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~第36話 激突~

(なんだ、こいつは!?)


 間断なく繰り出されてくる嵐のような蹴り技の連撃。


 前蹴り、横蹴り、回し蹴り、ローキック、回し下段、いったい、どうやったらこんなに矢継ぎ早に隙なく蹴りを繰り出すことができるというのだ。


 『銃拳武匠(ガンフィストマスター)』と呼ばれた自分がここまで一方的に抑え込まれることなど、今まで数えるほどしか経験したことがないナイトハルトは、目の前の強敵に戦慄を覚えずにはいられなかった。


 いつものように家のすぐ側にある公園で、武術の鍛練をまだ日も昇らない早朝から行っていたナイトハルトだったが、突如現れたアーミールック姿の人物の襲撃を受けて、なし崩し的にそのまま戦闘状態に入ったわけだが・・


 強い。


 ともかく強い。


 今まで何人もの強者と手合わせをしてきたナイトハルトだったが、ここまで純粋に強い人物は数えるほどしかやったことがない。


 最近手合わせした人物で言うなら、ロスタム・オースティンなどがそうだが、彼の場合強くはあっても決して巧くはない。


 武術を心得ていないため、非常に不器用な戦い方をしていたものだが、この目の前の人物は違う。


 相当な武術の腕前だし、何よりも明らかにかなりの実戦をこなしてきたものの、動きをしている。


 攻撃は最大の防御であるという言葉があるが、まさにそれを実践してみせている。


 ナイトハルトに一発の反撃も許さない。


 普通、蹴り技主体となると、どうしても大ぶりとならざるを得ず、そこには必ず隙が生まれるものであるが、この目の前の人物の蹴り技は、繰り出す一撃一撃が次の技への布石となってつながっており、迂闊に反撃でもしようものなら、その一瞬の隙をつかれてとんでもない大ダメージを食らいかねない。


 今のところ防戦に専念しているために致命傷らしい致命傷は一発も食らってはいないが、全て避け切っているわけではなく、ガードしている上からガリガリと自分の体力を削られていっていることを肌で感じており、このままではジリ貧なのはもう一目瞭然であった。


 なんとか・・なんとかどこかに反撃の糸口がないか探るナイトハルト。


 しかし、目の前の人物の流れるような動作の中に無駄な動きは一切ない、むしろ、ナイトハルトの動作を徐々に把握してきているのか、攻撃箇所が段々正確になってきている気さえする。


 これだけ嵐のような攻撃を続けていれば、スタミナも切れるのでは?


 そう考え、反撃の糸口を探ることを諦めて相手のスタミナを切れることを狙ってみる作戦に変更してみるが、一向にその気配がない。


 ちらっと目の前の人物の顔に視線を向けると、迷彩色のアーミーキャップの下に、薄い笑みが浮かんでいるのが見えた。


 その顔の色は異様なほど白く、帽子のつばで目元は見えないが、顔の下半分に見えている口は、耳元まで裂けており、ズラリと並んだ鋭い犬歯、そして濡れ濡れと光る真っ赤な口の中が妖しく見え隠れしている。


(狐顔・・いや、キツネ・・そうかキツネだ!!)


 何かを思い出したナイトハルトがちらと、その人物の腰のあたりに目をやると、そこからはふさふさとした金色の毛に覆われた三本の狐の尻尾が伸びているのが見えた。


 ナイトハルトは地面を転がるようにして相手の蹴りを潜り抜けると、その一瞬に地面から掴んだ土を相手の顔面にすかさず投げる。


 じゃっという音がして、一瞬相手が怯んだ隙を見逃さずナイトハルトは相手との距離をあけて立ち上がり、再び構える。


 そして、相手を油断なく見つめながら口を開いた。


「思い出した、俺はあんたのことを知っているぞ!!」


「・・」


「かつて御稜高校に、連夜のお姉さん、ミネルヴァ・スクナーと共に君臨し、不良達を恐怖のドン底に突き落とした最強にして最凶の伝説の風紀委員長(ピースメイカー)。『暴走する(スタンピート)正義の味方(パニッシャー)』、『悪食う悪(レディアシュラ)』、『白い悪魔(イレーザーヘッド)』、あまりの強さゆえに数々の二つ名を残したあんたの名は!!」


 上半身には迷彩色のアーミーキャップ、アーミージャケットとその下には黒い鎖帷子、下半身はアーミーパンツ、そして、黒い軍用ブーツに身を包み、その少し大きめの服装の上からでもわかる出るところが出て、ひっこむところがひっこんだ抜群のスタイルを誇る目の前の女性に向かって、ナイトハルトはその正体を叫ぶ。


