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~第35話 夜二人~

 市営念車『サードテンプル』駅の南側は、百貨店『S-王号』や、『サードテンプル中央街』などの昼間向きのショッピング街、あるいは大衆飲食店がズラリと立ち並ぶエリアとなっているが、その反対側、北側のほうは、酒が飲めるようになっている大人向きの飲食店や、まあ、『ルーツタウン』のような本格的な歓楽街ではないものの、それなりに十八歳未満お断りのお店が立ち並ぶ夜間向きのエリアとなっている。


 その北側エリアの入口近く、市営念車の高架下すぐにある交差点の角に、城砦都市『嶺斬泊』では比較的有名な炉端料理店『厳虎(げんこ)』がある。


 他の城砦都市にもチェーン店を持つなかなか大きな企業で、そこそこ美味しい料理と酒を出し、値段も決して高くはない、というかむしろ安い。


 そのため、大学生などの飲み会や、コンパに使用される店としては一、二位を争う人気店でもある。


 だから、別にこの店そのものが決して嫌いというわけではないのだが、玉藻は不機嫌そのものといった顔を始終張りつかせたまま、黒ビールの入ったジョッキをちびちびと傾けた。


「な、なんだか如月さん、今日はいつにもまして機嫌悪いっすね・・」


 玉藻の対面に座るダークエルフ族の青年が、玉藻の仏頂面に気が付いて、冷や汗を流しながら苦笑して呟く。


 同じ研究室の顔なじみの青年を、玉藻はじろりと睨んで少しだけ口を開く。


「・・別に、いつもと同じ」


 絶対零度とも思える冷たい声音に、対面のダークエルフの青年だけでなく、周りに座る仲間達の表情も心なしか強張る。


 その様子を冷たく見渡しながらも、玉藻はそれに気がつかない振りをしつつ、目の前の料理を食べることに集中し雑音が耳に入らないようにひたすら顔を下に向け続けるのだった。


 玉藻は今、大学の研究室の少し遅れた新入生歓迎会の真っ最中だった。


 この手の飲み会が大嫌いな玉藻はずっと断り続けていたのだが、流石に今日は研究室の室長で彼女が尊敬している回復術の第一人者でもあるブエル教授直々のお願いとあっては断るわけにもいかず、渋々参加することになってしまったのだ。


 まあ、多忙極まりないブエル教授と飲むというのも滅多にない貴重な機会なので、是非、この機会に回復術のことでいろいろと聞かせてもらおうと思っていたのだが、開始そうそうに教授の秘書が現れて、都市中央庁の御偉いさんとの会合とブッキングしていたことが判明。


 教授は自分の研究生達に負担がかからないように店側に十分な金額を渡して早々に途中退席してしまったのだ。


 こうなってしまっては、玉藻としても付き合い続ける理由がない。


 早々に退席する機会を先程から伺っているのだが、席を立とうという気配を出しかけると、いろいろな方向からそれを押しとどめるかのように酒や料理を勧められたり、意見を求められたりして、なかなか機会が掴めない。


(んも〜〜〜、早く帰りたいのに)


 いい加減うんざりして来ている玉藻は内心で大きく溜息をつく。


 そんな玉藻の内心を知るはずもなく、彼女を取り囲むようにして座る研究生の男性諸氏は、今日こそは件のクールビューティを落として自分のものとすべく闘志を満々に燃やしていた。


 玉藻は全然気が付いていないが、大学での彼女の人気はトップアイドルと比較しても全く遜色しないほどで、あまたの男子学生達から憧れの視線を注がれているのだが、本人は全く自覚なし。


 それというのも彼女と大学の人気を二分して立つ、長年の彼女の相棒であり親友のミネルヴァが、玉藻の知らないうちに、玉藻に言い寄ろうとする男共を片っ端から一刀両断にしていっているので、玉藻自身が男子学生から直接交際を申し込まれたことは本当に数えるほどしかない。


 しかも、その直接交際を申し込むことができた男子学生達というのは、ミネルヴァに認められたから申し込むことができたわけではなく、玉藻の大嫌いなタイプで絶対断られると確信していたので放っておいただけという。


 実際全員あえなく玉砕したわけであるが。


 こうして玉藻に交際を申し込もうとするものは次第に減っていったわけだが、中には逆に闘志を燃やすなかなか根性があるというか執念深いというか、そういう輩もいたわけである。


