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~第34話 友愛~

 夕方といっても十六時になったばかりで、陽が沈むにはまだまだかなり時間がある時刻。


 玉藻との憩いのひとときを過ごし、その後そこをあとにした連夜は、買い物も済ませて帰宅し洗濯物の取り入れや部屋の片づけなどで相変わらず忙しい時間を過ごしていたが、不意に玄関のベルが鳴る音に気づく。


 母親や姉が通販で何か購入したのだろうか?


 は〜いと返事をして玄関に向かい、鍵を開けて扉を開けて外を確認した連夜は、そのまま銅像のように固まってしまった。


 そこにいたのは宅配業者のお兄さんでも、都市営郵便局の配達員さんでもない、自分のよく知る二人のクラスメイトが立っていた。


 そのうちの一人は別にいい、何も問題はない。


 彼女はもう少し遅い時間ではあるが、うちに来ることになっていたはずなので、多少早く現れたからといって追い返すつもりは全くない。


 しかし、問題はもう一人のほうだった。


 こちらのほうは連夜としては、できれば一週間は会いたくなかった。


 正直に言えば、彼女のことはキライではない。


 キライではないが、今は少し距離を置いておきたかった。


 気持の整理をしておきたかったのだ。


 彼女との間に起きた不幸な行き違いについて自分の中で消化しきれていないところが非常に多く、今話し合ったとしても冷静に話をすることができるかどうか全然自信がなかったからである。


 とても表情に困った顔をしているとはわかっていたが、とりあえずどうしようもないので、そのまま黒髪黒眼の美少女、姫子のほうを見ると、身体をびくっと震わせていまにも泣き出しそうな表情で俯き、上目づかいでじっとこちらを見ているのがわかった。


 連夜はさらにその横にいる人物に目を移し、溜息を一つ吐き出しながら口を開いた。


「あのさ、リン・・」


「ごめん、来ちゃった」


 疲れ果てたような表情で抗議の声をあげようとする連夜の声をさえぎるように、てへっとかわいらしい笑顔を見せて謝る白い髪の少女リン。


 しばらく連夜とリンの間で無言のやりとりの応酬が続いたが、やがていくら攻撃しても無駄だと悟った連夜が諦める形で終息を迎える。


 連夜は恨めしそうにリンを見つめていたが、全然堪えた様子もなくニコニコと笑顔を振り撒き続けるリンに何を言っても無駄だと悟り溜息をもう一つ吐き出して、疲れきった表情を浮かべる。


「いや、確かに、リンに頼んだよ。頼んだけどさ、もうちょっと空気を読むとかさ・・」


「あら? 私にそんな芸当できるってほんとに思ったの?」


「・・あ〜、そうね、そこに期待した僕が悪かったよ。玄関で話せる内容じゃないんでしょ、二人ともとりあえず中に入って」


 連夜は扉を大きく開けて二人に中に入るように促す。


 おじゃましま〜すと、まるで罪悪感の欠片もなく家に入っていくリンと、みるからに罪悪感の塊になってびくびくしながら入っていく姫子を困り果てた表情で迎い入れた連夜は、玄関の鍵をかけたあと、二人をリビングにいったん通す。


 ソファに座って待っているように言って連夜は台所に行くと、非常に香りのいい連夜特製のブレンドティーと、連夜が作った特製ミニカップケーキを盛った皿を、お盆に載せて運んできて、二人の前に並べる。


 そして、二人の対面にあるソファに自分自身が座り、お盆を横のクッションの上に置くと、二人のほうに顔を向けた。


 猫背気味に身体を折り曲げ、両肘を自分の膝の上にたて、両手を顎にかけた状態でしばらく二人をじっと観察する。


 笑顔を崩さないようにしながらも実際にはこちらを牽制しているというか、威嚇しているリンの様子に、びくびくとしながらこちらをそっと窺い続けている姫子は、無意識にかもしれないが、リンの側になるたけ近づいた状態でいる様子。


