~第3話 放課後~ おまけつき
「ジャックさん、わかりました、わかりましたよ〜!!」
そろそろ放課後になろうかという時刻。
御稜高校校舎の屋上に駆け込んできた豚頭人身のオーク族の少年は、自分と同じような風体の少年達の集まりの中、其の中心でうまそうに煙草をふかしているミノタウロスの前へやってきた。
「おう、ギギ、ご苦労だったな。で、あいつは何者だ」
「へえ、宿難とかいう2年生らしいんですが、あいつどうやら『道具使い』らしいです」
「『道具使い』か、なるほどなあ・・俺たちゃあいつの持つ『道具』にやられたってわけか・・」
ミノタウロスの巨漢は、昼休みに自分達に起こった惨事を思い返して、苦々しく吐き捨てた。
昼休み、食堂でいけ好かない人間を見かけ、ちょっとかわいがってやろうと体育館裏に連れて行ったまではよかったのだが、殴りかかろうとした瞬間、相手は素早く耳栓らしきものをしてこちらにボールのような何かを投げ付けてきた。
たかが人間の使うものだからと思い、石ころか何かと思って油断していたら、直後ボールからとてつもない轟音が響きわたって自分達を襲い、すぐに立ち直れずに転げまわっているところにさらにボールのようなものを投げ付けられた。
また、轟音かと思って咄嗟に耳を塞いだが、今度はボールから黄色の煙が噴き出して、それを吸い込んだ瞬間トラウマになりそうな臭い匂いが自分の鼻を駆け巡り、気がついた時には悶絶してしまっていたというわけである。
当然目を覚ましたとき奴の姿はなく、授業中に押し掛けるわけにもいかず、今にいたるというわけである。
「ぜってぇ、仕返ししてやる・・このままで済むと思ったら大間違いだぜ・・南中(南地区中学校の略)で黒旋風と言われたこのジャックを虚仮にしたらどうなるかってことを思い知らせてやらなきゃよう」
ギリギリと奥歯をかみしめるミノタウロスの言葉に、取り巻きの少年達もうなずく。
「おい、校門で待ち伏せするぞ。場合によっちゃ、その場で拉致る。また道具つかわれちゃかなわんからな」
ミノタウロスは煙草の火を地面にこすりつけて消して立ち上がると、昼間の仕返しをするため待ち伏せしようと取り巻き達と校門へ移動を開始する。
しかし、そのとき。
「をいをい・・おまえら、今の話に出てくる宿難っていうのは、宿難 連夜のことか?」
どこからか聞こえてくる、少年と思われる声に、ミノタウロス達は周りを見渡すが、屋上に自分達以外の人影は見当たらない。
「だ、誰だ・・どこにいる」
「いや、こっちこっち。上の給水塔」
ミノタウロス達が上を見ると、屋上の端っこにある給水塔の上からひょこっと顔を出しているのは、エルフ族と思われるかわいらしい少年。
「誰だ、てめぇ」
「いや、誰だって言われてもさ・・う〜ん、なんて答えようかな。あ、そうだ、さっきの質問に答えてよ、そしたらこっちも答えるからさ」
「質問?」
「そうそう、あんたたちが仕返ししようとしてるのって、弐-Aの宿難 連夜のことかってことさ」
小首をかしげてかわいらしく聞いてくる少年に、困惑するミノタウロスだったが、後ろを振り返ってオーク族の少年の方を見る。
「おい、あいつは弐-Aなのか?」
「へ、へい、確かにそうだったはずです」
「だとよ。そら答えたぜ、そっちも答えろ、何者だ、おまえ」
すると、少年は給水塔からひょいっと降りてきて、いたずらっぽい笑顔を浮かべて近づいてきた。
「あ〜、やっぱりそうなんだ。じゃあ、自己紹介はこっちだな」
と、言うと背中に手を回してスティックのようなものを取り出した。
「おまえ・・」
「俺はね、通りすがりの正義の味方だよ、覚えておけ!!」
少年がスティックの真ん中にあるボタンのようなものを押した瞬間、スティックの両端が伸びて棍となり、少年は半身になって構える。
「ほざけこのがきゃぁぁぁぁぁぁ!!」
ミノタウロスの剛腕が唸り、少年に向かって凄まじいスピードで拳が叩き込まれる。
少年は、不敵な笑みを浮かべてそれをさけようとしたが、そのとき、目の前を別の人影がさえぎる。
バシッという音が屋上に響いて、何者かがミノタウロスの拳を片手で受け止めていた。
「え〜〜〜、そりゃないよ、アルテミス」
少年が情けない表情で、いいところを持って行った目の前の人影に声をかける。
ミノタウロスよりは低いものの、180cm前後の長身、がっしりした体格ではあるが、男ではありえない大きく丸みを帯びた曲線、何よりもスカートという姿が、その人物が女性であることを示していた。
「夫の危機を救うのは妻の役目だ」
アルテミスと呼ばれた白銀の毛並みを持つ狼頭のフェンリル族の少女はちょっと振り返り、ずらりと並んだ凶悪な犬歯を口から見せて笑った。
「く、なんだ、この馬鹿力!?俺よりも腕力があるというのか!?」
ミノタウロスは渾身の力を拳に込めて押してみるが、つかまれた拳はびくともしない。
「む、馬鹿力とは失礼な、乙女に向かってなんとひどいことを。ちょっと、反省するがいい。ふん!!」
ミノタウロスの物言いにむっと表情をしかめたアルテミスは、拳を掴んだ力を少し緩め、ミノタウロスの身体のバランスを崩させると素早くミノタウロスの懐に背中から飛び込む。
