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~第44話 商談~

 交易路『ウォーターロード』を通るための通行許可書を発行してもらうにあたって、父親から提示された条件であったのが城砦都市『アルカディア』中央庁の補給課に不足し困っているであろう薬草、霊草を届けるというものであった。


 勿論、これは連夜が育てたものではない。


 父親が自分の畑で育てたもので、連夜が今回売捌くつもりで持ってきた薬草類とは全く別のものだし、量的にも自分が運んできた物資量と比較すると三分の一以下くらいしかないものではあるが、まあ、なんせ名人といわれる父親が栽培したものである。


 質が格段に違う。


 と、いうことは値段もそれなりに張るもので、もし、この旅の途中でなんらかのアクシデントに襲われこれらの物資を失う結果になっていたら、どれだけの損失が発生していたかと考えるとゾッとするだけに、とりあえずこれらの荷物だけでも片づけることができたことでかなり精神的に楽になったのは確かである。


 とはいえ、メインイベントはまさにこれからで、自分が持ってきた薬草、霊草を売捌き、目的の品である『イドウィンのリンゴ』と『神酒』をありったけ買って帰るという重大なミッションを行わなければならない。


 連夜は、自分が乗ってきたトラック型の念動自動車を目的の場所近くの駐車スペースに止めて、トラックを降りると錬気の街灯がいくつも設置されて照らし出されている敷地内を、連れてきた士郎と共に歩き始めた。


 他の面々は現在都心にある民宿で就寝中である。


 本来ならクリスやロスタムは連れてこようと思っていたのだが、予定よりも思った以上に早く到着できたこともあり、できればこのまま早めに用事を済ませてうまくいけば昼過ぎにはこの都市を出発したいと思った連夜は二人を休ませることにしたのだった。


 幸い一人だけ連れてきた士郎は、これまでも何度か一緒にここに来たことがあるので、連夜の用事の内容についてはよく熟知してくれている。


 また護衛も手伝いも十分果たしてくれるだけの力量を持ち、合成種族(キマイラ)の特性であまり眠らなくても疲労しないという利点もあるため、そういう意味でも頼りになる相棒であった。


 様々な大きさのトラック型の念動自動車が忙しく出入りを繰り返している広大な駐車場の中を二つの人影が進んでいく。


 時間はまだ真夜中の二時になったばかりだというのに、ここは人々の活気と喧噪にあふれている。


『アルカディア都市中央卸売市場』


 城砦都市『アルカディア』が誇る最大の卸売市場で、『アルカディア』に流れてきたほとんどの物資はここに集まってくることになっており、この都市の流通の心臓部分であると言っていいだろう。


 当然ここに入るためには城砦都市『アルカディア』が発行している商業許可証を持ったものでなければ入ることはできず、勝手に取引を行うことは禁じられているが、『アルカディア』の姉妹都市とも言うべき『嶺斬泊』の商業許可証を持っている連夜は、一部の商品を除きここで取引を行うことが許されている。


 ちなみに一部の商品とは武器、防具のことでこればかりは城砦都市『アルカディア』の中央庁からある程度実績を認められた在住の商人でなければ取り扱うことはできない。


 まあ、今回これを取引するつもりで来たわけではないので、連夜にはあまり関係ない話ではあるのだが。


 ともかく、今回連夜が取引を行う商品は一応いずれも医療品関係に分類されている。


 自分が売捌くことになっている薬草、霊草はともかく、買いつける予定になっている『イドウィンのリンゴ』や『神酒』は生鮮食品や青果、あるいは酒類関係ではないのかという気がしないでもないのだが、食用で使用されることはほとんどない商品であるため、医療品に一緒にくくられているらしい。


 そのおかげで今回あちこちを回ることがなく、非常に助かるわけであるが。


 連夜は、敷地内中央にそびえたつ五階建ての大きな建物に入っていく。


 この建物は階層こそ低いが横の広がりが非常に広い。


 どの階層も車で直接侵入できるように設計されており、勿論車で中を周ることも可能である。


 にも関わらず、連夜が今回直接車で乗りつけなかったのは、時間帯によって内部で大渋滞が発生している場合があり、それに巻き込まれたくなかったからである。


 広いとは言っても中を走る車用の道はそれなりに狭いので、ちょっとしたことで渋滞になってしまうのである。


 それは流石にいただけないので、とりあえず目的地には徒歩で向かうことにした。


 建物外にある階段をとことこと上がり、三階の踊り場にある鉄製の重い扉を開けて中に入ると、意外と中は下ほどの喧噪はなくある程度秩序の保たれた取引模様が繰り広げられていた。


