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~第33話 秘密~

 姫子は今日、生まれて初めて学校をさぼった。


 小学校、中学校、高校と、病気で休んだことはあってもさぼったことはなかった姫子にとって、結構罪悪感に駆られる出来事であったが、目の前で何やら忙しく片づけを行っている人物はそうではなかったらしく、全然罪悪感を感じさせる様子もなく、時折こちらを見てはてへへと笑って見せたりしている。


 早朝の決闘の後、この改めて友人となったこの白い髪の少女にどうしてもこのあと話がしたいと押し切られた姫子は、猛反対する二人のお付きを無理矢理学校へと向かわせて、この少女の後をついてきたのだが。


 グラウンドから東に向かってしばらく歩いたところにある閑静な住宅街にある五階建てのマンション。


 そこの三階にある真ん中の部屋に、制服のスカートのポケットから鍵を取り出して鍵をあけてリンが先に入ったあと、姫子に入るように促す。


 三LDKのそこそこ広い部屋で、中は思ったよりも小奇麗・・というよりも物がほとんどない。


 三つある部屋は全て扉が閉じられていて中をみることはできない。


 ひょっとすると本当に空き部屋になってしまってるのかもしれないが、ともかく、姫子はキッチンのすぐよこにある八畳くらいのリビングに通される。


 リビングらしき部屋にはテレビと、簡素な勉強机、それにちゃぶ台が一つあるばかり。


 ベランダに続く窓のそばには奇麗にたたまれた大きな蒲団一式。


 そして、なぜかその横にあるゴミ箱には溢れんばかりに積まれた大量に使われたティッシュリーフの山が。


「き、きゃあああああああああ、そ、それは、見ちゃだめええええぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 全くそれの意味がわからなずきょとんとした表情で立ち尽くす姫子の横を、物凄い勢いで通り抜けてゴミ箱をひっつかむと、リンは別の部屋にそれを持って行って隠す。


 そして、どこからか持ってきた布巾でささっとちゃぶ台を拭いて、赤い座布団を出してくると、姫子に座って待つようにいって自分は台所に向かう。


「ごめん、台所片づけるからちょっと待ってね。すぐに終わると思うし、終わったらお茶入れてもっていくから。玄米茶は・・飲まないよね、紅茶でいい?」


「いや、玄米茶でいい。わらわは結構東方茶系が好きなのだ」


「あ、そう、じゃあ、そうするね」


 姫子は座布団の上にきちんと正座して、リンの片づけが終わるのをじっと待つ。


 何気なく簡素な机の上を見ると、そこには高校の参考書ばかりでなく法令辞書や医学書など非常に難しい専門書から、各種族の特性が詳しく乗っている種族辞典などの雑学系の本までがズラリと並んでいる。


 自分でもこんな専門書を読んだことはないので、この机の持ち主は相当に勉強熱心な人物と見えるが・・


 キッチンで皿やコップをザバザバ洗ってる人物に目を向けてみる。


 拳を交え、ある程度の人物はわかってはいるが、付き合いとしてはまだ始まったばかりのこの少女にこういう勉強熱心というイメージは全然わいてこないのだが、自分の人を見る目はやはりまだまだだということなのだろうか?


