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~第46話 死闘(前編)~

「じゃあ、行こうとするかのう」


 と、当り前な顔をして『馬車』に乗り込んでくるノーム族の老婆とそれに同行してきたエルフ族の少女の姿に、連夜は一瞬呆けた表情を向けていたが慌ててその身体を押しとどめる。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください、老師!? え、いったいどういうことですか?」


「いや、どういうこともこういうこともないじゃろ、わしも『嶺斬泊』に行くのじゃよ」


「は!?」


 しわくちゃの顔をさらにしわくちゃだらけにしてカッカッカと笑う老婆を茫然とした表情を向ける連夜。


 そんな二人の話が一向に進まないことに業を煮やしたのか、側にいるアンヌが呆れたような顔で説明を始めてくれた。


「つまりね、今回のことで『アルカディア』と『嶺斬泊』双方で回復系の道具を作るための材料が調達できないのは致命的だっておばあちゃんは思ったわけ、それで『イドウィンのリンゴ』の作り方と『神酒』の作り方はおばあちゃんが『嶺斬泊』に行って直接現地の職人さん達に指導し、こっちで栽培することが難しい『音霧草』とか、『狐火草』とか、『不知火草』とかいった薬草、霊草の作り方は私が連夜のお父さんから教わることで、双方で大量生産は無理だとしてもそれなりの数は保有しておけるようにしたほうがいいと考えた結果がこれなのよね」


「あ〜、なるほど、そういうことでしたか・・って、それはいいけど、僕たちみたいな素人集団に同行する気ですか!?」


 アンヌの言葉の内容の正当性になるほどと納得する連夜であったが、それはそれとして自分達のような頼りない者達に同行しようとしているのは流石に危ないし問題がありすぎると老師に詰め寄る連夜。


「そりゃそうじゃろ、見知らぬ傭兵旅団を雇うよりも、よく知っているお前さんの『馬車』に乗り込んだほうがマシじゃ。それにお前さんのチームはここまで無事に来とるじゃないか。じゃあ帰り道も安心じゃろうて」


「いや、運が良かっただけかもしれませんし、何かあっても僕らみたいな未熟者じゃ対処できませんよ」


「そりゃ、正面から戦う気満々ならのう・・わしとてお前さんの戦闘力には何の期待もしとらんよ。しかし、お前さんはそうじゃないじゃろ? 違うか?」


 にやっと笑って見つめてくる老婆をしばらくじっと見つめていた連夜だったが、やがてがっくりと肩を落として『馬車』の居住車両に続く扉の前からその身体をどける。


「どうなっても知りませんからね・・」


「心配いりはせん。わしも逃げ足だけは早いほうじゃから」


 連夜の忠告もどこ吹く風という風に、悠々とトレーラーの中に入っていくカダとアンヌの後ろからついて行きながら、連夜は片手でこめかみを押さえるのだった。


 今日の午前中のうちに、大事な取引と土産物をはじめとする買い物を終えた連夜達は、『アルカディア』の北側にある『馬車』預かり所まで移動し、『馬車』に買ったばかりの土産物をはじめとする品を積み込んでいたのだが、そこにひょっこりとカダとアンヌの二人が現れた。


 最初は見送りに来てくれたのであろうと思っていた連夜だったのだが、なんとカダはアンヌと共に『嶺斬泊』に行くから乗せて行けというではないか。


 道中危険がなくなったわけではないというのに、素人集団の自分達と一緒に行こうとするカダをさんざん止めようとした連夜だったが、結果はご覧の通り。


 まあなんだかんだいっても老師カダには幼いころにさんざん世話になっているし、同じ同門の弟子であるアンヌのことも決して嫌いではないので同行してもらうのは構わない、それに他のメンバーの命も預かっているわけだから、この際二人預かる命が増えたところで同じこと。


 腹をくくって全員無事に送り届けるしかないのだ。


 連夜は、居住車両内でくつろいでいるメンバーの中に入っていくと、カダとアンヌの姿を呆気に取られてみている面々に事情を説明する。


「みんなよく聞いてほしい、帰り道に同行していただくことになった、薬剤師のカダ老師と、その孫娘で僕の姉弟子にあたるアンヌだ。二人とも回復系アイテムを扱う商売をやっていて、今回僕の取引に快く応じてスムーズに事をが運ぶように手筈を整えてくれたのは一重にこのお二人のおかげなんだけど、今の両都市の現状を考えて製造できないアイテムの製法をお互いの都市に伝えるべきだっておっしゃってくださってね、わざわざ『嶺斬泊』に来てくださることになったんだ。そういうわけで、短い間だけど、みんな粗相のないように頼むよ」