 まあ、一階二階は鮮度が命の魚や肉や野菜を扱う食品関係の卸売市場なので、怒声ににも似た掛け声が飛び交うのは当たり前ではあるのだが、ここ三階は医療品関係ということでそれほど活気も喧噪もない。


「落ち着いたものですね、連夜さん」


 横を歩く青い作業ツナギ姿の士郎がきょろきょろと周囲を見回しながら話しかけてくる。


 そんな士郎に、連夜はなぜか苦笑を浮かべてみせる。


「いや、ここだって本当は下ほどではないけど、活気がある場所なんだよ。だって、考えてみなよ、『回復薬』をはじめとする薬品の数々って、別に傭兵だけじゃない、武装交易商人や、交易交通の人や、一般市民の人まで使ってる商品だよ。いわば生活必需品だ。しかも消費量も結構大きいからね、本来ならここも賑わってて当然なんだけど・・交易路が塞がってるせいでこんな状態になっちゃってるんだと思うよ」


「あ、そうか」


 すべての『回復薬』系薬品類に該当する材料ではないものの、『嶺斬泊』に『アルカディア』をはじめとする南の都市群特産の『イドウィンのリンゴ』や『神酒』が流れ込まないのと同様に、こちらにも『嶺斬泊』をはじめとする北の都市群特産の薬草、霊草が流れ込んでこないのであるから、当然、今まで通りに生産量があがるわけがなく、販売できるものがなければ市場にも人が集まらない。


 こういう光景を見ているとほんとに一刻も早く交易路が復帰してほしいと願うばかりだが、とりあえず今日のところはそういう話ではない。


 連夜は一つ頭を振ってその考えを追い出すと、目的の場所に向かって再び歩きだした。


飾り気のない無機質なクリーム色の柱が乱立している広大なスペースの中をてくてく歩いて行くと、この階層の奥まったところにベニヤ板のような薄っぺらい板で組み立てられた簡易式の小さな事務所のようなものが見えてくる。


 そこには、かっぽう着を着た小柄なノーム族の人のおばあさんが、表情が全く読めないしわくちゃだらけの顔にキセルを加えてのんびりと座っているのが見える。


 連夜はそれに気が付いて声をかけようとしたのだが、それよりも早く横からずかずかとやってきた高校生くらいのエルフ族と思われる少女が、肩を怒らせてそのおばあさんに憤慨の声をあげる。


「もう、おばあちゃん!! ここ半年取引相手がいないからって、のんびりし過ぎ!! いくらなんでも気を抜きすぎでしょ!!」


 服の上からでもわかる凹凸の少ない体型に、薄い緑色の作業着上下の上に黄土色の革製作業用エプロンを身に着け、亜麻色の髪に、そばかすだらけの顔に、大きな青い瞳。


 見るからに美少女というにはほど遠いが、どこか可愛らしい感じのするその少女は、ぷんぷんと可愛らしく怒りながらキセルをふかし続けるおばあさんに詰め寄っていくが、ノーム族のおばあさんはその様子に全く動じた感じもせずに少女を見ようともせず、逆にくるりとこちらに顔を向けニヤリと笑ってみせる。


「友遠方より来る、また楽しからずや。か・・久しぶりじゃのう、小僧ども、元気にしておったか?」


 そのおばあさんの言葉に、連夜と士郎は深々と頭を下げる。


「お久しぶりです、老師カダ。おかげさまで元気にやっております。老師もお元気そうでなによりです」




〜〜〜第44話 商談〜〜〜




 連夜の言葉にかっかっかと皺くちゃだらけの口を大きく開けて笑ってみせるおばあさん、カダ。


「元気だけが取り柄だからのう。・・それよりも今日は父親は一緒じゃないのか?」


「はい、今日は僕と士郎だけです」


「・・お主、封鎖の交易路を越えてきたか?」


 ニヤリと笑って問いかけてくるカダに、連夜は苦笑を浮かべて頷いてみせる。


「ほほお、やりおるのう、『害獣』の『王』や得体のしれぬ襲撃者が出没すると聞いておったが・・」


「まあ、そのお話はまたあとで。それよりも、今日は超級薬剤師としての老師ではなく、商人としての老師にお会いしにまいりました。できれば、ご用立ていただきたいものがございまして」