 なんとも言えない複雑な表情を姫子が浮かべていると、やがて洗い物を終えてお茶を入れたリンが、二つの湯呑を持ってきてちゃぶ台の上に置いた。


「ごめんごめん、お待たせ〜。・・って、なに、その顔?」


 物凄い微妙な表情でこちらを見つめてくる姫子に、一瞬たじろぐリン。


「いや、そこの机の上に並べられている専門書を感心して見ていたのだ。こんなにリンが勉強熱心だとは思わなかったものだから」


 その姫子の言葉を聞いて、一瞬呆気に取られる表情を浮かべたリンだったが、その後すぐにぷっと噴き出した。


「そ、そんなわけないでしょ。まあ、馬鹿ってほどじゃないけどさ、私、連夜と同じくらいの成績しか取れないもん」


「え? どういう意味じゃ?」


「だから、違うのよ、その机は。その机は私の机じゃなくてロムの机。知ってる? ロムって学年で常にトップ10に入る大秀才なのよ」


「ああ、そういうことか、オースティン殿の・・って、ちょっと待てリン。なんでオースティン殿の机がリンの家にあるのだ?」


 さらっと大問題な発言を聞いてしまったことに気づいて真っ青になる姫子に、きょとんとしながらもあっけらかんとその問いかけに答えるリン。


「ううん、違う違う、ここって私の家じゃなくて、ロムの家だもん。って、まああと二年後くらいには書類的にも正式に私の家ってことにもなるだろうけど」


「・・・な、なにいいいいぃぃぃぃぃぃ!!」


 男女間のことには非常に疎いし奥手だし、高校生にしては非常にその手のことを知らない姫子にとって、リンの発言は物凄いカルチャーショックだった。


「ちょ、ちょっと待て、つまり、その・・いやいや、まさか、そんなわけないよな。リン、ちょっと聞くが、リンは普段、どこで寝泊まりしているのだ?」


「え、ここだけど」


 さも当り前のようにあっさりはっきり答えるリンに一瞬絶句する姫子。


 しかし、すぐに立ち直り質問を続ける。


「じ、じゃあ、お、オースティン殿はどこで寝泊まりしておるのじゃ?」


「いや、だからここだけど」


 またも当り前のようにあっさりはっきり答えるリンに、またまた絶句する姫子。


 しかし、まだ信じられないのか、他の可能性について考えてみる。


(いや、待て、落ち着くのじゃ姫子。確かに一緒に住んでいるかもしれないが部屋は別々ということは十分考えられる、この家には三つも部屋があったではないか、きっとどれかがリンの部屋で、リンはそこを間借りして住んでいるだけに違いない)


 そう自分の推理を脳内で展開させたあと、落ち着いた風を装って質問を続けてみる。


「いや、リンの部屋は別にあるのじゃろ?普段はそっちで生活しておるのじゃよな?」


「ああ、そういうことか、確かに私の部屋は別にあるよ。服とか化粧品とかあるからね、流石にそれはロムの部屋に置いておけないから。別に見られるのは構わないんだけど」


「ああ、やっぱり寝泊まりは別の部屋なんじゃな、びっくりした」


 と、安堵の表情を浮かべる姫子だったが、それをリンの言葉があっさりと打ち破る。


「ううん、寝るときは一緒の蒲団だし、大概この部屋で一緒にいるけど。私の部屋はどちらかというと物置みたいなもんだし」


 リンの言葉に再び真っ青になった姫子はギギギとゴーレムのように首を回してベランダのほうを見る。


 そこには片づけられてきちんと畳まれた蒲団一式が・・そう、一式だけあった。


「リン・・あそこにある蒲団・・わらわの見間違いかな、一式しかないように見えるんじゃが・・」


「うん、一個しかないよ、でも、元々ロムが広い蒲団で寝るのが好きだったおかげでダブルサイズの蒲団になってるのよね。おかげで全然狭くはないよ」


「!!」


 姫子は青から白くなってしまった顔をリンのほうに向け、まるでレベル1なのにラスボスに出会ってしまった勇者のような視線を送る。


「い、一緒に寝ておるだけじゃよな?」


「う・・その質問はだめでしょ、姫子ちゃん・・それは聞いちゃだめだよ、普通に。ってか、わかってるくせに言わせようとしないでよね」


 流石にあそこまで答えているんだからわかるだろうと思っていたのに、さらに念押ししてくる姫子の言葉に恥ずかしくなってモジモジと赤くなって俯いてしまうリンとは対照的に、いやいやを繰り返しながら慄く姫子。


「お、お、大人じゃ・・リンは、大人じゃ〜〜〜〜〜っ!!」


「な、ちょ、姫子ちゃん、落ち着いて!!」


 大騒ぎし出して半ばパニック状態となっている姫子を必死になだめすかし説得するリン。


 なんとか落ち着かせることに成功し、再び定位置に座り直した二人は、すっかり冷めてしまった玄米茶をずず〜っとすする。


「あのね、姫子ちゃん、みんな通る道なんだから、そんなに驚かなくてもいいの。早いか遅いかだけで、別に焦る必要もないけど、よく考えてみてよ、私や姫子ちゃんがこうしてこういう話をすることができるのも、私達の親がそういうことした結果なのよ」


