~第41話 夜営~
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当り前のことであるが、『馬車』は文字通り動力となる『馬』に相当する生き物と、『車』に相当するものと二つはじめて『馬車』となる。
今回連夜が用意した『馬車』は、牽引している動物は十二頭の大牙犬狼の群れで、その牽引する後部の車に相当する乗り物は大型の三両編成のトレーラーになっており、通常このタイプは『コーチ』と呼ばれている。
大まかにタイプを説明すると、一番大きい軍事用の移動要塞型で一つ目牙象や、三つ目牙象に牽引させるのが『フォートレス』、大規模な交易旅団や、中級規模以上の傭兵団が使用している七両から十二両編成のトレーラーになっている超大型貨物型で地上飛竜に牽引させたりするのが『キャラバン』、中規模クラスの交易旅団が使用している四両から六両編成のトレーラーになっている大型貨物型で、三本角黒犀に牽引させたりするのが『キャリッジ』、そして、その次のクラスに『コーチ』が来て、あとは軽クラスの『バギー』、『ワゴン』、『クーペ』などが存在してることになる。
今回のこのトレーラーは、運転席のすぐ後ろが居住スペースとなっており、真ん中が倉庫、そして、一番最後尾が各種生活道具などと武器防具、あと個人の荷物もここに収容してある。
勿論夜営の道具などもこの一番最後尾の車両に積載されているわけであるが、なんせ揺れるので準備するのも一苦労である。
こういう力仕事をほとんどしたことのないスカサハにとって、このすごい揺れの中で必要な道具を探し出してきて準備するということはなかなかの重労働であった。
「も、もう少し、ゆ、揺れが収まってくれないと、ま、まともに道具を、だ、出すことができませんわ」
あっちにふらふらこっちにふらふらと、あぶなっかしく車両の中を踊るように弄ばれているスカサハを、まるで平地を歩くかのように普通に歩いて来て、壁にぶつからないように巧みに身体を支えてやる士郎。
「大丈夫ですか? 会長。あまり無理なさらないでくださいね」
「あ、ありがとう、瀧川くん。瀧川くんは、平気なのね・・」
「ええ、慣れていますから」
いやらしくならない程度にスカサハの腰を支えてやって、そっと近くの手すりに掴まらせてやり、自分は再び危なげのない足取りで山と積まれた道具類の中からテキパキと必要なものを取り出して並べていく。
その様子をぼんやり見ていると、兄の姿とダブって見えてくる。
やはり、この少年は兄の弟子なのだなあと、変な感心をしてしまうスカサハであったが、よく考えると自分はその手伝いをしに来ているのに、このままだと何もしないまま終わってしまう。
いかんいかん、学校では歴代生徒会長の中でも特にデキル会長として名高い自分が、こんなことでどうすると、自分を叱咤して立ち上がろうとしたスカサハだったが、またもや襲ってきた大きな揺れでバランスを崩し、無様に尻もちをつきかける。
しかし、いつのまにかやってきていた士郎に間一髪支えられて、なんとか引っ繰り返らずにすんだ。
「またまた、ありがとう、瀧川くん」
「いえいえ、そんなすぐに慣れるわけじゃないですし、ちょっと座っててください。会長はトレーラーが止まってから運び出すのを手伝ってくださればいいですよ」
「う〜〜ん、悔しいですけど、仕方ないですね。ほんとにここでは私お役に立てそうにないですし」
見るからにがっくりと肩を落とすスカサハの姿に、ほんとに申し訳なさそうな表情を浮かべた士郎だったが、大きな揺れで仮に荷物が崩れてきても大丈夫そうな場所までスカサハを案内して座らせると、自分はまたもや荷物の山の中にもどっていった。