 真摯な表情で連夜は目の前に座るノーム族の尊敬する老婆のほうを見つめる。


 カダ・ラジャンハージャン


 父親と古くから親交のある腕利きの薬剤師で、連夜の師匠でもあるこの老婆には幼いころからずいぶん世話になってきているわけだが、彼女は薬剤師としての顔以外に医療品関係を扱う商人としての顔も持ち、その取引においてはそれなりの価格を要求してはくるものの、質が非常によく『人』柄も信頼できるため、今回も彼女を取引相手に選択したのだった。


 欲を出せば、もっと安い値段で販売してくれる商人もいるだろうし、自分が持ってきた薬草、霊草を高値で買い取ってくれる商人もいるであろうが、何よりも信頼に欠けるのが連夜には気に入らず、やはり父親も信頼しているこの老婆に頼むことにしたのだった。


 カダはそんな連夜の想いを知ってか知らずか、旨そうにまたキセルをふかすと、余裕の笑みを浮かべて孫のような年ごろの連夜を見つめる。


「まあ、大体用立てするものの察しはつくし、お主が用意しておる見返りについても見当がつく。詳細がわかるものが何かないか? 見てから判断するが、まあ頭から断るつもりはないぞ」


「話が早くて助かります。とりあえず、僕が持ってきた目録に目を通していただけますか」


 連夜は懐から出した書面を小さくて皺くちゃだらけのカダの手に渡そうとする。


 しかし、それを横合いから伸ばしてきた手がひったくるようにして奪い取り、呆気に取られて連夜がその手の主の方に視線を向けると、そこには脹れっ面になったエルフ族の少女の姿があった。


「あのさ、おばあちゃんに会いに来たのはわかるけど、姉弟子の私に挨拶がないっていうのはどうなのよ」


 物凄い不機嫌そうな声で、睨みつけるように連夜を見つめるエルフ族の少女に、連夜は苦笑を浮かべるのだった。


「いや、別に無視していたわけじゃないよ、アンヌ。ちょっと急いでいたもので、先に老師に話すべきことを話してから挨拶をするつもりだったんだ。気を悪くしたのなら、謝るよ、ごめん」


 そういうと、連夜はきちんと頭を下げて謝罪の意を表す。


 その姿を見た少女は、ちょっとの間わざとしかめっつらを作って連夜の姿を見ていたが、やがて、しょうがないな〜という顔を一応浮かべ、許してやるよといわんばかりに書面をカダのほうに渡す。


 その様子にほっとしながらカダのほうを見ると、カダは連夜のほうを済まなさそうに見つめ少女から受け取った書面を広げて目を通し始めた。


 連夜はそれを確認したあと、改めてエルフ族の知己の少女のほうに視線を向け直す。


「ほんとに久しぶりだね、アンヌ。一年近くご無沙汰だったけど、君は相変わらず元気そうだね」


 嬉しそうな声を出す連夜に、少女はやっぱりちょっと怒ったような顔をしてそっぽを向き、連夜の顔を横目でちらちら見ていたが、やがてまあ、私は大人だから相手してやるよと言わんばかりにしぶしぶ顔を向ける・・ような素振りを見せて連夜のほうに顔を向けるのだが、連夜にしてみればアンヌのその態度は、多分に照れ隠しのものであることがバレバレであった。


 少女の名はアンヌ・ラジャンハージャン。


 カダの孫にあたる十七歳の少女で、種族が違うのはアンヌの父親がカダの養子であるかららしい。


 祖母の商売を手伝うしっかりもので、面倒見がよく細かいことに気がつく本当にいい娘で、幼い頃の連夜が当時『嶺斬泊』に来ていたカダに薬草学の教えを受けにきた時に知り合い、一緒にカダの元で修行した姉弟弟子である。


 二年ほどカダの元で修行した連夜だったが、カダが家族と共に『嶺斬泊』を去ることになってしまい、頻繁に会うことができなくなってしまったが、それでもカダの引っ越し先であったここ城砦都市『アルカディア』には父親が商用で何かと出かけることが多かったため連夜も同行し、そのたびに親交を深めてきたのである。


