) 連夜(れんや)は、目の前で暴れまわる頼もしい二人の少年を見つめた。


 連夜は小学校を卒業してからすぐ、両親の都合により住みなれた城砦都市『嶺斬泊』を離れてこの城砦都市『通転核(つうてんかく)』に移り住み、新しい住居の近くにある芳元中学校よしもとちゅうがっこうに通い出したのであるが、そこで連夜は、上級生の不良達に絡まれている白い髪の少年に出会う。


 その少年は殴られても殴られてもかかっていき、最後力尽きるまで抵抗をやめようとしなかった。


 連夜はそれを最初から最後まで見ていて、不良達が去ったあと治療だけはしてやろうとその少年に近づいた。


 しかし、少年はこちらが呆気に取られるほど浅い傷しか受けておらず、治療するまでもなくむくりと起き上がってこちらをジロリと見つめると、『今日はたまたま調子が悪かっただけだ、いつもだったらあんな奴らに負けねえ』と捨て台詞を残して去って行った。


 連夜は連日この少年を見かけることになった。


 どうも少年は絡まれているわけではなく、自分から不良達に挑んでいってはぼこぼこにされているらしかった。


 連夜は珍しいことだが白い髪の少年に興味を持った。


 自分が迫害の対象である人間族であることを理由に、極力友達を作らなかった連夜であるが、この少年には強烈に惹かれるものを感じた。


 そこで、ある日思いきって話しかけてみると、最初は狂気に満ちたギラギラと光る目を見せてこちらを威嚇するような視線を向けて来ていたが、連夜に自分と同じような匂いを感じたのか、何度も話しかけているうちにその態度は急速に軟化していった。


 早乙女 リンと名乗るその少年はある日、連夜にこうぽつりともらした。


『俺、妾の子供でさ、家に居場所がないんだよな。父親からも、義母親からも憎まれているからさ・・早く強くなって家を出て行きたいんだ、そして、そのときには父親も義母親もぶっ飛ばしてやる!!』


 そう言って自虐的に笑う彼の姿は、どこか自分に似ていてほっておくことはできなかった。


 しかし、相変わらず不良に喧嘩を売ることをやめないリンに巻き込まれる形で、連夜もその渦中に飛び込むことが多くなった。


 最初はそれをやめさせようと思った連夜だったが、ある時ふと思いついた。


 人間という身体的に劣勢な人種に生まれた自分が、生き残る道を模索するには絶好の機会かもしれないと。


 それから連夜はリンの喧嘩に片っぱしから付き合い、己が今までに会得してきた技術の全てを喧嘩という実戦の修行場で磨き続け、いつしか二人は勝つことはできずとも負けずにすませる程の強さを身につけていく。


 そんなときにもう一人の頼れる仲間、バグベア族の少年に出会う。


 彼は最初、上級生のパシリをやらされていた。


 それは彼が貧乏で、奴隷あがりの種族バグベア族であったことに原因がある。


 彼は上級生の不良の一人に金で雇われていたのだ。


 それも大して金額にもならないはした金でである。


 彼は上級生のいいなりになって彼らの代わりに喧嘩を引き受けていたが、あるとき、連夜達の噂を聞きつけた上級生達が、彼に連夜とリンを襲うように命じる。


 上級生と一緒に、二人を待ち伏せて罠にかけ、動けないようにしておいて二人を総勢十五人で滅多打ちにする。


 そんな卑怯な手段で捕まえた相手を嬲ろうとする上級生達に、身体的に弱い連夜をかばってひたすら殴られ続けるリンの姿を見ているうちに、彼の我慢は限界を超える。


 バグベア族に備わる超人的な能力、『月光眼(グラムサイト)』と、『凶戦士化(ベルセルク)』を駆使してあっという間に上級生達を蹴散らしてリンと連夜を救ってくれたのだった。


 だが、直接手を下さなかったとはいえ、二人を罠にはめた側の人間にはかわりないと、彼は二人に無防備な背を向ける。


 好きなだけ殴って落とし前をつけていいというのだ。


 連夜としては、この高潔な人物をそんな目に合わせるのは大反対であったが、隣の狂犬のような友人が恐らくそれを許しはしないだろうと思って止めようと思ったのだが、なんと、あろうことか、そのリンの方から、先に連夜に彼を許してやってくれと申し出てきたのだ。