 どうやら、二人はたった一日でかなり親密な関係になったことが見て取れる。


 連夜の打った布石は無駄ではなかったようだ。


 だとするならば、自分は約束を果たさなければならない。


 しかし、連夜は念のためにリンのほうに顔を向ける。


「姫子ちゃんは君の手を取ったの?」


「当たり前でしょ? 私は自分の言ったことは必ず実現させるの。それはあなたもよく知ってるでしょ?」


 さも当然という表情で言う掛け替えのない親友の頼もしい言葉に、連夜は初めて柔らかい笑みを浮かべて見せた。


「うん、そうだね、信じていたよ。君に任せて正解だった」


「えへへ、まあ、そう素直に褒められると流石に照れくさいけどね」


 連夜とリンは、ここにはいないあともう一人にしか見せない独特の笑みを浮かべあってお互いを見る。


 しばし、何とも言えない温かい空気を感じあったあと、連夜は表情を引き締めて親友の横に座る姫子のほうに目を向ける。


 姫子は、連夜の強い視線をまともに受けて少したじろいだ表情を浮かべたが、すぐに横にいるリンが姫子の手をぐっと握って顔を覗き込むと、大丈夫という風に笑って見せた。


 その笑みで少し平常心を取り戻したのか、姫子は連夜のほうに視線を再び向ける。


「姫子ちゃん、正直僕は君のことをまだ心の中で整理できていない。いろいろと思うことがあってね、姫子ちゃんとはいずれきちんと話をするつもりだったし、答えはもう出ているんだ。ただ、それをうまく伝えるには心の準備がちゃんとできていなくてね。だから一週間の停学期間中に心の整理をつけて君と向かい合おうと思っていたんだけど・・だけど、僕が信頼する親友のリンは君を信頼に足る友人であると認めた。リンとは一つ約束をしていたんだ。もし、姫子ちゃんがリンの差し出す手を取って、何もかもを打ち明けることができたなら、僕は姫子ちゃんに知りたがっていたことを全て話すってね」


 そういうと、連夜はずずっと自分が淹れてきたブレンドティーを一口すする。


 そして、一旦そこから口を放してリンのほうに視線を向けた。


「姫子ちゃんをここに連れて来たっていうのは、そういうことなんだろ、リン? なっちゃんに何が起こったか知るためにここに来たんだよね」


 そう言ってリンのほうを見ると、リンは何故か微妙に困った顔をしてこちらを見つめている。


「あ、あれ? 違うの?」


 戸惑う連夜の言葉に、こちらもなぜか戸惑った表情で口を開くリン。


「いや、あのね、連夜。連夜の言う通り、姫子ちゃんと私は友達になったし、姫子ちゃんの秘密も聞き出せたのだけど、なんというか、私達微妙にずれた認識を持っているというか・・多分ね、連夜の予想している展開とはちょっと違うような方向に進んでいる気がするのよね。それで、ちょっと変則的になるけど、この際本人連れてきたほうがいいかなって思って連れてきたのよ」


「???」


 リンの言ってる意味がわからず、困惑する連夜。


 とりあえず横にいる姫子を見ると、相変わらず泣きそうな表情で俯いたまま、上目づかいでこちらを見るばかり。


「え、いや、うん、約束は守るよ、姫子ちゃん。なっちゃんのことを全て話す」


 そう言って真剣な表情で姫子を見る連夜。


 しかし、その連夜の言葉に全然嬉しそうな顔をしない姫子。


 むしろ、本気で泣きそうなくらい顔は歪んでいる。


 え〜、何これ、どういうことと、目線を連夜はリンのほうに投げかけるが、リンは、あちゃ〜やっぱりかぁという表情を浮かべて姫子のほうを見ている。


 リンはしばらく姫子の背中を慰めるようにさすってやっていたが、やがて溜息を一つ大きくつくと、意味ありげに連夜のほうを向いた。


 なぜか、その顔には腹をくくれと書いてある。


(いったいなんなんだ)