そんな士郎の様子を見ているしかなくなってしまったスカサハは、最初はおとなしく座っていたが、やはり役立たずのまま終わってしまうのは癪なのか性懲りもなく立ち上がって道具の山の中に歩いて行こうとする。
だが、またもや襲う大きな揺れに思いきり足を取られたスカサハは、つい目の前にある道具の山に手を伸ばし、それに掴まろうとする。
しかし、その道具は上に乗っているだけのなんの支えもないもので、掴んだはいいものの、思いきり引っ張ってしまったあと、後ろにつんのめる。
さらに悪いことに、その持った細長い道具箱は後ろの道具の山をなぎ倒し、その崩れた道具の雨がスカサハを直撃して押しつぶそうとする。
スカサハは押しつぶされる自分を予感して身体を強張らせるが、誰かに思いきり手を引っ張られる感触があり、気がついたときには、崩れた道具の山の目の前に座りこんでいた。
呆気に取られて周囲を見渡すと、すぐ横には気弱な笑顔を浮かべた士郎が立っていて、ほっとしたように自分に話しかけてきた。
「お怪我はありませんか、会長?」
「え、あ・・そうか、私また瀧川くんに助けられたのね・・」
大丈夫という風に笑いかけると、士郎は安心したような笑みを浮かべ、ちょっと調べてきますねといって、崩れた道具の山の向こうにそそくさと行ってしまった。
(あ〜、私ってほんとだめだなあ・・)
と、落ち込んでいると、前車両に続く扉から晴美がひょこっと顔を出してきた。
「会長、今すごい音がしましたけど、大丈夫ですか?」
「ええ、私は大丈夫よ。ちょっと私がへまをして荷物崩しちゃったのよ。今、瀧川くんが荷物の様子を確認しに行ってくれているわ」
「そうですか。・・会長、私と交代しましょう。ちょっと休んできてください」
晴美の言葉にちょっと考え込んだスカサハだったが、自分がここにいても何の役にも立たないと思いその言葉に甘えることにした。
「うん、そうさせてもらうわ。あとよろしくね」
「はい、もうすぐ今日夜営することになる中間ポイントに到着するそうなんで、それほど休めないかもしれませんけど」
「ううん、ちょっとでも休めるのは助かるわ。じゃあね」
と、スカサハが出ていくのを確認した晴美は、慣れた足取りで崩れた道具の山に近づくと、ひょいひょいと道具を元に戻していく。
獣人特有のバランス感覚のおかげで、あまり揺れに影響されることなく動くことができる晴美にとって、この程度の揺れは揺れのうちに入らない。
そうやってあっというまに崩れた道具の山を半分以上も片づけたとき、晴美は床になにかの液体が流れていることに気づいた。
少し黒っぽいそれは荷物の中の油か何かが割れてできたものかなと思っていたが、ちょっと離れたところから流れてきているのが不自然に思えてその跡をたどっていくと、晴美はこの車両の最後尾に近いところで、その液体を流しているものを見つけた。
「し、士郎さん!!」
床に座り込んでいる合成種族の少年の腕や足に、大きな裂傷が走っているのが見えた。
そこからかなりの血が流れ出てしまっている。
「しっかりしてください、士郎さん!!」
半分意識を失っている状態だった士郎だったが、晴美の声を聞いてうっすらと目を開ける。
「ああ、如月さんですか。すいません、ドジ踏みました」
「すごい血が流れています!! 連夜さん達を呼んできますね!!」
そう言って慌てて駆け出そうとする晴美の腕を、士郎が弱々しくもなんとか掴んで引き止める。
「大丈夫、ありったけの『回復薬』を飲みましたから直に回復します。それよりも雑巾を出してきてください、急いで床に流れた僕の血を拭き取ってしまわないと」
「な、何言っているんですか!? そんなことよりも早く治療しないと」
理解できないことを言い出す士郎に、血相を変えて詰め寄る晴美だったが、士郎はなんだか物凄く優しい表情を浮かべて晴美のことを見た。