 いったい全体何事だと思ったが、珍しくリンの瞳にいつものような狂気の光がない。


 どうやらリンはこの人物のことが相当気に入ったのだと見て連夜は安堵の溜息を吐きだした。


 連夜はこの高潔な性格の人物が気に入って一緒にこないかと誘いをかける。


 奴隷上りの種族なのにいいのかと問い掛ける彼に、連夜は自分は同じ迫害対象の人間族であることを話し、リンは家庭に居場所がなく孤独で友達が連夜しかいないことを告げ、頼むから友達になってくれよというリンの一言で彼は連夜達と一緒に行くことを承知するのだった。


 ロスタム・オースティンと名乗る少年は二人に言う。


『両親を早くになくしてな、貧乏な生活を続けていたせいで世の中というものをほとんど知らんのだ。そのせいでいろいろと迷惑をかけるかもしれんが、よろしく頼む』


 以来、彼は二人のボディガードのような存在として常に二人の後ろにいるようになった。


 余談であるが、連夜の両親の口利きで中学生でもできる割りのいいアルバイト先がみつかり、ロスタムは前ほど金に困ることはなくなった。


 こうして三人は常に行動を共にするようになり、数々の修羅場を共に乗り越えて固い絆で結ばれるようになった。


 まさか、そう遠くない未来に違う絆で結ばれてしまうものもいるのだが、このときはまだ当人達ですら自分達の関係がそうなってしまうことになろうとは思ってもいない。


 とにかく、そんな三人からしてみれば、この程度の連中など雑魚でしかない。


 二十対三という圧倒的な劣勢を、あっという間に跳ね返して見せた三人だったが、その三人のリーダー格連夜は非常に冷静だった。


「ロム、リン、もうそろそろ時間だ、逃げるよ」


「わかった」


「え〜〜、まだ暴れたりねえよ」


 リーダーの言葉にバグベア族の少年は素直に頷くが、白い髪の少年は納得できないという表情でまだ角材を振り回し続けている。


「そろそろ、あいつが現れそうなんだよ。もう、あいつが来るとめんどくさいから、相手したくないんだよね。ロム、構わないからリンを連れて来て」


「わかった」


「え、ちょ、待てロム、お前連夜の言うことばっかり聞いているんじゃねえよ!!」


 長身のバグベア族の少年は、慣れた手つきで白い髪の少年をひょいと肩に担ぎ、白い髪の少年は離せ離せと暴れるが、どうもバグベア族の少年を傷つけたくないのか、手にした角材でどうにかしようという気はないらしい。


 白い髪の少年をバグベア族の少年が確保したことを確認したリーダーの少年は、二人に目で合図してこの場を離れようとする。


 しかし、まだ元気な手下達と、目を洗って復活した一つ目巨人(サイクロプス)が三人の行く手を阻む。


「おんどりゃあ、どこに行く気じゃ!!」


「ちょ、ほんとマジでどいて。ほんとにやばいから、あいつが来ると大騒ぎになるよ」


 三人のリーダーが疲れたように言うが、その言葉の意味が全く理解できない一つ目巨人(サイクロプス)が吠えまくる。


「ざけんな、これだけのことしておいて、ただで逃がすわけないだろ!!」


「ほう、ただじゃなければどうしてくれるんだ」


「決まってるわ、ぼこぼこのぎったぎたに・・ん?」


 明らかに目の前の少年達ではなく、背後からかけられた言葉に一つ目巨人(サイクロプス)が振り向くと、そこには整った顔立ちの中性的な中学生と思われる美少年が立っていた。