「『問答無用(てんちおそれぬ)白面狐(すごいやつ)如月(きさらぎ) 玉藻(たまも)!!」


 ナイトハルトに正体を見破られたアーミールックの襲撃者である玉藻は、片手で帽子を取ってぽりぽりともう片方で手で頭をかくと、もう一度目深に帽子をかぶり直した。


「あら〜、卒業してから一年以上たっているから私のことなんか覚えている『人』なんかいないと思っていたんだけど、よくわかったわね」


 バツが悪そうに言う玉藻に、ナイトハルトはむしろ嬉しそうな表情を浮かべて玉藻のほうを見る。


「そうか、やはりあんただったか。これだけの強さを持つ奴がそうそういるわけがないと思っていたが・・そうかそうか。何が目的でここに来たか知らんが、ちょうどいい、俺はずっとあんたに会いたかったよ」


 そう言ったナイトハルトの気配ががらりと変わる。


 『人』の顔から白い虎の頭部へと変化し、筋肉が膨張してその身体が一回り大きくなる。


 そして、怒りではないが、怒りによく似た激しい闘志を燃え上がらせて目の前の玉藻を凝視する。


 玉藻はそんなナイトハルトの様子が理解できず戸惑った表情を浮かべる。


「俺がどうしてこれほどの闘志と敵対心をあんたに向けているか、わからないよな? あんたにとって、俺は・・俺達は路傍の石にすぎなかったんだろうよ。当時の俺達は確かにひどい奴だったからな、他の連中と十把一絡げで始末した、その程度なんだろ? まあ、そのおかげで俺もあいつもちったぁましな奴になれたさ、それについては感謝してる。しかし・・武術家として負けっぱなしっていうのはどうにも我慢できないのさ。正直、こういう喧嘩じみたことにはもううんざりしていたんだが、相手があんたとわかったからには話が別だ。全力で相手してもらうぜ」


 ドンッという音が響きわたり、足を踏みしめて構えるナイトハルトの足元の地面に円状にひびが入る。


 ナイトハルトの言葉を複雑な表情で聞いていた玉藻だったが、しょうがないという風に溜息を一つつくと、再び半身に構えて戦闘態勢を取る。


「正直、確認したいことはもう確認しちゃったから、もうやる必要はないんだけどね。でも、それじゃあ、あなた納得できないのよね・・まあ、しょうがないか、先に仕掛けたの私だしね。相手してあげるわ。ただし、怪我しても知らないわよ、私手加減って苦手なの」


「上等だ」


 睨みあう二人。


 まだ朝日も昇らぬ薄暗い公園の中で対峙する二つの影。


 先に動いたのはナイトハルトだった。


 神速の踏み込みで一気に玉藻との距離を詰めたナイトハルトは、その拳を玉藻に叩きつけようとする。


 しかし、じゃっという音ともに下から上にナイトハルトが風を感じたときには、ナイトハルトの拳は上に跳ねあげられていた。


 玉藻の垂直に蹴りあげられた足が、ナイトハルトの拳を蹴り飛ばしていたのだ。


 一瞬己に起こった事態が飲みこめず、反応が遅れたナイトハルトを、玉藻の美しいまでに垂直に天高く跳ねあげられた足が、今度は下に向かって振り下ろされて襲いかかる。


 ほとんど無意識にそのカカト落としを間一髪横に移動することで避けたナイトハルトだったが、途中まで振り下ろされていた玉藻の足がナイトハルトの腹の位置くらいまできたときに急にその軌道を変え、ありえない角度に曲げられてナイトハルトを横薙ぎに襲う。


「ぐうっ!!」


 片腕でその蹴りをガードするが、蹴りの威力を殺し切ることができずに、吹っ飛ぶナイトハルト。


 そのナイトハルトを不思議なステップで追いかけてきた玉藻は、前蹴りでナイトハルトの身体をさらに吹っ飛ばそうとする。


 しかし、一瞬早く態勢を立て直したナイトハルトは、その前蹴りを前進しつつかわして玉藻の懐に飛び込むと、猛烈なタックルをくらわしにかかる。


 完全にとった、ナイトハルトは思ったが、玉藻の身体を掴もうとした瞬間、ナイトハルトは額に強烈な衝撃を感じて身体ごとのけぞってしまう。


 自分が玉藻のカウンターの膝蹴りを食らったと朦朧とした頭で認識したときには、ナイトハルトの目には、自分よりもはるかに低い身長の玉藻が自分よりも高い目線に背中を向けているのが映っていた。