「よろしくのう、皆の衆」


 と、気軽くメンバーに挨拶したカダは自分の荷物を連夜に押し付けて、さっさと席につこうとする。


 しかし、途中何かを思い出して連夜のところにもどってくると、ポケットからなにかの実をいくつも取り出して連夜に渡す。


「老師これは?」


「『神行太保の実』じゃ。狼どもに食わせておけ、一日だけじゃが二倍の速度で走ることができるようになる。一応副作用としては普段の三倍近く飯を食らうというものがあるが、それ以外には身体の健康を損なうような悪影響はでやせんから安心しろ」


「なんでも持っていらっしゃるんですね、老師」


「伊達に超級の位をもっておりゃせんわい」


 呆れたように言う連夜に、カッカッカと笑って見せたカダは再び席にもどって早く出発せんかと連夜を急かす。


 その様子を面白くなさそうに見つめているアンヌの側に近づいた連夜は、そのそっと荷物を持ってやる。


「あ、ごめん、自分で運ぶのに」


「いいよ、アンヌも座ってて。と、いうか、そんな遠慮しなくていいよ、みんな僕の身内同然の面々だから、気楽にしておいてよ」


「じゃあ、遠慮なくそうする。『嶺斬泊』までちゃんと私達を運びなさいよね」


「仰せのままに」


 真っ赤にした顔を背けながら精一杯上から目線で命令してくるアンヌを面白そうにみながら、わざとらしく恭しい態度でお辞儀してみせる連夜。


 そして、連夜はトレーラーを後尾車両へと二人の荷物を運ぶために去って行き、それをちょっと心配そうに見送ったアンヌは連夜に見せていた気丈な態度はどこへやら、おどおどとした態度でカダの側に座る。


「ほんとに素直じゃないのう・・」


「おばあちゃん、うるさい!!」



〜〜〜第46話 死闘(前編)〜〜〜



 まあ、こうして二人の途中乗車客を迎え入れた車内では、連夜を除いた面々と二人の間で自己紹介を兼ねた賑やかな雑談が始まり、それからほどなくして『馬車』は『アルカディアの』北門を抜けて、『嶺斬泊』に向けての帰路の旅路に出発したのだった。


 老師カダにもらった『神行太保の実』を食べた大牙犬狼(ダイアウルフ)のスピードは素晴らしく、行き道でのスピードをはるかに超える風そのもののようなスピードで駆け抜けていく。


 このスピードなら夜にはあの中間ポイントにつけそうだった。


 快調に飛ばしていく順調な行程の中、ふと気がつくと、いつの間にかやってきたカダが運転している連夜の隣にやってきて座ろうとする。


 今日は隣に誰も乗せていないため、座るところには困らないが、なんせ身長が低いカダには運転席の高いシートに上るのが大変らしく、連夜は苦笑しながら片手を差し出してカダがシートに座るのを手伝ってやる。


「ったく、誰じゃこんな高いシートを作った奴は!! 我々の種族に対する挑戦じゃ!!」


「いや、そこはわざとじゃないと思うのですが・・」


 物凄く腹立たしそうにいう老師カダに、苦笑を浮かべて見せる連夜。


 老師カダはしばらく、背の低い種族に対する社会的な措置がどうたらこうたらとぐちぐちと文句を言っていたが、連夜がはいはいと聞いているうちに収まってきたのか、どうにか機嫌がもどってきて外の景色に集中しはじめた。


 行きがけに見せていたスカサハと晴美のようにはしゃぐ老師カダの姿に、連夜の苦笑は一層深くなっていくのだったが、やがて、カダはとんでもないことを言い始めた。


「なあ、連夜」


「なんですか、老師」


「アンヌを嫁にもらってくれ」


「ああ、アンヌをお嫁さんにね、なるほどなるほどぉぉおおおおおおおおおおお!!」


 キュキュキュキキュ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!


