~第37話 初恋~
玉藻からその話を聞いた連夜は、その表情を短い間に実に様々に変化させた。
とてつもなく嬉しいという表情を浮かべたかと思うと、非常に残念極まりないという表情を浮かべ、楽しくて仕方ないという表情を浮かべたかと思うと、許容したくないといういや〜な表情を浮かべ、結局最後には、恐らく自分の予想と違う連夜の反応に呆気に取られる玉藻の表情を見て、横を向いてぷっと噴き出してしまった。
その最後の噴き出す様子にショックを受けつつも、脹れっ面を浮かべる玉藻。
「ちょ、ちょっと連夜くん、何よ、その反応は!? そんなに私の初恋の話がおもしろいの!?」
顔を真っ赤にしながら怒りどんどん機嫌を損ねていく恋人の姿に、またも噴き出しそうになる連夜だったが、なんとかそれを堪えると無理矢理真剣な表情を浮かべて玉藻の方を見た。
「いえ、そんなおかしくなんかないですよ。玉藻さんの大事な思い出を僕が笑ったりするわけないじゃないですか。それにしても『ボロくん』て・・ぷ・・」
「あ、あ〜〜〜〜!! 今、『ぷ』って、『ぷ』って笑ったでしょ、連夜くん!! ひどい、ひどすぎる!!」
自分で言っててツボの部分に触れてしまったのか、ちょっと噴き出しそうになり慌ててそれを隠そうと横を向く連夜。
しかし、目ざとい年上の恋人がそんな連夜の態度を見逃すわけもなく、連夜の膝枕から起き上がった玉藻は涙目になってぽかぽかとその肩を叩く。
連夜は苦笑を浮かべながら、ぎゃ〜すか騒ぐ玉藻を優しくなだめるのだった。
時はまだ午前中の九時。
玉藻と、ナイトハルト達が激闘を繰り広げてから数時間がたち、すでに陽は高く昇ってしまっているが、今日と言う一日はこれから始まるという時間。
連夜と玉藻の二人は、玉藻のマンションに来ていた。
朝っぱらから二人で愛の巣に入り浸っているのにはちゃんとわけがある。
ナイトハルトの一連の事件に深く関係のある連夜が、今朝、ナイトハルトを取り巻く人々がようやく一つの決着をつけるために話し合いをしに集合するということで、本当は参加するはずではなかったが、気になって見に来てみれば、なんと恋人の玉藻がナイトハルトに喧嘩を吹っ掛けて、しかも幼馴染の姫子も巻き込んでの一大バトル。
危うく大けがするところだった玉藻を助けることに成功した連夜だったが、あまりにも軽率な玉藻の態度に大激怒。
それにいち早く気づいた玉藻がなだめすかして最後には無理矢理力づくで連夜の心を取り戻したのだが、それだけでは物足りない気がして自分の家に連夜を引っ張って来たのだった。
勿論、引っ張りこんで玉藻が何もしないわけはない。
久しぶりの戦闘で汗をかいたからシャワーを浴びてくると言ってシャワーを浴びてくると、玉藻は連夜が自分の寝室を片付けて掃除しているのを確認して素っ裸の状態で無理矢理押し倒した。
もう、このまま最後までと、朝から気合い十分だった玉藻。
しかし、自分が押し倒した恋人は確かに自分の肢体を眺めていたが、欲情しているというよりも、困惑してどちらかというと怒ったような表情。
流石にその様子に自分の今の状態も忘れて小首をかしげて見せると、年下の恋人は自分の身体のあちこちを黙って指で指し示し始めた。
玉藻がその部分に恐る恐る目をやると、目も当てられないようなあとになった青アザだらけ。
全然気が付いていなかった玉藻は、自分の白い肢体が水玉模様の斑点がいくつも浮かんでいるような状態になっていることをようやく認識し、ぎゃ〜〜と悲鳴を上げる。
連夜はそんな玉藻に呆れ果てた表情を浮かべていたが、風邪をひかないようにすぐに服を着させると、自分が持ってきた鞄から打撲のあとを消すための特性塗り薬を出して優しく治療してやるのだった。
そんな感じで一通り治療を終えた連夜だったが、自分が玉藻を助けるために使った『轟音珠』のせいで玉藻の耳に異常が出ていてはいけないので、耳を見せてほしいといって玉藻をソファに寝かせ、自分の膝の上にその頭を乗せて今まで耳の中をチェックし、念のためにいくつかの予防薬や、掃除を行っていたのだった。
そんなときに、ただ寝ているだけの状態で暇だったのか、玉藻が自分の初恋の話をしはじめたのだ。
その初恋の相手というのが、彼女が小学校六年生の頃に出会った年下の男の子だというのだが、いつもいじめられてばかりいていつ出会ってもボロボロの状態。
なのに全然悲観した様子もなく淡々としていて、結構男らしいところもあったらしく、最後に会った時に告白されたらしい。
しかし、玉藻はそれを断り、今度出会った時に自分が納得できるくらいのいい男になっていたら付き合ってやると約束して別れたというのだ。
その相手の少年の名前が『ボロくん』らしいのだが・・