晴美はなんだか連夜を連想させる士郎の笑顔にちょっとどきっとして言葉が詰まる。
「如月さんは優しいですね。でも、大丈夫ですよ。幸か不幸か、僕はこの程度で死ねる身体じゃないんですよね。それに、身体の傷はすぐに治せますが、心の傷はそう簡単には治せません。今はそちらを優先させるべきなんです」
いま一つ士郎の言葉の意味がよくわからなかったが、それでも、士郎がいま望んでいることは治療ではないことだけはわかった。
かなり迷ったが、晴美は士郎に頷いてみせて立ち上がると、道具の山の中から雑巾を取ってもどってくると、床に流れ出た士郎の血を拭き取っていく。
その様子を見ていた士郎もよろよろと立ち上がると、晴美が持ってきた雑巾を自らも持って床を拭いていく。
「如月さん・・」
「はい?」
「このことはみんなに内緒にしていただけませんか?」
雑巾で床を拭きながら、こちらを見てくる士郎の表情を見た晴美は、やはりそこに誰かを気遣う優しい笑顔を見て絶句する。
なぜなら、その笑顔は自分がよく知っているあの笑顔にそっくりだったから。
顔は全然違うのに、どうしてこんなにそっくりの表情を浮かべることができるんだろう。
でも、その笑顔はあの人とはどこか違う、どこか危なっかしくて儚げでちゃんと誰かが見ていないと消えてしまいそうな、そんな笑顔だった。
と、なんだかよくわからない理由でその笑顔に魅入ってしまった晴美だったが、士郎の言葉の意味を測りかねて不審そうな表情を浮かべ問いかけるような視線を向ける。
「どうしてですか?」
「知らないでいいなら、それでいいこともあると思うのです。僕はまだ未熟で本当に正しいことがなんなのかわからないのですけど、それでも今回のことは事を大袈裟にしなくてもいいと思うのですよ」
「でも・・」
尚も納得できずに言い募ろうとする晴美に、士郎は黙って自分の腕を見えるように差し出してみせる。
晴美がその差し出された腕に視線を移すと、さっきまで確かに大きな裂傷が走っていた腕には、注意してみないとよくわからない程度のうっすらとした線のようなものだけが見えている。
士郎が先程言った通り、確かに士郎の怪我はもう治りかけていた。
その上で、士郎はもう一度、あの優しい笑顔と真摯な視線を向ける。
「お願いします、如月さん、ご納得いただけないかもしれませんが、今回だけはその胸の内に納めて置いてください」
じ〜〜っと、しばらく士郎のことを見つめていた晴美だったが、やがて、小さく溜息を一つ吐き出すと苦笑しながら頷いた。
「わかりました。今回だけは黙っています」
「ありがとう」
晴美の言葉にほっと安堵の吐息を吐きだす士郎。
そんな士郎を、まだじっと見つめていた晴美は、やがて何かを思いついたようないたずらっぽい笑顔を浮かべて士郎を見て口を開いた。
「あの、士郎さん」
「はい、なんですか?」
「わたしのことは『晴美』って呼んでください」
晴美の言葉の意味がしばしわからずきょとんとしていた士郎だったが、やがて苦笑気味の笑顔を浮かべて晴美を見た。
「へ? ああ、では、晴美さんと」
「『晴美』です」
「いや、だから晴美さんと・・」
「ただの『晴美』です」
「いや、あの・・」
物凄い困った表情を浮かべる士郎。
その表情の一つ一つが、連夜と同じようで違うことに気が付き、晴美はなんだか嬉しくてたまらない。
きっと連夜だけが知っている彼の表情に自分も気が付いたことが嬉しくて仕方ないだけのことなのだろうけれども、もっと彼のことが知りたくなってきて、晴美は更に言いつのるのだった。
「黙っているかわりに、ちゃんと私のことは呼び捨てで呼んでくださいね」
「え、え〜〜〜、そんな〜〜〜!!」
年下の晴美に翻弄されて困り果てた表情を浮かべる目の前の少年を見ながら、晴美はなんだか胸の中が温かくなってきていることを感じていた。