 カダのとんでもない提案に驚きのあまり危うくハンドルを持って行かれそうになるが、必死になって立て直す連夜。


 大事故を回避できたことに安堵して荒い息を吐き出す連夜は、両目を極限まで見開いて横にいるカダを見るが、カダは何をそんなに驚いておるんじゃという風にきょとんとした表情で連夜を見つめている。


 連夜は疲れ切った表情でカダを見つめていたが、やがて大きく溜息を一つついて口を開こうとした・・


「老師、そのお話は・・」


「ダメです!!」


 連夜の言葉の途中で割り込んできた声に、二人が振り返ると、そこには涙目になってカダを睨みつけている士郎の姿が。


 いつのまにかやってきて二人の話を聞いていたらしい士郎は、カダに敵対心むき出しの表情を向けて睨みつける。


 二人がそんな士郎を呆気に取られて見ていると、士郎はずんずんとやってきて二人の間にその身体を割り込ませるようにして入ってきて座る。


 そして、両手を広げてカダに連夜を見せないようにするのだった。


「連夜さんは誰とも結婚なんかしないのです!!」


「え、そうなのか、連夜!?」


 物凄い自信たっぷりに断言する士郎の言葉を間に受けたカダが驚いた表情を浮かべて士郎の向こうにいる連夜を覗き込むようにして見ると、連夜は運転席に突っ伏して脱力してしまっているのが見えた。


「いや、あのね、士郎くん・・」


「連夜さんは、誰のものにもならないのです!! 連夜さんは連夜さん唯一人のものなのです!!」


「むう、確かにそれはそれで一理あるが・・そうか、連夜は生涯独身を貫くつもりであったのか・・」


「ちょ、老師も、それを真に受けないでいただきたいのですけど・・」


 物凄い噛み合わない会話の応酬に、なんだか会話しなくてもいいんじゃなかろうかという気になってくる連夜。


 しかし、そんな連夜の心中を知らない二人は、どんどんエスカレートしていくのだった。


「そもそも、あんな高飛車高慢女はダメです!! 連夜さんがこき使われて足蹴にされるように扱われるなんて・・想像しただけで許せません!!」


「いや、あれは照れ隠しでああいう態度を取っておるだけで、実際には全然逆なのじゃよ。かなりの奥手で好きな相手にはっきり物を言うことができぬものじゃから、ついついああいう上から目線で物を言ってしまうのじゃよ。そのあたり連夜なら、よくわかってくれておるようだし、わしとしては連夜にもらってもらえると助かるのじゃがなあ・・」


「いやでもですね・・」


 と、連夜さんにはお嫁さんなんかいらないんですという士郎と、いやいやアンヌはあれで意外といい嫁になるというカダの二人の激しい舌戦はいつ果てるともなく続き、連夜は完全にどうでもよくなって途中から運転に集中しきっていた。


 やがてあともう少しで中間ポイントが見えてくるというところで日は暮れてしまったが、連夜はランタンの光を灯してなんとかそこまでは辿りつこうと『馬車』を進ませていく。


 横を見ると、まだ二人は激論を繰り広げており、よく飽きないよなあと半ば感心とも呆れとも取れる視線を向ける連夜だったが、そのとき、前方に暗闇でもはっきりとわかる爆炎でできた火柱が上がるのが見え、すぐにその火柱は消えて見えなくなったものの、下のほうにちらちらと赤い炎でできた光が明滅している様子が続いて見えている。


 一瞬運転席の三人はその光景を茫然と見つめていたが、すぐに連夜とカダが立ち直り表情を引き締める。


「連夜、急ぐのじゃ!!」


「はい、老師!! 士郎、後ろに行って全員に戦闘用意をするように言って!! 大至急だよ!!」


「ふぇ、え・・わ、わかりました!!」


 連夜の声で我に返った士郎が慌てて後部車両に駆け込んで行く。


 それを見送ったあと、連夜は横にいる老師カダのほうに顔を向ける。


「老師、場合によっては老師の療術師としてのお力をお借りしたいのですが」


「無論じゃ、怪我人がいるならば、我々が出張るのは当たり前のことよ。アンヌにも手伝わせることにする」


「ありがとうございます、助かります」


「しかし、我ら療術師といえど、お前と同じ『道具使い』じゃからのう、触媒となる道具がないとなんともできんが・・」


「その点は任せてください、最後部の車両にそれらの道具一式は揃えてありますから、遠慮なく使ってください」


「さすがあの父親の息子。それならば任せておくがいい」


 連夜の言葉ににやりと笑って見せた老師カダは、到着したら教えろといって自らが使う道具を取りに最後尾の車両へと向かっていった。


 『道具使い』


 異界の術が使えなくなったこの世界の『人』々にとって、まさに魔法使いにあたる存在であるといっていい。


 本来、異界の力である魔力、霊力、神通力といった力の代わりに『道具』を触媒として使用することで、様々な超常現象を発揮できる特殊技能を会得した『人』のことを指し、一口に『道具使い』と総称されているが実際にはいくつかのタイプが存在している。