 彼らは何度もミネルヴァによって阻止されたり、玉藻自身にきっぱり引導を渡されたり、言いだすことができないでいたりと様々であったが、ある日、邪魔者がいない状態で玉藻と会うことができる場所を発見する。


 それが大学きっての有名教授であるブエルが責任者を務める回復術研究室だった。


 ここには最大の邪魔者であるミネルヴァも在籍しておらず、そのままアタックすることができる。


 こうして、回復術研究室には例年以上に新入生が多数入ってくることになったわけであるが、肝心の玉藻の心を掴むことができるものはおらず、また飲み会、コンパ嫌いで有名な玉藻を連れ出す機会も得られないまま時間だけが過ぎていったわけであるが。


 今日その絶好の機会が到来し、玉藻目当てで入室した(ほとんどすべて)男子学生達は、我こそはと絶対零度のクールビューティ陥落を目指してぼうぼうと闘志を燃やしているというわけである。


 まあ、勿論本人はそんな研究室の男性諸氏を歯牙にもかけていないわけであるが。


「まあまあ、如月さん、ひとつどうですか?」


「いらない、手酌でする」


 と、サンエルフ族のイケメン青年が差し出してくるビールの酌をあっさりと断り。


「じ、じゃあ、料理取りますよ、どれがいいすかね」


「自分でできるからいい」


 と、鬼族の体育会系のさわやか系青年が空の皿を持って聞いてくるのを一蹴し。


「き、如月さんて、どんな男性が好みなんですかね?」


「しゃべらない、うるさくしない男」


 と、魔族のいかにも知的な感じのするハンサムな青年を一刀両断。


 まさに群がる敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。


 その様子を少し離れた座席に座って観察している女性陣や、玉藻に興味のない獣人系男性諸氏は、いい加減諦めればいいのに・・と憐みとも呆れともとれる視線で生暖かく見守っていたりする。


 しかし、当人である玉藻にしてみれば、もういい加減にしてくれという状態で、そろそろ我慢の限界だった。


 のべつまくなしに自分に構ってくる鬱陶しい男性諸氏を一喝すべく腹に力を入れる。


 そして、


「ええ加減にせえや、このボケがああああああああああっ!!」


 女性と思われる絶叫が店内に響き渡る。


 その一喝で、店の中にいる人達は時間が止まったようにその動きを止めていた。


 注文を取りに走る男性店員さんも、料理を運んでいる女性店員さんも、玉藻に迫ろうとしていた男子学生達も、その男子学生達を見守っていた研究生達も。


 そして、玉藻自身も吃驚仰天してしばらく彫像のように動きを止めていたが、やがていち早くショックから立ち直り四つん這いで廊下のほうに移動してひょこっと顔を出し、声のしたほうに視線を向けると、そこには二人の女性が物凄い表情で睨み合い、一人の男性があわあわとそれを止めようと必死になっている姿が。


「おまえ、いつまでついてきとるんじゃ!! さっさと去にさらせや!! 大治郎はわれのもんやて、なんべんいうたらわかるんじゃ、このアマ!!」


「なんであんたにそんなこといわれなきゃいけないのよ、この酔っぱらい!! そうやっていっつもいっつも酔っ払って前後不覚になって寝ちゃうから、いつまでたっても処女のまんまなのよ、あんたわ!!」


「あ、あ、言うたな!! 言うてはいかんことを言いおったな!! おまえかて酔っ払いやないか!! そんな調子やから、ダイゴに振られてしまうんや。あ〜あ、そういえばダイゴのところの赤ちゃん、かわいかったなあ・・まあ、おまえが産んでいたらあんなに可愛くなかったやろうけどな」


「あ、あ、あんたも、いま言っちゃならねえこといいやがったわね・・あ〜そ〜、そういう態度取るのね、わかった、いいわよ、やってやろうじゃないの。『鬼姫』の異名が伊達じゃないことを教えてやろうじゃないの」