玉藻としては、連夜がまたやきもちやいてくれないかな〜くらいの気持ちで語ったつもりだったのだが、連夜の反応は実に不可思議なものだった。
連夜はその話を最初から最後まで黙って聞いていた。
ところが、口こそ出しはしなかったものの、話が進むにつれて連夜の黒い目はどんどん大きく見開いて行き、最後には顔が真っ赤になった状態になっていたのだが、横になっていて自分が話すことに夢中になっていた玉藻は全然気がついていなかった。
もしそれを見ていたなら、何かしら感じたこともあったのであろうが、結局気がつかないまま話は最後まで進み、冒頭のやりとりにつながったわけである。
「もう〜〜、なんか私だけ恥かいたみたいじゃない。話さなきゃよかった」
若干涙目になりながら膨れる玉藻をまあまあとなだめる連夜。
しかし、それでもおさまらなかったのか、しばらくその連夜の顔をじ〜〜っと見つめていた玉藻の表情に、いたずらを思いついた子供のような笑顔が浮かぶ。
なんとなく玉藻の言おうとしていることがなんなのか察しがついた連夜だったが、慌てる風でもなくどちらかというとそのいたずらはやめておいたほうがいいのにという大人のような笑みが浮かんでいた。
玉藻はその連夜の笑みを挑戦と受け取ったのか、ちょっと怒ったような表情を浮かべて口を開いた。
「私だけだと不公平だから、連夜くんの初恋の話も聞かせてよね!!」
ほら、来たといわんばかりの苦笑を浮かべる連夜。
その表情を見た玉藻はなんとなくイラッときたが、早く話せとばかりに睨みつける。
連夜は鷹揚に頷きながら、玉藻の身体をそっと横たえさせて再び自分の膝の上に玉藻の頭を載せる。
「じゃあ、話ますね。あれは僕が小学三年生だったときの話です」
〜〜〜第37話 初恋〜〜〜
その姿を形容するとすれば、まさに潰れたヒキガエルというところだろうか。
子供の力とは言え、六人以上に囲まれて殴る蹴るされたその少年は、まさにズタボロのボロボロになった状態で地面に横たわっていた。
最早動かなくなった少年に興味を無くしてしまったのか、いじめっ子の集団はすでに姿を消していなくなっている。
やがて、公園の木陰でその暴行シーンを成す術もなく見守っていた黒髪黒眼の子供が走り寄ってきて、地面に横たわる少年に声をかける。
「ボロくん!! ねえ、ボロくん、大丈夫? しっかりして!!」
ちょっと涙目になりながら心配そうに必死に声をかける子供の声に、今まで地面に横たわっていた少年は突然むくっと起き上がった。
「あ、レンか・・ごめん、ちょっと寝てた」
ダークグレーのボロボロのパーカーについたフードを目深にかぶっており、表情は全く見えないが、声を聞くとのんびりしておりさっきまで暴行を受けていたものの声とは思えないほど元気そうであった。
「もう〜〜、途中から全く動かなくなったから心配したよ」
「ごめんごめん、いや、丸太状態で暇だったからつい」
そう言って、自分の側に座り込みいまだに心配そうに覗き込んでくる唯一の友達にひらひらと手を振って大丈夫なことをアピールすると、よっと元気よく立ち上がる。
そして、パンパンと身体の砂埃を払うのだった。
「それにしても、あれだけ殴られ蹴られしてよく平気だね?」
不思議そうに自分を見てくる友達に、ボロと呼ばれた少年は自分のボロボロの衣服を指し示して見せる。
「これこれ、これのおかげ。これ、うちのお母さん特製の『たいだげきぜったいぼうぎょふく』。ただのボロボロのパーカーとジーンズに見えるけど、刃物とか使われない限りいくら殴られても平気なんだよ。まあ、替えがないから、洗濯しちゃうと外に出れなくなっちゃうのが難点なんだけど」
「え、そんなのあるんだったら、なんでやりかえさないの!? ボロくん、無敵じゃん!!」
ボロの思いもかけぬ告白に吃驚仰天し、問い掛ける黒髪の子供。
その問い掛けにフードの奥で光る二つの目をじっと目の前の友達に向けるボロ。
「レンは、そんな僕が好きかい? いい気になって『人』のこと殴る蹴るしてる僕が、本当に好き?」
「え・・ううん・・そんなボロくんは好きじゃないかな・・」
「でしょ?」
じっと見つめてくるボロに、なぜか顔を赤らめてもじもじしながら否定の言葉を口にするレン。
「それにしても、僕悔しいよ、なんでいっつもボロくんは僕に隠れていろっていうの? あいつらに一回くらいなら仕返ししてやってもよくない?」
否定の言葉を口にはしてみせたものの、やっぱり何か割り切れないのか、興奮気味に詰め寄ってくるレンに、ボロは首を横に振ってみせる。
