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~第39話 交易路(前編)~

 いつもと変わらぬ早朝、クラス担任であるティターニア・アルフヘイム教諭の朝のお話に始まり、一時間目の授業がいつも通りに始まるはずであったが、今日だけは少し違っていた。


 定例通りの時間にティターニアは教室に入ってきたのだが、なぜかそのまま教壇に立つことはせず、自分の目線の先に座る委員長に視線を向ける。


 今週の月曜にある事件を起こしたこのクラスの委員長 龍乃宮 姫子は、今日この木曜日まで体調不良によって休み続けていたのだが、ようやく今日登校してきたのだった。


 その姫子から事前にクラスメイト達に話がしたいと打ち明けられていたティターニアは、その意を汲んで姫子に話をさせるためにあえてすぐに教壇に立つことはせず、教室に入ってくると自らは扉の前に立ち、そこから姫子に目線で合図を送る。


 姫子はその目線を受けて一つティターニアに向けて頷いて立ち上がると、何事かと呆気にとられているクラスメイト達の間を抜けて教壇に向かう。


 そして、本来教師達が立つべき位置に立って、教室に座るクラスメイト達を見渡した。


 自分の席を中心とした周囲の席にいくつかの空席がその目に映り、姫子の表情が悲しみに染まるが、すぐに表情を引き締めてもう一度クラスメイト達を見渡し、自らが言わねばならない言葉を紡ぎ出す。


「皆さん、本来ならアルフヘイム教諭が立ってお話をされる時間ですが、教諭に無理をお願いし、私のためにお時間を戴くこととなりました。私の話の内容と申しますのは他でもありません。私が月曜日に引き起こした暴力事件についてです。皆さんの中にはあの事件を間近にご覧になられていた方々もいらっしゃると思います。そして、そのご覧になられた内容と、今回の事件に対して学校側が下した裁決との差について遺憾の気持ちをお持ちの方もいらっしゃるでしょう。それについてですが・・」


 姫子はそこで言葉を切ってもう一度クラスメイト達を見渡し、その後教壇から横に降り立って深々と頭を下げてみせた。


「皆さんがお感じになられている通りです。あの事件は全て私が引き起こしたものであり、現在停学処分を受けている宿難くんは完全な被害者であります。この事件によって私がこのクラスに与えた精神的な傷跡は非常に大きなものであり、謝って許されるものではありません、ありませんが、どうかこの愚か者に謝罪する機会を与えてください。お願いします」


 そう言って深々と頭を下げ続けたあとに顔をあげた姫子は、涙に潤む目をもう一度クラスメイト全員に向ける。


「そして、こんなことを私が言えた義理ではありませんが、どうか・・どうか、宿難くんに対して偏見の目を向けることはやめていただきたい。彼は何も悪くありません。悪いのは全て事件を引き起こした私であり、彼では決してない。彼は事件を引き起こし暴走していた私を止めてくれただけなのです。お願いします、皆さん、宿難くんだけは・・。私をいくら責めてくださっても構いません、私はそれだけのことをしたのですから、それは当然です。しかし、宿難くんは違う!! 本来停学処分を受けるのは私でした。そのことに対して学校側に強く抗議したのですが、一度下した裁決を覆らせることはできないと言われ、宿難くんの停学処分を解くことはできませんでした。でも私は知っています。宿難くんは無実なのです・・お願い・・お願いです、もう宿難・・連夜を責めないで・・」


 もう込み上げてくる感情を止められなくなったのか、俯いて顔を上げられなくなった姫子の姿に、リンは我慢の限界に来て立ち上がると姫子の側にスタスタと歩いていく。


 そして、小さな姫子の肩をそっと抱きしめるようにして引き寄せてやると、抵抗する力もないのかされるがままにリンのほうに身体を預けてきた。


 リンはその身体をしっかりと抱きとめながら、文句があるならかかってこいという強い意志を込めてクラスメイト達を見渡す。


 すると、こちらに敵意の眼差しを向けていると思われたクラスメイト達の大半、いや、ほとんどがこちらを見ておらず、別の方向に向けて物凄い敵意の眼差しを向けていることに気づく。


 不審に思ってその方向に目を向けると、そこには一人の魔族の少年が座っていて、自分に向けられているクラスメイト達からの非難敵意の視線にたじろいでいるのが見えた。


 確か、あの少年はこのクラスの副委員長だったはずだが、なんで事件の真相を語って謝罪している姫子ではなくあの少年にクラスメイト達の敵意が向かっているのか?