 ぼんやりとなんだこれはと、頭が事態を把握しようとするよりも早く、身体は腕を交差させて十字ブロックの態勢を取る。


 その次の瞬間、玉藻の恐るべき高さの旋風回転脚がナイトハルトを襲い、ナイトハルトの十文字受けごと吹っ飛ばす。


 かろうじて転倒は免れたナイトハルトだったが、すでに防御は解けてしまっており、無防備に全身をさらけ出した状態で仁王立ちするばかり。


 トドメとばかりに近寄ってきた玉藻は、美しいフォームでの巻きつくようなハイキックをナイトハルトの後頭部めがけてブチ込む。


 勝負あった。


 玉藻はそう確信した。


 だが。


 突如二人の間に飛び込んできた小さな影が、目にもとまらぬ裏拳を放ち、玉藻のハイキックを跳ね除ける。


 思わぬ攻撃にバランスを崩した玉藻はとんぼ返りで一旦距離を取り、謎の乱入者に対して油断なく身構える。


 その人物は見るからに整った肢体を御稜高校の制服である紺色のブレザーとスカートで包み、スカートの下には黒いスパッツを着用、美しく長い黒髪を後ろでまとめてくくり、その頭からは途中で切断面が見えている角が二本。


 薄暗い中でもわかる黒々と光る大きな瞳に厳しい色を湛えてこちらを睨みつけ、腰を落として半身に構え戦闘態勢を取っていた。


「ナイト、しっかりせぬか!! わらわの知っておるお主は、この程度で惚ける様な腑抜けではなかったぞ!!」


 声をかけられたナイトハルトは、自分を守るように立つ人物を視認するものの、その事実が信じられず何度か瞬きを繰り返す。


 しかし、自分が今見ているものが紛れもない現実と悟って驚きの表情を浮かべるのだった。


「ひ、姫子!?」



〜〜〜第36話 激突〜〜〜



 ナイトハルトの驚愕に満ちた声を聞いた姫子は、ちょっと振り返ってニヤリと笑ってみせる。


 それはナイトハルトが子供の頃によく見た、やんちゃなガキ大将だった頃の笑みだった。


「話は全部聞かせてもらったぞ、ナイト。それにしても、勘違いで死を覚悟するとは・・お主つくづくあほじゃな」


「大きなお世話だ。それよりもおまえ、俺に恨み事を言いに来たのか? 確かにお前にはそれを言う資格があると思うが、とりあえず、後回しにしてくれないか、見ての通り取り込み中だ」


 本当に呆れ果てた口調で元恋人に一番言われたくないことを言われてしまったナイトハルトは、物凄い仏頂面で姫子の横に立つと、油断なく目の前で戦闘態勢をとり続ける玉藻のほうを向いて再び構えを取る。


「まあ、確かに言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるが、恨み事とはちょっと違うな。それよりもお主、これだけの窮地に立たされておいて、わらわに何か言うことはないのか?」


「え・・あ〜、そうか、すまん、助かった。礼を言う」


 姫子のいたずらっぽい問いかけに、少し考えたナイトハルトだったが、助けてもらったことを思い出し素直に礼を言う。


 しかし、姫子は逆に渋面を作って横のナイトハルトに文句を言うのだった。


「違うじゃろ、そもそも、まだ助かったわけではなかろうが。なあ、ナイトハルト、わらわは確かにお主の恋人をやめることは受諾したが、お主の友達であることをやめることは受諾した覚えはないぞ。ほれ、お主の背中を守れる頼りになる友達に、言うべきことがあるじゃろうが」


「おいおい、本気か、姫子? お前あいつから、何もかも聞いたんじゃないのか? 浮気してたも同然の俺だぞ、わかってるか?」


 益々驚いた表情を浮かべるナイトハルトだったが、その表情を横目で見ていた姫子は、逆にバツが悪そうな表情を浮かべる。


「あ〜、それなんじゃが、どうもわらわもお主のことを恋人として好きだったわけではなかったようじゃ。詳しい話も聞いたことは聞いたのじゃが、なんかそれについては全然腹が立たなかったというか。あはは、むしろ恋人失格な恋人であったことについては、ほんとに申し訳なく思っておる。許せ、すまなかった」