〜〜〜第41話 夜営〜〜〜
城砦都市『アルカディア』に続く交易路『ウォーターロード』の途中には、いくつかの中継ポイントと呼ばれるキャンプ場がある。
今回連夜が選んだ中継ポイントは、ちょうど『アルカディア』と『嶺斬泊』のちょうど中間に位置する場所。
そこは、父親と何度か『アルカディア』を行き来した時に毎回立ち寄っていた中継ポイントで、自分としてもよく見知った場所であるし、父親から『見張るのに易く、キャンプを張るのに適していて、尚且つ脱出も容易い場所』として教えられていた場所であったからでもあった。
そこは街道からすぐの場所にある広場のようになった場所で、すぐ側に『黄帝江』があり水の補給には困らず、一番危険な森からは大分離れているため、もし向こうから『害獣』や山賊が現れてもすぐに見つけることができ、対処しやすい場所になっていた。
当り前のことではあるが、連夜達以外の誰もここを使っておらず、連夜は堂々と真ん中に『馬車』を止めると、みんなを車から下して夜営の準備を始めた。
「多分大丈夫だとは思うけど、ロスタムとクリスはこの辺りを軽く偵察してきて、アルテミスは大牙犬狼達の餌やりと世話をお願い、士郎は夜営のためのテントを張ってくれるかな、スカサハはその手伝い・・って思ったけど、アルテミスの手伝いに変更。晴美ちゃんが士郎の手伝いをそのままして、僕は夕食を作っておく、以上ないか質問は?」
連夜の指示に全員が力強く頷き、それぞれがそれぞれの仕事のために散っていった。
ただ、その中で何人かは、連夜に何か非常に言いたそうにしていたが、連夜は敢えて黙殺し何もなかったように無表情を保っていた。
彼らが言いたいことは連夜自身気が付いていたが、本人が言いたがらない以上、聞かないでおくことにしたのだ。
それくらいには連夜は彼のことを信頼していた。
ただ、なんとなく・・なんとなくだが、また自分の打った布石が全然予想もしない方向に転がっていっているような気がしてならない。
ここのところ、本当にそういうことが多い、というか、多すぎる気がする。
布石を打たないほうがいいのだろうか? いや、打たなければ打たないで悪い方向に転がっていくことは間違いない。
今のところ全然予想とは違う方向に転がりはして連夜の予想した結果とは違うものの、それはそれでよい結果に収まっているのも確かなので、打たないよりはずっといいことはわかっているのだが・・
(でもなあ・・思いもかけない結末は、本当に心臓によくないんだけどなあ・・)
と、広げた簡易キッチンの上で調理を開始しながら、連夜はげんなりと表情を曇らせる。
ふと顔をあげてある方向に視線を向けてみると、まるでその連夜の予想を肯定するかのように、妙に親密になりつつある晴美と士郎の姿があった。
大分自分達との生活に溶け込んで、笑顔も見せるようになってきた晴美だったが、どこか大人になろうと無理しているような笑顔でいることが多い気がしていたのだが、いま士郎に見せている笑顔は、年齢にふさわしい、多感な中学生の女の子の屈託のない無邪気な笑顔だった。
晴美だけではない。
その晴美に翻弄されているような士郎もまた、連夜の前ではほとんど見せない中学生の少年の顔を見せている。
普段、晴美以上に早く大人になろうと躍起になっている節さえある士郎が、ああいう表情を見せるということは非常にいいことだと思うのだが・・
連夜は、少し離れたところでアルテミスの手伝いをしている妹のほうに視線を向けて、溜息を吐きだした。
(おいおい・・ほんとに知らないよ、スカサハ。後で泣きつかれてきても、どうしようもないんだけどなあ・・)
と、兄の心も気がつかず、スカサハはアルテミスと楽しそうに話ながら、狼達の世話を焼いている。
連夜は、こればかりはどうしようもないしなあと、それ以上考えることをやめて、食事を作ることに集中する。
