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~第4話 買い物~ おまけつき

 ここではないどこかの『世界』。


 かつて『世界』にあふれていた天魔、鬼獣、聖霊、魔物、そして、人間といったあらゆる『人』々は、『世界』に元々あらざる様々な力を他の『異界』から取り出す術を発見し、『世界』の理が壊れることも厭わず、自らの気の向くまま欲望のままに使い続けた。


 何千年もの間『人』々は、それらの力を垂れ流し、やがて『世界』そのものを自由に変貌させられるほどの力を持つ者まで現れた。


 そういう者達は、自らを『神』あるいは『魔王』と称し、あたかも『世界』そのものの創造主ですらあるかの如く『世界』のありようを自分の都合のいいように変化させる。


 最早『世界』は元の姿を知る者達からは想像できないほど荒れ果て、『人』々以外の生き物にとっては地獄と言っても過言ではなかった。


 だが、まさに頂点へと達しようとしていたそういう『人』々の傲慢も、ついに『世界』そのものの怒りが爆発するとともに終焉を迎える。


 最初に出現したのは、雲を突くような直立型のトカゲのような姿をした『竜』だった。


 この世界に存在する、頭部に角と立派なひげ、蛇のように胴の長い『龍』と呼ばれる種族でもなければ、大きな四足のトカゲに角と背中に蝙蝠の翼つけたような姿の『ドラゴン』と呼ばれる種族でもない。


 翼もなければ角もなく、真っ黒い岩のような肌に、背中にはいくつもの背びれにも見える角のようなものがズラリとならんだ異様な姿。


 はじめてその『竜』と対峙したのは、当時、西域を支配していた魔族達であったといわれる。


 当時の魔族達は、異界の力の一つである『魔力』を子供ですら自由に使いこなせるほど進化した種族となっており、ましてや世界に覇を成すほどの奇跡の力を持つ十一傑の一人『魔王』を頂点にした一大種族。


 得体のしれない図体がでかいだけのトカゲの化け物など、敵ではない。


 誰もがそう思った。


 だが・・


 魔族達の大部分はその図体がでかいだけのトカゲに食われた。


 魔族だけではない。


 歴代魔王の中でも5本の指に入るといわれるほどの実力を誇っていた当代の『魔王』も食われた。


 そして、図体がでかいだけと言われたトカゲは全くの無傷であったという。


『まさか・・』


『そんなはずはない・・』


『何かの間違いだ・・』


 その事実を誰も信じようとはしなかった。


 だが、目を背けようとした『人』々はやがて、己の目でもって事実を知ることになる。


 『竜』は世界各地を転々とし、片っぱしから異界の力を操る者達を食らっていった。


 当り前のことではあるが、このとき『竜』に襲われた『人』々はただ黙って食われたわけではない。


 狙われた『人』々は、勿論、『神』や『魔王』達も持てる力の全てを使って対抗した。


 山を動かし、海を裂き、天を轟かせ、時には時空さえも歪め、あらゆる奇跡の力を『竜』にぶつけたといわれる。


 だが、そのことごとくはすべて『無』かったことにされた。


 『竜』に向けて直接的、あるいは間接的にかけられた『異界』の力による奇跡は、発動しても『竜』に到達する前に『無』かったことにされるか、あるいは例え発動して結果が出たとしても、まるで時計が逆転するかのように発動する前の状態に強制的にもどされて『無』かったことにされてしまった。


 『人』々は事ここに至ってようやく事の重大さに気づき、そして、この現象の意味を知る。


 『世界』が『異界』の力を全面的に否定しているのだと。


 そして、『竜』はこの『世界』の代弁者であると同時に、『異界』の力を使う『人』々への断罪者であると。


 得意絶頂の高みから、一気に奈落の底へと突き落とされた『人』々の悪夢は終わらない。


 『竜』の出現から数年後、『竜』の存在する意味を知り、その存在の移動先から逃げようと世界のあちこちへ飛んで身を隠そうとした『人』々にさらなる絶望が襲いかかる。


 世界のあちこちに、『竜』と同じような特性を持った生物が出現しはじめていた。


 すなわち、あらゆる『異界』の奇跡の力を否定する力を持つ生き物が。


 その姿は実に様々で、『竜』に匹敵する巨大な姿を持つ者もいれば、人間ほどの大きさのものまで。


 トカゲのような姿から、鳥のような姿のもの、あるいは、ミミズや、昆虫のようなものまで、実に様々。

 

 共通することはただ一つ。


 『竜』と同じく、『異界』の力を持つ者、あるいは持つ物を狩り食らうということ。


 いつしか『人』々は『竜』を含めた彼らのことを絶望と畏怖をこめてこう呼ぶようになっていた。


 『害獣』と


 何千年にもわたり隆盛を誇っていた『人』々は、彼らの出現によって、たった十数年で絶滅寸前まで追い込まれた。


 だが、『人』々は滅びなかった。


 偶然なのか、それとも『世界』そのものの情けだったのか、『害獣』から逃げ回っていた『人』々の中に、『害獣』が侵入してこない場所があることに気づいた者がいた。


 『異界』の力が流れ込みにくい、あるいは全く流れ込まない場所であったがゆえに、当時の『人』々から開拓されることもなく放置されていた『辺境区』と呼ばれる場所が世界のあちこちに存在しているが、そこには『害獣』の姿が全くなかった。


 生き残った人々はそこに次々と逃げ込んで、堅固な城壁によって囲まれた(勿論『異界』の力ではなく自らの力で作った城壁)城砦都市を作り、その中の安全地帯に隠れるように住むようになった。