「あ、ああ、いや、そんな謝らないでくれ・・むう、なんか調子狂うな」


 お互い油断なく構えながらも横目でお互いを見て苦笑を浮かべる。


「さて、そういうことで今となっては、わらわはお主にそれほどわだかまりがあるわけではない。どうする、ナイトハルト・アルトティーゲル」


 不敵な笑みを浮かべる横の少女のほうをもう一度ちらっと見たナイトハルトは小さく嘆息すると、獰猛な笑みをその表情に浮上させる。


「ならば、友として頼む、龍乃宮 姫子、かつての俺達を打ち破り、存分に砂をかませてくれた敵が目の前にいる。そいつを打ち倒すために、おまえの力を貸してくれ」


「承知、任せておけ・・・って、ちょっと待て!! な、なに? いま、何といったナイト?」


 力強い承諾の声をあげた姫子だったが、ナイトハルトの言葉の中に到底無視できない文脈があったことに気づき、慌てて問い返す。


 その問いかけに、今度はニヤリと笑い返すナイトハルト。


「眼前に立ちふさがる我らの敵は、かつて俺達を叩きのめした二人組の片割れ。『問答無用(てんちおそれぬ)白面狐(すごいやつ)如月(きさらぎ) 玉藻(たまも)だ!!」


「!!」


 その言葉をしばし呆然と聞いていた姫子だったが、目の前に立つアーミールックの女性が、紛れもなくありし日の自分を叩きのめした人物と同一人物であることを確認し、なんともいえない凄絶で妖艶な笑みを浮かべる。


 その目の前の人物と言えば、ナイトハルトと姫子の会話に飽きてきたのか、いつのまにか戦闘態勢を解いて腕組みをし、呆れたような表情でこちらをも守っている。


「そうか・・お久しぶりです、ご無沙汰してますと言っても、わかってはもらえないんじゃろうなあ、白面狐殿。昔日以来の再会なわけじゃが、またもや我が相棒が世話になりかけていたわけじゃな。あの頃は、わらわ達が一方的に悪かった故、致し方ないと諦めもつくが、今日のこれはそうではあるまい。なぁ、白面狐殿、わらわ達は意趣返しというものが好きではないのじゃが、到底お互いこのままでは収まるまい。申し訳ないが、参戦させてもらうぞ」


「どうでもいいけど、話し合いは終わったのかしら? 敵の前でのんびりと再会を確認し合うのはいいけど、私が短気な奴だったらとっくに攻撃再開してるわよ。・・まあ、いいか。それにしても次から次へともう、これも因果応報ってものなのかしら・・あ〜あ、もうめんどくさいったら。わかったわかった、いいからまとめて掛かって来なさい。一人が二人になってもそれほど変わらないと思うけどね」


 心からめんどくさそうにいう玉藻に、ギラリと光る鋭い視線を送るナイトハルトと姫子。


「その言葉、忘れるなよ、如月 玉藻」


「『龍姫虎侠(ダブルインパクト)』と呼ばれた我らの異名が伊達でないことを思い知るがいいわ」


「はいはい。二人とも早くおいで、特にそこの色男くんには後が詰まっているんだからね、ちゃっちゃと終わらせたいのよ」


 ざっざっと足もとの土を片足で払い、再び構えた玉藻の姿を確認し、ナイトハルトと姫子は、闘気を練り始める。


 二人ならば二人の戦い方がある。


 それはそんな単純なことで、両者はよくわかっていたはずだったが、片方はそれを思い出し、片方は完全に失念してしまっていた。


 まだ陽は昇らない、闇が今しばらく支配するこの空間で、一番最初に動いたのは姫子だった。


 ナイトハルトの使用する戦闘歩法と似たような動作で一気に玉藻との間合いを詰めると、予備動作もほとんどない腰の入った正拳突きを繰り出す。


 ほとんど無駄な動きがなく放たれたそれは、まっすぐに玉藻の体に吸い込まれようとしたが、不意に玉藻の身体が姫子の視界から消える。


 そして、それを目で追おうとした次の瞬間、自分の足元でガンッという何かを止めるような音が姫子の耳に響いて下を見ると、しゃがみこんだ玉藻の水面蹴りをいつのまにか移動してきたナイトハルトが、その足の裏で止めているのが映った。


 自分の攻撃を止められた玉藻はすかさず逆の足で、ナイトハルトの足を払いにかかるが、今度はそれを姫子の足が蹴り飛ばして防ぐ。


 両足の攻撃を止められてかなり不自然な態勢でいる玉藻に、躊躇うことなく一気に攻撃を仕掛けようとする二人だったが、玉藻は慌てることなく地面に両手を突くと、ばねのように飛び上り、倒立のような状態で回転しながら両足を開き、ナイトハルトと姫子を蹴散らす。