「やってみいや、コラ!! 第百八代目備前正宗が、ただの刀鍛冶やおもとったら大間違いやいうことを、みせたらぁ!!」


 と、二人とも明らかに酔っ払っていると思われる赤いというにも程がある程赤い顔で、お互いを視線で殺しそうな勢いで睨み続けている。


 その二人の間になんとか大きな身体を割り込ませた人物は、獅子頭に、堂々たる体格の巨漢で、どこかで見たことのあるような武人姿の男だった。


「ふ、二人とも頼む!! ここは拙者の顔を立てて、なんとか納めてくれぬか。いくらなんでもここでの揉め事はまずい、師匠に顔向けができなくなってしまう」


 弱り果てた表情で頼み込むライオンヘッドのサムライの言葉に二人の女性はふんと鼻息も荒くそっぽを向いてしまう。


「そっちのアホタレがどうしても謝りたいっていうんやったら、刀を納めてもええで」


「な、なんですって、なんであたしがあやまるのよ!! さきにキレて暴れ出したあんたが謝るべきでしょ!!」


「まだ暴れてないわ!! 勝手に暴れたことにすんな、ボケ!!」


「なあ、ほんとに頼むでござるよ二人とも、もう少しだけ場を収めてくれんか?」


「だいたいね、大治郎が財布忘れてくるのが悪いのよ、結構もらってるくせにどうして持ってこないのよ!!」


「なんで大治郎が悪いねん!! そもそもおまえがガンガンたっかい飯や酒ばっかり注文するから足らへんようになったんやないか!! おまえかて大して金持ってきてなかったんやから、文句言うな!!」


「男が女に奢るのは当たり前でしょうが!! それが男の甲斐性でしょ!!」


「あほ!! おまえは大治郎の女ちゃうやろ!!」


「ふ、二人ともそろそろまずい、ほんとにやめないと、あいつが・・あ!」


 なんとかして二人の喧嘩を止めようとしたライオンヘッドのサムライだったが、突如現れた第四の人物の姿を見て、顔を青ざめる。


 そればかりではない、今まで喧嘩真っ最中だった、女性二人も男性の様子に気づいてそちらの人物を視認すると、みるみる顔を青ざめさせた。


 そして、その現れた第四の人物は小柄でありながら、後ろ姿からみてもはっきりわかるほどの怒りのオーラを噴出させながら三人を一喝するのだった。


「いい加減にしてください!!」


 自分がよく知るその声、その後ろ姿を見た玉藻は呆然と呟いた。


「れ、連夜くん?」



〜〜〜第35話 夜二人〜〜〜



「まったくもう、三人ともいい大人なんですからね、騒いでいい場所とそうでない場所くらいわかるでしょ?」


「「「はい、ごめんなさい」」」


 店内の廊下に並んで立たされた状態で、こんこんと小柄な連夜に説教を受け続ける大治郎達三人は、ひたすら謝り続ける。


 やがて、大きくため息を一つついた連夜は真ん中に立つ兄のほうを向く。


「ダイ兄さん、会計は僕がしておくから、二人を送ってあげて。はい、これ兄さんの財布。別に泊ってきてもいいけど、帰ってくるなら一応鍵は開けておくから、いつものように裏口から入ってきてね。あと、『回復薬』とかの次の準備は僕がしておくから、それについては心配しなくていいから。事故とかには十分気をつけてね」


「れ、連夜〜〜!!」


 弟の気遣いに、思わず連夜を抱きしめて頬ずりする大治郎。


 そんな大治郎の姿を見た女性二人は、冷やかな視線を男に向ける。


「「ブラコン」」


「はう!!」


「はいはい、もう行って行って。ラブレスさんも、セリーナさんも気をつけて帰ってくださいね。お二人とも奇麗だから、一番狙われやすいんですから」


 心から気遣っていると思われる優しい声で言われ、二人の女性は顔を見合せて苦笑し、連夜のほうを見る。


「ありがと、連夜くん。そう言って心配してくれるのは連夜くんくらいよ。それにしても、連夜くん、お願いだからそこのバカをもうちょっと突き放してちょうだい。ブラコン病がますますひどくなっていくから」


