~第38話 団欒~
「結局、先生に押し切られたのね。なっちゃん」
洗った食器を乾いた布巾で拭きながら、感慨深い様子で呟く連夜に、腕組みをして沈思しながらナイトハルトはこっくりと頷いた。
「ああ、どうにも断りきれなかった」
「いいのか、ナイト。教師と生徒の恋愛はご法度であろうに」
ナイトハルトの対面に座り、連夜特製のプリンアラモードを攻略しながら、訳知り顔で聞いてくる姫子に、ナイトハルトは嫌そうな顔を向けた。
「おまえに言われんでもわかってる。しかし、覚悟の上とまで言われては突っぱねようがない」
「相変わらず流されやすい性格じゃのう、お主は」
澄ました顔でスパッと切り捨てる姫子に、流石のナイトハルトの額にも徐々に青筋が浮かんでくる。
「まともな恋愛一つしたことないお前に言われると非常に腹が立つな」
「そ、そんなことはない! わらわとてロマンスの一つや二つ・・」
「俺以外であるなら、言ってみろ」
思わぬナイトハルトの反撃に、言葉に詰まる姫子。
その様子にナイトハルトは勝ち誇ったような獰猛な肉食獣の笑みを浮かべるのだった。
「俺が流されやすい性格なら、お前はお子ちゃまだな」
「き、貴様・・」
不毛な争いを繰り広げる二人の様子を見ていた連夜は、やれやれと肩をすくめると拭き終わった食器を棚に戻しにかかる。
夕方、リンに連れられてロスタムと姫子とナイトハルトが宿難家にやってきた。
リンは勿論、連夜お料理教室に、ロスタムはその付き添いであったが、姫子とナイトハルトは今朝の話し合いの結果を連夜に報告するためだった。
姫子とナイトハルトはやはり恋人ではなく、今まで通りの相棒として付き合っていくことで納得したらしい。
まあ、確かに昔からこの二人の間にあるのは恋愛ではなく友情であったような気がする。
恋人というよりも盟友というほうがしっくりくるのは確かであった。
これについては連夜としてはよかったという気持ちと残念という気持ちが混ざり合っていてなんとも複雑であったが、まあ、二人の仲が一番いい形で修復したというのならそれはそれでいいと思うしかない。
で、肝心のティターニアとの話であるが、自分のことはきっぱり忘れて今の婚約者と一緒になって幸せになってほしいというナイトハルトに対し、死病という理由で無理に別れたわけであってその理由がなくなったわけだから、ナイトハルトに責任を取ってほしいというティターニアの主張は真っ向から対立。
ナイトハルトは、生徒と教師での恋愛はやはりお互いのためによくないということをあげてティターニアを突き放そうとしたのだが、それに対してティターニアはじゃあ、教師をやめると言い出した。
実はここまでは連夜の予想通りで、これを突っぱねる策もナイトハルトは連夜から授けられていたのだが、ティターニアの涙の前に非情になりきることができず、ついに押し切られる形で縁りを戻すことになってしまったらしい。
一応、二人の関係が学校にバレルまでは隠し通すということで一旦ティターニアの教師辞職も思いとどまらせ、なんとかある意味丸くおさまったわけだが・・
(まあ、そうなるんじゃないかなとは思っていたけどね・・)
結局、自分のしたことはなんだったんだろう?