 リンが不審そうに事の成り行きを見守っていると、クラスの前のほうに座っているドワーフ族の少年が口をおもむろに口を開いた。


「おい、委員長はこう言ってるが、この内容が真実だとすると、おまえは何か言うべきことがあるよな、カミオ副委員長さんよ」


 敵意というよりははっきりとした怒気を顕わにしながら魔族の副委員長のほうを睨みつけると、他のクラスメイト達も口には出さないものの、同じような思いであると言わんばかりに視線を強める。


 すると、副委員長は明らかに不貞腐れたような表情を浮かべて顔を背けてしまう。


「べ、別に私が言うべきことなどないと思うがね」


 しかし、そんな逃げ口上をドワーフの少年は許すつもりなどさらさらないようだった。


「そうかよ、てめえの手下に宿難の机にくだらねえ落書きさせたり、ロッカーのものを勝手にあさろうとしたり、あいつのことを裏切り種族呼ばわりしたりしといて、本当に何も言うことがないっていうんだな」


「な、なんですってぇ・・」


 自分が知らない間に、大事な親友にそんなことをされていたとは露知らなかったリンは、その内容を聞いて怒気を顕わにし改めて副委員長の少年に怒りに満ちた視線を向ける。


 リンばかりではない、泣き崩れそうになっていた姫子までが、いつの間にか顔をあげて怒りに震える表情で副委員長の少年を見つめている。


「ど、どういうことじゃ、カミオ副委員長・・いまアイアンハンド殿が申したことは本当なのか?」


「で、でたらめですよ、龍乃宮さん!! どこにそんな証拠があるというんだ!! そんな下賤な下位種族の言うことを聞いてはいけません!! 我々上位種族のものとは所詮頭の出来が違うのです」


「おうおう、やっと本音を漏らしやがったな。ところで、副委員長さんよ。証拠ならあるぜ。おまえの取り巻き達によ、もう全部話は聞かせてもらってるんだよな、これが。言っておくが、そのとき立ち会っていなかったのはおまえだけで、他のクラスメイト達はみんなその話を聞いているぜ」


 ドワーフ族の少年の言葉にはっとなった副委員長の少年が、取り巻きであった面々を見渡すと、彼らは一斉に顔を背けて関わりになりたくないという態度を取って見せる。


 その取り巻き達の様子でようやく自分の外堀がすでに埋められていたことを悟った副委員長は、苦々しげな表情を浮かべてドワーフ族の少年のほうを睨みつける。


 しかし、その視線を真っ向から受け止めて見せたドワーフ族の少年は、逆に視線をさらに強くして睨み返す。


「おい、言っておくが、別におまえだけを責めるつもりはねえ、あいつのことを間接的にとはいえ阻害しようとしていた俺達も悪い。そのことについてはあいつの停学が解けて登校してきたときに改めて俺達は謝るつもりだ。けどよ、おまえはどうする、副委員長? どうするかここでは何も聞かねえが、あいつがもどってくるまでの間に、よ〜く考えてみるこった。俺達はあいが帰って来た時におまえがどうするか、よく見てるぜ、それを忘れるなよ」


 ドワーフ族の少年のその言葉を肯定するかのように、クラス中の視線が一斉に副委員長の少年に注がれる。


 しばらくその視線をから避けるように顔を背けていた副委員長だったが、やがて机の横にかけていた鞄を持って立ち上がるとクラスメイト達の視線から避けるようにスタスタと教室から出て行こうとする。


 しかし、その扉の前にはアルフヘイム教諭と姫子、そしてリンの三人が立ちふさがるように仁王立ちしていた。


「どこに行くの、カミオくん? まだ、授業も始まっていないわよ?」


「ど、どいていただけませんか先生。あまりにも教室の空気が悪いので、今日は帰らせていただきます」


 おどおどとした態度で視線を合わせようともせず、苛々した口調で言ってくる自分の生徒に、厳しい視線を向けるティターニア。


「教室の空気が悪いのは誰のせいかしら? いい加減人のせいにするのはやめなさい、ヘイゼル・カミオ。委員長の龍乃宮さんも、ほかのクラスのみんなも自分の非を素直に認めているわ。あなたはどうしてそうしようとしないの?」