 それが500年近くも前の話。


 それから時が経ち、『人』々の文明がこれまでとは全く違う方向へと進歩していって、今に至る。


 相変わらず『害獣』達は世界中の至る所を闊歩しており、城塞都市から一歩踏み出した外の世界が危険であることには変わりはないが、それでも、偉大な先人達のおかげで、ある程度『人』々は世界を再び自らの足で歩けるようになり、細々とながらも他の城砦都市との繋がりを築き徐々に人口を増やしつつある。



〜〜〜第4話「買い物」〜〜〜



 と、そんな今の世界に生まれてしまった連夜であったが、だからといって連夜自身が『害獣』との激闘の日々を送るわけではない。


 むしろ、日常生活との激闘の日々を送ることがほとんどであり、そちらのほうが余程重要で急務であった。


 今日も、自分と家族の食生活を守るために、連夜は買い出しへと向かう。


 連夜が住んでいる城砦都市『嶺斬泊』にも、当然のことながら総合衣食住商品取扱大型店がいくつかあるが、なかでも連夜がよく行くのは『ジャスト』だった。


 理由は簡単で、取り扱っている商品が若干だが、ほかの大型店舗よりも多く、何よりも月に何回かある特売日の値引きが非常に高いからだ。


 誤解のないように説明しておくと、宿難家の財政は決して苦しくはない。


 と、いうのも、6人家族中5人になんらかの収入があるからだ。


 両親は共働きで、結構な収入があるし、兄もすでに就職して働いている。


 姉は大学生をやりながらだが、都市近郊の比較的安全な『外区』の調査を行うバイトをしていて、バイトにしては結構な収入を得ている。


 で、実は連夜も片手間ではあるが、父親から小さな畑を借り、市場に出回りにくい薬草や食物を栽培してそれをしかるべきところに売ってそこそこの収入を持っている。


 従って、けちけちしなくても6人家族がそれなりに余裕の生活ができるくらいの財産はあるわけである。


 それなのに、特売日をわざわざ狙って安くていいものを狙わずにいられないのは、長年しみついた連夜の『主夫根性』なのだろう。


「おお、卵安い!!・・って、烏骨鶏の卵も今日特売してる!!!」


 学校の屋上での出来事のあと、夕日が沈む前にジャストにやってきた連夜。


 高校生の少年が買い物カートを押しながら、特売品の卵のパックの値札をうっとりと見つめる光景というのも、なかなか妙なものだが、本人は全然気にしていなかった。


 連夜は、Lサイズの通常卵のパックを2つと、烏骨鶏の卵パック2つをカートにそっと割れないように入れると、背中のリュックから今朝の新聞に折り込まれていたジャストの広告チラシを取り出した。


「よし、目当てだった『神農牛乳』と『卵』と『トイレットペーパー』は買った。あと他に目ぼしいものなかったかなぁ・・」


 と、真剣にチラシを見ていると、ほっそりきれいな女性の腕が見えて、こそこそとカートの下段にビールが入っていると思われる小さめの樽を積み込むのが見えた。


 こういうことをしそうな人物に二人ほど心当たりがあったが、一人はいつも遅いのできっともう一人に違いないと予想して、連夜はため息をついた。


「ちょっと、み〜ちゃん。ビールはこの前買ったばかりだと思うんだけど・・」


「・・あ」


 いつのまにか連夜の背後に立っていたミネルヴァが、バレタかという顔をして舌を出す。


「もう、飲んじゃったの?」


 振り返った弟の呆れたような表情に、ミネルヴァはバツの悪そうな顔をして、両手の人差し指をかわいらしくつんつんとつつき合わせた。


「いや、だって、玉藻のところに持って行ったら、勢いで飲んでしまったんだもん・・」


「玉藻さん? ああ、み〜ちゃんの小学校時代からの親友の如月さんのことね」


 実際に顔を突き合わせて会ったことは数えるほどしかないが、姉が小さい頃よく家に姉を誘いに来ていた霊狐族の少女のことを連夜は覚えていた。


いや、本当は覚えているどころの話ではないのだが、それをこの姉に知られると非常にまずくややこしい事態に陥ってしまうので、連夜は努めて関心が薄い風を装いながら言葉を続ける。


「たしか、同じ大学なんだっけ?」


「そそ」


「そういえば、み〜ちゃん、ここのところ夕食の後出かけること多かったけど、如月さんのところに行ってたの?」


「うん、いま玉藻の奴一人暮らしだからさ、悪い虫とかついたらいけないからね」


 と、妙な義務感をあらわにする姉に、苦笑を返す連夜。


「ところでみ〜ちゃんがここにいるということは、大学の講義はもう終わったってこと?」


「そそ、あとは帰るだけだったんだけど、帰り道に連夜がジャストに入っていくところ見かけて、あとをつけてきた」


 てへっと、かわいらしく笑ってストーカー行為をさらっと誤魔化そうとする姉に、疲れたようにがっくりと肩を落とす連夜。


「いや、気付いたなら普通に声かけてよ・・」


「だって、彼女連れとか、彼女と中で待ち合わせだったら・・」


「あ〜、そのときは、帰るつもりだったのね」


「いや、とことん、邪魔してやるつもりだった」


 恐ろしいことをきっぱりと断言する超ブラコンの姉がいた。


「最愛の私の連夜に手を出そうという愚か者には、それ相応の報いをくれてやらないといけないからね・・くっふっふ。絶対生かして返すものか・・って、ちょっと連夜、置いていかないで!!」