次の瞬間、一瞬屈んだと見えたアルテミスの体がばね仕掛けのように強烈な勢いで跳ね上がり、ミノタウロスは見事に宙を一回転して地面に叩きつけられた。
「がはあ!!」
受け身を取ることを知らないのか、もろに背中をコンクリートに叩きつけることになったミノタウロスの口から大量の空気が吐き出される。
「やあ、相変わらずアルテミスの一本背負いは芸術的だね」
「好きで覚えたわけではないがな」
1mを越える棍を小脇に抱えて、ぱちぱちと拍手するエルフ族の少年に、苦笑してみせるアルテミス。
背中から叩きつけられた衝撃からすぐに立ち直れずにしたミノタウロスだったが、二人の闖入者の明らかに人を小馬鹿にした態度にとうとうキレた。
「てめぇら、見てねえで、やっちまうんだよ!!こっちは10人以上いるんだぞ!!」
リーダーの言葉に、やっと我に返った取り巻き達は、遅まきながら二人を袋叩きにするために殺到しようとした。
だが・・
「憤!!」
その集団に、真横から現れた何者かが、地面を陥没させるほどの踏み込みで近づくと、その勢いのままに背中からの体当たりを浴びせた。
『ぎゃあああああああああああああ!!』
まともに食らうことになった3人ほどが木の葉のように吹っ飛び、さらにその巻き添えとなってほとんどの取り巻きが固いコンクリートの上を転がっていく。
その様子を呆気にとられた表情で、コンクリートの上から半身だけ身体を起こして見ていたミノタウロスだったが、すぐにその視線をこのとんでもない一撃を放った人物へと移す。
そこには、190cm前後あると思われる長身に、腕まくりしたカッターシャツの上からでもに相当鍛えているとわかる見せかけではない鋼のような筋肉を持つ人物が。
亜麻色の髪を後ろで一つに束ね、一見顔は優男のイケメン風だが、鼻の上を横一文字に通る傷とその欄々と光る強烈な金色の目が優男ではなくむしろ武人そのものという厳しい表情に変えている。
その大柄な少年は、地面に転がるミノタウロス達をゆっくりと見渡し、両手を組み合わせてボキボキと言わせ始めた。
「あ〜あ、ナイトハルトを怒らせちゃった。そうなる前に俺ができるだけ穏便に終わらせとこうと思ったのに」
「無理だ。どのみちこいつらに他の結末はなかった」
これから起こる事態を想定し、呆れるように肩を竦める少年に、首を横にふって見せるアルテミス。
「なんだ、なんだよ、なんなんだよ、てめぇらはよ!!」
「黙れ!!!」
おびえたように叫ぶミノタウロスに、ナイトハルトと呼ばれた少年の強烈な一喝が響き渡り、地面を転がっていた者達は一斉にその声の主のほうを見た。
「そして、聞け!!」
ナイトハルトが再びコンクリートにその両足を叩きつけて、まるで乗馬をしているかのような姿勢で構えるとずんっという地響きが聞こえ足もとのコンクリートにひびが入る。
「我はナイトハルト。ナイトハルト・フォン・アルトティーゲル。宿難 連夜の莫逆の友!! 友に仇なすものどもを、打ち貫く者也!!」
少年の獣の目がギラリと危険な光を放ち、それと同時に少年の頭部が雪のように真っ白な毛に、黒の線が縦横に走る虎のそれに変化する。
「止めれるものなら・・止めてみろ!!」
完全に気圧される不良の群れの中に、一匹の白虎が飛び込んで行った。
「え、ちょっと、ひょっとして、俺いいとこなしで終わるわけ?」
「いいから、私達は邪魔だから、ちょっとこっちきなさい」
〜〜〜第3話「放課後」〜〜〜
茜色の西日が差し込み、そろそろ夕方になろうかという放課後の校舎の中を8つの人影が歩いて行く。
「それで、はるか。奴らは屋上にいるのだな」
「はい、姫様。彼らを知る1年生の方々にお話を聞いたところ、放課後はほとんど屋上にたむろしているとか。今日も何人かが昼から屋上に行く彼らの姿を目撃していますのでほぼ間違いないかと」
「ほんま定番やなあ・・ほかに行くところないんか」
先頭をズンズンと進んでいく姫子に、半歩後ろを並走するはるかが、いつの間に調べてきたのか、情報を報告する。
それをはるかの横で聞いていたミナホは呆れた様子を隠しもせずに嘆息するのだった。
「いや、ちょっと待って、姫子ちゃん・・あのね、やっぱりね、こういうことはね、よくないっていうかね・・お願いだから話しを聞いてっ!っていうか、はるかちゃんもミナホちゃんも姫子ちゃんを止めてってば!!」
姫子の横顔をみながら並走して、必死に説得を試みる連夜だったが、取りつく島もない姫子に、半分涙目になりながら半歩後ろのはるかとミナホに声をかける連夜。
「無理です。こうなってしまった姫様を止めることは誰にもできません。・・ってか、わたしお止めするつもりありませんし。」
「ちょ!!」
にっこり笑いながら、あっさりきっぱり断言するはるか。
「あのなあ、連夜はん。自分に置き換えて考えてみぃな。姫様はもちろん、あんたはあたしやはるかが同じ目にあったとしても絶対黙ってみてへんやろ?」
「いや、だってそれは、大事な友達だし・・」
「せやから同じやっちゅ〜てるねん。言うとくけど、姫様は当然としても、あたしやはるかもあんたのこと、姫様抜きでも友達や思ってるねん。そら姫様とどっちがって言われたら困るけどな。それでも結構あたしやはるかの中では大事や思ってるねんで」