「あ〜、確かに言われてみればそうなんじゃが・・なんというか身近でそういうことがあったという知り合いを見たことがなかったものじゃから、つい」


 ふ〜〜っと、お互い別の意味で溜息を吐きだして、なんとか平常心を取り戻すと、まずリンが口を開く。


「さてと、ずいぶん回り道しちゃったけど、早速本題に入るわね。私が聞きたいのはズバリ、あの姫子ちゃんがキレるきっかけになった話。つまり連夜とするはずだったっていう話の内容について・・」


「・・うむ、話さねばならないかのう・・」


「・・聞かせてって言おうと思ったんだけど、友達に秘密を一方的にしゃべらすのはどうかと思うから、私の秘密を先に話しておくわ。このままだとフェアじゃないものね」


「え?」


 腕を組み俯いて逡巡していた姫子は、リンの意外な言葉に顔を上げる。


 すると、リンはいたずらっこのような表情を浮かべて立ち上がると、奥の部屋に入っていき、すぐにまたもどってきた。


 その手には一枚の写真が。


 すっと無言でその写真をちゃぶ台の上に差し出され、姫子は思わずその写真を取ってまじまじと見つめる。


 写真には学校のプールと思われる場所で黒いスクール水着姿でほぼ裸の三人の男の子達が映っていた。


 年齢はどうやら中学生くらいのときと思われるが。


 写真の右端で頭をかいて笑ってる少年は姫子がよく知っている黒髪の幼馴染、連夜、左端にはがっちりした体格でみるからに筋肉質で逞しい姿に腕組みをして悠然とたっている大人びた少年。


「右端は連夜、左端、これはオースティン殿か・・しかし、この真ん中の少年は・・」


 二人に挟まれて守られるように立つ少年は、小さな体にガリガリで骨が浮き出て見えており、濡れそぼった白い髪はまるで幽霊のよう、そして、ギラギラと異様な光を放つ眼、見ただけで危険人物とわかる。


 しかし、姫子はなぜかこの少年を知っている気がするのだ。


 いったい誰なのだ、この少年は?


 眉間にしわを寄せて必死に記憶を手繰り寄せようとするが、まるで何も浮かんでこず、顔をあげて目の前にいる少女のほうを見ると、そこには満面の笑みを浮かべてこちらを見ているのが見て取れた。


「なあ、リン、この少年は?」


 そう姫子が問いかけると、リンは不可解な答えを返してきた。


「あら? 似てない?」


 似てない?


 似てないか聞いてくるということは、裏返せばこの少年が何かに似てる、あるいは誰かに似ているということだ。


 いったい、何に、あるいは誰に似ているというのか。


 小首を傾げてしきりに唸り続けている姫子をしばらくずっと見守り続けていたリンだったが、やがて、その写真を姫子の手からすっと取り上げると、姫子に見せるように持ち上げて見せて、自分の顔の真横の位置に来るようにもってくる。