 それを見た三人組のリーダーは、あっちゃ〜っと片手で顔を覆い、溜息を吐きだす。


「ほら〜、来ちゃったじゃないか〜〜」


「だ、誰だ、てめえ・・」


「僕か、僕はな・・」


 美少年が学ランの前を外してベルトの部分を見せるようにすると、そのバックルの部分が急速に大きくなり、まるで風車のように回転し始める。


 それに合わせて少年が自分の両腕を目の前で×の形に組み合わせて叫ぶ。


冥身(めいしん)!!」


 その掛け声とともに少年は闇のように黒い光に包まれて、次の瞬間、黒いメタリックのバトルスーツに、黒いフルフェイスの仮面の異形の姿へと変わっていた。


 呆気に取られる一つ目巨人(サイクロプス)達不良集団と、呆れ果てた表情を隠そうともしない三人組のリーダーの連夜。


 その面々に、変身を完了した黒装束の人物は高らかと叫ぶ。


「僕は、キマイラ族(かいぞうにんげん) 人造勇神(じんぞうゆうしん) 倚天屠龍(G−バスター)!! 宿難(すくな) 連夜(れんや)、今日こそ決着を着ける!!」


 ビシッとポージングを決めたあと、三人組のリーダーである連夜に指を突きつけて高らかに宣言するのだった。


 直々に指名された連夜は、非常に迷惑そうに呟くのだった。


「あ〜〜、めんどくせ〜〜〜」


 そんな連夜に、ロスタムに担がれたリンがにやにやとした笑みを浮かべて向ける。


「モテモテだな、連夜」


「うるさいよ、リン。なんなら、変わってあげてもいいんだけど」


「謹んでお断りする」


 にやにや笑いを浮かべたままリンが断ってくるので、今度はその横のロスタムに水を向けてみる。


「ロムでもいいけど」


「巨乳でかわいい女なら喜んで引き受けるがな、あんな変身ヒーローはいらん」


「ロムって結構エロいよね」


 ロスタムの物凄い即物的な答えに連夜は顔を顰めるが、ロムはさも心外だという表情をして返す。


「男はみんなエロい。おまえも巨乳きらいじゃないだろうが」


「うん、まあ、結構好き」


「あ・・ロムって巨乳が好きなのか・・」


「ん、なんだ、リン、おまえもなんか文句あるのか?」


「ううん、ごめん、なんでもない・・そっか、巨乳かあ・・」


 物凄い意味深に考え込むリンを怪訝そうに見つめる連夜とロスタムだったが、すぐに視線を目の前にいる不良達と、黒装束の乱入者に向け直す。


「さて、話し合いは終わったか、宿難(すくな) 連夜(れんや)。そろそろ行くぞ」


「いちいちフルネームで呼ばなくていいよ、大体いい加減僕に執着するのやめてくれない? 君みたいなのに追い回されるのはいい加減うんざりなんだけど」


 そう言って、連夜はポケットから取り出したいくつかの珠を指の間にはめるように構えて、黒装束の乱入者を見据え、黒装束の乱入者は半身に構えて連夜に向かっていく素振りを見せる。


 すると、間に挟まれている形になっている一つ目巨人(サイクロプス)が連夜と黒装束の乱入者を交互に見て野太い声をあげる。


「てめぇら、俺を無視して話を進めるんじゃねえ!!おい、とりあえず、この黒い勘違いバカを始末しろ!!」


 と、手下達に指示を下すと、手下達は一斉に黒装束の乱入者に襲いかかっていく。


 だが、黒装束の乱入者は全く慌てることなく、襲いかかってくる不良達を余裕たっぷりに迎え撃つ。


「行くぞ! 『骸醜(このよのあくを)一喰(くらってめっす) 彗星倚天拳(G−フィスト)』!!」


 黒装束の乱入者が放つ黒い光の拳が、向かってきた不良達をまとめて吹き飛ばす。


 さらに、間髪入れずに空高く跳躍し、不良達を吹き飛ばしたその場所に向けて、飛び蹴りの態勢のまま急降下していく。


「トドメだ、『獣皇(むねにひめたる)夢神(ゆうきをもって) 流星屠龍脚(G−フィート)』!!」


 とんでもない威力で地面にクレーターを作り、その余波を食らった不良達を完膚なきまでに叩きのめす。


 そのありえない圧倒的な力を見せつけられて、一人残った一つ目巨人(サイクロプス)は、呆然と立ち尽くしていたが、やがて何かを思い出したかのようにぶるぶると震えだした。


「お、お、思いだした、おまえ、最近噂になってる不良狩りの『冥路の(さんずのかわの)黒機士(わたしもり)』だな・・いくつも名のある武装チームを解散に追い込んだって聞いていたけど、まさか本当だったとは・・」