 二人は咄嗟に十字受けでその攻撃を凌いだものの、態勢を立て直すのに若干の時間を取られてしまい、そのときには玉藻は立ち上がって再び戦闘態勢を整えてしまっていた。


「流石、如月 玉藻、強いのう・・」


「まあ、そうでなくては、二人がかりでかかってる俺達はただの弱い者苛めだろ」


「違いない。あのころはそんなことにも気がつかなかったがのう・・」


「そうだな・・」


 非常に苦い笑いを浮かべる二人の姿を見つめていた玉藻は、遠い昔、確かにこの二人と会ったことがあるような記憶が甦りそうになっていることに気がついた。


 あれはいったいいつの頃だったか。


 いや、思いだすのは終わってからでいいと、すぐに頭を一つ振って考えを頭から追い出す。


 まずは目の前の二人を倒す。


 その考えはナイトハルトと姫子も同じだったようで、二人の目に今までよりも一層強い光が輝いているのが見て取れた。


「ナイト、久しぶりにあれをやろう」


「あれか・・おまえ、タイミングを間違うなよ。失敗しても俺は知らんぞ」


「お主と違ってわらわは異性にうつつを抜かし、鍛錬を怠るような真似はせん」


「いや、俺とて鍛練をさぼったことはないが・・まあいい、一つ如月元風紀委員長殿を驚かしてやるとしよう」


「承知」


 どうやら相談はまとまったらしいと見て、玉藻は片手でくいっくいっと手招きをして挑発してみる。


 そろそろ玉藻自身も飽きてきたころだったので、次で決めてしまうつもりだった。


 目の前の二人が何をどうするつもりか知らないが、必殺のトドメの業というものは、何も自分達だけが持っているものではないのだということを教えてやるつもりだった。


 アーミーキャップの下で、玉藻の顔が『人』の顔から狐のそれに変わる。


 愛しい連夜にすら見せたことのないその顔は、真っ白というにはあまりにも虚無に満ちた白さを持ち、耳まで裂けた大きな口からは簡単に肉を引き裂き食いちぎることができるであろう恐ろしいまでに鋭い犬歯が並び、何よりもその目深にかぶったキャップの下にある目は、血の色そのものといわんばかりに不気味に赤く光っている。


 玉藻はこの自分の姿が嫌いだった。


 霊狐の里の伝説にある最強の悪狐『金毛白面九尾の狐』そのものの自分の姿が。


 だが、これも自分であった。


 いくら否定しようとも、戦うたびに浮かび上がってくるこのおぞましい顔。


 この今の時間を象徴するかのような闇の中に沈む自分の最も醜い暗黒の部分。


 否定しても逃れられないならば、受け入れるしかない。


 そして、コントロールするしかないのだ、己のために。


(大丈夫、私はまだ大丈夫だ・・己を見失ってはいない)


 圧倒的な破壊的衝動に襲われながらも、玉藻は冷静に自分を見つめその力を制御する。


 ギラリと視線を目の前の二人に合わせ、闘気を噴出させる。


 それを合図にするかのように、まず、ナイトハルトが飛び出して来た。


 ナイトハルトにとって絶妙な間合いで飛び込んでくるが、それは玉藻にとっても同じこと。


 むしろカウンター狙いの玉藻には、絶好のチャンスですらある。


 ナイトハルトの動きに合わせ、利き足でのミドルキックをナイトハルトのがら空きの腹に叩きこもうとするが、飛び込んでくるという動作しかしてなかったのか、あっさりと防御を間に合わせ、防いでしまう。


「ぐうっ!!しかし、あんたの蹴りは重いな」


 それでも顔をしかめながらニヤリと笑ってみせるナイトハルトに、玉藻は次々と蹴りの連打を叩き込む。


 ムチのように身体全体をしならせた蹴りは、容赦なくナイトハルトの防御の上から体力を削っていくが、そんなことは気にしていないのか防御に専念し続けるナイトハルト。


 そのとき不意に玉藻は悟る、この目の前の虎は陽動にすぎない。


 真の敵は、龍!!