「いや、でも、姫子ちゃんも、はるかちゃんも、ミナホちゃんも女の子だし・・」
「あほ!!男やから、ほっとく、女やから、ほっとけないってわけやないやろ?そういうのはひどい侮辱やで!・・まあ、女の子扱いしてくれるのは素直に嬉しいけどな」
ちょっと、顔を赤くして明後日の方向を向くミナホ。
そんなミナホの珍しい表情を見てくすくすと笑うはるか。
「ミナホは、ほんと女の子扱いされないもんねえ」
「やかましい!!ほっとけ!!」
はるか、ミナホの説得も失敗に終わり、大きく溜息を吐きだす連夜。
そんな連夜の肩を後ろからやってきた剣児がぽんぽんと叩く。
「まあ、きっとなんとかなるからそう心配するなって」
「いや、確かにそうかもしれないんだけどさ・・」
相変わらず漢前な笑みを浮かべてくる幼馴染に、どういう表情をすればいいのか困惑しきった表情を向ける連夜。
「あのさ・・昼休みからずっと言ってるんだけど・・」
「うん?」
「『あれ』ほんとにどうかしたほうがいいのでは?」
くいくいと親指を後ろに向ける連夜だったが、剣児は全くそれを見えないみたいな、というか、見たくないという態度で明後日の方向に視線をさまよわせる。
しょうがなく、連夜が後ろを振り返ると、昼間の騒動そのままに少女達が熱いバトルを繰り広げながら、後ろからついてくるという異常な状態に。
「彼女たち巻き込まないほうがいいのでは?」
「いや、多分、大丈夫・・むしろ、相手のほうが無事で済まないような・・」
「「「剣児くん、なにかいった!?」」」
「いえ、なんでもないです」
剣児の不用意な発言で、一斉にこちらを睨みつけてくる少女達に、連夜はやれやれと首を振るのだった。
そんな剣児を横目でじろりと睨みつける姫子達。
「ほんとに人間のクズじゃのう・・」
「優柔不断ここに極まれりですね・・」
容赦なく剣児を切り捨てる姫子とはるかに、目に見えて落ち込む剣児と、苦笑する連夜。
「いっそ、屋上の奴らやってしまうときにどさくさまぎれに・・」
「よし、ミナホそれ採用じゃ」
「ナイスアイデアよ、ミナホ」
銀ブチメガネを煌めかせて恐ろしい提案をするミナホに、ぐっとサムズアップで応える姫子とはるか。
「ひでぇ、ひでぇよ・・連夜、もう俺の味方はおまえだけだ・・」
「いや、人に泣きつく前に、こうなった原因を取り除いて、問題を解決する努力をすべきだとおもうけど・・」
「連夜、そのゴミに今更何を期待しても無駄じゃ。結局自分が世界で一番嫌いと思っている親父殿と同じ道を辿ることになるじゃろうよ」
「・・」
姫子の言葉は、剣児の一番脆い所に抉り込むように鋭く突き刺さった。
流石の剣児もこの言葉はかなり堪えたと見えて、がっくりと肩を落とし一行の一番後ろまで下がる。
そして、かろうじて一行からはぐれない程度のスピードでのろのろとついてくるのだった。
「今のは言いすぎだよ、姫子ちゃん・・」
「そうか?だがな、連夜、よ〜く考えてみるといい。この程度で懲りる人間だと思うか?」
「・・」
姫子の問いかけにしばらく腕組みをして考えていた連夜だったが。
「いや、5分で忘れちゃうね、きっと」
「あ〜、なんかその答えを予想していたとはいえ、そこまできっぱり連夜の口から聞くと、むしろ聞いた私のほうがへこみそうじゃ。」
そんな奴を兄に持つわたしの苦労を察してくれと言わんばかりの真っ暗な表情を浮かべる姫子を、よしよしと慰める連夜だった。
と、そうこうしているうちに、屋上へと続く階段へ到着。
一行はそこから屋上へ上がろうと、一段目を踏み出したのだが。
「あれ? 連夜に龍乃宮達じゃねえか」
上の階段から降りてきたエルフ族の少年が、下にいる連夜達を見つけて嬉しそうにほほ笑んだ。
「クリス? ひょっとしていま屋上にいたの?」
意外な場所から現れた友達の少年に、困惑の表情を浮かべる連夜。
「おう。そうそう、いまのいままで屋上にいたよ」
にやにやと笑いながら階段を降りてきた少年は、よっと最後の数段をジャンプして飛び降りると、連夜の横に着地した。
そして、まるで連夜の顔面に不意打ちフックをお見舞いするように右腕を放ってくる。
それを事前にわかっていたと思われる連夜が、がしと自分の右腕で少年の右腕を掴み、その手を引っ張って自分と同じくらいの身長の少年を身体ごと引き寄せると、がしっとお互いの背中を抱き合い、ばしばしと叩きあう。
「よう、兄弟相変わらず元気そうでなによりだ」
「はっは〜、元気だけが僕の取り柄だからね」
わざと悪党面で笑い合う二人。
少年の名は、クリス・クリストル・クリサリス・ヨルムンガルド。
クラスは違うが連夜の同級生で、同じサバイバル技術の師匠のところで学ぶ兄弟弟子。
女の子のようなさらさらの金髪に、エルフ族の特徴ともいえるとがった長い耳、その性格を表すかのような少しばかりきつい切れ長の目、小さな顔にはいたずらっこそのものの笑顔。
身長は連夜と大差なく、体格もほぼ同じくらいだが、連夜よりは若干細めで、体重はかなり軽い。
「ところで君の奥さんは? アルテミスとは一緒じゃないの?」