 その行動の意味がわからず、怪訝そうに見つめる姫子に、リンは無邪気な笑みを浮かべてもう一度聞くのだった。


「姫子ちゃん、ほんとにわからない?」


「わからないって、なにが・・む、似ているような・・いや、確かに似ている!!」


 写真の少年と、その横の少女の顔を見比べてみると、確かにどことなく似ている。


「この連夜達と一緒に写ってる少年は、リンの兄弟か何かなのか?」


 姫子の問いかけに、何とも言えない苦笑を浮かべて写真を自分の顔の横からどけると、まじまじと改めて写真の中の少年を見るリン。


「もう似てないか・・私は私になったってことなのねぇ・・ロムが寂しがるのも無理ないのかもね」


 自分に言い聞かせるようなリンの言葉が理解できず、困惑の表情を浮かべる姫子。


 やがて、溜息を一つついたあとに姫子の方を向いたリンは、陰りのある笑みとともに口を開く。


「これね、私」


「は?」


 リンの言葉がやっぱり理解できず、あほみたいに口をぽかんとあけてリンを見る姫子。


 そんな姫子を苦笑して見ながら、リンは言葉を続ける。


「だから、中学時代の私なの」


「え・・中学時代のリン? あ〜、つまり、中学生時代のリンの写真ってことだな」


「そそ」


「な〜〜んだ・・って、なんだってえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」



〜〜〜第33話 秘密〜〜〜



 眼を極限まで見開いてリンを凝視したまま、吃驚仰天の状態で固まってしまう姫子。


 しかし、すぐに硬直を解くと、ぶるぶると震えながら写真とリンを交互に指さし、どもりながらもなんとか言葉を紡ぎ出す。


「ま、ま、待て待て待て!! だ、だって、それ男じゃろうが・・って、リンは女だし、写真の中のは男だし、女で男ってことはないから、男で女ってわけでもないだろうし・・」


「姫子ちゃん落ち着いて、ちゃんと説明するから」


「だって、だって、おかしいじゃろうが・・は!! まさか、リンは・・リンは、本当は男なのか!?」


「まったくもう・・姫子ちゃんの地が段々わかってきた気がするわ、本当に無理して優等生していたのねぇ・・姫子ちゃん、落ち着いて聞いてちょうだい、心配しなくても今の私は完全に女よ」


 騒ぎ続ける姫子に呆れたような表情を浮かべるリンだったが、とりあえず説明を続けることにする。


「姫子ちゃん、あのね、中学生だったころの私は紛れもない男だったわ。当時は連夜やロムと一緒に結構無茶な喧嘩もしたし、悪いこともしたわ。だけどね、ある日私は自分にとって大事な人が誰なのかわかってしまったの。それでその人とずっと一緒にいるためには男のままではいられなかったから、女になったってわけ。白澤族(はくたくぞく)ってね、十八歳までなら自分が定めた伴侶にあわせて性別を変えることができるの。ちなみに私が女性になるって決めたのが中学卒業したあとすぐの春休み、そのあと一年かけて女性体に変位して、つい最近性格も完全に女性となったわ」


 口をぱくぱくさせながらリンの話を聞いていた姫子は、しばらくして腕を組み考え込み始めた。


 自分の中でリンの話を整理してなんとか消化しようとしているようだった。


 リンはそれを見て、もうちょっとかかりそうだなと思ったので、ほとんど空になっている二つの湯呑を取り上げると、キッチンに向かい淹れ直してくる。


 熱い中身が入っていることを示すように、湯気が立ち上っている湯呑を持って戻ってきたリンは、一つをそっと姫子の前に置いてやり、もう一つを両手で持ってずず〜っとおいしそうにすする。


 自分の向かい側をふと見ると、ベランダに続く窓から見える空にはすでに陽は高く昇っており雲ひとつない青い色が爽やかに広がっているのが見えた。


 まだお昼には早いが、話が終わったら姫子を連れ出してどこかで外食するのもいいかなとぼんやり考えていると、ようやく心の整理がついたのか姫子がこちらを見ているのに気がついた。


 どうやら何か聞きたいことがあるらしいと悟って、リンが真っ直ぐに姫子の目を見つめると、姫子は迷いながらも口を開いた。


「なあ、リン、その話はわかることはわかったが、どうしても信じられないのだ、リンが男だったということが。身体が男から女に変わる、これはわからないでもない、我々『人』の種族は実に様々存在するし種族によってはそういう種族がいてもおかしくはなかろうからな。しかし、本来の性格というか性質というか、幼い頃から培ってきて生成されたそれが急に変わることができるものなのだろうか?それというのもな、わらわの目の前にいるリンは、どこからどう見ても女にしか見えんのだ・・いや、それともリンは元々そういう性格であったのか? それならば話はわかるのだ、そういう『人』がいるということはわらわとて知っている。だが、写真を見ただけではあるが、この写真の中の少年はどうみても『男』だ、この目の光を見ただけでもわかる。その人物とリンが同じだといわれても・・ピンとこないのじゃ」