 猛烈に嫌な予感がしたが、このままにもしておけないのでとりあえず、何が起こっても受け止めるしかないと腹をくくりリンに頷き返す。


 リンはその連夜の表情に、微妙に同情を寄せる視線を向けたが、すぐに姫子のほうに向きなおり、優しい声で話しかける。


「姫子ちゃん、黙っていたって何も伝わらないよ。今、まず姫子ちゃんが連夜に言いたいことがあるんじゃない? それを言わないことには、何も始まらないんでしょ?」


 その言葉を聞いた姫子は顔をあげてリンの顔をしばらく見つめていたが、リンが優しい表情で頷いて見せるのを確認し、意を決して連夜のほうに視線を向ける。


 そして、今にも泣き出しそうな表情のまま口を開いた。


「れ、連夜は・・ナイトのことをわらわに話したら・・わらわから離れていってしまうつもりなのか? そ、それを最後に、友達としての最後の義理を果たすつもりなのか? も、もう謝っても、だめなのか・・わらわは・・わらわは連夜の、とも・・だ・ち・じゃいられ・ないのか・・」


 そこまで言ったとき、もう姫子の目からは涙が溢れ出てしまっていた。


 両手をあてて号泣するのだけはこらえようと、両手は膝のスカートをきつく握りしめており、身体は嗚咽をこらえようとぶるぶると震えている。


 そして、最後の力を振り絞って己の心の内を言葉にする。


「だったら・・だったら知りたくない・・連夜の友達でいられなくなるなら、ナイトのことは知らなくていい・・お願いだからしゃべらないで・・謝るから、もう二度と絶対連夜を傷つけたりしないから・・許して、わらわを許して連夜・・いかないで、置いていっちゃやだ・・友達でいてよ・・お願いだから、友達でいてよ・・」


 そこまで言うのが限界だったのか、顔を完全に下に向けてしまい、言葉を続けることができなくなってしまった姫子。


 その様子を見ていたリンは、その小さくなってしまった肩を抱きしめて、よく言えたねと、優しく声をかけてやる。


 姫子の心の底からの絶叫にも似た哀しい言葉を聞いていた連夜は・・


 呆然としていた。


 ぽか〜〜んと口を開けて、完全にこの展開から取り残された感じで固まってしまっている。


 流石の連夜も、この展開は全く完全に完璧に予想していなかったため、どう対処していいかわからず思考が完全にストップしてしまっていたのだ。


 しばらく姫子の嗚咽と、姫子を慰め続けるリンの優しい声だけが支配する空間で、茫然としていた連夜だったが、なんとか落ち着こうとテーブルの上のブレンドティーの入ったカップに手を伸ばし、一気にあおる。


 それを見ていたリンは、しれっとした表情で連夜に爆弾を投げ込んでみる。


「姫子ちゃんの今のセリフって、愛の告白みたいだったね」


『ぶ〜〜〜〜っ!!』


 あやうく正面に噴き出しそうだった連夜だったが、かろうじて横に顔を向けることに成功し、飲みかけていたブレンドティーを全て霧状にして口から噴き出してしまう。


 不幸中の幸いというべきか、自分の泣き声を抑えるのに必死だった姫子には今の一連のやりとりは全く聞こえていなかったようで、一瞬きょとんとした表情で顔をあげて連夜とリンを交互に見つめると、不思議そうに小首を傾げる。


 そんな姫子のほうににっこりとほほ笑みかけて、リンはなんでもないわよと呟いてみせる。


 連夜は、そんな二人を困惑しきった表情で見つめ続け、そして頭を抱えながら、さてどう返事したものか真剣に考え始めた。




〜〜〜第34話 友愛〜〜〜




 なんと答えたものか、かなり悩んだ連夜だったが、しかし、ここで自分を誤魔化して優しい言葉をかけることが本当に友達のすることか考えた時に、否と自分自身が答えを即座に返したことに決意を固め、連夜は本心を語ることにした。


 例えそれが姫子の心を傷つけることになろうとも。


「姫子ちゃんの言う通り。僕はなっちゃんのことを全て話したら、君とは距離を取ろうと思っていたよ」


「・・そ、そんな!!」


 連夜の言葉に、少なからぬショックを受けて姫子の表情が再び悲痛な形に歪む。


 その表情を見て、連夜は若干顔色を変えたものの、それでも真剣な視線を姫子に向けたまま言葉を必死に紡ぐ。


「姫子ちゃん、僕は人間だ。誤解しないで聞いてほしいけど、僕は人間であることを卑下して生きてきたことは一度もない。僕が一番この世の中で尊敬している人は僕の実の父親で、僕と同じ人間だ。そして、僕はその父と同じ人間であることを誇りに思っている。確かに人間として差別されたり、上から目線で見られるのは嫌なことだ、正直甘受することはできないけど、そのことについては話し合うことでわかりあうことができると思ってるし、知り合いであればその誤解を解くことに努力もするさ。でもね、僕が君と距離を置こうと思っている理由はそこじゃない」