「いや、いるぜ。おい、アルテミス、連夜だ」
上で何かしていたのか、服についた何かをぱんぱんと払いながら階段を降りてきた大柄な人物は、連夜をみつけるとうれしそうにスカートから伸びた銀色の尻尾をパタパタと振りながら近づいてきて、クリスの横にならんだ。
「久しいな、連夜。それに龍乃宮に水池に東雲も」
「うん、久しぶり、アルテミス。相変わらずふかふかできれいな銀毛だね」
「当たり前だ、俺が毎日心を込めて全身の毛を手入れしてるんだからな」
「クリス・・あまり人前でそういうことを言わんでくれ」
鼻高々に自分の腕を自慢すると同時にプライベートをさらっと暴露する最愛の恋人の発言に、思わずゆでダコのように真っ赤になる狼獣人族の少女アルテミス・ヨルムンガルド。
クリスの血のつながらない姉で、親公認の婚約者でもあるフェンリル族(狼獣人族。いわゆる直立歩行する狼の獣人種族。体格そのものは人間と大差ないが、全身が獣毛に覆われており、頭部は完全に狼のそれ、手と足の指先からは収納可能な爪が生えている。また掌、足の裏には肉球がある。)の少女。
美しい銀毛銀眼の持ち主で、獣人種の美的感覚から言うと、相当な美人。
180cm前後の大柄な体格ではあるが、出るところは出て、引っこむところは引っ込んでいるため、相当なナイスバディ。
弓道と柔道を得意としているが、クリスと過ごす時間を割きたくないのとの理由で部活は行っていない。
クリス同様連夜の同級生で、クリスと同じクラスである、弐-Jに所属している。
「久し振りじゃのう、クリス、アルテミス。お主らとは弐年になってから教室が離れてしまって滅多に会えぬのが残念じゃ」
「だよなあ、だけど俺も連夜と同じクラスになりたかったよ。龍乃宮達が素直にうらやましいぜ」
「よく言うよ。君達こそ夫婦一緒でうらやましい限りだよ。ほんと、いつも仲いいよね」
「おう、そりゃもうアルテミスのこと愛してるもん」
「だから、そういうことを大きな声で言うなというに。それに連夜も龍乃宮も間違えないでくれ、私達はまだ夫婦じゃない」
「え〜、そんなこと今更だろ。父さんからも母さんからも『孫はまだか?』って毎日聞かれてるし・・」
「あ、あの人たちは!!」
真っ赤になるアルテミスをおもしろそうに眺めるクリス、そして、その二人の仲の良い様子を暖かい目で見つめる連夜、姫子、はるか、ミナホの4人。
「それに比べて・・」
一斉に後ろを見つめる4人。
「もう、あなた達邪魔ですからお帰りになられてはいかがですか?たかが学校の不良程度私と剣児くんだけで十分ですわ」
「おめぇこそ引っ込んでろよ。荒事ならあたしのほうが適任だってことは剣児だってわかってるし。なぁ、剣児」
「じゃあ、戦いはお二人に任せて、私は後ろで剣児さんと夕日でも眺めておきます」
「「おまえは、かえれ!!」」
「・・どうせ、どうせ・・俺は。親父と同じ女好きの節操なしの甲斐性なしの人の心のわからない冷血漢さ・・お袋と同じような境遇の女や俺と同じような境遇の子供を作りまくるのさ・・ふふふ」
どんどんヒートアップしていく少女達と、その後ろで体育座りしながら鬱に入ってしまっている剣児の姿を『生』暖かい目で見つめる連夜、姫子、はるか、ミナホ。
「少しはクリスとアルテミスを見習ってくれればいいものを・・」
「いや、剣児にそれは無理だろ。陸上生活の哺乳類に鳥の夫婦と同じ生活しろって言うようなもんだぜ」
嘆息する姫子に、妙なたとえ話を持ち出すクリス。
「ところでおまえら、屋上に何か用事があったのか?」
「え、いや、それは・・」
小首をかしげて聞いてくるクリスに、これ以上を友達を巻き込みたくなくて理由を言うことを躊躇する連夜。
「いや、昼休みに連夜が1年生とレクレーションを楽しんだというのでな、どんな人物達か会いに来た」
「あ、ちょ、姫子ちゃん!!」
「はっは〜ん・・なるほどね・・じゃあ、余計な御世話だったかなあ・・」
クリスは横に立つアルテミスと顔を見合わせると、苦笑めいた表情を浮かべた。
「え? え? 屋上でなにかあったの?」
その二人の様子に今更ながら、いやな予感を覚える連夜。
「いや、何もないよ、と、いうか屋上には・・そうだなあ・・河童の団体しかいなかったし」
「は!? か、河童!?」
にやにやと突拍子もないことを言い出すクリスと、何か笑いをこらえるようにそっぽを向くアルテミスの姿に、困惑する連夜。
「まあ、とにかく今行ってもなんにもねぇよってこと。それにさ・・あ、きたきた」
クリスが階段のほうに振り替えると、190cm前後のかなり立派な体格を持つ茶褐色の肌の少年が降りてくるところだった。
その人物の姿を確認した連夜と姫子と剣児の表情が一変する。
それぞれの感情はバラバラだったが。
「な、なっちゃん!!」
「・・ああ。連夜か」
まさかここで遭遇するとは思ってなかった意外な人物の登場に、連夜は嬉しいやら吃驚するやら表情に困りきった顔で目の前の人物を迎える。
しかし、その迎えられた人物自身も連夜と同じような表情をしていた。
「久し振り!! というか、もう怪我はいいの!?」