「そんなことしなくていいの。やってやり返してって繰り返しても疲れるだけでしょ? それにね、自分達だけが安全に相手をいじめることができるってことはないんだよ。必ず、もっと強い誰かにやられちゃうんだよね。多分、そろそろだと思うけど・・行ってみる?」
くいくいと親指で後ろのほうを指さすボロを、不思議そうに見つめ返すレン。
「え、どこに行くの? ボロくん」
「まあ、行ってみればわかるよ。うちのお父さんがいつも言っているんだ。つよいものはさらにつよいものにまけるって。そういう無駄なけんかを続けてもいつまでたっても終わりはこないんだってさ」
「なんかむずかしくて、僕よくわかんない」
「うん、実は僕もそれほどよくわかってるわけじゃない。ちょっとかっこよかったから言ってみただけ」
「なんだ」
にひひと笑いあって公園を後にする二人。
真っ赤な紅葉をいっぱい抱えた美しい鬼カエデの木の並木道を二つの小さな影がてくてくと歩いていく。
季節はすでに秋。
それどころかもう一か月もすれば冬がその姿をみせようとしており、それにともなって気温も徐々に下がってきている中で、二人が到着した場所で目にした人物はTシャツ、短パンという、夏真っ盛りみたいな姿をして地面に転がっていた。
しかも、傍から見ても非常に嫌な感じの大量の汗を体中から流している。
「え、ちょ、ボロくん、あれって、まさか『イワゴリラ』?」
レンは自分が今見ている人物の姿がどうしても自分の知っている人物と重ならず、横にいる友達に聞くと、ボロは何やら溜息らしきものを吐き出しながら大きく頷いた。
「そうだよ、『イワゴリラ』だよ。だから言ったでしょ? つよいものはさらにつよいものにまけるって」
二人が少し離れたところで見つめる中、その件の人物は地面に転がったまま、ぴくりとも動かない。
ともすれば中学生とも見える小学生らしくない大きな体格、大狸のような脂肪がいっぱい詰まっていると思われる巨大な腹、切り分ける前の焼きたての棒状のバームクーヘンのような手、ボンレスハムのような足、つまり完全無欠の相撲取りのようなこの肥満児は、つい先程ボロをいじめていた子供達のリーダー格の子供だった。
なんとこのイワゴリラ、これでもボロやレンと同い年なのだ。
力自慢で武術も習っており、家も金持ちな上にそれと知られた名家でもあるため、学校ではいやというほど威張っており、小学三年生にして上級生から下級生まで、果ては先生までも自分の意に沿わぬ者は力と金と地位で無理矢理にでも従わせる最低最悪なガキ大将。
常に上からしか物を見たことがないという傲岸不遜な態度しか見たことがない人物が、この無様に地面に転がってただの肉の塊になっている状況がレンにはとてもとても信じられなかった。
「これ、ひょっとして誰かにやられたってこと? え、相手は中学生かな? 同じ小学生でこのあたりで『イワゴリラ』を倒せるやつなんていないよね?」
そうレンが問いかけると、ボロは首を横に振るとすっと腕をあげて一つの方向をその小さな指で指し示した。
レンはその指先に釣られるように視線を動かすと、小さな何かが地面を転がりながら吹っ飛んできて、寝ている『イワゴリラ』の巨体にぶつかって止まる。
「ぐ、ぐふっ・・そ、そんな、なぜ勝てない・・」
その白い何かはそう呟くと、がっくりと地面にうつぶせになって動かなくなった。
「く、『黒雪姫』・・」
自分たちよりも若干小さい身体のその人物を見て、さらに信じられないという表情を浮かべるレン。
亜麻色の髪に、浅黒い日焼けした肌、しかし、小さな体格と非常に整って美しい素顔を持つその子供は、横で眠る『イワゴリラ』の相棒で、そのかわいらしい容姿に似あわず凶暴で恐ろしいまさに『イワゴリラ』にはぴったりの相棒であった。
二人ともこの地域では知らぬ者はいないほど強く、小学生や、下手をすれば中学生一年生程度なら誰も手出しができないくらいの実力者のはずなのだが。
「や、やっぱり中学生か、高校生に喧嘩売ったのかな? ねえ、ボロくん。あ、あれ、ボロくん!!」
レンが横にいるボロにそう確認しようとすると、ボロはスタスタと先程自分が指し示した方向に歩いて行っており、それに気づいて慌ててその後を追おうとしたのだが、それよりも一瞬早くレンは別の人物が自分達の前に姿を現していることに気が付いて立ち止まる。
狐耳に、二本の尻尾、口まで裂けた大きな口に、真赤にギラギラと光る目、そして、雪のように白い肌。
あまりにも恐ろしい姿を見てレンは硬直し、先にその人物の前に行っている友達に声をかけようとするが恐怖のあまり声もでない。
しかし、レンの友達は少々違っていたようだ。
「おねえちゃん、強いね。『イワゴリラ』と『黒雪姫』ひとりでやっつけたの?」