「う、うるさい、うるさい!! 私は悪くない!! 上位種族のものは常に正しい!! 下位種族のものは常に上位のものを立てて敬い従うべきでしょう!! なぜそうしようとしない!! 私をもっと敬え下位種族ども!!」


「・・てめぇ」


 あまりのカミオの言い草に、ドワーフの少年をはじめとする下位種族の血の気の多いクラスメイト達がもう勘弁ならぬと立ち上がろうとしたそのとき、誰かが扉を開けて場違いに明るい声を出しながら教室に飛び込んできた。


「遅刻だ、遅刻だあああ!! どいてどいて!!」


「なに・・ぐああああっ!!」


「あ、ごめ」


 がらっと教室の扉を開けて飛び込んできた剣児の先には、運がいいのか悪いのかちょうどカミオの姿が。


 おっそろしい勢いで剣児にタックルを食らわせられる形になったカミオの細い身体は、紙屑のように吹っ飛んで、教壇の上の机に激突して動かなくなってしまった。


 自分がやってしまった結果に、呆気にとられ、物凄いバツが悪そうな表情を浮かべる剣児だったが、なぜか、クラスメイト達から暖かい拍手が。


「え、なに? なにこれ?」


「剣児でも役に立つことがあるんじゃのう・・」


 状況がさっぱり掴めず何が何だかわからないでいる剣児がおどおどとクラス中を見渡す姿を見ながら、姫子は腕組みをしてしみじみと呟くのだった。


「とりあえず、誰かカミオくんを保健室に運んであげて、ここに寝ていられると邪魔・・ああ、いえ、授業に差しさわりがでてくるから」


 ティターニアの言葉に、先程ドワーフの少年と一緒になって立ち上がりかけていた、リザードマン(蜥蜴人族)の少年とホブゴブリン族の少年がやってきて両脇から気絶しているカミオを無理矢理抱きかかえる。


「おらおら、副委員長様よ、下賤な下位種族の俺達で申し訳ないが、運んでやるよ」


「ああ、俺達頭悪くて気が利かないからどこかぶつけちまうかしれないけど許してくれや、なんせ下位種族だからよ」


 悪意と怒気を隠そうともせずに引きずりながらカミオを運んでいく彼らに、ティターニアは教師とは思えぬ発言をするのだった。


「あなた達、証拠が残るようなことしちゃだめよ、わかってるわね? ほどほどにね」


「「うい〜〜っす」」


 ティターニアのほうを振り返った彼らは、ニヤリと獰猛な笑顔を浮かべつつサムズアップで返事を返し、教室を出て行った。


 彼らを見送ったティターニア、姫子、リンは顔を見合せて苦笑を交わす。


 そして、姫子は二人から離れると、今回の立役者とも言うべきドワーフの少年のところまで近づいていって改めて頭を下げた。


「アイアンハンド殿、この度のこと本当にありがとう。連夜がいない間にそんなことになっていたとは・・わらわがいない間に大変なことになるところであった。本当に感謝する。ありがとう」


 真摯な態度で礼を言ってくる姫子に、慌てたようにそれを押し止めるドワーフ族の少年。


「おいおい、よせって。確かに代表して言わせてもらったが、本当はここにいるみんなが協力してくれたおかげだし、なによりも礼が言いたいっていうなら相手が違う」


 そう言って少年は少し離れたところに座っているグラスピクシーの少女を指さして見せた。


「宿難のいない間につまらねえこと仕掛けていたカミオに勇気を出して面切って言いだしたのは、あいつなんだ。あいつが始めなければ、きっと今頃俺達は未だに他人事を貫いていただろうよ」


 いきなり自分を指さされたマリーは、しばらくきょとんとしていたが、少年の言ってること内容を理解すると、あわあわと顔を真っ赤にしてしゃべりだした。


「そ、そんなことないよお!! ただ、私はいたずら書きされていた宿難くんの机を拭いていただけだよお!!」


「そうだな、そうだったな・・だけどよ、そのあと、カミオとその取り巻きに囲まれて、あやうくリンチされそうになっても、あいつはその意思を曲げなかった。あの気弱なあいつがカミオを睨みつけて一歩も引かなかった、俺はあいつのあの勇気ある姿を一生わすれねえ」