 そこまで一気に話した後、新しい熱いお茶が入った湯呑をそっと両手で持ちずず〜っとリンと同じようにすする姫子。


 その姫子が湯のみから口を離すのを待って、リンはその答えを話しだした。


「そうねぇ、あれほど一緒にいた連夜ですら最初に私を見たときは吃驚していたものね、姫子ちゃんなら尚更無理もないと思うわ。でも、事実よ、本当に私は正真正銘の男だったの・・性格も含めてね。そうね、ちょっとだけ人格変化のことについて説明しておくわ。本来はこれ私の大事な伴侶のプライベートに物凄い関わってくることだから、あまり話すべきことじゃないと思うけど、それじゃ姫子ちゃん納得できないと思うから、話せる範囲で話すわね。私達白澤族(はくたくぞく)は自分が定めた大事な伴侶と連れ添って生きていくために、性別を変化させることができるということはさっき話したと思うけど、それに伴って人格も変化させることができるの。だって、そうでしょ? 男と女では当然生き方も考え方もしゃべり方も動き方も全然変わってくるのだから、身体だけ変化させて末永くよろしくお願いしますって言ったところで、伴侶の立場からしてみれば外側一緒なだけの中身は同性と一緒に暮らさなきゃいけなくなるわけだから、すっごい困るでしょ。だから、人格も変化させちゃうの。男と女の立ち居振る舞いとかってね、その人生で出会ってきた男女の知り合いのものが自然とインプットされているみたいなのね。だから、性別を変えたときに人格も変える作業を行うにあたってその記憶を頼りに構築されていくみたいなの」


「待て、そんな朧気なことだけでそんなに完全な女性になるものなのか?」


「あ〜、そこはごめん、言えないの。勿論他にある情報が欠かせないんだけどね、それについては勘弁して。とりあえず、大事なことは男としての性格を塗り潰して新しい女の性格を上書きするってことかな、記憶とか身についた技術や知識は全く変わらないんだけど、男として生きるための情報が失われて、女として生きる情報が新たに追加される。まあ、そうして誕生したのが私ってわけ」


 今度はリンが湯呑を持ってずず〜っとすする。


 姫子はその話を聞いてもまだどこか納得できないところがあるという顔をしていたが、どうやらあまり踏み込んでもこれ以上はリンが話せる内容ではないと判断し、問い掛けることを断念する。


「まだ少しわからぬところもあるが・・わかった、今のリンは完全に女の子ということじゃな。わらわ達と同じ」


「うん、まあ、そうなんだけど、性格や立ち居振る舞いはいいとして、女としての技術や知識がほとんどゼロだからねぇ・・本気で花嫁修業しないと大変なことになっちゃうから、同じではないと思うわ。だって、姫子ちゃんもアルテミスも結構料理とか他に家事とかできるんでしょ?」


「できるというほどできはせんが、一応それなりに見える程度には勉強したからな」


 その姫子の言葉を聞いてがっくりと項垂れるリン。


「あ〜、ほんとに本気でがんばろ。恥をかくのが私だけならいいんだけど、ロムに恥をかかせるわけにはいかないもんね」


「まあ、数をこなせば慣れるじゃろ」


「そうね、日々の実践あるのみよねえ・・」


 と、二人で湯呑を持ってずず〜っとすすって、ちゃぶ台の上に同時に置く。


 どちらともなく目を合わした二人だったが、姫子のほうがわかったという表情で先に口を開いた。


「では、今度はわらわのほうじゃな。今更誤魔化しても仕方ないので端的に言うが、わらわは高校入学当初までナイトハルトと付き合っておった。しかし、それから半年間音沙汰がなく、夏休みをあけてすぐ別れを切り出されたわけじゃが、その理由が皆目見当もつかなかった。そのときは別れたことがショックであやつの様子にまるで気がつかなかったのじゃが、しばらくたって、少し離れたところからあやつを見ることができるようになったときに、異様に何かに追い詰められていることがわかってな。それを連夜に探ってほしいと頼んでいたんじゃが・・自分の不徳のせいでああなってしまった」