 セリーナの言葉に、力強くうんうんと頷くラブレス。


 その言葉にしばらく横にいる兄をなんともいえない表情で見つめていた連夜だったが、やがてしっかり頷いた。


「わかりました。あまり甘やかさないようにします」


「え、ちょ、れ、連夜くぅん? お、お兄ちゃん、それはちょっと悲しいんだけど・・」


「はいはい、行くわよ大治郎」


 と、悲しげな表情で連夜に抗議しようとした大治郎だったが、両脇をがっちりと二人の女性にホールドされて、ずるずると引きずられながら連行されていってしまった。


 三人を見送った連夜は深い溜息を一つついて、がっくりと肩を落とす。


 ここに来るまでの連夜の一連の行動を回想するとこういうことになる。


 姫子、リンと話し合いを行ったあと、帰ってきた晴美達と共に夕食の準備をし、辞去しようとする姫子を押しとどめて一緒に夕食を取ることに。


 その後、リンを迎えにきたロスタムを交えてみんな一緒に賑やかな夕食を取り、その後、リン、ロスタム、姫子を送り出したのが、夜の二十一時。


 それから遅い風呂に入り、明日の朝食の下準備をして寝ようとしていたところに兄からの緊急呼出し念話。


 なんと、財布を忘れて支払いができなくなったから助けてくれという。


 情けないやら恥ずかしいやらで脱力してぐったりしそうになった連夜だったが、とにかく行かないわけにはいかず、寝巻きの青いパジャマを脱ぎ棄てて、Tシャツに青いジージャン、ジーパン姿となって兄と自分の財布をポケットにねじ込み、慌てて家を飛び出してきたのだった。


 それにしても、よりによって財布を忘れるって・・いったい兄はどうやってこの『サードテンプル』まで移動してきたんだろう?


 何度も溜息をついて落ち込んでいる連夜の後ろ姿をじっと見つめていた玉藻が、そろそろ部屋にもどろうかなと思って振り返ろうとすると、いつのまにか自分の周りに研究室の学生達のほぼ全員が集まってきていて、自分と同じものを見ていたことに気がついた。


 しばらくその様子に呆気を取られていると、そこかしこで何やら学生達の話声が聞こえてくる。


「おい、いまの『暁の咆哮』の・・」


「ああ、『『貴族』殺しの獅子皇』だよな、あれ・・」


「すんごい、有名人見ちゃったな、ラッキーというか」


「しかし、英雄色を好むってほんとなんだなあ・・連れていた女、二人ともすんげえ美人だったよな・・」


「まあ、一人はサングラスかけてたからよくわからないけど、とんでもねえスタイルしてたぜ・・ボン キュッ ボンって」


「いいなあ、俺もあんな風に取り合いされてみてえ」


「ところで、あのガキんちょ何者?『獅子皇』達に偉そうに説教垂れていたけど」


「よく見ると人間じゃねえ、あいつ?なんでこんなところにいるんだろ・・ああ、やだやだ」


「さっさと行けばいいのにさ。酒がまずくなるぜ」


 と、ぞろぞろと部屋の中に学生達が戻りだしたとき、ガンッと物凄い鈍い音が部屋の中に響いた。


 戻りかけた学生達が一斉にその音がしたほうに視線を移すと、そこには見たこともないくらい憤怒の表情を浮かべてこちらを睨みつけている玉藻の姿があった。


 握りしめた拳は畳の上を殴りつけていて、いったいどれほどの衝撃があったのか、畳からはぶすぶすと不気味な白煙があがっている。


 その様子を見た学生達は一斉に顔を青ざめさせる。


 そして、それらを一通り睨み倒してから、玉藻は不気味なくらい美しい笑顔を浮かべて口を開いた。


「あれは私の彼氏で婚約者なんだけど・・なんか、文句あるのかしら?」


 文句がある奴は、いますぐかかってこいといわんばかりに冷徹な怒りに彩られた声に、誰も声を出すことができない。


 その様子を一通り見て、馬鹿にしたような表情を浮かべた玉藻は、自分のカバンを取って立ち上がり部屋をあとにしようとする。


「じゃあ、そういうことで、私は彼氏と先に帰ります。お疲れ様でした。連夜く〜〜ん!!」


 部屋の中の学生達にぺこっと一礼したあと、まだ廊下の端っこで何やら考え込んでいる連夜の姿を見つけた玉藻は、学生達が一度も見たこともないような、艶やかで嬉しそうで、そして、なんとも美しい笑顔を少年に浮かべて駆け寄っていく。