「そうね、あのときのマリーはかっこよかったわよね」


 しみじみと語るドワーフの少年に、同調するかのようにドライアード族の少女サイサリスも口をそろえ、またそれを聞いていた他のクラスメイト達も肯定の意味を込めて頷いた。


「く、クロくんも、さっちゃんも大袈裟だよお!! わ、私、怖くて動けなかっただけだもん」


 わたわたと相変わらず恥ずかしそうに顔を赤らめるマリーだったが、姫子はその側に近寄っていき、その両手を掴んでその目を見つめ、心から優しい表情を浮かべた。


「ありがとう、マリエルイージ・エストレンジス。君の行動のおかげで私の大事な友達が守られたことを心から感謝する。本当に本当にありがとう」


「私からも、お礼を言わせて、連夜は私にとっても大事な友達なの、家族といってもいいわ。その家族を守ってくれてありがとう。きっと連夜もこれを聞けば喜ぶわ」


 話を聞いていたリンもやってきて、マリーの顔を覗き込むようにして礼を言う。


 白黒二人の美女から交互に心からの礼を言われ、マリーはますます顔を赤らめてうつむき、ごにょごにょと何やら言っているようだが、満更でもないようだった。


 ティターニアは、そんなクラスの生徒達の様子を見て、内心ほっと安堵の吐息をもらしていた。


 今回のことで大きな亀裂が入るかと思ったが、自分の生徒達は思ったよりも優秀で柔軟な考えを持つものが集まっていたようで、ほんの一部を除きどうやらクラスの結束はこのことで大きく固まりそうではあった。


 だが・・


 ティターニアは、姫子の後ろと横の空白となってしまった席を見つめて溜息をつく。


 姫子の家庭の事情により、この学校を去ることになってしまった二人の生徒のことを思うと、少なからぬ暗澹たる気持ちがわき上がるのを抑えられなかったが、起こってしまったことは仕方がない。


 これから先、自分の力の及ぶ限り、このクラスの生徒達を守っていかなければと強く決意を新たにするのだった。




〜〜〜第39話 交易路(前篇)〜〜〜



 念気の力で動く念動自動車は城砦都市の中では非常に便利な交通手段の一つとして用いられている。


 城砦都市が運営している都市営念車も確かに便利であるし乗車賃も非常に安いのではあるが、線路の通っていないところにはいけないし、駅まで向かわなければならないという欠点がどうしてもついてまわる。


 ところがその点念動自動車を持ってさえいれば、念気代や駐車場代や、何年かに一度の車検代などはかかるものの、自由にいろいろなところを回ることができるし、買い物などで多い荷物も運べてしまうのだからそれはもう、現代の城砦都市の中で暮らしていくにはなくてはならないと言っても過言ではない。


 しかし、これはあくまでも城砦都市内部での話である。


 いくら『害獣』に感知されない無害な次世代エネルギーである念気を使っているとはいうものの、実は念気を生み出している装置には異界の力が使われており、外に持って行って乗り回すことができる代物ではない。


 従って、『害獣』が跋扈する『外区』を行き気するのに使用される乗り物は、意外と原始的なものが使われているのである。


 『馬車』である。


 と、言っても本当に今でも馬が引っ張っているわけではない。


 この世界に元々住んでいる生き物達を腕のいいブリーダーの『人』達が長い年月をかけて品種改良をし、その生き物たちに異界の力を一切使用していないトレーラー型の車を引かせるのがこの時代の『馬車』である。


 車を牽引させる生き物は実に様々で、大型の一つ目牙象サイクロマンモスや、あまりに巨体に育ってしまったために飛べなくなってしまった地上飛竜ランドワイバーンから、小型のものになると、快速ぶりで有名な黄色の羽が特徴的なダチョウのような鳥、快走鳥マッハドードーなど実に多彩を極めるが、今回、連夜が用意してきたのは灰色熊グリズリーほどの大きさもある大牙犬狼ダイアウルフの群れで、それに車輪の代わりにキャタピラになっている大型トレーラーを引っ張らせているものだった。