 傍から見てると非常に怖い表情で笑いだした姉と、知り合いだと思われたくなかった連夜はカートを押してスタスタとその場を離れていく。


 それに気がついたミネルヴァは慌てて連夜のあとを追う。


「ひ、ひどいよ、連夜!!お姉ちゃんを置いて行くなんて!!」


「ビールはちゃんと買っておくから、もう帰ってください」


「ちょ!! なんでそんな冷たいこと言うの!? もっと優しくして!! 優しくしてくれないと泣いちゃうから!!」


「はいはい、じゃあ、ビールの御つまみに『ドワーフ御用達、ストーンブリッジウィンナー』買ってあげるから」


「・・連夜手作りのポテトチップスもつけてね」


「はいはい」


 と、手なれた様子であっというまに姉の機嫌を直した連夜は、再びチラシを広げ、野菜果物のコーナーへ。


「やっぱ、『春夏秋冬キャベツ』と『ワイルドボアの肉』でシャンファ風ホイコーローかなあ・・って、み〜ちゃん、なんで腕絡めてくるの?」


 至って自然な感じで腕を絡ませてくる姉。


 カート押しているのに、腕まで組まれると流石に重くてしょうがないのだが、当のミネルヴァはうっとりと幸せそうな表情。


「いや、だって、こうしていると新婚さんみたいに見えるでしょ?」


「無理があるって・・」


「なんでよ!! 私だと役不足ってこと!?」


「むしろ僕が役不足でしょ・・プロのモデル並みに美人で背が高くてスタイルのいいみ〜ちゃんと、童顔で身長低くて普通以下の僕じゃせいぜい有名女優とマネージャーくらいにしか見えないんじゃないかなあ」


「そんなことない!! ・・というか、そういう風に言う奴がいたら叩き潰す」


 こりゃだめだという表情で、説得をあきらめた連夜はミネルヴァに腕組みをさせたまま山積みにされたキャベツに近づくと、それを一つずつとって状態の良し悪しを選別する。


 そんな連夜の様子を飽きることく優しい表情で見続けるミネルヴァ。


 元々ミネルヴァが目立つ容姿であるということもあるが、傍から見ると身長差はかなりあるものの、それでも年下だけど頼れる彼氏を大人の余裕で見守る彼女みたいないい雰囲気を醸し出す仲の良いカップル(?)の姿に、周囲から妙に暖かい視線が注がれる。


「う〜ん、どれもいまいちだなぁ・・別に虫が食っているのとかはいいんだけど、どうも大きすぎるのが気になるなあ・・」


「大きいといけないの?」


「いや、いけないことはないんだけど、『春夏秋冬キャベツ』は小さくてしっかりした包み状になってるやつほど糖分が高くて甘いんだよなあ・・」


「へ〜そうなんだ」


 横で素直に驚く姉を、連夜は苦笑を浮かべながら見つめた。


 弟の目から見ても3つ年上の姉は、美人で頭もいい。


 それに家族のことになるとちょっと暴走してしまうが(特に連夜のことに関しては)基本的にそれ以外での人格は非常にまともであることも連夜は知っている。


 でなければ中学高校時代共に、生徒会長を務めることなどできなかっただろうし、大学でも相当教授達から可愛がられているようだ。


 とにかく自慢の姉なのである。


 が


 だからといって心配していることがないわけではない。


「やだ、連夜ったら、私のこと見つめて・・さては、私の美貌にみとれていたな?」


「いや、み〜ちゃんが僕の知る限りの知り合いの中でもトップクラスの美人だってことはよくわかってるから、そこは今更なんだけど・・」


「あ、そうなんだ・・まあ、私のことをトップクラスの美人と認識してくれている事実はよしとして、何?なんか聞きたいことでもあるんじゃない?」


「う〜ん・・まあ改めて聞くのもなんなんだけど・・み〜ちゃんって、恋人いないの?」


 ぐさっっっっっっ!!!


 連夜のすぐ横で何かが刺さる音がした。


 連夜が音のしたほうを見ると、横にいるミネルヴァの後方にある果物コーナーで、プチ世界樹から採れる甘くておいしいリンゴ『蜂蜜世界』の試食のためにリンゴを剥こうとしていたサンエルフ族のお姉さんが、包丁を落として下にあった商品のリンゴに突き刺さった音だったようだ。


「あぶないなぁ・・怪我しないといいけど・・あれ?み〜ちゃんどうかしたの?」


「しくしくしく・・」


「え、なんで泣いてるの?」


「だって・・連夜がいじめるんだもん・・」


「ええええええ」


 なぜかすっかりしょげてしまった姉が、恨めしそうにこちらを見ていた。


「え、いじめてないでしょ!?」


「いじめたもん・・」


「僕、何かした?」


「いいよ、いいよもう・・どうせ、私は男の子に告白されたことないもん・・自分から告白しても『俺、自分よりも漢前な女性とはちょっと・・』とか言われて断られちゃうもん・・」


「・・・」


 どうやら恋人関係の話は、この姉の地雷原だったらしい。


 すっごいモテそうなのに、現実は甘くはないらしい。


「ところで連夜はどうなのよ? 恋人がいないことは、情報として把握してるけど、気になる女の子とかいるんじゃないの?」


「いや、そんな情報把握しないでほしいんだけど・・」


「何言ってるのよ!! そういう情報はきちんと把握しておかないと、もし連夜にそんなのできたら・・そんなのできたら・・」


「ちょ、なんで、泣きだすの!? なんか、物凄い周りから変な目で見られてるから!!」


 自分で言い出しておいて、なんか物凄い感情的に抑えられなくなってきたのかぼろぼろと姉は泣きだした。


 しかも額の第3の目からも涙があふれ、しまいには鼻水も流れ、顔がすごいことになってしまっていた。


 その様子に、周囲の人たちから、『別れ話じゃないかしら・・』とか『相手の男の子若いのに、やるわねぇ』とか、『あのおにいちゃん、おねぇちゃんのこと泣かしてるの?』『しっ、子供はみちゃいけません』とか言われてるのが聞こえてくる。