 一瞬早く、その動きに気がついた玉藻は、すでに迎撃の態勢を整えていた。


 ナイトハルトが身体を沈ませるのと同時に、その上半身が沈んでできた空間から龍の少女の美しい飛び蹴りが玉藻めがけて矢のように飛んでくる。


 いいコンビネーションだった、しかし、ほんのわずか玉藻のほうが上手だった。


 無造作に突き出した足の裏を、ガシッと姫子の飛び蹴りの足の裏にあわせて止める。


 まだまだ甘いと、笑みを浮かべようとした玉藻だったが、止められたはずの姫子の顔に、嘲笑にも似た会心の笑顔が浮かび上がるのを見て一瞬動きを止める。


「わらわが本命と思ったのじゃろ? 残念惜しかったのう」


「なに・・き、きゃああああああああ!!」


「おおおおおおおおおおお!!」


 ナイトハルトはただしゃがんだだけではなかった。


 姫子の動きに捉われた玉藻の隙を見逃さず、玉藻の足をすくいあげるように持ち上げたナイトハルトは、ジャイアントスイングの要領で、ぶんぶんと玉藻の身体を振り回していく。


「いっけえぇぇぇぇ、ナイトハルト!!」


「おおおおおおおお、とんでいけぇぇぇぇぇぇ『旋風(サイクロン)』!!!」


 そして、そのスピードが十分乗ったところでナイトハルトははるか上空に玉藻の身体を投げ飛ばした。


 流石の玉藻も自ら飛んだわけではないので、成す術もなく木端のように舞い上がり空中で身体を制御することもできない。


 地上では、その姿を目視しつつ二人の獣が特大の牙を剥き出しにして、襲いかかろうとしていた。


 極限まで己の筋肉を増強させた白い虎と、青い炎を噴出させた龍の姫が、玉藻の落下地点に向けて挟み込むように迫る。


(まずい!! まずいまずいまずい!!)


 なんとかして打開策を練ろうとする玉藻だが、自由落下に入った状態ではもはやどうすることもできない。


 迫りくる二匹の獣の咆哮が、己にこれから降りかかる運命を象徴していた。


(ごめん、連夜くん、死なないようにはするけど、心配はかけちゃう)


 そう言って腕を自分の前で交差し、できるだけ身体を丸めた状態で防御と受け身の姿勢を取る玉藻。


 しかし、玉藻は落下の途中、奇妙な光景を目にして戸惑う。


 一瞬だが、上から下を見た時に公園の大きな木の影に、自分がよく知る人物の姿を見た気がしたのだ。


(え、うそ、まさか)