 連夜はその『馬車』を慣れた手つきで運転しながら、横を流れる大きな川の流れに目をやった。


 海へ向かって走るその大河『黄帝江』は穏やかな川面を見せながらゆっくりと南へと流れていっている。


「天気がよくて助かったよ。雨だと周囲が確認しずらくて、警戒しにくくなっちゃうからねえ」


 と、連夜が横にいる年下の少年に話かけると、少年は連夜のほうを向いて嬉しそうにっこりと笑いかけた。


 連夜の横に座る少年は、着ている格好は連夜と同じような青いツナギの作業服のような姿なのだが、その容姿そのものがなかなかに変わっていた。


 まず正面から見た場合の頭半分の髪の毛の色が、右と左で違う。


 右は海のように深い碧い色をしており、左は炎のような紅い色をしている。


 しかも右のほうの耳を見ると魚の鰭のような耳になっているのに対し、左のほうは何かの獣のようなふさふさと獣毛に覆われた耳になっている。


 顔のほうに目をやると、鼻の上を通るようにまっすぐに入った線を境界にして、上半分は鱗で覆われたような緑色の皮膚、下半分はやけに白い肌になっていて、右目は猫のような明るい黄色の瞳をしているのに対し、左目は夜のように黒々とした瞳になっている。


 顔だけではない。


 袖を捲りあげて見えている両腕は、右腕は何かの深い緑色の鱗にびっしりと覆われた禍々しい爬虫類らしい腕になっているのに対し、左腕は白い肌の普通の腕。


 まるで伝説のゴーレム”ヴィクター・フランケンシュタイン”のような姿の彼には、特定の種族は振り分けられていない。


 彼のようになんらかの事故や事件によって、身体の半身以上を失ったものが別の人物から身体を提供されて蘇生された場合、総称されたある名称で呼ばれることになる。


 合成種族(キマイラ)


 人間や元奴隷種族達のようにあからさまに差別されることはないが、それでも世間から厳しい目にさらされることになる人達ではあった。


 勿論、この士郎という少年も例外ではなかったのだが、彼はある人物との出会いによって、今は非常に充実した人生を送っていた。


 その自分に生きる目標を与えてくれた大恩人を嬉しそうにみながら士郎は口を開いた。


「そうですね・・でも、僕はどっちでもいいです。連夜さんとこうして出かけられるだけで嬉しいです」


「う〜〜ん、それは僕もそうなんだけど、できれば普通に旅行に行く時に君を誘いたかったよ。毎回、仕事の時ばかりでごめんね、士郎」


 連夜が済まなさそうに謝ると、横にちょこんと座る少年はぶんぶんと首を横に振った。


「いいえ、連夜さんが僕を必要としてくれているということが嬉しくてたまらないんです。僕、誰にも必要とされなかったし、むしろ生きていることすら邪魔みたいな存在だったから・・連夜さんが僕を必要だって言ってくれたときは本当にうれしかった・・」


「お〜い、士郎、そういう湿っぽい話は禁止って言ったでしょ〜。君にはいずれ僕の右腕になってもらうつもりだけど、恩に着せるつもりはないんだよね・・あ、ごめん、やっぱり恩に着せるわ。君は僕の右腕として立派な『人』に成長してください。そして、僕に楽をさせてください」


 と、とんでもないことを言う連夜に抗議するかと思いきや、満面の笑顔を浮かべて少年は力強く頷くのだった。


「任せてください、連夜さん!! 僕、頑張りますね!!」


「うんうん、頑張ってね」


 口だけで頑張れと連夜が言ってるわけではないとわかってる士郎は、すごい決意を込めて頷き返す。


 そんな士郎の様子を見て、嬉しそうに連夜もほほ笑む。


「それにしてもまさか瀧川くんとお兄様が知り合いだったなんて、私びっくりしましたわ」


 運転席の後部にある、トレーラーの貨物室からいつのまにかやってきたスカサハが、二人の間に身体を割り込ませるように入って来て座る。


「いいでしょ? 僕いずれ薬草、霊草の農園関係の事業を行うつもりなんだけど、信頼できる片腕が欲しかったんだよねえ。それでいまのうちにってずいぶん前にスカウトしたんだ」