 自分で言っておいてず〜〜んっと、落ち込む姫子を慌てて慰めるリン。


「ちょ、ちょっと姫子ちゃん、大丈夫、ちゃんと仲直りさせてあげるって言ったでしょ? その連夜のところは、とりあえず、置いといていいから」


「ほ、本当か? 本当に連夜と仲直りさせてくれるんじゃな?」


「うんうん、大丈夫だから。あのね、姫子ちゃんと連夜がああなったあとに、姫子ちゃんと私本当の意味で友達になりたいって話をしたら、連夜がね、『是非、そうしてやってくれ、僕にはきっともう頼ってこないだろうから、姫子ちゃんの力になってやってほしい』って言っていたの。連夜、なんだかんだ言いながら、姫子ちゃんのこと心配して気にしてるから、大丈夫」


 絶対これしゃべったことがわかったら、『なんでそういう余計なこと言うかな〜』って怒られるのはわかっていたが、目の前にいるかわいそうな友人を放ってはおけなかった。


 これでちょっとは回復してくれるかなと思ってその顔を伺うと、こちらを凝視して滝のように涙を流しながら両手で口を覆って声も出せないほどに泣いてしまっている姫子が。


 うそ〜〜ん!! と心の中で絶叫しながら、大慌てで姫子に近寄り肩を抱く。


「ちょ、ちょ、ちょっと、姫子ちゃん、なんで、号泣なのよ!?」


「だ、だって・・あれだけわらわがひどいことしたのに、いつもいつも連夜はわらわのことを想いやってくれるのじゃ・・連夜だけはいつも想いやってくれるのじゃ・・そんな連夜をわらわは・・わらわは殺そうとしたのじゃ。ひどすぎるではないか、わらわはひどすぎる!!」


「あ〜〜、もうもう、そこは十分反省したでしょ? 連夜だって、わざとじゃなかったことは十分わかってるわよ。でなかったら、私に姫子ちゃんのこと頼んだりしないでしょ? 大事なことはこれから同じことを繰り返さないこと、あと連夜にちゃんと謝りに行こう。私も一緒について行ってあげるから、ね」


 と、スカートのポケットからきちんと洗って奇麗にたたまれた白いハンカチを取り出すと、姫子の涙や鼻水を優しく拭き取ってやる。


「れ、連夜・・ゆ、許してくれるかな・・」


 しゃくりあげながら途方に暮れたような顔をする姫子に、優しい表情で頷くリン。


「大丈夫、それとも、姫子ちゃんの中の連夜はそんなわからず屋だった?」


 ちょっと意地悪く言ってみると、姫子は急いでぷるぷると顔を横に振る。


「じゃあ、大丈夫よ、きっと。連夜って一度自分の身内って決めた『人』は口ではなんだかんだ言っても、そうは簡単に切り捨てたり見捨てたりできない性格してるから」


 と、もう一度優しく姫子を慰めるリン。


 しかし、内心では別のことも考えていた。


(でも連夜って他人って決めてしまうと、すっごい無関心というかもう見向きもしないからね。身内に定めた人物をそう簡単に他人の枠組みに割り振ることはしないだろうけど。まあ、私に姫子ちゃんのこと任してくれたってことは私が姫子ちゃんを見限る判定を下さない限り見捨てませんって言ってるようなもんだから、そこはあまり気にしないでいいか)


 ちらっと姫子のほうを見ると、泣きやみはしたが、やっぱり母親に置いてけぼりにされた子供のような表情を浮かべたままだ。


 それを確認したリンは一つ溜息を吐きだすと、今日はもう一つアクションを起こすことを決意する。


(お互いのためにできるだけ早く関係修復しておいたほうがいいか)


