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~第32話 英雄~

『強くなるのではない、弱くなれ。弱くなることによって見えてくるものが必ずある。その見えてきたものをこそ大事に大切にするのだ。そして、そこにお前達が学ぶ武術の本当の意味がある』


 彼の父親であり、現総領にして彼の武術の師匠でもあるベルンハルトはいつもそう言っていた。


 今まで全くその意味がわかっていなかった、いやわかろうともしなかったナイトハルトは、その言葉の意味を全く考えようともせずにただガムシャラに武術の腕を磨き続けてきた。


 強く強くひたすら強く。


 同じ『人』相手では物足らず、『外区』へ出て危険極まりない『害獣』にも手を出してきた。


 好きな女の子ができても、彼女の才能と自分を常に比べ、自分を愛してくれる女性に出会っても強さのことしか頭になかったナイトハルトを、天は許さなかった。


 恐るべき死の病にかかったことを告げられて、ナイトハルトは絶望の中でこの一年近くを過ごすことになった。


 今日死ぬか、それとも明日死ぬか、誰にも会わずに一人孤独に死ぬべきだとわかっていながら、『人』の中に留まり続けた自分のなんと情けない姿を見せつけられながらも、ナイトハルトはそれでも生き続けた。


 しかし、ある日突然それから解放される。


 自分にとってなによりも大切な幼馴染が、自分の窮地を救ってくれたのだ。


 この一年の間に、彼はたくさんのものを失った。


 病気のせいだという見方もあるかもしれないが、少なくともナイトハルトはそうは思っていなかった。


 自分は失うべくして失ったのだと、思っている。


 強さに固執し、もっと大事にすべき何かを疎かにしてきた結果が現れたに過ぎない。


 これは当然の結果であり、謙虚に受け止めるつもりだった。


 それらを取り戻そうとは思わない、非常に辛く苦しい体験であったが、そのおかげで自分はいろいろなものに気がつくことができた。


 今ならわかるような気がする。


 父親の言っていた弱くなるということがどういうことか。


 ナイトハルトは今、一つの決断をしようとしていた。


 市営念車『ルーツタウン』駅の南に、城砦都市『嶺斬泊』の二大百貨店のうちの一つ、『ビッグサークル』の東側の一階に店の外側に飛び出すような形で展開されている一つのお洒落なカフェテリアがある。


 ここのダークエルフ族の壮年のマスターは、城砦都市『嶺斬泊』きってのバリスタとして有名であり、非常においしいコーヒーを出すことで知られていた。


 そのため、都市の有名人著名人が御忍びで現れることでも知られていて、普段は人ごみでごった返しているのだが、流石に平日の午前中ということもあって、席は空いておりナイトハルトは、目の前に座る二人の連れと座ることができた。


 見る人が見ればわかるだろうが、実は今、ナイトハルトはかなり緊張している。


 常に泰然自若としており、比較的無口で余程親しい人間でない限りあまり感情を表に出さない彼にしては非常に珍しいことであるが、ガチガチになっている。


 それもそのはずで、目の前に座る人物の片方は、幼き頃から彼が憧れてやまず、彼のようになりたいと思ってきたスーパーヒーローなのである。


 危険な『害獣』狩りを中学生のころからこなし続け、高校生卒業するまでに彼が倒した『騎士』クラスの『害獣』は百を越えていたという。


 今ではその若さにも関わらず、『害獣』狩りの傭兵団の中でも特に名を馳せる『暁の咆哮』の副団長を務めるスゴ腕中のスゴ腕、プロ中のプロハンター。


 そんな憧れの人物が忙しい中、自分にわざわざ会いに来てくれるとは、光栄を通り越して怖れおおくて、まともに顔すら見れない。


 頼んだコーヒーの味すらわからなくなっているというのに、今、ナイトハルトはこの目の前の人物を怒らせても仕方ないことを言おうとしていた。


 その様子を見ていて、先に声をかけてきたのは隣に座る妙齢の女性。


 趣味のいい銀ブチの眼鏡の奥に光る意志の強そうな瞳に、黒いベリーショートの髪、いやらしく見えない程度につけられた薄いピンクの口紅を塗っている唇、スレンダー気味のスタイルのいい身体に淡いブルーのスーツをビシッと着こなしたいかにも秘書風の女性。