今日のメニューは勿論キャンプにつきもののカレーライスである。
当然連夜が作るものであるから普通のカレーライスとはちょっとだけ違う。
カレーのルーは連夜があらかじめ作っておいた秘伝の固形ペーストルーで、カレーそのものは変わったところは味以外に特にないものの、入れる具材が少し違う。
玉ねぎ、ニンジン、じゃがいもは、すりつぶしてペースト状にしたものと、ほとんど丸ごとで芽や茎や葉だけを切り取っただけのそのものを一緒に入れて煮込む。
そして、カレーを煮込んでいる間に、連夜は分厚いステーキ肉を出してきて、フライパンの上で焼き始めた。
ショウガ入りの特製醤油で味付けをしたステーキと、カレーのいい匂いが漂い始める。
勿論、ご飯はすでに忘れずに炊いてある。
もうあとそれほど時間をかけずに完成させることができるはずだ。
と、そう思っていると、いつの間にもどってきていたのか、ロスタムとクリスが、非常に物欲しそうな顔でこちらを見つめていることに気づき連夜は苦笑を浮かべた。
「もうちょっとでできるから、待ってね。ところで、偵察どうだった?」
「北のほうをぐるっと見てきたが、静かなものだ。まあ、ここは見通しがいいから、山賊や盗賊は襲撃しにくいだろうし、『害獣』も『労働者』クラスのいもむしばかりだ」
「南も同じだぜ。ま、いくらなんでも『金色の王獣』がいるって噂のあるところにのこのこやってくる奴は、商人でも傭兵でも、ましてや賊でもいないだろうよ。俺達くらいなもんだぜ」
ロスタムとクリスの報告に、連夜はほっと胸をなでおろす。
まあ、何も問題はないだろうとは思っていたが、やはり何が起こるかわからないのが『外区』の恐いところで、それだけにまだ油断はできないが、とりあえずしばらくは何も起こりそうにない気配に、少しだけ安堵する。
まあ、まだ夜は長いのでこれからなのだが、ずっと気を張り続けるのもよくはない。
連夜は、そろそろ良い頃合いだとみて、ロスタムとクリスに、他の場所で働いている面々を呼んできてもらうように頼む。
二人はすぐに立ち上がると、ロスタムは士郎達を、クリスはアルテミス達を呼んできて、賑やかな夕食が始まった。
今日の夕食は『丸ごとステーキカレー』。
ライスの上にステーキを乗せて、その上からカレーをかける。
そして、丸ごと煮込んだたまねぎ、ニンジン、じゃがいもの塊を一つずつライスの上に乗せてできあがりだ。
味は勿論美味しくないわけはなく、各人それぞれ味わいながら楽しい団欒が進んでいく。
「なあ、連夜、それにしてもよくあの封鎖ポイントを抜けられたな。なんかパスみたいなの持っていたけど、ありゃなんだ?」
クリスがステーキを美味しそうに食べながら、給仕をしている連夜に尋ねる。
「あれはね、お母さんに用意してもらった『ウォーターロード』通行許可証。結構ね、心配してたみたいだけど、結局お父さんが僕のことを信じてみようって言ってくれてね。発行してもらっちゃいました」
えへへと照れくさそうに言う連夜に、なるほどと頷くクリス。
クリスは、連夜の母親が中央庁のかなり高位の役職に就いていることを知っているので、なんの疑いもなく信じることができた。
「あとね、『アルカディア』についた時に向こうで疑われないように、『嶺斬泊』の商業許可証も貰ってきておいたから、ある程度向こうの卸売市場にも出入りできるはず。クリスやアルテミスの分も用意しておいたから、二人とも向こうについたら自由に行動していいからね。はい、これわたしとくね」
と、エプロンのポケットからクリスとアルテミスの許可証を取り出した連夜は、二人にそれぞれ渡す。
「悪いな、連夜」