 その言葉にくるりと振り返った黒装束の乱入者だったが、物凄く不満そうにつぶやく。


「どうでもいいが、なんだその地獄の使者みたいな呼び方は。どう見ても正義の味方だろうが!! 訂正を要求するぞ!!」


「どっちでもいいって・・」


 巨人に訂正を要求する黒装束の乱入者に、疲れたようにツッコミを入れる連夜。


「なんだかんだいって連夜って付き合いいいよな」


「うむ、まあそうでなかったら俺達のようなはぐれ者と組もうとしないだろうしな」


「こらこら、本人の側で本人の批評をしないように・・まあとりあえず、終わったみたいだし、帰ろうか。じゃ。またね」


「おう、またな」


 と黒装束の乱入者に自然な挨拶をしておいて、すたすたとその場から立ち去ろうとする連夜達三人。


 黒装束の乱入者も、ごく自然にその挨拶を受けて連夜達を見送っていたが、不意に自分が何をしにきたか思いだして、慌てて連夜を呼び止める。


「ちょ、ちょっと待て、宿難(すくな) 連夜(れんや)!! 僕との勝負が終わってないだろうが!!」


「あ、気がついた?・・ちっ」


「し、舌打ちするな!!」


 と、激昂しながら連夜を見た黒装束の乱入者から怒りのオーラが燃え上がる。


「いつもいつも僕をからかってばかりで・・ひどいぞ、宿難(すくな) 連夜(れんや)!! たまには真面目に僕の相手をしたらどうだ!!」


「どうでもいいけど、フルネームでいちいち人を呼ばないでっていってるでしょ。力だけは有り余ってるくせに、ほんとに学習能力ないんだから・・」


「うっさいうっさい!! もう怒った、今日はもう最初から全力で、僕の力を見せてやる!!」


 そう言った黒装束の乱入者から、ドス黒いオーラが噴き出して包み込み、地面の上にまるで獅子の顔のような紋様が現れる。


「この人造勇神(じんぞうゆうしん) 倚天屠龍(G−バスター)の最終奥義、『獅子(りゅうくだく)尊巽ししのほうこう 倚天屠龍衝空砕(ファイナルGバスター)』!!」


 両手両足を大きく広げ、『大』の字の形に構えた黒装束の乱入者の胸の装甲が左右に開き、そこに明滅する二つの紅宝珠から限りなく黒に近い紅の光線が連夜に向かって走る。


 だが、連夜は慌てない、すかさず呆然と立つ一つ目巨人(サイクロプス)の背後に回って叫ぶのだった。


「甘いぞ、倚天屠龍(G−バスター)、これが僕の一回限りの秘奥義、『一つ目巨人絶対防壁(サイクロプスシールド)』!!」


「な、なにいいいいいい!!」


「ギャ、ギャアアアアアアアアアッ!!」


 連夜に盾にされた一つ目巨人(サイクロプス)にまともに光線があたり、連夜を光線から守る。


 しかし、盾にされてしまったほうはたまったものじゃなく、ぶすぶすと焼け焦げていたかと思うと、ぱったりと倒れて動かなくなった。


 連夜はさも自分の力で切り抜けたような顔をしながら、額の汗を拭うのだった。


「ふう、危ないところだった、もう少し技の発動が遅かったら・・恐ろしい技だ、さすがは”ふぁいなる爺ーばったり”名前通り最後に爺さんがばったりするだけのことはある」


「ちょっとまて〜〜〜い!! それのどこが秘奥義だ、ただ関係ない奴盾にしただけじゃないか!! しかも技の名前が全然ちがうし、妙な解説いれるんじゃない!!」


 怒り狂って連夜に抗議する黒装束の乱入者だったが、なぜか周りで一部始終を聞いていた不良達からは、『え、ちがうの?』とか、『あの解説であってると思ってた』とか、『爺ーばったりのほうがかっこいいのに』とかいうひそひそ声が聞こえてくる。


 そんな不良達の言葉にかなり傷ついてしまった黒装束の乱入者は、ぷるぷると震えながら拳を握りしめて、ビシッとその指を連夜につきつけた。


「くっそ〜、もう許さない、許さないぞ!! いくら君が相手だとしても、これ以上手加減はしない!!」


「え、ちょっと待って、どう考えても、手加減してなかったよね?」


「黙れ!! 愛と正義と勇気と怒りと悲しみの超必殺最終奥義!!」


「いやいやいや、さっきの技も最終奥義だったでしょ!? いくつ最終奥義あるの!?」


「もはや問答無用!!」


 と、連夜のツッコミを全く無視して技の発動に入ろうとする黒装束の乱入者だったが、なぜか連夜はまたもや余裕の表情を浮かべて相手を見つめていたかと思うと、おもむろに黒の学生服の中からストップウォッチを取り出してわざと相手にみせるように構える。