 それに気がついた連夜は、心底驚いた表情で、近づいてくる自分の愛しい人の姿を見る。


「え! え? なんで、ここに玉藻さんが!?」


「えへへ、愛の力かも」


 と、物凄い嬉しそうな顔で抱きついてくる玉藻に、ちょっと戸惑う連夜だったが、すぐに嬉しそうな顔になって抱きしめ返す。


 しかし、すぐにここが店の中でたくさんの人の目があると気づいて慌てて身体を離す連夜。


「あ、あの、ちょっと流石にここは恥ずかしいです」


「え〜、私は別に恥ずかしくないよ」


 不満そうな顔をする玉藻に、連夜は困ったような嬉しいような複雑な表情を浮かべるのだった。


「ところで玉藻さんは、どうしてここへ?」


「大学の研究室の新入生歓迎会」


「え、終わったんですか?」


「ううん、もういい加減うんざりしてたから出てきちゃった」


 連夜が玉藻の背後に目をやると、玉藻の衝撃の言葉が信じられなかった学生達がぞろぞろ部屋の外に出てきており、連夜と玉藻の様子を見てあんぐりと口を開いて固まってしまっている。


 その様子を見た玉藻は、軽蔑したような怒ったような視線をそちらに送ると、わざと見せるつけるように連夜の腕に絡みついて見せる。


「連夜くん、帰ろ、お兄さんのお会計したら帰るつもりだったんでしょ?」


「げ、あれ見ていたんですか?」


「うん、ばっちり。お兄さんもてるのね」


「あはは・・それならそれで弟を巻き込まないでほしいんですけどね」


 そう言って苦笑する連夜を、愛おしくてたまらないという表情でしばらく見つめていた玉藻だったが、やがて腕を引いて、早く行こうと促す。


 連夜はそんな玉藻に、嬉しそうに頷くと、玉藻の研究室の面々と思われる学生達に頭を下げて見せて、玉藻とともにその場を去っていった。


 残された学生達、特に玉藻目当てでこの場所に来ていた男子諸氏は、しばらく呆然とその場に立ち尽くしていたが、やがて、心を一つにして絶叫するのだった。


『う、うそだああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!』


 連夜は入口の会計所で、兄達が飲み食いした代金を支払い(目が飛び出るほど高かったので、あとできっちり請求するつもり)店を出ると、玉藻と共に歩きだした。


 すでに二十二時を過ぎていたが、流石に都心だけあって人通りは相変わらず多い。


 と、言っても『サードテンプル』北側は大人向けのエリアで、連夜のような高校生の姿はほとんどみないわけであるが。


 念気の一世代前の動力機関、念気と同じ害獣に感知されない無害なエネルギーである錬気を使ったお洒落な街灯が立ち並ぶモダンなレンガ造りの道を、人ごみをさけながら歩いていく。


 自分にぴったりくっついて歩いている横の玉藻の横顔を見る連夜。


 それに気づいた玉藻が、怪訝そうに連夜の方を見てくる。


「え、何? どうしたの、連夜くん」


「いや、玉藻さんって、当り前だけどモテルんだなあって」


 苦笑交じりにそういう連夜に、ちょっと慌てる玉藻。


「やだ、何言ってるのよ、連夜くん」


「あの部屋から覗いていた人達、全部玉藻さん目当てだったでしょ? 結構、かっこいい人もいたし」


「あれ〜? やきもちやいた?」


 冗談っぽく聞いてみたが、連夜は真剣な表情を浮かべて見返してきた。


「はい、結構。嫌な気持ちですね、これ、すっごい自分が嫌な奴って思えます。玉藻さんがなびくわけないって、わかってるんですが、どこかで疑ってる自分がいるんです。もしかするとって・・まだまだ修行が足りない、お子様ですね、僕」


 すごい苦しそうなそれでいて悔しそうな表情で、もうあからさまにストレートに自分の気持ちを伝えてくる連夜に、玉藻はもう嬉しいやら苦しいやら愛しいやらどうしていいかわからず、とりあえず連夜の腕を引っ張って止めると、路地の人目に付きにくいところに連夜を引きづりこむ。


 そして、呆気に取られている連夜を正面から抱き締めると、思いきり深く唇を重ねる。


 絶対放すもんかっていう想いをこれでもかと込めて、連夜のそれをしばらく貪り続け、ようやく連夜を解放した玉藻は、潤んだ瞳の中に物凄い真剣な色を湛えて連夜をまっすぐに見た。