「白虎の次期総領の実力を甘くみるな。と、いいたいところだが、おまえだろ、病院に『神秘薬』を差し入れしてきたのは」
「え、えーーーーっと、なんのことかなあ・・」
「まったく・・おまえに借りばかり増えていくじゃないか・・」
ぽりぽりと頬を掻きながらそっぽを向く親友の姿を、嬉しいやら困ったような表情を浮かべて見つめる少年、ナイトハルト・フォン・アルトティーゲル。
聖獣族の頂点近くに君臨する上級聖獣である白虎族の御曹司で、連夜の幼馴染の一人。
『害獣ハンター』になるために日夜修行に励んでいる求道者で、その腕前はすでに現役プロハンターに匹敵するほどなのだが、経験値が圧倒的に足りないために、よく学校をさぼって『外区』へと武者修行に出てしまうという悪癖を持つ。
そのため、しょっちゅう怪我をして帰ってくることはざらで、その治療のためにさらに学校を休むということを繰り返しており、壱年から弐年生への進級はギリギリの超低空飛行だったらしい。
他人には無口で無愛想で取っ付きにくい性格だが、一旦身内と定めた人物に対しては心を開く。
言うまでもないことだが、連夜に向ける信頼はほとんど自分を隠していないほどで厚い。
「そんなこと気にしないでいいから、もうちょっと自分を大事にしてね」
「・・考えておく」
本気で心配していると思われるまっすぐな視線から目をそらし、今度はナイトハルトがぽりぽりと頬を掻くのだった。
そんな和やかな空気の中に、一つの闘気が近づく。
「おい、白ネコ・・おまえこんなところでなにやってる?」
「・・ふん・・軟弱者の貴様に応えてやる筋合いはない」
溢れ出る闘志を隠そうともせずに、ナイトハルトを睨みつけながら前に出てきた剣児を、連夜に向けていた穏やかな瞳と同じとは思えないほど熱くたぎるような激情をたたえる瞳で睨み返すナイトハルト。
お互い、連夜の共通の親友で幼馴染でありながら、当人同士は決して相容れない水と油の宿敵同士。
遠くない将来、いずれ雌雄を決しなければおさまらないと、当人同士が既に覚悟を決めているほど、二人の間に広がる溝は大きく深い。
そのため、流石の連夜もこの二人の間にだけは決して入ろうとはしなかった。
それは決してほったらかしにして、来るべき結末の日から目をそらすための無干渉ではない。
連夜には連夜の考えがあってのことだが、それが明らかになるのはまだ先のこと。
連夜以外のメンバーも流石にこの空気の中に踏み込む勇気を持ち合わせておらず、ただ固唾をのんで見つめるだけしかできない中、2匹の竜虎はしばらく無言で睨み合いを続けていたが、やがて、どちらともなく視線を外した。
そして、剣児はナイトハルトにくるっと背を向けるとスタスタとその場を歩き始めた。
「ち・・やめだやめだ」
「あ、あれ? 剣児、どこ行くの?」
「ここにそいつがいるってことは、もう事は終わったってことだろ。俺がいる意味なくなったし。しょうがねえから生徒指導室いってくるわ。行くぞ、フレイヤ、ジャンヌ、梅林。おまえらも呼ばれているんだから。あんまり待たせてティターニア先生の逆鱗にふれちまうと、今度は反省文だけで済まないからなあ・・」
「あ、待ってください、剣児くん」
「置いて行くなって!!」
「ひどいです、剣児くん!」
残ったメンバーは、しばらく剣児とその一行を見送っていたが、連夜は再びナイトハルトのほうに目線を向けた。
「ひょっとして、なっちゃん・・」
「俺はしたいことをする。したくなかったらしない。それ以上でもそれ以下でもない。誰かのためではない、全ては俺のためだ」
連夜から視線をそらして傲然と呟くナイトハルトに、連夜は明らかな感謝の視線で、クリスとアルテミスは素直じゃないなあという視線で見つめるのだった。
放課後の校舎に再び穏やかな空気が流れる。
が、しかし、それを許さない人物がいた。
「で、ナイトハルト・フォン、アルトティーゲル・・お主はいったいいつまで私から視線を逸らし続けるつもりだ?」
決して大声ではない。
しかし、その声は聞いたものを決して無視させない強い意志に満ちており、その言葉を聞いたナイトハルトはびくっと身体を震わせ、物凄い勢いでその表情を変え続けた。
豪胆で自信に満ち満ちていた先程のまでとはまるで別人のように、何かに怯えたような表情を浮かべたナイトハルトは、ついに意を決して声の主である姫子のほうを見つめた。
そして、その直後に、その表情は深く後悔する表情へと変わる。
「お、おれは・・すまん・・」
姫子が何も言っていないにも関わらず、ナイトハルトはまず謝罪の言葉を口にし、深々と頭を下げた。
しかし・・
「なぜ、謝る? わたしが、謝ってほしいと思っていっているのか?」
「いや、しかし・・おれにはこれしか・・」
「私は謝ってほしいわけではない!!」
悲痛な声で叫ぶ姫子の目からは、いつのまにか涙が溢れて零れ落ちていた。
「謝ってほしいとか、償ってほしいとか、そんなこと一つも望んでいない!! わたしがほしいのはそんな言葉じゃない!!」
姫子の言葉に、何一つ言い返すこともせず、黙ってその流れる涙を悲痛な表情で見つめ続けるナイトハルト。