 一見エルフ族のような妖精族系の人に見えるが、長い真っすぐに額から伸びる角と、口から見える牙が彼女が体力自慢の鬼族であることを示していた。


「ねえ、ナイトくん、ほんとに断る気? ついこの間まで、あなた入団する気満々だったわよね」


 そう話かけてくるこの人物の名前は、茨木 セリーナ。


 まだ三十路には早い年齢のはずだが、妙に落ち着いた雰囲気を持つ女性で、『暁の咆哮』団長の坪井 主水の専属秘書のような立場にいる女性である。


 実はナイトハルトはこの『暁の咆哮』に近いうちに入団することになっていたのだ。


『暁の咆哮』


 城砦都市『嶺斬泊』に存在している『害獣』狩りのプロの傭兵団の中でも、特に優れている七つの傭兵団『七本槍』と呼ばれ敬われ恐れられている内の一つ。


 『七本槍』の中では抱えている傭兵の数は正規チームで三十人ほど、中学生から高校生までで構成されている予備チームで十五人ほどの比較的小さな集団であるが、特筆すべきは全員が一騎当千の実力の持ち主でありながら、団長の指示に決して逆らわずスタンドプレーを行うことなく一個のチームを一つの生き物として動くことができることにある。


 そんな結束力が強くチームワークを大事にしている傭兵団であるため、団長である壮年のドワーフ族の侍、坪井(つぼい) 主水(もんど)に指揮されたこのチームは他の傭兵団と違い、生還率はほぼ百%に近く、そのため入団希望者があとを絶たない。


 勿論、入団希望者が全員そればかりを目当てに希望してくるわけではない。


 団長の坪井も逸話には事欠かない凄まじい剣豪であるが、その愛弟子でもある副団長の逸話は更にそれを上回る。


 中学生の時より坪井とともに『害獣』狩りで諸都市を巡り、あまたの傭兵団を渡り歩いて数々の激戦を潜り抜ける。


 それだけでも十分にすごいことなのだが、高校に入ったころには『貴族』クラスの『害獣』との戦闘を経験。


 都市のほとんどの傭兵達をつぎ込んだその大規模戦闘において、次々とほかの傭兵団が壊滅していくなか、坪井とまだ当時高校生だった副団長の部隊だけはだれ一人欠けることなく激戦を生き抜き、ついには『貴族』クラスの『害獣』を撃退してみせたのである。


 しかも、そればかりではない、つい一年ほど前その手負いの『害獣』を見つけ出した彼らは、その手負いの『害獣』に里を全滅させられたエルフ族の少年の力と、彼を助けるべく参戦してきた狼獣人達の一族の力を借りて、倒してしまったのである。


 『貴族』クラスの『害獣』をである。


 いくら手負いであったとはいえ、『貴族』クラスの『害獣』を倒すなんてことは、ほとんど不可能に近い。


 せいぜい撃退することが関の山なのだ。


 ところがそれをやってのけた。


 そのときに『害獣』にトドメを刺した若き獅子の侍の話は、いまや伝説になろうかいう勢いで『嶺斬泊』どころか、近隣の都市にも広がっているほどである。


 そんな英雄と一緒に仕事がしたいと、入団希望者はさらに増える一方、おかげで『嶺斬泊』にある旅団の事務所は大忙しの毎日である。


 とにかく、ナイトハルトの理由としても同じようなもので、憧れの人と死ぬまでに一度でいいから一緒に仕事がしてみたかったというの一番強い志望理由であった。


 そうはいっても他の俄か信者と同じではなく、ナイトハルトにとって、彼は小さい時からヒーローだったわけだが。


 しかし、あの『人面瘤』という病気であったと思うようになってからは、一匹でも多くの『害獣』を道連れにして死にたいという思いが強くなっていき、一刻も早く入れてほしいとあるツテを頼って申し入れていたのだ。