 そして、なんかテレビの解説者のような口調でおもむろに話はじめるのだった。


「説明しよう、正義のヒーロー、人造勇神(じんぞうゆうしん) 倚天屠龍(G−バスター)は、人間の秘密結社が対『害獣』用に作り上げた、キマイラ族(かいぞうにんげん)である。様々な特殊能力を駆使し、『人』々の平和を守る無敵の勇者だが、その活動時間は、わずか555秒しかもたない。それを越えてバトルスーツを着用し続けると恐ろしい変化がはじまり自らが『害獣』へと変化してしまう。それを防ぐために、ある機能がバトルスーツには備え付けられている。555秒を越えてバトルスーツを着用し続けないように、555秒がすぎると・・あ、残り20秒だ。」


「な、なにいいいいいいいいいっ!!」


 呆気に取られて連夜の説明を聞いていた黒装束の乱入者だったが、残り20秒と聞いて慌てて走って逃げて行く。


「ちょ、ま、お、覚えてろよ、宿難(すくな) 連夜(れんや)次は必ず!!」


「いや、それって悪者の捨て台詞だよね・・っていうか、急がないとやばいんじゃない?」

 

「ああああ、ば、バカバカ、ほんとにもう・・絶対許さないんだからね!!あほ〜〜〜!!」


 と、言いながら走って逃げて行く黒装束の乱入者。


 それをぽか〜〜んと見送ったロスタムとリンだったが、やれやれと首を横に振った連夜が二人の側にやってきて、かえろっかと促す。


「なあ、連夜・・あいつとどういう関係?」


「言いたくない・・っていうか、あえて言うならストーカーと被害者」


「大変だなあ・・あんなのに付きまとわれて・・」


「ほんともういい加減にしてほしいんだけどね」


 はぁ〜と溜息を吐きだす連夜。


 二人はそんな連夜に苦笑してみせると、夕焼けの河沿いを一緒に歩いて去っていくのだった。


 河川敷には半殺しになってあちこち倒れる不良達の姿があったが、誰も気にとめるものもない。


 この城砦都市『通転核』ではいつもの光景だった。


 そして、そのいつもの光景が広がる日々を連夜達は力強く走り抜けたのだった。



〜〜〜第49話 黒機士〜〜〜




「っていう感じだったかな、中学校時代は」


 『サードテンプル』駅前のハンバーガーショップ、『魔空・ド・鳴門』の中で、照り焼きバイソンステーキバーガーをもきゅもきゅ食べながら話すリンの話を聞いていた姫子は呆気に取られた表情を浮かべてリンを見た。


「そ、それ、ほんとに連夜なのか?」


「意外?」


 信じられないという表情を浮かべながら自分を見つめてくる姫子を面白そうに見つめるリン。


 そんなリンの表情から、今聞いた話が全て真実であることを悟った姫子はすっかり乾いてしまった喉をうるおすように、テーブルに置いてあるグレープジュースに手を伸ばし、ストローを咥えて一気に飲み干す。


 日曜日の午後、リンは姫子に呼び出されて『サードテンプル』に出て来ていた。


 本当は久しぶりに帰ってきた最愛の恋人ロスタムにくっついていたかったが、ロスタムは午前中の自分との激しい愛の営みのせいで完全にダウンしてしまっており、もう何をやっても起きない状態になってしまっていて、しばらくは側にいても仕方がないと諦めて姫子の求めに応じることにしたのだった。


 いったい何事かと思って会ってみると、しばらくなにやら赤くなってもじもじとして切りだそうとしなかったが、用事がないなら帰るというリンの脅しに屈する形でようやく要件を切り出した。


 その内容を聞いてみると、連夜の中学時代の話が聞きたいと言い出したのだ。


 なんでそんなこと聞きたいの?とかいう意地悪なことを聞かなくても、この新しい友達の心底は怖ろしく見え透いていてわかりやすかったし、なによりもいくらなんでも連夜に対するアドバンテージがなさすぎてかわいそうすぎるので、話してやることにしたのだ。


 このことが連夜に知れたら、またもや『また余計なことしゃべってる!!』と怒られること間違いなかったが、そこはもう諦めてもらうしかない。


 だって、姫子と友達になってやってくれと言ったのは他でもない連夜なのだし。


 まあ、そういうわけで連夜の過去の一部を話して聞かせたのだが、温和な連夜しか知らない姫子にとって中学時代の武闘派ばりばりだった頃の連夜はかなりショックだったらしい。