「これがあれば、化粧品やアパレル関係の市場にも出入りできるな・・スカサハ、晴美、向こうについたら私についてくるか? 『アルカディア』でしか手に入らない化粧品とか服とか装飾品を買うチャンスなんだが」
「「行きます!!」」
アルテミスの誘いに、目一杯力強く頷くスカサハと晴美。
そんなアルテミスの様子をなんだか物凄く優しい表情で見つめていたクリスは、そっと自分の財布をアルテミスに渡しておくのだった。
「なんだ、これは」
「おまえの好きにしろ。俺が使う分と連夜に出費する分はちゃんと別にあるからさ」
不審そうに財布の中身を確認したアルテミスは、ぎょっとして慌てて財布をしめると、横に座る夫同然の少年を唖然として見つめる。
しかし、クリスはそんな視線に気がつかない振りで黙々とカレーを食べ続けている。
「いいの? こんなにもらっちゃって・・」
「俺が持っていても、使うものがないしな。まあ、金は使って天下に回さないといけないだろ? 普段おまえには苦労かけているし、これくらいなんてことねぇよ」
「クリス、大好き」
と、思わず抱きついてクリスの顔をなめまくるアルテミスだったが、クリスはその行動に悲鳴をあげる。
「お、おい、嬉しいのはわかるが、ちょっと待て!! おまえ口の中カレーまみえじゃねぇか!! うわ、顔がべたべたする!!」
そんな仲の良い夫婦の様子に一同爆笑するが、途中笑いを収めた二人の少女が、なんだかすっごい何かを訴える視線を連夜に送ってくる。
連夜は瞬時に二人が何を言いたいかわかったが、一応釘をさしておく。
「一応聞いておくけど、二人とも、今回は無断でこの旅に参加してるってことはわかってるよね?」
その言葉にうっと詰り、二人はみるみる肩を落としてしょげかえる。
一応自覚はしているのだなとわかった連夜は、すぐに甘い兄の顔になると、いつの間に用意していたのか、二人に一つずつ財布を渡すのだった。
「あんまり無駄使いしないようにね」
二人はしばらく呆気に取られて連夜のほうを見ていたが、顔を見合せて財布の中身をちらっと確認する。
そして、入っている金額を見てみるみる表情を輝かせると、連夜に感謝の視線を送るのだった。
やれやれと、現金な二人を呆れたような表情を浮かべて見ていた連夜だったが、一つ嘆息するとまた給仕にもどっていった。
やがて、夕食も終わり、女性陣は『アルカディア』についてからの行動予定を決めようと退席し、男性陣だけがテーブルの周囲に残った。
すると、それまでの和やかな雰囲気が一変し、士郎以外の面々の表情が厳しくなる。
最初に口火を切ったのはやはり連夜であった。
連夜は士郎に厳しい視線を向けて口を開いた。
「何があった?」
その言葉に同調するかのように、ロスタム、クリスも同じように真剣な表情で士郎を見つめる。
士郎は最初なんと言い訳しようかと考えていたが、どうやら思った以上に年上の面々は歴戦の勇者らしく、自分のいいわけなど通用しないと感じ、がっくりと肩を落とす。
「いえ、その、夜営の準備をしている最中にドジを踏みまして、ちょっと怪我を・・と、いうか、そんなにわかりやすいですか?」
「おまえは隠そうとしているのかもしれんがな、右手をかばってるし左足を若干引きづっているのがわかる。どうやら、直に治るのかもしれんが、俺達はお前以上に怪我をしてきているからな、すぐにわかるんだよ」
ロスタムの言葉に首をすくめる士郎、そして、さらに連夜は言葉をつのる。
「士郎、そこは大事じゃない。僕が知りたいのは、誰がドジを踏んだかだ」
ズバッと切りこんでくる連夜の言葉に、ますます縮こまる士郎。
俯き加減に顔を伏せた士郎は、上目づかいに連夜達を見つめる。
「あの、僕だってことで、勘弁してもらえませんか?」
士郎の言葉に顔を見合わせる年上の三人。
今度はクリスが口を開いた。