 連夜は慌ててポケットからきれいに洗たくしてあるハンカチを取り出すと、自分よりも背の高い姉の顔に手を伸ばして、優しく涙をぬぐってあげる。


「はい、ち〜んして」


「・・ち〜ん」


 連夜の言葉に素直に鼻をぶびびっとならし、最後鼻水まできれいにぬぐってもらい、なんとか落ち着くミネルヴァ。


「とにかく、勝手に恋人とか作ったらだめよ!!」


「はいはい・・まあ心配しなくても僕元々モテないから、しばらくはないと思うよ・・」


「う〜ん・・それも腹が立つんだけど・・」


「いや、僕にどうしろと・・」


「そりゃ、いっぱいラブレターや告白だけ受けておいて、片っぱしから全部断ってほしいのよ!!」


「鬼じゃん・・」


 無茶苦茶な幻想を抱く姉にげんなりする連夜。


「それよりも、気になる女の子とかいないの? せっかくの高校生活なんだから、いるでしょ?」


「いや、いないなあ・・むしろ周囲はどんどんヒートアップしていってる気がするんだけどねえ・・

すでにお互いの気持ちを確かめあって夫婦同然の生活している友達もいれば、複数から告白されて選べないでいる友達もいれば、こじれて修羅場になってる友達もいるし。」


「なにそれ・・周りがそうなってるのに、連夜は全然そういう気持ちにならないわけ?」


「どちらかといえば、自分の友達が本当に好きな相手とカップルとして幸せにやってる様子を見るのが楽しいかなあ。そういうの見てるとなんだか落ち着くというか」


「連夜らしいといえば、連夜らしい考え方よね・・私だったら、そういうバカップル見てると横からちょっかいかけて波風立たせてやろうと思うけど」


「・・お願いだから、僕の周りでそういうことしないでね・・」


 いひひと邪悪な笑みを浮かべるミネルヴァに疲れたように言う連夜。


 『春夏秋冬キャベツ』はもちろん、あといくつかの野菜と果物をカートに入れて、別の場所へと移動を開始する。


「ところでさ、み〜ちゃん」


「ん?」


「み〜ちゃんが通ってる今の大学って、薬草学とか回復薬学とかで結構有名だよね?」


「そそ、有名な医学博士のブエル教授とか、ラファエル博士とかが講師としているし、他にも優秀な人材が豊富だねえ。学生の中でも既に名前が知れてる人もいるし」


「それでさ、僕、いまちょっと丸薬作りに取り組んでいるんだけどちょっと行き詰ってる部分があって・・もし、大学に丸薬作りに長けた人がいたら紹介してもらえないかなって」


「あ〜、なるほどねぇ・・連夜、丸薬にまで手をつけたの?」


「うん、がっつり専門でやるつもりじゃないんだけど、液状の薬を作る工程で、どうしても丸薬を使用しないといけない部分が結構あって。まあ、それくらい買ってもいいんだけど、できれば簡単なものくらい自作できるようになっておきたくて」


「ほんと・・まじめねえ・・にしても丸薬かあ・・あれって結構特殊だからなあ・・知識として知ってそうな人物なら何人か心当たりあるけど、作れるかどうかになると・・」


 最愛の弟の為に真剣に悩みだしたミネルヴァの姿に、慌てる連夜。


「いやいや、無理にじゃないから、いないならいないで、気にしないで」


「う〜ん・・ごめんねえ・・思いつかない・・って、あれ」


 何かを思い出したのか、ミネルヴァが小首を傾げる。


「ん、どうしたの?」


「そういえば、あいつの実家が丸薬作りの大家だったような・・」


「あいつ?」


「そそ、ほら、さっきちょっと話にでてた玉藻のこと」


「え、如月さん!?」


 思ってもいなかった意外な人物に驚く連夜。


「あいつって有名な霊狐の一族なんだけど、たしか丸薬作りの大家だったはずなんだよね。小学校くらいのときに、親に無理矢理修行させられて、いやだなぁって言ってたのを何度か聞いたことあったから、きっと基本くらいはわかってるはず」


「すごい!! 流石み〜ちゃんの大親友!!」


「うむ、私が親友と呼ばせているのは彼女だけだからね・・しかし・・玉藻かあ・・」


 喜ぶ連夜に、なぜか自慢げに胸を張るミネルヴァだったが、急に連夜から顔を背けて怪しげな表情で何かを考え始めた。


「まさかとは思うけど、連夜とどうこうなったりしないよねぇ・・ショタコンじゃあなかったはずなんだけど、相手が連夜だからなあ・・こうなってくるとあいつに言い寄る軟弱者どもを片っ端から叩き潰してしまったのは失敗だったかなぁ・・ちょっと手加減してせめてあいつの好みの傾向くらい分析しておくんだったなあ・・チッ」


「え、なに?やっぱり駄目なの、み〜ちゃん?」


 物凄い悪党面でブツブツ文句を言いながら舌打ちまでしている姉の様子に、不安になってくる連夜。


 そんな連夜を誤魔化すように、振り返ったミネルヴァには明るい笑みが。


「いやいやいや、大丈夫。折を見て話をしておいてあげる」


「やった〜、流石はミネルヴァお姉さま、頼りになります」


「あっはっは、まあ、お礼は連夜の特製バイソンジャーキーでいいよ」


「げ、作ってたの知ってたの?」


「あったり前じゃん!!この前、私がバイトに行ってる間にダイの奴に根こそぎ食べられて悔しい思いしたからね、今度は見逃さないようにと思ってずっと連夜が作るのチェックしてた」


「そ、そう・・じゃあ、まあ今回はダイ兄さんには泣いてもらおうか」


「うんうん、というか、連夜はあいつに甘すぎる」


 苦笑する連夜に何か思うところがあったのか表情を険しくしたミネルヴァはビシッと連夜に指を突きつけた。


「え、そう?特別扱いしてはいないつもりなんだけど・・」


「めちゃくちゃ特別扱いしてる!! だいたい、バイソンジャーキーを作るようになったのも、元はと言えば『害獣』狩りから帰ってきたあいつに、少しでもおいしいものを食べさせてやりたいからって理由だったよね!?」