 回復系アイテムを触媒とし、その効果を通常の何倍にも高めたり、広範囲にわたって効果を広げたりすることができる『療術師』


 メンバーの攻撃力をあげたり、防御力をあげたり、能力全体を底上げしたりする強化系アイテムを触媒とする『能術師』


 強力な攻撃系道具を弾丸のような形にして、『銃』で打ち出すことによって直接的で強烈な攻撃を可能とする『攻術師』


 罠系アイテムを触媒とし、敵の能力を下げたり、麻痺や、石化や、目潰しを発生させることを得意とする『守術師』

 

 また『道具』そのものや、『害獣』を狩るときにハンター達が装備する武器防具類を作り出したり、あるいは作り出されたそれらの装備を修復したり整備したりする技術を備えた『工術師』


 これら以外にもいくつも派生技能は存在するが、『道具使い』と呼ばれる『人』々は上記のいずれかに所属しているとみてまず間違いない。


 中には複数の能力を会得しているものもいるのだが。


 ともかくこれらのなかでも治療に大きな力を発揮する『療術師』の第一人者である老師カダとその弟子であるアンヌがいてくれたことは行幸であったといえる。


 連夜もこれらの能力が使えることは使えるが、カダやアンヌ程には使えないので非常に助かるのだ。


 しかし、だからと言って油断はできない。


 連夜は気を引き締めて、炎の光が見えている場所に『馬車』を近づけていき、その場所が実際に近づいて見えてくると、そこがつい先日自分達がキャンプを張った場所であり、今日の目的地でもある中間ポイントのキャンプ場であることがわかった。


 そして、炎をあげているのもの正体が傭兵達が使用している『ワゴン』型の『馬車』のなれの果てであることが判明すると、連夜は少し離れた所に『馬車』を止めて改めて武装しなおし、同じく完全武装で待機していたロスタム、クリス、士郎、それにカダを引連れて油断なくキャンプ場へと徒歩で進んでいく。


 その間、アルテミスには自分の代わりに『馬車』の運転を頼み、スカサハ、晴美、アンヌはトレーラーの中で待機させる。


 キャンプ場に近づいた連夜達はそこで、地面に横たわる仲間と思われる者達に必死に呼びかけている傭兵達の姿を発見する。


 何物かに襲撃されたのか、みな、ずいぶんな重傷を負っていた。


 連夜はすぐにメンバーに合図を送って周囲を確認させ、襲撃者の姿が見えないことを確認すると、少し離れたところで待機しているアルテミスに合図を送って『馬車』をこちらに進めてくるように指示する。


 連夜は自分の持ってるライトボーガンを小脇に抱えて、一番近くにいる魔族の女性傭兵に声をかける。


 どうやら軽装の身なりから見るにチームの後衛を務めている人物と思えるが、傭兵にしては結構優しげで美しい顔立ちをしている二十代前後の人物で、魔族特有の爬虫類を思わせる尻尾と羊のような巻貝のような角があるものの、全体的に彼女が醸し出す雰囲気がそうさせるのか、悪魔的なイメージが一切ない非常に温和なイメージのある人物であった。


「大丈夫ですか? よろしければちょうどうちに腕利きの『療術師』が同乗してくれているので、怪我をしていらっしゃる方達を診てもらうことができますが」


 その連夜の優しげな声ではっと、連夜達に気がついた女性は連夜に涙目ですがりついてくる。


「お、お願いします、私達の『道具』は全部トレーラーの中にあって、燃えてしまったのです、このままだとメンバーの命が・・」


「わかりました、落ち着いてください、すぐに治療してもらおうと思いますけど、このままここで治療するのはまずいでしょう。うちのトレーラーに運びたいと思うのですが、どうでしょうか?」