「そうだったんですか」


 と、にこやかな表情で顔を見合わせる連夜とスカサハだったが、しばらくして連夜の笑顔からだらだらと嫌な汗が流れ始める。


 そして、片手で何度か自分の目をこすりつけて、自分の横に座る人物を確認すると真っ青になって口を開いた。


「な、なんでスカサハがここにいるの? が、学校はどうしたの?」


 連夜の問い掛けに、あ、しまったという表情を浮かべたスカサハは恥ずかしそうに顔を背けてかわいらしく舌を出す。


「さ、さぼっちゃった、てへ」


「ちょ、ちょっとおおおおおおおおおおお!!」


 悲鳴にも似た絶叫を上げる連夜の声に、後部トレーラーに陣取っているはずのロスタム達が、なんだなんだと顔を出してきた。


 連夜達は今、この『馬車』に乗り込んで、城砦都市『嶺斬泊』を出て南へと走っている。


 行先は城砦都市『アルカディア』。


 こういうことになった経緯を語るために、時間を少しばかり戻すことになる。


 昨日の夜、ナイトハルトの一連の事件についての事後報告を受けるために久し振りに集まった連夜の友人関係者一同であったが、その話が一段落ついたときに、連夜は自分の部屋にロスタムとクリスを連れ出して来ていた。


 ナイトハルトはティターニアが既に家で待っているということで帰ることになり、一足早く帰っていったし、女性陣は姫子の治療のためにスカサハの部屋に籠っている。


 ロスタムとクリスは、連夜が困った時に一番頼りにしている友人と言っていい関係のものである。


 荒事関係なら中学時代から苦楽を共にして修羅場を潜り抜けてきたロスタム、仕事関係なら同じ師匠の下で様々な仕事を一緒にこなしてきた実績があるクリス。


 その自分達を二人とも呼ぶということは、かなり大変なことが待っているとロスタムとクリスは予想していた。


 しかし、断るつもりは最初から全くなかった。


 この人間の友から受けた借りはでかすぎて、ちょっとやそっとじゃ返せないくらい貯まってしまっているからだ。


 だから何を頼まれても引き受けるつもりでこの部屋に入ってきたロスタムとクリスだったが、連夜の口から出た言葉は、少々意外すぎるものであった。


「二人とも、全財産の半分を僕に賭けてくれないかな?」


 連夜の言葉に、ロスタムとクリスは思わずお互いの顔を見合わせるのであった。


 彼らの共通の友人であるこの宿難 連夜という少年は、とにかく博打や賭け事が嫌いな人物で、自分からは絶対その手の事には手を染めないということは二人とも嫌というほどよく知っていた。


 にも関わらず、こう切り出してくるということは、この友人にかなりの勝算があると見ていいということも二人はよくわかっていた。


 二人は期せずしてニヤリと同時に笑顔を向ける。


「詳しく話せよ、連夜。絶対、その話に乗るから」


「うむ、連夜がそういうことを切り出してくるときは、かなりの勝算があるときだからな」


 大乗り気で身を乗り出して来る二人に苦笑しつつ、連夜は説明を始めた。


「知ってるかもしれないけど、僕の兄さん、宿難 大治郎は『害獣』ハンターをやってる」


「ああ、知ってるとも、なんせ『天剣絶刀獅子侍にのたちいらずのすろうにん』と言えば、『貴族』殺しの英雄だからな」


「まあ、兄さん一人であれをやっつけたわけじゃないし、本当の英雄は君のすぐ横に座ってる人物なんだけどね」


 と、連夜が視線をクリスのほうに向けると、クリスは顔を赤くしてそっぽを向いた。


「馬鹿、いらんこと言うな。それよりも話を続けろよ」


「うん、わかったよ。ともかく、兄さんは『害獣』ハンターをやってるわけなんだけど、当然日々『害獣』と戦ってるわけだから無傷というわけにはいかない。傷を受ければ回復しないといけないから、当たり前だけど『回復薬』が必要になってくる。それらはいつも僕が用意しているんだ、やっぱりいくら強いと言っても所詮限りある命の『人』だからね。『害獣』とやってれば無傷で勝ち続けるなんてできないし、もし怪我を直すことができなくて何かあったら、いくら後悔してもしきれないからさ。通常の『回復薬』とかは僕が栽培している薬草や霊草で十分間に合うから数を揃えるのは簡単なんだけど、『神秘薬』と『特効薬』だけはそういうわけにはいかないんだ」