 と、今日の昼以降のプランを組み立て直す。


 しかし、それはそれとして、まだ姫子の話の途中であるのでそれも聞きださねばならないことを思い出し、リンは姫子は話を促すことにする。


「姫子ちゃん、とりあえず、いくつか質問させてもらってもいい?」


「・・あ、う、うむ」


 少し落ち着いたのか、リンの問いかけに我に返る姫子。


 そんな姫子をちょっと心配そうに見つめるリンだったが、とりあえず聞かなければならない話だけ手早く聞いてしまっておこうと口を開いて質問を始める。


「まずね、姫子ちゃんとナイトハルトくんて、交際期間どれくらいだったの?」


「むう、中学校一年生の夏くらいから高校一年生の夏までだから三年といったところか・・いや、実質高校入学してすぐくらいから音沙汰がなくなったから三年はないな」


「三年かあ・・結構長いのね。ってことは、そのある程度の関係だったのよね?」


「ある程度の関係とはなんだ?意味がわからんのだが?」


 リンの質問の意味が本当にわからないらしく、きょとんとして見つめ返す姫子。


 リンはなんとなく嫌な予感がした。


 と、いうのも、さっき自分とロムの関係を知ってあれだけ狼狽える人物が、果たしてそういう関係にまで進むことができたのかと考えた時に、即座に否という答えが自分の中に返ってきたことに愕然としたからだ。


 と、すると必然的にそれ以前の行為までということになるのだが、この純真無垢なお穣さんがはたして本当にそこまで行きつけたのかどうか、非常に疑問の残るところだった。


 ひょっとするとこの姫子の恋愛って・・


「あ、あのね、姫子ちゃん・・いや、多分そんなことないとは思うんだけど・・」


「なにがじゃ?」


「いや、ナイトハルトくんとその・・キスくらいはしたことあるよね?」


「・・え・・は!?・・き、き、ききき、キスって、キスって接吻のことか!? そうなのかっ!?」


 ぼぼっ! と瞬間湯沸かし器のように真っ赤になる姫子、その様子を見ていたリンは自分の想像が間違ってなかったことを知りさらに困惑の度合いを深める。


「ほ、ほんとにしたことなかったんだ・・」


「わ、わらわ達はそんな淫らな関係ではない!! 清く正しく美しい関係だったのだ!!」


「あ、あのねぇ、姫子ちゃん・・」


 真っ赤になりながら力説してくる姫子の姿にがっくりと肩を落として項垂れるリン。


 三年も一緒にいながらキス一つしなかった関係って、どんな恋人関係よと、ナイトハルトに同情を禁じ得ないリン。


 いくら完全に女になったとしても、男の気持ちはある程度わかっているつもりのリンである。


 頭では好きな女を大事にするためにそういう行為を拒否しようとする男であったとしても、内心では理性と欲望が物凄い葛藤をしているものなのだ。


 それをリンはわかっているから、あえて自分が強くでることによってロムの折角の気遣いを無駄にせず、尚且つロムの欲求も満足できるような方向に持って行っているわけだが。


 しかし、それにしても、三年で何もなしはちょっと清く正しく美しすぎないだろうか。


 リンはのろのろと顔を上げて姫子のほうを見ると、疲れたように口を開く。


「ひ、姫子ちゃん、人の恋愛に口出しする気はないんだけど・・結局どうしたいの? ナイトハルトくんが姫子ちゃんと別れることになった理由がわかったとして、姫子ちゃんはどうするの? その原因を取り除いてナイトハルトくんと縁りを戻したい?」


 リンが気にしているのは、ナイトハルトがもしも一歩も二歩も進んだ男女関係を求めていて、それが理由で姫子と別れていた場合である。


 この場合、今の姫子の状態でそれを許容できるとは到底思えず、それでも姫子がナイトハルトとの関係修復を望むならそれなりに覚悟を決めてもらわなければならなくなるのだが。


 気にしていることは他にもある。


 本当に縁りを戻したいと考えているのかどうかである。


 どうも、先程から姫子と話していてわかったのだが、姫子の中には別の人物の影がちらついているような気がしてならないのだ。


 ナイトハルトのことが気になっているのは確かなのだろうが、本当に恋愛感情で見ていたのだろうか?