 しかし、今回の『害獣』騒ぎのおかげで交易路が封鎖されてしまい、彼女達とは一年近くご無沙汰になってしまったわけだが・・


 最後に出会った頃から全然変わっていないカダとアンヌの姿に、内心ほっとしている連夜であった。


 そんな連夜の内心を知ってか知らずか、アンヌはやっぱり不機嫌そうな顔を見せたまま怒ったような口調で話しかけてくる。


「元気なのは当たり前でしょ。病気だったら出てこれるわけないじゃない。ただでさえここって時間早いし」


「まあ、そうだね、卸売市場ってほんと時間が早いよねぇ・・でも、君の場合病気でも出てくるでしょ?」


「ふ、ふん。薬を扱ってる私が病気に負けるなんてあるわけないじゃない!!」


 と、相変わらずのアンヌに連夜は思わずくすくすと笑ってしまうのだった。


 アンヌは非常に性格のいい娘なのだが、困った性癖が一つだけある。


 それはすごい嬉しいときや照れ臭いときなどに、なかなか素直にそれを表に出すことができずに怒ったり不機嫌な表情をわざと作ってしまうことだった。


 それが原因で誤解されることもよくあるのだが、幼い頃からの付き合いでそれを重々承知している連夜にはアンヌのこの態度はいつもの見慣れた光景であった。


 しかし、そうではない人物もいるわけで・・


「ところで、連夜」


「ん、何、アンヌ」


「あんたの所の番犬に、いちいち人の顔を睨みつけるのやめなさいって言っておきなさいよ。ったく、躾がなってないわよ」


 不機嫌そうな表情の中にかなり戸惑った感情が入り混じってるアンヌの視線の先に目を移すと、連夜の横に立つ士郎が、目線だけでも人が殺せそうなほど物騒な気配を漂わせながらアンヌを睨みつけている姿が見えた。


 連夜は溜息を一つついて、士郎の顔に片手をのばすと、そのほっぺたをつねりあげる。


「い、いたたたたた、な、なにするんですか、連夜さん!!」


「もう毎回毎回、アンヌにそういう視線を向けるのはやめなさいって言ってるでしょ?」


 ほっぺに走る痛みで我に返った士郎は、自分をつねりあげている連夜に涙目で抗議する。


「だ、だってだって、そこの高慢ちきな女が、連夜さんにあまりにも無礼なこと言うから・・」


「何度も言うけど、アンヌのあれは照れ隠しなの。本心じゃないの。久しぶりに会った僕にどう接していいかわからなくてついついああいう態度取ってしまってるだけなの。君が僕を心配してくれるのは嬉しいけどね、そうやって露骨に態度に出すのはやめなさいね」


「いや、あのさ、本人目の前にして、そういう人の内心あっさりバラすあんたも大概失礼でしょ」


 心底恥ずかしそうな声のしたほうに顔を向けると、顔を真っ赤にしてジト目で睨みつけてくるアンヌの姿が。


 連夜は慌てて士郎のほっぺから手を離し、アンヌに謝るのだった。


「あ、ごめん、悪気はなかったんだ」


「わかってるわよ、もう、あんたに悪気がないくらい。まあ、確かにあんたの言う通りだけどさ、そこは女心ってやつでさ、もうちょっとわかってほしいというか・・」


「そうだね、士郎のことは僕も言えないや・・どうも、女性の心の機微ってやつがわからなくてね、重ね重ね申し訳ない、もうちょっと修行するよ」


「もういいってば。でも、ほんとよくあの交易路を通ってここまでこれたわね。大丈夫だったの?」


 ようやくいつもの感じを取り戻してきたのか、不機嫌そうな顔から普通の態度にもどったアンヌが、心配そうな表情で連夜に訊ねてくる。


「うんこっちに来たときは何もなかった。帰りもそうであることを願っているけどね」


「そうなんだ・・ここだけの話なんだけど、この二、三か月の間にこっちの中央庁お抱えの傭兵旅団がいくつか偵察に出かけたらしいんだけどさ、森の中から出現する襲撃者に襲われて痛い目にあってるらしいのよね。ちょっと関係者にツテがあったから呼び出して聞きだしたんだけど、その襲撃者の正体ってのがとんでもない強さの古代ゴーレムだったらしいわ。なんか最初目撃された当初はバカでかい図体していたらしいけど、何回もいろいろな傭兵旅団と戦ってるうちにオプションというか、外部装甲みたいなのがはがれていって、最後に見た傭兵の話だと、ある程度小さくなっていたみたいなの」