「それとも何か? 私がお主を許せば満足なのか!? 私にはお主のしたことで許さねばならないことなど何一つないというのに!!」
「・・お・・れは・・」
「俺はなんだ!? なんとか言え、ナイトハルト!! わたしは・・わたしはどうすればいいのだ・・」
あまりにも感情が溢れ出して最早言葉を紡ぐことができず、両手で顔を覆って号泣しはじめた姫子に、思わず手を伸ばしかけたナイトハルトだったが、結局その手で空をもどかしげに二、三度つかんだだけでズボンのポケットにしまってしまうと、姫子に背を向けてしまった。
「・・俺は・・最低な卑怯者だ・・」
しわがれたような声でそうぽつりとつぶやくと、ナイトハルトはそのまま階段を降りていってしまった。
そして、それを見た姫子は、さらに顔を歪ませて、連夜達と今来たばかりの廊下を戻るように走っていってしまった。
「あ、ちょ、姫様!!」
「すまん、連夜はん、わたしら姫様を追いかけるわ!! 堪忍な!!」
と、はるかとミナホは連夜にごめんと一声かけて姫子を追いかけていった。
そして
「あ〜、俺達もナイトハルトが心配だから、追いかけるかアルテミス」
「そうだな・・あんなナイトハルト初めてみた・・」
「ってことでいいよな、連夜?本当はもっとおまえと話したかたんだけど」
「ううん、そんなの気にしなくていいよ。むしろ僕からもお願いするよ。あ、ちょっとまった!!・・ところでさ、一つだけ二人に聞いてもいい?」
連夜を置いてナイトハルトを追いかけていこうとした二人を、連夜が慌てて呼び止める。
「どうした?」
「あの・・あれって、姫子ちゃんとなっちゃんが・・」
恐る恐る聞く連夜に、思わずクリスは天を仰いだ。
「あ〜、そうだなあ・・そういうことだなあ・・もう、全然知らんかったけど・・アルテミス、おまえ知ってたか?」
「いや・・でも、そうじゃないかとは薄々思ってた」
「え〜、いつから!?僕も全然わからなかったから、実は結構さっきのはショックだったんだけど・・」
「中学校の頃かなあ・・ほら、連夜が他の都市の中学に通ってたころに、結構一緒にいるのを見かけるようになってた。」
「え!?じゃあ、かなり前からじゃない!?でも、高校で一緒になってからは、一緒にいたところ見たことない・・って、まさか、そのころからこじれだしたってこと?」
「詳しくは知らないけど・・多分」
連夜の推測に、困ったように頷くアルテミス。
「をいをい、そういうことは俺には言っとけよ」
「いや、だって、我々も・・ほら・・そのころいろいろと大変だったじゃないか・・他人の世話焼けるような状態じゃなかったし・・今やっと話せるというか・・」
「あ〜・・そっか、おまえとこういう関係に落ち着いたの最近だもんな・・」
苦笑する二人の姿を、何か感じることがあるのか、尊敬しているような羨望しているような敬遠しているような複雑な視線で見つめる連夜。
「恋愛って大変なんだねえ・・なんか今の二人を形作るまでの苦労が一瞬だけど見えたような気がしたよ」
「そうだぜぇ。ほんと大変なんだ。お互いが好きってだけじゃダメなことも多くてさ。乗り越えなきゃいけないことも多いわけよ」
肩をすくめて大げさに溜息を吐くクリスを見てくすくすと笑うアルテミス。
「でも、クリスはいつも力押しのゴリ押しで乗り切ってるような気がするけど」
「そうだよ、それが俺の担当だ。そして、俺にむいてない、頭使うとか気を使うところはアルテミスの担当だ。そんで片っぽずつやってみてダメなときは二人で考えるのさ」
「そうだな、最後は二人でなんとかしてきたものな」
「信頼してるんだね」
「いろいろあったからな。いろいろ乗り越えるから信頼も築ける。むしろいろいろあったほうがいいのさ。だからナイトハルトには絶対乗り越えてもらわないとな」
ニヤリと連夜にふてぶてしい笑みを浮かべたクリスは、じゃあまたなと一声かけて、階段を駆け下りていった。
「あ、こらクリス私を置いて行くな!!じゃあ、連夜また会おう」
「うん、また夫婦で家に遊びに来てよ。ゴールデンウィーク中はたぶん暇してるし」
「わかった・・ところで連夜、何度も言うが、まだ夫婦じゃないんだからな!!・・こら、クリス待たんか!!」
「・・どうみても夫婦だと思うのだけど」
結局、屋上に続く階段の踊り場にぽつんと一人残った連夜は、自分も帰ろうかなと思って歩きだそうとしたが、なんとなく屋上の様子が気になって足を止めてUターンする。
そして、階段を上り、屋上の扉をそっと開けて、そのできた隙間から外の様子をうかがった。
「・・・・・!!」
自分の目にした光景に、思わず爆発しそうになる感情を無理矢理抑え込み、片手で口を完全に塞ぐ。
そして、再び、そっと扉を閉めて階段を駆け降りると、階段の踊り場で口を封印していた片手をはずした。
「ぶふっ!!あはははははははははははは!!河童だ・・たしかに河童しかいない!!あはははは、なっちゃんひどい!・・ひどすぎる!・・あははははは!」
それから、1時間後
もう太陽が西の果てに沈もうとし、そろそろ夜が姿を現そうとしている時間。
校舎の屋上で大の字になって横たわっていたミノタウロスのジャックは、ようやく目を覚ました。