 そう言って一息ついた連夜は、持ってきていた玄米茶をずずっとすする。


 目の前の二人はそんな連夜を焦らせることもなく、黙ってその様子を伺い、話の腰を折ることをせず待ち続ける。


 幸いそう待ち続けることもなく連夜は話の続きを始めた。


「二つの薬を作るためには、それぞれある材料が必要になる。一つが『イドウィンのリンゴ』、もう一つが『神酒』。『イドウィンのリンゴ』については僕も栽培しているんだけど、栽培が物凄く難しくてね、なかなか思うように収穫できないんだ。一方『神酒』のほうはもう完全にお手上げ。僕お酒造りは全く専門外だからどうしようもないんだ。だけどね、この二つともある場所なら、簡単に手に入るんだよね」


「前置きはいいから、勿体つけずに言ってみろよ、どこだ?」


 クリスの言葉に後押しされて連夜はその場所を口にする。


「南の城砦都市『アルカディア』」


 その名前を聞いて、片方は驚愕の表情を浮かべ、片方はなるほどと納得の表情を浮かべた。


 そして、納得したほうは、ニヤリと笑って連夜に頷いて見せる。


「つまり、そこに買い付けに行くのに付き合えってことだな? わかった、俺は乗る」


 しかし、驚愕の表情を浮かべたほうが、戸惑った声をあげた。


「おいおい、ちょっと待てって。あっちの交易路にはかなりやべえ『害獣』が出るってことで封鎖されているはずだぜ? そんなところに突っ込んで行って大丈夫なのかよ」


 クリスの言葉は普通に考えれば当たり前の心配だったが、連夜とロスタムはつい最近ある経験をしたことから、恐らくあの交易路はもう大丈夫だという確信めいた思いを抱いていた。


 連夜とロスタムは苦笑を交わしてクリスのほうを見る。


「クリス、恐らくそっちは心配いらんと思う。今の交易路はそれほど危険はないはずだ」


「うん、懸念があるとしたら『害獣』よりも山賊か盗賊なんだよねえ・・そっちのほうが僕としては心配なくらい」


「おいおい、ひょっとしておまえらあの交易路が安全に使えるっていう確証か何か持ってるのか?」


 クリスの言葉に顔を見合わせた二人だったが、連夜はクリスに、つい最近自分達が体験した暴走ゴーレムと『金色の王獣』の話をしてやった。


 その連夜の話を聞いていたクリスは顔を青ざめさせていたが、やがて大きく一つ嘆息して二人を呆れたような表情で見つめた。


「よくおまえら生きていたな・・」


「うん、僕もそう思う」


「まあ、運がよかったわけだが、俺はあのときの貴重な体験のおかげで人生観が変わったよ。あの体験のおかげでいろいろと大事なものが手に入ったし、世界を違う目で見れるようになったと思う。あれはあれでよかったんだ」


 しみじみとそういうロスタムに、連夜も頷いてみせる。


 自分もあの体験のおかげで玉藻との絆が深まったと思うからだ。


「まあ、ともかく、あの『金色の王獣』は目当てだった古代ゴーレムの破壊を達成して去って行ったわけで、もうあの交易路に『害獣』はいないと思う。ただ、クリスが信じられないというなら無理強いするつもりはないんだ」


「いや、もういいわかったって。最初から話には乗るつもりだったんだから、そういうなってば」


 済まなさそうに言ってくる連夜に苦笑してみせたクリスは、参戦する意思を明確に断言する。


「で、具体的にどうするよ」


「いや特に難しいことは考えてないよ。大型馬車を一台用意しているからそれに乗ってまず『アルカディア』に行く。その時に僕が栽培している希少な薬草、霊草を目一杯乗せていくつもり。向こうで高く売れるはずだからね。それで、向こうでそれを捌いたら今度は買えるだけ『イドウィンのリンゴ』と『神酒』を買って馬車に積み込んでこっちにトンボ帰りする。戻ってきたら、使う分の材料だけ残してあとは全部売りさばく。これも『アルカディア』でしか手に入らないものだからこっちではかなりの金額で売れるはずなんだよね・・まあ、うまくいけばの話なんだけど」