冷静に考え直してみると、まさに余計な御世話を絵にかいたような結末に連夜は自分はつくづく策士には向いていないと痛感するのだった。
そんなことを考えつつもてきぱきと食器を全て棚に直し終わった連夜は、しばらく睨みあいを続けているナイトハルトと姫子を見ていたが、やがて何かを思いついたような顔でキッチンを出て行き、やがてカバンを一つ持ってきて、ナイトハルトの横に座った。
そして、鞄からいくつかの薬瓶を取り出して、テーブルの上に並べていくとナイトハルトのほうを見る。
「なっちゃん、上半身裸になって。どうせ、ちゃんと治療してないんでしょ?」
連夜の言葉に一瞬吃驚するような顔をしたナイトハルトだったが、すぐにバツの悪そうな顔をしていそいそと着ている服を脱ぎ、言われた通りに上半身裸になる。
すると、非常に均整の取れた鋼のような筋肉に覆われた見事な身体が顕わになる。
しかし、連夜はその見事な身体に見惚れることもなく、むしろ、その身体のあちこちにある数々の青黒いアザに顔をしかめる。
「思ったよりひどいね」
「いや、そうでもない。むしろ、あの白面狐相手にこの程度で済んだことのほうが奇跡だがな」
そう言って誇らしげに笑うナイトハルトに、何と言えない哀しげな笑顔を浮かべた連夜は、黙ってナイトハルトの身体に塗り薬を塗っていく。
触ったところが痛くならないように、慎重に優しい手つきで自分の体に薬を塗ってくれている連夜の姿をじっと見つめていると、なんだか昔にもどったような気分になってくる。
そう言えば昔から、自分が怪我するたびにこの優しい友達はこうやって治療薬を塗ってくれたものだったと、ナイトハルトはなんともいえない懐かしく切ない気持が溢れてくることに、目頭が熱くなる。
「ごめんね・・なっちゃん」
目の前の友人の落ち込んだ声に、顔を覗き込むと今にも泣きだしそうな悲しい表情を浮かべて俯いているのが見えた。
「なんで、謝る? 別におまえは悪いことしてないだろ」
「いろいろとね、僕が思ったようにはいかなくてさ・・結局なっちゃんをこんな風にしちゃったから・・」
「馬鹿、お前のせいじゃない。それに、何度も言うが、おまえには本当に感謝してる。こうして俺が無事でいられるのはおまえのおかげだ、連夜。お前が俺を助けてくれたからだ・・ありがとうな」
「なっちゃん・・」
しばし見つめ合う二人。
ナイトハルトはすっかり自分よりも小さくなってしまった友達の身体をそっと引き寄せて抱きしめる。
連夜は一瞬抵抗する素振りを見せたが、結局、力で抵抗しても無駄だと悟ったのか、溜息を一つついてナイトハルトのされるがままにその身を任せる。
別にナイトハルトは同性愛者というわけではない、ティターニアとの関係を見てもわかるように、はっきりノーマル嗜好の人である。
男と抱き合うなんて絶対にいやだし、そんなことを自分がされたら絶対にただではすまさないところなのだが、昔からどうも連夜は男という感じがせず、優しくてしっかりものだけど、ひどくもろいところがある”お姉ちゃん”みたいな存在で、ついつい男であることを忘れてこういうことをしてしまうのだった。
もし、連夜が本当に女だったら、ナイトハルトは絶対連夜を誰にも渡さなかっただろう。
連夜は連夜で、弟というものがいないせいか、どうもナイトハルトを不器用な弟として見ているようで、昔から甘えてくるナイトハルトを突き離せないでいた。
お互い、なかなか成長しない自分達に対して心の中で苦笑が浮かび、なんともいえない、懐かしいような温かい空気が二人を包み込む。
二人の間に柔らかい笑顔が自然と浮かび、そして・・
ガンッ!!