 連夜の言葉に一瞬躊躇う素振りを見せた女性だったが、後ろを振り返ると、残った三人のメンバー達も一応に頷いており、それを確認した女性は連夜のほうに向きなおって、深々と頭を下げながら頼み込む。


「お願いします!! お願いします!! 仲間達を助けてやってください!!」


「わかりました、ロム、クリス、士郎、怪我人を『馬車』に運ぶから手伝ってくれ、老師!!」


「心配いらん、もう診ておる。とりあえず『神秘薬』を使って四人ともある程度回復させておいたから今のところ命に別状はないじゃろうが、精神的に受けたショックが大きいようじゃから、しばらくは安静にしておかんと精神に異常がでるかもしれんな」


 と、暗澹たる表情でつぶやくカダ。


 しかし、とりあえずは仲間達の命が助かるとわかって安堵の表情を浮かべる女性。


 連夜はこの女性や無事に生き残った傭兵達も休ませてやりたかったが、事情だけは聞いておかなければならない。


 なるたけきつい口調にならないように気をつけながら、女性の目を見て話しかける。


「すいません、お疲れのところ申し訳ないのですが、何が起こったか、あるいは何に襲われたかだけでもいいので教えていただけませんか? 僕は『嶺斬泊』の中央庁に務める両親を持つ宿難 連夜と申します」


「ああ、助けていただいたのに、名乗ることもせずにすいません、私はファナリス。ファナリス・ベッカーランドと申します。我々は『アルカディア』の『梟の目』という傭兵旅団なのですが、ここでキャンプを張っていた時に、突然現れた巨大な四腕黒色熊(アシュラベアー)に襲われて・・あ、あああああああっ!!」


 連夜と話していたファナリスだったが、急に何かを思い出して取り乱し始め、再び連夜にすがりつく。


「お、お願いします!! レンを、あの娘を助けてください!!」


「れ、レン!?」


 なんだか聞き覚えのある名前にまさかなと思う連夜だったが、とりあえず詳細を聞かなければ動きようがない。


 連夜は優しい口調でファナリスに落ち着くように言うと、ファナリスは必死に激情を押さえながらももどかしげに連夜に事情を説明しようとする。


「あ、あの娘、私達から熊を引き離すために囮になって森に連れて行ってしまったんです」


「も、森って、あの『不死の森』ですか?」


 連夜が驚愕してすぐ横にある大森林を指さしながら聞き直すと、ファナリスは本気で涙を流しながら何度も頷いて見せる。


 流石の連夜も顔をしかめた。


 いくらなんでも、あの森に単騎で突入して助かるとは思えない。


 いったいどのくらい前に突入していったのかわからないが、時間的に見てもほぼ絶望的だと思われた。


 連夜はファナリスの訴えを断ることにした。


 当然非常に気が重かったが、チームの安全を考えると同意することはできなかった。


 連夜は一度溜息を大きく吐きだしてからそのことを告げるために口を開きかけたが、それよりも早くファナリスが涙声で訴えかけてくる。


「お願いします!! どうか、どうか、助けてやってください!! このまえ十七歳になったばかりなんです!! まだまだ駆け出しの子供みたいな娘で・・地妖族(スプリガン)の少女で、身長は155cmくらい、細見で黒髪黒眼です・・な、名前はレヴェリエントリエス・ホーリーヘイムダル!! 無理で無茶なことを言ってるってことはわかっているんです、でも・・でも!!」


 ファナリスが涙目で目の前の連夜を真剣な瞳で見つめると、あろうことか連夜はしばらく絶句して動かなかった。


 しかし、壮絶に舌打ちをしてしばらく指を噛んでいらいらと何かを考え込んでいたが、ガッと地面を一つ蹴ったあと、ずんずんと『馬車』に向かって歩いていく。


 その連夜の珍しく激昂した姿に呆気に取られていたクリスだったが、すぐにその様子がおかしいことに気が付いて慌てて連夜に追いつく。


「おい、どうした、何があった?」


「ごめん、ちょっと森の中に行ってくる。悪いけどクリス、僕の代わりに指揮を取ってくれないかな」


 そうして、『馬車』にくくりつけられていた大牙犬狼(ダイアウルフ)の中で、特に大きい一頭を選びだして綱をはずすと、『馬車』から鞍を持ってきて狼の背中に乗せてその上にまたがる。