「おまえのことだから、そのあたり抜かりねえだろうが。わかった、つまり向こうで買い出しする時に俺達の資金も合わせて買い占めて、こっちに戻ってきたときに儲けができるだけ大きくなるようにするつもりってことだな?」


 クリスの言葉に、大きく頷く連夜。

 

「ところで連夜、俺達だけで行くわけじゃなかろう? あとは誰を連れて行くつもりだ?」


「まず、僕たち三人は確実として、次にアルテミス、これはクリスが帰ってから説得しておいて。馬車の牽引に大牙犬狼ダイアウルフを使うつもりなんだけど、狼獣人族のアルテミスがいてくれたら彼らの落ち着きようが全然変わってくるからね、できれば参加してほしいんだ」


「わかった、まあ俺が行くと言ったら絶対ついてくるだろうから、問題ない」


「次に僕の右腕というか、僕の農園をずっと一緒に手伝ってくれている中学三年生の男の子で瀧川 士郎くん。学校を無断で休ませるのは非常に心が痛むのだけど、薬草、霊草を持って行くのにどうしても助手が欲しいんだよね。なのでついて来てもらうつもり。というか、すでに了解を取っていてもう馬車のところで準備してくれてるみたいなんだけどね」


「あ〜、あいつな、あいつはおまえに絶対の忠誠を誓っているから、まあ大丈夫だろ」


「その五人で行くつもり。出発は朝の四時、馬車の運転は僕ができるから、みんなは準備して『外区』出発口の南門のところに集まってほしいんだ」


「おい、ちょっと待て、リンは置いて行くつもりか? バレたらえらいことになりそうなんだが・・」


 連夜の発表したメンバーの中に、自分に関わる重要人物が入っていないことに気がついたロスタムが本気で慌てる表情を浮かべるが、連夜は苦笑して首を横に振る。


「いや、リンには残ってほしいんだ、明日から姫子ちゃんが学校に登校することになるけど、そのときに付き添って力になってあげてほしいからね。でも、そのことは言わないでね、ロム。多分、今話すと速攻で姫子ちゃんにまで伝わって、姫子ちゃん学校休んでついてくるとか言いだしかねないから」


「つまり、明日の朝出発するときに、黙って抜け出して来いってことか・・おい、夫婦喧嘩が勃発したら責任もって収集してくれよ、頼むから」


「うん、それについては全部僕が責任を負うよ。ともかく、『アルカディア』まで行って帰ってくるのに、だいたい四、五日くらいを見ておいて」


「「わかった」」


 その後、細かい打ち合わせをして解散し、翌日集まったメンバーは予定通りに『嶺斬泊』を出発したのだが、まさか、スカサハがついて来ているとは夢にも思わなかった連夜である。


 家族の中で、連夜の今回の冒険旅行について打ち明けているのは両親のみ。


 兄、大治郎はせっかくの休暇中であるし、余計な心配をかけさせたくなかったから言わなかったし、ミネルヴァはバイト中であったのでこれも言わずにおいた。


 スカサハにも勿論言わなかったはずなのに、どうしてこんなことに・・


「連夜さん、スカサハさんを責めないであげてください。連夜さんのことが心配でたまらなかったんだそうなんです」


 ロスタム達とともに後部から姿を現した晴美が、物凄いしかめっつらで運転している連夜に話しかける。


「いや、でもね、スカサハは中学校の生徒会長務めているわけでね、そんな簡単に学校を休むのはよくないというか・・」


 と、考え込むように晴美に答える連夜だったが、やがて、急に後ろを振り向いて自分が話しかけていた人物を確認し、再び驚愕の表情を浮かべる。


「ちょ、なんで!? なんで、晴美ちゃんまでここにいるの!?」


「あ」


 連夜の問い掛けに、あ、しまったという表情を浮かべた晴美は恥ずかしそうに顔を赤らめてかわいらしく舌を出す。


「わ、私もついてきちゃいました、えへ」


「おおおおおおいいいい!! あ、そ、そうか、霊狐族のその『聞き耳』能力か!? 僕らの会話を盗み聞きしてスカサハに密告したね、晴美ちゃん!?」


「スカサハさん、ばれちゃいましたね」


「ね」


 悪気まったくなしの表情で可愛らしく顔を見合わせる実妹と義妹にがっくりと肩を落とす連夜、そんな連夜を横に座る士郎がよしよしと慰めるのだった。

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