 連夜は一つ息を切って姫子の表情をまっすぐに見つめる。


 リンの手をしっかりと握り、自分の言葉を真正面から受け止めようとしている姫子の姿に正直心が揺らぐが、それでも言わねばならないと己の弱い心を叱咤して言葉を続ける。


「さっきも言ったけど、僕は人間だ。何百とある『人』の種族の中でも、人間は身体的に最弱クラスの種族だ。そして、君達龍族はその逆、数ある種族の中でも身体的能力は間違いなくトップクラスに位置する種族だ。今回の出来事で僕は君に殺されかけた。いや、殺されかけたことに関しては、別に姫子ちゃんだけじゃない、ほかにもそうしようとした奴らはいっぱいいるし、命に別状はなかったわけだからとやかく言うつもりはない。問題はそこじゃない。僕は今回君と手合わせしてみてはっきりわかったことがある。はっきり言って、今回君を止めることができたのは全くの偶然だったってことだ。偶然に偶然が重なって、運良く君を止めることができた。恐らく次に同じことが起こったら僕は君に殺されるだろう。それくらい、君と僕の実力というか戦闘能力はかけ離れてしまっている。まあ、友達に殺されるのは勿論御免こうむりたいところだけど、致し方ない理由があるなら別に恨んだりはしない、それもまた運命だ。しかし、殺してしまうほうにしてみればそうじゃないと思う、できれば止めてほしいはずだ。正直言ってね、僕はもう君の友達としては失格ってことなんだと思う。友達が誤った道に進んでしまった場合に助けることができないなんて、それはもう友達じゃない。僕が思うに、それはもうただの知り合いだ。だからこそ、僕は僕の代わりにリンに君を任せることにした」


 そう言って連夜は、姫子の隣に座り、姫子を気遣っている親友のほうに視線を移す。


「リンが白澤族(はくたくぞく)であることはもう知ってるかもしれないけど、この種族は戦闘能力が全くない代わりに自己防衛能力に非常に優れている種族なんだ。中学時代、リンは何度も不良グループに囲まれてひどい目にあわされ続けたけど、それでも一度として致命傷を食らったことはない。その中には格闘技の熟練者もいたし、その地区でも有名な強い番長もいたけど、一度としてリンはあとに残るような傷を受けたことはないんだ。だから、例え姫子ちゃんがキレたとしても、リンは姫子ちゃんに殺されたりはしないと断言できる。僕とは違ってね」


 瞳に悲しい色を浮かべ、自嘲気味に笑って見せる連夜。


 そんな連夜の話を俯いた状態で黙って聞いていた姫子だったが、やがてゆっくりと顔をあげた。


 そこには泣き笑いに奇妙に歪んだ顔が、張りついていた。


 連夜はしばしその姫子を怪訝そうに見つめていたが、過去に一度見たことのある表情であることに気づき慌てて腰を浮かせる。


 付き合いの短いリンは、それに全く気がつかない。


 しかし、連夜は気づいていた、自分の予想が間違っていなければ、姫子は・・


「そ、それじゃあ、わらわが力を使えなければいい・・そうすれば、誰も傷つかない、そうすれば連夜もどこにもいかない、そうじゃろ、連夜・・」


「だめだ!!」


 ドスッ!!