「おいおいおい、ちょっと待てって連夜!!」


 慌てて狼の(くつわ)を掴んで連夜の動きを止めたクリスは怒ったような表情で狼上の連夜を見上げる。


「いったいなんだ、何があった?」


「ここを襲撃した四腕黒色熊(アシュラベアー)をここから引き離すために、囮になって森に連れて行った女の子がいる。それを助けてくるよ」


「はあ!? マジか、それ? おいおい、冗談じゃねえぞ、そんなところにおまえを行かせることができると・・」


「大事な友達なんだ」


 苦しげな連夜の表情と言葉に咄嗟に二の句が継げないクリス。


 しかし、苦虫をかみつぶしたような表情になって連夜を見つめ返す。


「・・嘘だろ。」


「嘘だったらよかったよ」


「なんでこんなときにっ!?」


 どうしようもない怒りを抑えつけられずに、怒ったように吐き捨てるクリスに申し訳なさそうな表情を浮かべてみる連夜。


「無責任なリーダーでほんとにごめん。でも、お願いだよ、クリス。頼まれてほしいこともあるしさ」


「あ〜もう、くっそ、あと半分で『嶺斬泊』だっていうのに、とんでもないことになっちまったなあ・・なあ、頼むよ連夜、頼むからちょっと落ち着いてくれ」


 やけくそ気味に大声で話すクリスに気がついたロスタム、士郎も連夜の元にやってくる。


 そればかりではない、怪我人を運び治療しようとしていたカダ、アンヌ、スカサハ、晴美、アルテミス達も騒動に気が付いて集まってくる。


「どうした、クリス、連夜?」


「連夜さん、なんで狼の上に乗っているんですか?」


 集まって来た主要メンバーに、連夜はファナリスから聞いた話をそっくりそのまま話してやり、このまま森にレンを助けに行く旨を伝える。


 それを聞いたメンバーのほとんどから当然の如く猛反対の声が上がるが、連夜は頑として自分の意思を曲げようとはせず、それよりもある作戦についての説明を行うのだった。


 それは連夜が、このときが来ることを想定して考えていた作戦で、全員に是非協力してほしいと頼み込む。


 作戦内容を聞いたメンバーは一様に渋い顔をしていたが、まずロスタムとクリスが連夜の心中を察して苦い表情を浮かべながらも承知し、事実上の夫であるクリスが納得した以上自分も異論はないとアルテミスも同意する。


 老師カダとアンヌは何やら言いたそうにしていたが、結局口を挟もうとはせず、沈黙で消極的な肯定を示した。


 しかし、スカサハ、晴美、士郎の年少組は頑として首を縦に振らず、特に士郎は自分も付いて行くと言って聞かず連夜を困らせたが、結局最後はクリスが強引に年少組を押さえつけ、連夜を森へと行かせるのだった。


「こっちは任せとけ、けどな、行くからには絶対助けてこいよ」


「うん、だけど、作戦通り、仕掛けを済ませたら絶対にここから離れてね」


「わかった、おまえの武運を祈る!!」


「ありがとう!!」


「ちょ、ちょっと、クリスさん、放してください!! 連夜さん、連夜さ〜〜ん!!」


 士郎のすがりつくような自分を呼ぶ声に、かなり後ろ髪をひかれたが、ぐずぐずしている暇はなかった。


 連夜は大牙犬狼(ダイアウルフ)を飛ばして闇が支配する森の中を疾駆して行く。


 幸い大牙犬狼(ダイアウルフ)は元々森で育った種であるため、いくら闇に支配されていようとも昼間と同じように走ることができる。


 しかも、今回カダ老師特製の秘薬で速度も格段にあがっているためスピードは風のように速い。


 あとはどこにレンが走って行ったかだが、これについては迷いようがなかった。


 四腕黒色熊(アシュラベアー)が暴れながら通っていったと思われる場所が一つの道になって開けていたからだ。


 あとは間に合うかどうかだが・・


(頼む、間に合ってくれよ・・)


 連夜は幼い頃のレンの姿を思い浮かべる。


 友達が全くいなかった連夜の最初の友達で、どれだけいじめられてもいつも連夜にくっついていたあの少女に、どれだけ自分が孤独から救われていたか。


 臆病なくせにそのくせ時折激情に駆られてとんでもないことをしでかして連夜を驚かせることがあったレンであったが、まさか成長した今になっても同じように驚かされることになろうとは思いもよらなかったが。