「連夜くんは私だけのものだけど、私も連夜くんだけのものよ、他の誰のものでもないと約束するわ。もし私が連夜くん以外の誰かに心を奪われることになったら、迷わずに自分の心臓を引きずり出して死んでやる」


「玉藻さん・・」


「だから、連夜くんも他の誰かのものになっちゃダメ!! 私だけのものよ、誰にも・・誰にもわたさない!!」


 そう言って、再び連夜を強く抱きしめると、もう一度その唇を重ねる。


 今度は連夜も応えてくれて、二人はしばらくお互いを存分に確認しあう。


 そして、大分たってからお互い離れた二人は、同じような幸せそうな表情を浮かべてほほ笑みあった。


 なんとなくこのままここにいたかったが、下手すると最終念車に間に合わなくなってしまうので、仕方なく再び表通りに出ていく。


 今度は腕ではなく、手をつないで歩きだす二人。


 ちょっと上気した顔で横を歩く玉藻のほうを見た連夜は嬉しそうな表情を浮かべた。


「あの、玉藻さん・・」


「ん? 何、連夜くん。」


「さっきのあれ・・嬉しかったです。えへへ」


 自分にとってはまさに凶器としか思えないような連夜の笑顔をまともに見てしまった玉藻は、ドキドキしっぱなしの胸を押さえながら急いでそっぽを向く。


 そして、心底恨めしそうに連夜に声をかけるのだった。


「ちょ、ちょっと連夜くん、あんまり今、私を挑発しないで、お願いだから。これでも結構いまいっぱいいっぱいなのよ。正直、油断すると、私、間違いなく連夜くん連れてホテルに直行しちゃいそうだもん」


「えっと・・」


「勿論、連夜くんがいいよって言ってくれたら、私もう我慢することないんだけどなぁ」


「いや、流石に今日はダメでしょ。そもそも、玉藻さん、明日早いのでは?」


 やんわりと断る連夜だったが、結構その中に残念な響きがあるのは玉藻の気のせいではないと思う。


 連夜は連夜で、玉藻を大事にしたいからこそ、そこに踏み込まないようにしているに違いなかった。


 そういう年下の恋人の心づかいは嫌いではなかったので、とりあえず今日のところはおとなしく引き下がるが、玉藻は近いうちに想いを遂げるつもりにしている。


 今までの人生で相当苦労してきたに違いない年下の恋人は、妙に老成しているところがあり、恐らく先の人生設計まで考えて自分と付き合っているんだろうということはわかっている・・が、しかし、それはそれ、これはこれである。


 きっともしもの場合のことを考えて、布石を打っていたりするんじゃないかなぁとは思うのだが、流れに身を任せることも大事なことだと玉藻は思っている。


 と、いうことで覚悟しておきなさいよと、心の中で連夜に宣戦布告していたりする玉藻であった。


「あ、あの、玉藻さん?」


 じっと玉藻が自分を見つめていることに気がついた連夜が、なんだか困ったような表情を浮かべてこっちを見ている。


「え、何?」


「いや、いま、すっごい邪悪な表情されていましたけど、何、考えていらしたんですか?」


「・・いや、別に・・」


 物凄い怪しい態度で慌ててソッポを向く恋人を、しばらく困り果てた表情で見ていた連夜だったが、やがて何かを悟ったような表情で溜息を一つついて追及を諦めた。


 そして、聞こえるか聞こえないかの声でぼそっと呟くのだった。


「僕だっていやじゃないんですよ。でも、できるなら玉藻さんをちゃんと守れるようになってからにしたいんです」


「え、連夜くん、今、何か言った?」


「ううん、何も言ってませんよ。ほら、急ぎましょう、念車に間に合わなくなってしまいます」


 と、わざと手を引っ張って駆け出そうとする連夜を、溜息交じりに見ながら、玉藻も聞こえるか聞こえないかの声で呟くのだった。


「嘘付き、ちゃんと聞こえてるわよ、もう。でもね、私ももう我慢しないもんね。私が連夜くんを守るんだから、いいよね」


「玉藻さん、何か言いました?」


「ううん、何もいってないもん。あ、ほら、快速念車、もう来るわよ!!」


「ああ、や、やばい!!」


 慌てふためきながら駈け出して行く二人だったが、その表情はなぜか幸せそうだった。




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