 リンが呆然と見つめる中、鈍い音が部屋の中を響き渡る。


 突然自分と姫子の間に飛び込んできた連夜の背中に、姫子の明らかに全力と思われる勢いで放たれた左拳がめり込んでいた。


「ぐふっ」


「「連夜!!」」


 一瞬遅れて口から血の塊を吐き出す連夜、そして、その連夜の姿を見て悲痛な声を上げるリンと姫子。


 リンが、連夜を介抱しようと思ってその姿をよく見ると、連夜は姫子の利き腕である右腕をかばうように抱え込んでいるのがわかった。


 どうやら姫子は、己の利き腕を自ら破壊しようとしたらしいと悟り、リンは唖然として姫子のほうを見る。


 姫子は姫子で、咄嗟に自分がしようとしたことの意味を悟り己の身体を張ってそれを止めてくれた掛け替えのない友達を、あろうことか再び殴ってしまったことにショックを受けて唖然として連夜を見ている。


 連夜は意識を失いそうになるのを必死に耐えながら、リンに騒がないように目で訴えてポケットから『回復薬』の瓶を取り出すと、ふたを開けて一気にあおる。


 そして、しばらくして自分の身体が自由に動けるほどに回復したことを確認した連夜は、厳しい視線で姫子のほうを見た。


「姫子ちゃん、いい加減、力で全てを解決しようとすることをやめなきゃだめだ。そのことは君が一番よく知ってるはずだよ?  他人を傷つけようとしても、自分を傷つけようとしても、結果は何も変わらない。また同じことを繰り返すの?」


 厳しさの中に悲しげな色をにじませる連夜の視線を受けて、はらはらと涙を流しながら、姫子は連夜の肩にしがみつく。


「では、どうすればいいのじゃ!! わらわはどうれば、連夜と共にあることができるのじゃ!! 答えてくれ連夜、どうすれば、わらわは・・」


 自分の肩に顔を埋めて延々と泣き続ける姫子を困ったように見つめ続ける連夜。


 その二人の様子を呆れたように見つめていたリンだったが、姫子が顔を埋めていないほうの肩をぽんぽんと叩く。


「もう諦めたほうがいいって、連夜。あなた、今、怪我するの覚悟で飛び込んできたんでしょ? それだけ姫子ちゃんのこと心配してるってことよね、どれだけ言葉で冷たいこと言ってたとしても。今までの話だって、姫子ちゃんのことが心配だから突き放そうとしているんだっていうのはわかるわ。でもね、連夜。あなたがいないところで姫子ちゃんがまた暴走して今度こそ心に取り返しのつかない傷がついた時、あなた平静でいられるかしら?」


 流石、親友というべきか、非常に痛いところを突いてくる。


 しかし、連夜が懸念することはまだあった、それが解決しない以上、一緒にいるべきではないと思っている。


「リン、君の言いたいことはわかるよ、でもね、それだけじゃないんだ。姫子ちゃんは、今城砦都市の中に現存している龍の王族と言われているだけのたくさんの『人』の中の一人ってわけとは違う。いずれは『龍王』を補佐する三人の幹部の一人、『乙姫』になることを現『龍王』から直々に命じられ運命られた『人』だ。その人物がよりによって人間の友を持つということはあまりいいことじゃないってことは僕にだってわかるし、その世界の価値観が独特のものだっていうこともわかる。姫子ちゃんが、僕に上から物を言ってしまったことも、その世界で舐められることなく生きていくためにはどうしても必要なことだし、自分の名誉を守るために時にはキレる必要もあるだろう。そういう世界に生きていくことになる姫子ちゃんと僕では、どうしても生きていく道が違うと思う。だから、今のうちに離れたほうがいいと思う。姫子ちゃんに必要な友達は、もっと力も地位もある『人』がふさわしいんだ」


 そう言って、連夜はひどく優しい表情になって姫子の顔をそっと自分の肩から放そうとする。


 しかし、姫子は逆に嬉しそうな顔をして伸ばしてきた連夜の手を掴む。


「じ、じゃあ、わらわが『乙姫』にならない道を選べば、連夜はどこにも行かないのじゃな? わらわが、龍の一族から離れて暮らすことになれば、問題ないのじゃな?」


「え、ちょ、姫子ちゃん? 何言ってるの?」


 怪訝そうな表情を浮かべる連夜に、姫子はこの家に入ってから初めてともいえる心からの笑顔を浮かべて、誇らしげにその豊満な胸をそらして見せる。


「それなら何も問題ない、昨日のうちに、父上にはもう『乙姫』候補から降りることをお話しておいた。あれだけの不祥事を起こしたものが、『乙姫』にふさわしいわけはないからな。それに、リンと話をして決心したんじゃ。私は龍の一族を、あの家を出ることにした」