「くっそ・・あのくそ虎め・・バケモノか・・」
そう毒づいて起き上がると、ほかのメンバーはまだのびたままの状態・・仕方なく、起こしてまわろうとしたとき、周りの取り巻き達の姿の異様さに気がついた。
「な、なんじゃあ、こりゃあ・・」
別に身体が異様な方向に曲がっているとか、片腕もがれているとか、血の海に沈んでいるとかいうわけではない。
身体のほとんど全てがみんな無事だ。
しかし、ある一部分だけみんな無事ではなかった。
ジャックは嫌な予感がした。
さっきから頭の上がいやにスースーする。
まさか
そんなわけない。
いや、信じたくないし、そんな事実は知りたくない。
そういう内心の葛藤でぴくぴくと体を震わせているジャックの背後で、誰かが起き上がる気配がした。
振り返ると、オーク族の少年が目を覚まして身体を起こす姿が目に入る。
少年は、ジャックの姿に気づいて手をあげて彼を呼ぼうとしたが、途中で何かに気づいて固まってしまった。
「り、リーダー・・そ、その頭は・・」
「い、言うな、言わないでくれ!!」
「頭のてっぺん毛がない!!まるで河童じゃないですかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、このあとミノタウロス達不良グループをしばらく間、学校でみかけなくなったという・・
※ここより掲載しているのは本編のメインヒロインである霊狐族の女性 玉藻を主人公とした番外編で、本編の第1話から2年後のお話となります。
特に読み飛ばしてもらっても作品を読んで頂く上で支障は全くございません。
あくまでも『おまけ』ということで一つよろしくお願いいたします。
おまけ劇場
【恋する狐の華麗なる日常】
その4
城砦都市『嶺斬泊』の北に位置する場所に、酪農専用に定められている場所がある。
それが『シックスアーマー酪農特別地域』なんだけど、このエリアの中心に美味なことで有名な三大肉牛の一つ、『大角野牛』を育てている都市営の大きな大きな牧場がある。
育てて繁殖させるのがかなり難しくて、市場ではかなり高額で取引されている『大角野牛』のお肉なんだけど、この牧場まで来れば、おもいっきりお手ごろ価格で食べることができてしまうのよ。
都市の中央庁が直轄でいろいろと営業しているだけあって、ここを訪れる観光客の為にレストランもやっているんだけど、そのレストランでお昼限定でやってるスペシャルランチタイムサービスの『バイソンステーキランチ』は激ウマなのに激安なの!!
だって、一食750サクルよ!!
『魔空・ド・鳴門』のジャイアントバーガーのバリューセットでも今、690サクルも取られちゃうのに、高級牛肉の分厚いステーキのランチセットが750サクルって・・
これは食べなきゃ損でしょ、いや、絶対食べるべきだわ!!
ちなみに、セット内容も750サクルとは思えないほど豪華なの。
メインのステーキ350クラムに、季節のサラダ、前菜の生ハム、これに東方セットの場合は炊き込みご飯とあさりの味噌汁、それに梅干し、西域セットの場合はパンに、コーンスープ、それにピクルスなどが盛られた西域漬物の小皿がつくわ。
え、いくらなんでもそれはない? 何か裏があるだろって?
鋭いわね。
そうなのよ、これね、『シックスアーマー牧場』か、隣でやってる『シックスアーマーハーブ園』の当日入場券を持っている『人』限定なのよね。
幸い今日は私達は『シックスアーマーハーブ園』に行く予定で来ていたわけだから、先に入場券だけ買っておいてご飯を食べに来たってわけ。
いや、入場券はどっちも大人1名1000サクルとちょっと割高だけど、ここでこのスペシャルランチ食べたら元は十分取れるのよねえ。
ちなみに私は西域セット、旦那様は東方セットを注文したわ。
血の滴るような分厚い大角野牛のステーキはほんとにおいしくて、しあわせ~って感じでした。
いや、旦那様の料理がマズイって言ってるわけじゃないのよ。
旦那様の料理はとってもおいしいんだけど、たまには変わったものも食べたいのよ。
会話の流れで危うく変なこと言いそうになった私は、すぐに旦那様の料理がいかに好きか、でも外で食べるのも別の楽しみがあって好きだってことを説明したんだけど、旦那様は笑って首を縦にふってくれた。
「うんうん、それはわかります。だって、僕もお父さんの料理は大好きですけど、味に定評のある有名料理店に行って外食するのも大好きですもの」
そうそう、旦那様のお父様・・つまり妻であるわたしにとってはお義父様ね・・の料理もとってもおいしいのよ。
流石旦那様の家事全般の師匠と言うべき腕前、いや、神業をお持ちで、私達が遊びに行くといつもその腕をふるってくださるの。
あれはあれで楽しみなのよねえ・・でも、その道のプロ達が作った料理を食べに外に行くのも好きなのよ。
え、贅沢すぎるって?
すいません、旦那様と付き合うようになってから、物凄く舌が肥えてしまった私です。
だってだって、いつもいつも旦那様が愛情たっぷりのおいしい料理を作ってくださるんだもん、そればかりか休日になると決まってこうして外の美味しいお店にも連れて来てくれるし、肥えないわけないじゃない!!