「れ、連夜って、そんな喧嘩三昧の毎日を送っていたのか・・」


「そそ、だから、こっちに来た時に、久しぶりに連夜と再会してみたらあまりにも猫かぶっているからびっくりしたわよ。まあ、中身は全然変わってなかったから安心したけど」


「かわ・・変わってないのか!?」


「変わってないわよ。連夜って本当はかなり激しい性格してるのよね。自分に関係ないことにはすごい冷淡だし、無関心なんだけど、自分に関係することには無関心を装ってる振りをして相当に心を配って見ているし、思いこんだら一直線。姫子ちゃんだって知ってるでしょ、自分が一度友達だって決めた『人』のピンチにはどんな手を使ってでも助けようとするし絶対諦めない」


「ああ、そうか、言われてみればそうだな・・」


 リンの言葉に、心当たりがいくつかあるのか、なるほどと深く頷く姫子。


「しかし、そうか、言われてみれば私の知らないところでも連夜は一人で不良達を片づけていたりしていたみたいだったが、中学時代にリン達とそういうことがあったからなのだな」


「まあ、そうね、連夜って、本気になれば相当強いからね。あいつ私やロムにも『道具使い』としての能力を全部明かしてないしね」


「え、そうなのか!?」


「そりゃそうよ。連夜ってね、底知れないわよ。あいつ自分が劣性種族であることをよ〜くわかっているから非力な自分が少しでも有利になる技能技術は貪欲に吸収しようとするもん。ほら、連夜って学校の成績悪いでしょ? あれって、興味ないからなのよね。逆にその分の情熱を全て自分を守るための技術技能習得に使っているわけ。いったいどれだけの技術技能を持っているのやら・・」


 リンの言葉に益々驚愕の表情を浮かべる姫子。


「まあ、そのおかげで変な奴に追いかけられたりもしたんだけどさ・・」


「さっきの話に出てきた黒装束の乱入者のことか?」


「そそ、あいつ、ほんとしつこかったわよ。連夜が『通転核』にいた間はず〜〜っと絡んできたし、連夜がこっちに引越したあとも、連夜のこと探していたみたいだしね」


「いったいどんな奴だったのだ?」


 連夜の敵と知った姫子が物凄く不愉快そうな顔を聞いてくるのに、リンはしばらく考え込んでいたが、自分の記憶の中の黒装束の乱入者の素顔を必死に思い出して言葉にする。


「う〜〜んとね、中性的って言えばいいのかな、男の子のはずなんだけど、女の子にも見えるというか、とにかく物凄い美形なの、姫子ちゃんは女の子として美少女だと思うけど、その子は男の子としてみても、女の子としてみても美形なのよねえ・・しゃべらなければなんだけど」


「ふむ〜」


 リンの言葉が抽象的すぎてわかりづらかったのか、姫子はしばらく腕組みをして考え込んでいたが、やがて、店のガラス越しに見える外の歩道に、なにやらみつけたのか、指をさしてみせた。


「あんな感じかのう?」


 姫子が指さす方向には、長い黒髪を後ろでまとめ、すれ違う人がみな振り返って見直すほどの美しい顔立ちの高校生くらいの人物で、全身を黒い服と黒いスラックスという黒づくめで統一している。


 男とも女ともわからぬその人物からはガラス越しからでもはっきりわかる独特な色気が放出されていた。


 リンは片手を掌にぽんと打ち合わせた。


「そうそう、あんな感じ、まさにあれ!!」


「あ〜、なるほど、あんな感じかあ」


「そうそう、あんな感じ・・っていうか、本人そっくりだったけど」


 と、自分でそう言ったリンは、しばらくガラス越しにその人物が通り過ぎて行くのをぼんやりと見つめていたが、突如立ち上がった。


「いや、本人そっくりじゃなくて、どうみても本人じゃん!!」


「な、なにいいいいいいい!!」


 二人は慌てて店の外に飛び出して件の人物を探すが、もうそこにあの麗人の姿はなかった。


 リンと姫子はどちらともなく顔を見合わせる。


「これってやっぱり・・」


「ああ、連夜を追いかけてきたんじゃろうなあ・・」


 もうすぐ停学が解けて連夜が学校にもどってくるというのに・・二人は再び学校に嵐が吹き荒れる予感を感じて、茫然とそこに立ち尽くすのだった。

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