そう淡々とした声で問われた狐の人物は、きょとんとしてしばらく謎のフード姿の少年を見ていたが、ふっと力を抜くと恐ろしい狐の顔から『人』の顔にもどる。
そうして恐怖のオーラが抜け落ちた状態で見てみると、非常に美しい少女だとわかる。
紅葉色のジャケットに、青いジーンズのスカート、そして黒いタイツ姿の霊狐族の少女は、恐らく五年生か六年生くらい。
自分たちよりもすこし大きな身体の持ち主で、もうじき大人の身体になりかかっていると思われる緩い曲線を描く女の子らしい身体の持ち主だった。
「きみ、そこのデブとチビの友達?」
「ううん、そこで寝てるやつに毎日いじめられている、いじめられっこ」
「え? そうなの?」
少年の意外な答えに、結構びっくりした表情を浮かべる霊狐族の少女。
「じゃあ、なんでじゃまするようにわたしの前にでてきたの?」
「え、だって、きれいなおねえちゃんを目のまえでよくみたかったから」
「は? え? ちょ、ちょっとからかってる?」
少年のあっけらかんとした答えに、しばし固まったあと、顔を真赤にして怒ったようにいう少女。
「なんで? おねえちゃん、友達からもきれいだっていわれてるでしょ? 僕の言ってることおかしいかな?」
「い、いやそりゃ、そういってくれるこもいるけど・・もう〜〜、いいわ、なんかやる気なくなった。かえる」
「あ、そうなんだ。じゃあ、またね、おねえちゃん」
と、なんだか照れてるような不貞腐れてるような表情で言い放つと、少女はボロに背中を向けてずんずんと歩いていく。
その後ろ姿をなんとはなしに見送っていたボロだったが、やがて途中で思い出したように少女が振り返った。
「ねえ、あなた、名前なんていうの?」
「え、僕? 僕の名前はね・・」
「ボロくんだよ!!」
ボロの横にいつの間にか走って来ていたレンが、怒ったような顔でボロの代わりに少女に答えるようにそう叫ぶ。
その様子をきょとんとしてみていた少女だったが、やがてくすっと笑う。
「わたしは、きさらぎ たまも。またね、ボロくん」
「うん、またね、たまもおねえちゃん」
そう言うと、今度こそ少女はそこから去っていった。
その後ろ姿が見えなくなったころ、ふとボロが気がつくと横にいるレンが物凄い怒ったような拗ねたような眼でこちらをみていることに気づいた。
「え、なに?」
「ボロくんのバカ!!」
「へ? いたたたたたたたた!!!」
いきなりボロの脇腹に自分の手を突きいれたレンは、その肉を掴んで思いきりつねりあげる。
いくら対打撃防御服といってもつねられると流石に痛い。
ボロはあまりの痛みに涙目になって抗議しようとしたが、それよりももっと涙目になっていたレンは素早くボロから離れると、あかんべ〜をしながら走りさっていった。
「ボロくんのバカ〜〜〜〜〜〜!!」
「えええええ、なにそれ!!」
友達の意味不明な言葉と行動に大いに戸惑うボロであったが、恐ろしいほどの速さで走りさってしまった友達を今から追いかけることもできず、溜息を一つ吐き出してがっくりとうなだれるのだった
「もう〜、僕が何をしたというんだろ・・」
しばし、小学生らしくなく悩むボロだったが、やがて顔をあげるとすぐ近くで気を失って倒れているいじめっこ達のほうに視線を移す。
そして、嘆息するとポケットから緑色の小瓶をいくつか取り出して彼らに近づいていった。
「できれば僕の目の届かないところで気絶してほしかったなあ・・そうすれば放っておけたのに」
季節は移り変わり、赤い葉を覆い茂らせていた木々はその衣を脱ぎ棄て、厳しい冬を通り越し、再び新しい緑色の衣を身につける準備を始めたころ。
この辺り一帯にその武名を鳴り響かせていた、巨漢の肥満児の噂は日を追うごとに少なくなっていっていた。
あれほど毎日何かしらの騒ぎを起こしていたというのに、日に日にその頻度は落ちていっている。
それもそのはずで、あの肥満児『イワゴリラ』は大変な壁にその行く手を阻まれ、前に進めずにいたのだ。
『なぜだ、なぜ勝てない!?』
そう自問自答を繰り返す日々が続く。
あの日、狐の六年生の負けたあの日から、『イワゴリラ』の連戦連敗の日々は続いた。
盟友である『黒雪姫』とともにずっとあの忌々しい狐に挑み続けてはいるが、全く歯が立たない。
それどころか、あの狐の友達とかいう天魔族の少女にまでこてんぱんにやられることも多い。
そろそろ時間もなくなってきていた、自分達はいいが、あの狐達は六年生でもう卒業してしまう。
このままでは負けっぱなしのまま逃げられてしまうのだ。
それだけは勘弁がならなかった。
勘弁ならないといえば、もう一つ勘弁ならないことが『イワゴリラ』にはあった。