 男だったときに比べて確かに女となった今の自分はそういう欲求が希薄なような気がするが、好きな人物に対しては全く別だ。


 もう、好きでたまらないし、一緒にいたいし、身体を合わせていたくて仕方ない。


 世間一般ではそこまでいかないだろうが、それでも普通は寄り添っていたいと思うものではないだろうか?


 どうも、姫子の感情は恋愛とは別の何かであるような気がするのだが。


 そのリンの問い掛けに、リンが思った通りの困惑の表情を浮かべる姫子。


「・・そう改めて問われるとどうなのか、自分でもよくわからないのだ。ただ、ナイトが自分一人で解決できない何かを抱えているとしたら助けてやりたい。交流が途絶えた高校一年の春から夏休みあけまでの約半年間お互いに交流がなかったのは、ナイトハルトだけが悪いわけではない。その間、わらわはわらわで忙しくてな、ナイトのことをほとんど忘れていたのも事実なのだ。それで別れ話を持ちかけられたあの日に、初めて、ああ、そういえば自分には交際相手がいたなと思いだしたくらい薄情な恋人であった。う〜む、言われてみると、確かにわらわはナイトを助けてやりたい、力になってやりたいと心配してはいるが、恋人に戻りたいとは思っていないような気がする。ここ最近、昔なら遠慮なくわらわを頼って何事も相談してくれていたあやつが、急によそよそしくなって寂しいと感じてはいるのじゃが」


「あ〜、やっぱりそうなんだ・・あははは。」


 乾いた笑いを浮かべるリン。


 なんとなく・・なんとなくではあるが、姫子自身が気が付いていない心の主が誰だかわかったような気がするリン。


(これってやっぱり気がつかない振りで、封印しちゃうほうがいいのかな、親友としては。多分、あっちは全然そういう目で見てないだろうし・・って、まてよ、まさかひょっとして自分からそらすためにナイトハルトくんとくっつけようとしていたわけじゃないでしょうね!?)


 リンは自分の考えが恐ろしかったが、恐る恐る姫子に聞いてみることに。


「あのさ、姫子ちゃん。ナイトハルトくんとの仲って、ひょっとして誰かにとり持ってもらったの?」


「いや、違う。ナイト自身が、わらわに『俺の背中を守ってくれないかって』告白したのだ」


「あ〜、そう・・ってか、それって告白って言えるの?」


 とりあえず自分の想像通りではなかったことに安堵の吐息を吐きだすリンだったが、ナイトハルトの告白がどうも恋人に対するものではないという気がしてならず、頭を抱える。


 その関係については、リンは嫌というほど知っている気がするのだ。


 姫子とナイトハルトの関係は、つまりそういうことではないのか?


 先程から腕組みをして改めて自分の気持ちと向き合っているらしい姫子のほうに向きなおると、やがて、姫子は顔をあげてこちらを見た。


「やはり、ナイトと一度直接話をしたほうがよいのかもしれん。連夜に何もかも任せて逃げようとしていたわらわが間違っていた。なんとかナイトと会って話あってみることにする」


 と、先程までの迷いと憂いのある表情ではなく、固い決意の表情を浮かべてきっぱりいいきる姫子に、頷くリン。


「そうなると、やっぱり連夜に会わないとね。姫子ちゃん、私今日夕方連夜と会うことになっているから、一緒について来て。そして、連夜に謝って、ナイトくんのこと今度こそちゃんと教えてもらおう。きっと連夜はナイトくんと会って話し合う場を作ってくれるはず」


「え、き、今日、れ、連夜に会うのか!? ま、待って待って、だ、だって心の準備が・・そ、それに許してくれなかったらどうしよう・・冷たい目で見られたり無視されたりしたら、わらわは・・」


 さっきまでの決意の表情はどこへやら、ふにゃっと再び歪む姫子の表情を見て、溜息とともに何かを確信するリン。


(絶対そうだわ、間違いないわ。もう〜、だけどこの娘全く自覚してないしなあ・・私どうすればいいんだろ)


 自分が途方に暮れたいわと思いつつも、なんとか丸く収まる方向にもっていけないかと考えるリン。


 みるみる涙目になってきている姫子を慰めながら、溜息が尽きないリンであった。


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