「あ、あ〜そういえばそうだった・・」


「それだけならまだしも、あいつが帰ってきたら全身マッサージとか、体のケアとかしてやってるし、『害獣』狩りで怪我しないように回復薬とかいろいろ用意してやるし、いつ帰ってきてもいいようにあいつの好みのビールきらさないようにしてるし!! うがああああ!!自分で言っててすっごい腹が立ってきた!! あの野郎、完全に連夜を自分の女房扱いしてるぢゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!」


「み〜ちゃん、お願いだから落ち着いて・・確かにそうかもしれないけど、ダイ兄さんは滅多に帰ってこないから、毎日やってるわけじゃないし。僕のできる範囲のことだからさ、そんなに怒らないでも・・」


「これが怒らずにいられますかっ!! これが落ち着いていられますかっ!! 見てろよ、ダイ・・連夜独占禁止法を破った者がどうなるか、今度帰ってきたら思い知らせてやる・・」


「独占禁止法て・・」


 最愛の弟がすっかり呆れ果てた表情で自分を見ていることにも気がつかずに、復讐を胸に誓うミネルヴァ。


 いったいどういう報復手段を考えているのか、完全に自分の世界に入ってしまった姉を放っておいて、連夜は今日の買物の最後の品に目を向ける。


「そろそろ、チョコレート菓子買っておかないといけないんだけど、どうしようかな」


 棚にずらりと並んだ、チョコレートを使った様々なお菓子を見て、迷う連夜。


 宿難家の者は、みな例外なくチョコレートが大好きである。


 それは無類の酒豪でもある兄大治郎ですらも例外ではなく、よく酒のつまみにチョコレート菓子を食べていたりもするくらい、チョコレートは大好きなのだ。


 ともかくおやつ言えばチョコレートいうくらいチョコレートを食べているわけだが、しかし、だからといってその銘柄も同じ嗜好であると、これがまた若干微妙。


 兄と姉は、棒状のサクサクしたクラッカーにチョコレートをコーティングした栗子堂の『チョッキー』が好きだし、妹と母は小さいクッキーの上に大きな傘のようなチョコレートがついた、大正製菓の『針葉樹林の田舎』が大好物。


 父は、ミルク風味の板チョコが好みで、連夜自身は一口サイズの正方形にルーン文字が刻印されてる『ルーン文字チョコレート』が好きだった。


 いっそ自分で作ろうかと一時期思ったこともあるが、作れないことはないが、あまりにも手間がかかるし消費量も多いのでとても手作りでは間に合わないと判断し、これだけは欠かさず買うことにしている。


「う〜ん・・とりあえず、全部買ったほうがいいのかなぁ・・」


 真剣に悩む連夜。


 別にお金がなくて無駄遣いしたくないというわけではなく、なんとなくお菓子ばっかり買うのもどうかという気分でこうなってしまっているのだが。


 と、腕組みしながらうんうん唸っていると、横から何かをカートに入れてくるミネルヴァ。


「え、み〜ちゃんいま何いれたの? 『チョッキー』?」


「ううん・・これ・・」


「え・・ちょっ!! それは!!」


 ミネルヴァがカートに入れたお菓子の正体を知って戦慄する連夜。


 それは商人達の街として世界に名を馳せる西の城塞都市『通転核』に本社を置く、あるお菓子メーカーが開発したという禁断のお菓子。


「ろ、『ロシアンチョコレート』・・」


 一見普通の一口チョコレートに見えるこの『ロシアンチョコレート』全部で20粒入っているのだが、その中のいくつかはチョコレートの味が全くしない代物。


 しかもチョコレートの味が全くしないだけではなく、別の味が一瞬で口と鼻の中に広がるという。


 そう、その味が問題なのだ。


 いわく『腐ったバナナ味』とか


 いわく『生ゴミ味』とか


 いわく『サラリーマンの足の裏のにおい味』とか


 とにかく、口に入れただけで、即トイレか、ゴミ箱に走らずにいられないという強烈な代物なのだ。


 そう、このお菓子は恐ろしい罰ゲーム入りお菓子なのだった。


「これ・・当たった人に恨まれるよ・・絶対・・」


「当たらなきゃいいじゃない。ぐふふ・・ダイに絶対食わせてやるぜぇぇぇ・・」


「もう〜、み〜ちゃんたら、知らないからね〜・・」


 邪悪な笑みを隠そうともしない姉の姿に今度こそ呆れ果てた連夜は、とりあえず、一通りチョコレートをカートに入れて、レジ精算へと向かうのだった。


「み〜ちゃん、レジ精算して帰るよ〜。そろそろ夕飯の支度しないと間に合わないからね〜」


「あ、ちょっと待ってよ〜」


 慌てて連夜のほうに追いついてきたミネルヴァは幸せそうに再び連夜の腕にからみつくと、一緒にレジ精算へと向かうのだった。


「しかし・・ビールの樽どうやって持って帰ろうかなぁ・・」


「気合いで」


「・・」



※ここより掲載しているのは本編のメインヒロインである霊狐族の女性 玉藻を主人公とした番外編で、本編の第1話から2年後のお話となります。

特に読み飛ばしてもらっても作品を読んで頂く上で支障は全くございません。

あくまでも『おまけ』ということで一つよろしくお願いいたします。



おまけ劇場


【恋する狐の華麗なる日常】



その5



 腹八分でちょうどぽっこりするかしないかくらいになったお腹を抱え、舗装されていない田舎のあぜ道をえっちらおっちら歩いて行く私と旦那様。


 雲ひとつない大空のど真ん中で輝くおひさまの下、ちょっと汗ばむくらいなんだけど、運動するのは私も旦那様もそれほど苦ではないので、こういう状況も楽しみながら進んでいく。