「ぐおおおおお!!」
「え、ちょ、な、なっちゃん!? なっちゃんしっかりして!!」
ナイトハルトは突如後頭部を襲った激しい痛みにのたうちまわる。
まるで格闘家の拳で力いっぱい殴られたような衝撃にあやうく失神するところだったが、なんとかそれを耐えて後頭部を押さえながら立ち上がると、そこには物凄い脹れっ面をした姫子の姿があった。
まさかと思って睨みつけると、姫子は舌打ちをしながらぷいっと横を向いた。
「ちっ・・予想以上にタフな奴め・・それにしてもわらわの目の前で連夜を独占するとは、あ、あまつさえ、その身体を抱きしめるだと・・いつか絶対事故にみせかけて殺す」
ぶつぶつと恐ろしいことを呟く姫子(かなり本気が入っていた)に、怒りの形相で詰め寄っていくナイトハルト。
「ちょっと、待て姫子!! いま握り拳で力いっぱい殴っただろ!?」
「ハエが飛んでいたから取ろうと思ったのじゃが、いや、思った以上に素早くてのう。失敗失敗」
しれっとバレバレな嘘をつく姫子に、ナイトハルトの怒りはさらに上昇。
「うそつけ!! おまえ今壮絶に舌打ちしていたじゃないか!! なんでこんな真似をする!!」
「うっさいうっさい、男のくせに細かいこと言うな!! ちょっとかわいい女の子にぶたれたくらいなんだというのじゃ。だいたい男同士で抱き合うな、気色悪い! おまえの恋人に報告するぞ!」
「じ、自分でかわいいとかいいやがった、こいつ・・しかも、連夜との心温まる交流を気色悪いとかいいやがって・・」
姫子の怒りの言葉に、ナイト自身の怒りのボルテージもどんどん急上昇していく。
「そ、それよりも連夜、ナイトの世話なんか焼かなくていいではないか。自分の怪我くらい自分で直せばいいのだ。それよりも、もっと世話をしないといけない人がいるんじゃないかなぁって、わらわは思うのじゃが・・」
ナイトハルトなんかどうでもいいじゃないと連夜のほうににじりよっていった姫子は、連夜の目の前で、私の言いたいことわかるでしょ?と顔を赤くしながらもじもじとかわいらしく身体をよじらせる。
その様子を見てたじろぐ連夜と、壮絶におもしろくなさそうな表情を浮かべるナイトハルト。
「あ、いや、姫子ちゃん、せっかく仲直りしたんだし、ここは仲良くしようよ、ね」
冷汗を流しながら、あははと笑ってみせる連夜だったが、姫子はそんなの知らないもんみたいな態度でますます連夜ににじりよってくる。
しかし、そんな姫子の背後から冷たいナイトハルトの一言が突き刺さる。
「もっと世話をしないといけない人物?・・まあ、おまえじゃないことは確かだな」
「そうそう、わらわではないことは確か・・って、いきなり否定すな!!」
ナイトハルトの横槍に、振り返りながら怒りを募らせる姫子。
二人の間に猛烈な闘志が膨れ上がっていき、ちょっとでも触れれば破裂しそうな勢いだ。
その様子を呆れたように見ていた連夜だったが、渋面を作って二人に向け口を開いた。
「ここで喧嘩するんだったら、もうこの家には呼ばないし、二人の友達もやめる」
連夜の声が静かなキッチンに響き渡る。
そして、その声の意味を二人の脳がしっかりと理解した次の瞬間、二人はほぼ同時に連夜の両脇にすっとんできてそれぞれその腕にすがりつくと、いやいやと涙目になって首をぷるぷると横に振る。
(小学校のころから全然かわらないじゃん、もう~~)
一番根っこの部分だけは一向に成長しない幼馴染達の姿を見て、深い、あまりにも深すぎる溜息を吐きだす連夜。
「連夜、ちがうんじゃ~、そこの馬鹿がわらわを挑発するからなのじゃ~、わらわはおとなしくてよいこなのじゃ~」
「おま!! 最初に手を出してきたのは、おまえだろうが!! 連夜こいつの言うことに騙されるな!!」