 そして、ここ半年、バイト扱いで旅団の予備チームの行動に何度も参加させてもらい、入団試験を兼ねてその働きぶりをみてもらっていたのだが、ようやくその願いが許され近いうちに入団ができるようになっていたのである。


 ところが、ここにきて当の本人がやっぱり入らないと言い出したのであるから、旅団側としては吃驚仰天するのは当たり前の話だった。


 久しぶりに昨日の深夜、城砦都市に帰ってきた『暁の旅団』の人事担当でもあったセリーナは、都市にある事務所からその話を聞いてすぐさま飛んできたというわけである。


 ナイトハルトはセリーナが見た新人の中でも、一、二位を争うほどの逸材である。


 荒削りではあるが、性格は非常に落ち着いていて、決して無理をすることはなく、確実に『害獣』の息の根を止めることを最優先として行動する。


 そのため、スタンドプレーは決してせず、功を焦って己がトドメを刺すような真似をせず、一匹でも多く狩る為に非常に計算高く己の仕事をきっちりこなす。


 まあ、それは死ぬ前に一匹でも多く道連れにしたかったが故に、そうなったわけであるが、セリーナの目にはそう映っていたのだった。


 そんなナイトハルトであったから、どうあっても引き留めたかったセリーナは、彼の憧れの人を引っ張り出して説得交渉に当たらせることにしたのだ。


 ここに呼び出すために彼に念話をかけた時、念話口に出た彼からはまだ余裕が伺えたが、まさか自分の憧れの人まで来るとは思っていなかったらしい彼は、それを目の前にして完全に舞い上がってしまっているのが、人事交渉を長年続けてきたセリーナには手に取るようにわかった。


(さて、この人を前にして自分の意思を貫いて断り続けることができるかしら?)


 などと意地悪なことを考えながら、目の前の少年を覗き込むと、かなり躊躇いながらもおずおずと口を開いた。


「あ、はい・・ですが、俺にはやはり無理です」


「どうして? うちに入るために半年以上も予備軍で行動を共にしてきたわけでしょ?」


 納得できないという表情で聞いてくるセリーナに、ナイトハルトは参ったなという本当に困った表情を浮かべる。


「あなたの夢だったんじゃないの? うちに来て、プロの『害獣』ハンターになるということは。半年前・・ううん、つい最近までのあなたの目からは常に覇気みたいなのが感じられていたんだけど、なんだか今日会ったあなたからはそういうものが一切感じられなくなってる。何かプライベートであった?」


 セリーナの鋭い指摘に、ますますナイトハルトの表情に困惑の色が広がっていく。


 全てを話すべきか、否か。


 ずいぶんと迷っていると、ずっと口を開かなかった横にいる人物がナイトハルトのほうをなんともいえない穏やかな表情で見つめて口を開いた。


「久し振りだな、ナイト、元気そうで何よりだ」




〜〜〜第32話 英雄〜〜〜




 どっしりとした感じの落ち着いた男の懐かしい声が、ナイトハルトの耳を通り過ぎていく。


 在りし日、自分をかわいがってくれた憧れの人と、こうやって直で話すのはいったい何年ぶりだろうか。


 ナイトハルトは眩しそうに、そして、嬉しそうに目の前に座る獅子頭の巨漢を見つめると万感の想いをこめて言葉を紡ぎ出す。


「ご無沙汰しております、大治郎さん。このたびは、俺のことでご迷惑をお掛けしてしまって本当に申し訳ありません」


「いや、気にするな、おまえは俺の弟同然。しかし、驚いたぞ、セリーナ嬢にスーパールーキーの慰留に手伝ってくれと引っ張り出されて来てみれば、座っているのはおまえなのだからな。いや、見違えるくらいに大きく逞しくなったな」