 そこで一旦言葉を切ったアンヌは真剣な表情で連夜を見た。


「でもね、絶対戦っちゃだめよ。あいつの身体の中には全方位に向けて同時に発射できる魔導レーザーみたいな武器が搭載されているんだって。そのおかげで偵察に出た旅団のほとんどが撤退せざるを得ないくらいの大ダメージを食らってしまったらしいから。近づいて戦おうとしようもんなら、身体に大穴開けられて一瞬であの世行きだって・・」


「あはははは・・できればその情報はもっと早く知りたかったなあ・・」


 本気で心配してくるアンヌに乾いた笑いを浮かべる連夜。


 そんな連夜の様子に、アンヌと士郎がきょとんとした表情を浮かべて見つめてくる。


 連夜は苦笑しながらつい最近自分とロスタムが体験することになった、古代ゴーレムとの死闘、そして、そのゴーレムを破壊した『金色の王獣』の話をしてやる。


 最初はそんな作り話あるわけないみたいな態度をとっていた二人だったが、連夜の話があまりにも生々しい内容であることと、細かいところまではっきり説明してあることから、本当に起こった出来事であることを理解し、連夜が話を終わるころには真っ青な顔になっていた。


「あ、あ、あんた、よく生きていたわね? だめよ、命を粗末にしたら!!」


「そ、そ、そうですよ、連夜さん、そんな危ないことしちゃだめですよ!!」


 二人して涙目で真剣に心配して訴えてくるのに対し、連夜は真面目な表情でごめんと謝るのだった。


 いろいろとアンヌも士郎も言いたそうな顔をしていたが、とりあえず、連夜が思ったよりも深く反省しているようなので、それらは全て心のうちに納める。


 そして、溜息一つついたアンヌは、バツが悪そうな顔をしている連夜に向かって口を開くのだった。


「そっか、だからあんたはもう危険はないと判断して『嶺斬泊』を飛び出してきたってわけね」


「うん・・一応ね」


「一応?」


 連夜の言葉が気になったアンヌが、連夜にその言葉の意味を話すように無言で促すと、一瞬迷った表情をした連夜だったが、自分が感じている不安を語り出した。


「あのとき・・古代ゴーレムと戦ったときにあいつの身体を遠くから見たんだけど・・あいつの背中に妙に大きな四本爪で攻撃されたあとが残っていたんだ。最初は森の奥で暴君恐竜型の『騎士』クラスの『害獣』に襲われてできたものなんじゃないかって考えていたんだけど・・よくよく考えると、あいつは三本爪なんで四本あるのはおかしいんだよね。それに、あいつはゴーレムだから『貴族』以上の『害獣』でもない限り襲いかかられることもあまり考えられない。とすると・・」


「べ、別の何かがまだ、あそこにいるってこと?」


 連夜の言いたいことを察したアンヌが先に答えると、連夜は深刻な表情で深く頷いてみせた。


「だから、何か起こる前に一刻も早く『嶺斬泊』にもどりたいんだ。僕らはプロの『害獣』ハンターではないんだからね。・・といっても、まあ、うちのメンツはそれなりに強いんだけどさ」


「すぐ帰っちゃうの?」


 連夜の言葉の響きに何かを悟ったのか、アンヌが寂しそうな表情を浮かべて聞いてくる。


 折角の久しぶりの再会だというのに、旧交を温める暇がないということは連夜とて同じく寂しいが、そうも言ってはいられない。


「危険を避けるためもあるけど、兄さんの傭兵旅団が次の旅に出発する前に帰りたいんだ。兄さんの分もそうだけど、あそこの旅団の『神秘薬』のストックがつきかけているらしくてね、このまま『神秘薬』を持たないまま出発することになっちゃったらかなり危険だからさ」