「もう、二人ともいい加減にしなさいって。ほら、なっちゃん、もう治療終わったから服を着て。姫子ちゃん、プリンはもう食べたの?食べたのなら片づけるからちょっと離れてね」
しばし連夜を挟みこんで睨み合っていた両者だったが、連夜の言葉にしぶしぶと身体を離す。
ナイトハルトは服を着始め、連夜はプリンの入っていたガラスのグラスを片づけ始めた。
だが、連夜はそのグラスをキッチンの流し台に持って行く途中で姫子のしていることに気が付いてあやうくグラスを落としそうになる。
何を考えているのか、いきなりテーブルの横で学校のブレザーを脱ぎ出し、しかもブラウスのボタンまで外しかけているではないか。
「ちょ、ちょ、ちょ!! 姫子ちゃん、待って待って待って!!」
「へ?」
慌ててグラスを流しにおいて駆け戻った連夜は、あやういところで姫子の行動を阻止することに成功する。
連夜がボタンを外そうとしていた自分の手を握りしめて止めているのに気が付いて、ちょっと顔を赤くしてうっとりしながらも連夜を怪訝そうに見つめる姫子。
なんで止めるの? みたいな表情を浮かべている姫子の様子を見ていた連夜は、疲れたような表情を浮かべできるだけ姫子のほうをみないようにしながら口を開く。
「ひ、姫子ちゃん、一応聞くけど、なんで服脱いでいるの?」
「え、だって、ナイトの治療が終わったんだから、次はわらわじゃろ?」
「いやいやいや、ないから、それはないから。それだけは絶対にないから」
「えええええええええ、なんで~~~!? なんでなんで~~~!!」
「姫子ちゃん、見えてる!! ボタン止めて!! はやく、いますぐに!!」
連夜の予想外の否定の言葉に、猛烈に抗議する姫子だったが、ほとんど外してしまっているブラウスの間から、もろに形もよくて大きすぎる双丘がはみ出しそうになっているのに全然気が付いておらず、連夜は目のやり場に困って右往左往するばかり。
「不公平じゃ!! 昔は、ちゃんとどちらにも治療してくれたではないか!! なんでナイトはよくて、わらわは駄目なのじゃ!!」
「あのね、あのころといまじゃ、いろいろと違うでしょうが。なっちゃんは男で、姫子ちゃんは女の子でしょ?」
疲れたように言う連夜であったが、なぜか姫子は顔を赤くしてちょっとすねたような顔で横を向いた。
「別に連夜だったら・・いいよ、見ても・・わらわは気にしないよ・・」
「いや、ダメだから。普通にダメだから。姫子ちゃんが気にしなくても、僕が力いっぱい気にするから」
「友達じゃないか!! ちょっとくらい裸をみられても・・」
「いやいやいや、お願いだから、そこは勘弁して。ほんと~に、勘弁して。姫子ちゃんの治療はあとでリンにやってもらうつもりだったから、その姫子ちゃんのナイスバディはそこで思う存分披露してあげて」
「・・ちぇ・・」
物凄く残念そうにしばらく連夜を見ていた姫子だったが、しぶしぶと再びブラウスのボタンを留め始めた。
するとその一連の様子を見ていたナイトハルトが、バカにしきった視線を姫子に向けて、意味深にくすっと笑いながら言うのだった。
「昔も今も、おまえはナイスバディだもんな・・くっくっく。」
「よし、表に出ろ、ナイトハルト・アルトティーゲル。もう容赦はせん」
「上等だ、やってやろうじゃないか」
「二人とも、本当に僕と縁を切りたい?」
連夜の冷たい一言に、再び連夜の側にすっとんできてすがりつき、いやいやと首を横に振る二人。
「捨てちゃいやだ~!!」
「連夜、すまん、俺が悪かった!!」
「もう~、わかったから、二人とも放して・・片づけられないでしょ~」
呆れ果てた表情を浮かべながら二人を自分の体から放させた連夜はやれやれと流しに向かい、プリンの入っていたグラスとスプーンを洗ってしまおうとする。