「はあっ!?」


 姫子の全くの予想外の言葉に連夜は、あまりにも間抜けな表情を浮かべる。


 その連夜の顔をなんとも楽しそうに見つめつつ、姫子は言葉を続ける。


「明日にでも引っ越すつもりじゃ、お義母様に話をしたら部屋はずいぶんまえからわらわのために空けていたからいつでもいらっしゃいといってくださったのでな」


「お、お義母様!? い、いまお義母様っていった!?」


 正室であった姫子の母親は幼いころにすでに他界しておらず、現『龍王』には側室が多数いるが、姫子がお義母様と呼ぶ存在を、連夜はたった一人しか知らない。


 確かに、その人物であれば信頼に足るし、きっと姫子をいい方向に導いてくれるであろう。


 彼女がずっと以前から姫子と一緒に住みたがっていたことは連夜も知っていた。


 彼女は正室であった姫子の母親とは親友同士の間柄で、姫子の母親が亡くなってからは、その母親代わりとなって姫子の世話をなにくれとなくしてやっていた。


 だが、その彼女は姫子がまだ幼い頃、ある事件がきっかけで現『龍王』を完膚なきまでにぶちのめしてしまい、龍族の宮殿を飛び出して姫子とは離れ離れに。


 それでも二人はずっとその絆を絶やすことをせず、住む家、住む場所が変わっても今まで実の親子同然の付き合いをしてきたのである。


 ただ、ある事情により、姫子はその家に一緒に住むことを長年拒否し続けていたはずだが・・


「姫子ちゃん・・ほんとにいいの?」


「致し方ない・・だ、だって、こうでもしないと、リンが連夜は許してくれないって言ったんだもん・・」


「リン!!」


 怒りの表情を向けてくる連夜から、見事に顔をそらしてわざとらしく口笛を拭いて誤魔化すリン。


 自分の失言を悟った姫子は連夜の手を引っ張って自分のほうに向きなおらせると、リンを弁護すべく口を開く。


「そ、それにリンが、そんなにいいお義母さんがいるなら、絶対今のうちに一緒に住んで親孝行しないとだめだって。いなくなってから親孝行しようとしても手遅れなんだよって・・わ、わらわもそう思ったのじゃ」


「む〜〜」


「『乙姫』候補をやめようと思ったのは前々からじゃ。もう自分でも限界だとは思っておった、優等生を演じ続けるのももう疲れた。連夜だって知っておるじゃろ?わらわは本当はこんな性格じゃないって・・龍の一族のこともそうじゃ。一族のためにと思ってがんばってみても、結局のところ誰もわらわのことを真に理解してくれようとするものはおらなんだ。それなのに、そうやって頑張った結果、わらわのことを理解して想いやってくれていた連夜を傷つけて殺そうとまでしてしまった」


 そう言って姫子は、もう一度連夜の手を強く握りしめて、真正面から潤んだ目で見つめる。


「連夜、わらわのしたことは許されることではないと思うし、友達ではないと言われても仕方ないことだってことはわかってる。でも・・それでも、許してほしい・・友達でいてほしい。我がままだってことはわかってる。でも・・お願い連夜・・わらわを見捨てないで・・」


 しばらく視線をぶつけあって見つめ合う連夜と姫子だったが、やがて、最後には連夜が諦めたように顔を下に向け、大きく吐息を吐きだした。


 そんな連夜の様子を見ていた姫子は、不安そうに連夜の顔を覗き込む。


「これでもだめか? 連夜?」


「もう、わかったよ、姫子ちゃん、僕の負け、降参。今まで通り、友達でいるよ」


 顔をあげた連夜の表情は疲れたような笑顔ではあるものの、連夜本来の深い優しさが瞳の中に浮かんでおり、それはまっすぐに姫子に注がれていた。


 それに気づいた姫子の顔が、再びふにゃっと歪む、今度は悲しさと切なさではなく、嬉しさと感激で。


「れ、れ・・連夜・・わらわは・・」


「もういいよ、十分わかったから」


「連夜〜〜〜〜っ!!」


 がばっと連夜に抱きついて泣きじゃくる姫子、そんな姫子の身体をそっと抱きしめて背中を優しくさすってやる連夜。


「・・よ、よかった・・連夜に見捨てられたら、わらわ・・わらわ、どうしたらいいか、わからなかった。連夜のこと全然考えなかった、わらわを許して・・もう、絶対傷つけたりしないから・・どこにも行かないで・・」