(ったくもう、後先考えずに行動するところは全然変わってないんだから・・)


 そう思って歯ぎしりする連夜であったが、なんとしても助けたいという思いから手綱を操って狼の速度を上げさせる。


 物凄いスピードで森の中を突き進んで行く連夜だったが、ふと、森の中が異様に静かであることに気が付いて、狼の足を止めさせる。


 そして、周囲を見渡して、あちこちにいもむし型の『害獣』の死骸を見つけたときに、奇妙な事実に気がつく。


 なぜ、三本爪の傷跡と、四本爪の傷跡があるのか・・


 それに気がついたとき、連夜は四腕黒色熊(アシュラベアー)の生態について思いだし、熊が作った開けた道ではなく、いもむしの死骸が転々として転がっているほうへと狼を走らせる。


(しまった、そういうことか!!)


 焦る表情を隠そうともせずに狼を走らせる連夜。


 しばらく狼を走らせた連夜は、大木の太い枝からぶら下がる大きな黒い生き物の姿を見つける。


 その真下には黒髪の地妖族(スプリガン)の少女の姿が。


 頭上の襲撃者に気が付いていない少女にその丸太のような腕の一撃が迫る。


 間に合わないと思った連夜だったが、間一髪少女は際どいタイミングでバランスを崩して転倒し、そのおかげで即死級の一撃をかわすことができた。


 しかし、相変わらず危機は続いている。


 連夜は一か八かの賭けに出る。


 一気に狼のスピードを加速させて、少女へと迫る。


 少女は頭上の襲撃者の姿を確認して死を覚悟したのか、その目を閉じて死神の鎌が振り下ろされるのを待っているようだった。


(勝手に死を覚悟するんじゃない、この馬鹿娘!!)


 心の中で絶叫しながら、連夜はすれ違いざまに、少女の身体を片手で横抱きにしてすくいあげると、自分の前に少女を座らせるのだった。


 危なくも際どいタイミングだった。


 あと少しでも遅れていたら自分もろともこの少女はミンチになっていたに違いない。


(玉藻さんに顔向けできないところだったよ)


 大きく溜息をつきながら心の中で最愛の女性にひたすら謝り続ける連夜だったが、はっと自分の置かれている現状に気がついた少女がおどおどと周囲を見渡しはじめるのを見ると、苦笑交じりに目の前の少女を見つめ口を開く。


「ごめん、座り直してもらってる余裕はないんだ、悪いけどしばらく横座りで我慢してほしい」


「え、あ、あの・・」


「それと、僕にしっかりしがみついておいて、結構飛ばすから振り落とされないでね」


 そう言って狼の速度をさらにあげる連夜だったが、なんだか目の前の少女の姿を見ているとだんだん腹が立ってきて、昔のような口調でついついきつい言葉が飛び出してしまっていた。


「きっと聞きたいこと、言いたいことがいっぱいあると思うけど、先に言わせてもらうよ・・」


「あ、あの・・」


「この馬鹿!! ちょっとは成長したかと思ったら、相変わらず後先考えずに行動して!! 死にたいの? そんなに死にたい?」


「いや、あの・・ごめんなさい」


 小動物のように謝ってくる少女の姿を見た連夜は、本当はもっと言ってやろうと思っていたが、その姿を見ていてこういう姿も全く変わってないなぁと嘆息しこれ以上怒るのをやめるのだった。


 そして、ちらっと後ろを追いかけてきている黒く巨大な襲撃者を確認するとポケットから取り出した捲き菱をまいて足を止めさせる。


 なんとか襲撃者の足を止めることができたことを確認した連夜は狼を疾駆させてキャンプ場へと向かう。


 そこで決着をつけるために。


「あの・・」


「君の仲間達はみんな無事だ。あとはあいつらをどうにかするだけ。怖いだろうけど、もうちょっとだけ我慢してね」


「う、うん・・信じるよ」


 なぜだか非常に信頼しきった表情で自分を見つめてくる幼馴染の少女に、何やらくすぐったいような気分になる連夜だったが、後ろから再び迫ってくる強烈な殺意のプレッシャーに表情を引き締める。


 絶対に生きて帰るという強い意志をその顔に覗かせながら。 

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