それは『イワゴリラ』のプライドをズタズタに傷つけることだったのだが、同時にそれを考えるとひどく心が痛むのだ、うずくといってもいい。
だからそれについては考えないようにして、すべてをあの狐達にぶつけることにした。
『イワゴリラ』は盟友である『黒雪姫』と、今手元にいる下っ端達を総動員して狐達に一大決戦を仕掛けることにした。
流石の狐も大人数でかかられてはひとたまりもない、そう考えた『イワゴリラ』だったのだが・・
「ぐ・・ぐぞ・・な、なぜだ・・」
蹴散らされた、異様にあっさりと蹴散らされてしまった。
下っ端達は狐と天魔の少女達のあまりの強さに、こてんぱんにやられてあっというまに泣きながら逃げ去ってしまった。
しかも自分と『黒雪姫』も過去最短タイムで秒殺されてしまい、あまりの弱さぶりに天魔の少女は呆れ果てて帰ってしまう始末。
いつもと同じようにまたもや生き恥をさらして地面に横たわっていなければならないのかと思っていたのだが、今日だけは少し様子が違っていた。
これまでなら、呆れた表情を浮かべてすぐに帰ってしまう狐の少女が、あの恐ろしい狐の顔を張り付けたまま殺気を振り撒きつつ地面に横たわる自分達に近づいてくるのだ。
「ほんとに懲りないわね? あなたたち、心底腐ってるのね、かわいそうに。何も持ってないくせに持ってるふりを続けてるのね・・かわいそうだけど、無様よ、それ」
と、横たわる『イワゴリラ』の身体をとんでもない力で蹴り飛ばす少女。
「ぐおっ・・」
一瞬宙を浮いて横っ跳びに転がっていく肥満体を面白くもなさそうにみつめていた狐の少女は、今度は亜麻色の髪の小さな体のほうに向かう。
「卒業する前に、あなたたちのこと心配だから、ちょっとその体に植えつけさせてもらうわね・・恐怖を」
同じように近づくと、今度も『黒雪姫』の身体をボールのように蹴り飛ばし、『イワゴリラ』のところまで飛ばしていく。
「ぎゃあっ・・」
『イワゴリラ』の体に重なるようにして止まった二人を満足そうに見つめた少女は、両手の指をならしながらゆっくりと近づいていく。
その様子のあまりの恐ろしさと、今までさんざん痛めつけられてしまったせいで身体が動かず、声にならない悲鳴を上げる。
「あらあら、あなた達、自分達が他人をいじめるのはいいけど、自分達がいじめられるのはダメなの? そんなわがまま言っちゃだめよ。今までずっとずっとあなた達は力づくで物事を解決しようとしてきたんでしょ? だったら、あなた達よりも強い力を持ってる人のすることには文句いっちゃだめよね? だって、ずっとあなた達はそうしてきたんだから。今度はあなた達が言うことを聞く番になっただけ・・それがいやだったら、最初からこんなことするんじゃない!!」
そう言って、美しいフォームで垂直に振り上げた足を折り重なる二人に叩き下ろそうとしたそのとき、少女の目の前に、あのフード姿の少年が飛び込んできた。
吃驚して慌てて足の軌道をそらして下ろす少女。
ギリギリそれが間に合って、少女の足は少年の横をすり抜けて落ちる。
「あ、あぶないじゃない!! 何考えているの!!」
「え、あ、おねえちゃんのパンツ見るちゃんすだったから、つい」
「ひぇ? ぱ! ば、バカバカ!!」
真っ赤になって本気で怒る少女に、とんでもない答えを返すボロ。
そのボロの答えにさらに顔を赤くしてジーパンのスカートを抑えた少女は、ボロの頭をぺしっと叩く。
「も、もうもう!! 馬鹿じゃないの、バカじゃないの!! 怪我するところだったのよ!! 」
「白だった・・うんうん、やっぱおねえちゃんは白が似あうよね」
「し・・そ、そんなこといちいち言わなくていいの!! あなた人の話聞いてるの!?」
腕組みをして意味深に考え込みながらさらにおバカな発言をするボロの頭をさらにぺしっと叩く少女。
先程までの恐怖の殺気はどこへやら、すっかり普通の少女に戻ってしまった玉藻を、急に少年は真剣な光をフードの中から覗かせて見つめる。
「そうそう、おねえちゃんはそのほうがいいよ。なれないことしちゃだめ」
その少年の言葉にはっとしてスカートのすそを抑えることをやめた玉藻は、自身も真剣な表情を浮かべて少年を見る。
「・・その子達を庇うの?」
「う〜ん、結果的にはそうなるのかもしれないけど、どちらかというと、さっきのおねえちゃんを見ていたくなかっただけ。このまえと違って、今日のはただの八つ当たりでしょ?」
「!!」
「もう、やめとこうよ、十分懲りたとおもうよ。この子達も、おねえちゃんとおなじなんじゃないかな」
「あなた、誰? わたしのこと知ってるの?」
「・・」
フードの奥で全く表情が読めない少年に、急激に警戒の色を強くし、戦闘態勢を整える玉藻。