これも全部旦那様が悪いんだわ、私のせいじゃないわ!!
・・なんて、私が言うと思った?
そんな調子乗りは私の長年の悪友だけで十分なの。
私は常に旦那様に感謝の『人』なの。
「旦那様、いつもいつもありがとう。私は旦那様のおかげで飢えることもなく、雨水にうたれて眠ることもなく生活させていただいて、そのうえ大学にまで行かせていただいて、好きな勉強をさせていただいて、ほんとに感謝感謝です」
「や、やめてくださいよ、玉藻さん。藪から棒になんですか? べ、別に僕は特別なことは何もしてませんよ」
そう言って、なんだか顔を真っ赤にしたまま、照れているのをごまかすようにステーキをハグハグ食べる旦那様。
もう~~、なんでこんなに可愛くて愛おしいのかなあ、食べるの中断していますぐ押し倒してしまいたい、そして、この『人』自身を食べてしまいたい。
などとアホなことを考えていた私だったけど、いくらなんでもアホすぎると首を2つほど振ってその考えを頭から追いやると再びステーキを食べることに専念する。
あ~、それにしてもほんとにお肉おいしいわあ。
なんて幸せいっぱいな感じでお肉を頬張っていた私だけど、ふと気がつくと目の前に座る旦那様が、もうこれ以上はないっていくらい嬉しそうで優しそうな表情を浮かべて私を見つめている。
「な、なんですか? 私の顔に何かついています?」
ひょっとしてご飯粒とかつけて食べてしまっていたのだろうかと、慌てて自分の顔をまさぐる私だったけど、旦那様はゆっくりと首を横に振ってみせる。
「ううん、違います。そうじゃなくて、玉藻さんの顔が物凄く幸せそうだったから、つい見とれていたんです」
「ええっ!?」
「いつも思うんですけど、玉藻さんて美味しいもの食べている時、本当にいい笑顔をするんですよねえ。顔全体で『幸せ~~~っ!!』って言ってるような、そんな笑顔なんですよ。普段から玉藻さんて美人だから笑顔は当然魅力的なんですけど、美味しいもの食べているときに浮かべている笑顔は中でも格別なんです。見ているこっちがなんだか幸せになってくるんです。だから、玉藻さんを妻に持った僕は、本当に幸せだな~~って思って見とれていたんです」
私の目を真っすぐに見つめながら、本心から幸せそうな笑顔を浮かべてそんなことを言葉にする旦那様。
そんな旦那様の言葉に照れくささと恥ずかしさと嬉しさと愛おしさがごちゃまぜになってしばし思考が停止する私。
やばい・・萌え死ぬかもしれん。
ていうか、すでに私の体内の『旦那様好き好きメーター』の針が振り切ってしまっている。
周りに『人』がいっぱいいるけど、今の私ならこの中でも平気で旦那様を押し倒して裸にむいてしまうことができてしまうだろう。
いろいろな意味でやばい、やばすぎる、私の理性は阻止限界点をすでに突破してしまった。
このままでは本当に大変なことになってしまう、誰か私を止めてくれ!!
心の中では必死に理性が私を引きとめようとするけど、愛の暴走戦闘機関車と化した私はすでに覚悟完了済み!!
旦那様にとんでもない行為を強行すべく、腰を浮かせて立ち上がりかけてる私。
しかし、そんな私に間一髪で救いの手が差し伸べられる。
たまたま通りかかったウェイターさんが、冷水のおかわりはいかがですかと声をかけてくれたのだ。
一瞬で我に返る私。
ナイスタイミングだよ、ウェイターさん!! ぐっじょぶ、ウェイターさん!!
強張った表情で冷水のおかわりをお願いし、額に滲んだ汗をそっとぬぐいながら、安堵のため息を吐きだす。
「ふ~~、危ない危ない、危うく公共猥褻行為強要罪で捕まるところだった・・」
「え? 玉藻さん、今なにか言いました?」
「う、ううん、なんでもないです、なんでも。い、いやね、ここのステーキ美味しいなあって、言ったんですよ」
「あ~、そっか。確かに美味しいですよねえ。元々使ってるお肉が美味しいからなんだろうけど、このかかってるソースにも秘密があると思うんですよねえ・・一度再現できないか挑戦してみますね」
「わ~い、期待してお待ちしてます」
私の言葉を全く疑う様子もなく信じてくれる旦那様。
まさか、自分の妻がこの衆人環視の中でとんでもなくエロいことを自分に対して強要しようとしていたとは夢にも思っていないに違いない。
ごめんね旦那様、エロい妻で本当にごめんなさい。
でもね、それというのも旦那様がかわいすぎるからなの、もうこの熱い想いを抑えきれないくらいにかわいくてかわいくて仕方ないくらいかわいい罪作りな旦那様だから。
あ~、ほんとに今すぐ食べてしまいたくなってきた。
かわいいなあ、旦那様、これが全部私のものだっていうのがたまんないわあ。
もうハーブ園行くのやめて、近くのホテルでいいんじゃないかしら。
なんて際限なく思考がピンク色の方向に進もうとしているのを無理矢理引きとめて阻止することに成功した私は、何事もなく無事昼食を終え、その後旦那様とハーブ園へと向かったのだった。
そして、そのハーブ園でまたいろいろとあったんだけど・・
それはまた次回の講釈で。
んじゃ、またね。