 それにしても流石酪農専用に指定された地域よねえ。


 見事に田舎って感じよ。


 見渡す限り360度一面の草原、途中途中でぽつりぽつりと牛小屋とか、サイロとかみえるけど、まあ、大きな建物は一つもない。


 いや、すっごい南のほうに高層ビルとか見えてはいるんだけどね、まあ、私達あんな遠くから来たんだなあって感じ。


 しかし、城砦都市って改めてこうしてみるとかなりでかいわよねえ、『害獣』から逃れるために必死で建造したっていうけど、当時はここまで広くなかったらしいわよ。


 でもまあ人口が増えてくると居住区を増やさなくてはならなくて、増築増築で周囲の城壁をどんどん広げて大きくしていってここまでにしちゃったっていうんだから。


 あ、いかんいかん、そういう話ではないわよね、話を元に戻して、今、私達がいるこの場所、この道なんだけど、ほんと田舎のけもの道みたいな感じなのよ。


 念動トラクターとか、トラックとかも走ってるはずなんだけど、道路ですら舗装されていないんだもん。


 砂利どころか大きな石が道の上にごろごろしているんだけど、こんなところを車が走ってパンクしたりしないのかしら?


 って、私は不思議に思っていたんだけど、どうもそれが顔に出ていたみたいで旦那様がそれについて説明してくださった。


「このあたりに住んでいる『人』達は移動に小型の『馬車』を使ってる方が多いんですよ。で、都市の中心部に行く時とかは、この『酪農専用特別地域』と通常エリアとの境目に都市営の専用駐車場があるので、そこまで『馬車』に乗っていって、そこからは念動自動車とかに乗り換えてって感じですね」


「あ~、そうなんだ。確かに『馬車』のトレーラーって荒地とか進めるようにキャタピラとかになってるんですよね。なるほど、それならこのあぜ道とかも平気ですよねえ」


 と、旦那様の説明に納得する私。


 え? 『馬車』ってなにって?


 う~~ん、詳しく説明し始めると物凄く時間かかっちゃうから簡単に説明すると、『馬車』っていうのは城壁で守られて安全な城砦都市の中ではなくて、危険に満ちた外を走るための乗り物なのよね。


 まあ外で危険といえば真先に思い浮かぶのは『害獣』だと思うんだけど、『害獣』って御承知の通り『異界の力』に反応して襲いかかってくるので、普段私達が移動に使っている念動自動車とかは危険で使えないのよね。


 いや、確かに動力とかは、無害な『念気』を使っているんだけど全部が全部ってわけじゃないから微妙なのよ。


 そこで登場するのが大型の動物達に強固な装甲トレーラーを牽引させて移動する乗り物である『馬車』ってわけ。


 なんせ動力が自然の生態で見られる生き物の力なわけだから『害獣』を引き寄せることはないので安全でしょ。


 とはいえ、まあ、流石に都会の道路を『馬車』に乗って走ることは禁止されているんだけどね。


 いやだって、調教されているとはいってもいざというときは『害獣』と戦えるようにも訓練されている戦闘用も兼ねた動物達に牽引させているわけだから、一般の『人』からしたら普通に怖いわよ。


 それにほら、生き物だからさ、いろいろとね・・わかるでしょ?


 ペットとかでも問題になってるじゃない、散歩の途中でちゃんと始末していないとかって、出すだけ出してみたいな・・アレよ、アレ。


 ああいう問題があるからまあ、一般道路は使えないわね。


 あ、そうだ、忘れていた。


 改めましてみなさん、こんにちは、宿難(すくな) 玉藻(たまも)です。


 今回も前回の続き、祝日に旦那様とデートに出かけた時のお話をさせていただいています。


 久しぶりの祝日、仕事をお昼で切り上げて帰ってきてくださった旦那様に誘われて、デートに出かけることになった私達夫婦は、城砦都市『嶺斬泊』の北側にある『酪農専用特別地域』へとやってきたわけなんだけど、目的地の『ハーブ園』に行く前にまずは腹ごしらえ。


 『ハーブ園』のすぐ側にある『シックスアーマー牧場』のレストランで、『大角野牛(コベバイソン)』のステーキランチを存分に楽しんだ・・ってことは前回のお話でさせていただいたわよね。


 で、その後私達はレストランを出て、本来の目的地である『シックスアーマーハーブ園』へと移動すべく田舎道をてくてく歩いている途中というわけなのですよ。


 しかし、ここがいまいち人気薄い理由がよくわかるわよねえ・・都会のもやしっ子には結構この移動が辛いんだろうなあ。


 普段から武術鍛練を欠かせない私や、畑仕事でこういうあぜ道けもの道を歩くことが普通な旦那様には全然苦じゃないんだけどね。


 あら? 私が武術鍛練しているのが意外って?


 そういえば言ってなかったかしら、私これでも結構強いのよ。


 幼い頃から武術はやっていたんだけどね、いろいろと危険な目にあうことも多い旦那様のことを守らないといけないから旦那様と付き合うようになって更に力を入れるようになったわ。


 優しくてかわいくて愛おしくて、でも、ほんとは男らしくて誰よりも強い心を持ってる旦那様だけど、いつも誰かの為に傷だらけになって。


 勿論それが私の為ってときもあるし、友達や家族のためってときもあるんだけどね、私はこれ以上傷ついた旦那様の姿を見たくないの。


 だから、できるだけ旦那様の側に張りついて旦那様を守るようにしているわ。


 え、大学行ってるときや、旦那様が仕事に行ってるときはどうしているんだって?