そんな玉藻を見ても少年は全く動じることなくパーカーのポケットの中に両手を突っ込んだまま、自然体で立っている。
「そこをどきなさい。どこないなら、あなたもただではすまないわよ」
「あ、そうなんだ。・・ところでおねえちゃん、それって力づくってことだよね? じゃあ、僕が勝ったらおねえちゃん、僕の言うこと聞いてくれる?」
なんだかかわいらしく小首をかしげて聞いてくる少年に、非常に戦闘意欲をそがれる玉藻だったが、一応聞いてみる。
「なにさせる気?」
「おねえちゃん、僕が勝ったら、僕のおよめさんになってくれる?」
「!!」
予想外の愛の告白に、吃驚仰天して顔を真っ赤にし、何度も少年を見返すが、表情は読めないものの雰囲気でかなりマジで言ってることはわかる。
そういう経験をほとんどしたことがない玉藻は、咄嗟に返す言葉がみつからず、非常に珍しいことに本気で狼狽するが、やがて、がっくりと肩を落とすとその顔に苦笑を浮かべた。
「あ〜、もうなんかやる気なくした。帰るわ、私」
「あ、そうなんだ・・残念だな・・僕、本気だったのに・・おねえちゃん、きれいだし、頭もよさそうだし、僕ともふつうに話してくれるからおよめさんになってほしかったなあ」
「それ聞いたら、余計やめてよかったわ。・・いっておくけど、今のあなたじゃわたしおよめさんになるきないから!! もっといい男になってくれたら考えてあげてもいいけどね」
なんだかほっとしたような表情で言う玉藻だったが、急に慌てて顔を真っ赤にしながら怒ったようにそういい、少年をしばし名残惜しげに見つめたあと、すごい照れたような表情になって足早にそこを去って行った。
そして、途中振り返ってもう一度ボロのほうを見る。
「でも、その告白結構うれしかったよ。じゃあね、さよなら、ボロくん」
「うん、さよなら、たまもおねえちゃん。・・・・って、いたたたたたたたたた!!」
バイバイと結構悲しげに手を振って去りゆく少女を見送っていると、またもや脇腹に激痛が走り物凄い悲鳴を上げるボロ。
ふと横を見るといつのまに来ていたのか、またもや涙目になったレンが、物凄く怖い目つきで睨みつけながらボロの脇腹を全力でつねりあげていた。
「なんで? なんで僕つねられているわけ!?」
「ボロくんのバカ!! バカバカバカ!! もう知らない!!」
うわ〜〜んと泣きながら走り去って行くレンを、茫然と見送るボロ。
「なんだったんだろ、もう」
ポリポリとフードの上から頭をかいたボロは、くるっと振り返ると、折り重なって倒れている『イワゴリラ』と『黒雪姫』のほうに近づいていく。
すると、今回は気絶しなかったのか、『イワゴリラ』が近づいてくるボロに気が付いて頭を上げる。
「おい、また情けをかけるつもりか? おまえ、ずっと毎回毎回俺達があいつらにやられるたびによってきて薬塗って勝手に怪我をなおしているよな? もう放っておいてくれ! でっかいお世話だ、もう少しすればさっき逃げて行った友達がもどってくる。おまえの情けは受けない」
しかし、その言葉に何の感銘も受けていないのか、ボロはずんずんと近づいてきてポケットからまたもや緑色の液体の入った小瓶を取り出す。
そして、それの蓋を開けて小さな手の平に少し中身を落とすと、両手でこすり合わせてしっかり伸ばすと、『イワゴリラ』の横にちょこんと座りこむ。
その様子に更に言葉を続けようとする『イワゴリラ』だったが、ボロは構わず『イワゴリラのTシャツをたくしあげてその膨れ上がった腹を出させると、蹴られて青アザになっているところに、先程の緑の液体を塗り込み始めた。
ひんやりした冷たさがなんとも言えず気持ちよかったが、同時になんともいえない苦い感情が『イワゴリラ』の心を占める。
「おい、こんなことしたってな・・」
「君さ、友達っているの?」
「は?」
塗り薬を塗りながら問いかけてくるボロの言葉の意味が、一瞬理解できずに呆けたような表情を浮かべる『イワゴリラ』。
「だから、君ってほんとに友達いるの? もうさっきから大分時間たっているけど、誰も戻ってこないよね?」
「そ、それは・・」
「もうわかってるんでしょ? そこで一緒にねているこ以外に、君には友達はいないんだよ」
「だ、だまれだまれだまれ!!」
思いもかけぬボロの厳しい指摘に、『イワゴリラ』は半泣きになりながら絶叫する。
「僕はよわいから、いろんなものを持ってない。持ってないから友達ができないんだって・・最初は思っていたよ。でも、ちがったんだね。君を見ていてわかったんだけど、君みたいにいっぱいなにもかも持っていても友達ができるわけじゃないんだってことがわかったんだ。いったい何をどうすれば友達って増やすことができるんだろうね」