 本当に嬉しそうに言う大治郎に、ナイトハルトは顔を真っ赤にして心底恥ずかしそうに俯いてしまう。


「か、からかわないでください・・大治郎さんに比べたら、俺などまだまだ何もわかっちゃいないガキ以下の人間です」


「そうか? いや、半年前からつい最近までのおまえについては俺は知らんが・・俺は今のおまえの面は実にいい面をしていると思うぞ。セリーナ嬢は覇気がないと言っておったがな、俺はそうは思わん。男の面になってきていると思う」


 そう褒められて、ますます小さくなっていくナイトハルト、まるで、幼き頃、幼馴染と一緒にかわいがってもらったあの日にもどったような気がして心が温かくなっていくのを感じる。


 そんな二人の非常に親密なやりとりを唖然としてしばらく見つめていたセリーナは、改めて驚いた表情を浮かべて横にいる大治郎のほうを見た。


「ちょ、ちょっと、大治郎、あんた、ナイトくんと知り合いなわけ!?」


 その言葉にセリーナのほうを振り向いた大治郎は、心底意外そうに横で驚いているセリーナのほうを見た。


「なんだ、知らなかったのでござるか? 小さい頃は家族ぐるみで付き合いのあった仲でしてな。特に弟の連夜とそこのナイトハルトは仲が良くて。確か、いまも同じ高校に通ってるはずだが」


「はい、あいつには本当にいつもいつも世話になりっぱなしで・・」


「ははははは、まあ、連夜らしいわな」


「ええええええええええええええ〜〜〜〜〜〜!!」


 意外なつながりに更に驚きの絶叫を上げるセリーナ。


 そして、そこからすぐに立ち直ると逆にナイトハルトに詰め寄る。


「なんで、そういうこと早く言わないの、ナイトくん!! それがわかっていたらすぐに大治郎にあなたのこと聞いて、試験なんかすっとばしてすぐ入団してもらったのに!!」


「をいをい、それは旅団筆頭秘書としてだめでござろう」


「ですね、俺もコネで入ったと言われたくありませんでしたし」


 二人から同時にツッコミを入れられて、う〜〜と唸って沈黙するセリーナ。


 そんなセリーナをやれやれと見つめたあと、大治郎は真剣な表情を浮かべてナイトハルトのほうに向きなおる。


「ナイト、おまえの中の何かを変えるような劇的な出来事があったに違いないと俺は思っているのだが。もし差し支えなければ話してもらえないか?」


 いつもそうだった。


 幼き頃はこの兄同然の男は、自分が悩みを抱えている時になぜかそれを察知してやってきて、黙って自分の話を聞いてくれたのだ。


 変わらないな、と思いつつナイトハルトは口を開く。


「実はその、俺つい一昨日まで自分の命があとわずかであると思っていました。死病にかかっていると思いこんでいたんです・・まあ病院側の誤診だったわけですが、入団を急いでいたのは、自分の死に場所を『害獣』との死闘の中に求めていたからに他なりません。俺は一匹でも多くの『害獣』を道連れに死ぬつもりでした。ですが・・」


「違っていたのだな?」


「はい、その・・連夜が助けてくれました。もがき苦しむ俺を見かねて、あいつが俺を救いだしてくれました」


 嬉しそうな、それでいて今にも泣き出しそうな表情を浮かべる弟同然の少年を、弟とよく似た瞳で優しく見つめる大治郎。


「そうか、連夜がな・・」


「この半年の間にたくさんの物を失いました・・いや、全て自分が悪いのですし、不思議と後悔もしてません。それで気がついたのです、今のままの俺だとだめなんだって。もう一度やり直そうと思っています、最初から。もう一度自分を鍛え直したいんです、今度こそ自分にとっての大事で大切なものを見つけて失わないですむように」