 自分の見たものが信じられず唖然とする玉藻だったが、どんどん地上に近づいていることに気づいて考えることをやめ、衝撃に備える。


 そして、そこには二匹の獣の一撃が待ち構えていた。


「いくぞ、如月 玉藻!!」


「これが、俺達の結果、俺達の真実・・俺達の勝利だ!!」


「「うおおおおおお、『切り札(ジョーカー)』ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


 恐ろしい力で踏み込んだ二匹の獣の足が、公園の地面を陥没させ、その威力を乗せた拳が挟み込むようにして玉藻にたたき込まれる・・瞬間。


『ボンッ!!!!』


 とてつもない轟音が公園中に響き渡り、攻撃に集中して完全に油断していたナイトハルトと姫子はまともにそれを聞くはめになって、たまらず地面を転げまわる。


「くっそ、『轟音珠』か!!」


「むう、まだ仲間がいたのか!?」


 なんとか頭を二、三度振ってはっきりさせると、ナイトハルトと姫子は気丈にも立ち上がって戦闘を続行しようとする。


 みると、九死に一生を得る形になった玉藻もすでに立ち上がっているのが見えた。


 お互い再びにらみ合う。


しかし、その静寂を打ち破り、公園に飛び込んできた第三者が戦闘の終了を告げる


「あなた達やめなさい!! いったい何やってるの!! 玉藻ちゃんも、ナイトハルトも、龍乃宮さんまで!! これはいったい何!? なんなの!?」


 三人の間に飛び込んできたのは、三人がよく知るエンシェントエルフ族の女性、御稜高校弐-Aのクラス担任、ティターニア・アルフヘイムだった。


 その後に続くように、ナイトハルト達の友であるリンとロスタムも飛び込んで来る。


「おいおい、ナイトハルトらしくない無茶苦茶ぶりだな、いったいなんだってこんなことになっているんだ?」


「姫子ちゃん、昨日言われたばっかりなのに・・いい加減力づくでどうこうしようとするのはやめなさいって」


「玉藻ちゃん、これいったいどういうこと? 私が来るまでは話はしないでねって言っていたでしょ? なんでこんなことになってるの?」


 三者三様に怒られる形になり、それぞれが非常にバツの悪い顔で俯いて同じようにそっぽを向く。


 後からやってきた三人は、お互いに顔を見合わせると、深く大きく溜息をつくのだった。


 しかし、何かにはっと気づいた玉藻が、公園の中を見渡して何かを見つけたような表情を浮かべる。


 そして、焦ったような顔でティターニアのほうを向くと慌てて説明を始めた。


「先輩、とりあえず、そこのナイトハルトくんは、もう病気なんかじゃありません。いま一通り拳を交えてみましたけど、あれは病気の人間が放つことができる拳ではない」


「おい、まさかそれを確かめるために俺に喧嘩を売ってきたのか?」


 呆れたような表情を浮かべるナイトハルトに、負けないくらい呆れた表情をナイトハルトに向ける玉藻。


「あなたみたいなタイプの男って、正直にそういうこと言わないでしょ? 力づくで確かめないとはぐらかされちゃう可能性があるものね。ちがう?」


「・・」


 玉藻の指摘が痛いところをついたのか、ナイトハルトはバツが悪そうに顔を横に向けた。


 玉藻は自分の推理が間違っていなかったことを確認して、ほっと安堵の息をつくとティターニアのほうを再び見る。


「そういうことですから、先輩。それを踏まえた上で彼とよく話し合ってください。すいませんが、私、これで失礼します。緊急で今すぐ行かないと取り返しのつかない事態に陥りそうでして、ああ、やばい、見失うかも・・と、とにかくがんばってください!!」


「え、ちょ、ちょっと、玉藻ちゃん!!」


 不安げな悲鳴を上げるティターニアや、呆気に取られているナイトハルト達を取り残し、玉藻は全速力で目的の人物の気配を追う。


 霊狐族特有のハンターとしての能力で、一度感知した気配は正確にたどることができる。


 公園を飛び出した玉藻は、明らかに最寄駅に向かっていると思われる気配の主を追って、閑静な住宅街の中を必死に駆け抜けていく。


 道の両脇をかわいらしい花が咲く花壇で彩られたおしゃれな道を、観賞することもなくひたすらに走っていくと、やがて目的の人物と思われる背中が見えてきた。


 やや、少し離れているが、構わずに大声でその名を呼んだ。


「連夜くん!!」


 呼ばれた人物はその声に反応して、ちょっと立ち止まったが、すぐにスタスタと足早に遠ざかって行こうとする。


(ああああああああ、怒ってる!! すっごい怒ってるよおお!!)


 もう背中から見てもわかるくらい強烈な怒気を噴出させている後ろ姿に、絶望で倒れ込みそうになる玉藻だったが、このままにはしておけないので、再び全力で走っていって追いつくと、後ろからガバッと半泣きの状態で抱きついて止める。


「連夜くん、ごめん!! ごめんなさい!!」


「・・知りません、もう」


 涙声で謝るが、年下の恋人はひじょ〜に冷たい声で答えると、玉藻をずりずりと引きづったまま歩みを止めようとしない。


「あ〜〜ん、そんなこと言わないでよ、ほんっとにごめんなさいってば!! 心配かけさせるつもりじゃなかったの!!」


「・・別に怒っていませんし、心配もしてません」


「うそだああああっ、無茶苦茶怒ってるじゃない!! 連夜くん、許してよおおおおおおっ」


「・・許しますから、放してください。そして、もどって先生と一緒に話し合いに参加してきてください。それから、しばらく僕のことは放っておいてください」


「いやいやいや!! 連夜くん、いやったらいや!! 私のこと見捨てるの? もう私のこと捨てちゃうの!?」


 恥も外聞もなく泣き叫び出した玉藻の声に、ようやく歩みを止めた連夜は溜息をふか〜く吐きだした。


「ったくもう・・なんで誰も彼も見捨てる見捨てるって・・僕ってそんな薄情な『人』に見えているのか。まあ、否定はできないか、実際薄情者だし」


 そう言って非常に憂鬱そうに後ろを振り返ると、自分の肩の上に頭を乗せて泣きじゃくってる恋人の顔を見る。


「本当に見捨てませんから、放してください。ちょっと一人になりたいだけなんです」


「ど、どうして一人になるのよ、なんで私が一緒じゃ駄目なの!?」


 涙と鼻水をだらだら流しながら訴えてくる恋人の姿を見て、こめかみに片手を当てながら連夜は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「誰にも八つ当たりしたくないし、今の自分の情けない姿も見られたくありません。ここでは落ち着いて落ち込むこともできませんから、早く移動したいのです。ですから玉藻さんは僕を置いて先生のところにもどり、なっちゃんの話し合いに参加してください」


「ダメ!! 絶対戻らない!! いいもん、連夜くんが行きたいならどこでも勝手に行けばいいじゃない、私も付いて行くもん!!」


「子供ですか・・」


「どうせ私は子供だもん!! 言ってくれないとわからないもん!! 連夜くんがなんで怒ってるのかもなんで落ち込んでいるのかもわからないもん!! 言ってくれなきゃわからないもん!! 言ってよ・・ちゃんと言ってよ、連夜くん・・」