そのとき、リビングから彼を呼ぶ声が聞こえた。
「連夜~~、ちょっとこっちきて~~」
~~~第38話 団欒~~~
親友リンの呼ぶ声に気づき、急いで流しの横にかけてあるタオルで手を拭くと、キッチンの隣にあるリビングに向かう。
そこでは親友リンの他、彼の事実上の夫でもう一人の親友でもあるロスタム、恋人玉藻の妹である晴美、連夜の実妹のスカサハ、そして、ロスタム達にくっついてやってきたエルフ族のクリスと彼の事実上の妻である狼獣人のアルテミスの六人が、テーブルの周囲に集まり、その上に広げられたいくつもの写真の束をにらみながら怪訝な表情を浮かべていたのだった。
「どうしたの、リン? なにかあった?」
きょとんと小首を傾げながら聞いてくる連夜に気がついたリンが、すごい困惑しきった表情を浮かべて連夜のほうを見つめる。
「あのね、連夜・・これのどこに姫子ちゃんとナイトくんが写っているの? あなたはわかるけど、全然知らない子ばかり写っていて肝心の姫子ちゃん達の姿がどこにもないんだけど。・・これでも結構探したのよ」
「え~~~、そんなはずないけどなあ・・」
リンの言葉に、不審そうな顔をする連夜。
夕食の後、暇を持て余していたリンは、何気なく連夜に子供の時の写真はないのかと問い掛けたところ、持っているとの答えを得たので、もしあるなら姫子やナイトハルトと一緒に写っているものを見せてほしいと頼んだのだった。
すると連夜は苦笑しつつ、自分の持ってる写真のほぼすべてに姫子とナイトハルトが写っていると、子供の時の写真を束で持ってきてくれたのだった。
その後、連夜は姫子、ナイトハルトに今朝の話の結果を聞くためにキッチンへと移動し、残ったメンバーはその写真の観賞会となっていたのだが・・
最初は喜んで見ていたリン達だったが、連夜は確かに写ってはいるものの、肝心の姫子達の姿が一向にみつからない。
いくら見ていても、何枚見ても見つからないため、最後には手分けして探そうということになりさんざん探し回ったのだが、全くその姿がみつからないため、とうとう連夜を呼び出したのだった。
連夜はその言葉にテーブルの上にすっかり散乱させられてしまった写真を一枚とって見つめ、そのあとテーブルの上の他の写真も見ていたが、物凄く不満そうな顔をしてメンバーを見つめた。
「写ってるじゃない、ちゃんと。どれもこれも、姫子ちゃんとなっちゃんばっかり」
『えええええ!?』
連夜の言葉に、リンは連夜が持っていた写真をひったくるようにして奪い取ってまじまじとみつめるが、連夜と見知らぬ子供二人しか写っていない。
「写ってないじゃない!! 全然違う子と取った写真じゃないのよ、これ!! どこに姫子ちゃんとナイトくんが写っているのよ!?」
自分が見つめる写真には、写真の中央に子供時代の連夜と思われる薄汚れたダークグレーのパーカーを着た少年、明らかに背景が冬と思われるのに、大きな肥満体の身体にはちきれそうになってるTシャツ、短パンを身に着けた少年と、亜麻色の髪をした小柄な美しい少女らしい子供の三人しか写っていない。
リンの猛抗議に対して、連夜も物凄い抗議したそうな顔で口を開く。
「だから写ってるでしょ、そこに!!」
「だから、どこに!?」
「ここでしょ、ここ!! はっきり写ってるじゃない、姫子ちゃん!! これ!!」
と、連夜が指し示すのは肥満児の子供。
「それに、ここになっちゃんがいるじゃない!! これ!!」
と、連夜が指し示すののは美しい小柄な少女。
「もう、どこ見てるんだか・・あ、あれ? リン?」
猛烈に怒ったような声で親友に抗議してみせた連夜だったが、横にいる親友から反応が全く返ってこないことに気が付いて親友の顔を覗き込む。