 あ~、それは心配してないわ。


 だって、仕事の時とかは私なんかよりもずっとずっと強い『人』が旦那様の側にいてくださるもの。


 ってか、この城砦都市であの方に勝てる『人』なんてたったの1人しかいないし、そのたった1人も旦那様の完璧な味方だしね。


 もう2人ともめちゃくちゃででたらめな強さの持ち主なのよねえ。


 自惚れるわけじゃないんだけど、これでも私かなり強いのよ、少なくともこの都市の中だけなら10位以内は普通に入ることができるし、5位に入賞するのも今なら可能だと思う。


 でも、あのお2人は次元が違うの、レベルが2桁くらい私達と違うのよ。


 え、話が脱線してるって?


 いやいや、これ脱線していないのよ、実はね、私達、『シックスアーマーハーブ園』に行く途中で他でもないそのお2人に突如として声をかけられることになってしまったの。


 最初自分達が呼ばれているって気がつかなかったものだから、スルーしていたのよね。


 だって、こんなところに知り合いなんていないはずなんだもん。


 いや、確かに牧場を経営している知り合いはいることはいるのよ。


 でも、その知り合いがいる場所はこの城砦都市『嶺斬泊』のすぐ側を流れる雄大な大河『黄帝江』のど真ん中、都市の行政を司る中央庁から任命された『特別保護地域』と呼ばれる島の一つの中にあるのだし、しかも育てているのはここにいるようなのんびりした野牛じゃなくて、危険な『外区』を走破するために訓練育成されている屈強な『大牙犬狼(ダイアウルフ)』。


 かなり忙しい毎日を送っているはずだから、祝日と言えどのんびりこんなところに出てきたりしないはずなのよね。


 それに他の知人友人は、みんな都会っ子ばかりだから、あまりこういうところに来るとは思えないし、頭から知り合いに声をかけられるはずなんてないって思っていたんだけど。


 しばし、そうやって私も旦那様も気がつかないまま田舎のあぜ道をずんずん進んで通り過ぎて行こうとしていたんだけど、やがて、その声の主が半ば怒ったような声を上げ出したの・・


 で、ようやく気がついたのよ。


「もう、もうもう!! レンちゃんも、玉藻ちゃんもなんで無視するのよ!! こんなに一生懸命声をかけているのに!!」


「え・・ええええっ!? お、お母さん!?」


 その声のしたほうに顔を向けた旦那様が、素っ頓狂な声を上げて吃驚仰天する。


 私も旦那様に少し遅れてその姿を確認し、それが間違いなく旦那様のお母様であることに気がつくと自分でも驚くくらい眼を見開いてその人物を見つめたわ。


 流れるような銀色の長髪に紅玉のような赤い瞳、ダークグレーのビジネススーツの上からでもわかる、抜群のスタイル。


 はっきりいって、出るところは物凄いでてるのに、しまってるところはむちゃくちゃしまってて、あふれ出ている色気が尋常ではない。


 しかし、そのなんとも言えない気高いオーラのようなものがそれを淫らなものではなく、女性の清廉な魅力へと昇華させていて不思議と見る者をいやらしい気分にさせない。


 ほんと相変わらず美人だわ~、めちゃくちゃな美人だわ、って、そりゃそうよねえ、魔族の頂点に君臨し、魔族を統べ導く者として生まれてくる元『魔王』様なんだんもんなあ。


「お、お義母様、どうしてこんなところに!?」


「そ、そうだよ、お母さん、今日は中央庁で大事な会議があったんじゃないの!? なんでこんなところにいるの!? 確か北方地域の城砦都市の議長クラスの方達が集まって交易関係のとても重要な話し合いがあるってお父さんから聞いたんだけど・・」


 私と旦那様が揃って吃驚仰天した表情で問いかけると、お義母様は顔を赤らめてもじもじと可愛らしく身をよじりながらてへへと笑ってとんでもないことを口にする。


「えへっ、それはね・・さぼっちゃったのだ!!」


「「えええええええええええ~~~!! さぼっちゃダメじゃん!!」」


 私と旦那様が困ったような表情でお義母様のほうに近づいて行くと、お義母様はいやいやと身体をさらによじりながらふにゃっと悲しそうに顔をゆがめて口を開く。


「だ、だってだって、旦那様からレンちゃんと玉藻ちゃんが『ハーブ園』に遊びにいくかも~って話を携帯念話で聞いちゃったら、私だって行きたくなったんだもん!! 私だってうちの素敵な旦那様(お義父様のことね)とデートしたかったんだもん!!」


「・・したかったんだもんて・・詩織さんや美咲さんが今頃大慌てでお母さんを探しまくってる姿が目に浮かぶんだけど・・泣いてるよ、きっと」


 完全に呆れ果てたという表情を隠そうともせずにお義母様を見つめる旦那様。


 ちなみに今、旦那様の口からでた詩織さんと美咲さんはお義母様の直属の部下の方たちね。


 詩織さんはお義母様の一番の腹心の方で、お義母様ほどではないにしてもそれでもズバ抜けて仕事ができる龍族のキャリアウーマンの方、しかも、戦闘能力も凄いのよ。


 美咲さんはお義母様の日々のスケジュールのほぼ全てを管理していらっしゃる筆頭秘書さん、旦那様と同じで人間族の方なんだけど、気配り上手でほんとによくできた方なのよねえ。


 まあ、そんなお2人だけど、お義母様の自由奔放さには勝てないようで、毎度毎度振り回されていらっしゃるみたいなんだけど・・。


 今日もフォローの為に走りまわっているであろうお2人を気の毒に思って、明らかに非難をこめた視線を向ける旦那様に、お義母様はちょっと下を向いて上目づかいで旦那様のほうを見つめると、ちょんちょんとかわいらしく両手の人差し指をつついてみせる。