 ナイトハルトがポツリポツリと話す言葉を黙って聞いていた大治郎は、やがて大きく頷くと穏やかな表情を浮かべてナイトハルトのほうを見る。


「わかった、お前の想いは確かに聞き届けた。セリーナ嬢、諦められよ、ナイトは我々同様の『修羅』として生きるよりも『人』として生きることを選ぶと言っておる」


「え、ちょ、ちょっと、そんな〜〜〜〜〜!!」


 大治郎の言葉にがっくりと項垂れるセリーナ、そんなセリーナを面白そうに見つめていた大治郎だったが、再びナイトハルトのほうを見つめ直す。


「だがな、ナイト、気が変わったらいつでも俺に言ってこい。おまえの根っこの部分は俺と同じ戦士であり『修羅』であると俺は思っている。まあ、そうは言ってもおまえはちと優しすぎるからな、こっちの世界で生きるほうがあってるのかもしれんが・・それでも、またいつか闘志が燃え上がるようなことがあれば俺のところに来い。今のお前ならいつでも歓迎するぞ」


 そういって漢の笑顔を浮かべる大治郎に、ナイトハルトは思わず立ち上がって一礼していた。


「大治郎さん、ありがとうございます」


「うん、お前の道がみつかるといいな」


「はい」


 まるで幼き頃を思い出すやりとりに、大治郎とナイトハルトの胸に温かい何か広がっていく。


 人はどれほど年齢を重ねても変わらないものがあるのだと、二人はそういう想いをかみしめていた。


 のに・・


「って、何二人で完結しちゃってるのよ、もう!! 作戦大失敗じゃない!! ナイトハルトくんにはすっごい期待していたのに、どうするのよ、これ!!」


 おさまらない人物が約一名、かんかんに怒りながら二人を睨みつける。


 そんなセリーナを、大治郎が苦笑しながらなだめにかかる。


「そういうな、セリーナ嬢。将来有望な新人はナイトだけではないであろうに。ナイトはナイトで他の道を選ぶことにしたのだ、それはセリーナ嬢にとて、わかっているはずだぞ。かつて大手企業の社長秘書になる道を蹴ってこちらを選択したものもいれば、戦う道を蹴って平治に生きる道を選ぶものもいる。違うか、シェリ?」


 最後だけ微妙に言い回しをかえた大治郎に、ちょっと顔を赤くしてそっぽを向くセリーナ。


「もう、ほんとこういうときだけずるいんだから、大治郎は。あ〜、もうわかった、わかりました。でも、ナイトくん、うちを蹴った以上、余所のところにいったら・・わかるわね?」


 冷やかな鬼の笑みを浮かべてこちらを見つめるセリーナに、冷汗を流しながら困ったような表情を向けるナイトハルト。


「ないですよ、と、いうかしばらく『害獣』狩りもするつもりはありません。世の中というものをもうちょっと友達と一緒に見てまわろうと思っています。それからいろいろと考えてみますから・・まだまだ先は長いですね」


 ナイトハルトの言葉に嘘はないと感じたのか、ふんと鼻息を荒く噴き出したセリーナは、今度は大治郎のほうに向きなおる。


「もう、今日は大治郎の顔を立てて諦めることにしてあげる・・その代り、久しぶりの休日なんだから、一日付き合ってよね・・もちろん最後までよ」


 ふふふと妖艶な笑みを浮かべて大治郎の腕に自分のそれを巻きつけるセリーナ。


「ちょ、ちょっと待て、セリーナ嬢、俺は今日、家に帰ってゆっくりくつろぎたいのだ!! 久しぶりに連夜の手料理も食べたいし、連夜に全身マッサージしてもらいたいし、耳掃除もしてもらわなきゃいけないのだ!! あと、連夜のここ最近の学校での様子も聞かなくてはならないし、大忙しなのだよ!!」