すると、そこには何か恐ろしいものを見てしまったかのように表情をこわばらせ、両目と口を極限まで開いた状態で固まっている親友の姿が。
連夜はいやな予感がして目の前で手の平をひらひらとさせてみるが、まったく反応がかえってこない。
まさかと思ってさらに近寄った連夜は、親友のリンが立ったままの状態で・・
「し、し、失神してる・・」
ことに気が付いて、あわててその身体が崩れ落ちる前に抱きとめたのだった。
流石に他のメンバーもその異常事態に気が付き、わらわらと連夜とリンの周囲に集まってくる。
連夜はロスタムの手を借りてリンの身体をソファの上に寝かせると、ぴしゃぴしゃとその頬を叩いてみる。
「リン、リン、聞こえる!?」
「う、う~~ん・・」
しばらくして、みんなが心配そうに見つめる中、無事に覚醒したリンは、物凄い悪夢を見てしまったような表情で起き上がってきた。
「大丈夫か、リン?」
「あ、うん、ロム。私は大丈夫よ・・ちょっと、信じられない悪夢を見ただけ・・」
心配そうに覗き込んでくる最愛の人ロスタムに健気に笑って見せたリンだったが、知ってはいけない秘密を知ってしまったかのような表情になる。
そのリンのほうを、大げさだなあという感じで見ていた連夜が、すっと目の前にさっきの写真を渡す。
「先に言っておくけど、これは夢じゃないからね」
「そうね、これは、夢じゃな・・って、ええええええええ!! やっぱり、これって夢じゃないのおおおおおお!?」
傍から見ていても信じられない信じたくないと語っていると思われる表情を浮かべ続けるリンの姿に、連夜はその儚い一縷の希望を断ち切るように頷いてみせる。
「それ小学校四年生のころの写真。ほんとあのころはいろいろあったなあ・・」
と、腕組みをしてしみじみと語る連夜の姿を茫然と見つめていたリンだったが、再び写真に目を移し、そこに写る二人の人物を凝視する。
たしかに肥満児の子供の頭には小さな角みたいなものが二本申し訳程度に出ているのがわかるし、トレードマークともいえる黒髪黒眼でもある。
少女のような子供のほうは、どうみても少年とは言い難い気がするのだが、たしかに現在の人物と共通している亜麻色の髪と褐色の肌がある。
だが、しかし、これと現在の二人を結びつけるのは絶対不可能だ、これに比べたら自分の性別変化なんてちゃちなものではないか、これがもし事実なら特撮の変身ヒーロー並の大変身だと言っても過言ではない。
他の者達はいまだに連夜から写真の説明を受けていないため、なぜリンがそこまで驚愕しているのかがわからず、きょとんとするばかり。
なんとも言えない沈黙がリビングを支配していたが、やがてその静寂を打ち破って二人の人物が現れる。
「なんじゃ、なんじゃ、ずいぶんと賑やかじゃな」
「何か、おもしろいことでもあったのか?」
いい加減言い争うのも退屈になってきたのか、キッチンから戻ってきた美男美女のカップルをリンはしばらくの間恐ろしく複雑な表情で見つめていたが、やがて、連夜と目の前のカップル以外のメンバーに目線で合図して自分の背後に来るように指示する。
指示されたメンバーは何事かと思いつつも素直にリンの背後にやってきた。
リンはそれを確認すると、目の前のカップルに合わせるように手に持った写真を突き出して、後ろのメンバーに見えるようにする。
そして、写真に写る肥満児をまず指さした。
「これが・・」
『うん』
「姫子ちゃん」
『えっ?』
次に、写真に写る小柄な美しい少女を指さした。
「これが・・」
『う、うん』
「ナイトくん」
『ええっ!?』
一同はまるでずいぶん前から練習してたんじゃないのかと思えるくらいの息のあいようで、何度も何度も写真と目の前の人物達を交互に見つめ返す。