「だ、大丈夫だもん。お母さんがいなくたって、詩織や美咲はしっかりしてるし、他にもちゃんと仕事できる『人』はいっぱいいるもん。むしろ今のお母さんはただのお飾りなんだもん、書類に判子押すだけしか仕事ないもん、今日の会議だって別に私じゃなくてもいいし、でたってどうせ居眠りするしかやることないもん、そんなのつまんないんだもん!! もんもんも~~ん!!」


「もんもんじゃないでしょ、全く」


 だんだん逆切れ気味になってくるお義母様の姿にすっかり頭を抱えてしまう旦那様。


 もう説明はいらないかもしれないけど、旦那様のお母様はこの都市の行政を一手に司る『中央庁』に務めている方で、しかも相当な御偉いさんなのである。


 その部署について詳しく説明することはできないんだけど、まあ、お義母様はこの都市のほぼ頂点に位置するところに座っていらっしゃると言っても・・ああ、いかんいかん、お義母様のことはあまりしゃべっちゃいけないんだった。


 ともかくそんな御偉いさんが都市の重要な会議をさぼって出てきちゃうんだもんなあ、そら旦那様でなくても頭を抱えるわ。


 まあ、お義母様の言いたいこともわからないでもないのよ。


 と、いうのも、お義母様の下に集まってきている『人』材の方々ってとんでもなく優秀な方達がそろっていてね、お義母様がいなくても何の支障もなく仕事を進めていくことができるらしいのよね。


 詩織さんや美咲さんをはじめ、何人かの方とは直接お会いしたことがあるからわかるんだけど、みなさんほんとに優秀よ、多分他の部署でも他の城砦都市でもすぐにトップになれそうな方達ばっかりなの。


 自分でも仰っていらっしゃった通り、今のお義母様はどちらかといえば象徴みたいな存在になりつつあるんだろうけど、でもなあ、いくら仕事ができるっていってもお義母様の存在を常に後ろに感じているのといないのとでは全然安心感が違うと思うのよねえ。


 お義母様ってほんと頼りになる方なのよ、『親分』っていうか、『ボス』っていうか、後ろにいてくれるだけで安心して前に出て戦っていけるみたいなそんな存在なの。


 まあ、お義母様の場合、真先に突撃して矢面に立っちゃうんだけどね、それでもそんなお義母様だから周囲の『人』達の忠誠心も半端じゃなくて・・やっぱり『魔王』様は『魔王』様なのかもね。


 ともかく、そうして旦那様とお義母様はしばらく問答を繰り広げていたけど、ふと何かに気がついた旦那様がきょろきょろとあたりを見渡す。


「あれ? ところでお父さんはどこなの? 一緒に来たんでしょ?」


「ああ、そうだ、そのことなのよ。そのことでレンちゃん達にお願いがあるのよ」


 旦那様の問いかけに対し、なんだか嬉しそうに両手をパンッと鳴らしてみせたお義母様は、なぜか視線を私のほうに向け直す。


「え、お願いって私にですか?」


 少なからず吃驚した表情を浮かべる私に、お義母様はなんだかいたずらっこのような笑みを浮かべて私の顔をじっと見つめる。


「うん、実はね、私達お昼ご飯まだなのよ。玉藻ちゃん達はもう終わったんでしょ? 『シックスアーマー牧場』のレストランでステーキランチ?」


「は、はい、そうです」


「うんうん、やっぱりね。実は私達もそこに食べに行こうと思っているんだけど、その間だけあの子達をちょっと見ていてほしくて」


「あの子達・・って、連れて来ているんですか!?」


 お義母様の言葉の意味がすぐにわかった私は、隠しきれない喜びで大きく目を見開く。


 すると、お義母様はいたずらが成功した子供のような笑みを一瞬浮かべたあと、すぐに物凄く優しい笑顔になって口を開いた。


「どうせこれから『シックスアーマーハーブ園』に行くところだったんでしょ? あそこなら空気もおいしいし、環境もいいから一緒に連れていってあげてちょうだい。御昼ご飯食べたら私達も合流するから」


「は、はい、あの・・それで、あの子達は?」


 私は自分でも落ち着きがなくなってるとわかっていたけど、どうにも我慢できなくて慌ててきょろきょろと周囲を探し始める。


 そんな私の様子をくすくすと笑って見つめていたお義母様は、ある一点をそのほっそりした美しい指先で指し示す。


「ほら、いまうちの旦那様が連れてきてくださるところよ。玉藻ちゃん、よかったら早く行ってあげてちょうだい」


「は、はい!!」


 お義母様の指先のほうに慌てて視線を移してみると、そこには旦那様を若干成長させたような姿をしたお義父様が、カートのようなものを押しながらこっちにやってくるのが見えた。


 でも私はすぐにそれが荷物を運ぶためのカートじゃないってわかったし、それがなんなのかもよ~くわかっていたからすぐに小走りで駆けだすとそのカートの側に駆け寄ってしゃがみこみ、その中を覗き込む。


 予想通り、そこには私のもう一つの掛け替えのない宝物があった。


「パールゥ、サリィ!! ママですよ~~!!」


「だぁ~~」


「あぶぅ~」


 自分でも顔面土砂崩れを起こしているってわかっていたけど、私は満面の笑みを浮かべて中にいる小さな小さな掛け替えのない2つの大事な命を見つめる。


 カートの中・・ううん、実際は双子用のベビーカーの中にいたのは、今年1歳になったばかりの小さな双子の女の赤ちゃん。


 旦那様の次に私にとって大事な大事な命。


 その2つの命は、私の顔をみると嬉しそうに笑いながらそのちっちゃな4つの手を伸ばしてぺたぺたと私の顔に触れてくる。


 パールとサリー。


 正式な名前はパールヴァティ・スクナーと、サラスヴァティ・スクナー。


 私の・・私の大事な娘たち、私の大事な赤ちゃん。




 てことで、今回はこれまで。


 うちのかわいい娘達の紹介は次回で。


 じゃあ、またね。


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