「わかったわかった、見捨てたりしないから、とりあえず、泣きやんでよ、僕が悪者みたいなんだけど・・あのね〜、姫子ちゃんは、もう少しまともな友達を作るべきだね〜、そもそも友達が少なすぎるって思っていたんだよねえ・・取り巻きは多いけどさ。これからはリンもいるし、僕だけじゃなくて、もっと信頼できる友達を増やしていこうね」


「うんうん、そうねえ。確かにいざというときに相談できる頼れる友達がほとんどいないっていうのは、どうかと思うわ。まあでも、姫子ちゃんはこれからの課題が山積みだから、焦らないで一つ一つ片付けていくしかないか」


 どうやら丸く収まりそうな雰囲気に安堵しているらしいリンが、連夜と顔を合わせて苦笑を浮かべる。


 安堵しているということでは連夜も同じかもしれない。


 ナイトハルトは姫子が、いずれ人の上に立つ人物だと評していた。


 確かに連夜もそれについては同感であったが、ナイトハルトが今の状態の姫子をさしてそう言っていたのとは真逆に、今のままでは決してそれはいいことではないと思っていた。


 これまでの姫子は、姫子自身が作り出した『優等生』という幻影であり、本来の姫子からはずいぶんかけ離れた存在であった。


 それでも、『人』は社会で生きていくために、少なからず仮面を被って生きていかなくてはならないものであるからそういう仮面があってもいいとは思いもした。


 ただし、それは、その仮面を脱ぐことができる場所がちゃんとある場合だ。


 それは家庭の中であったり、恋人の側であったり、友達といるひとときであったり、人それぞれ様々であろうが姫子にはそれが全く見えなかった。


 幸い、姫子はナイトハルトという相手を見つけ出したようなので、連夜としてはそちらに期待していたのだが、現実は連夜の予想とは全く違うところに流れていってしまった。


 いまや、ナイトハルトという心の支えとなるはずだった存在は遠くなってしまい、姫子の仮面は近いうちに崩壊することを予想はしていたものの、なんとその崩壊のきっかけは自分。


 まさか自分自身が姫子の空虚な殻を壊すことになるとは、しかもかなり追い詰めてしまうことになってしまう結果になってしまったことに正直落ち込んだし、どうなることかとかなり心配もした。


 しかし、またも自分の予想とは全く違うところに事態は流れていき、姫子は『優等生』という仮面を放棄し、ナイトハルトという恋人の代わりに義母という存在とリンという新しい友達の支えを得て、新しい自分に生まれ変わろうとしている。


 少なくとも今までより悪くなることはないと連夜は思っている。


 これから姫子の心の支えになるであろう、リンのことも彼女の義母のこともよく知っているが、二人とも非常に頼りになる人物だ。


 姫子の願いに応じて再び友達でいることを約束した連夜だったが、正直、自分の友達としての役目は終わりを告げようとしているのかもしれないと内心では思っていた。


 あとは彼女が一人でちゃんと歩いていけるのを後ろから見守ってやればいい。


 そういう意味でも、連夜の安堵の吐息は一層深いものであった。


 連夜のそういった内心の深い葛藤がわかっているのか、リンがこちらをなんともいえない困ったような苦笑を浮かべて見ている。


 顔にははっきり御苦労さまと書いてあったので、連夜は同じように苦笑を浮かべて肩をすくめてみせる。


 ふと気がつくと、泣き声はやんでおり自分の片頬に柔らかい女の子の掌があたっていることに気がついた。


「?」


 何事かと前を見ると、姫子がなにやらぼんやりした表情でこちらを見つめている。


 何か頬はさくら色に染まっているし、瞳はうるんでいるようにも見えるし、なんともいえない憂いを帯びた表情だった。


 それにしても物凄い美人だった。


 城砦都市でも屈指の美少女と言われており、芸能界からのお誘いも相当といわれている姫子のわけで、見ているだけでも目の保養になるのだが、その中身を知っている連夜としては正直恋愛対象からはほど遠い存在であった。