『イワゴリラ』の身体でアザになっているところのほぼ全てに塗り薬を塗り終えたボロは、隣で横たわる『黒雪姫』のところに移動し同じように薬を塗ってやる。
「大丈夫、これで最後だよ。もうよけいなお節介したりしないから。あのおねえちゃんも小学校卒業していなくなっちゃうし、そうなったら君達と喧嘩する機会もなくなるでしょ? 僕もね、隣の小学校に転校することになっているんだ。だから、君達とももう会うこともないと思うよ」
そう言って、あらかた薬を塗り終えたボロは、ポケットからさらに別の水色の薬を取り出して『イワゴリラ』と『黒雪姫』の手に握らせる。
「やられたところが痛むようだったら、これ飲んでね。あと、それでも治らないようだったらお医者さんにいったほうがいいよ。さて、じゃあ、僕も行くよ。二人とも本当の友達ができるといいね。僕も隣の小学校で友達ができるようにがんばってみるよ」
そこまで言ってボロはすくっと立ち上がると、来た時と同じようにスタスタと立ち去ろうとした。
しかし、その足を小さな手が掴んで止めさせる。
ボロがそれに気づいて下を見ると、まだ立ち上がれないでいるらしい『黒雪姫』が必死になって自分の足を掴んでいるのが見えた。
「ま、まて・・」
「あまり無理しないほうがいいよ。薬は塗ったけどすぐきく薬じゃないもん」
そういってボロはしゃがみこむと、そっと自分の足を掴む手を放させようとした。
だが、逆にその手を『黒雪姫』ががっちりと掴みなおす。
「なんでだ? なんで助け続けた? いじめてた相手だぞ? おまえ悔しくないのか?」
その言葉にう〜んと唸って考え込んでいたボロだったが、やがてその目をまっすぐに『黒雪姫』に向ける。
「わかんないや。ちょっと放っていけなかっただけ。だから気にしないでいいよ。僕ももう気にしないから。・・じゃ、今度こそいくね」
そう言って今度こそその手を放させようとするが、逆に『黒雪姫』はその掴む手に力を込める。
「え、ちょ、ちょっと・・」
「行くな!!」
「は?」
「・・いくなよ・・いかないでくれよ」
「え、なに? どうしたの?」
戸惑っているボロの目の前で、『黒雪姫』は両目からぽろぽろと涙をこぼして泣き始めた。
今までどれだけ殴られ蹴られしようとも全く涙一つみせたことがないこの小さな暴君が、いじめられっこの自分の前で涙を見せているという事実が信じられず、ボロは茫然とその様子を見守り続ける。
「もう・・いじめないから、いかないでくれよ」
「いや、あの、どうしちゃったの!? って、うお!!」
今度は逆から手をひっぱられ、そっちを見るとなんと『イワゴリラ』のまで自分の手を引っ張っているではないか。
しかも、物凄く暑苦しく涙ぼろぼろ流している。
「いやいやいや、ちょっと、二人ともこれなに新しいいじめ?」
「お、おまえいくなよ、転校するとかいうなよ・・さ・・さびしいよおおお」
「さ、さびしいって・・ちょっと、なにこれ・・お父さん、僕どうしたらいいの?」
二人のいじめっこにしがみつかれ途方に暮れるボロ。
この後ボロは予定通り小学校を転校したのだが、なぜかそこには先に転校していた『イワゴリラ』と『黒雪姫』の姿があり、これ以降二人からやたら懐かれていくことになるのだが、それはまた別のお話。
「と、まあ、これが僕の初恋です」
と、話を締めくくった連夜に、膝の上から玉藻は壮絶に苦虫を噛み潰したような顔を向ける。
その表情の意味がわからず、きょとんとした顔を真下の恋人に向ける連夜。
「え、なんですか、その顔は」
「なんですかじゃないわよ、まるっきり、私の初恋話繰り返しただけじゃない!! ひどいわよ、連夜くん!!」
「へ、だって、それは」
その訳を説明しようとする連夜だったが、不貞腐れたようにぷいっと連夜の膝の上で顔を横に背けた玉藻は、全く聞こうとせずにブツブツと文句を言い始めた。
「そりゃあね、ボロくんの側からみた話はそれはそれで面白かったわよ。あのときボロくんの横にいつもくっついていたレンって子がまさか連夜くんだったとわ思わなかったけどさ。けどけど、それは私の初恋の話で、連夜くんの話は一つも出てこなかったじゃない。私は連夜くんの話が聞きたかったのに」
玉藻の文句を黙って聞いていた連夜は、あ〜そういうことかと納得した表情を見せたあと、玉藻には見えないようにいたずらを思いついた子供の表情を浮かべて玉藻の文句が終わるのを待つ。
そして、玉藻が溜息を一つついて文句を言うのを一段落つけたのを見計らい、口を開いた。
「そういえば、そのボロってこの後日談があるんですよ」
「え?」