「おまえが誰かを庇いたがっているのはよくわかる。しかしな、その誰かははっきり言って足手まといだ。別にそれを特定して放り出すと言ってるわけじゃない。はっきりさせて戦力から外しておかないと、あとで大変なことになりかねないから聞いているんだ。まあ、本人にはわからないようにするつもりだから、今ははっきり言ってくれ。いったい誰だ?」
「そ、その、本当に僕かもしれないじゃないですか。僕が自分の失敗を知られたくなくて隠したと考えられませんか?」
「お前が本当に自分で失敗していたら、まっさきに連夜に報告して戦力外通知してくれって言うだろうがよ。それがないことが誰か他の人物であることを示しているんだよ」
さらにスッパリ切り捨てられて追い詰められる士郎だったが、どうしても口を割ろうとはしない。
三人は嘆息すると、渋々わかったと告げて、明日の出発の準備をさせるために士郎を解放する。
その後残った三人は、なんともいえない表情で視線を交わし合い、やがて連夜が頭を下げる。
「ごめん。もうスカサハなのは間違いないんだけどね・・」
「ああ、問題はそこじゃなくて、怪我をさせておいて、全然気が付いてないってことが問題なんだ」
「士郎の隠ぺい工作が巧みだったのか、それともスカサハが本当にそういうことに気を向けることができなかったか・・」
どちらにせよ、これはかなり重大な欠点といえる。
確かに怪我をすることになった一連の事実を内々で処理しようとした士郎の行動にも問題がある。
しかし、仲間の危機に気が付けないということもまた致命的で、ましてや自分が怪我をさせておいてというのなら尚更であった。
士郎の隠蔽工作については、すでにはっきりしており流石の士郎も自分達を煙に巻くことはできないと自覚したであろうが、もう一方は自覚していないことが問題であった。
もし仮にスカサハがわかってて黙っているとしても、それは絶対態度に出る、自分が怪我をさせておいて平気な顔をしていられるわけがないのだ、それがないということは明らかに気が付いてないということに他ならない。
あと晴美ということも考えられない。
いくら晴美が『人』よりの獣人であると言っても、その鼻ははるかに『人』型の種族よりも利く。
血の匂いに気がつかないわけがない。
「言いたくないがよ、スカサハはお山の大将でいる期間が長すぎるんじゃねぇか? これじゃあ、以前の姫子とあまり変わらないぜ」
「ごめん、本当に返す言葉もないよ。まさか身内に同じような境遇の人物がいるとは思いもよらなかったけど・・」
クリスの鋭い言葉が連夜の心に鋭く突き刺さる。
「とりあえず、起きてしまったことは仕方ない。しかし、これからスカサハには気をつけないと、思わぬところで足をすくわれかねないな。俺達のうちの誰かと常に組ませたほうがいい」
「ああ、その意見には賛成だ。とりあえず今のところはアルテミスに懐いていることだし、アルテミスに任せてみてはどうだろう? アルテミスには俺からそれとなく言っておく」
「二人とも、余計なことに気を使わせてしまって申し訳ない」
そういって頭を下げようとする連夜を押しとどめる二人。
「おまえを責めているわけじゃない。とりあえず、全員無事で目的を達成して帰るために必要にかられてやってるだけだ。他意はないって」
「うむ、連夜、ここは冷静に指揮してくれ。身内のことで心乱れるだろうが、俺達はおまえのことを疑っているわけではないということだけはわかってほしい」
二人の言葉に、連夜は頭をあげて苦笑してみせると、いつもの冷静な表情にもどる。
「じゃあ、スカサハのことはアルテミスに任せようと思う、クリス、申し訳ないけどアルテミスへの伝言頼むよ」
「任せろ」
「あと夜間の見張りの順番について決めようと思う・・」
こうして、連夜達は今日の夜から明日以降の予定について話し合い、静かな『外区』での第一日目は過ぎていった。