(そういえばなっちゃんとのことどうするんだろ、姫子ちゃん・・やっぱり縁りを戻したいんだろうなあ・・)


 連夜自身そんなことを考えながら、姫子同様にぼんやりとしていたのだが、なんだか、だんだん姫子の顔が近づいてきているような気が。


 はっとそれに気がついた連夜は、慌てて身体を放そうとするが、なぜか自分の頬にかかっていないほうの腕が物凄い力でがっちりと自分の腕を掴んでおり離れることができない。


 しかも姫子の顔はどんどん近付いてきている。


 たまらず悲鳴をあげる連夜。


「ちょ、ま、ひ、姫子ちゃん!! 姫子ちゃんってば!! 正気に返って!!顔が近い!! 顔を近づけ過ぎ!!」


「・・え、あ・・」


 連夜の必死の叫び声にはっと気がついた姫子は、ばばっと連夜から離れてリンの側に移動すると、なぜか顔を真っ赤にして俯いたまま自分の唇を触っている。


 なんだか、自分のしていた行動の意味がわからず、かなり戸惑っているようだった。


 横を見るとリンが、なんともいえない複雑な表情で姫子に、『大丈夫?』と声をかけてやっている。


 いったい今の姫子の行動が意味するものがなんだったのか、非常に知りたくない連夜はとりあえず雰囲気をかえるためにソファからお盆と取って、飲み掛けのブレンドティーの入ったカップを全部載せると、台所に一旦もどる。


 そして、全部のカップを一旦洗い直し、奇麗に布巾で拭きとると、再びブレンドティーを淹れ直してリビングに戻るのだった。


 リビングにもどってカップをテーブルの上に置きながら、二人の様子を確認すると、どうやら今の間に落ち着いたらしく、二人とも連夜の特製ミニカップケーキに手をつけておいしそうに頬張っているのが見えた。


 やれやれと内心で溜息をつきつつも、対面に再び座った連夜はカップを取ってずずっとおいしそうにブレンドティーをすする。


 しばしの間、三人は不幸な行き違いでなくしてしまった何かを少しでも修復しようとするかのように他愛のない雑談をして、時間を過ごした。


 その間の話の中には、今朝、繰り広げられたリンと姫子の死闘の話などもあって、連夜を大いに驚愕させたりもしたのだが、そういう経緯をあらためて聞いて見ると、連夜はリンと姫子のいまの強いつながりのようなものも納得できるような気がしていた。


 やがて、そろそろ十七時三十分になり、家族がぼちぼち帰ってくるころと思われた時に、不意に姫子はソファから立ち上がった。


「さて、わらわはそろそろ帰ることにする。引越しの準備もしないといけないし、これ以上いるとご家族の方にご迷惑をかけることになるからな」


 と、なんだか吹っ切れたような晴れやかな笑顔を連夜に向ける姫子。


 しかし、連夜とリンはその姫子の言葉に逆に慌てる。


「え、ちょ、ま、待って姫子ちゃん」


「そ、そうだよ、まだ肝心な話が終わってないでしょ?」


 引きとめてくる連夜とリンを心底不思議そうに見返す姫子。


「ほえ? 肝心な話とは?」


「「・・」」


 あまりの言葉に、連夜とリンはぽか〜んと口を開けて、姫子の顔を見つめ続ける。


 そんな二人の様子をみてなんだか居心地が悪くなったのか、もじもじと身体をさせて二人を見返す姫子。


 しばらくして連夜よりも早く立ち直ったリンが、怪訝そうに姫子に問いかける。


「あのさ、姫子ちゃん・・ナイトハルトくんのこと連夜に聞かなくてよかったの?」


「・・あ!!」


 明らかに完全に忘れていましたという態度で、慌ててソファに坐り直す姫子の姿を見ていた連夜は、片手でこめかみを押さえながら、内心で幼馴染に謝るのだった。


(ごめん、なっちゃん、完全に僕の見込み違いだったみたい)


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