「あんた、もうそのブラコンぶりなんとかしなさいよ!! こっちにこんな美女がいるんだから相手しないでどうするのよ!!」


「ブラコンて・・それに無理矢理事情もろくすっぽ説明もせずに連れ出しておいてそれはなかろう!!」


「なに言ってるのよ、こんな美女の誘いを断るつもりなの!? しかも夜の相手までしてあげるって言って・・いた!!」


 スパーンと小気味いい音がしたかと思った瞬間、大治郎に抱きついていたセリーナが頭を抱えてしゃがみこんでいる姿が。


 何事かと思ってナイトハルトと大治郎がセリーナの背後に目を移すと、焦げちゃ色のスプリングコートの下に、ライトグリーンのワンピースに身を包んだスタイル抜群の女性が、身に着けた大きなサングラスの上からでもわかるくらい怒りの表情を浮かべて立ち尽くしているのが見えた。


 片手に自分が脱いだものと思われるパンプスをにぎりしめている。


 しかし、あの特徴的な赤毛と、長い耳の女性は。


 ナイトハルトは思い出した、カワラザキ重工に勤務する刀匠、第百八代目継承者である備前正宗。


 名前はたしか・・


「ら、ラブレス、なんでここに!?」


 その女性を見て目の前の恐れを知らぬ戦士であるはずの百戦錬磨の『害獣』ハンター大治郎が、慄いている姿を見てナイトハルトは驚きを隠せなかった。


 あの大治郎を慄かせているこの女性はいったい・・


 ナイトハルトのことを失念しているのか、大治郎は何やら大慌てで言い訳らしきものを始めている。


「ち、ちがうぞ、誤解だ!! 今日は仕事だ、勤務中だったんだ、ほんとだ、信じてくれ!!」


「(知)」


「・・え、知ってる? なんで?」


「(弟)」


「連夜から聞いたって? なんで、おまえに連夜が連絡してるの?」


「(不)」


「は? そんなことはどうでもいいって、どうでもいいことないだろ。」


「(怒)」


「待て待て、俺は何もしてないだろ、ちゃんと断ろうとしていたんだって!!」


「(疑)」


「・・いや、そんなすぐ流されるって、そんなに俺のこと信用してないんかい」


 そういう大治郎の言葉に、ちょっと不貞腐れたような表情を作るラブレス。


 そんなラブレスを見て言いすぎたと思ったのか、椅子から立ち上がった大治郎がラブレスに近づいてそっと抱き寄せる。


「すまん、言いすぎた。おまえをずっと待たせているのに、おまえの心をわかろうとしなかった俺が悪かったよ。ただいま、ラブレス」


 そう言って、ラブレスの顔に自分の顔を近づけようとした大治郎だったが、不意に後ろから腕を引っ張られてひっくり返りそうになる。


「うおっ!」


「別の女がいるのに、いちゃいちゃするんじゃないの!!」


 そう言って大治郎をラブレスから引き離したセリーナは、戦闘態勢を整えてこちらを威嚇してくるラブレスのほうを睨みつけた。


「ちょっと!!ラブレス、あんた、何、人の頭殴ってくれてんのよ!! え、人の恋人に手を出すからだって? ふ〜ん、どうせまだ結婚したわけじゃないでしょ、しかもずっと一緒にいるわけじゃないし。あたしなんか大治郎と四六時中一緒にいるもんね。ふふふ・・大治郎はいつまで自分を保っていられるかしら、楽しみだわ・・って、いた!! ま、また殴ったわね!! 父さんにもぶたれたことないのに!!」


 始まってしまった壮絶な女性同士の死闘をげんなりと見つめた大治郎は、横でぽかんと見つめているナイトハルトに、そっと早く行けと促してやる。


 ナイトハルトは苦笑しながらそろそろと気付かれないようそこを離れると、もう一度大治郎に一礼をして走りさっていった。



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