「そうか、あんた『イドウィンのリンゴ』と『神酒』の買い付けに来たのね・・わかった。おばあちゃん」


「おう、読み終わったよ」


 連夜の事情を察したアンヌが祖母のほうに声をかけると、カダはそのしわくちゃの顔を書面から上げてニヤリと笑ってみせた。


「連夜、あんたなかなかしっかりしてきたね。商売の仕方ってやつが父親に似てきたじゃないか」


「ありがとうございます。でも、本当は父のアドバイスに従って作成したものなんですよ」


「ああ、道理でわしの琴線に触れるような内容になっておるわけじゃ。・・しかし、まあいい、これで手を打ってやる」


 こっくりと頷いてカダが懐にその書面をなおしたのを確認し、連夜はほっと安堵の溜息をついて深々と一礼をする。


「ありがとうございます、老師」


「ええて、わしにとっても利益のあることじゃしな。それよりも、急ぐのであろう? 荷物はどうした?」


「はい、外の駐車場のトラックの中に積載して持ってきてあります」


「よし、それじゃあ、いつものうちの倉庫前まで持ってこい、そこでその荷物と代金を受け取って、『イドウィンのリンゴ』と『神酒』をうちの若い者達に運ばせてやる。アンヌ、倉庫のほうに連絡しておいてくれ」


 と、横にいる孫娘のほうに目をやると、すでにライトグリーンのなかなかお洒落な携帯念話を取り出してどこかにかけており、祖母のほうに指で丸を作って了解の意思を告げる。


 それらを見ていた連夜は、もう一度カダのほうを見て礼をすると、士郎を連れて駐車場に向かうことにするのだった。


「連夜、倉庫は七番倉庫だからね!! 一応私表で待ってるから!!」


「ありがとう、アンヌ、向こうで会おう!!」


「あとでね!!」


 駐車場に急ぐ連夜の背中に声をかけてくるアンヌに、連夜はちょっと振り返って手を振ってみせて答えると、すぐにまた小走りで駐車場に向かって行く。


「さて、これが終われば『嶺斬泊』に帰るよ、士郎・・って、どうしたの?」


 思ったよりも早くカダが即決してくれたおかげで商談がスムーズに済み、ほっとした表情を浮かべながら横にいる頼れる年下の相棒を見た連夜だったが、横を走る相棒はなんだか不安そうな顔をしていた。


 連夜の問いかけにしばらく口に出そうか考えていたみたいだが、迷いながらも士郎は自分の思いを言葉にした。


「連夜さん、帰りの道で何かが起こるって思ってます?」


「確証はないし、起こってほしいとも思ってないけど・・まあ、最悪の事態が起きた場合のことは一応想定してどうするかは考えている」


 そんな事態は起こってほしくはないけどね〜と冗談交じりに言ってのける連夜に、士郎は真剣な視線を向けるのだった。


「どんなことが起こっても、絶対連夜さんの命だけは守りますから」


 心から断言する士郎だったが、その士郎を見つめる連夜の目はなぜか非常に微妙な色合いをしていて、やがて自分の言いたいことを士郎が察してくれないことを悟った連夜は疲れたような口を開く。


「あのね、士郎。そういう言葉はね、好きな異性の子にいう言葉なんだよ? 僕のことはいいから、とりあえず君は自分の身を守ることを考えなさい。あとそれでも余力があるならスカサハや晴美ちゃんを守ってあげなさい」


 そう言って優しい声でさとす連夜だったが、士郎は物凄い不満そうな表情を浮かべて連夜を見つめている。


 そんな士郎の姿を見て溜息を一つつくと、連夜は自分よりもちょっとだけ背が低い位置にある士郎の頭をよしよしと撫ぜてやるのだった。


「僕のことを心配してくれてありがとうね、士郎。だけどね、僕は君や、僕の大事な人達が無事でいてくれるほうが何倍もうれしいんだ。だから、そうしてやってくれないかな?」


 と、優しく士郎の顔を覗き込むと、士郎は顔を真っ赤にしながらこくこくと頷いて見せ、力強く断言しなおすのだった。


「わかりました!! スカサハや晴美は僕が守ってみせます!!」


「うんうん、そうしてあげてね。でも、君も怪我したりしないようにね」


「はい、任せておいてください!!」


 まるで大好きなお母さんに大事な用事を頼まれて物凄く張り切る子供のような反応を示す士郎に一抹の不安を覚えながらも、連夜はとりあえず目の前の取引を無事終わらせるべくトラックへと走るのだった。


 まだ太陽が昇るまでには時間がある夜明け前の闇の中を二人は走って行った。

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