それはもう壊れた首振り人形くらいの勢いでぶんぶん振りまわしていたが、やがて、ぴたっとその動きを止めて・・
『う、うそだああああああああああああああああ!!』
大絶叫した。
一同大パニックである。
その理由が全くわからない二人は、いったい何事だという顔をしていたが、やがて、姫子の目にテーブルの上に散乱している写真の束が止まる。
何気なく近づいてその写真を一枚手に取って見た姫子だったが、その写真に写る人物を確認した瞬間、その姫子の血色のいい顔から滝のような勢いで血の気が引いていく。
写真を持ったまま硬直してしまった姫子の様子に気が付いたナイトハルトは、後ろから近づいてその手元を覗き込む。
そして、姫子と同じように写真を確認したナイトハルトもまた血の気を引かせて硬直してしまうのだった。
一瞬の硬直のあと、すぐに自分を取り戻した姫子は絶叫しながらテーブルにダイブした。
「み、みちゃらめえええええぇぇぇぇぇぇl!!」
そして、ざざっとテーブルの上に散乱していた写真を自分の腕の中に素早くかき集めると、涙目になりながら一同に目を向けた。
「ち、ちがうの、これはちがうの、これはわらわじゃない・・そ、そう、これは剣児!! 剣児の写真なのじゃ!!」
必死になって苦しい言い訳をする姫子だったが、ぽりぽりと頭を掻きながら連夜が申し訳なさそうに謝る。
「あ、ごめん、姫子ちゃん、僕ばらしちゃった」
「う、うわあああああん!! な、なんで!? れ、連夜、ひどい!! わ、わらわこの時代の写真は全て処分したはずなのに!? なんでここにこれがあるの!? と、いうか、いったい誰がこんな写真取っていたの!?」
「あ、これね、お父さんとお母さん。ほら、転校した理由ってね、僕がいじめられているって二人にばれちゃったからなんだけど、そのあとどうも二人とも僕のことが心配でずっと交替で物陰から見守ってくれていたみたいなんだよね。それで、見守ってくれているついでに写真を撮ってくれていたみたい」
腕組みをしてしみじみと語る連夜に、絶望的な表情を浮かべる姫子とナイトハルト。
「それにしても、ナイトハルト・・すごい美少女だなあ、いや、美少女にしか見えん」
なんとも言えない恐ろしいものを見ているかのような表情を浮かべるロスタムに、ナイトハルトは涙目になりながら吠える。
「す、好きでそういう格好をしていたわけじゃない!! は、母上が、『なっちゃんは、女の子の恰好がほんとによく似合うわねえ』などといって無理矢理そういう姿にさせられていたのだ!!」
「そうそう、そういえばあの頃のなっちゃん、物凄いもてていたよね・・中学生からも告白されていたし・・男の子ばかりだけど・・」
「連夜!! しゃべるな!!」
連夜に掴みかかり、その胸元をつかんで涙目になりながら黙らせようとするナイトだったが、それよりも一瞬早く連夜はとんでもないことを口走っていた。
「そんなに美少女だったのか? ナイトハルトは?」
「うん、だってあの面食いで女好きで有名な剣児が、生まれて初めて真剣に恋した相手が、なっちゃ・・」
「れんやああああああああああっ!!」
姫子とナイトハルトの暴走ぶりから、もうこの写真の人物が二人であることは間違いないと確信した一同は、なんとも言えない表情を浮かべて二人を見つめる。
写真を必死になって隠そうとしている姫子と、これ以上自分の恥ずかしい過去をしゃべられたくなくて連夜の口を必死になって塞ぐナイトハルトの姿を見ていた晴美がぽつりと呟いた。
「『人』って変わることができる生き物なんですね・・」
「いや、あのね、晴美ちゃん、これは変わり過ぎだと思いますわよ」
妹同然の晴美の言葉に疲れたように言うスカサハ。
その言葉を一同は同じように疲れた表情で大きくうんうんと頷くのだった。