「憧れのおねえちゃんに、いい男になったらお嫁さんになってあげるといわれたボロだったんですが、なんせ種族的に弱い能力しかもってなかったので、おねえちゃんよりも強くなるという道はあきらめました。しかし、なんとかしていい男になりたかったボロは必死になって考えて、じゃあ、おねえちゃんのサポートというか、ちょっとでも力になれるような能力を身につけようと考えたのでした。きっとおねえちゃんは、自分の母親みたいなかっこいいキャリアウーマンになるだろうなあって思ったボロは、じゃあ、逆に掃除洗濯料理ができるようになってやろうと考えたわけです。そうすれば安心しておねえちゃんは自分の仕事を続けることができるだろうって。しかし、ずっと続けていくうちに、もうきっとおねえちゃんは自分よりもずっとずっと素晴らしい男を見つけているだろうなあって思うようになっていました。でもまあ、それならそれでいいか、おねえちゃんが幸せならそれがきっといいにちがいないと、自分を半分無理矢理納得させることにしたのでした」
おもしろそうに語る連夜の話の内容を聞いていた玉藻の表情に、いくつもの疑問符が浮かんでいることに気づき、連夜はその微笑みを深める。
「どうしました、玉藻さん。なにか御不審な点でもありましたか?」
「え、いや、あの・・なんでそんなボロくんの心理状態まで連夜くんが詳しく話すことができるの?」
呆然と呟く玉藻に、とうとう堪え切れなくなった連夜は、横を向いた状態で涙目になりながら噴き出す。
「あはははは、玉藻さん、本当にまだわからないんですね。もう、困った人だなあ」
「え! え? え!?」
連夜は笑いの発作をなんとか止めると、非常に優しくて真剣な表情を浮かべ、戸惑う表情を浮かべ続ける自分の膝の上の恋人にその自分の顔を近づけた。
「あのね・・」
「え、う、うん、なに、連夜くん」
「おねえちゃん、僕のおよめさんになってくれる? あれからいい男になれるように結構努力したんだよ?」
「ほえ?・・・あっ!!!」
連夜の言葉を聞いた玉藻は、一瞬自分が聞いた言葉の内容が理解できずに固まっていたが、それが脳に浸透してその意味を知るや、己の目を限界まで見開いて今の自分の恋人の顔を凝視した。
その様子を愛おしそうに見つめていた連夜は、不意に自分の顔をそのまま下に落として、玉藻の唇に重ねる。
そして、しばらく呆然としている玉藻に構わず優しくその唇を奪っていたが、不意に顔をあげてもう一度優しい笑みを浮かべた。
「僕ずっとあれからも玉藻さんのことが好きでしたよ。み〜ちゃんにそれを気付かれてからは、玉藻さんの前に出ることは禁止されちゃいましたけどね。玉藻さんがうちに遊びに来るたびに、部屋の扉の隙間からずっと玉藻さんのこと見てました。まるでストーカーだなあって自分でも思ってましたけどね。でも、玉藻さんどんどん奇麗になっていっていたし、きっともう僕なんかよりもずっといい男みつけているだろうなあって・・半分諦めていたんですけど・・まさか、ず〜〜っと追いかけていた人から逆に告白されるとは。『人』の人生ってわからないですよねえ」
そう呟いた連夜は、よっこいしょと玉藻の頭をそっとソファの上にもどして立ち上がると、キッチンに向かって歩き出した。
「・・さて、耳の掃除も終わったことですし、お茶でもいれますね。そうそう昨日買ってきた『雷星堂』のモンブランまだ残ってましたよね。あれも出しますね。あ、そうだ、もう一ついい忘れてたことがありました」
途中くるっと振り向いた連夜はまだ呆然とソファに寝転がってる玉藻のほうを見て口を開いた。
「レンは僕じゃありませんよ。レンの本名はレヴェリエントリエス・ホーリーヘイムダル。あのこの愛称がレンだったので、僕の名前とかぶっちゃうでしょ。だから当時常に僕がズタボロ状態だったので、ボロって呼んでもらっていたんですよ。そういえば転校してから会ってないけど、元気にしてるのかなあ・・」
う〜んと伸びをしながらキッチンに去っていく愛しい恋人の後ろ姿を見送った玉藻は、ソファの上に身を起こしてぶるぶると身体をふるわせ始めた。
「う、うそよ・・あの、ボロくんが連夜くんだなんて・・そ、そんな、いや、それはそれで嬉しいし、なんか感激するけど、いい男になったらおよめさんになってあげるって言いきっておいて自分からがっつくように告白しちゃうわたしって・・な、情けないというか、恥ずかしいというか・・もう・・もうもうもうっ!!」
と、顔を真っ赤にしてソファの上のクッションをばんばんと叩くはじめた玉藻は、やがて涙目になった表情をきっとさせてキッチンで澄ました顔でお茶を淹れている連夜のほうに向け、心から絶叫するのだった。
「連夜くんの・・連夜くんの・・連夜くんのいじわるううううううううぅぅぅぅぅぅぅ!!」