 そこまで言って両手で顔を覆って泣きだしてしまった玉藻の姿に、流石の連夜も表情を緩めざるをえなかった。


 連夜はしばらくその姿を黙って見ていたが、やがて諦めたように口を開いて自分の想いを語り始めた。


「・・もっと早くに止めるつもりだったんです。本当は来ないつもりだったんですが、やっぱり心配で・・玉藻さんがなっちゃんに最初に仕掛けるずっと前に、本当は公園の中についていたんです。あの最初のときに止めようと思えば止めることができたはずなのに・・でも、出来なかった。玉藻さんとなっちゃん達のあの危ういバランスの戦いの中に僕のような中途半端な力しか持たない者が、不用意に横やりを入れてどちらかが傷つく結果になりはしないかと考えるとできなかったんです。今日ほど自分が無力だと感じたことはありません」


 がっくりと肩を落とし顔を俯かせる連夜は、非常に小さく見えた。


「で、でも、最後には私を助けてくれたじゃない」


「あれだって、ギリギリでした。なっちゃんと姫子ちゃん両方共に行動不能になってくれなければ意味なかったですしね。結局は運に助けられました。もし、あれが不発に終わっていたらと思うと・・想像することすら恐ろしいです・・血まみれで倒れる玉藻さんなんて見たくない・・」


 自分の想像ですら心を凍らせるようで、連夜は自分の両手で自分の身体を抱きしめる。


「玉藻さんは僕が怒ってると言いましたね。確かに、怒ってます・・不甲斐無くて情けない自分に。さっきまで玉藻さんに当たっていたのはただの八つ当たりです。みっともないでしょ?」


 そういって自嘲気味に笑ってみせると、連夜は玉藻に背を向けた。


「だから一人で反省会してきます。大丈夫、すぐ元の僕に戻りますから、ちょっとだけ目を放していてください」


 そうして再び歩きだそうとする連夜。


 しかし、その手をガッと玉藻の腕が掴む。


「連夜くん、行っちゃダメ!!」


「玉藻さん?」


 連夜が振り返ると、涙目になりながら物凄く怒った表情の玉藻がいた。


「どうして? どうして一人で解決しようとするの? 一人でなんでも解決できるなら私なんかいらないじゃない!! 私に八つ当たりしてよ!! 私に文句言ってよ!! もっと私に甘えてよ、連夜くん・・」


「で、でも・・」


 戸惑う連夜を玉藻は無理矢理引っ張ると、力づくで自分の腕の中に抱きしめる。


「昨日言ったよね、連夜くんは私のものだって。連夜くんの全てが私のものよ、その悩みだって苦痛だって怒りだって私のものよ、勝手に連夜くん一人だけで使わせないんだから!!」


 涙声でそう宣言する恋人の温かい言葉を聞きながら、連夜は、あ〜やっぱりこの人には勝てないんだなぁと思い、苦笑を浮かべる。


 しばらく黙って恋人の温かい腕の中に浸っていた連夜だったが、やがて無反応なままの年下の恋人が気になるのか、玉藻がちょっと腕の力を緩めて腕の中の連夜を覗き込む。


「れ、連夜くん、ちゃんと私の話聞いてる?」


 不安そうな表情を浮かべる年上の恋人を、何といえない苦笑を浮かべて見返す連夜。


「聞いてますよ・・玉藻さんって男の趣味悪いなぁって考えてました。あまり女々しい男好きになっちゃだめですよ」


「別にいいの、連夜くんは。それよりもどうせ連夜くん、今日も学校休みなんでしょ? 反省会するならとことん付き合ってあげるから、ついて来て」


「え、ほんとに先生のところにもどらないでいいんですか?」


「あったり前でしょ、私には連夜くんのほうが大事なの。さあ、行くわよ、連夜くん」


「なんか立場変わっちゃってる気がするけど・・まあ、いいか。どうせ、僕、玉藻さんには勝てないし」


「なんか言った、連夜くん?」


 わざとらしく白い目で睨みつけてくる玉藻に、連夜は心からの笑みを浮かべて言った。


「はい、やっぱり僕、玉藻さんが好きです」


「な・・も、もう、バカ!!・・でも、私も好きよ」


 ちょっぴり幼馴染達の話し合いの結果が気になった連夜達だったが、結局は目の前にいる最愛の人のことを考えることにした。


 それはそれで正しいことのような気がした。

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